昭和60年

年次世界経済報告

持続的成長への国際協調を求めて

昭和60年12月17日

経済企画庁


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第3章 新たな国際分業体制の構築

第1節 世界貿易構造の変化

(長期的にみた世界貿易の動き)

ガットの統計によれば,世界貿易数量は63年から73年までの10年間に年率9%の高い成長を続けたが,二度の石油危機により,73年から83年の間には2.5%の伸びにとどまった。しかし,84年には前年比で9%拡大した(第3-1-1表)。

地域別の貿易動向をみると,次のような特徴がみられる。第1に先進国のシェアは70年代に石油危機の影響もあり,やや低下したものの,依然世界貿易の60%以上を占めている。先進国の中では,アメリカのシェアは50年以降一貫して低下してきたが,80年代に入り,輸入を中心に拡大をみせた(第3-1-1図,第3-1-2図)。

一方,日本,西ヨーロッパは50年以降シェアを拡大させてきたが,西ヨーロッパが70年以降停滞色を強める中で,日本は引き続きシェアを拡大させている。

こうした動きの背景には,大戦直後のアメリカが圧倒的な経済力を持っていたこと,その後の西ヨーロッパ諸国と日本が極めて順調な復興を実現したこと,70年代にアメリカ,西ヨーロッパ経済が低迷をみせた際にも日本が相対的に高い成長を実現したこと,さらに,アメリカが83年以降,急速に景気を拡大させたことがある。

第2に発展途上国についてみると,アジアNICsが60年以降一貫してシェアを高めてきており,特に70年代以降輸出シェアを著しく上昇させている。一方中南米は70年代以降ほぼ横ばいで推移しており,中東は二度の石油危機を通じて70年代に大幅にシェアを拡大したが,その後急速に低下させている。また,共産圏のシェアは60年代以降ほぼ横ばいで推移している。

商品別にみると,農産品や鉱産品に比し,工業品貿易の増加テンポが,かなり高いことである(第3-1-1表)。先進国間で水平分業などの形で,工業品の貿易を増大させているのに加えてNICsが工業品輸出で世界貿易の中に参加し始めたからである。

こうした世界貿易の長期的な変化の中で,80年代に入って特に目立つのはアメリカの輸入の拡大と日本,アジアNICsの輸出の拡大である。

(80年代にみられるアメリカと西ヨーロッパの動きの変化)

これまでほぼ一貫して世界貿易に占めるシェアを低下させていたアメリカが80年代に入ると,一転してシェアを上昇させた。アメリカの貿易シェアの推移で見逃せないのは,世界輸出に占めるシェアと輸入のシェアとの差である。70年代まで,アメリカの輸出シェアは輸入シェアを上回っていた。しかし,80年代に入るとこうした動きは逆転した。そして,アメリカが貿易シェア差(輸出シェア-輸入シェア)のマイナス幅を拡大させるなかで,これまでマイナスを続けていた西ヨーロッパ,中南米,東南アジアなどでのシェア差は84年にはプラスに転じている。これはアメリカの貿易収支の赤字化と,アメリカ向け輸出の拡大による他地域の貿易収支の改善を反映している(第3-1-2表,付表3-1)。

一方,西ヨーロッパの世界輸出に占めるシェアは80年の41%から,84年の38%へと低下している。この間西ヨーロッパ相互の貿易のシェアは相対的には安定しており,西ヨーロッパの域外輸出が不振であったことを示している(付表3-2)。

(NICsの急速な台頭)

アジアNICsの世界貿易(輸出)に占めるシェアは50年の2.8%から60年の1.6%へと低下した後,年とともに拡大を続けており,84年には5.8%に達している。輸入でみても同様の動きを示し,そのシェアは84年で5.5%となっている。

NICsの急速な台頭は,発展途上国の輸出指向型産業を中心とする工業化の進展を反映するものである。もちろん,発展途上国の輸出の大部分が工業品になった,というわけではないし,工業品輸出で成功しつつある発展途上国の数は決して多くはない。しかしこれまで工業品貿易のほとんどを占めていた先進国の中に,一部ではあれ,発展途上国が参入できるようになったことは画期的な事実であるというべきであろう。

このようなNICsの台頭は発展途上国と先進国との結びつきをこれまでの一次産品を中心にするものから,次第に工業品を通じたものへと変化させつつある(付表3-3)。発展途上国が伝統的に示してきた一次産品を先進国に輸出し,先進国から工業品を輸入するというパターンを工業品の対先進国輸出の増大へ変化させ始めていることを意味する。

(世界貿易構造の変化と直接投資)

世界の貿易構造は以上にみてきたような変化をみせてきており,先進国の比重が依然高い中でNICsが台頭してきている。特に80年代に入ってきてからは,アメリカの輸入は急増し,アジアNICSの輸出は拡大している。こうしたアメリカの輸入の中には,部品輸入,アメリカ企業の海外小会社,関連会社からの輸入がかなり含まれているという指摘がある。アメリカ企業には,労働集約的な製造工程を労働コストの低いアジアNICs等の発展途上国へ移転させる動きがある。後にみるようにマレーシア等に建設されたIC工場へは,アメリカからIC部品が大量に輸出される一方,製品の多くはアメリカ向けに輸出されている。

他方,輸入の急増を背景として,アメリカ議会等において保護主義の高まりがみられる。こうした保護主義の動きに対応する形で,アメリカ向けを中心に先進国間の直接投資が活発化している。日本企業においても自動車,電気機械を中心にアメリカ等での現地生産の動きが本格化している。

最近の貿易の動きは,こうした世界の直接投資,国際分業体制の新たな形成によって大きく影響を受け,また同時に,影響を与えているのである。


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