昭和58年
年次世界経済報告
世界に広がる景気回復の輪
昭和58年12月20日
経済企画庁
1983年は,国別,地域別のは行性は大きいものの全体として世界経済が3年続きの不況からようやく脱出し始めた年であった。また,先進諸国でこれまで推進されてきた経済再活性化政策がある程度の成果をもたらした年でもあった。インフレの鎮静化,減税策の実施等から国内民間需要が拡大し,アメリカを中心としたいくつかの先進国で景気回復が始まった。そして,アメリカ等の景気回復は他の国へ広がっていった。他方,インフレ率が依然高水準であったり,あるいは累積債務を抱えている多くの国々では景気不振からなお脱却できないでいる。貿易を通じる景気回復の波及も,例えば対米輸出依存度,主力輸出商品の差などによってすべての国に均てんしているわけではない。また,アメリカの大幅な財政赤字を主因とする高金利が為替相場の動きを通じて他の国に波及し,景気回復の足かせとなっている。
アメリカの景気回復が今回の世界経済の回復過程の主役である。アメリカ経済は,当初考えられていたよりもはるかに力強い回復を示している。インフレの鎮静化は,消費者や企業家のコンフィデンスを回復させるなど,国内民間需要の回復に大きく貢献している。これに加え,経済再活性化をねらった大幅減税策が結果的にはかなりの需要を喚起したものと思われる。この結果,失業率も依然高水準であるものの低下傾向にある。景気回復速度に関する政府,民間の予想は共に次々と上方に修正されてきている。
しかし,大幅減税の結果生じた財政赤字は史上空前と呼ばれる程大きなものであり,民間純貯蓄のほとんどを吸収してしまっている。このため,急速な景気回復に伴い民間の資金需要が盛り上がってくる場合,クラウディング・アウトが起こるのではないかという懸念が存在する。また,政治的理由から有効な赤字削減対策はとられず,財政赤字がマネー・サプライの増大によってファイナンスされようとする場合にはインフレが再燃する恐れが強い。こうした要因から金利がなかなか低下せず,物価上昇率で割引いた実質金利はむしろ上昇している。この高金利を背景にドル高が続いている。ドル高に加え,対中南米,中東輸出が不振なこと,景気回復に伴い輸入が増加していることから経常収支の赤字幅が拡大している。それに高失業,大統領選挙の接近が加わり,保護貿易主義的圧力はなお強いままである。
アメリカの景気拡大が息の長いものとなるためには,インフレが再燃せず,また既に回復に転じた設備投資が本格的に盛り上がってくることが必要不可欠である。この点に関し,財政赤字の動向,景気回復速度,金利水準のゆくえがカギを握っている。
西ヨーロッパは二極分化の様相を濃くしており,全体としての景気回復力は弱い。インフレが鎮静化した西ドイツ,イギリスでは政策効果もあって国内民間需要中心の緩やかな景気回復が続いている。一方,フランス,イタリアではインフレがなお高水準であり景気停滞から脱出できないでいる。西ヨーロッパの雇用情勢をみると,単に失業率が高いのみならず,若年失業,長期失業の比重が大きくかつ拡大している,という問題があり,その社会的影響は深刻である。これに加え,技術先端産業が弱いという産業問題もあり,保護貿易主義的圧力は強まる恐れすらある。
発展途上国(又は地域)をみると,インフレの鎮静化,アメリカ向け輸出の増加等から韓国,台湾など東アジアの一部では景気回復に転じているが,多くは様々な経済困難に直面している。まず,比較的工業化の進んだ新興工業国を中心に累積債務問題が非常に重い足かせとなっている。更に,後発途上国では人口圧力や異常天候による農産物の不作などのため大きな経済困難に悩んでいる国が少なくない。産油国も,83年央以降石油生産が増加するなど最悪期からは脱出したとみられるものの,全体として経常収支赤字は83年に更に拡大する見通しである。このため財政規模の縮小,投資の中止や繰り延べなどが続いている。
このために南北格差が拡大しているものと思われる。
アメリカを中心とした先進諸国の景気回復によって,先進国の貿易は83年に入って増加に転じた。アメリカ,イギリス,西ドイツ等では景気回復に伴い輸入が増加傾向にあり,景気回復の波及が始まっている。しかし,主力輸出先国,主力輸出商品の差によって,各国が受ける波及効果は様々である。
例えば,カナダ,韓国,メキシコなど,回復力の強いアメリカ向け輸出の比率が高い国ほど直接的波及効果が大きいため有利である。
一方,累積債務,保護貿易主義による輸入の抑制は,貿易を通じる景気波及の好循環を阻害する可能性がある。
以上のような,貿易を通じる経済現象の波及の外に金融面からの波及がある。アメリカの高金利は為替相場の動きを通じて他の国に広がり,景気回復の足かせとなっている。
一方,西側とは体制を異にする共産圏経済も,83年に入って生産活動に明るさがみられる。中国では工業生産が増勢を強め,食糧生産も史上最高の豊作が見込まれている。ソ連でも,工業生産が年計画目標を上回って増加しており,農業生産も前年より回復するものと予想されている。東ヨーロッパ諸国では総じて対西側債務負担軽減のための努力が次第に成果をあげつつある。しかし,大幅な軍事負担の下で,生産効率の悪化などの構造的な問題はまだ根本的には解決されていず,このため,各国ともその国の事情に応じながら経済調整を進めている。
このように世界経済は,先進国を中心に極めて困難な状況からようやく立直り始めている。この明るさを確実なものにすると同時に,各国,各地域へ広げていかなければならない。また,70年代に動揺した世界経済の秩序を安定的なものに再建することが80年代に課せられた重大な任務である。
そのための第一の課題は先進国のインフレなき持続的成長を実現することである。
①まず大きな犠牲を払って得た物価の安定は,決して失ってはならない。
政府は,適切な財政金融政策の運営により,景気回復に伴うインフレ期待の復活を許してはならない。
②次に,設備投資の回復はより確実なものにならなければならない。設備投資は持続的成長のエンジンであり,生産性上昇を確保するうえで必要なものである。設備投資は,企業家の投資意欲にも左右される面があるため,企業家のコンフィデンスを損わぬ政策スタンスを継続し,将来の不確実性を取り除いていくことが重要と考えられる。また,経営者側には活発な企業家精神の発揮が求められる。同時に賃金の上昇が生産性の上昇に見合うものにとどまることが非常に大切である。一方,技術革新の投資刺激効果に期待がもたれるだけに,研究開発努力が企業,政府の両レベルで推進されなければならない。
③経済再活性化のための努力が継続されねばならない。今までの努力は,物価の安定,労働市場の硬直性のある程度の緩和,財政赤字の縮小など一部に成果をもたらした。しかし,インフレが高水準であり,あるいは財政赤字が大幅な国も依然少なくなく一層の努力が必要である。この点に関し強く望まれるのが,アメリカにおける財政赤字の縮小である。それは,インフレ期待を抑制し,あるいは高金利を是正することにより持続的成長を促がす。
またアメリカの高金利是正は他の国の金利引下げを可能にし,設備投資促進に貢献することになると思われる。
④これまでの消費国側における産業構造の変化,省エネルギーの進展,石油代替エネルギーの導入,景気回復の遅れ等により,国際石油情勢は緩和基調にて推移し原油価格も低下している。但し,特に1990年代には再び国際的な石油需給がひっ迫化し,価格も上昇する可能性が高いとの見方が一般的である。消費国としては,省エネルギー・代替エネルギーの開発等これまでの政策努力を今後も着実に進めていくとともに,国際石油市場の安定化に資すべく,産油国とエネルギー需給見通し,世界経済の情勢等に関し意見交換を進めていくことも必要であろう。
⑤他方,失業問題にも配慮することを忘れてはならない。若年者失業,長期失業の増加は健全な社会を損う恐れがあり,雇用の確保・拡大努力が求められる。
第二の課題は,アメリカ等で始まった景気回復を他の国地域へ確実に広げることである。これは,一国で対処できることでなく,国際的な協力が必要な課題である。
①まず保護貿易主義的措置の拡大に歯止めをかけ,自由貿易体制を堅持しなければならない。アメリカでは,失業率がなお高いうえに,経常収支の大幅赤字予想,ドル高(アメリカ商品の競争力の低下)に対する不満,大統領選挙の接近という保護貿易主義促進要因がある。一方,西ヨーロッパの失業問題はより深刻であり,技術先端産業が弱いといった問題も抱えているため,保護貿易主義への誘惑が強い。もし先進国が保護貿易主義的措置を拡大すれば,景気回復が発展途上国へ波及することを妨げることになる。また,それは先進国の経済再活性化を遅らせることにもなりかねない。このため,82年のGATT閣僚会議の宣言を最大限に尊重しつつ自由貿易主義体制の維持・強化に努めねばならない。
②次に累積債務問題を解決しなければならない。この問題は,放置すれば国際金融の危機を招き,世界経済を混乱に陥らせかねない。債務国,債権国,民間銀行,IMF等の協力に基づいて,債務繰り延べを実施するなどして,当面の債務国の金融危機の発生は未然に阻止しなければならない。より長期的には,債務国が輸出によって債務返済のための外貨を獲得しなければ,この問題は解決されない。このためには債務国の自助努力に加え,先進国の成長と市場開放の努力が必要である。逆に債務国が過度に輸入制限を強いられれば,先進国の輸出市場は狭まり,縮小均衡の悪循環に陥ることになりかねない。
第三の課題は,安定的な世界経済の秩序を,国際的な協力の下で再建することである。既に述べた経済再活性化,自由貿易体制の堅持,累積債務問題の解決等は,この課題の達成にも資するものである。このほかに次の問題がある。
①国際通貨の安定が求められる。これに関しては,現在83年5月のウィリアムズバーグ・サミットの合意を踏まえ,国際通貨制度の機能の改善に必要な諸条件が検討されている。また,83年夏に,アメリカを含む主要通貨国による協調介入が実施され,一応の成果を得た。今後も適時適切な協調介入が望まれる。
②南北協力を推進しなければならない。南北格差は再び拡大している。南北協力,特に経済協力は単に人道的要請からのみならず,世界全体の経済社会システムが安定的に発展していくうえで必要不可欠なものである。発展途上国側の自助努力と共に,先進国側としても,自由貿易体制の維持強化,積極的調整政策の推進,一次産品価格安定総合計画の実現,発展途上国に対する必要な資金の流れの確保などに積極的に取組まねばならない。特に最貧途上国においては十分な民間資金の獲得が期待できない場合が多く政府開発援助の拡充によってこれらの国々の困難に対処する必要がある。この関連で軍縮により生じた各種資源の有効利用の重要性が指摘しうる。もとより軍縮は各国の安全保障と密接に結びついたものである。しかしながら,各国の安全保障を損うことのない軍縮が実現できるならば,それにより生じた余力を各国とも自国経済の再活性化に利用するとともに,途上国の開発のためにも活用することが,世界平和はもとより,世界経済の発展と安定のためにも強く望まれる。
最後に,世界経済に占める地位が極めて高くなった我が国の果たすべき責務は大きい。我が国は貿易,国際金融等の相互間の関係を勘案し,これらに関連する国際機関の機能及び連携の強化等を図るとともに,南北対話を含めた国際的な協議の推進に積極的に貢献するなどの努力をする必要がある。
更に,内需を中心とした適度な経済成長と貿易の拡大均衡を目指した経済運営を行うとともに,市場の開放,輸入促進,産業協力,経済協力等の積極的推進,我が国金融・資本市場の国際的役割の増大に対応した資本交流の促進などを図らねばならない。