昭和60年

年次世界経済報告

持続的成長への国際協調を求めて

昭和60年12月17日

経済企画庁


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第3章 新たな国際分業体制の構築

第5節 新たな分業体制構築の問題点とあり方

(海外進出企業の投資行動の問題点)

こうしたさまざまな問題をかかえながらも,新たな分業体制が企業の生産基地の世界的分布の広がりという形で作りあげられつつある。しかし,こうしたシステムの構築の中には大きな問題点がある。第1に,分業体制が企業自身の資源配分の最適化という考え方から構築されるため,投資企業の単なる下請化を意味する場合がある,という点である。IC産業を移植しても,それを使用する高付加価値産業まで投資がなされるとは限らない。むしろ,分業体制のもとでは,単純作業のみを投資対象にしがちであり,賃金コストの上昇を理由に操業停止を行うなど,投資受入国の開発目的にそぐわない投資企業の行動をもたらすおそれがある。発展途上国の場合,いわゆる前方,後方連関産業が育っていないだけに,こうした問題を含んでいる。

第2の問題点は,投資国の国際収支を悪化させる場合がある点である。生産基地の分散が企業としては利益を高めることができようが,国としては輸入の増大となり,国際収支を悪化させることにもなりかねない。

こうした点は,いわば企業と国家との利害の対立ということもできよう。日本はもとより韓国,台湾もアメリカから黒字の縮小を要求されてきている。しかし,前述のIC貿易にみられる様にアメリカ系企業の本社への輸出のウェイトは極めて高いとみられる。台湾の場合には,84年の優良輸出企業10社のうち3社(電気機器)もアメリカ系企業であり,これら3社の輸出だけでも全電気機器輸出の約14%(5億ドル)に及んでいる(第3-5-1表)。日本の場合でも,OEM輸出を行っている企業数は電気,輸送機械等の加工組立産業では全体の50%強にものぼると推定もなされているほどであり(通商産業省「わが国企業の国際化に関するアンケート調査」による),国と国との貿易摩擦の中に,企業と国との利害の対立という事実が覆い隠されている面もある。ただ,逆に直接投資が投資受入国の国際収支を改善する場合もある。2国間の貿易収支バランスでみて黒字側の国から赤字側の国へ,従来黒字側の国から輸出されていた品目が現地生産に代替された場合である。さらに,現地生産は相手国における雇用の創出,関連企業への波及等様々な経済効果を有するものであり,長期的には貿易摩擦の縮小につながることが期待される。

第3の問題は,分業体制の構築が,投資国の企業の一部が他国に流出し,母国のその産業を失うか,あるいはその産業の競争力の喪失につながる可能性がある。直接には,雇用,生産,投資などの減退を意味すると受けとられることである。確かに,もし,投資額などが一定量であれば,他国への投資増は母国での投資減につながり,雇用等へのマイナス効果が生じよう。しかし,他国への投資増は,母国からの資本財,中間財などの輸出につながるとみてよいし,投資受入れ国の所得増は,その国への輸出の増加の可能性がある。加えて,業種別,相手国別に母国に与える影響は様々である。国内産業の空洞化や先にみたいわゆるブーメラン効果への懸念も,こうした視点から考えられるべきであろう。母国通貨が強い時には生産基地の分散を加速することにメリットが大きいが,母国通貨が弱まった時にはこれまでの分散はコスト高となる可能性がある。

最大の問題は,投資本国における技術開発力についてである。生産基地の分散のもとでの研究開発は,現場をもたざる研究になりかねない。すでに日本における外国企業支店や子会社が,独自の技術を開発し,新製品を市場に出した例は少なくない。こうした場合,母国にとっては,企業の一部の流出以上に,一国の産業,経済の成長力を左右する大きな問題となりうるであろう。

(進出企業に対する受入れ国の要請)

発展途上国の場合,企業の投資受入れに当たり多くの要請を出している。通常の為替管理のなかで,本国への利益送金をかなり自由に行わせるなどの特典を与えているためでもある。

第1の要請は雇用の増大であり,第2の要請は輸出の増大である。

発展途上国の要素賦存は一般的に稀少な資本と豊富な労働力によって特徴づけられる。したがって発展途上国の労働コストは,先進国に比して相対的に安価であると考えられる。

こうしたことから発展途上国に対して労働集約的投資を行うことは,比較優位の原理に適した企業行動であると同時に雇用の増大を望む発展途上国側の期待にも沿ったものであるとみることができる。

しかしながら,現実には先進国企業による発展途上国向け製造業投資は,必ずしも雇用創出的ではないとの不満が発展途上国側から提起されている。

その大きな理由としては,技術の開発が技術開発国である先進国の経済的与件を前提として行われるため,資本が豊富な先進国で開発された技術をそのまま発展途上国に持ち込むと,往々にして過度に資本集約的となる傾向があることが挙げられよう。

こうした状況を回避するためには,発展途上国の与件に適合した技術を移転することが必要であるし,そうした技術の移転は,結果的には国際競争力を高め,必然的に輸出の増大という第2の要請をも満足させることとなろう。

第3の点は,国産化比率の上昇である。いわゆる輸入代替産業の導入は,国際収支の赤字の拡大を招く場合もあった。それは原料などの輸入依存度が高かったからであり,逆にいえば国産化比率が低かったためである。そのため,受入れ国は国際収支の改善と国内産業の育成のために,国産化比率を高めて欲しいとしているのである。しかし,受入れ国には関連産業がない場合が多く,あったとしても価格や品質及び納期等の面での問題が少なくなく,国産化比率の引き上げには困難が伴う。部品工場を含む,パッケージとしての投資は,周辺の部品会社の進出も必要であるため,より大きなリスクとコストが伴う。ただ,こうした中でも進出の歴史にしたがい,国産化比率の上昇がみられるケースもある(第3-5-1図)。国産化比率の上昇が長期的にも品質の改善やコスト削減と結びつくには,受入れ国の不断の努力が必要である。60年代に完全国産化を果たしたインドの自動車工業の場合の様に品質の悪さと価格の高さなどから,外国からの企業進出を認めなければならなかったという例もある。

(今後のあり方)

生産基地の分散化は国際分業の進展であり,基本的には促進されるべきものであろう。特に投資が発展途上国に向う場合,技術移転や貿易の拡大を通し,投資受入れ国の経済的離陸を早め,世界経済全体の活性化にもつながろう。

しかし,こうした投資の促進にはいくつかの,投資企業,投資受入れ国及び投資企業の母国が,それぞれ考慮すべき点がある。

第1は,投資企業の行動である。直接投資が企業の視点からみた資源配分の最適化であるだけに,しばしば投資受入国の開発目的にそぐわない行動がみられる。こうした点については,既にOECDでは「多国籍企業の行動指針」を作っており,国連も「制限的商慣行規制のための多国間の合意による一連の衡平な原則と規則」を採択している。共通の考え方は,企業間の公正かつ自由な競争を維持しつつ,企業行動を投資受入れ国の開発目的に即したものにすべきであるということにある。UNCTADでは更に制限的商慣行に関するモデル法の作成なども検討しているなど,企業の投資受入国の開発目的にそぐわない行動には国際的な注目が集中している。今後とも企業によるガイド・ラインなどの遵守が要請されよう。これに関連して各国もその企業にこうしたガイド・ラインの遵守を奨励すべきである。ただし,先に示した「制限的商慣行規制のための多国間の合意による一連の衡平な原則と規則」は勧告として作られたものであり,法律ではなく企業の自主性は保障されねばならないが,企業の制限的商慣行によって生じ得る貿易及び発展に対する不利益は排除されねばならないであろう。

第2は投資受入れ国の法整備等である。投資奨励法などを制定する国は多いが,発展途上国の商標法,特許法などの整備は著しく遅れ,税法も不明確である場合が多い。経済政策がしばしば変更される国もある。経済・社会的な安定と,投資等経済活動の保証が最も重要な投資促進策であることを考慮し,こうした視点からの努力が要請される。また,投資企業が必要とする労働力の質の向上と発展途上国側の雇用量の増大という2つの要請を満たすためには,発展途上国政府による人材の育成とそのための制度の整備・拡充の努力も要請されよう。

第2次大戦終了直前,ハバナ憲章が作成された。憲章そのものは,独占禁止法を含む広範なものであり,自由貿易,自由な資金の移動等を考えたものであり,その一部はGATT,IMF等として実現した。こうした憲章を再現することはできないであろうが,その精神を生かすことはできるはずである。投資受入れ国と企業とその母国は,投資により,貿易により,結びつけられ,世界へ活力を与える。長期的視点に立った積極的な直接投資は,投資受入れ国の開発目的に即した企業行動を前提にしつつも,推進されるべきであろう。


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