昭和60年

年次世界経済報告

持続的成長への国際協調を求めて

昭和60年12月17日

経済企画庁


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第3章 新たな国際分業体制の構築

第3節 国際的ネットワークの構築

(企業の国際的戦略)

経済活動において企業の持つ国籍の意味は薄れつつある。急速な交通・通信システムの発達により,人,物,資本そして情報は世界をかけめぐり,国際間の時間距離は著しく短縮した。企業は一方でこうした変化を促進させ,他方ではそれを前提として経営に当たろうとしている。そしてアメリカを中心とする世界的企業は自らの持つ技術や情報を駆使して,国際的な戦略の下で活動してきている。言わば,国際的な資源配分の最適化を行おうとしているともいえよう。

一般的にいって,国と国の間には,賃金格差や技術の格差があり,賦存資源にも差がある。しかし,技術水準の差は技術や機械設備の輸出等によりある程度は解消可能である。近年先進国の生産基地が先進国内から発展途上国ヘシフトしているが,こうした動きを促したものとして,先進各国の枝術進歩があった。高度な技術を用いる製品が商品化されるためには,さまざまな高規格の部品が必要となる。そうした部品生産技術が生産工程の長大化のなかで単純化され,下請化が可能になる。一定レベル以上の技術をもつ労働者でなくても,操作可能な機械や工程の導入により,高い精度の製品を生産することができるようになった。このように,技術進歩により工程分離が可能となり,しかも技術レベルの高い製品,部品の製造工程の一部がかなりな程度単純労働化された面もある。こうした状況の下で労働コストの相対的に低い地域に,企業が生産基地を求めようとしたのは当然といえよう。

さらに,このような動きを加速させたものとして,ドル高の継続があげられる。ドル高はアメリカ企業にとって輸入価格の低下を意味する。コストの面からみて,生産基地の海外への拡大は極めて有利なものとなった。

こうして,デザインとかブランド名などいわば非価格要素が市場での競争力を決定するような商品ではなく,価格が競争力を決定する部品や中間財については,ますます発展途上国などへ生産を振りかえる動きが強まった。生産工程の一部を他国へゆだね,自らは製品の企画,マーケティングや高度な技術を要する製造工程だけを行い,利益をあげることも可能になったのである。

こうした工程分離型の分業とともに,製品別分離生産もみられる(第3-3-1図)。自動車の場合は特に明白であり,本国と他国でそれぞれ比較優位を持つ機種,車種を生産し,販売しようというものである。こうしたパターンが定着すれば,数ヵ国間で,提携企業間で異機種の相互輸出による相手国内での販売へと進むことも考えられよう。

(海外への生産基地移転)

一定水準以上の精度を持つ部品等が,海外で生産可能であり,コストが安いのであれば,本国での生産に固執する必要はない。こうした考え方から,巨大企業は生産基地を海外に求め始めた。生産基地の分散は母国内での一貫内生主義からの転換であるともいえよう。

こうした動きには,3つの形態がある。第1は,資本や技術などの提携もないまま,いわゆるOEM方式(Original Equipment Manufactures)によって部品等を調達する方法である。これは,当初は完成品を相手の商標で販売するという方式をさしていた。しかし最近はむしろ部品の一般市場での購入を,契約によって品質,価格,納期等を定め長期的安定供給を受けようとする方式も含むようになっている。外国の企業を下請け的に用いる方式であるともいえよう。下請化したとはいえ,部品等のメーカーにとっては,製品の販路を確保しつつ,マーケットのニ-ズや技術情報の入手などが容易になるというメリットを持ち,資本等による支配・被支配の関係がなく,市場の拡大の意味を持っため,最も広範に行われている形態といえよう。ただ,OEM方式の場合,自がらのブランドを表示できないため,製造業者の販売努力が制約されることが多く,しかも相手企業の収益動向によって影響されることもある。

第2は,資本や技術の提携を前提にする部品等の供給である。資本や技術の提携があるため,本国企業のコントロールは利きやすく,品質等についても指導が可能である。また,本国企業が生産していない製品を生産させるなど,本国企業にとっては多角化につながる場合もある。自動車産業におけるアメリカと日本,アメリカと韓国などの企業提携が代表例であり,最近ではアメリカと発展途上国間の鉄鋼やアルミニウム生産に関する提携も伝えられている。

第3の形態は,本国企業が海外に支社や現地法人を作り,生産に従事する場合に認められる。こうした動きは,最も強い結びっきではあるが,当初の資本負担が巨額になることもあって,かなり長期的な視点から行われなければならない。また,重要な点は,発展途上国においては単品の生産だけを行わせる一方で,先進国への進出の場合は製品開発等まで行わせる場合が多くなっている点である。このため,先進国間での資本進出の場合,研究所などの併設も行われ始めている。

(開発戦略の変更)

多くの発展途上国は,工業化を急ごうとしている。大戦直後,工業化のために政府主導型の大規模ブロジェクトを実施した国も多かったが,殆ど開発の実を挙げ得なかった。導入されたプロジェクトの技術レベルが高すぎたからでもあろう。また,伝統的な一次産品の輸出だけでは工業品輸入の増加に追いつかないとして,輸入代替型産業の導入に努めた国も多かった。しかし,機械設備の輸入に加え,その周辺産業が育成されていなかったこともあり,さまざまな部品を輸入する結果となった。そのため,輸入代替型産業の拡大は輸入の一層の増大をもたらすことになり,かえって国際収支面での困難性を増すことが多かった。大型ブロジェクト主義も,輸入代替産業誘致型の政策も修正されざるを得なかった。

現在,アジアのNICsといわれる国の多くは輸出指向型産業の育成で成功した国々である。先進国からの直接投資をてこに,工業化を果たし,同時に国際収支上の問題の発生を避けようとしている。そしていくつかの国では単なる労働集約的工業品の輸出だけではなく,ハイテク関連製品さえ輸出に成功しつつある。政策的には,投資奨励法などを制定し,進出した外国企業(合弁企業を含む)による利益の本国送金をできるだけ自由化し,本国からの経営者や技術者あるいは事前企業化調査(フィージビリティ・スタディの受け入れを容易にするなどの特典を与えている。

このように,発展途上国の側も直接投資を積極的に受け入れるようになってきた。これまでは投資受入れ国の経済政策を無視するケースが多いとして,国際機関などでも世界的な巨大企業に対して厳しい批判がなされていた。しかし,賦存資源の有効利用,工業化の必要性及び世界貿易への参加,等の重要性を認識し始め,発展途上国は,巨大企業による技術移転効果等による自国産業の育成を図るといった路線を採るようになってきたのである。

(旺盛な発展途上国の資金需要)

このところ,巨額の直接投資が発展途上国に流れている。特定地域,特定業種に集中し,急増していること,等の特色を持ちながら,実額でみた先進国の対発展途上国直接投資は伸び続けている。

かつて,先進国は発展途上国を資源供給地として扱い,そのための投資を中心として行っていた。発展途上国はこうした取扱いに資源ナショナリズムをもって対抗し,自らの手による資源開発をとなえ,一部では国有化する動きもみられた。そのため,発展途上国に対する直接投資は70年代まで大きく減少した。

しかし,発展途上国への直接投資は再び増勢を示しはじめた。先進国側の生産基地の国際的ネットワーク作りという動きと,発展途上国側の新たな開発戦略の採用が結びついたためといってよい。

73年からの約10年間に,国際収支ベースでみて,約1,009億ドルの直接投資が発展途上国に投下された。このうちの約44%(439億ドル)が中南米へ,そして約26%(265億ドル)がアジア地域に投資された。こうした地域でのGNPに対する投資比率は他の発展途上国に比べかなり高く,国民総貯蓄率も高い。開発意欲が総じて高いといいかえてもよい。しかし,国民総貯蓄率よりも投資比率は高く,したがって諸外国,特に先進国からの投資を必要としているのである。

開発意欲の高さもあって,アジアと中南米の資金需要は石油危機後もほとんど低下しなかった。先進国の多くが第2次石油危機後の長期的な不況の中で,投資意欲を低下させていた時にさえ,こうした地域の資金需要はむしろ上昇傾向をみせ,直接投資だけでなく,証券投資などの取り入れも増大していった。

先にみたように先進国の全対外直接投資に占める対発展途上国投資のウェイトは必ずしも高いものではない。しかもアメリカ,西ドイツなどのこの比率は低下の動きさえみせている。しかし,こうした動きをそのまま発展途上国での直接投資の重要性の低下として理解することはできない。受入れる発展途上国にとっては,経済規模が小さいこともあって,大きなインパクトを持つのである。

しかも,最近は,製造業,特に電気・電子工業に集中するようになっている。

アメリカの場合,電気・電子部門への発展途上国に対する投資は,80年から84年までの投資残高増加の40%近くを占め,しかもほとんどが東南アジアに集中している。

こうした直接投資は,受け入れ国にとって短期的には雇用及び生産の増大などの効果を持ち,長期的には産業構造,貿易構造を変え,技術移転効果を持ち得る。さまざまなメリットを持つものであるだけに,発展途上国にとって先進国からの直接投資は,政府ベースでの経済協力などとは別の開発効果を与えるものとなっている。

(直接投資と投資国への輸出)

日本およびアメリカを中心とする国際的ネットワーク作りの典型的事例は,東南アジアにおけるIC関連産業である(第3-3-1表)。しかも,ここでの動きは,日本とアメリカの企業行動の差をかなり明瞭にあらわしている。

50年代のアメリカは,対アジアの製造業投資のほとんどを歴史的な関係もあってフィリピンに向けていた。フィリピンに対しての投資は,LL協定(ラウエル・ラングレー協定)がアメリカに内国民待遇を与えていたこともあり,大きなウェイトを占めていた。

こうした動きに変化がみられたのは,70年代後半に電子産業への投資を増加させ始めてからであった。アメリカの韓国,台湾,香港,マレーシア及びシンガポールへの投資が,83年にはアジア全域への投資の66%を占めるようになった。半製品等を輸出し,低廉な労働力を用いて労働集約的工程をゆだね,製品を本国に輸出する,という経営戦略にもとずく進出が多くなったからである。こうしたことのため,アメリカからのIC部品輸出の約80%が東南アジアヘ輸出され,IC製品輸入の約60%が東南アジアからのものとなっている(第3-3-2図)。

このことは,アメリカが一部の業種において東南アジア諸国の輸出指向型産業の育成という目的に沿う投資を行っていることを意味する。この点について,アメリカの中南米投資と輸出の関係を,東南アジアとの比較でみれば対照があきらかである(第3-3-2表)。東南アジアへの投資もあって,東南アジアからの電気・電子製品輸入は,75年の14億ドルから84年には73億ドルへと年率20.1%の増加をみせている。それと同時に,75年に4億ドル弱であったアメリカ側の赤字が,84年には約32億ドルになっている。同様な動きは一次金属等その他の工業品にもみられる。しかし,.薬品や自動車を中心品目とする化学と輸送機器業では,むしろアメリカの輸出の急増がみられる。これらの業種では電子や金属業と違い,市場確保のための進出が行われているからである。

これに対して中南米との関連でみると,投資の増大とともにアメリカの輸入も増えているが,同時に輸出も増えており,収支差ではアメリカ側の黒字が増大している。唯一の例外は一次金属であるが,これはチリの銅やブラジルの鉄などの輸出増を反映するものである。

日本の東南アジアや中南米に対する投資は,投資本国への輸出増に結びついていないケースが多い(第3-3-3表)。しかしながら,日系企業から本国への輸出が行われるケースもある。むしろ数量ベースではICの全輸入の約52%は東南アジアからである。しかし,日本のICの対東南アジア輸出と東南アジアからの輸入IC単価の差からみて,日本からの輸出製品は高規格のものが多いとみてよく,そのため金額ベースでは大幅な出超(第3-3-3図,第3-3-4表)になっている。