昭和59年
年次世界経済報告
拡大するアメリカ経済と高金利下の世界経済
経済企画庁
アメリカの景気は82年末に回復に転じた後,84年央に至るまで力強い拡大を続けた。今回の景気回復期における実質GNP成長率をみると(第1-1表),当初1年間では6.3%と過去の回復期の平均(7.4%)よりやや低かったが,回復2年目に入って拡大速度はむしろ加速し,谷から7四半期間では朝鮮戦争時以来の高さとなった。このような力強い景気拡大をもたらしたものは,個人消費及び民間設備投資である。特に民間設備投資は,84年前半に金利がむしろ上昇したにもかかわらず急速に増加し,景気のリード役となった。一方,住宅投資は84年初に急増した後減少に向かった。
このような景気拡大に伴って就業者数は急増し失業率も大幅に低下したが,賃金上昇率は依然落ち着いている。このような賃金安定に加えてドル高やエネルギー価格の安定から物価も落ち着いた推移を続けている。生産が増加した時に物価がどれほど上昇するかという生産と物価のトレード=オフ関係(名目GNPの増加のうち実質GNPの増加となるのはどれほどかで測られる)も,70年代の景気回復期と比べると改善がみられる(前掲第1-1表)。
国内需要は前述のような急速な増加をみせたが,このような需要が国内生産ではなく輸入によって賄われる傾向が84年に入って一段と顕著になっている。これは,為替レートが引き続き強調裡に推移しているためであるが,このような輸入の急増により経常収支赤字は大幅に拡大し,対GNP比で2%を超える水準となった。
政府の財・サービスの実質購入は83年中減少を続けたが,84年に入って増加に転じた。財政赤字は84年度(10月~9月)にやや縮小したものの景気拡大期としては縮小幅は小さく,高雇用財政赤字は対GNP比で3.2%に拡大した。
金融政策は,景気回復の明確化及びインフレ再燃予防の見地から83年5月後半以降若干引締め気味に変更されていたが,84年に入り景気拡大速度の加速から引締め姿勢を強めた。しかし9月以降景気拡大速度の鈍化から漸次緩和的となっている。
84年央まで力強く拡大した景気も,7~9月期に実質GNP成長率が前期比年率1.6%と拡大速度が鈍化した。これは,住宅投資の減少,個人消費の伸びの鈍化及び純輸出のマイナス幅の拡大等によるものである。しかし,これは過去の景気拡大期にもみられた「一時休止」とされ,85年も景気は比較的堅調に推移するとの見方が一般的である。
実質個人消費は耐久財を中心に83年中着実に増加し,84年に入っても高い伸びを続けた(第1-1図)。7~9月期にGM社でのストによる自動車の供給不足等から伸び率が大幅に鈍化したが,基調的には実質処分所得の増加から堅調に推移するものとみられる。
83年の個人消費の急増は,①個人所得は伸び悩んだものの,減税及びインフレの鎮静化から実質可処分所得が着実に増加したこと,②貯蓄率が大幅に低下したこと,③80年以降の買い控えにより高まっていた耐久消費財に対する潜在需要が金利の低下や経済環境の好転等に伴い顕在化したこと,などによるものであった。83年後半以降貯蓄率は上昇に転じたが,個人所得が急増し,また,消費者の信用借入れも急増したため個人消費は84年に入っても堅調を持続した(第1-2図)。84年7~9月期の伸び率鈍化は,GM社におけるストライキにより自動車供給が不足したことによる面が強く,10~12月期には再び増加傾向に戻ったものとみられている。
個人所得の内訳をみると,賃金・給与所得は,賃金が落ち着いているにもかかわらず,雇用者数の増加から高い伸びを示している。利子所得も金利の上昇から伸びを高めている。一方,配当所得は企業収益の好調から83年後半から84年前半にかけて急増した後伸びが鈍化している。
個人貯蓄率は83年央まで急落した後,後半以降上昇を続けている。この背景としては,①83年後半から84年央まで物価安定にもかかわらず金利が強調裡に推移したこと,②82年末から83年央にかけての株価上昇も一段落し,金融資産残高効果による貯蓄率押し下げ効果がなくなったこと,③通常景気回復初期には所得増加期待から消費が先行して増加し貯蓄率が低下する傾向があるが,今回の景気回復も一年間経過し,所得の増加が消費に追いついてきたこと,などによるとみられる。
消費者信用残高の個人可処分所得に対する比率は,インフレの高進等から70年代後半に高まった後,80年代初にやや低下していた。しかし83年後半以降,借入れの急増から再び上昇を始め,最近では過去のピーク近くまで回復している。
83年4~6月期に増加に転じた民間設備投資はその後の拡大過程で景気のリード役となり,84年上期に前期比年率23.1%増,経済全体の拡大速度が鈍化した7~9月期にも同13.7%増となった。
実質金利が84年前半にむしろ上昇したにもかかわらず設備投資がこのように力強い増加を示した要因としては,①景気回復による稼働率の上昇,②80年代初の投資手控えの反動,特に70年代後半に償却期間の短かい機械設備が資本ストックに占める割合が高まったため更新投資圧力が一層高まっていたこと,③投資減税の実施,インフレの鎮静が償却不足を解消し,高金利による資本コスト引上げ効果を相殺したこと,④投資の期待収益率の上昇,が挙げられる。特に,近年技術進歩がかなり活発化しているとみられることから,投資の期待収益率はある程度中期的に上昇しているとみることができる。
企業部門の資金調達状況をみると(第1-2表),82年央から83年央にかけて株式価格が急上昇したことに伴い株式発行による資金調達の割合が著しく高まった。また,早期資本回収制度の導入等により,82年以降減価償却費による割合が高くなっている。一方,内部留保による割合は,回復してはいるものの過去と比べると低水準で推移している。83年後半以降は,株式発行に代わって信用市場からの借入れが急増している。
民間住宅投資は82年10~12月期以降大幅な増加をみせ今回の景気回幅の原動力となったが,83年10~12月期に減速し,84年1~3月期に一時盛り返したものの7~9月期には前期比年率4.5%減となった。
住宅投資がこのように不振に陥った要因としては,第一に金利の上昇が挙げられる。住宅抵当貸付金利は,83年央以降その他の市場金利が上昇したにもかかわらず84年4月まで低下を続けた。これは,調整可能抵当金利(ARM)がディスカウントもあって低下を続けたためである。しかし,5月以降住宅抵当金利は上昇に転じ,その他の市場金利が低下している9月以降も高止まりしている(第1-3図)。
第二に,最近の物価安定定着により,キャピタル・ゲイン等住宅所有による期待収益率が低下したことが,家計部門の住宅投資意欲を抑えたとみられる。
実質在庫投資は83年7~9月期に積み増しに転じた後,84年に入っても大幅な積み増しが続いている。実質GNP増加率に対する寄与度をみると,84年1~3月期に前期比年率6.4%と極めて大きなものとなった。4~6月期には積み増し幅の縮小から寄与度はマイナスとなったものの,7~9月期には再び同2.4%と大きく寄与した。
このような在庫積み増しの継続は旺盛な最終需要に対応したものであり,在庫-売上高比率は,83年に非常に低い水準となった後,84年に入っても年初からの上昇幅はわずかなものにとどまっている(第1-4図)。
83年に前年比6.4%増と順調に増加した鉱工業生産は84年前半も力強く増加した。これは,耐久消費財が自動車の不振から4~6月期に前期比減少に転じたものの,資本財,原材料等が急増したためである(第1-5図)。
夏場以降,建設投資の不振から建設資材が減少を続け,さらに,好調であった資本財も9月以降マイナスとなっている。特に,9月にはGM社におけるストライキの影響により自動車生産が大幅減となったこともあって,景気の谷(82年11月)以来初めて前月比減少(△0.6%)を記録した。
鉱工業稼働率は朝鮮戦後時以来の急上昇をみせ,84年7月には82.7%に達した。しかし,その後3か月連続して低下し,11月に再び小幅上昇したものの81.5%にとどまっている。
82年11月に10.6%と戦後最高を記録した失業率(軍人を含む)は83年に過去30年来の大幅な低下を示した後,84年に入っても急速な低下を続け,84年6月には7.0%まで低下した。夏場に一時揺り戻しがあったものの就業者数は増加を続けるなど雇用情勢は緩やかながら改善を続けている(第1-3表)。
今回の回復過程で失業率が従来の回復期以上に急速に低下した背景には,生産年齢人口増加率が70年代以降かなり低下してたこと,また,70年代に女性を中心に急上昇した労働力率も80年代に入ってかなり落ち着いてきていること,等があるとみられるが,基本的要因としては就業者数が過去の回復局面を上回る速さで増加したことが挙げられる。とりわけ注目されるのは製造業の雇用者数が第3次産業を大きく上回る増加を示したことである。70年代には製造業の雇用者数は景気拡大に対してかなりのラグをもって増加を始めたが,今回の回復局面においてはラグをほとんど持たず回復初期に急増した。これは,前回の景気後退に際して企業が積極的な雇用調整を行ったため,景気回復に当たって補充も速かったためとみられる。
84年の夏場以降製造業の雇用は伸びが鈍化しているが,サービス産業の雇用は堅調な増加を続けており,全体の就業者数も緩やかに増加を続けている。
失業者数も顕著に減少した。失業事由別内訳をみても,レイ=オフ等による失職者の割合が,82年11月には61.5%を占めていたのが84年央には50%前後にまで低下した。一方,雇用情勢の改善を反映して労働市場への新規参入・再参入者及び離職者の割合が上昇している。
失業率は全般的に低下しており,特に成年男子の低下は著しい。しかし,若年層及び非白人の失業率は依然高水準にあり(84年11月でそれぞれ17.5%及び13.6%),また,地域別の失業率格差も解消されていない。
物価動向は,景気の谷から2年を経過した現在でも落ち着いた推移を示している。卸売物価上昇率(前年同期比)は,エネルギー価格の下落を主因に84年に入っても2%台で推移し,10~11月には1.7%となった。消費者物価及びGNPデフレーター上昇率も4%前後で落ち着いている。
このように景気拡大が続く中で物価が鎮静化を続けている要因としては,①単位労働コストの安定,②石油等エネルギー価格の安定,③ドル高,等が大きく寄与しているとみられるが,とりわけ,70年代には景気が回復するにつれ上昇をみせた単位労働コストが現在も安定していることが重要な特徴といえよう(第1-6図)。
賃金上昇率は雇用情勢の急速な改善にかかわらず依然4%程度で安定しており,これが単位労働コストの安定に貢献している(第1-6図)。
主要労働協約における賃金変動の構成要素別の動きをみると(第1-7図),近年の物価鎮静化に伴って生計費調整幅が縮小しているのに加え,新規協約による賃上げ率も低水準で推移している。これは,低下したとはいえ依然失業率は高く,また,外国からの競争圧力もあるため,労働組合が雇用確保を重視した柔軟な姿勢で交渉に臨んでいるためとみられる。例えば84年10月に改訂された全米自動車労組(UAW)とGM社及びフォード社との間の賃金協約においては,賃金上昇率は比較的緩やかなものにとどめる代わりに,雇用保障銀行(Job Security Bank)を中心とする雇用保障計画が最大の眼目となっている。また,今後の動向については,アメリカの賃金協約は一般に長期であるため,現在の新規協約賃上げの安定により後年度分賃上げ率の安定がしばらく続くものとみられる。
労働生産性も70年代後半のトレンドを上回る上昇を示しており,単位労働コストの安定に貢献している(前掲第1-7図)。このような労働生産性の上昇は,通常の景気循環的な回復に加えて,70年代に労働カに新規参入した大量の未熟練労働者が今や熟練化しつつあること,大きな生産性阻害要因となった石油価格の急騰が一応収まっていること,70年代後半以降研究開発支出が再び急増し技術革新に結びついていること等によるとみられる。今後についても,現在の力強い設備投資が資本装備率を高め,この面から労働生産性上昇に寄与するものとみられる。
83年に急速に増加した企業収益は,84年にも増加を続けたが,7~9月期には売上高の伸びの鈍化から税引前(在庫評価・資本減耗調整済)で前期比2.9%減,税引後(同)でも2.4%増にとどまった-(第1-8図)。
非金融部門法人企業の生産一単位当たりの利益及び費用をみると(第1-9図),費用の約3分の2を占める雇用者報酬が82年末以降賃金の安定・生産性の上昇からほぼ横ばいで推移しており,これが企業収益の急回復を支えたといえる。利払い費は80~81年に高金利から上昇したがその後低下気味に推移し,83年後半から84年前半にかけての金利上昇にもかかわらず若干の上昇にとどまっている。一方,単位当たり利益は83年以降急上昇して過去に例のない高水準となっている。84年前半の市場借入れが短期借入れに集中し短期債務比率が上昇しているという懸念材料は残るものの,基本的には企業の収益構造は良好なものとなっているといえる。
83年に輸出は減少したのに対して輸入は増加したため,貿易収支(fas-cif)は694億ドルの大幅赤字となった(82年は427億ドルの赤字)。品目別にみると,石油収支は若干改善したものの,工業品収支赤字の大幅化から非石油収支が赤字に転じた。84年に入ると,資本財輸入の急増から工業品収支がさらに悪化し,また,農業品収支黒字幅も縮小してきているため,貿易収支赤字は一段と拡大している(1~10月累計で1,055億ドルの赤字)。
地域別の貿易収支動向をみると,84年に入って中南米向けの輸出が増加に転じたため,対中南米収支の悪化には一応歯止めがかかりつつあるとみられる。EC,日本等先進国に対しては,これら諸国の景気回復から輸出は回復しているものの輸入がそれを上回る速さで増加しており,貿易収支赤字は著しく拡大している。
83年の経常収支は,貿易収支赤字の大幅化に加え貿易外収支の黒字幅が縮小したことから,416億ドルの赤字となった(第1-4表)。84年に入って経常収支赤字はさらに拡大し,1~9月累計で773億ドル,対GNP比2.3%(83年は1.3%)という未曽有の水準に達している。
資本収支は,民間資本収支の黒字化から83年に331億ドルの黒字に転じ,84年に入っても1~6月累計で325億ドルの黒字となっている。特に,82年までは国際金融市場への資金の供給者であった銀行部門が83年4~6月期以降大幅な入超となっている。また,81年より入超となった直接投資の入超幅も拡大している。このようにアメリカへの資本流入が近年活発化しているのは,①83年までの中南米諸国における累積債務問題の顕在化から一時的な逃避地としてアメリカが選ばれやすかったこと,②財政赤字に加え83年には景気回復が本格化したため資金需給がひっ迫化してきたこと,等に加えて,③ある程度中期的にアメリカの基礎的諸条件が改善しているという信認が高まっていることが背景にあるとみられる。また,84年7月に非居住者に支払う利子に係わる源泉徴収税(30%)が廃止されたが,これにより今後資本流入が一層促進されるものとみられる。
連邦政府財政赤字は80年代に入って急速に拡大しており,83年度(10月~9月)には1,954億ドル(対GNP比6.1%),84年度はやや縮小したものの1,754億ドル(同5.0%)に達している。このような財政赤字拡大の原因としては,まず,租税収入の減少が挙げられる。「経済再建のための1981年租税法(ERTA)」により個人所得税減税及び法人税減税が行われ,「82年租税負担の公正と財政節度に関する法律(TEFRA)」による税収増措置を考慮に入れてもかなりの減税となっている。支出面では,80年代の高金利による純利子支払いの増加や国防費支出の増加といった要因を挙げることができる。赤字の性格からみると,82年は深刻な景気後退の年であったため大幅な循環的財政赤字が発生したものとみられるが,83年度以降の赤字の拡大は主に構造的赤字によるものが特徴,である(商務省の試算による高雇用財政赤字(6%の失業率を前提)の対GNP比は,83年度2.6%,84年度3.2%)。
84年2月に議会に提出された85年度予算教書では,赤字削減措置が採られない場合,85年度から89年度にかけての累積財政赤字は1兆398億ドル(うち,85年度は2,076億ドル)に上ると予想され,これを①社会保障税率の段階的引上げ,医師の診療費の一時凍結等による保健支出の削減,②連邦公務員,軍人退職金の物価スライドの一時凍結,③国防費の削減,④健康保険料事業主負担に対する租税優遇措置の削減,⑤税の抜け道の封鎖,等により8,134億ドル(うち,85年度は1,804億ドル)に圧縮することが提案された。
このうち,85~87年度についての赤字削減策(約1,000億ドル)は大統領が超党派委員会において検討することとされ,特に財政赤字削減のための「頭金支払い(ダウン・ペイメント)」と呼ばれた。
4月には,連邦職員退職者に対する物価スライドの一時凍結等を含む「1983年包括財政調停法」及び穀物価格低下に対する農家補助金の凍結を含む「農業計画調整法」が議会を通過した。さらに,6月には,「租税改革法」と「歳出削減法」とから成る「1984年財政赤字削減法」が成立した。これは,①例えばERTAで認められた純利払い控除等の節税措置の導入を遅らせ,もしくは撤廃する,②所得平準化計画の手直し,③減価償却の縮減,④一部連邦職員の昇給の一時凍結,⑤医師の診療費の一時凍結等による保健支出の削減,⑥軍人等の退職金支給日の変更,等により赤字削減を図るものである。以上の立法の効果を織り込み,さらに赤字削減策が追加されることを前提とした政府の年央改訂見通し(84年8月発表)によれば,85~89年度の財政赤字は累計で8,040億ドル(うち,85年度は1,669億ドル)と見込まれた。
議会は10月1日,85~87年度の3年間で約1,500億ドルの赤字削減策(うち,85年度は約240億ドル)を含む予算決議を行った。これによると,85年度の歳出は9,321億ドル(前年比10.7%増),歳入は7,509億ドル(同12.7%増),財政赤字は1,812億ドルと見込まれている。
しかし,85年度に入ってからの景気拡大速度の鈍化から財政赤字がさらに拡大するとの懸念が強まっており,政府は来年度予算編成に向かって,公務員給与の凍結,諸計画の縮小・廃止,国防費の削減等を含むさらなる赤字削減策を検討中と伝えられている。
また,2月の予算教書において財務長官に対して検討が指示された公平化,簡素化及び成長を目指した税制改正についてのレポートが12月初に大統領に提出された。その主な内容は,①所得税率を現行の14段階から3段階へ簡素化する,②各種特例措置の縮小又は廃止,③法人税率は現行の5段階から33%の単一税率とする,④キャピタル・ゲインに対する減税を廃止し,インフレ調整でこれに代える,⑤投資減税及び早期投下資本回収制度は廃止する,等から成る。これらはあくまで試案であり,このままの形で議会に上程される可能性は少ないとみられるが,価格機構に対して歪みを与えない税制の追求という点で注目すべきものと思われる。
84年前半に国内非金融部門の金融市場からの借入れは急速な増加を示した(第1-5表)。連邦政府部門の借入れ増加は緩やかになってきたとはいえ依然高水準にあり,また,民間非金融部門の借入れは景気拡大加速を背景に活発化した。特に,83年には豊富な内部資金と株式発行で設備投資を賄っていた非金融法人企業部門が,投資の急増が内部資金の増加を上回り,また,株式ブームが一段落したこと等から金融市場における資金調達を活発化させた。家計部門の借入れも83年後半以降高水準となっている。このような資金需要の高まりから市場金利は84年前半に強調裡に推移した。
84年2月に明らかにされた連邦準備制度の84年金融政策方針では,引き続きインフレ圧力を抑えつつ持続的な景気拡大を達成することが目標とされ,マネーサプライの伸び率の監視目標圏は,前年に比べて0.5~1%引き下げられた(Ml,5~9%→4~8%,M2,7~10%→6.5~9.5%)。前述のように84年前半には国内非金融部門の信用市場借入れ額が急増したため,連邦準備は3月ごろから銀行の預金準備金の供給を若干絞り始めた。さらに,市場短期金利の上昇に応じて4月9日に公定歩合を8.5%から9%に引き上げた。
マネーサプライの動向をみると,Mlは84年前半は監視目標圏の上半分,M2は上限近傍で推移した(第1-10図)。しかし,7月以降Mlの伸びはほぼ横ばいとなり,監視目標圏の下限近くまで鈍化した。また,M2もやや増勢が鈍化した。このようなマネーサプライの伸びの鈍化の中で夏場以降景気拡大速度の鈍化が明らかとなり,また,物価安定基調が持続していることから,連邦準備は9月以降,銀行準備の供給をやや緩めにすることとした。市場金利は景気拡大速度の鈍化等から,7月以降長期金利が,短期金利も9月以降低下を始め,連邦準備制度も公定歩合を11月21日と12月24日に合計1%引き下げた(それぞれ9.0→8.5%,8.5→8.0%)。
戦後ほぼ一貫して上昇してきた貨幣の流通速度(Ml)は,①NOW勘定への資金の大量シフト,②インフレ期待の急速な鎮静,金利低下による貨幣需要の増大等から82年に急速に低下し,83年もほぼ底ばい状態となった。しかし,過去のトレンドから比べると依然低いものの,83年末以降流通速度は回復してきている。こうした中,連邦準備制度は,84年7月の公開市場委員会で,新金融商品の導入に伴う資金シフトは一応終了し,また,力強い景気拡大から金利急落期待もなくなったことからMlの流通速度の不安定性は大むね解消されたと判断し,再びMlをM2等と同様に目標指標として重視することとした。
84年のアメリカ経済は,前半に予想を上回る景気拡大をみせた後,後半にはかなりの減速を経験した。しかし,これは景気拡大の「一時休止」で,85年には再び着実な拡大を続けるものと見込まれている。
84年7~9月期の減速の主因となったのは個人消費の伸びの鈍化であった。85年には,貯蓄率は多少上昇するものの,雇用の拡大,物価の安定から実質可処分所得が堅調な増加を示すとみられるため,個人消費も堅調に増加するものとみられる。84年の景気のリード役となった民間設備投資は,稼働率上昇の一服,80年代初に抑制されていた更新投資の一巡等からやや伸び率が鈍化するものの,企業収益の増加,技術革新等に支えられて85年についてもかなりの増加が見込まれている(商務省の調査によると,85年の新規設備投資計画額は実質で6.8%増)。一方,住宅投資は,50年代後半のベビー・ブーム世代が住宅得年齢に達するなど潜在需要は根強いものの,金利が阻害要因となって弱含みに推移するとみられている。また,構造的にみても,70年代後半以降の金融自由化により貯蓄組合が競争力のある貯蓄手段を提供できるようになったため従来のような「金融仲介閉塞」(ディスインターミーディエイション)」は生じにくくなったものの,インフレの鎮静化,「81年租税法(ERTA)」による設備償却期間の短縮等は住宅投資を相対的に不利にしているとみられる。政府の財・サービスの購入は国防支出を中心に84年に増加に転じたが,85年にはさらに拡大するとみらる。しかし,今後高雇用財政赤字がさらに拡大することから金利上昇圧力は一層高まり,この面からの拡大阻害効果も強まるとみられる。
84年に急増した輸入は,85年には景気拡大速度の鈍化から伸びがやや緩やかなものとなるとみられるものの,ドル高の継続からなお輸出の伸びをかなり上回るとみられる。この結果,82年以降急激な悪化を続けた経常収支は85年も高水準の赤字を続けるとみられている。
物価は引き続き落ち着いた推移を示すものとみられる。生産性上昇率は回復初期の急上昇に比べると鈍化してきているが,賃金上昇率は急上昇する気配はなく,単位労働コストの安定は続くとみられる。輸入物価の抑制等から物画安定に貢献してきたドル高は,経常収支の大幅赤字が続くものの,それが基本的に健全な投資に付けられたものである限り急落の可能性は小さいとみられる。また,エネルギー需給は緩和しており,エネルギー価格はむしろ弱含みとなっている。失業率は景気拡大の継続から,緩やかながら低下を続けるとみられる。
このように,85年のアメリカ経済は,総じて拡大速度は鈍化するものの,基本的にインフレなき持続的成長を達成することが可能とみられている(第1-6表)。
82年末に底を打ったカナダ経済は,83年に入り急速に回復した。84年に入って,景気の拡大テンポは一時やや減速したものの,年央以降は純輸出,民間設備投資の増加から,再び成長率は大幅に上昇した。一方,雇用情勢は改善しているものの失業率はなお高水準にある。
83年に増加に転じた実質GNPは,84年入り,耐久財を中心とした個人消費の増加等から,1~3月期,4~6月期ともに前期比0.8%増となった。
7~9月期は,個人消費の伸びが鈍化したものの,純輸出,民間設備投資の増加等から,同1.9%の大幅増となった。
鉱工業生産は,8伴2月に落ち込んだ後持ち直し,7月には81年のピークを越えたが,その後はやや減少している。
消費者物価は,83年中上昇率が低下を続け,84年初には上昇気味となった後,落ち着いている。卸売物価も,鎮静化している。一方,雇用情勢は改善しているものの求職者数の増加により,失業率は依然高水準である。貿易収支をみると,83,84年と大幅な黒字が続いている。経常収支も83年に黒字幅が縮小した後,84年に入りやや拡大している。
このように,景気が拡大しているものの,高い失業率と拡大する財政赤字を抱える中で,9月総選挙が行われ,マルルーニー進歩保守党内閣が誕生した。11月に発表された同政権の経済政策は,財政再建,政府による規制等の見直し,投資・技術革新の促進等を目標としている。
83年の実質個人消費は,耐久財を中心に増加し,前年比3.1%増となったOECDの分析は,これを,82年央以降の金利の低下,インフレの鎮静や雇用情勢の改善がもたらす心理的要因によるところが大きいとしている。耐久財の中心となる乗用車販売をみると,82年の大幅減の反動もあって前年比18.2%と大きく伸びている。また住宅着工件数の増加から,住宅関連財消費も増加している。
84年に入っても個人消費は,上半期は耐久財を中心に引き続き増加し,経済成長率に大きく寄与したが,7~9月期はその耐久財の減少から伸びが鈍化した。
83年の民間住宅投資は,住宅抵当金利や空屋率の低下,持家取得貯蓄優遇制度〔Canada Home Ownership Stimulation Plan(CHOSP),83年5月終了〕等により前年比24.4%増と大幅に増加した。住宅着工件数でみても,83年は同29.2%の大幅増となった。しかし,CHOSPの期限が切れた年央
以降,住宅投資,着工件数ともに減少がみられた。84年に入り,住宅投資は4~6月期から増加に転じ,着工件数も,ばらつきがあるものの増加傾向にある。
民間設備投資は,82年にかなり減少した後,建設設備投資の減少が大きく,83年は更に大幅な減少となり前年比12.4%減となった。
84年に入ってからの設備投資は,1~3月期前期比0.7%増,4~6月期は機械・設備投資の減少から同0.7%減の後,7~9月期は同1.9%増の大幅増となった。
政府支出は,財政赤字の拡大等から,83年前年比0.3%増と伸びが鈍化した。84年に入ってからの伸びは,ほぼ横ばいとなっている。
在庫投資は,83年中に在庫調整が一巡し,GNP成長率寄与度は27%となった。84年に入ってからは,増加が続いているものの成長への寄与は小さい。在庫出荷比率も,81年の水準を下回り,7月には1.72か月どなった。
83年の鉱工業生産は,自動車を中心とするアメリカ向け輸出の増加に加え,国内需要の増加もあって回復に転じ,前年比5.5%増となった。その後,84年に入り,紙・パルプ産業のスト等により1~3月期に伸びが鈍化したものの7~9月期には前期比3.2%増となり,前回ピークの81年4~6月期の水準を2.6%も上回った。
失業率は,生産の拡大を反映して83年初より低下を始めた。しかし,84年に入ると,労働力人口の増加が就業者数の増加を上回ることが多く,失業率も上昇気味となり,11月現在は11.3%である。また,若年者層(16~24歳)の失業率は低下しているものの,7~9月期17.6%と依然高水準である。
消費者物価上昇率は,輸入物価上昇の鈍化,賃金の安定等から,83年には前年比5.8%まで低下した。84年は,年初に食料品等の値上りから上昇気味(2月前年同期比5.5%)ではあったが再び鈍化し,賃金上昇率が4%近辺で落ち着いていること等もあって,10月には同3.4%と72年8月以来の低水準となった。
また,卸売物価も,83年前年比3.5%と鎮静化した後,84年に入って年初はやや上昇気味であったが,年央以降前年同期比3.5%近くで落ち着きをみせている。
82年に減速した輸出(通関ベース)は,83年に入り,輸出額で前年比7.6%増,輸出数量で同9.6%増と回復した。これは,アメリカ向け輸出が好調であったためである。84年に入ってからも,アメリカ向け輸出を中心に拡大しており,1~9月累計で輸出額前年同期比27.3%増,輸出数量同26.8%増(1~8月)となった。
輸入(通関ベース)は,国内需要が回復したため,83年には前年比11.4%増と大幅な増加に転じた。84年に入っても,1~9月累計で輸入額前年同期比32.1%増,輸入数量1~8月累計同26.9%増と大きく伸びた。
この結果,貿易収支(国際収支ベース)の黒字は83年には177億加ドル(82年178億加ドル)とほぼ横ばいとなり,84年に入ると,1~10月累計で176億加ドルと拡大している。
貿易外収支は,対外債務の増加,金利の上昇等からサービス支払いが増加したこと等により赤字幅が拡大した。この結果経常収支は83年には16.9億加ドルと黒字幅が縮小した。84年に入ってからも,貿易収支黒字が増加しているものの貿易外収支の赤字幅が拡大しているため,経常収支の1~9月累計は14.7億加ドルの黒字(83年1~9月累計16.5億加ドルの黒字)となっている。
82年度(82年4月~83年3月)247億加ドル(対GNP比6.8%)にふくらんだ財政赤字は,83年度は歳入が景気の回復にもかかわらず前年比3.6%増にとどまり,歳出が12.0%も増加した結果,更に拡大し318億加ドル(対GNP比8.1%)となった。歳入が伸び悩んだのは,企業の自己資金を強化するための政策やエネルギー関係の歳入減といった要因による。一方の歳出は,前年度に引き続き失業給付や社会保障関係の支出が伸びている。
このような巨額の赤字を抱えた中で,84年9月に総選挙が行われ,マルルーニー進歩保守党内閣が生まれた。11月初旬新政権誕生後初の議会でなされた同内閣のウィルソン蔵相による経済財政演説によると,84年度の財政赤字は実績見込み346億加ドル(前自党政権の見通しでは296億加ドル)で,対G NP比8.2%になるとしている。85年度は,雇用対策,第1次産業対策に対する支出を17億加ド゛ル増加する一方,節減合理化等で39億加ドル圧縮し,財政赤字を349億加ドル(対GNP比7.8%)とし,更に同年度中に,補助金カット等,政府支出全般にわたる節減等で42億加ドルの赤字削減を図るとしている。
前自由党政権は,83年度に財政赤字の縮小と景気刺激を内容とした中期的な経済政策をとった。しかし,84年度の予算案は,総選挙を控えて,景気に対して中立型となった。
新政権の政策は,先に述べたような財政の再建とともに経済成長策として,低迷する民間設備投資の促進のため政府による規制等の見直し,投資・技術革新の促進,施策に当たっての公平性の確保等が目標とされている。具体的には,①外資導入を阻んでいる外資審査法及び国家エネルギー計画(N EP)の改正,②第一次産業対策として,これら産業で使用する燃料にかかる税の軽減(12月より実施)をはじめとする減税措置の実施,③エネルギー対策として,石油価格補てん課徴金の引き上げ(11月より実施),石油価格についての市場原理の導入の実施,④技術革新の9割を外国に依存している状態を是正するため,非効率な研究開発補助金を見直し,税制措置を主体にすること等が検討されている。そのほか,前政権時代に提案された税制改正を所要の修正を加えた上で実施し,失業保険料の引上げ,遺族年金の範囲拡大,恩給の引上げを行い,雇用対策費の増額も図るとしている。特に①については,速やかな実施が必要とされており,マルルーニー内閣は12月7日には,外資審査法につき,現在の外資審査庁(FIRA)をカナダ投資庁(INVESTMENT CANADA)と改称し,外国資本が既存企業を取得する場合等を除き,外国からの投資に対する不必要な制限を撤廃すると発表した。
輸入依存度の高いカナダでは,カナダ・ドルの急落は物価の大幅な上昇を招きかねない。そこで,極端な相場下落を避けるために市場介入と,上昇する米ドル金利に合わせた金利の引上げが図られてきた。
しかし,83年には前年に引き続き貿易収支が黒字を記録し,物価が鎮静化したことから,カナダ・ドルへの信認は回復し,1米ドル当たり1.23加ドル付近で安定した。このような状況下で当局は,国内景気回復に刺激を与えるためにも,金利を徐々に引下げる政策をとった。
84年に入り,経常収支と物価がやや悪化しカナダ・ドルが軟化しても,国内景気重視のスタンスは変更されなかった。そしてカナダ・ドルは3月に急落した後,7月には史上最安値を記録する日もあったが(1,3359加ドル),政府は,加ドルの下落は米ドル独歩高による世界的現象であり,加ドル減価及び金利上昇の両方を極力抑制することが最善の方途であるとした。その後,8月にはカナダ・ドルは6月の水準に戻ったが再び下落した。一方,金利はアメリカの金利動向を反映して軟化している。
1985年のカナダ経済は,アメリカの景気の影響を受け,成長率がやや鈍化すると予想される。
個人消費は,家計の実質可処分所得の増加や金利の軟化に支えられるが,高失業が続くという不安から貯蓄率の低下には限度があると考えられる。一方,自動車,鉄鋼,合成石油関連分野などに,大型設備投資が計画されているほか,政府の投資促進策とあいまって,民間設備投資の改善が予想される。また実質純輸出も増加し,GNP成長率は鈍化するものの拡大を続けるとみられる。
成長の鈍化は,主に資源関連産業に打撃となるが,労働力の市場への新規参入の減少によって雇用情勢は緩和されるとみられている。しかし,失業率は高水準を続け,平均賃金の伸び率は安定し,製造業の単位労働コストは低い伸びにとどまり,カナダの輸出競争力は維持されると予想される。
原材料需要は世界的に弱く,カナダの交易条件に悪影響を与えるかもしれないが,輸出数量増により,貿易収支の黒字はやや減少するものの83,84年の水準を保つと考えられる。また,純投資収益は安定し,貿易外収支の赤字化を抑制し,この結果,経常収支黒字は85年末にはやや縮小すると予想されている。
1984年のイギリス経済は,81年央以降続いている緩やかな回復から,本格的な拡大に転ずるとみられていたが,3月央に始った炭鉱ストの解決が長びいて打撃を受け,政府の成長見通しも当初の3%から2.5%に下方改訂された。雇用者数は83年春以降やや増加しているものの,雇用情勢は依然きびしく,失業者数は84年にも増加傾向を続けて年末には310万人となり,失業率も12.9%の記録的高水準にある。一方,物価は引続き落ち着いた動きを示しており,消費者物価は84年に入ってからも5%前後の上昇にとどまっている。
炭鉱ストのマイナスの影響は貿易面にもあらわれており,貿易収支は83年の11億ポンドの赤字から,84年には10月までの累計で約40億ポンドの赤字へと赤字幅を急拡大した。輸出がアメリカ向けを中心に,83年央以降回復に転じたものの,輸入が景気の回復による増加に加えて,ストによる石炭,重油などの輸入が急増し,輸出を上回る伸びとなったことによる。
政策面では,民間活力の回復による経済再活性化を目指して,供給面の改善を重視する中長期的政策が79年以来,一貫してとられている。このため,財政金融政策も引き続きインフレ抑制を最優先としており,ローソン新蔵相による84年度予算も,全体として景気中立型とされている。金融面では,マネーサプライの伸びを中期的に小幅化する方針を堅持しているが,金利については,ポンド相場の動きを考慮しながら,高水準の是正をはかっている。
85年については,輸出,設備投資を中心に景気回復が続くとする見方が多く,政府も11月発表の秋期見通しで,炭鉱ストが年内に解決すると前提して,実質3.5%の伸びになるとみている。
実質GDP(生産ベース)は,81年4~6月期を底に緩やかな回復を続けており,82年2.0%増,83年2.9%増の後,84年1~9月の前年同期比も2.2%増となっている。84年の伸びの鈍化は,主として炭鉱ストによるものであり,中央統計局は1~3月期に0.5%,4~6月期,7~9月期には各1.25%のマイナスの影響を与えたと推定している。
個人消費は,今回の景気回復期では,当初回復が遅れていたが,82年央から83年末にかけて好調を続け,83年には実質4.3%増加して,回復の牽引役となった。84年に入って増勢はかなり弱まったものの,1~9月の前年同期比は2.1%増と底固さを示している。
84年の伸びの鈍化は,これまで大幅に増加してきた耐久財が,需要の一巡もあって,84年上期には前期比5.8%減となったことが主因であった(83年は16.0%増)。乗用車新規登録台数の伸びも,83年の14.0%から84年1~9月には前年同期比0.5%減となった。しかし,84年春以降は,衣類,食料,サービスなどの根強い増加がみられる。
個人消費がこのような動きを示しているのは,①実質個人可処分所得が,83年には1.9%増加したのに対して,84年上期には,炭鉱ストのマイナスの影響(年央の前年比で1~11/2%減,NIESR推計)や公共部門の賃金協約改訂の遅れなどもあって,前期比ほぼ横ばいとなったこと,②インフレの鎮静などから急速に低下してきた貯蓄率が,84年上期には10.7%とほぼ下げ止まりを示していること(80年15.2%,83年10.9%),③83年末までの耐久財ブームの結果,家計の負債比率が高まり,最近のピークである73年10~12月期の水準をこしているといわれ(OECD年次審査報告),84年に入ってからは,新規賦払信用は頭打ち,ないし減少傾向を示していること,などを反映したものとみられる。
今回の景気回復期には,投資が比較的早期に回復したことが一つの特徴であり,実質総固定資本形成は81年7~9月期を底に,82年6.7%増,83年4.2%増と増加してきた。84年には,これまで回復の遅れていた製造業設備投資の増勢が強まったこともあって,上期には前期比7.2%増となっている。
総固定資本形成の回復は,当初は民間投資(83年ウエイト72.5%)を中心としており,82年には住宅,非住宅とも9%台の伸びとなった。83年には,民間住宅が前年比12%と好調を続けたのに対して,民間非住宅投資は北海関連投資の急減や製造業投資が上期まで停滞を続けていたことから前年比14.4%減となった。84年上期には,民間住宅は前期比2.4%増に鈍化したが,民間非住宅投資は同11.6%増となっている。
82年にようやく減少傾向に歯どめがかかった公共投資は,83年には前年比12.7%増と急増した。回復の遅れていた公共住宅も,83年2.8%増の後,84年上期には前期比8.3%増となった。
製造業固定投資は,79年1~3月期以降減少を続けていたが,83年上期にようやく底入れし,下期以降は急ピッチで回復を続けている。一方,商業,金融などサービス部門では,82年から回復に転じており,83年には前年比4.5%増加した後,84年1~9にも前年同期比12.5%増加した。
製造業固定投資が83年下期以降回復に転じたのは,①企業利益(在庫評価調整後)が82年下期から急速に回復し,82年18%増,83年22.5%増,84年上期の前年同期比21.6%増と大幅増を続けていること,②稼働率の上昇が続いていること(83年平均76.7%→84年82.4%),③84年度税制改革による法人税率の引下げ,企業負担の社会保障付加税の全廃(84年10月)などにより企業の手元資金が潤沢であること,また,初年度償却制度の段階的廃止(86年3月)を見越したかけ込み需要などの要因も作用しているとみられる。
12月発表の最新の貿易産業省企業投資予測調査によると,84年の企業設備投資は当初見通し(実質9%増)を上回って約11%増となり,85年についても実質7.9%増と着実に増加すると予測されている。うち,製造業は84年12.5%増,85年6.6%増,商業,金融部門については,84年10.5%増,85年8.6%増とみている。
在庫調整が長びいたことも今回の景気回復を緩やかなものとした一因であるが,83年にはほぼ調整が一巡し,一部に在庫積増しもみられた(在庫投資の対GDP寄与度0.7%)。しかし,84年に入ると,主として炭鉱ストによるエネルギー部門やイギリス鉄鋼公社(BSC)などでの石炭の在庫取くずしがみられ,上期のGDPに対するマイナスの寄与度は年率4.3%となっている。企業在庫率(在庫水準/生産水準)は81年初以降低下を続けており,製造業については80年10~12月期の110.2(79年10~12月期=100)に対して,84年7~9月期には95.4まで低下している。こうした在庫率の傾向的低下は,一部には,在庫管理技術の向上,実質金利の高水準,在庫優遇税制の廃止(84年度)などが影響しているとみられる。
鉱工業生産は,81年5月を底に増加に転じたものの,82年1.8%増,83年3.3%増と緩やかな伸びにとどまったのに加えて,84年に入って,炭鉱ストによるマイナスの影響から1~10月間に生産は1.8%低下した。製造業においては,炭鉱ストによる直接的な影響をこれまでのところ受けておらず,83年2.6%増の後,84年1~9月の前年同期比も2.5%増となっている。
エネルギー部門(水道を含む)は,他の部門に先がけて80年7~9月期から83年末まで年率5.6%の急拡大を続けてきたが,84年に入って大幅に低下した(1~9月間で12.0%減)。3月12月に始った全炭労(NUM)のストにより,石炭庁(NCB)所属の176坑のうち約2/3が操業不能となったことによる。石炭生産は,ストに先だってNUMの超勤拒否が実施されていたため83年11月頃から減産を始めていたが,スト開始後急減し,7月現在,年初の5割強の水準まで低下している(石炭生産の鉱工業生産に占めるシェアは約4%)。非採算坑の閉鎖計画に抗議する今回のストは,前2回の炭鉱スト(72年,74年)より長期にわたっているが,生産が一部で続けられていること,石炭在庫が高水準にあったこと(約4,000万トン),発電を石炭から重油に切かえていること(5月80%→7月45%),原子力発電をフル稼働させていることなどから,発電部門を始めとして,鉄鋼部門などでも直接的な影響は僅かなものにとどまっている。
景気が回復に転じてからすでに3年半になるが,84年に入ってからも失業者数の増加が続き,失業率は記録的な高水準にとどまっている。しかし,雇用者数が増加に転ずるなど改善の兆しもみられる。
雇用者数の減少は83年3月にようやく底入れし,84年6月までに18.9万人増加した。79年から83年初にかけて約198万人の雇用者が減少したのと比較すると僅かな増加である。しかも,この増加は,主として,サービス部門における女性パート・タイム雇用の増加によるものであり,製造業では84年央まで減少が続いている。一方,自営業主数は80~83年間に12%増加し223.3万人となった。自営業主の63%がサービス部門(83年)であること,各種の小企業助成措置がとられたことなどが就業増に有利に働いたとみられる。
失業者総数の増加は,83年初をピークに緩やかな減少に転じていたが(82年12月310万人→83年6月298万人→83年12月308万人),84年に入ってから再び増加している(84年6月303万人→10月323万人)。失業中の学卒者(18歳未満)は84年には前年より少く10~18万人(83年は11~22万人)となっているが,これを除いた失業者数でみても,84年に入ってむしろ増加を続けている(11月までに15.7万人増加して310.3万人)。失業率も年初の12.4%から9~11月には12.9%に高まった。
84年に失業者数が再び増加したのは,景気回復が炭鉱ストによって打撃を受けたのに加えて,労働供給が人口動態的に増加を続けていること,労働参入率も景気回復とともに高くなっていることなどから,労働需給のミス・マッチが拡大したことによるとみられる。84年6月現在,失業者の4割近くが,1年以上の長期失業者であり,若年者(24歳以下)の失業率は82年以来23%前後の高水準にとどまっている。政府は若年未就業者に対する職業訓練を中心とする一連の対策をとっており,たとえば職業訓練計画を受けている若年者は,10月現在,約70万人に達しており,これによる失業減は約49万人と推計されている。
失業率が上昇を続ける中で,83年賃金ラウンド(83年8月~84年7月)の平均妥結賃上げ率は,82年次とほぼ同率の6%(公務員41/2%,民間非製造業61/2%,国有企業51/4%)と,物価上昇率を若干上回る伸びとなっている。
平均賃金収入の伸びでみると,82年9.4%,83年8.4%と緩やかに鈍化した後,84年に入って1~9月の前年同期比5.8%とさらに鈍化した。しかし,この鈍化は,主として長びいた炭鉱ストや公共部門の一部における妥結が異例に遅れていることを反映したものである。最近発表されるようになった平均賃金所得の基調指数は,超勤,協約改訂期のタイミング,休日など一時的要因を調整したものであるが,この基調指数によると,上昇率は81年初の17%から83年初の8%まで急速に低下した後は,7%台で推移している(84年上期73/4%,7~9月71/2%。製造業については同91/4%および833/4%)。
84年に入って,生産がほぼ横ばいとなっているため,生産性の上昇も小幅にとどまっており,賃金コストはやや高まりを示している。
鈍化を続けていた消費者物価上昇率(前年同月比)は,83年5,6月に3.7%と68年来の低水準となった後やや高まりを示したが,83年下期4.9%,84年上期5.2%,7~11月4.8%と引き続き落ち着いている。
この物価の落ち着きは,基本的には,インフレ抑制を最優先とする政策の堅持によりインフレ心理が鎮静し,労組の賃金交渉が弾力化したこと,企業の利幅拡大圧力が弱まったことなどを反映したものとみられる。
費目別消費者物価の動きをみると,84年には,季節性食品の値下りと衣料費,交通費の安定が,住居費の大幅上昇を相殺したのが特徴である。住居費の上昇は,住宅ローン金利の引上げ(83年7月11.25%-84年7月12.75%)が主因である。このほか政策関連品目では,たばこ,鉄道運賃,バス料金などが前年よりも引上げ率が高い。国有企業関連品目も83年は2.7%と低かったが,84年には3.7%へやや高まった。
生産者価格(卸売物価に代る新指数)は,83年までは,工業品,原燃料とも上昇率は鈍化傾向にあったが,84年には1~11月の前年同期比上昇率は各々8.4%,7.9%に高まった(83年は各々5.4%,6.9%)。主として,ポンド相場の続落(対ドル・レートは84年初から12月央までに約18.5%低下)により,輸入価格が上昇を続けているためである(84年1~9月間に7.3%)。
83年以降再び赤字化した貿易収支は,84年に入って,炭鉱ストによる発電用燃料輸入の急増もあって赤字幅は期を追って拡大し,83年の11.1億ポンドの赤字から,84年には10月までに累計39.5億ポンドの赤字となった。
世界貿易が回復基調にある中で,輸出が83年の9.1%増から84年1~10月には前年同期比15.6%増と増加テンポを高めたものの,輸入の伸びも,各々15.4%増,20.2%増と,輸出の伸びを上回る増加を続けたことによる。数量ベースでみても,輸出は84年1~9月に前年同期比7.8%増となっているの
に対して,輸入は同10.5%増と伸びがより大きい。このため,純輸出の対G DP比は83年の12.3%に対して,84年上期では1.0%に急減した。
輸出は83年央以降,対米輸出を中心に回復テンポを高め,84年に入ってからは,ECや途上国向けでも回復がみられる。83年に伸び悩んだ工業品輸出も84年に入って回復した。ポンド相場の続落(年初来の実効レートの低下,10月まで8.4%),交易条件の好転などにより,国際競争力が改善してきたことによる。しかし,工業品輸入の増加が大きいため,82年春に赤字化した工業品貿易収支は,83年の約24億ポンド赤字の後,84年1~9月にすでに約33億ポンドの赤字となっている。
経常収支は83年に黒字幅を半減(49→23億ポンド)した後,84年上期にほぼ均衡,7~9月期に約5億ポンドの赤字と悪化を続けた。政府の84年当初見通しは,ほぼ83年なみの20億ポンドの黒字であったから,予想以上の悪化である。
この悪化は貿易収支の赤字幅拡大に加えて,貿易外収支の黒字幅が84年に入って縮小したことによる。為替管理の自由化後にみられた国外資本残高急増による利子の還流などが増加基調にあるものの,年初に一時的に急減したことも影響している。
長期資本収支も84年上期には大幅赤字となり,基礎収支の赤字幅も拡大した。一方,短期資本は純流入を続けている。
金,外貨準備は減少傾向を続けており,83年6億ポンド減,84年上期9.3億ポンド減少し,6月末現在1,143億ポンドとなっている。
83年6月の総選挙で圧勝し,二期目に入ったサッチャー政権の経済政策は,政権発足当初からの供給面を重視する基本方針を引きついでおり,インフレ抑制を優先とした慎重な財政金融政策がとられている。
金融政策は,物価が落ち着きを続けていることもあって,景気情勢や為替レートなどを考慮して,引き続き機動的に運用されている。
マネーサプライの伸び率の漸減が「中期財政金融戦略」(MTFS)の主目標の一つであり,84年2月~85年4月における年率増加率目標は,ポンド建てM3が6~10%と前年より上限,下限とも各1%引下げられた。83年秋以降新たに導入されたM0の目標は4~8%とされている。マネーサプライの伸びは82年以降はほぼ目標内に入るようになっており,84年についても10月までの実績は,ポンド建てM3が年率9.25%,M0は同4.9%となっている。
金利については,引き続き高金利の是正がはかられているが,84年春から夏にかけては,ドルの強調,炭鉱スト,原油価格の低下などを背景に大幅に上昇した。しかし,夏以降は米金利も低下しており,イングランド銀行はポンド相場の安定を見計らって金利引下げを積極的に誘導している。このため,大手市中銀行の貸出し基準レート(これに1%加えたものがプライム・レートに相当)は,84年春の8.5%から7月には12.0%に上昇したが,11月末には9.5%とほぼ年初の水準にもどっている。
財政面では,財政赤字(公共部門借入れ所要額,PSBR)の対GDP比を中期的に引下げることを引き続き目標としている。しかし,83年度には,歳入の伸び悩みや歳出が失業給付増などにより予想以上の伸びを示したことから,PSBRは97億ポンド,対GDP比3.7%と見通し(82億ポンド,23/4%)を大幅に上回った。84年度に入ってからも,4~9月のPSBRは70億ポンドと当初年度見通しの72億ポンドに近くなっている。これは主として,炭鉱ストによるものであり,ストがクリスマスまでに終了するとした場合,84年度のPSBRは約15億ポンド見通しを上回るが,85年については当初見通しの70億ポンド,対GDP比2%にもどると政府はみている。
この財政赤字幅削減と同時に,税制面での改革が進められており,84年3月発表の84年度(84年4月~85年3月)予算案では,①個人所得税非課税限度のインフレ率を上回る引上げ(7%,平年度15億ポンドの減税),②国民保険雇用主負担付加税の全廃(84年10月実施,8.5億ポンドの減税),③輸入品に対する付加価値税納入期の短縮(11週→4週,実施84年10月。84年度1億ポンドの増収),④法人税制の変更(在庫優遇措置の廃止,法人税率の段階的引下げ,52-35%,初年度特別償却制度の段階的廃止)などの措置がとられた。
これらの税制変更による84年度純減税は約3億ポンドにとどまるが,平年度では約17億ポンド(対GDP比1/2%)と推計されている。この減収の一部は国有資産の売却(84年度19億ポンド)で埋めあわされる予定である。
84年11月発表の政府秋期見通しによると,84年の実質成長率は当初見通しの3%から21/2%に下方改訂された。主として,3月央以降の炭鉱ストによるものであり,これがなければ31/2%の成長になったとしている。
85年については,炭鉱ストの終了により1%程度の増加があると想定して,全体では実質31/2%の伸びを続けるとみている。輸出および企業投資が84年についで中心的な増加要因となるとみられる。とくに企業投資(北海関連を除く)は,企業所得の急増を背景に,84年の実質11%増についで,85年も同7%増加すると予測している(固定投資全体では84年71/2%から85年3%へ)。
財政金融政策の引締め基調の下で,インフレ率(第4四半期対比)は84年43/4から85年には4%1/2%へ若干低下する。政府支出は84年に実質11/2%増から85年の同1%増へ伸びがさらに鈍化する。一方,個人消費の伸びは,実質可処分所得が4%程度増加するとみて,84年の2%増から3%増へ若干高まるとみている。在庫積増しについては,企業は引続き慎重である(85年GD Pの1%)。
輸出は世界経済の増勢が85年には若干弱まる(5→4%)こともあって,84年の51/2%から85年の41/2%へ鈍化するのに対して,輸入は主として発電用燃料の急増がなくなるため,71/2%から4%へと大幅な鈍化が見込まれている。このため,84年にほぼ均衡した経常収支は,85年には再び黒字化し,約25億ポンドの黒字になるとみている。
雇用者の増加は続くが,失業者についてはやや改善がみられる程度としている。
政府以外の機関による85年経済見通しは,平均して,実質成長率3%,インフレ率5.1%となっており,政府よりは若干控え目である。
西ドイツでは,83年初来景気は回復に転じ,83年の実質GNP成長率は1.3%と3年振りのプラスとなった。84年に入ってからは,金属及び印刷労組のストの影響から春には一時中だるみ状態が生じたものの,夏以降再び持直し,景気は順調な拡大を続けている。
84年の景気拡大の推進力となったのは,輸出であり,また企業設備投資も年後半から再び増加を始めた。
景気拡大にもかかわらず,失業者数は200万人台が82年末以降続いており,雇用情勢には目立った改善はみられない。こうした中で労働組合は週労働時間の短縮による雇用の拡大を要求し,50日間にもわたるストの後,85年以降週労働時間が漸次短縮されることとなった。
雇用確保重視の観点から,賃上げは低目に抑えられ,賃金上昇率は84年も鈍化傾向が続いた。しかし,物価上昇率は,マルク相場の低下にもかかわらず,予想以上に鎮静化したことから,実質賃金は83年に続き,2年連続横ばいであったとみられる。
対外面をみると,輸出の大幅増加から,貿易収支黒字が拡大し,このため経常収支も84年秋には,黒字の累計額が前年同期を上回るようになった。しかし,長期資本収支は赤字傾向をたどり,マルク相場も低下を続けた。
財政面では,引き続き歳出の抑制により赤字幅縮小が図られ,財政再建が進捗した。金融面では84年のマネーサプライは,前年より低目に設定された目標圏のほぼ中央で管理され,6月には公定歩合が,4%から4.5%へと引上げられるなど,やや引締め気味の運営がなされた。
実質GNPは83年に前年比1.3%増と3年振りにプラスとなった後,84年1~3月期には前回ピーク時の80年1~3月期の水準を上回った。4~6月期には,金属及び印刷労組のストの影響から前期比2.0%減と大幅に落込んだが,7~9月期には再び同2.2%増と持直し,1~3月期をも上回るなど拡大基調に復している(第4-1図)。
実質個人消費は,83年上期に大幅増を示し,景気回復のリード役となった後,下期にはやや減少したが,84年1~3月期には前期比1.5%の大幅増となった。これは,年初におけるプレミアム付貯蓄の解除や,期末手当などの繰り上げ支給により,可処分所得が前期比2.3%もの増加を示したことが原因となっている。貯蓄率も83年10~12月期の12.7%から13.1%へと上昇した。
4~6月期には,他の需要項目がほとんど減少する中で,実質個人消費だけは前期比0.1%増とほぼ横ばいにとどまった。これは,ストの影響により,粗賃金・俸給所得が前期比4.3%の著減となる中で,貯蓄を減少させ消費に回したためである。貯蓄率は11.5%へ低下し,1967年夏以来の低水準に落ち込んだ。
7~9月期の実質個人消費は前期比0.3%減となったが,これは前期に大幅減となった貯蓄の反動増のためとみられる(貯蓄率12.4%)。
84年を通じてみると,個人消費は前年比1%程度の小幅な伸びにとどまるとみられる。これは,高失業が続き,また財政再建により政府からの移転所得の伸びも鈍化する中で,実質可処分所得が伸び悩んでいることが最大の原因とみられる。
実質機械設備投資は83年に前年比6.1%の著増をみせ,景気回復に貢献した。特に10~12月期には前期比9.4%の急増となった。
これは,シーミット政権時にとられた10%の投資補助金(詳細は58年度年次世界経済報告参照)の対象となる機械設備が,83年中に完成することを条件としていたためである。
その反動や,労働時間の短縮をめぐる労使間の対立による企業家態度の慎重化,さらにストによる自動車購入の減少も加わって,84年上期の実質機械設備投資は大きく落ち込んだ。
しかし,企業家の投資マインドは根強く,7~9月期には前期比11.2%の大幅増となった(第4-2図)。IFO経済研究所による投資調査(84年8~9月実施)によると,製造業では,84年に実質2.5%増,85年には同8%増の粗固定投資を計画している。目的別にみると,84,85年とも合理化が約半分を占めており,特に最近の傾向として新技術の導入,設備近代化投資の割合が増えている。
このように企業の投資マインドが根強いのは,稼働率の上昇や,資本分配率の上昇(80年10~12月期の25.2%→84年7~9月期29.7%)などが背景となっている。
実質建設投資は83年に前年比0.9%増とやや回復したが,84年に入ってからも力強さを欠いている(第4-2図)。
これは,住宅建築が不振を続けているためであり,住宅新規受注数量をみると(第4-3図),83年初来低下傾向にある。
一方,非住宅の新規受注数量は84年央以降持ち直しており,土木工事の新規受注数量も緩やかな増加傾向にある。これは,財政再建の進捗に伴って,公共建設が徐々に増加してきたためである。
82年にとられた前述の投資補助金は,建物については84年末を完成期限としていることから,84年末にかけて企業建設投資の駈け込みが予想されている。
83年には,景気回復に伴って在庫投資の増加(実質GNP寄与度0.6%ポイント)がみられた。84年1~3月期も金属労組におけるストを見越して在庫の積み増しが行なわれた模様である。しかし,4~6月期,7~9月期は自動車産業でのストの影響から,在庫積増し額は小幅にとどまり,実質GN Pの前期比増加率寄与度は各々マイナス1.0%ポイント,マイナス0.3%ポイントとマイナスの寄与となった。
鉱工業生産は83年初から増加に転じ,84年初まで順調な伸びをみせた。その後労働時間短縮をめぐる労使関係悪化,印刷及び金属労組のストなどから年央にかけて急減したが,7月初のスト終結後再び急回復し,年初の水準を上回っている(第4-4図)。
製造業を業種別にみると,まず,83年中に急増した自動車生産は,金属労組が同労組傘下の自動車部門で重点ストを行った影響を直接受け,年初から年央にかけて生産が急減した(6月は12月対比70%減)。しかし,その後持ち直し,7~9月期の生産は10~12月対比4%増となった。機械や電気機械も労使紛争の影響を受け年央に一時減少したが,夏以降回復している。
一方,建設部門の生産は80年初より長期的に減少傾向にある。短期的にみても,83年春から年末にかけての増加の後,減少を続けている。
製造業稼働率(IFO経済研究所調査)は82年末より上昇に転じ,84年6月にはストの影響から一時落込んだが,9月には82.2%と3月の80.9%を上回っている(第4-4図)。
鉱工業生産の先行指標となる製造業新規受注数量をみると,国内向けは,資本財がスト終了後急速な回復をみせている他は,基礎財,消費財ともに力強さを欠いている。一方,輸出向けは各財とも順調な伸びをみせ,83年初来の急拡大傾向を続けている。
雇用情勢は83年初来の景気回復を反映して年央以降改善がみられた。失業者数(季節調整値)は,6月の231万人をピークに84年1月には222万人へと減少し,失業率(同)も6月の9.5%から1月には8.9%へ低下した(第4-5図)。
しかし,労働組合が週労働時間を40時間から35時間へ短縮することを要求し,労使交渉が難航したことから84年に入ると企業家の態度は慎重になり,更に印刷及び金属労組が50日間にもわたるストを行ったことから雇用情勢は年初から年央にかけて再び悪化した。失業者数(同)は8月には再び231万人に達し,失業率(同)も7月から9月まで9.3%へ上昇した。
雇用者数(同)は,80年10~12月期の2,301万人をピークに減少を続け,83年に入ってからは減少テンポは鈍化したものの,84年央まで減少を続けた。
スト終結後,雇用情勢にも再び改善の兆しがみられる。失業者数(同)は,外国人失業者帰国奨励策の効果もあって,9月には230.5万人へとやや減少し11月には226万人となった。失業率(同)も10月には9.2%へと9か月振りに低下し,11月には9.1%となった。雇用者数も7~9月期には前期比1万人増とわずかではあるが4年半振りに増加を示した。
景気が回復から拡大へと向う一方で,雇用情勢には目立った改善はみられなかった。こうした中で,労働組合は,早期定年制の導入(建設,化学,石炭鉱山等),あるいは週労働時間の短縮(金属,印刷・紙,公務・運輸・交通労組等)による雇用の拡大を要求した。
政府が84年5月から早期退職奨励金制度を導入(注)したこともあり,建設業では3.3%の賃上げと早期定年の導入で妥結し,週40時間労働の協約は88年まで変更しないこととした。
一方,週労働時間を現行の40時間から35時間へ短縮することを要求した印刷労組は4月半ばからストに入った。西ドイツ最大の労組である金属労組も傘下の自動車部門がノルトバーデン=ノルトヴュルテムベルクとヘッセンの2地区で5月半ばから7月初まで50日間にわたってストを行なった。
金属労使の妥結内容は①週労働時間については85年4月より86年9月まで38.5時間とし,それ以降は再び労使交渉により定める。②賃上げについては,84年7月より3.3%,85年7月より2%とする。③早期退職年金制を導入するなどである。印刷,鉄鋼業においてもほぼ同内容で妥結した。
金属産業経営者側の試算によると,以上による労働コストの増加は84年平均が2.7%,85年平均が5.3%になるとしている。
西ドイツの賃金交渉はこれまで,金属産業がパターン・セッターとなり,他の産業が追随するという形が多かったが,84年度の場合,前述したように,産業ごとに妥結結果が分かれた。また労働時間を短縮した金属産業などでは賃金協約期間をこれまでの1年から2年へと長期化したことから,85年にかけても賃金上昇率の鈍化が予想される。
全産業時間当り賃金率の上昇率(前年同期比)をみると,83年の3.3%の後,84年1~3月期2.8%,4~6月期2.6%,7~8月2.6%と鈍化傾向にある。
物価上昇率は81年秋をピークに鎮静化傾向にある。消費者物価上昇率(前年同月比)でみてみると,81年10月の7.3%をピークに84年9月には1.5%まで低下し,1969年1月以来の低水準となった。
このように物価が鎮静化したのは,敗政,金融面からの引締め政策の効果,賃金上昇率の鈍化,原材料価格の低下などが原因となっているとみられる。
第4-6図をみると,84年に入ってからは,輸入物価が,マルク安から大幅に上昇し,工業品生産者価格も83年秋以降上昇率が高まっている。それにもかかわらず,消費者物価は鎮静化したわけであるが,これには食料品価格上昇率の鈍化の寄与が大きいとみられる。
(1)対米,EC向け輸出急増
83年夏以降輸出は急速な立ち直りをみせ(第4-7図),景気回復をより確かなものにした。84年に入ると,自動車ストの影響で年央に一時大幅な減少をみせたものの,その後は再び急増し,景気拡大の牽引役となっている。83年の輸出は前年比1.1%増であったが,84年1~9月間には前年同期比12.1%増となった。
このように輸出が拡大した原因は,まず第1にアメリカ向けが,同国における力強い景気拡大,マルクの対米ドル相場下落による価格競争力の改善から急増したことである。83年の対米輸出は16.8%増加し,84年1~9月間には前年同期比47.0%の大幅増となった。このためアメリカ向け輸出のシェアは82年の6.6%から84年1~9月間には9.3%へ拡大し,フランス(同12.6%)に次ぐ第2の輸出相手国となった。
次に西ドイツの輸出の約半分を占めるEC諸国向けが,やはり同諸国での景気回復,EMS内でのマルク相場の安定を反映して順調な伸びをみせたことである。対EC輸出は83年0.9%増の後,84年1~9月間には前年同期比10.5%増となった。
このほか,途上国,共産圏向け輸出も84年には増加傾向をたどったが,O PEC諸国向けは減少を続けた。
一方輸入は,マルク相場の下落による輸入物価の上昇もあって,84年1~9月間に前年同期比12.8%増と輸出なみの増加をみせた。エネルギー輸入は,原油価格の低下や省エネからそれ程増加しなかったが,完成品輸入は特に夏以降大幅な伸びをみせた。
経常収支は82年以降再び黒字基調に戻っており,84年1~10月間も62億マルクの黒字となった(前年同期は43億マルクの黒字)。
貿易黒字は自動車ストにもかかわらず,84年1~10月間に409億マルクと前年同期の346億マルクを上回った(第4-1表)。一方西ドイツの構造的赤字項目である貿易外収支は,同107億マルクの赤字と前年同期の134億マルクの赤字より縮小した。しかし,移転収支はECへの移転の増加などから同254億マルクの赤字と前年同期の211億マルクの赤字より拡大した。
資本収支動向をみると,82年以降赤字を続けている長期資本収支は,84年も赤字基調となった。特に確定利付証券を中心としたアメリカへの民間資本の流出が大幅となった。こうした中で,アメリカで7月に非居住者の米国債券取得にかかる利子源泉課税が撤廃されたことから,西ドイツでも8月に遡及して同税(25%)が撤廃された。
コール政権は財政赤字の縮小と民間設備投資促進を目標に掲げており,84年も社会保障関連支出の削減を中心に歳出抑制が図られた。一方,民間設備投資促進策としては,中小企業における設備投資に対する特別償却,研究,開発投資に対する特別償却などが導入された。
84年の連邦政府歳出の実績見込みは,前年実績比約3%増にとどまっている。他方歳入は景気拡大による法人税などの増収や,連銀納付金の増加などから同約4.5%増と,歳出を上回る伸びが見込まれている。このため,純借入れも予算時を下回る300億マルク程度へと更に縮小することが予想される。
11月末連邦議会を通過した85年度連邦政府予算は,引き続き歳出の抑制,財政赤字の縮小を目指した引締め型予算である。歳出は前年度実績見込み比2%増の2,593.4億マルクであり,公務員給与の増加抑制,石炭及び鉄鋼業に対する補助金削減などが盛り込まれている。歳入面では,低公害車に対する自動車税の免税(在来型車に対する同税率引き上げ)等を予定しており,純借入れは249億マルクへの縮小を見込んでいる。
86年から88年までの財政計画では,実質成長率年2.5%という前提の下に,年平均歳出額を3%以内に抑制し,純借入れ額を88年までに224億マルクに縮小させるとしている。この間,86年と88年には所得税税率表改定による減税等が予定されている(合計202億マルク)。
83年秋以降,アメリカで金利が上昇したこともあって米独間の金利格差が拡大,マルクの対米ドル相場が下落し始めた。このため9月にはロンバート・レートが5%から5.5%へ引き上げられ,金融政策は引き締めへと転換されていった。
こうした中で決定された84年の中央銀行通貨量の増加目標圏は4~6%(84年10~12月平残の前年同期比)と,83年の4~7%(の上半分を狙って運営)より引き下げられた。
84年に入ってからもマルクの対米ドル相場は下落を続け,長期資本も大幅に流出した。このような情勢下で6月末,公定歩合が4%から4.5%へ引き上げられた。この措置につき連銀は,「金融引き締めを狙ったものではなく,技術的調整である」としている。
市中金利動向をみると,短期金利(翌日物コール・レート)はほぼロンバート・レート(5.5%)の水準で推移した。一方,長期金利は8月初来低下し,公債平均流通利回りは,7月25日の8.08%から12月6日には6.93%へ低下した。
中央銀行通貨量は84年中目標圏のほぼ中央の伸びで運営された(第4-8図)。85年の増加率目標圏については,84年12月に決定され,3~5%(85年10~12月平残の前年同期比)と前年より更に引き下げられた。
85年の西ドイツ経済は,現在の上昇トレンドが,テンボは弱まるものの継続するものとみられる。84年の実質GNP成長率は2.5%(春季報告では3%)となろう。
85年については,輸出が今後も比較的力強い増加を続けて景気拡大の推進力となり,機械設備投資も,新技術導入,労働コスト上昇による合理化投資需要に支えられて増加することが見込まれている。建設投資は,投資補助金の効果が切れることや,住宅投資の減少から前年比マイナスが予想される。
こうしたことから実質GNPは2%増へ鈍化するとみられる。消費者物価上昇率は2%へ鎮静,経常収支黒字は200億マルクヘ拡大するが,雇用情勢は改善が期待できず,失業者数は84年平均の227万人から85年は228万人へと若干の増加が見込まれる。
政府により86年と88年の2段階に分けて実施が予定されている所得税減税については,経済成長促進のため,86年に一括して実施すべきである。
設備投資,輸出の増加が機関車役となって85年も景気は拡大軌道をたどり,実質成長率は3%(84年は2.5%)となろう。
特に企業の設備投資は,①最近3年間の企業収益の著しい改善,②自己資本比率の上昇,③輸出を中心とした売上増大見通し,④稼働率の上昇,⑤設備近代化の必要性などを背景に今後大幅な伸びを示すとみられる。
輸出については,対米輸出は鈍化するとみられるものの,主要輸出先の欧州諸国向けが増加することから85年も84年なみの増加となるとみられる。
雇用情勢には目立った改善は予想できず,失業者数は年間で20万人弱の減少,85年平均では10万人強の減少にとどまろう。
政府が86年と88年に予定している所得税減税については,2段階に分けることは支持するが,経済成長促進のためには,所得税減税だけでなく,投資減税をさらにするべきである。
金融政策については,中央銀行通貨量の目標設定に当たって先行き一年間だけでなく,数年間を対象として中期的な伸び率一中期的に望まれる名目成長率の4.5%(場合によっては5%)-を設定することが適当と思われる。
82年央以降景気が停滞し回復の遅れていたフランス経済は,84年に入って企業設備投資が回復し始め,鉱工業生産も堅調な輸出に支えられ緩やかに増加するなど一部に明るさが見えている。83の実質GDP成長率(前年価格ベース,産業分)は0,9%と政府見通しのO.l%を上回り,予想された程の景気停滞には至らず,84年は1.9%程度の緩慢な回復軌道をたどっているものとみられる。
しかし,個人消費は83年3月の緊縮強化政策により実質可処分所得が減少しているため,近年にない低い伸びを示している。
インフレ率は賃金上昇の鈍化などを背景に着実に低下しており,第一次石油危機以前の上昇率にまで戻ったが,依然主要国に比し高水準となっている。一方求職者数は83年末から増加の一途をたどり,大量人員整理計画も相次ぐなど雇用情勢は厳しさを増している。
こうした中で政府は鉄鋼,石炭等の構造不況業種を対象に,減産,人員削減などの合理化を図る工業再編計画に乗り出した。84年7月発足のファビウス新内閣は85年もインフレ抑制を主眼に緊縮財政を継続していく方針であるが,所得税や職業税の減税措置も検討されている。
GDPの6~7割を占める個人消費は,83年の実質伸び率が少くとも過去20年来で最低のものとなったが,84年はそれをさらに下回るとみられている(83年前年比1.1%増,84年見込み同0.8%増)。これは82年央の賃金凍結措置や83年春以降の緊縮強化策等に伴い,実質可処分所得が82年下期以降減少傾向をたどっているためである。84年に入っても賃金上昇率の鈍化や租税・社会保障負担の増大が続き,家計の実質可処分所得は83年前年比0.5%減少した後,84年1~3月前期比0.8%減,4~6月期も同0.4%減となっている(第5-1図)。
個人消費の動向を小売り売上数量(フランス銀行調査)でみても,83年に前年比2.9%減となった後,84年も家具・住宅設備など耐久消費財の不振が続き一段と落ち込んでいる。また,82年に200万台を突破するなど好調であった乗用車新規登録台数は,83年には頭打ちとなり84年は1~11月累計で前年比11.6%の大幅減となっている。
81年以来3年連続して減少した企業設備投資(国営企業含む)は,83年後半に下げ止まり84年に入って緩やかながら持ち直している(1~9月期前年同期比0.5%増)。これは付加価値に占める賃金比率の縮小(82年51.5%→83年50.3%),売上げ高の増加などから83年後半以降企業収益が改善していることや,これまで投資を手控えてきたため設備の老朽化に伴う更新投資,合理化意欲が高まっていることが大きな要因となっている。企業の利益率(営業総利益/付加価値総額)は82年の24.1%から83年は25.2%に上昇した。また自己資本総額も83年に前年比27.6%も増加し,82年の8.8%増を大幅に上回るなど財務状況の改善も見られる。この傾向は84年に入ってからも続いており,国立統計経済研究所(INSEE)の3,000社を対象とした製造業投資予測調査(11月)では,84年の企業設備投資は実質で9%増,85年は4%増と,中間財,輸出関連業種を中心に回復基調にあるものとみられている。また,製造業の稼動率は,83年7~9月期の77.0%から84年7~9月期には78.7%と微増している(OECDの調査)。
政府は84年に入ってからも投資促進関連策として,①企業向け制度融資枠の拡大と金利の引下げ(例えば産業近代化基金の貸出枠,金利は83年20億フラン,9.75%;84年は90億フラン,9.25%),②新設企業法人税を84年度から3年間免除,さらにその後2年間は50%減税,③中小企業の設立促進,低利融資供与のための企業通帳預金の創設(9月),④国有企業への財政援助拡大(工業部門への資金供与額は84年度128.5億フラン,85年度152億フラン),⑤85年度予算案において,職業税(法人・個人の資産及び支払い給与額を基準に課税する地方税)の一律10%軽減(約100億フランの減税規模)を予定する,などの諸策を講じている。
住宅投資は81年7~9月期以降12四半期連続マイナスとなっている。民間住宅着工件数は1973年の年間56万戸の水準をピークに81年に40万戸,83年には33万戸と減少した。さらに84年1~6月期では13万戸と,前年同期比19.1%減となっている。住宅投資不振の最近の要因としては住宅コストの高騰,高金利などのほか,実質可処分所得の減少もあって貯蓄率が低下傾向にあることなどが挙げられる。
実質在庫投資は83年1~3月期に大幅に積み増しされたが,その後の景気停滞から在庫過剰感が強まって調整を余儀なくされた。しかし,83年末から生産が緩やかに上向くにつれ,再び積み増しに転じ,自動車部門を除いて企業の在庫投資態度は積極化している。特に非鉄・ガラス・基礎化学等の中間財部門は84年央まで比較的適正な在庫水準で推移したが,7~9月期には,これら中間財を中心に積み増されており,在庫投資が84年のGDP増加要因となることが見込まれている。
鉱工業生産(土木・建設を除く)は82年夏までは減少し続けたが,その後堅調な輸出に支えられ底固く推移し,83年平均では3年振りに前年水準をわずかに上回った(83年前年比0.8%増)。84年に入っても中間財や設備財を中心に海外からの受注は安定し,生産は一進一退を繰り返しながらも,基調としては緩やかに回復しつつある(第5-2図)。INSEEの景況調査でも,83年秋以降在庫や受注面で改善が見え始め,84年春以降生産の先行き見通しについても次第に明るさが増してきている。
土木・建設業は82年以降なお不振が続いているが,農業生産は83年に減少した後,84年は小麦収穫量が史上最高を記録するなど好転している。
82年夏から83年秋まで高水準ながら小康状態を保っていた失業者数(季調値)は,83年末に急増し84年に入っても増加の一途をたどっている。ミッテラン政権発足当初(82年5月)170万人であった失業者数は,84年11月には238万人にも達している。一方,83年初から減少に転じた未充足求人数(同)は,84年も落ち込み,9月には前年同月水準を36.1%下まわる近年にない低水準となった(第5-3図)。
倒産件数(同)は84年初来ほぼ毎月2千件を超えていたが,9,10月は1,700件台に減少している。しかし,1~10月累計(原数値)でみると,前年同期比11.1%増の高水準となっている。
大量人員整理の計画は84年も自動車,鉄鋼,繊維業界などから相次ぎ発表され,雇用情勢は今後更に厳しさを増すものとみられている。
84年中の労働争議についてみると,イギリスや西ドイツのような経済全体に影響を及ぼすような全国的規模の長期ストライキは見られない。2月のトラック運転手のストや3,10月の公務員の統一ストなど全国的規模で発生したものもあるが,いずれも一応短期間でストは解除されている。しかし,人員整理や賃金交渉をめぐって企業ごとに(年初のプジョータルボ,5月シトロエン等の争議),或いは地域的に(4月ロレーヌ地方のゼネスト)スライキが散発している状態が続いている。労働損失延べ日数は83年末から84年初にかけて高水準で推移したが,その後前年に比しても減少しており,1~8月までの月平均では82年18.7万日,83年11.0万日に対し,84年は10.7万日となっている。
政府は特に若年層の失業率(OECD雇用見通しでは84年平均24.8%,85年同28.5%)が高いことに鑑み,9月の閣議で若年層を中心とした失業対策を打ち出した。具体的には①企業内職業訓練の促進(3カ月間,対象20万人),②若年失業者に公共事業などの職を提供,③労働意欲高揚のため青年事業基金を各県に創設,などの内容で,50万人の若年失業者を対象にし総額30億フランの予算規模となっている。
83年9,10月に再び2桁上昇となった消費者物価は,その後着実に上昇率の鈍化が続いている。84年末の消費者物価上昇率は,政府の当初目標値5%は超えるものの7%弱と,第一次石油危機以前の低水準となる見込みである(83年末9.6%)。
84年中は,食料品,工業品価格のほか,前年に高い上昇率を示したサービス価格も含め,全般的に騰勢が鈍化した(第5-4図)。このような要因としては,①83年春以降の緊縮政策の継続,②賃金上昇率の鈍化,③輸入原材料価格の急速な上昇鈍化(84年初31.2%,10月11.8%)や,石油価格の低下などから卸売物価も徐々に落ち着いてきていることが指摘できよう。
しかし,フランスの物価上昇率は他の主要先進国に比し依然高水準であり,EMS内におけるフランの安定を持続するためにも,政府は今後ともインフレ抑制に最重点を置いた政策を続けることとしている。政府は85年末の消費者物価上昇率を4.5%にするため,産業界に対して85年の価格上昇率を3 ~3.5%に抑制するよう要望している。政府・企業間の価格協議を義務づけるガイドライン方式の価格統制は,当初83年末までの措置であったが,結局85年末まで継続されることとなった。
賃金上昇率は雇用情勢の深刻化,政府の賃金抑制方針等を反映して,84年に入ってからも引き続き鈍化し,10月前年同月比では消費者物価の伸び率を下回る近年にない低水準となった(第5-5図)。
政府は公務員,公共企業体労組との賃金交渉に際し,84年は前年に比し一段と低目の賃上げガイドラインを設定し(83年8%→84年5%,賃金の物価スライド制は82年7月から停止),また民間部門でも価格統制が継続されていることもあって,経営者側は厳しい賃上げ方針で臨んだ。これに対し労組側は83年の実質購買力低下分も補てんする賃上げを要求したため,交渉は難航しストも散発したが,銀行等国有企業を含めて概ね政府のガイドライン程度で妥結をみた。
政府は企業に対して85年の賃金上昇率についても,物価上昇率と同じ4.5%のガイドラインを要請しており,賃金は引続き伸び悩むものとみられる。
84年の貿易動向をみると,輸出は貿易相手国の景気回復やフランの対ドル・レート下落などにより前年に引続き堅調に推移した。一方,83年春の引締め強化以来落ち着いた動きを続けていた輸入も,石油備蓄の積み増しや生産・投資の回復を背景に高い伸びを示している(第5-6図)。
輸出(フラン建て)は83年に前年比14.2%増加した後,84年も1~11月累計で前年同期比18.3%増と依然好調である。7~9月期の実質GDPは前期比1.0%増で,そのうち純輸出の寄与度が0.9%と,もっぱら輸出が景気の下支えとなっている。EC域内向け輸出(83年フランスの輸出総額に占めるシエア49.2%)はイギリス,イタリア向けを中心に1~10月累計で前年同期比18.0%増と堅調である。またアメリカ向けの輸出(同シェア6.2%)は83年に続き最も顕著な伸びを示し,同53.7%増となっている。品目別には,化学,繊維などの工業品や穀物・酒類などの農産物・食料品の増勢が続いている反面,プラント,重機械等の大型受注契約は途上国,産油国向けが不調なこともあって83年に引続き大幅減となっている(1~9月大型プラント契約額累計は370億フラン,83年通年570億フラン,82年同950億フラン)。
また輸入(同)も,年初の石油備蓄積み増しや秋以降設備投資の回復に伴う資本財輸入の増加等もあって,1~11月累計で前年同期比14.1%と83年の前年比5.5%に比し高い伸びを示している。
83年に半減した貿易赤字は,84年も輸出が輸入の伸びを上回って推移したことから更に改善した。1~11月の赤字累計は216億フラン(前年同期423億フラン)となり,貿易収支を均衡させるという当初の政府目標には及ばなかったものの,9月に予測した84年の赤字幅332億フランを下回ることは確実となった。
一方貿易外収支は,対外債務に対する利払いが増加しているが旅行収支が83年に引き続いて好調なこと等から,黒字幅が増加している(1~9月累計446億フラン,前年同期413億フラン)。なお政府は,83年3月の緊縮強化策の一環として実施してきた居住者の国外でのクレジット・カード使用禁止を8月1日以降解除した。
こうしたことから経常収支の改善も著しく,82年の赤字793億フランをピークに83年338億フラン,84年1~9月期でも58億フランと赤字幅の大幅な縮小が続いている(第5-1表)。
長期資本収支は,84年に入って対外借入増加のペースが鈍化したことや(1~9月期の対外借入れ鈍増額は315億フランで,同年同期722億フランの半分以下),対外直接投資が高水準にあることもあって黒字幅が減少しており,1~9月累計で117億フランにとどまっている(前年同期は430億フラン)。しかし,フランスの対外債務総額は増大傾向が続いており,84年6月末残で4,690億フラン(ネット1,970億フラン)とGDPの約12%に匹敵していることから,政府は対外債務残高を減少させていくためには,現行の緊縮政策を当面維持し,企業の輸出性向を今後も維持する以外にないことを強調している。
84年の金融政策はインフレ抑制,フラン防衛,信用コストの適正な引下げなど83年の基本姿勢が継続され,マネーサプライ目標値の引下げ,直接貸出規制枠のカットなど引締めを一層強化する一方,高金利水準の是正も図られている。
マネーサプライM2R(国内通貨総量をより正確に把握するため,M2から非居住者保有分を除外)の84年増加目標値は,消費者物価上昇率(年末比)を5%に抑制するため,83年の9%から5.5~6.5%へと引下げられた(83年12月)。同時に政府は市中貸出と消費者信用の規制強化により総需要を抑制する一方,貿易・住宅建設・投資面の貸出については優遇枠を講じ,経済の立て直しと競争方の強化を図った。さらに,85年についてもマネーサプライM2Rの増加目標値が4~6%に一段と引下げられ,物価安定への観点から引続き抑制的な管理がなされることになっている(85年名目GDPの政府見通しは前年比7.5%増)。一方72年以来,月次の規制枠によって銀行貸出を量的に管理してきた現在の貸出規制方式は85年1月より改められることとなった。その理由は①規制対象外貸出が多い,②現行制度は改正が繰り返され著しく複雑化した,③金融機関の競争促進による資金の効率的配分が必要,などとされている。新方式の具体的な内容は政府,関係機関で検討中であるが,各行別貸出総額に応じた準備率制度に移行することになるものとみられている。
83年中ほぼ横這いで推移した長短金利は,84年には物価情勢の落着き,EMS内でのフラン相場の安定に加え,海外金利の軟化傾向などを背景に,特に夏以降かなり低下している(第5-7図)。フランス銀行は段階的に金利の低目誘導を図っており,市場介入金利(手形買い切りオペレート)は84年に入って5回,0.25%ずつ引き下げられ11月末現在10.75%になっている。
一方対外収支の改善を背景に,83年以来規制強化されてきた為替管理は,個人の海外送金や外貨持出し,企業の海外直接投資等を中心に徐々に緩和されている。
ミッテラン政権下の財政政策は,当初の積極的な景気刺激型から,その後のインフレ高進,相つぐフラン危機などにより83年には緊縮型予算へ,さらに84年には超緊縮予算へと修正を余儀なくされた。即ち84年度より中・高所得者に対する超過累進付加税を導入して歳入確保を図る一方,一般事務費の伸びを物価上昇率以下に抑えるなど歳出の前年度伸び率を大幅に縮小し,財政赤字をGDP比3%以内に抑制する予算措置がとられた。しかしながら結果的には,84年度の財政赤字は当初予算に比し国債元利金の支払い増(200億フラン),法人税収減(106億フラン)などから1,444億フラン(当初予算では,1,258億フラン)に増加し,対GDP比率は3.3%に達する見込みである。なお84年の国債発行累計額は850億フランにのぼっている(83年の発行総額は640億フラン)。
7月に発足したファビウス新内閣は緊縮財政,社会的不公平の是正及び産業振興重視策を継続した85年度予算案(第5-2表)を策定し,歳出の前年度当初予算比の伸び率を5.9%(84年度は同6.3%,83年度同11.9%)とするなど財政赤字を82,83年同様対GDP比3%以内に圧縮することを目指している。他方,国民の租税・社会保険料負担のGDP比率がこの10数年来上昇傾向にあることから(71年35.1%,84年見込み44.7%),85年の負担比率を前年比1%ポイント引下げるため,①所得税の一律5%軽減(100億フラン),②社会保険会計均衡のための特別徴収(課税所得の1%,82年3月の緊縮措置の一環として導入)の撤廃(120億フラン),③職業税(法人,個人企業の資産及び支払い給与額を基準に課税される地方税)の一律10%軽減(100億フラン),などの措置も発表された。しかし,新たな増収措置も予定されているため,国民の負担比率の1%軽減達成を困難視する向きが多い。
政府は84年2月,鉄鋼・造船・石炭などの構造不況業種と技術的立ち遅れの目立つ自動車,電話の五部門を対象とする,工業再編計画案を決定し,今後5~6年間で減産,設備廃棄,人員削減などの合理化を図ることとした。
これらのセクターは当初生産水準の過大な見通しが設定され(特に製鉄・石炭),また雇用面からも十分な合理化が行われなかったことから,財政支援の抑制,将来産業育成への財源確保の面からも,現在大幅な合理化を断行せざるを得ない状況にある。一方で政府は,失業対策も重要視し労働時間短縮,定年前退職の促進を図ることにしている外,優先地域を設けて税制上の優遇措置もとることとしている。その後政府と業界,労組間の協議が行われ具体的な計画作業が進められているが,以下でセクター別の現状と今後の雇用面への影響を中心に概述する。
①鉄鋼……現在の生産能方29百万トンに対し,83年の生産は17.6百万トンで,2大国有企業の赤字は82年68億フラン,83年87億フランにも達している。84年3月政府の鉄鋼再編計画では,今後17百万トンを生産目標にしており,現在の設備の約4割が過剰となっている。また,9.5万人の雇用者のうち84~87年に2万人の削減が必要であるとしている。なお,これをめぐりロレーヌ地方で大規模なデモが発生し,社共の亀裂が深刻化して共産党はその後与党陣営から離脱した。
②造船……83年の生産は10.5万総トンと過去10年間で3分の1に減少したが,雇用者数は2.4万人でほぼ横ばいとなっている。34年3月の政府合理化計画案では五大造船所の造船能力を3分の2(27万総トン)に縮小させることとしており,5千人の人員整理が伴うものとみられている。
③石炭……石炭公社の試算では現在の生産水準(1,850万トン)を維持するためには,今後5年間で雇用者数7.5万人のうち8千人の削減が必要で,しかも60億フランの赤字となるものとみている(83年の赤字額は12億フラン)。
④自動車……ルノー公団とプジョー・グループ両社の赤字は83年で40億フランに達している。また,フランス国内販売に占める外国製自動車のシェアは,82年30.6%,83年32.7%と増加し,さらに84年7月時点では40%に上昇している。政府委託によるダル委員会報告(84年8月)によると,89年までの5年間で総数24万人の雇用者のうち5~6万人の整理が業界の経営再建にとり不可欠であるとしている。
85年のフランス経済は,84年の経済成長率をわずかながら上回る緩慢な回復が続くものとみられる。これは,近年にない低い伸びを示した個人消費が若干持ち直すことや,84年に引き続き輸出が高い伸びとなることが見込まれるためである。また生産コストの低下から企業収益も引き続き改善し,企業設備投資も緩かな回復をたどることになろう。84年9月の政府見通しでは,85年の実質GDPは前年の1.3%から2.0%へ回復テンポを強め,個人消費についても主として減税の効果から1.5%増加すると見込んでいる(第5-3表)。しかし,家計の実質可処分所得の増加は期待できるものの,賃金上昇率の鈍化が続き新たな増税措置もとられることから,個人消費の伸びは可処分所得の伸びを下回り1%を超えないとの見方も多い。
また,85年も雇用情勢を改善する程の経済成長には至らないことから,雇用者数の減少を喰い止めきれず失業者数は更に増加すると考えられる。IN SEEの短期経済見通し(12月発表)でも,失業者数は85年央に現在より10万人多い250万人に達すものとみられている。
消費者物価については着実な騰勢鈍化が見込まれ,政府は年末比で4.5%の上昇を目標に賃金や価格上昇率を抑制する方針で臨んでいる。物価ガイドライン方式による価格統制の対象は逐次減らされているものの,工業品については全部門の約3割が85年も統制下に置かれることになっている。
貿易面では工業品などの海外需要が堅調を続け,アメリカ向けを中心に輸出は更に増加し,他方内需の盛り上がりの弱さから輸入の伸びは輸出の伸びを下回るものと予想される。このため貿易収支の一層の改善は望まれるものの,政府見通しの収支均衡達成(24億フランの貿易黒字見込み)に対してはなお楽観的過ぎるとの批判がみられる。
このように85年のフランス経済は低成長が続き,他の主要国に比し回復カが弱くインフレ格差もなお存続する可能性が大きい。このためドル高,マルク安によってEMC内で堅調を保っているフラン相場も,先行きの不透明感を払拭できない。従って物価,国際収支等のファンダメンタルズの一層の改善には,現在の緊縮政策の継続がなお必要であり,OECDも景気刺激への転換は時機尚早であると警告している。これまでのイギリス,西ドイツの景気回復過程からもわかるように,財政赤字の削減,マネーサプライの安定的管理,労働コスト低下などの中期的経済安定政策によって,期待の変化,家計・企業のコンフィデンスの回復等を通じ,中期的により安定的な成長を確保できる可能性が大きいからである。
1984年のイタリア経済は,伸び悩んでいた個人消費や大幅な減少を続けていた設備投資が回復に転じ,輸出も堅調な伸びを続けていることから実質G DP成長率は2年連続のマイナスからプラスに転じるものと予想されている。
こうした需要の回復を反映して,生産は前年比でみると年初来大幅な増加が続いている。しかし,雇用情勢は依然厳しく失業者数は若年層を中心に増加が続いており,失業率は戦後最高を記録している。物価は所得政策による賃金,公共料金等の上昇率抑制や石油,農産物を中心とする輸入価格の低下ないし安定等から,上昇率の鈍化傾向が顕著である。対外面では貿易収支の悪化,観光収入の伸び悩みもあって総合収支は悪化している。
83年央から始まったイタリア経済の回復は,84年に入って本格的なものとなった0
実質GDP成長率は,83年に前年化1.2%減と大幅な減少を示したあと,84年上期には前期比年率3.4%増と増加に転じ,下期も輸出および個人消費の増加に加え,大幅な減少を続けていた設備投資も増加するため,政府消費が引続き低迷するものの,GDP成長率は前期比年率31/2%増となるものとみられている(第6-1表)。
ISCO(国立景気研究所)のビジネス・サーベイによる企業経営者の受注・在庫判断をみると,受注は82年までの落込みから,83年には急速に改善している。これは世界景気の回復等により海外からの受注,さらに国内受注も増加したためである。84年に入っても受注の増加傾向は続いているが,7~9月期には西ドイツでのストの影響等から一時的に減少した。こうした改善の動きを反映して企業の在庫過剰感も弱まっている(第6-2図)。
個人消費の動向をみると,83年に前年比0.2%の微増のあと,84年上期には年初の賃上げとインフレ鎮静による実質賃金の増のため前期比年率2.0%増となった。下期も同31/2%と上昇が続くものとみられている。小売売上高(実質)は83年7~9月期以降増加に転じている。一方,乗用車新規登録台数は,82年10~12月期から大幅な減少となったが,83年10~12月期以降再び回復して84年に入り前年水準を上回り,高水準であった82年10~12月期以来の高い水準となった。
固定投資をみると,82,83年に大幅に減少した機械・設備投資が84年に入ると生産の回復に伴い増加に転じたことなどから,増加している。
低下傾向が続いていた生産は,83年央頃から減少傾向に鈍化がみられ,84年に入ると増加に転じている。しかし,雇用情勢は悪化が続いている。
鉱工業生産は,83年10~12月期にそれまでの低下傾向が底を打ち,その後は増加を続けている。この増加は,アメリカを中心とした先進諸国の景気回復による輸出の増加が大きく寄与している。
部門別でみると,事務機,データ処理機械,化学,ゴム,木材および化学繊維部門などで生産の増加が著しい。回復が遅れているのははき物などごく限られた部門である。また,財別にみると,84年1~9月の前年同期比で,投資財0.1%増,消費財1.0%増,中間財5.6%増となっている。
こうした生産活動の回復を反映して,83年7~9月期(69.5%)まで急速に低下を続けた製造業稼働率は,投資財部門では依然低水準横ばいで推移しているものの,消費財・中間財部門で上昇し,84年4~6月期には72.8%となったo
雇用情勢は景気回復にもかかわらず企業の合理化の影響等もあり悪化が続いている。労働人口は84年7月には前年同月に比べ23万人増加した反面,就業者数は14万人しか増加せず,失業者数は9万人増加し約234万人と依然高水準である。失業率は上昇を続けて83年10月には戦後始めて10%台となり,更に84年1月には11.0%となった。その後やや低下したものの,7月も10.1%と依然高水準にある。(第6-2表,第6-3図)。ストライキなど労働争議による労働喪失時間は84年1~9月で2,521万時間と前年同期の8,867万時間と比べ71.6%も減少している。これは,83年が3年毎に行われる労働協約の改定年であったこと,84年に入り採られたクラクシ内閣の所得政策が大部分の労組に受け入れられたことが背景にある。この様な労働喪失時間の減少は,明らかに生産の回復に好影響を及ぼした。
物価上昇率は80年秋をピークに低下を続けている。消費者物価(生計費)上昇率をみると,84年1~3月期の12.2%,4~6月期の11.3%のあと,84年9月には前年同月比9.8%と12年振り(第1次石油危機前の73年3月が同9.7%)に1桁となった。その後も鈍化は続き政府目標の年平均10%に一歩づつ近づいている。これはスカラ・モービレ(賃金物価スライ,ド制)により物価手当をカットし,労働コストの上昇を抑えてきたこと政府管理・監視価格および公共料金を抑制したこと等による。因みに政府管理価格は84年1~9月の前年同期比で6.6%(その他は10.9%)の上昇にとどまっている。生産1単位当り労働コストの上昇率は83年の16.7%に対し,84年は5.3%にとどまるとみられている(イタリア中央統計局の見通し)。さらにクラクシ内閣のインフレ抑制策の柱の一つであった1年間の家賃凍結が決定されたことが物価安定に大きく寄与している。
82年に大幅な悪化をみせた国際収支は,83年に改善したものの,84年に入ると再び悪化してきている。
貿易収支(通関ベース,季節調整値)の推移をみると,80年以降悪化が続いたあと,83年にやや改善したものの,84年に入り再び悪化している。84年1~9月累積赤字額は前年同期の10.5兆リラから13.0兆リラと2.5兆リラ拡大した。これは輸出が1~9月前年同期比18.3%増にとどまった反面,輸入がドル高によるエネルギー輸入コストの増大などから同19.0%増と輸出の伸びを上回ったためである。貿易収支(原数値)を石油収支と非石油収支に分けてみると,石油収支は81年以降大幅な赤字が続いている。一方,非石油収支は84年に入るとリラ安で輸出が伸び他方食料品輸入も減少したものの,生産回復に伴う原材料,半製品の輸入増などにより黒字幅は縮小している。
経常収支は,83年には貿易収支の赤字縮小や観光収支の黒字拡大から黒字となった。しかし84年に入ると貿易収支赤字幅が拡大していることから,再び悪化するものと思われる。(第6-3表)
金融政策をみると,イタリア為替局は84年7月,金融機関の短期対外借入れを6月未現在の残高で凍結する旨決定した。これは,実質金利が西ドイツに対し割高であり,リラ相場がEMS内で安定裡に推移したことなどから,金融機関の短期対外借入れが増加し,これが為替市場をかく乱するおそれがあるほか,国内流動性の増大を通じ金融引締め策の効果を失わせかねないことに配慮したためとされる。
一方,インフレ抑制が進んでいること,経常収支が改善していること等から84年2月に公定歩合が1%(17%→16%)引下げられた。これを受け1週間後にプライム・レートも18.5%→17.00~17.75%へ引き下げられた。通常貸付(当座貸越,証書貸付等の無担保貸付)に対するプライム・レートの決定は,従来,銀行協会の発表に各行が追随する方式であったが,これ以降は各行が独自にレート,時期を決定する方式となった。なお,5月には,2月に引続き公定歩合が1%引下げられた。これはインフレ低下傾向の定着,E MS内でのリラ相場の安定によるものとされている。
しかし,9月には公定歩合は15.5%から16.5%へと引上げられることとなった。大蔵省は,国内の民間資金需要が急速に増加し,インフレへの悪影響が懸念され,国際収支も悪化してきており,これを改善する必要があるためとしている。
財政政策では,インフレ抑制目標(84年上昇率10%以内)を達成すべく,スカラ・モービレの改定(物価スライド率に限度を設定)や公共料金,家賃の凍結措置を決定・実施した。
85年度(1~12月)予算は9月末に閣議決定され12月末に成立した。歳出は前年度比9.0%増の358兆リラ,歳入は同11.6%増の260兆リラとなっている。しかし,公債費を除けば経常,支出は健保,社会保障費等の伸びの抑制により前年度比7.0%増と緊縮型となっている。また財政赤字98.3兆リラのうち借入所要額は対GDP比14.3%の96.5兆リラが見込まれている。これは,84年の95.8兆リラ(11月の見通し93兆リラ)対GDP比15.7%を下回っているものの依然高水準にある。
85年の経済見通しをみると,政府OECDとも実質GDP成長率は83年(政府2.8%,OECD3%)より低下するものの2.5%と引続き堅調に推移すると見込んでいる。その内訳をOECDの見通しでみると,個人消費は実質可処分所得の減少などから伸び率がやや鈍化し,政府消費も緊縮策の影響から横ばいと予想される。一しかし,固定投資,とくに機械・設備投資は生産,収益の増加から高い伸びを続けるものと予想される。
オーストラリア経済は,83年央から景気回復に転じ,輸出や在庫投資,住宅投資の増加により84年に入ってから急速に回復を続けている。実質GDPは,84年1~3月期前期比年率9.8%増,4~6月期同9.0%増となった。しかし,7~9月期には,農業生産の減少から同3.5%減となった。雇用情勢は,83年末より改善を続けている。また消費者物価は84年に入ってから著しく騰勢が鈍化した。一方,賃金は83年9月の凍結解除以来,再び上昇率を高めた。
84年に入ってから上昇を続けた金利は5月から低下傾向にある。財政は83/84年度(83年7月~84年6月)に引き続き,84/85年度もかなり拡大している。
需要動向
実質個人消費は,景気が底を打った83年4~6月期まで低迷が続いていたが,同年7~9月期より回復に転じ,83/84年度には年率2.5%増と緩やかながら増加を続けている。費目別にみると,食料品,家賃,乗用車等への支出が増加しているのに対し,衣料,アルコール飲料等への支出は伸び悩んでいる。
実質個人消費の伸びが緩やかであった原因を,①実収入要因,②消費性向要因,③非消費支出要因,④物価要因に分けてみると,実収入の増加及び物価の鎮静化が消費の増加要因となっているにもかかわらず,非消費支出(所得税等)の伸びが大きく,それらの効果の大部分を相殺している(第7-1図)。
(2)84年より持ち直した民間設備投資
民間設備投資は,83年中は,資源関連投資ブームの終息,景気後退の進行等から減少を続け,83年6~12月期の前期比5.2%減,同期における民間設備投資の対GNP比も9.0%という低水準(81/82年度12.2%,82/83年度10.7%)となった。しかし,84年に入ってから回復に転じ,84年1~6月期前期比4.1%増と急増した(第7-2図)。このような増加の要因としては,80~82年の投資ブームは資源開発関連部門が中心であったためそれ以外の部門の設備が老朽化していたこと,景気回復の浸透,企業収益の改善に伴う力強い成長の予想等が挙げられる。
部門別の投資の推移を,民間企業新規設備投資支出額(名目)でみると,鉱業部門は82/83年度21.2%増,83/84年度31.7%減,84/85年度予測19.7%減,製造業部門は同12.8%減,22.3%減,22.8%増と不振であるのに対し,金融部門は金融自由化もあって同7.6%増,10.7%増,23.3%増と好調な伸びを続けている(全体では1.6%増,7.0%減,12.8%増)。
実質民間住宅投資は,83年4~6月期まで減少が続いていたが,同年7~9月期に下げ止まり,以降84年7~9月期まで著しい伸びを示している(84年7~9月期前年同期比26.1%増)。民間住宅投資がこのように急激に増加した要因としては,金融機関の住宅ローン融資枠の拡大,政府の優遇策(家屋所有者への融資等),潜在的需要の拡大(住宅取得人口の増加等)が挙げられる。
生産・雇用
82/83年度に前年度比9.4%減と大幅減を記録した工業生産は,83/84年度には同4.0増%と回復が続いている(第7-1表)。部門別にみると,食料・飲料がほぼ横ばいであったほかは,総じて増加がみられる。特に,82/83年度に大幅減となった金属機器,輸送機械の増加が著しい。
景気回復を反映して,雇用情勢も着実に改善を続けている。83年9月には10.4%とピークとなった失業率はその後低下を続け,84年10月には8.6%まで低下している。その要因を,①人口要因,②労働力率要因,及び③雇用者数要因に分けてみると,84年4~6月期までの失業率の低下には雇用者数の急速な伸びが大きく寄与しており,景気回復に伴う労働需要の増加がうかがえる。さらに,84年7~9月期には,雇用者数の伸びは鈍化したが,労働力率の急速な低下により,失業率は更に低下した(第7-3図)。
物価・賃金
消費者物価は,賃金上昇率の鈍化,エネルギー価格を始めとする原材料価格の安定等の影響により,84年1~3月期前年同期比5.9%上昇,4~6月期同3.9%上昇,7~9月期同3.6%上昇と急速に鎮静化している(第7-4図)。しかし,この急速な鎮静化には,新医療保険制度の導入(84年2月1日)による統計上の医療費の低下の影響がある(この影響を除去すれば,消費者物価上昇率は,1~3月期前年同期比約73/4%,4~6月期同約6.5%,7~9月期同約6.1%であったとみられている)。
費目別にみると,84年にはほとんどすべての費目の物価が鎮静化しているが,住居費は,上昇率がやや高まっている。
83年9月の凍結解除後の賃上げ中央決定方式の復活,インデクセーションの採用により賃金は再度上昇を速める傾向にある。この方式によって,83年10月~84年3月の半年間の賃上げは4.3%,84年4月~9月の賃上げは4.1%とすることが決定された。
こうした中で,賃金(男子平均週給)上昇率は,84年1~3月期前年同期比8.7%,4~6月期同11.8%,7~9月期同10.4%となり,物価への悪影響が懸念されている。
輸出(FOB,季調値)は83/84年度に,数量が8%増,輸出価格が6%上昇して,14.9%増となり,前年度の8.2%増から増勢を強めた(第7-2表)。輸出数量の増加は,鉄鉱石,石油,石炭,アルミニウム等の非農産物を中心としている。一方,農産物の輸出数量は,穀物輸出の増加にもかかわらず,干ばつの影響による食肉と砂糖の減少により,前年をわずかに上回るにとどまった。農産物輸出価格の上昇は,食肉と砂糖の価格上昇によるものである。また,非農産物輸出価格は,わずかな上昇にとどまっている。これは,鉄鉱石及び石炭の契約価格の低下が他の非農産物価格の上昇を相殺したためである。輸出の増加は,84/85年度に入っても続いており,84年7~10月の前4か月比は10.5%増となった。これは,穀物及び石炭の著しい増加を中心としたものである。
輸入(FOB,季調値)は,83/84年度に,数量6%増,輸入価格2%上昇から8.7%増と,前年度の3.4%減から大幅な増加を示した。輸入の増加は,特に84年に入ってから著しいが,これは,民間投資需要を含む国内需要の増大及び在庫調整の一巡によるものである。輸入は,84/85年度に入ってからも引き続き,輸出の伸びを上回る増加を示しており,84年7~10月の前4か月比は,機械,輸送機具等を中心に,13.0%増となった。
貿易外収支(原数値)の赤字幅は,83/84年度69,3億豪ドルと前年度(52.3億豪ドル)を上回った。これは,企業収益の改善により直接投資収益の支払が増加したことによるもである。これらにより,経常収支(同)赤字幅は,82/83年度の61.9億豪ドルから,83/84年度67.1億豪ドルへと拡大した。84年7~10月累計でも34.7億豪ドルと前年同期の24.8億豪ドルを大幅に上回った。
資本収支は,83年7~9月期に21.1億豪ドルの黒字となり,さらに10~12月期には,豪ドル切上げ予想から民間資本が大量に流入し,42.3億豪ドルと大幅な黒字となった。83年12月12日の豪ドル完全フロート移行以後,資本収支の黒字は小幅化し,84年1~10月累計は55.0億豪ドルと前年同期の70.3億豪ドルを大幅に下回った。
83年12月の完全フロート移行以後,豪ドルは,米ドルの減価,国内利子率の低下及び経常収支の改善により,84年3月央まで強調裡に推移した。その後,豪ドルは,7月まで,アメリカの金利上昇等によって低下を続けたが,8月以降上昇に転じ,10月まで上昇を続けている(84年10月,実効為替レート指数82.0)。
政府は,84年6月に,マーチャント・バンクを中心とした非銀行金融機関40社に対し,外国為替取引免許を新規交付した。マーチャント・バンクは,1950年代以降相次いで設立されたが,外銀の参入が出資比率上限50%を条件に当初から認められているため,政府のライセンス交付は金融の国際化の一環としての意味を持つものである。
財政・金融
通貨供給量(M3)は,政府の12月改訂目標値である10~12%(84年4~6月期の前年同期比)の圏内(11.4%)に収まっている。
金利は,83年12月の豪ドルの完全フロート移行後は,通貨供給量の伸びの鈍化とともに,国債増発等による資金需要の増加から,上昇したが,84年4,5月をピークとして,インフレ期待の鎮静化等を背景に低下に転じた。
しかし,金利は,9月以降租税徴収等による資金需給のひっ迫等から再び上昇傾向にある(プライム・レート10万豪ドル以上当座貸越金利,83年12月12.75%,84年4月15.5%,9月13.5%,85年1月14.0%)。
同国では,81年に豪州金融制度調査会が金融自由化・国際化の必要性を謳った答申を政府に提出し,その後,おおむねこの答申に沿った自由化が進められてきた。その結果,金利自由化は84年2月にほぼ完了した。対外面でも83年来,前述のような,変動相場制への移行,為替管理の緩和,非銀行金融機関に対する外為取引の認可等の措置が採られてきた。84年7月には,与党労働党は懸案となっていた外銀参入を承認する決議を行い,政府はこれを受けて外資比率,認可銀行数等について検討を始めた。認可の実現は85年初となる見込みであり,これをもって,金融の自由化・国際化はほぼ一段落することとなる。
83/84年度の連邦財政赤字は,79.6億豪ドル(対GDP比4.3%)となり,前年度の44.7億豪ドル(同2.7%)を大幅に上回った。これは,82/83年度に導入された所得税減税の影響によるところが大きいとみられている。
84/85年度予算案は,84年8月21日議会に提出された。予算編成方針は,①財政赤字の縮小,②減税,③社会保障施策の充実を三つの柱としている。
歳出規模は,639.5億豪ドル(前年度比13.0%増)と増加しているが,大幅な自然増収を見込んでおり,減税にもかかわらず,歳入規模は572.0億豪ドル(前年度比17.7%増),財政赤字幅は前年度当初予算と比べて12億豪ドル縮小したものとなっている。
予算の内訳をみると,医療(前年度比40.2%増),住宅(21.1%増)に重点を置いている。税制関係では,低額所得者に厚い形で13億豪ドルの所得税減税を11月1日より実施した。
経済見通し
84/85年度予算案策定時の政府見通しは,実質GDPが83/84年度の前年度比5.7%増から,84/85年度に同約4%増となるとみている(うち農業部門は36.7%増から約10%減へ,非農業部門は4.1%増から約5%増へ)。これは,民間住宅投資,民間設備投資,政府支出の力強い伸びによる。その他予算案の前提となった経済見通しは,①非農業部門の雇用の伸び年度平均31/4%増,②平均週給51/2%増,③消費者物価上昇率51/4%などである。
一方,12月発表のOECD見通しでは,実質GDP成長率(市場価格ベース)85暦年21/4%(84年61/4%)と見込んでいる。84年中の成長の,予想を上回る速さから,7月時点の見通しに比較して84年を上方改訂したが,85輸出の伸びの下方改訂等から下方改訂した。(84年6%→1/2%,85年31/2%-21/4%)。
ニュージーランド経済は,賃金・物価凍結による個人消費の低迷,民間設備投資及び輸出の不振などから82/83年度(82年4月~83年3月)には実質GDPが前年度比]0.2%のマイナス成長となった。しかし,83年初より,個人消費の回復に加えて,政府支出と輸出の下支えにより景気は回復に転じ,83/84年度には3.0%成長した。この景気回復は,84/85年度に入っても続いたが,年央には景気はピークに達し,それ以降後退へ向うという見方が多い。
財政は,83/84年度には拡張的であったが,84/85年予算では財政赤字削減を基本としている。金融政策では,84年7月にNZドルを20%切り下げると同時に金利規制を撤廃した。
個人消費の動向を,実質小売売上高でみると,82年中は賃金・物価凍結令による実質可処分所得の低下等から低迷していた。しかし,82年10月の減税の効果により10~12月期から実質可処分所得が増加したため,83年初来増加に転じた。84年に入ってからは,耐久消費財の値上げ予想によるかけ込み需要の発生もあって,実質消費支出の力強い増加が続いた。4~6月期にはこの影響がなくなったため耐久財消費は減少し,小売売上高も前期比横ばいとなった。しかし,7月の為替切下げによる価格上昇予想から,乗用車販売が急速に伸びている(新車登録台数7~9月期前年同期比67.1%増)(第7-3表)。
投資については,83年央の景気回復当初は住宅投資を中心とする建設部門のみが回復を示していたが(住宅建築許可件数83年7~9月期前年同期比27.9%増,10~12月期同45.6%増,84年1~3月期同43.5%増,4~6月期同21.7%増),83年10~12月期から民間固定資本投資が景気回復を受けて増加している(機械卸売取引高の83年7月~84年6月前年比12.1%増)。84年3月にニュージーランド経済研究所(NZIER)が行った企業短期国内需要予測調査結果によれば,輸出増,企業収益の好転を受けて,企業の見通しは明るく,また稼働率も10年来の最高レベル(89.7%)に達した。6月の調査でも,7月に総選挙をひかえ,政策面の動向が不明確であったにもかかわらず,投資意欲は依然強いとされ,84年中は輸出産業を中心として設備投資は堅調な伸びを示すとみられている。
製造業生産は,82/83年度前年度比1.9%減の後,83/84年度4.0%増と増加した。四半期でみると,83年7~9月期までは前年同期比1.6%減と減少が続いていたが,10~12月期同7.2%増と増加に転じ,以降84年1~3月期同22.3%増,4~6月期同17.4%増と回復を続けている。
雇用情勢は,83年末から急速な改善を続けている。雇用者数は,83年10~12月期前年同期比0.5%減であったが,84年1~3月期同1.2%増,4~6月期同3.2%増,7~9月期同3.1%増と増加を続けた。一方,労働力人口は,83年10~12月期前年同期比0.6%増,84年1~3月期1.4%増,4~6月期2.1%増,7~9月期1.8%増と増勢は強まっているものの雇用者数の伸びを下回っているため,登録失業者数はピーク時(84年1月)の7万7,500人から,84年8月には6万2,700人まで急速に低下した(第7-6図)。
82年6月の賃金・物価凍結令により,それまで年率2桁台の上昇が続いていた消費者物価は急速に鎮静化し,84年1~3月期には,前年同期比3.5%上昇となった。しかし,84年2月の物価凍結令解除後,物価は再度上昇率を高める傾向々こある。4~6月期は前年同期比上昇率4.7%の後,7月に行われたNZドルの20%切下げの影響もあって,7~9月期同7.0%となった。
特に,食料・家賃等の上昇率が4~9月の間に5%ポイント,運賃が同期間に9.3%ポイント上っている。
政府は,NZドルの切下げによる輸入物価の上昇がホーム・メイド・インフレに転嫁されるのを防止するため,切下げと同時に,再度物価凍結令を施行した。
一方,凍結令以降急速に鎮静化していた賃金上昇率も,84年2月の凍結解除後次第に高まりをみせ,84年4~6月期前年同期比上昇率4.8%,7~9月期同5.1%となった。
輸出は82/83年度に前年度比8.5%増となった後84/85年度は19.0%増と大幅に増加した。これを品目別にみると,酪製品は伸び悩んでいるもののアルミニウム,林産品,羊毛等の伸びが大きい。一方,輸入は82/83年度同10.6%増,83/84年度には同13.8%増となった。この結果,貿易収支は83/84年度は2.42億NZドルの黒字となった。経常収支は82/83年度20.04億NZドルの赤字の後,83/84年度には16.12億NZドルの赤字と改善した(第7-4表)。
金融政策をみると,通貨供給量(M3)は,83年10~12月期前年同期比12.2%増の後,84年1~3月期同11.6%増とやや伸びが鈍化した。その後,NZドル切下げ思惑により6月央から大量の資金流出が発生したため,通貨供給量の伸びは更に鈍化した(季調値,1~3月期前期比3.7%増,4~6月期同2.0%増)。7月18日のNZドル切下げ(米ドル,円などの主要通貨に対する平均20%の切下げ)後は,海外からの資金還流により通貨供給量の伸びが増大したとみられる。
その中で,7月の総選挙の結果政権についた労働党は,保守党が5月に導入した金利規制(商業銀行,貯蓄銀行,建築組合,生命保険会社,年金基金は年率15%以下,これ以外の金融機関は年率17%以下)を撤廃したが,同じく保守党が設定した,金融機関は月1%以上貸出しを増やしてはならないとするガイドラインは存続させた。
財政面をみると,83/84年度の財政赤字は対GDP比9.0%(31.01億NZドル)となった。
11月に議会に提出された84/85年度予算は,財政赤字の削減を優先させ,赤字幅を対GDP比7.2%(27.61億NZドル)に縮小することとしている。これは,輸出振興補助金の削減等による歳出の伸びの抑制(83/84年度12.4%,84/85年度予算9.2%),所得税に対する控除の見直し,酒税の税率引上げ等による歳入増(同6.0%,14.8%)を予定しているためである。(第7-5表)政府は,一連の財政赤字削減策によって85/86年度には約11億NZドル,86/87年度には約18億NZドルの赤字削減が図られるものとしている。
OECD見通し(12月発表)によれば,ニュージーランド経済の83~84年における回復は,84年7月の総選挙時にピークに達しており,その後成長は次第に鈍化するものとみられている。実質GDPは,84/85年度221/2%,85/86年度マイナス1/2%と予想している。需要項目別にみると,84/85年度は各項目とも総じて増加するが,85/86年度は,輸出が引き続き増加するほかは,個人消費,政府消費,在庫などすべてマイナスとなると予想している(第7-6表)。また,消費者物価は前年度比で84/85年度8%上昇,85/86年度91/2%上昇と予想している。
韓国経済は,83年に対米輸出の急増と内需の好調から高い成長率を達成した。84年に入っても上期は引続き高成長を記録した。しかし,下期は年初より貿易収支改善のためとられていた金融引締め策の影響や,アメリカ経済の成長速度鈍化等から,景気拡大テンポは鈍化している。物価は引続き鎮静気味である。
政府は貿易収支と対外債務改善のため,金融・財政両面から緊縮策をとり続けている。
83年の実質GNPは当初見通し(前年比7.5%増)を上回る9.5%増となった。これは前年に引続き好調な投資等の内需に加え,アメリカ等先進国の景気回復に支えられた年史からの輸出増による(第8-1-1表)。
83年の実質個人消費は,後述する様な物価の安定による実質購買力の増加などによって,前年比6.6%増であった。特に家電製品をはじめとする耐久消費財が大きく増加した。84年に入ると,賃金引上げ抑制等により年史以降増勢はやや鈍化しているものの,物価の安定を背景に引続き堅調である。
総固定資本形成は,建設投資を中心として82年に続き83年も前年比16.6%増と高い伸びを示した。特に民間建設投資は住宅建設と産業用建築がともに増加したことから,前年比25.3%増と急増した。しかし,84年に入り,過熱感から総需要抑制策が強化されたことから建設投資の伸びは大幅に鈍化している。ただ,機械,設備投資は最近の製造業稼働率の上昇を映じた能力増強投資のほか,先端技術関係分野への新規投資等から着実な増加をみせている。
製造業生産の動向をみると(第8-1-1表),82年7~9月期の前年同期2.9%増をボトムに,その後は対米輸出の増加を反映した需要増から,84年1~3月期に同19.4%増,4~6月期も同17.2%増と高い伸びを続けた。しかし,下期に入ると,アメリカ景気の拡大速度鈍化の影響等から伸び率が若干低下している。
84年の農業生産は,米作が収穫期の豪雨被害にもかかわらず当初目標の3,800万石を上回り4年連続の大豊作が見込まれている一方,トウガラシは水害等により前年に比べ約40%も減産となった。
82年に鎮静化した物価は,83年以降も引続き安定している(第8-1-2表)。
83年の卸売物価・消費者物価上昇率はそれぞれ0.2%(82年は4.7%),3.4%(同7.3%)におさまった。これは原油をはじめとした輸入原材料価格とこれに伴う工業製品価格の安定,豊作による食料品価格の安定による。84年に入ると,7~9月期には,一部農産物の作況不振と集中豪雨による供給不足により一時的に物価が上昇したが,11月には再び安定している。
賃金動向をみると,製造業常用雇用者月平均賃金上昇率は,名目では82年の前年比14.7%から83年には同12.2%と鈍化しているものの,消費者物価上昇率で割引いた実質では81年の同7.0%から83年には同8.5%増となった。これは物価の安定と賃金抑制策が大きく影響した。
貿易面(ドル・ベース)をみると,輸出は先進国の景気回復に伴い83年には,前年比11.9%増と急増した(82年は同2.8%増),84年に入っても1~3月前年同期比31.3%増,4~6月期同22.2%増と目ざましい増加が続いた。しかし,その後,アメリカの景気拡大速度鈍化とともに,伸び率は低下して7~9月期では同11.0%増となった(第8-1-1図),品目別にみると,83年から輸出全体を主導している電子製品は,アメリカ向けカラーテレビのダンピング問題にもかかわらず1~9月前年同期比で38.3%増と大幅な伸びを示している。依然輸出の1/4を占める繊維も同19.8%増と高い伸びであり,自動車部門もカナダ向け輸出が好調である。しかし,鉄鋼はアメリカでの鋼材輸入急増を背景とした貿易摩擦等から微増にとどまっている。
一方,輸入は82年に前年比減となった後83年には,国内景気の回復及び輸出の増加により,増加に転じたが原油価格の引下げによる原油輸入額の減少もあって,前年比8.0%増にとどまった。しかし,84年に入ると急増している。品目別にみると,資本財の機械,電子・電気製品の部品,輸送機械などが顕著であり,1~9月の前年同期でそれぞれ25.6%,27.8%,128.1%と急増している。
国際収支面をみると(第8-1-3表),83年は貿易収支が輸出の好調から赤字幅が前年比9億ドル減少し,貿易外収支も海外建設収入が減少したにもかかわらず,対外債務利子支払い等も減少したため,貿易外赤字幅が前年並みにとどまった。このため,経常収支赤字幅は前年比10億ドル程縮小した。
84年に入ると,輸出の好伸にもかかわらず輸入が資本財を中心に増勢を続けているため,1~9月の貿易収支赤字は14億6,300万ドルとなった。貿易外収支は海外建設収入が伸び悩んでいる一方,国際金利上昇にょる対外債務利子支払が増加したため,赤字幅は前年同期に比べ1億5.000万ドル程拡大した。この結果,経常収支赤字幅は政府目標(貿易赤字目標とともに年末で10億ドル),前年同期(11億2,700万ドルの赤字)をそれぞれ大幅に上回る15億7,700万ドルとなった。
対外債務残高は,80年から83年にかけての原油価格と国際金利の上昇による追加負担増から,84年8月末には422億ドル(83年末405億ドル)となった。なお,政府は年初の経済運用計画で年末の対外債務残高を430億ドルに抑える予定であったが,上記のごとく8月末で既に予定額の約98%に達している。
政策面では,経常収支の改善と対外債務の増加抑制を最優先課題として,財政・金融両面から緊縮スタンスが堅持されている。
84年は景気過熱感もあって年初から総需要抑制策がとられており,金融面では50大企業向貸出管理,市中銀行の消費性貸出制限などによりマネーサプライ増加率を10%に抑えることとしている。
財政面をみると,85年度(1~12月)予算は,歳出規模は前年度当初予算(10兆3,863億ウォン)比9.7%増の11兆3,960億ウォンである。国防費(同10.8%増),教育費(同10.9%増)等は増加しているが,一般行政費(同1.7%増),公共事業費(同1.1%減)等は抑制されており,実質的には84年度予算に続き緊縮型となっている。歳入は景気拡大による個人所得税,法人税の増収に加え,物品税率引上げもあり前年度比11.9%増の12兆2,751億ウォンが見込まれている。この結果,差し引き8,791億ウォンの黒字が生ずるが,これは債務償還等に充当される予定である。
政府は84年1月,83年末策定された第5次5か年計画の修正計画(84年~86年)に則り,安定成長の達成,物価安定基調の定着,国際収支の改善等を目標とした84年度経済運用計画を決定した。主な内容は,輸出の順調な伸び等から経済成長率を7~8%,消費者物価上昇率を金融引締めや賃上げ抑制により前年末比2~3%,貿易および経常収支赤字幅を10億ドルに縮小することとしている。
台湾ではアメリカの景気回復や単位労働コスト低下等にみられる輸出競争力の強化のため輸出が急増したこと等により,経済の順調な拡大が続いている。83年の実質GNP成長率は当初目標(5.5%増),前年(3.9%)を大きく上回り7.5%増となった。84年に入っても1~3月期前年同期比12.5%増,4~6月期同12.3%増,7~9月期同10.9%増(暫定)値と高い伸びを持続しており,84年通年では10.9%増になると見込まれている(目標7.5%増)。しかし下期に入り,それまで高い伸びを持続してきた鉱工業生産,輸出にやや鈍化がみられる等,景気拡大は鈍化の兆しがみられる。一方,物価は83年に続き84年も鎮静している。また,貿易収支は輸入を大きく上回る輸出増加が続いたため,大幅な黒字を記録しており,特に対米黒字幅の増大が懸念されている。貿易黒字の増大を受けて輸入規制緩和策が検討されている。失業率は84年4~6月期に82年7~9月期以来の低水準の2.1%となった(83年7~9月期2.8%)。
貿易黒字が増大したことにより資金需給の緩和がみられる。一方,物価は鎮静しているため,中央銀行は二度にわたり公定歩合を引き下げ(5月9日に7.25%から7.00%に,11月24日に6.75%),史上最低の水準とした。
財政部が作成した86年度(85年7月~86年6月)予算原案では,公共投資の増加・公務員待遇の改善等のため予算規模は今年度(3,598.16億元)に比べ約500意元(14%)増となっており,300億元の建設公債発行も想定されている。
「83年経済建設計画」では国内需要を経済成長の主導力とするとしていたが,内需の実質GNP増加寄与度は3.5%にとどまった(目標5.4%)。これは4~6月期以後輸出が前年比二桁台の大幅な増加をみたものの,個人消費,固定資本形成が不振であったためである。また,政府支出が計画を下回ったことも内需の回復が遅れた一因とみられている。個人消費,固定資本形成は下半期に入り回復がみえはじめた(各々前年同期比1~6月4.4%増→7~12月期6.9%増,同7.3%減→同1.6%増)。一方,83年全体での輸出の実質GNP増加寄与度は目標(2.2%)を大きく上回る8.2%に達しており,83年の経済成長は,主に外需によってもたらされたとされている。
84年に入り景気回復が速く民間の投資意欲が高まったため,公共投資及び政府部門の固定資本投資が低水準であったにもかかわらず,固定資本形成は1~3月期前年同期比2.5%増,4~6月期同4.8%増となった。このうち民間部門の固定資本形成は1~3月期同13.1%増,4~6月期同18.7%増であった。しかし,下半期には民間の投資意欲が減退するとみられている。一方,個人消費は景気拡大,物価安定の好影響のもとに1~3月期同8.2%増,4~6月期8.3%増となり,政府消費は各々同5.0%増,同5.1%増となった。また,83年に引き続き輸出が急増したため,純輸出の増加も大幅となり,実質GNP寄与度は1~3月期8.0%,4~6月期2.8%となった(第8-2-1表)。
輸出は4・四半期間前年同期比減少のあと83年4~6月期に二桁台の増加に転じ,83年では前年比13.2%増となった。この輸出の急増は①主な貿易相手国,特にアメリカの景気回復,②単位労働コストの低下を主とする輸出競争力強化,③紡織品に代わる電子製品の輸出増によるものとされている。84年に入ってもこの急増は続き,7~9月期にやや鈍化がみられるものの,10月には前年同期比24.2%増となった(第8-2-2表)。対米輸出が割合(1~10月49.2%),増加幅(同前年同期比37.1%増)ともに大きい。品目別にみると家庭用電気製品(同45.6%増),プラスチック製品(同43.2%増),台湾の品目別・地域別輸出入動向(84年1~10月)電子製品(同41.9%増)の増加幅が大きい。
一方,輸入は景気回復による原油・精製石油製品増,原材料の需要増等により,83年前年比7.4%増となった。84年になっても原油,機械,原材料等を中心に1~10月前年同期比12.5%増となったが,8月以降やや鈍化がみられる。
84年1~10月の貿易収支は73.8億ドルの大幅黒字となった(83年48.4億ドル)。特に対米黒字は84.4億ドル(83年66.9億ドル)に達している。経常収支も1~6月期35.8億ドルの黒字となっている。貿易不均衡を是正するため,多項目にわたる輸入税率引下げ,最高税率を100%から75%にする等を内容とする輸入税則改正,五千余品目の輸入認証免除措置の48年内実施が予定されている。
輸出回復により鉱工業生産は83年に増加に転じ前年比14.1%増となった。
輸出増加を反映した生産増加は84年に入っても継続し,上期前年同期比17.4%増加した。このうち鉱業は同3.9%増,製造業は同18.2%増,住宅建設業は同60.3%増,電気・ガス・水道業は同9.8%増となった。しかし,下期になり景気鈍化がみられ,9,10月の鉱工業生産は大幅に鈍化した(各々同4.1%増,4.8%増)。
農業生産は83年前年比林業13.6%増,畜産業12.9%増,漁業4.2%増となったが,悪天候のため農産業が同4.0%減少したため,全体では同1.5%増にとどまった。84年1~3月期は前年同期比4.5%増,4~6月期同1.3%増となった。農業生産の国内純生産に占める割合は83年8.8%となった(82年9.2%)。
石油,輸入原材料価格の下落,単位労働コストの低下により,83年の物価は引き続き鎮静を続け,卸売物価は前年比1.2%低下し,消費者物価はl.4%の上昇にとどまった。84年に入り主要国の景気が拡大を続けるなかで工農業原材料はわずかながら上昇したが,石油価格の安定と台湾元の対ドルレートの上昇等により,物価は安定している。卸売物価は1~3月期前年同期比0.5%,4~6月期同0.8%,7~9月期同0.4%上昇し,消費者物価は1~3月期同1.2%,4~6月期同0.5%低下し,7~9月期同0.7%上昇した。
輸入物価は83年前年比1.1%低下の後,84年1~3月期同0.1%,4~6月期同0.9%とわずかに上昇した。
行政院経済建設委員会が作成した85年経済建設目標草案によると実質GN Pを前年比8.5%増とし,個人消費同8.4%増,政府消費同6.2%増,固定資本形成は政府同6.2%増,民間同14%増としている。産業別の目標成長率(前年比)は農林水産業1.0%,鉱工業9.0%,サービス業8.3%とし,GDP比産業構成は農林水産業6.1%(84年6.5%),鉱工業51.7%(同51.3%),サービス業42.3%(同42.2%)になると見込んでいる。輸出は紡織品,電子製品,一般金属製品,電気機器の増加を中心に343.5億ドル(84年比11.7%増),輸入は原油,化学品,電子製品,機械を中心に264.5億ドル(同15.6%増)を見込んでおり,貿易黒字額は69.3億ドル(84年見込み70.7億ドル)におさえ,GNPに占める割合も12.5%から10.7%に下げるとしている。
タイ経済は,83年には個人消費,設備投資,建設投資の拡大を中心とした内需主導型の景気回復を示した。84年に入ると,好調であった内需が,貿易収支改善を目指した金融引締め措置の影響等から年史以降やや鈍化している一方,83年下期に回復に転じた輸出はその後も好伸している。物価は金融引締め効果や豊作により前年水準を下回っている。
政府は貿易赤字の一層の改善のため,緊縮姿勢を強化している。
83年のGDPは,名目で前年比9.7%増加した。需要項目別内訳をみると,比較的ウェイトの高い(対GDP比22.5%)輸出は前年比0.8%減と振るわなかったが,消費支出(同79.2%)が同10.4%増,総固定資本形成(同13.1%)が同13.1%増と増加しており,内需主導の成長であった。
個人消費は,80年以降の景気後退で伸びの鈍化が続き82年には前年比8.4%増にとどまったが,83年には同10.1%増と再び増加した。これは,物価の安定,エネルギー価格の低下,金融緩和による購買力の増大によるところが大きい。バンコク市内百貨店(19店)売上げは82年の前年比5.9%増から83年には同7%増となった。また,自動車,電気機器等の耐久消費財も急増している。しかし,84年に入ると,前年の急増に対する反動,金利の上昇,農産物価格の低下による農家所得の減少などから百貨店売上げや自動車等耐久消費財売上げは,84年1~6月には大幅に低下している。
名目総固定資本形成は,82年の前年比4.8%減から83年には同13.1%増と改善している。民間投資,特に建設は急増した。建築許可面積,セメント販売は82年の前年比2.2%減,同2.4%増から83年にはそれぞれ同10%増,同11%増と増加した。なかでもショッピングセンター,オフィス,ホテル等の高層ビルの伸びが大きい。しかし,82年から増加していた住宅建設は伸びが低下した。82年に減少した機械及び在庫投資は,販売増や在庫取崩しから83年は増加に転じた。政府投資は,一般政府は財政赤字削減のため引続き緊縮的であり前年比マイナスとなったが,政府企業はガス分留プラント,通信網拡充等大型プロジェクト建設のため急増した。
84年に入ると,金融引締めや輸入抑制策の影響等から増勢は鈍化している。資本財輸入およびバンコク市内建築許可面積は1~9月前年同期比でそれぞれ13.8%増,7.5%増と83年同期の同29.4%増,21.8%増に比べ鈍化している。
83年の実質GDP成長率は前年比5.8%増と,82年の同4.1%増を上回り,83年政府見通し(同6%増)をほぼ達成した。産業別内訳でみると(第8-3-1表),製造業が同6.9%増,金融・保険・不動産業が同13.7%増と高い伸びを示したほか,2年連続前年比マイナスであった建設業も同4.9%増となるなど全般的に好調であった。
83年の農業生産は,前年比1.5%増にとどまった。十分な降雨に悪まれた米は最近10年間で最高の1,887万トン(前年比8.0%増)となり,メイズも390万トン(同16.4%増)と高水準となった。しかし,タピオカが年初の早ばつから前年比10.0%減となったほか,砂糖きびも同16.4%減と大幅に減少した。84年に入ると,好天と価格面での農家へのインセンティブから米,メイズ等主要産品の増産が見込まれ,農業生産は前年比3.1%増と見込まれている。
83年の製造業生産は,輸出の下振から,アグロインダストリーなどは不振であったが,自動車,セメント等大半の分野で良好であったため,82年の前年比4.4%増を上回る6.9%増が見込まれている。84年に入ると砂糖などのアグロインダストリーも増加に転じた他,対米輸出増に伴うICの生産や国内での大型プロジェクト向けのセメント等は急増している。しかし,金融引締めによる需要減の影響から自動車生産の伸びは鈍化している。
83年の物価は比較的安定していた(第8-3-2表)。これは石油及び電気料金引下げ等エネルギー・コスト,賃金上昇率,国内外金利の安定及び低下による。卸売物価上昇率は,82年の前年比0.9%から83年は2.1%と多少上昇した。工業品価格は石油危機後初めて前年比1.4%下落したが,天候悪化もあって農産品価格が同6.1%も上昇したためである。84年に入ると,豊作により農産品価格上昇率が鈍化したほか,工業品価格も生産コストの低下から下落を続けている。消費者物価上昇率も食料品価格の低下から,鈍化が続いている。一方,毎年10月に改定が行われている最低賃金は,物価の安定等を理由に12月末までの3か月間現行水準(バンコク,66バーツ/日)に据え置かれることとなった。
貿易動向をみると(第8-3-3表),83年の輸出は,米,メイズ等主要輸出8品目が数量,価額両面で減少(前年比13.3%減)したため,輸出全体では前年比8.3%の減少となった。84年に入ると,タピオカ,砂糖,海老は引き続き減少を続けているものの,米,メイズ等が急増したため,主要8品目の輸出額は1~6月前年同期比で10.7%増と大幅に増加した。この増加は価格上昇より数量増によるものが大きい。
輸入をみると,国内生産・需要の増大及び在庫積増し等から83年は前年比20.3%増となった。84年に入ると,国内の天然ガス及び原油の増産により1~6月の石油輸入は前年同期比16.4%減となったが,石油製品輸入は引続き高い伸び(同37.7%)となっている。特にディーゼル・オイルは倍増している。
国際収支をみると(第8-3-4表),商品貿易収支は,83年には,輸出が減少し,輸入が大幅に増加したことから前年に比べ赤字幅は倍増した(82年361億バーツの赤字,83年892億バーツの赤字)。このため,貿易外収支黒字が海外出稼者からの送金増により前年に比べ倍増したにもかかわらず,経常収支赤字は拡大した。
84年1~6月期には,輸入より輸出の伸びが高かったにもかかわらず,商品貿易収支赤字幅は拡大した(381億バーツの赤字,前年同期は369億バーツの赤字)。一方,サービス及び移転収支は,香港からの資本流入のあった前年同期(42億バーツの黒字)に比し,84年1~6月期には21億バーツの黒字へと黒字幅が半減した。経常収支は83年1~6月の246億バーツの赤字から,84年1~6月には263億バーツの赤字へと悪化したが,資本収支が83年1~6月の169億バーツの黒字から84年1~6月には398バーツの黒字へと大幅に改善したため,総合収支は145億バーツと著しい黒字となった(前年同期11億バーツの黒字)。
対外債務残高は83年12月末で前年比10.2%増の112億ドルに達した。内訳をみると,長期債務が95億ドルと全体の85.3%を占め,短期債務が残り16億ドルとなっている。また,債務者別にみると,公共部門が71億ドルで全体の63.8%を占め,民間部門が40億ドルと残り36.2%を占めている。こうした債務の増大に伴い,返済負担も著増している。デット・サービス・レシオ((利払い額+元本返済額)/輸出)は,公共部門で政府の年初のガイドライン9%,8月に大蔵省が設立した抑制目標10%を上回る10.3%(82年は8.9%)となった。民間部門でも9.2%(同7.7%)と前年を上回り官民合計では19.5%(同16.6%)となった。
貿易収支改善,バーツ防衛を目的として83年末より一連の緊縮策がとられた。84年8月には商業銀行に対する貸出残高規制が撤廃されたものの,10月末に期限切れとなる輸出信用状開設規制措置が半年延長される等,引続き緊縮姿勢がとられている。なお,11月5日には貿易収支改善のため約3年振りに通貨切下げ(23→27バーツ/ドル)が行われると同時に,これまでのバーツのドル・リンク方式から,主要貿易相手国通貨のバスケット方式による変動相場制へと移行し,約10日後にはこの通貨切下げに伴う過剰流動性とインフレ高進の抑制,企業の資金コスト低減の観点から公定歩合が1%引下げ(13-12%)られた。
財政面をみると,85年度(10~9月)予算は歳出規模で前年度比10.9%増の2,130億バーツである。しかし,最大の支出項目が前年度比32.8%増という高い伸びを示している債務償還費(歳出全体に占める割合は20.8%)であり,経済開発費がわずか同3.1%増に抑えられていること等から考えると,前年度に引続き緊縮的な予算となっている。一方,歳入は前年度比11.3%増の1,780億バーツと予想されている。この結果,財政赤字はこれまで最高であった82年度(353億バーツ)とほぼ同じ350億バーツと予想されている。
83年末,タイ銀行(中央銀行)は,84年のGNP成長率を,農業及び鉱工業生産の前年を上回る増加から,6.2~6.5%と見込んだ。また,物価は景気回復に伴う需要増や前年末の賃上げから5.1~5.6%(消費者物価)の上昇が見込まれるとした。その後,年央に政府が84年上期の成長率は5.5~5.8%と発表した際,金融引締めの影響等から下期はやや鈍化して,通年で5%となるとの見込みを発表している。
第3次5か年計画の3年目に当る1982/83年度(82年4月~83年4月)のサウジ・アラビア経済をみると,実質GDP成長率は,石油部門生産の大幅な減少から,1973/74年度以来のマイナスを記録した。しかし,非石油部門の生産は政府支出の減少にもかかわらず堅調に増加している。また,物価は鎮静している。一方,貿易収支は石油収入の大幅な減少から黒字幅が大幅に縮小し,経常収支は赤字幅が拡大している。
82/83年度の実質GDPは,石油部門生産の減少から,10.8%減と大幅な減少となった(81/82年度1.7%増)。しかし,非石油部門は7.2%増と第3次5か年計画の目標値(5か年平均伸び率6.2%)を上回る堅調な伸びとなった。
非石油部門のうち民間部門は,11.2%増と高い伸びとなった。中でも,公益事業(電力,ガス,水道)は,同24.6%増,製造業同15.9%増と非常に高い伸びを示した。これは,政府援助等による所が大きい。また,小売・サービス業,農業生産も2桁の伸びとなっている。しかし,第2次開発計画時に急速な増加を示していた建設業は,政府支出の減少から6.2%減となった。一方,非石油政府部門は,81/82年度8.1%増の後,82/83年度は,石油収入減少から財政支出の調整(削減)が行なわれ,1.1%減となった。実質GDPの部門別の寄与度をみると(第8-4-1図),石油依存型経済から脱却するため非石油部門を中心に投資が行なわれたこともあり,非石油部門の成長が実質GDP成長にかなりプラスの寄与していた。82/83年度は非石油部門はプラスの寄与をしていたが,石油部門の大幅な減少により実質GDPは減少した。このような石油部門生産の減少のため,GDPに占める石油部門のシェアーは,64/65年度の約60%から82/83年度には約30%にまで低下している。
国際石油市場は,83年3月のOPECロンドン総会で基準原油価格の引き下げ(アラビアン・ライト34ドル/バーレル29ドル/バーレル)後,84年にかけて総じて安定的な状態が続いた(本論第1章2節参照)。サウジ・アラビアは,ロンドン総会で,石油の需給に合わせ生産を調整する「スウィング・プロデューサー」(供給調整国)として生産を行なうことになった。そのため,サウジ・アラビアの生産は日量500~600万バーレルで比較的落ち着いた推移を示した。しかし83年は同505万バーレルと,ピークであった80年(同990万バーレル)の半分近くの水準にまで減少している(第8-4-2図)。
その後84年10月に北海原油価格引き下げ等に対応するため行なわれたOP EC総会で,OPEC全体の生産上限の日量150万バーレルの削減(新上限1,600万バーレル)等が決定された。これにより,サウジ・アラビアの生産上限も削減される形(全体の削減量からサウジ・アラビア以外の各国の削減量を引くと日量64.7万バーレルの削減)となり,84年後半の生産は前年を大幅に下回わるとみられる(7~9月期日量433.3万バーレル,前年同期比226 6%減,但し中立地帯の原油生産を含まない)。
81年末より減少に転じた石油収入は,82年に685億ドルと前年(1,063億ドル)比ほぼ半減した。石油収入の減少要因を価格要因と輸出量要因とに分けてみると(前掲第8-4-2図),82年中の石油収入は,主に輸出量の減少により大幅に減少している。83年に入り,輸出量の減少に加え,83年3月の原油価格の低下が,石油収入減少に寄与しており,83年の石油収入はさらに大幅に減少するとみられている(PIW)。もっとも83年後半からは輸出の減少幅は縮少しており,84年前半は増加に転じている。しかし,84年後半には,再び輸出は減少するとみられることから,84年も石油収入の増加は期待できないとみられる。
消費者物価上昇率は,80年の前年比3.8%増,82年同1.1%増,83年同0.9%増と鎮静煩向にある。84年に入ると1~3月期,4~6月期それぞれ前年同期比1.6%減,同1.7%減となっている。また,生計費上昇率をみても81/82年度0.8%増,82/83年度1.1%増となっている。
物価の鎮静の背景としては,①マネーサプライ増加率の低下,②輸入物価の下落及び供給デフレーター(非石油部門のGDP及び非石油民間部門の輸入デフレーター)の下落等の要因があげられよう。まず,マネーサプライ増加率をみると,81/82年度の26.6%から82/83年度には12.5%へと増加率は半分以下に低下している。また,輸入物価上昇率もドル以外の通貨に対する為替レートの上昇等から79/80年度11.5%増から81/82年度0.3%減,82/83年度2.7%減と大幅に下落している。このような輸入物価の低下から国内供給デフレーターも落ち着いている。しかし,家賃の規制が83年初に廃止されたこともあり,住居費は上昇している(第8-4-1表)。
(貿易)
貿易(輸出+輸入)は,76年以降増加を続けたが,82年に減少(22.7%減)に転じた後,石油輸出の大幅減に加えて輸入も減少したことから83年も28.0%減と大幅に減少している。
輸出(FOB)は,82年2,506億リヤル(前年比33.3%減)の後,83年は1,524億リヤル(同39.2%減)となり81年(3,759億リヤル)の水準の半分以下となった。これは,輸出の大半を占める石油が原油価格引き下げの影響もあり大幅に減少(前年比39.7%減)したためである。しかし,非石油の輸出はサウジ・アラビア基礎工業公社(SABIC)のプラントの稼動の開始等から約3倍に増加した。また,輸出相手国(82年)を地域別にみると,アジア向けの輸出は金額は減少しているものの輸出全体に占める比率が著しく上昇している(81年の輸出に占める比率31.5%→82年同43.8%)。一方,南北アメリカ向け,ヨーロッパ向けの輸出の輸出全体に占める比率は大幅に低下している(アメリカ81年同13.2%→82年同7.8%,ヨーロッパ81年同41.6%→82年同35.0%)。
輸入(FOB)は,82年1,181億リヤル(前年比16.8%増)の後,83年は,非石油部門の減少(同4.4%減)から1,131億リヤル(同4.2%減)となった。
非石油部門の減少の原因は,主要インフラ投資が一巡したこと,石油収入の大幅減による財政支出の削減からプロジクト関連の輸入が減少したこと等によるものである。しかし,石油部門の輸入は増加している。また,輸入相手国(82年)を地域別にみると,依然ヨーロッパからの輸入の全体の輸入に占める比率は42.3%と高く,次いでアジア(同28.6%),南北アメリカ(月22.5%)の順になっている。また国別では,アメリカ,日本の比率が高い(アメリカ同21.0%,日本同19.6%)。
この結果,貿易収支黒字は過去最高となった81年2,748億リャルから,82年1,325億リヤル,83年393億リヤルと著しく減少した(第8-4-2表)。
(経常収支)
貿易外収支(移転収支を含む)をみると,受取り額は前年比8.9%増(707億リヤル)となり,支払い額は同1866%減(1,638億リヤル)となった。これは,石油部門の投資収益支払い額が大幅に減少(同45.9%減)したため(大半は外資系石油会社の利益送金)である。この結果,貿易外収支の赤字幅は,82年の1,362億リヤルから,83年は931億リヤルと縮小した。
このように貿易外収支赤字幅は縮小したにもかかわらず,それを上回わる貿易収支黒字幅の縮小により,経常収支は82年に赤字(38億リヤル)に転じた後,83年は538億リヤルの赤字と赤字幅は大幅に拡大した。
一方,資本収支をみると,石油部門の資本収支及び非石油部門の直接投資の収支は,135億リヤルの入超となったが,入超幅は前年(381億リャルの出超)から大幅に縮小した。また,その他の資本収支(誤差・脱漏を含む)も,82年の168億リヤルの入超から,83年には64億リヤルの出超となった。
これらに,商業銀行の資本取引を加えた資本収支は,82年442億リヤルの入超から83年は20億リヤルの入超と入超幅が縮小した。しかし,政府部門の資収支は,82年404億リヤルの出超から,サウジ・アラビア通貨庁の公的準備の大幅な取崩し等により83年は518億リヤルの入超となり,経常収支の赤字をファイナンスする形となっている。
(財政)
83/84会計年度の財政をみると,歳入(実績)は,石油収入の大幅減少から予算額を下回わり前年度比23.1%減(1,873億リヤル)となった。また,歳出(実績)は,公務員の新規採用の凍結等の歳出削減策が行なわれたこともあり,同8.8%減(2,223億リヤル)となった。この結果財政収支は,350億リヤルの赤字(82/83年度25億リヤルの黒字)となった。また,84/85年度予算では,財政赤字の拡大が見込まれている。歳入(予算)は,2,141億リヤル,歳出(同)は2,600億リヤルと見込まれており,財政収支赤字は459億リヤルに達するとしている(第8-4-3表)。
(金 融)
金融政策をみると,83/84年度は80/81~82/83年度の緩和ぎみのスタンスからみると正常なスタンスとなった。マネーサプライ(M3)の上昇率をみると,80/81~82/83年度の20%以上から83/84年度は12.5%へと低下した(前掲第8-4-1表)。
(第4次5か年計画)
1985/86年度から始まる第4次5か年計画は策定中であるが閣議で承認されたその基本的な目標は,今までの5か年計画を踏襲するとしている。しかし今までの計画が経済の高成長を主眼としているのに対し,第4次計画では,量よりも質の充実を主眼とし安定的な成長を目指している点が特徴となっている。具体的には,人材の育成,公益事業・社会サービスの改善,教育の充実を計画している。また,財政面では,政府部門の効率を高めるとともに受益者負担原則を考慮した税改革を計画している。さらに,湾岸協力会議(GCC)諸国の経済・社会的統合の計画等も含まれている。
83年のメキシコ経済は不況が深刻化し,実質GDP成長率はマイナス5.3%と大きく落ち込んだ。しかし,財政赤字の対GDP比は縮小し,国際収支も大幅に改善した。物価上昇率はなお高水準であるが,年央以降騰勢が鈍化した。
84年に入り,停滞が続いていた製造業の生産も増加に転じ,回復の兆しがみられる。国際収支の改善も進んでおり,懸案であった対外債務問題も,多年度一括繰り延べ交渉の決着により毎年の返済負担が軽減された。このように,82年夏に表面化した経済危機からは脱出したものの,インフレ抑制,経済成長等の面では未だ十分な成果は挙がっていない。また,11月以降の原油輸出削減も新たな問題,として懸念されている。
85年は経済回復を持続し,不況の再現を回避するために,インフレ抑制,実質賃金,雇用,福祉の増大等を基本とした経済運営方針が示されている。
メキシコの実質国内総生産(GDP)は,累積債務問題等による経済の混乱から82年に前年比0.5%減となった後,83年は不況が深刻化し,同5.3%減と大幅に落ち込んだ。部門別にみると,農林水産業は2.9%増と回復したものの,製造業7.3%減,建設業18.0%減など多くの部門で前年に続きマイナス成長となった(第9-1表)。
需要面をみると,個人消費支出は82年の前年比1.1%増から,83年は6.2%減となった。固定資本形成は82年の15.9%減から,83年は25.3%減と大幅に減少した。内訳は公的部門が28.6%減,民間部門が22.6%減となっている。
84年の実質GDP成長率は政府見通しで1%程度であるが,好調な農業生産,製造業部門の回復等から達成可能とみられている。
鉱工業生産(電力,建設を含む)の動向を四半期別に前年同期比でみると,82年7~9月期以降減少が続いていたが,84年は1~3月期0.5%増,4~6月期0.6%増とわずかながら増加に転じている(第9-1図)。
製造業の生産は84年1~3月期に前年同期比で0.5%増と増加に転じた。
4~6月期は1.1%減となったが,1~8月の前年同期比では0.8%増となっており回復の兆しがみられる。財別にみると,資本財,耐久消費財の落ち込みが大きく,83年の前年比はそれぞれ25.1%減,18.3%減と大幅に減少した。84年に入って耐久消費財の生産は,前年同期比で1~3月期13.6%減,4~6月期5.7%減となお減少が続いている。しかし,資本財は1~3月期9.0%減の後,4~6月期は1.8%増となり,中間財の生産にも回復の兆しがみられる。業種別では石油化学で増産が続き,鉄鋼等で回復がみられるが,繊維等では低水準の生産が続いている。
原油生産は83年平均で日量269.0万バーレル(前年比2.1%減)となった。
84年は前年同期比で1~3月期5.8%増,4~6月期2.5%増,7~9月期0.3%増と前年を若干上回る生産が続き,1~9月平均では日量276.9万バーレル(前年同期比3.1%増)となっている。メキシコ石油公社(PEMEX)は, OPEC諸国の原油生産削減に追随して,11月1日から原油生産を日量10万バーレル削減した。
建設活動は,公共事業の抑制等から82年10~12月期以降低迷が続いた。84年に入り前年同期比で1~3月期3.6%減の後,4~6月期は2.4%増となった。
賃金及び公共料金の引上げ,マネーサプライの増加等から消費者物価は大幅な上昇を続け,83年の前年比上昇率は101.9%となった。部門別の内訳は,食料・飲料・たばこ91.1%,衣類・履物117.0%,住宅78.2%,家具・家庭用品124.1%,医療・衛生114.6%,運輸136.1%,教育・レジャー101.2%,その他サービス106.4%となっている(第9-2表)。
四半期別に前年同期比上昇率をみると,83年4~6月期に114.7%とピークに達したが,財政赤字の縮小,賃上げの抑制等により7~9月期以降騰勢は鈍化している。
84年に入っても,ガソリン,電気料金等の公共料金や,パン,肉等の生活必需品の価格引上げが続き,物価上昇率は依然高水準であるが,その騰勢は鈍化傾向にある。物価上昇率の政府目標は84年末で48%(当初は40%)であるが,その実現は困難とみられている。
最低賃金の引上げ率は,全国平均で84年上半期に前期比30.4%,下半期同20.3%となった。84年累計では56.9%となり,消費者物価上昇率を下回っている。
財政面をみると,政府系企業の投資抑制,補助金の削減等の緊縮政策により,財政赤字は縮小しつつある。財政赤字の対GDP比は82年の17.6%から83年は8.9%となり,84年は6%程度と見込まれている。
83年の輸出は214.0億ドル(前年比0.8%増)で,82年とほぼ同水準であった。石油部門の輸出(天然ガス等を含む)は160.0億ドル(同2.9%減)で,輸出総額に占める石油の割合は,82年の77.6%から83年は74.8%へ低下した。工業製品は前年比21.5%増と大幅に伸び,コーヒー等の農産品は同4.2%増となった。輸入は77.2億ドルで前年比46.5%減となり,82年(同39.7%減)に続き大幅に減少した。財別では消費財(63.4%減),資本財(59.6%減)の減少が目立っている(第9-3表)。輸入の大幅な減少により,83年の貿易収支黒字は136.8億ドルとなり,82年(67.9億ドル)を大幅に上回った。
貿易外収支は,対外利子支払いの減少,観光収支黒字の増加等から赤字幅が縮小し,84.9億ドルの赤字となった。83年の経常収支は,貿易収支黒字の増大を主因として55.5億ドルの黒字となり,前年(48.8億ドルの赤字)に比べ大幅に改善した(第9-4表)。
資本収支をみると,83年は短期債務の返済が大きかったことから短期資本収支の赤字幅が拡大した。また,長期資本収支の黒字幅も縮小したことから,83年の資本収支は8.5億ドルの赤字となり,47年以来初めて赤字に転じた。83年末の外貨準備高(金を含まず)は,前年末より約31億ドル増加して39.1億ドルとなった。
84年に入ってからの輸出入の動向をみると,上半期の輸出は前年同期比13.8%増となった。内訳は石油部門が7.1%増,非石油部門が34.5%増である。工業製品の輸出は32.1%増と増加が続いており,輸出総額に占める割合も18.1%と,前年同期(15.6%)に比べ増加している。原油輸出価格の推移をみると,イスムス原油(軽質油)の価格は,83年2月以降84年12月現在までバーレル当たり29ドルとなっている。マヤ原油(重質油)は,83年10月のバーレル当たり25ドルから84年5月に25.5ドルに引き上げられ,12月まで同価格が続いている。なお,84年の原油輸出量は1~10月平均で1日当たり約154万バーレルであったが,国際市場安定のために,11月以降,1日当たり10万バーレルの輸出削減が実施されている。
上半期の輸入は前年同期比26.1%増と,経済回復や国際収支の改善を反映して増加に転じた。特に製造業部門の輸入が29.7%増と大幅に増加したのが注目される。
84年上半期の貿易収支黒字は73.0億ドルで,前年同期(68.0億ドル)を上回った。また,同期の経常収支黒字は32.9億ドルとなり,前年同期(23.2億ドル)を大幅に上回った。外貨準備高も増加が続き,6月末で60.8億ドルとなっている。
なお,メキシコ政府は12月5日,輸出の促進等を目的として,ペソの対米ドル相場の切り下げ幅を,従来の1日につき13センターボから同17センターボに拡大し,6日から実施すると発表した。
対外債務問題についてみると,84年9月に外国民間銀行団との間で,いわゆる多年度一括方式による公的債務の繰り延べが基本的合意に達した。対象金額は総額487億ドルで,内訳は85~90年に期限が到来する201億ドル,84年末までに期限が到来する236億ドル,83年の新規融資分50億ドルである。繰り延べ期間は14年で,86年から一部元本返済を開始する。金利は対象金額のうち430億ドルについて,従来のアメリカのプライムレートからロンドンの銀行間金利(LIBOR)を基準として適用し,スプレッドも緩和された。
また,最高50%を限度として米ドル以外の債権国通貨建てに切り換えることができることとなった。
デ・ラ・マドリ大統領は84年11月中旬,議会に対し85年の連邦予算案を提出し,85年の経済運営方針を明らかにした。85年の経済運営は,経済回復を持続し,不況の再現を回避するために,①インフレの抑制,②経済の活性化,③実質賃金,雇用,福祉の増大,④財政改革の推進と財政赤字の縮小を基本とした政策を行うとしている。
85年の経済目標は,実質GDP成長率3~4%,消費者物価上昇率35%,財政赤字の対GDP比5.1%等となっている。
83年のブラジル経済は,引き続き緊縮政策がとられ,実質GDP成長率はマイナス3.2%と落ち込んだ。インフレも高進し,年末の総合物価上昇率は211%と史上最高を記録した。一方,貿易収支黒字は大幅に増加し,政府目標を達成した。
84年は,原油生産が引き続き増加しているほか,製造業の生産も回復し,鉱工業生産はかなりの増加が見込まれている。工業製品輸出が好調なことから,貿易収支黒字は大幅に増大している。経常収支赤字も大幅に縮小することが見込まれ,国際収支の改善も進んでいるが,200%を超える物価上昇が続き,インフレは衰えをみせていない。また,対外債務の繰り延べは年内に決着せず,85年に持ち越された。
85年は国内景気の回復や輸入制限の緩和等から輸入の増加が見込まれ,貿易収支黒字はやや減少すると予想されている。
ブラジルでは,国際収支改善のため81年以降緊縮政策に転換した。実質GDP成長率は,81年の前年比1,6%減から82年は0.9%増とやや回復したが,83年は3.2%減と落ち込んだ。部門別にみると,農牧業はコーヒーの増収に支えられ2.2%増とプラスに転じた。鉱工業部門は,鉱業は石油増産により増加したが,製造業は投資や消費の低迷から不振で,6.8%減と大幅に減少した。また,1人当たりGDPの伸びは81年以降マイナスが続いている(第9-5表)。
84年に入ってからの鉱工業生産の動向をみると,1~7月の前年同期比は6.1%増と回復しつつある。鉱業生産は石油の増産等により28.9%増と大幅に伸び,不振が続いていた製造業も5.4%増と上向きつつある(第9-2図)。財別では,実質賃金の低下による買い控え等から耐久消費財の生産減少が大きく,消費財は2.8%減少しているが,中間財は11.7%増,資本財は10.2%増と大幅に増加している。業種別にみると,金属,機械,化学等の伸びが目立っている。特に,粗鋼生産は83年末のツバロン製鉄所の操業開始等から大幅に増加しており,1~8月累計で1,212万トン(前年同期比30.9%増),年間では約1,900万トンと見込まれている。一方,繊維,プラスチック,電気・通信機器等では依然不振である。なお,7月の製造業平均稼働率は74%で前年同月を2ポイント上回っている。
第9-2図 ブラジルの鉱工業生産
ブラジルの石油生産は近年増加テンポが速まり,83年11月に日量40万バーレルを超えた後,84年6月末には日量50万バーレルに達した。これは国内消費量の約半分の水準である(第9-3図)。ブラジル石油公社(PETROBRAS)では,85年の中頃までに日量60万バーレルに達するとし,84年の石油輸入額は83年の68億ドルから50億ドル程度まで減少すると予想している。
農業も84年はかなり増産が予想されている。ブラジル地理統計院(IBG E)は,84年6月に83/84年度の農業生産予想を発表した。主要穀物ではトウモロコシ(前年度比15.1%増),大豆(同8.5%増),米(同17.6%増)等増産が見込まれるものが多く,全穀物収穫量は5,120万トン(同14.8%増)とみている。
鉱業や輸出関連の製造業を中心に生産が回復していることから,lBGEは84年の鉱工業生産は7.9%増加し,実質GDP成長率は3~4%と予想している。
主要6都市の平均完全失業率は,84年1月の7.45%から5月に8.28%まで上昇したが,その後低下し10月は6.48%となっている。
ブラジルの総合物価指数(第9-6表,注1参照)は,為替レートの大幅切り下げ,干ばつや洪水による農産物価格の値上がり,小麦や石油製品への補助金削減に伴う影響等から83年中上昇を続け,12月の前年同月比上昇率は211.0%(83年の前年比上昇率は154.5%)と史上最高を記録した。マネーサプライも83年末で前年比92.0%増と大幅に増加した(第9-6表)。
84年に入ってもインフレは衰えをみせず,前年同期比で1~3月期224.7%,4~6月期230.2%,7~9月期216.5%と200%を超える物価上昇が続いている。貨幣価値は急速に下落しており,中央銀行は8月に,小切手等の通貨表示を要する書類へのセンターボ(1クルゼイロ=100センターボ)記入を廃止した。また,これまで5千クルゼイロが最高額紙幣であったが,11月に1万及び5万クルゼイロの新紙幣が発行された。
ブラジルは輸出競争力を維持するため,インフレにほぼスライドする形で小刻みに為替レートを切り下げている。対米ドル公定レートは,1月中旬に1ドル=1,000クルゼイロを突破したが,12月27日には84年に入って72回目の切り下げが行われ,1ドル=3,184クルゼイロ(売り)となった。
最近の高インフレの要因として特に指摘されているのは,輸出の伸びによって助長されているマネーサプライの膨張と,各種補助金の削減,公共料金引き上げに伴う物価へのハネ返りである。
財政赤字は縮小しつつあり,GDPに占める公共部門の赤字の割合は,実質で82年6.6%,83年2.7%で,84年は0.5%の黒字が見込まれている。
ブラジル通貨審議会は9月中旬に,商業銀行に対する預金準備率を10%から22%へ引き上げるなど,金融引き締め措置をとった。IMFに対する第6次趣意書では,84年末のマネーサプライ増加率は95%とされているが,その達成はかなり難しいとみられている。
83年の輸出は219.0億ドルで,前年比8.3%増と増加に転じた。これは,2月の約30%の大幅為替切り下げや,アメリカの景気回復等の影響によるものとみられる。品目別にみると,一次産品では鉄鉱石は減少したが,大豆,コーヒー等の農産品はかなり増加した。工業製品は機械,輸送機器等は減少したが,鉄鋼,有機化学製品,履物等が大幅に増加し,17.7%増となった。
輸入は154.3億ドルで前年比20.5%減となり,82年(同12.2%減)に続き大幅に減少した。輸入の5割を占める石油・同製品が,自給率の上昇から19.2%減となったほか,国内の不況や輸入制限によって,原材料,資本財ともに大幅に減少した(第9-7表)。
輸出の伸長と輸入の大幅な減少により,83年の貿易収支は64.7億ドルの黒字となり,政府目標(63億ドル)を達成した。経常収支赤字は前年の163.1億ドルから68.7億ドルへと大幅に縮小した。また,外資流入の減少等から資本収支黒字は大幅に減少した(第9-8表)。83年末の金・外貨準備高は45.6億ドルで,前年末に比べやや増加した。
84年に入ってからの輸出入の動向をみると,輸出はアメリカ向けを中心に鉄鋼製品,履物等の工業製品輸出が伸び,1~9月の前年同即比で22.7%増と大幅に増加している。輸出総額に占める工業製品のシェアは,政府の工業化政策により次第に高まっており,82年の55.0%,83年の59.7%の後,84年上半期は63.7%と拡大している。一方,輸入は依然減少が続き,1~9月の前年同期比で9.3%減となっている。
同期の貿易収支黒字は96.6億ドルとなり,早くも当初の年間目標(91億ドル)を達成した。ブラジル銀行貿易局(CACEX)では84年の貿易収支黒字を120~130億ドルと見込んでいる。また,84年の経常収支赤字は6億ドル程度に縮小するとみられている。こうした状況から,政府は9月中旬に輸入規制を緩和する方針を決定し,輸入禁止品目の半減,輸入付加税の軽減等の措置をとることとした。
対外債務問題についてみると,84年1月下旬に,外国民間銀行からの65億ドルの新規融資,84年末までに支払期限の来る約54億ドルの対外債務の繰り延べ等を内容とする救済措置が契約調印された。IMFの資金供与も再開されたことから,外貨繰りの危機は一応回避された。
ブラジルはIMFに対し85年分の新たな融資を要請しているが,IMFはその前提となる85年の経済再建政策目標についての決定を85年に持ち越した。また,外国民間銀行団との85年以降の債務繰り延べ交渉は11月から開始されたが,年内に決着せず85年に持ち越された。
フィゲイレド大統領は10月,議会に対し85年の連邦予算案を提出した。同予算案は総額88兆8,721億クルゼイロで,5月に承認された84年の修正予算31兆7,500億クルゼイロに比べ159%増となっている。
ブラジル大蔵省は12月に85年の主な経済目標を公表した。これによると,インフレ率120%,公共部門の財政収支の対GDP比は2.9%程度の黒字,マネーサプライ増加率60%,経常収支は30億ドル程度の赤字となっている。
また,貿易動向についてCACEXでは,輸出が275億ドルと84年に比べ微増にとどまるのに対し,輸入は国内景気の回復と輸入規制緩和措置の影響などから170億ドルとかなり増加が見込まれることから,貿易収支黒字は105億ドル程度になると予想している。
ソ連経済は,50年代から70年代前半までの高成長期を経て70年代中期以降オイルショック等の外的要因もあって低迷していた。また国内的にも農業の不振,労働力不足の顕在化,未完成プロジェクトの増大等種々の問題が蓄積されていた。それらが18年間にわたるブレジネフ体制の末期の82年に顕存化し,支出国民所得は前年比2.6%増(工業総生産同2.9%増)と戦後2番目に低い伸びとなったのである。しかし,83年には故アンドロポフ書記長の下に「経済改革」が実施され,一定の成果を示し,ソ連経済はその最悪期を脱したものとみられる。
アンドロポフの「経済改革」は,網紀粛正,労働規律の強化,テクノクラートの重用による人事刷新等で体制の引締めを図る一方で,消費財の供給拡大,サービスの改善,労働刺激システムの厳格な運用等によって労働者の生産意欲を高めようとするものであった。また,84年初より経済の効率化,生達向上を目指して,企業自主権の拡大等による「経済改革」が開始されている。84年2月アンドロポフ書記長の死去により,その後継者と共にその「経済改革」の動向が注目されていたが,現在のところアンドロポフの提案した「経済改革」は,新書記長の座に就いたチェルネンコによって引き継がれ,84年10月にはより拡大していく方向にあると発表されている。
こうした中で84年の経済計画は,支出国民所得が4,960億ルーブル(前年比2.6%増)と84年計画(同3.1%増)を達成することはできなかったが,これは農業総生産が前年並の生産にとどまったためである。工業総生産は前年比4.2%増(84年計画同3.8%増)と計画を超過達成したが,一方農業総生産(計画同6.4%増)は,前年比0.0%増にとどまった。農業は,6年連続の穀物生産の不振が大きく影響し前年並の生産となったが,工業は83年に引き続き比較的順調な伸びを示すなど経済面でやや明るさが増している。
なお,第11次5か年計画(1981~1985年)の達成は,ほぼ不可能な状態となっている。これは81年,82年が不振であったため第11次5か年計画最終年に当る85年に計画目標を達成したとしても,第11次5か年計画の成長目標を達成できないとみられているからである。
ソ連の工業は,近年慢性的な農業不作による軽・食品工業の停滞,燃料採取,鉄鋼,非鉄金属,建設資財等の基幹工業部門の不振のため計画目標を大幅に下回る低成長が続いていた。しかし83年には,工業総生産が5年振りに前年比4.0%増と83年計画目標(同3.2%増)を超過達成し,やや改善傾向を示した。各工業部門別でみてもほぼ年計画を上回る実績を示した。84年に入っても工業の生産活動は比較的順調な動きを示しており,工業総生産は83年に引き続き84年計画(前年比3.8%増)を超過達成し,同4.2%増となった(第10-1表参照)。
このように長期低落傾向にあったソ連の工業は,やや上向きとなり,82年を底に回復基調に入ったものとみられる。しかしながら,工業部門別では多くの問題点を抱えている。燃料採取部門においては,天然ガスが84年実績前年比10.0%増と順調な伸びを続ける一方で,石炭生産は同0.5%減,石油生産は0.6%減と前年の実績を下回る見込みと頭打ちの状態となっている(第10-2表参照)。
工業の労働生産性は83年,84年と2年連続して計画目標を達成し,84年は計画(前年比3.4%の上昇)を上回る同3.8%の上昇を示した。近年労働生産性の上昇には力が注がれている。これは今日労働人口の伸びが鈍化していることと深くかかわっている。第10-1図にみられるように,労働生産性の伸びと工業総生産の伸びは60年代~70年代にかけては大きく乖離していた。
すなわち,60~70年代にかけて工業総生産の伸びは,労働人口の増加,投資の増加等によるものが大きかったとみられるが,近年労働人口増加率の低下等のため労働生産性の上昇が工業総生産の増加に大きな影響を持つようになったためである。今日労働力不足に対処するため,単純作業の機械化,オートメーション化による労働生産性向上策が取られている。84年では工業総生産の伸びの93%が労働生産性の上昇によっていると報告されている。しかし,西側,特にアメリカと比較すると,ソ連の労働生産性は依然として低く,アメリカの55%の水準(83年)に達しているに過ぎない。これは,機械・設備の陳腐化,新技術導入の遅れ,流通面でのあい路等問題点は種々指摘できようが,アンドロポフの実施した「経済改革」の結果をみる限り,現在ソ連工業の抱える一番の問題点は,労働者のモラルの低下と,労働者の監督・管理体制にあるといえる。また労働者の労働意欲を高めるためのインセンティブが有効に働いていなかった点に求められよう。
労働生産性の上昇を図るためには,労働者を外面的に律する規律強化等の手段と,内的,すなわち自律的,自発的に労働者に労働意欲を持たせる政策が取られる必要がある。近年とられた労働インセンティブ政策の重点は賃金分配に置かれていたものとみられる。そのため労働者の所得水準は上昇していたが,消費財生産は近年低迷していた。消費財については,品質の面からも問題とされてきたがその量的側面からみても,第10-1図は消費財生産(グループB)と生産財生産(グループA)の伸びの推移を示したものであるが,全般的に生産財生産の伸びが消費財生産の伸びを上回っていたことがわかる。消費財生産が生産財生産を上回る伸びを示したのは過去68年~70年の間と81年~83年の間の2期間のみである。また計画も生産財中心の生産が重視されていたのであるが。近年においては,政策面から消費財生産に力を入れ始めたことにより81年以後3年連続消費財生産の伸びは生産財生産のそれを上回っている。国民レベルの生産意欲の低下,モラルの低下,消費生活における不満等に対処すべく取られた政策であるとみられる。
(2)農 業
ソ連の農業は,78年以降6年連続穀物生産が不振を極めており,近年の農業部門への多大な投資にもかかわらず改善の傾向はみられない(第10-3表参照)。農業総生産は83年前年比5.0%増(83年計画同10.5%増)と計画を大幅に下回った。84年も前年比0.0%増となり84年計画(同6.4%増)を大幅に下回ている。
83年の穀物生産は84年2月のチェルネンコ書記長の演説によると,1億9千万トン台とされており,計画目標(2億38百万トン)を大幅に下回ったものとなっている。84年についても1億7千万トン台と見込まれている(米農務省推計)。穀物生産不振の理由としては,耕地が極限にあり,天候不順,異常気象等に極めて弱いといった点があげられる。しかし,ソ連農民の農作物に対する配慮と技術的水準も問題となっている。実際近年ソ連における農業への投資増加率は全投資の増加率を上回り,そのシェアは20%を超え,さらに農業の全関連部門への投資を含めると,第11次5か年計画では27%にも達している。このような農業重視の姿勢にもかかわらず,協同体,国営による農業生産は伸び悩んでいる。しかし,一方私的副業経営による生産では比較的順調な成果をあげているものとみられている(もっとも私的副業経営による生産は穀物生産以外の野菜,食肉等の生産分野に限定されているが)。
穀物生産が不振なのに対して,畜産部門については順調な生産が報告されている。83年は食肉前年比3.9%増(史上最高の生産),ミルク同5.9%増,同卵3.2%増,となり,84年についても,各々前年比1.8%増,同1.2%増,同1.2%増と比較的堅調な伸びを示した。しかし,ソ連の畜産は,大量の穀物(飼料)輸入にささえられた生産増であるという一面がある。84年/85年での穀物輸入は5.000万トンに達すると推計されている(米農務省10月発表による)ように,畜産についても多くの問題を抱えていると言わざるを得ない。穀物生産は先に述べたように第11次5か年計画年平均2億3,800万トンに対し,83"年で約4千万トン,84年で,約7千万トンの不足と推計され,今後ともソ連農業は輸入穀物に大きく依存せざるを得ないとみられている。
(3)運 輸
経済計画の順調な遂行を妨げていた流通面のボトル・ネックは,83年に改善が示され,84年も改善傾向が続いているものとみられる。
総貨物取扱い高は82年に前年比1.2%増と計画(同3.0%増)を下回った後,83年には同4.8%増と計画(同3.6%増)を上回り,84年は計画(同3.1%増)やや下回る同2.9%増となった。
85年計画では,総貨物取扱い高前年比3.3%増,鉄道輸送同1.8%増が計画されており,本年以上に流通面でのボトル・ネックが解消していくことが強く期待されている。
なお,59年9月末バム鉄道の敷設が完了したが,これにより今後の東シベリア,極東関発,またそれらの地域における豊かな天然資源を利用した地域生産コンプレックスの大きな推進力となることが期待されている。
雇用面をみると,80年代に入って労働力の伸び悩みが顕在化している。労働者・職員数は,82年前年比1.1%増,83年同0.8%増となり,84年も同0,6%増となった。85年計画でも前年比0.4%増と小さな伸びが計画されている。このように労働力不足が問題化している一方で,企業の過剰雇用(生産計画達成のために企業は必要以上の労働力を抱えていると言われている)が問題視されている。
所得面をみれば,労働者・職員の月平均賃金は,82年前年比2.8%増,83年同2.4%増と計画を上回る実績を示し,84年も同2.5%増と計画(同2.2%増)をやや上回る見込みとなっている。また,コルホーズ農民の労働報酬は,同3%増と83年の同7%増という高い伸びは下回ったものの,計画(同3%増)は達成したものと見込まれる。
所得のこうした伸びにもかかわらず消費は,低調に推移している。小売売上高(国営・協同組合商業)は,82年前年比0.1%増(計画同3.1%増),83年同2.7%増(同,同5.4%増)と計画を下回り84年も同4.2%増と計画(同,5.4%増)を下回ったが,前年に比べ比較的高い伸びをみせやや回復のきざしもみられる。
生活サービス供与額(修理等サービスによる売り上げ額)は,83年前年比6%増,84年は同5.8%増となっている。
物価は,自由市場(ルイノック)を除いて固定制がとられているため市場経済圏に比べ極めて安定している。しかし,国家の歳出に占める農産品等の買い付け価格への補助金の割合が年々高まっていることから,問題視されるところである。
83年の貿易をみると,輸出(金額ベース,ルーブル,以下同じ)は前年比7.5%増,輸入は同5.6%増といずれも82年に比べて増勢が鈍化した(第10‐4表)。
地域別にみると,対西側先進工業諸国では,輸出が前年比4.2%増,輸入は同0.9%減と伸び悩んだ(82年はそれぞれ9.3%増,4.3%増)。この結果西側先進工業諸国との貿易収支は,82年の0.4億ルーブル(0.6億ドル)の赤字から83年には9億ルーブル(12.1億ドル)の黒字に転じた。社会主義諸国向けは,輸出前年比10.5%増,輸入同9.3%増,発展途上諸国向けは,同,同3.4%増,同,同7.0%増となった。
84年の貿易は83年に引き続き順調に推移しているものとみられ84年1-9月の動向をみると,輸出が前年同期比9.8%増,輸入が6.1%増となった。地域別にみると対社会主義諸国向けでは,輸出が同12.8%増,輸入が同12.4%増と大幅な伸びを示し,貿易総額でも同12.6%の増加となっている。しかし対西側先進工業諸国向けでは,貿易総額で同4.4%増と小幅な伸びに止った。これは,輸出がエネルギ輸出の増大に伴い同11.7%増大と大幅な増加となった一方,輸入が同2.8%減と落ち込んだためである。対発展途上国向けでは,輸出入とも小幅ながら減少を示した。貿易収支は,全体で約62億2,900万ルーブルの黒字となり,対西側先進工業諸国向けでも約17億4,300万ルーブル(約22億ドル)の黒字となった。
次に地域別ウェイトの推移をみると,第10-2図からみて取れるように,78年以降対コメコン地域貿易がシェアを減少させ50%を切っていたが,81年以降では反転してそのシェアを増大させ84年1-9月では約53%を占めている。対西側先進諸国貿易のシェアは,80年までは増大傾向を示したが,それ以降では減少している。これは,70年代のデタントの進展に伴い東西間での貿易が活発化していたのが,79年ソ連のアフガニスタン侵攻,80年のポーランド危機により大きな影響を受けたことによるとみられる。
第11次5か年計画の最終年に当たる85年経済計画は,84年同様,経済効率の改善を中心課題としている。85年計画は,84年実績を重視し,従来の低成長路線上にある。
85年計画によると,支出国民所得前年比3.5%増,工業総生産同3.9%増,うち,生産財生産同3.9%増,消費財生産同4%増としている。注目される石油生産については2%増と計画しているが,84年の実績からみて達成は不安視されている。また,工業における労働生産性の上昇は,同3.7%の上昇と計画されている。
85年経済計画の資金計画を為す85年国家予算は,歳入3,917億ルーブル(前年比7.1%増),歳出3,915億ルーブル(同7.1%増)と84年予算(前年比各々同3.3%増)に比べ高い伸びとなった(第10-5表)。予算構造をみると歳入では,利潤納付,取引税等の社会主義経済からの収入が91.9%を占め,所得税等の国民からの収入が8.1%となっている。
歳出面では,85年国家予算において大きな変化がみられた。近年防衛費は,国家予算上では徴減していたのであるが,85年は前年比11.8%増と大幅な増加となっておりこの対外面に与える影響は大きいものとみられる。もとよりソ連の軍事支出については防衛費として予算に計上されるものばかりではなく不明な点が多いが,予算上では近年前年同額としてみかけ上のシェアは低下させていたが,85年予算で12年振りに予算で大幅な伸びを示したことは対外的影響を考えたものであろう。85年はチェルネンコ現政権にとって最初の予算であることから,同政権の特色を出したいところであったとみられ,軍事費の大幅につながったともみられる。ソ連経済は83年,84年と回善傾向ずにあることから,経済に大きな影響を与える軍事支出の増加は経済的には望ましいとはいえず,今後とも国際環境および国内経済をにらんだ政策運営が望まれる。
中国では,78年に承認された「国民経済発展10か年計画(76~85年)」の下で,非現実的な高目標を達成するため78年より大規模な投資が行われた。しかし,これにより経済各部門の不均衡が拡大したため,79年から経済調整期に入り,無理な経済運営をやめ,経済全般のバランスをとることをめざした。82年には2,000年の工農業総生産額を80年の4倍にするとの目標が決定され,前半10年を基礎造りにあて,後半10年に生産を大きく伸ばすとの方針が出された。
83年は第6次5か年計画(81~85年)の3年めにあたったが,工農業総生産額及び食糧,綿花,油料作物(落花生,菜種,ごま等),石炭,原油,鋼材など主要製品33品目の生産は85年目標を達成した。84年も生産増加は持続し,通年の工農業総生産額は初めて1兆元を越えると推計されている。社会総生産額,工農業総生産額,国民収入,食糧,綿花・油料作物及び40数種の主要工業製品の生産量は85年目標を達成したとされている。
経済が比較的好調に推移する中で,84年はいくつかの改革が施行された。
84年の改革は5月の全国人民代表大会における趙首相の政府活動報告の方針に沿った,都市を中心とした改革と対外開放の一層の推進が主であったといえよう。企業にインセンティブを与えるため,国営工業企業に経営の自主権を与え,10月からは税の種類に改善を加えるとともに国営企業を全面的に納税制に移行させた。これらの改革の効果もあって企業の収益は改善されつつあり,それにつれて国家の財政収入も増加している。84年1~10月の財政収入は前年同期に比べ19%増加したとされている。また10月の共産党中央委員会で採択された経済体制改革の決定は,従来の社会主義下の経済は商品経済ではないという考えを改めるなど理論的な変化がみられる思い切ったものであった。この改革が具体的にどのように実施されるかに,中国経済の今後がかかっているといえよう。
現在の中国経済の障害となっているものは,(1)輸送能力が経済発展による需要増加に大きく立ち遅れていること,(2)電力が不足していること,(3)軽工業品・紡績品等の生産が市場の要求にみあわないこと,(4)小売物価,特に野菜・果物・水産物の価格の上昇が大きいこと,(5)新しい産業や技術開発を進めるにあたって資金・物資・技術不足等の面から制約を受けていることなどであるとされている。
83年の工農業総生産額は第6次5か年計画年平均増加率(4%)を大幅に上回り,前年比9%増となった(第11-1表)。
農業総生産額は家族経営を主とした生産量リンク請負責任制の普及による生産意欲の向上,農業技術の普及,作物の成育後期に比較的天候に恵まれたこと等により,前年比9.5%増となった(第11-2表)。食糧生産は前年比9.2%増,3.9億トンの記録的水準となった。経済作物では,計画的に作付面積が削減された油料作物の生産が前年比10.7%減少し,糖料作物は災害のため同7.5%減少したが,綿花は同28.9%増加した。また,林業,牧畜業,漁業,副業の生産も各々同10.2%,3.9%,8.7%,19.6%増加した。84年は夏季収穫食糧(冬小麦中心で年間食糧生産の約2割を占める)と早稲は750万トンの増収となった。年間食糧生産量は過去最高の前年を上回り,4億トン以上となった。綿花は前年比約2割増の550トンとなり,菜種が作付面積の減少により前年に比べ減少したものの油料作物は,前年比約4%の増加となった。また糖料作物,たばこ等も前年に比べ増産となった。畜産・副業等の生産も前年に比べ増加すると見込まれている。しかし農産物の豊作は,政府買い上げ価格と売り渡し価格の逆ざやにより,財政負担に結びつくものであり,この点が問題視されている。農業労働生産性にも向上がみられ,販売に出される農業・副業生産物の増加がみられる。一方,非農業部門への余剰労働力の流出もあり,工業,建築業,商業,飲食業等からの収入は1~9月で前年同期比20.7%増となっている(3万戸のサンプル調査)。専業農家も規模が拡大しており,経済効率も向上しているとされる。特徴としては①経営内容が多様化しており,輸送業・商業等にも及んでいる。②専門化がみられ,従来の副業から企業化の方向にある,等が挙げられている。
84年初に「農村工作に関する通達」が出された。主な内容は土地請負期間を一般に15年以上とする。専業農家の保護,商品生産の促進など,経営,販売など多方面で自由化が進められている。また,農村部の工業(飼料工業,食品工業,建築・建材業,小型エネルギー産業等)の発展を奨励している。
農村部での工業は,遠隔地との原材料及び製品の輸送等の節約の効果も期待され,また農村の余剰労働力の吸収にも役立つことから,今後の発展が注目される。
鉱工業総生産額は83年前年比10.5%増となった。84年に入り1月前年同月比8%増のあと各月とも二桁台の伸びを示し,1~11月で前年同期比13.1%増となった(第11-3表)。軽工業は同12.7%増,重工業同13.5%増とバランスがとれており,調整期以前の重工業偏重は改善されている。原油生産は84年通年では1.1億トンの大台を越すとみられ,1~11月で石炭前年同期比9.9%増,発電量同7.1%増となっている。ミシン,綿布など滞貨がみられる10数種の生産品を除き,大部分の生産品は前年を大幅に上回ったとされている。需要の多い冷蔵庫,カラーテレビ等の生産が急増しており,テープレコーダー,洗濯機,カメラ,扇風機,ビール等の生産が好調である。
84年1~11月の国営工業企業の労働生産性は前年同期に比べ8.5%上昇した。国家予算内の工業企業の国家への上納利潤と税は前年同期に比べ11.6%増加した。これは対象内の工業総生産額の増加幅(10.5%)より大きくなっている。一方赤字企業の欠損額は前年同期に比べ約20%減少している。このような経済効率の向上は,経済体制改革や技術改善がもたらしたものとされる。
なお,85年から工場長に任期制が導入される(一期最多が4年,連続3期を越えない)。
83年の全社会固定資産投資総額は前年比14.1%増加した。このうち国営企業の投資,集団(都市,農村)所有制企業の投資,個人による住宅建設投資の占める割合は各々69.5%,11.4%,19.1%であった(82年各々70.4%,14.5%,15.1%)。83年の国営企業の基本建設投資総額は前年比6.9%増の594億元となった(当初見積り507億元から580億元に修正)。うち国家予算内投資346億元,国家予算外(自己調達資金,国内融資)投資は248億元となっている。エネルギー・輸送部門に力を入れ,また計画外プロジェクトの建設を停止する,70の重点プロジェクトを優先的に進める等により,投資規模の抑制は効果を収めたと評価されている。エネルギー産業,輸送通信部門向けは,前年比24.8%,36.4%増加し,基本建設投資総額に占める割合は21.3%,13.1%となった(82年各々18.3%,10.3%)。また国営企業の更新改造投資は前年比23.4%増加した。
84年1~11月の国営企業の基本建設投資総額は前年同期比21.4%増の553億元に達しており,通年では730億元を越えると推計されている(前年比約22%増)。深しん,珠海,汕頭,厦門の4経済特区では1~9月に施工したプロジェクトが650余になり,投資額は前年同期に比べ2.2倍の12.5億元に達している。エネルギー・輸送部門等への投資も成果を収めているとされる。また,既存企業の技術改善に力が入れられており,更新改造投資は通年で300余億元になるとみられる(83年358直元)。工業生産が好伸する状況にあって新規の基本建設投資が過熱することを懸念する向きもあり,85年も既存企業の設備の更新改善が奨励される様子である。
84年から建築業に投資請負制と入札請負制が導入された。入札請負制の実施により工期が一般に20%短縮され,工費も6~8%下がったとされる。建築業内部でも各種形態の請負責任制が採られている。
国営企業と集団所有制企業の職員・労働者の賃金総額は83年前年比6%増(国営企業同5.5%増,集団所有制企業同7.7%増)であった。このうち奨励金と出来高超過賃金は同10.9%増となっており,これらが増加要因となっているとみられる。84年上期の賃金総額は前年同期比9.2%の大幅増となっている。平均賃金でみると83年国営企業は前年比3.5%増と集団所有制企業の40%増に及ばないが,実額では865元と集団所有制企業(698元)を上回っている。
戸別の生産責任制が普及し,自由化が進められたこと等から農民一人当たり年収は83年前年比14.7%増加した(82年同20.9%増)。このうち家庭副業収入の占める割合は36.2%と82年(38.0%)に続き大きなシェアを占めている。84年上期の農業・副業生産物の買い付け支給金額も前年同期比8.1%増加した。
生産増加による供給増加,所得増加等のため,消費も好調に増加している。商品小売総額は84年1~11月前年同期比15.8%と急増している(83年前年比10.9%増)。購買力が高まるにつれ食料,衣料等の需要も多様化,高級化がみられる。また,扇風機,テレビ,テープレコーダー,洗濯機,冷蔵庫の増加は前年同期比50%以上と目立っている。また土地請負期間が延長されたことにより土地への投資が高まったこともあって,農業用生産材料は84年1~11月前年同期比11.9%増加した。農機具においても変化がみられ,従来のハンドトラクターよりも小型四輪トラクター,大中型トラクター等の需要が多くなっている。化学肥料も量より質への需要変化がみられる。
流通体制の改革により,多様な経営方式,流通網を形成・模索しつつある。農村では購買販売協同組合を官営から民営に移行させ,サービス業としての性格を強めることとした。また4万余の国営小型小売商店・飲食店の12%を集団所有制に,8%を個人リースに移行する等の方策もとられた。
83年の輸出(通関ベース・元建て)は前年比5.8%増,輸入は同17.9%増,貿易収支は16.5億元の黒字であった(第11-4表,第11-5表)。輸出品目別でみると,工業製品の占める割合が82年の55%から56.7%に,一次産品は45%から43.3%になった。輸入は工業製品が60.4%から72.8%に,一次産品は39.6%から27.2%になった。84年1~11月では輸出(通関ベース・ドル建て)前年同期比16.9%増,輸入同22.9%増となっている。品目別でみると,輸出では穀物,油料作物,茶,紡績繊維品,石油及び同製品等の増加が大きく,輸入では食糧,綿,食用油,砂糖等が減少する一方,木材,パルプ,化学繊維,鉄鉱砂などの工業原材料及び鋼材,自動車,テレビ,化学工業製品等の増加が大きい。相手国別では日本,アメリカ,オーストラリア,ASEAN諸国,ソ連,香港・マカオ等との貿易額が増加した。対日貿易は84年では100億ドルを越え,記録的水準となると見通されている。また香港の対中輸出は84年1~9月前年同期比80%増,再輸出同129%増,輸入同42%増とそれぞれ急増しているとされ,中国にとっても香港からのあるいは香港を中継とした輸出入が更に大きなウェイトを占めつつあるとみられる。
83年には,アメリカの中国繊維製品輸入規制を受けて米国産農産物の輸入を規制したが,84年もアメリカの繊維製品輸入の際の原産地証明による規制が,中国の輸出に影響を及ぼしているとみられる。他方,中国の食糧の豊作が続いており,米中穀物協定の83・84年分輸入量達成は難しいとの見方もある。
なお,中国は84年初にガットの繊維製品国際貿易取り決め(MFA)に加入した。11月初にガット理事会は,中国に理事会オブザーバーの地位を与えることを承認した。
外資利用額は83年19.6億ドルで,このうち各種融資が10.5億ドル,外国の直接投資が9.1億ドルであった。84年1~9月の外資利用額は前年同期の約2倍の16.6億ドルに達している(うち各種融資9.8億ドル,外国の直接投資6.8億ドル)。この他に新規契約19.1億ドルが締結された。また新規に批准した外国との合資企業は239件で,これは過去5年間の合計より多くなっている。
既存の深しん,珠海,汕頭,厦門の4経済特区の成果を踏まえ,これらに加え新たに14の沿海港湾都市を指定し,外国に開発区として開放することが84年5月に決定された(第11-1図)。これらの地区では関税,租税等の面で外国企業を優遇する一方,外資を積極的に利用すること,海外の新技術を導入することが目的とされている。国務院は11月中旬「経済特区および沿海14港湾都市における企業所得税と工商統一税の減免に関する暫定規定」を公布した。これには優遇されるに必要な条件及び優遇内容が決められている。また,11月初旬に香港で外国の経済人を集め開発都市投資懇談会を開くなど積極的な動きがみられる。
中国共産党第12期中央委員会第3回総会で84年10月20日こ「経済体制改革に関する中共中央の決定」が採択された。同決定は①経済体制改革のさし迫った必要性,②改革の目的-生気にみちた社会主義経済体制の確立,③企業の活力の増強,④価値法則を運用する計画体制の確立と社会主義商品経済の発展,⑤合理的な価格体系の確立,⑥行政機構と企業の職責の分離と政府機構の正しい経済管理機能の発揮,⑦多様な形態の経済責任制の確立と労働に応じた分配の原則の貫徹,⑧多様な経済形式の発展と対外・国内経済技術交流の拡大,⑨新しい世代の人材起用と経済管理幹部の養成,⑩党の指導の強化と改革の順調な進展の保障,の10項目から成っている。今決定は主に都市部の経済体制改革についてであるが,これは78年の第11期中央委員会第3回総会で決定された農村の改革に対応するものといえる。農村部の改革により農業生産が大幅に増加したという実績を評価し,それに適合していくためにも都市部の改革の必要があると判断されている。企業経営の自主性の強化,指令性計画から指導性計画へ,市場メカニズムの導入などラディカルな内容となっているが,内外で最も注目されているのは不合理な価格体系の是正に関してである。農産物の売買逆ザヤは大きな財政負担となっており,原材料・エネルギーの不自然におさえられた低価格は経済効率向上の障害になっていると指適されている。当初,価格体系の改革は90年代に行うとされていたようであるが,具体的政策は発表されていないものの,改革に関し今決定で言及している。一時的に多少の物価の混乱があっても乗り越えるべきであるとの見方もあり,今後の動向が注目される。またこの改革を成功裡に進めるには,政府の充分な準備が必要とみられる。
第6次5か年計画は85年をもって終了する。当初,計画では工農業総生産額の年平均伸び率は4~5%とされていたが,現在では7~8%に達すると見通されている。現在86年からの第7次5か年計画が策定中である。2,000年の工農業総生産額4倍増(80年比)を達成するため,1991年からの10年間の経済発展の基礎固めがこの期間の主たる目標である。計画は具体的には以下のような内容になるとされている。①農業の重視と市場の需要に応じた農業構造の変化,②エネルギー・輸送の総合的な発展,③消費財生産の増産の奨励,④電力・輸送部門など経済全般にかかわる新規建設の投資を除き大部分は既存企業の改善と拡充へ,⑤産業構造の調整,第三次産業の発展,⑥人材育成,⑦対外開放の促進と対外経済技術交流・協力の拡大。