昭和55年

年次世界経済報告

石油危機への対応と1980年代の課題

昭和55年12月9日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

I 1979-80年の主要国経済

第1章 アメリカ:金利乱高下下の後退と回復

1. 概  観

75年から78年まで順調な拡大を続けたアメリカ経済は,79年に入り年初の寒波から,実質GNPの前期比年率伸び率で,第1四半期が3.9%とその拡大テンポをややゆるめ,4~6月期はガソリン・パニック等が影響し,同前期比伸び率がΔ1.7%とマイナス成長を記録した。

その後高進するインフレを防ぐため,引締め政策が強化されたこと等から,アメリカ経済は個人消費を中心に景気後退過程に入るものとみられたものの,ガソリン不足の解消や貯蓄率を低下させ,消費者ローン借入れを増加させて堅調を維持した個人消費,さらには設備投資,輸出の根強さ等も手伝って第3四半期,第4四半期と拡大をつづけ,79年平均実質GNP成長率3.2%を記録した。しかし80年に入り,従来からの住宅建築の減少に加え2,3月の小売売上等の減少にみる個人消費の弱まり等が表面化しはじめ,80年第1四半期をピークとして第2四半期には,実質GNP前期比年率マイナス9.9%と大幅な落ちこみをみせた。これは市中金利の高騰と80年3月に導入された消費者信用規制によるものであったが,これらが低下あるいは緩和,撤廃されるにつれて第3四半期には早くもプラス成長と回復に向い,第4四半期も実質GNP前期比年率で5.0%の大幅上昇を記録したが,年平均では△0.1%のマイナス成長となった。(以上第1-1表)(なお,アメリカのGNP統計は80年12月のベンチマーク改訂により大幅修正された。)

第1-1表 アメリカの実質GNP動向

雇用情勢は79年に民間雇用者が26万人増加したのにつづき,80年は,夏場に雇用者の減少,失業者の増大をみたが,年間で33万人の雇用増を記録した。しかし景気後退により失業も増大し,失業率は79年の5.8%から80年の7.1%と悪化した。

物価は79年より一段と上昇し,完成財卸売物価は,79年の11.1%が80年に13.3%,消費者物価は79年の11.3%が80年に13.5%と急騰した。

貿易収支赤字幅は,石油輸入量の大幅減少を主因とする輸入の伸び悩みから大きく減少した。また経常収支も貿易収支の改善,投資収益の好調等により80年第3四半期には49億ドルの黒字となった。以上のような経済情勢の中で,80年11月に行われた大統領選挙の結果,今後のアメリカ経済の舵とりは民主党のカーター前大統領の手から共和党のレーガン大統領の手に移されることになった。

2. 需要動向

(1) 個人消費

総論篇の第1章第3節で述べているように,個人消費は79年中に既に内実としては悪化していた。すなわち実質可処分所得は,インフレの高進から頭打ち状態であったにもかかわらず,インフレ期待による買い急ぎが,消費者ローン借入れを増大させ,貯蓄を引き下げることによって可能となっていたからである(第1-1図,第1-1表)。このためインフレが高騰し,実質可処分所得が0.8%の伸びとなった79年10~12月には,個人消費は同7~9月よりも年率1.1%低下し,さらに,80年に入って金利が一段と高騰し,消費者ローンの新規借入れを急減させざるを得なくなった1~3月期には,個人消費の伸び率は前期比年率0.8%に低下した。そして実質個人可処分所得が前月から既にマイナスに転じ,市中金利の一段の高騰もあり,一層の消費の減少が予測されていた3月に,あらためて消費者信用規制措置の追打ちがあったため,4~6月期には個人消費は前期比年率9.8%の大幅下落となった。その後金利の急落,インフレ騰勢鈍化,7月の社会保障給付の支払等による実質可処分所得の増加,消費者ローン利用の再拡大等により7~9月,10~12月,それぞれ5.1%,5.3%の伸びをみせた。財別にみた場合,この過程は耐久財消費の推移に集約してあらわれたといえる。そしてその中でも乗用車販売台数の増減がその間の経緯を物語っている(第1-2表)。

第1-1図 家計割賦信用支払率の推移

第1-2表 米乗用車販売台数の推移

(2) 予測に反して急落した設備投資

79年10,11月の商務省設備投資予測調査では,80年は上半期実質で前期比1.5%増,同前年同期比約4%増という結果が出ていたが,実績はマイナス2.8%及びマイナス0.5%となり,80年平均伸び率もマイナス3.4%と79年の同6.5%増から大きく減少した(第1-2図,第1-1表)。これは,80年年初をピークとして消費,生産が低落するに伴った稼動率の低下(80年1月の83.9%から同7月の74.9%へ),企業税引後利益の急落(80年第1四半期年率1,580億ドルから同第2四半期の1,271億ドルヘ,19.6%の減小)さらに長期金利の上昇,インフレ急騰による先行き見通し難等によるものと考えられる。もっとも80年後半の景気回復とともに稼動率も11月には79.6%へと上昇してきており,税引後利益の増加もみられ,さらに非軍需資本財受注も80年9月から増加基調にある。商務省の10~11月実施の設備投資計画調査によれば,81年上期は,80年下期に対し名目7.3%増,実質でも2.5%増と緩やかながら回復が見込まれているのもこれらの事情を反映しているものと思われる。

第1-2-2図 実質設備投資の推移

(3) 金利高騰で急減した住宅投資

民間住宅投資(実質GNPベース)は78年に前年比3.0%の伸びをみたのち,79年は住宅抵当金利の上昇,住宅金融機関の資金枯渇等も手伝って,全期にわたって減少し,新規民間住宅着工件数でも175万戸にとどまった。80年になって住宅抵当金利は一段と上昇を続けた(第1-3表)。このため住宅投資は,80年第1,第2四半期にそれぞれ前期比年率でマイナス24.3%,マイナス60.0%の大幅減少をみた(第1-1表)。住宅着工件数でみると80年1月の年率142万戸から5月の同91万戸へ急減している。(第1-4表)その後夏場に金利がやや低下し,その結果,7~9月にGNPレベルの投資は前期比年率15.7%の増加となり,10~12月期もさらに大きく同54.1%の伸びをみせた。着工件数も9月以来年率150万台を維持している。もつとも年末にかけて再び金利は高騰しており住宅投資も再び減少のおそれなしとしない。また最近の住宅建築の特長として一戸建住宅の減少,共同住宅の増加があげられよう。

第1-3表 住宅担当金利の推移

第1-4表 新規民間住宅着工件数

(4) 在庫増は短期に終了

79年後半の生産の伸び悩みと旺盛な需要から,実質GNPベースで,同年7~9月に76億ドルへと縮少した在庫投資は,10~12月に7億ドルの減少に転じ,需要が減少し始めたものの,生産も低下を始めた80年1~3月には,さらに9億ドル減少した。しかし,4~6月に,急激な需要の落込みから13億ドルの増加をみせ,この期の実質GNPを0.6%増加させた。その後景気の回復とともに再び7~9月に50億ドルの取崩しが行われたあと生産の増大から,10~12月は2億ドルのマイナスへと増勢をとり戻した(第1-1表)。この経緯を在庫率でみると(第1-3図)全事業在庫率が80年1月の1.38から,5月,6月の1.52に高まったのち,7月から再び1.4台に低下していることが分る。ほぼ適正在庫水準に戻しているとみることができよう。

第1-3図 在庫高と在庫率の推移

3. 生産・雇用

(1) 急落後回復つづく生産

79年に4.4%の伸びをみせた鉱工業生産は,需要の後退に伴い80年1月を天井に急落し,7月には,前年同月比8.2%の落込みとなった(第1-4図,第1-5表)。これは自動車をはじめとする耐久消費財及び非耐久財,さらに企業設備財,中間財,原材料等の各部門にわたる生産の減少によるものであるが,特に金利高騰及びインフレによる実質所得の低下等に影響された自動車販売の減少が引き金となったとみられる。その後,8月から金利低下,インフレの騰勢鈍化に伴う需要の回復から生産はプラスに転じ11月まで4ケ月連続で増加し,急速な回復ぶりをみせている。しかしながら,高水準にあった前年11月に比較すればなお2.5%それを下回る水準にある。耐久財受注も8月から増加に転じているが,年末にかけての金利高騰の需要に及ぼす影響等を考えると81年初めには再び生産の低下がないとは言い切れない情勢にある。

第1-4図 鉱工業生産指数の動き

第1-5表 アメリカ鉱工業生産内訳

(2) 増大した失業率

79年は民間労働力が249万人増加したものの非農業民間で262万人の雇用者の増大がみられ,失業者数も8万人減少した結果,民間労働者の失業率も78年の6.0%から5.8%に改善をみた。しかし80年1月をピークに急速な景気後退が始まるとともに,雇用の伸びは鈍化から減少へ向い11月にやや戻したものの,例えば非農業民間雇用は79年11月から80年11月まで17万人の減少をみている。一方労働力は民間全体で同期間に167万人増加したこともあって,失業者数は7月に821万人を記録した後11月に至るまで800万前後を上下している。この結果民間失業率は80年1~3月の6.1%から,5~7月に7.8%となった後微減傾向にあるものの80年11月で7.5%と,79年同月に比べて1.6%の上昇となっている(第1-5図)。もっとも非農業民間の中ではサービス部門の雇用はほぼ一貫して増大しており,79年11月からの1年間で107万人増加し,製造業,建設業と著しい対照をみせている(第1-6図)。また労働者の特性別の失業率の推移をみると,いずれのグループにおいても79年第3四半期から80年の同期にかけて,1~3%の上昇をみているが,ティーンエージャー失業率は群を抜いて高く,また黒人等の失業率増大が大きいことを示している(第1-6表)。

第1-5図 民間部門失業率の推移

第1-6図 非農業民間の部門別雇用者数の推移

第1-6表 労働者の特性別失業率の推移

4. 賃金・物価

(1) 一段と高騰した物価

79年に完成財卸売物価11.0%,消費者物価11.3%の急騰をみた物価情勢は,80年も原油価格の引上げをはじめとして,金利の高騰,天候異変等によって,夏場以降騰勢は鈍化させつつも,一段と底上げされた高水準で推移している(第1-7図)。

第1-7図 アメリカのインフレ率

完成財卸売物価は,エネルギー価格の上昇で1~3月期に対前期比で4.1%の急騰をみたのち,4~6月期には食料関係の下落,耐久財関係の安定等により同2.4%とやや騰勢を鈍化させた。7~9月には,エネルギーの低落はあったものの熱波・干ばつの影響から食料品価格が大幅に上昇した結果,同3.2%の再騰をみせた。その後はエネルギー関係の再上昇のきざしを示しながら,11月の前年同月比上昇率が11.9%となっており,総じて騰勢を鈍化させながらも依然高水準を維持している(第1-7表)。

第1-7表 アメリカの完成財卸売物価

消費者物価は,80年1~3月に原油値上げによるエネルギー関係の暴騰(前期比10.6%上昇)に住宅ローン金利等の急騰が加わり前年同期比14.3%上昇となったあと,4~6月も住宅ローン金利のひき続く上昇,サービス価格の上昇等が大きく,前年同期比14.5%とさらに高騰した。7~9月期には,エネルギー関係,住宅金利等は落着きあるいは低落したものの,熱波・干ばつによる食料品の値上り,住宅関係の上昇等により,騰勢は鈍化したものの前年同期比でなお12.9%の上昇を示した。10,11月は再び住宅金利が高騰し,サービス,食料関係の上昇も根強く,前年同月比で12.6%の高水準にある(第1-8表)。今後も食料品,エネルギー価格,住宅金利等の上昇が予測され,騰勢は尚鎮静したとは言い切れないとみられている。

第1-8表 アメリカの消費者物価上昇率

(2) 賃金の上昇気配強まる

週当り賃金(非農業民間部門,以下同じ)は79年に名目で7.7%上昇したが,実質では75年以来の減少(△3.4%)となり,80年に入って名目賃金の上昇率は,さらに減少した(1~9月平均で6.7%)が10月,11月と増加(11月は前年を上回る8.1%)している。時間当り賃金は79年に名目7.9%アップした後,80年に入ってさらに上昇を続け,5月以降9%台の伸びとなり,10,11月は9.7%と上昇している。実質賃金はいずれも,物価の高騰のため79年以来マイナスを続けている(第1-9表)。

第1-9表 非農業民間部門の賃金上昇率

労働生産性については,79年の△1.1%とマイナスヘ低落後,前期比年率で80年第2四半期までマイナスとなったが,景気の回復により,第3四半期は同年率1.5%の上昇となった。しかし前年同期比年率では同期マイナス0.7%と依然として不振である。単位労働費用は前期比年率で,生産性の上昇と賃金の低落により,80年第3四半期に7.2%と改善をみせたが,前年同期比では,なお79年の10.2%を上回っている(第1-10表)。

第1-10表 非農業民間部門の労働生産性等の推移

主要労働協約による賃上げ率推移をみると(第1-11表),79年に比較して,80年1~9月分の調査結果において,初年度分・協約有効期間中の年平均分かつ,全産業・製造業・非製造業のほとんどすべての部門で,一段と上昇している。当然のことながら生計費条項のない協約の方がほぼ全部門にわたり2ケタ上昇となり,かつ非製造業の上昇率が高いことが分る。もっともいずれも上昇率自体は消費者物価の上昇率(80年9月の前年同月比で12.7%)に及ばず実質賃金は,ここでもマイナスを続けている。以上のように,物価上昇を背景として名目賃金の上昇は高まりつつある。

第1-11表 主要労働協約による賃上げ率推移

5. 貿易・国際収支

(貿易収支)

80年の貿易収支は,1~3月期に原油価格の引上げによる石油収支の悪化,持続した内需の拡大から工業品収支,石油外収支の黒字幅の縮少等により134億ドルの赤字となったが(第1-12表),その後の石油輸入量の急減(第1-13表)及び輸入金額の頭打ちから石油収支赤字幅の縮少が進み,また景気後退からくる他の輸入も減少し,さらに農産品,工業品輸出にドライヴがかかったこともあって,7~9月期には約46億ドルの赤字にとどまり,その後も11月に到るまで赤字幅は減少しており,80年全体としては,79年の373億ドルの赤字を数十億ドル下回ることになる見込みである。

第1-12表 アメリカの貿易収支,経常収支の推移

第1-13表 石油輸入の推移

(経常収支)

79年10~12月期の経常収支は貿易収支の悪化を主因に7~9月期の黒字から18億ドルの赤字となったのち,同じく貿易収支の悪化から80年1~3月には26億ドルの赤字へ拡大した。4~6月期は,ほぼ前期と同様の25億ドルの赤字を記録したが,これは石油輸入減少等による貿易収支赤字幅の大幅改善等を投資収益黒字の縮少で相殺した結果である。7~9月期には79年第3四半期以来1年ぶりの49億ドルの黒字となったが,ひき続く石油輸入の大幅減少と農産品輸出の増加による貿易収支赤字の縮少と対外直接投資利子受取りの増加(69億ドルから101億ドルへの増加)が原因とされている。なおOECDは80年の経常収支は55億ドル,81年は198億ドル程度の黒字となると予測している。

6. 経済政策

(1) 概  観

80年大統領経済報告は,79年のインフレ悪化原因として,①エネルギー価格の上昇,②住宅購入価格及び金利の上昇,③年初の農産物,食料品の価格上昇の3点をあげ,79年報告にひきつづき再びインフレ抑制の重要性を強調した。そして,インフレ対策の4原則として,①財政・金融の引締め,②民間部門における賃金・物価の抑制,及び,本白書総論でみたように,悪化している③生産性の向上,石油供給の確保,国際競争力の改善等,サプライサイドの強化を図っていくこと,さらに,④エネルギー,食糧等をめぐって生じるインフレ促進的な外部ショックに対するぜい弱性の除去をあげた。また長期経済目標については,79年の同報告が示した,ハンフリー・ホーキンズ完全雇用・均衡成長法にもとづいた,83年までに失業率4%,インフレ率3%を達成するという目標を,79年のインフレの高騰の結果実現不可能とし,各々2年及び5年延長した。このような経済運営の指針のもとスタートした80年アメリカ経済は79年末から年初にかけてのOPEC原油価格上昇を主因とする物価急騰,市中金利の急上昇等に直面した。このためカーター大統領は80年3月14日に新経済政策を発表した。これは,「新インフレ抑制策」ともいわれるべきもので,①連邦予算の削減②,信用規制,③賃金物価引き上げの自粛,④エネルギー節約強化,⑤長期的構造改革の5点からなるものであった(その内容については,後にのべる財政政策等の各項目においてふれることとする。)その後,既にかげりをみせはじめていた景気は第2四半期に大きく落込み,金利は急落し,物価は高水準ながら騰勢鈍化傾向をみせ始めた。

3月の新インフレ対策の第5番目の柱であった長期的構造改革の具体策については,80年8月28日,カーター大統領は悪化する雇用情勢を前にして,アメリカ産業の活性化と,合わせて不況救済をねらった「米経済再生計画」を発表した(81,82年の減税規模276億ドル,200万人の雇用創出目標)。その内容は,①設備投資,研究開発の強化による生産性の向上及び輸出拡大等のための減価償却制度の改善,投資税額控除の拡大強化,その他これら目的に資する国家助成,公共投資の拡大,強化を図ること,②政・官・労・市民の米経済再生のためのコンセンサスとパートナーシップの創設を図るための「大統領経済再生委員会」を設置すること,③不況産業,不況地域の労働者救済のため,失業手当支給期間の延長や減税,投資促進策を講ずること,さらに④81年年初からの社会保障税引上げを実質的に帳消しする所得減税の実施等であった。その後この計画は,失業手当支給期間の延長法案が否決され,また「再生委員会」の運営の難しさ等が伝えられた程度で,政権交代により実現の可能性は全くなくなった。

(2) 財政金融政策

(連邦財政)

80年1月の予算教書で,カーター大統領はインフレ抑制を最優先した「慎重」かつ「責任ある予算」を作成した。歳出規模は6,158億ドルで前年度に比べ9.3%の増加となったが実質では伸び率ゼロとなり,財政赤字は過去7年間で最低の158億ドルに圧縮し,歳入面では所得減税はしないなど前年度にひきつづき緊縮型予算となったが,81年度に均衡財政及び支出の対GNP比21%への引下げという公約は果せなかった。本予算の特色は,その伸び率の6割以上が,社会保障関係等の当然増経費によるものであることと,国防費が実質3.3%増(支出額1,427億ドル)となったこと,エネルギー対策,基礎的研究開発の充実等に重点配分したところにあった。その後先にみた80年3月の新インフレ対策の一環としてとられた連邦予算の削減策は,81年度当初予算から130億ドル削減し,歳入面は,石油輸入課懲金を新設する(ガソリン1バレル当り,10セント)ことによる100億ドルの増収等を含めて140~150億ドルの歳入増を見込み,輸入課懲金が認められない場合でも財政均衡ないしは,30億ドルの黒字予算となる野心的な内容をもつものであった。しかしこの輸入課懲金は議会の承認を得るに至らず,財政均衡の回復構想もついえた。その後金利の高騰による利子支払い等の増加,不況による税収減,失業手当及び災害復旧,難民対策費の増加,国防費の増額等によって,年央改訂見通しでは赤字幅が298億ドルに拡大した後,81年度実績見込みではさらに552億ドルの赤字が予測されている(第1-14表)。なお80年11月19日両院協議会は,歳出6,324億ドル,歳入6,050億ドル,財政赤字274億ドルの第2次81年度予算決議を成立させた。これは歳出を当初見込みから約2%カットし,81年1月から300億ドル程度の減税を織りこんでおり,早くもレーガン公約の取り入れがなされたとされている。

第1-14表 連邦財政の推移

(金融政策)

79年10月に,マネーサプライコントロール強化,投機抑制,インフレ期待鎮圧をねらって,79年4回目の公定歩合引上げを行った(12%へ)連邦準備制度理事会(FRB)は,同時に金融機関の運用負債増加に対する準備率引上げによる規制強化を図り,また,金融市場操作の中間目標を従来の市場金利(フェデラル・ファンド金利)から銀行準備の管理に置くことになった。80年に入って一層高騰するインフレ,市中金利の高水準横ばい(第1-8図),さらにマネーサプライの急増(第1-9図)等をみたFRBは2月15日公定歩合を13%へ引上げたが,その後市中金利は一段と上昇し,3月7日にプライムレートは17.75%に達した。このため,先にふれた3月14日の新インフレ対策の一環として①信用の伸びの規制と②公定歩合13%プラス3%の罰則適用を行うことが決定された。①は,大統領の1969年信用統制法上の権限にもとづくもので,①住宅等の担保付ローンを除くクレジットカード信用等を規制するための15%の特別準備預金の強制,⑥79年10月導入の運用負債準備率8%の,10%への引上げ,⑨⑥の適用を連銀非加盟金融機関にも上拡大すること等であった。②は預金量5億ドル以上の加盟銀行で,2週間以連続ないしは,四半期中に延べ4週間以上の連銀借入れを行った場合,公定歩合16%が適用される,というものであった。その後も市中金利は一段と上昇したが,プライムレートが4月初,中旬に20%に到達したのを最後に,景気後退,マネーサプライ伸び率の鈍化(M2で3月年率7.1%,4月同4.0%)等により急落した。このためFRBは,インフレ抑制のための引締姿勢は変えないとしながらも,5月7日に公定歩合の高率適用措置を撤廃し,5月29日,6月13日と各1%ずつ公定歩合を引下げ,また,5月22日には先にみた信用規制措置の一部緩和を実施した。その後フェデデラルファンドレートは6月18日の週には9%まで下がり,プライムレートも6月末の11.5%まで低落した。このためFRBは7月3日に,3月14日の規制措置の段階的全廃を決定し,7月28日には,公定歩合を10%に引下げた。しかし,夏場からの景気回復,FRBの引締め姿勢の堅持等から市中金利は再び騰勢を強め,フェデラル・ファンドレートは10月末には13.5%,11月末に19%となり,プライムレートも同14.5%から17.75%へと上昇し,マネーサプライも10月,11月と高水準の伸びを続けた。このためFRBは9月26日,11月17日と公定歩合を12%,13%と引上げるとともに,3月の信用規制措置時と同様に13%プラス2%の高率適用を復活し,12月5日には,これがさらに13%プラス3%へ引上げられた。その後も市中金利の騰勢は止まず,プライムレートは12月19日に春の金利急騰時を上回る21.5%の史上最高を記録した。その後市中金利は12月央を境に依然として高水準ながら調整段階に入ったものとみられる。以上のように,80年のアメリカの金融政策はインフレ抑制を至上命令として実施されたものの,市場調節方法の第一年目ということもあって,市中金利の春,秋の急騰を含んだ,乱高下をもたらし,景気変動にも大きな影響を与えたといえよう。もっとも,結果的にマネーサプライ伸び率は目標範囲内に入ったといわれる。なお,春,秋の市中金利高騰の原因を比較対照すれば第1-15表のとおりである。

第1-8図アメリカの金利動向

第1-9図 マネーサプライ動向

第1-15表 80年春,秋の金利高騰の原因比較

(3) 賃金物価自主規制策

78年10月にスタートした賃金物価ガイドライン政策は79年9月28日に賃金物価安定委員会が,①物価については,78年10月2日に始まる2年間をを対象として,この期間内における年平均値上げ率を,76~77年の年平均値上げ率以内にとどめる(ただし,8.5%が上限)こと,②賃金については,賃金諮問委員会を新設して,新たなガイドラインを決定することを発表した。新設された賃金諮問委員会は,80年1月24日賃金ガイドライン勧告を発表し,つづいて賃金物価安定委員会はその勧告を基礎にして,同年3月13日第2年度の賃金ガイドラインを決定し,発表した。その内容は,①1979年10月1日から1年間の賃上げは7.5%~9.5%の幅に入るべきこと,②生計費調整条項の計算に当っては7.5%のインフレ(第1年度は6%)を想定すること,③1,000人を越える企業にあっては中間点(8.5%)を越える賃金の引上げを行うところは,理由説明資料を添えて委員会に通知すべきこと,④また協約中に生計費調整条項をもたない企業は委員会の許可を受けた場合に限って基準を越える賃金引上げが認められること,等であった。80年3月の新インフレ対策の一環として,カーター大統領は,このガイドラインを承認し,賃金,物価引上げの自粛を呼びかけた。その後80年9月に物価については同諮問委員会が,現行基準の継続を,賃金については同諮問委員会が現行ガイドラインの廃止を勧告した。11月の大統領選後,賃金物価安定委員会(80年11月に,委員長はカーンからシュルツに交代)は政権交代に鑑み,第3年度の賃金物価ガイドラインを公布しないことを決定したが,委員長は新政権が政策決定するまで,企業に対し現行賃金物価基準を遵守するよう要請した。過去約2年間における賃金物価ガイドライン政策について,カーター大統領は,第2次石油危機の直前という難しい時機に導入されたが,相当程度インフレの緩和に効果があったとみているものの,今後は,税制を利用した所得政策(A Tax-based Incomes po1icy)の導入の必要性を示唆している。

(4) エネルギー政策

カーター大統領のエネルギー政策の目標や二大柱や,これまでの経緯等は,総論第4章第4節に論じられているので,ここでは簡単にふれるにとどめる。80年1月の一般教書で,①超過利潤税法案,②エネルギー動員委員会法案,③合成燃料法案の早期成立を議会に要請するとともに,④石炭発電推進法案,⑤ガソリン配給制実施計画案を近く議会に提出すると述べ,カーター政権が内政の重要な柱としてエネルギー政策を位置づけていることを明確にした。このうち超過利潤税法案は,80年4月1日こ成立した。1980年~90年の間に少なくとも2270億ドルの税収が見込まれている。③については,80年6月27日に議会を通過し,成立した。本法は,連邦政府が12年間に亘り80億ドルを支出して,1992年までに200万B/Dの合成燃料を生産する計画を内容とするものである。本公社を通して民間企業の開発・生産に助成等が行われる。80年は200億ドルを拠出するとされている。②については,下院の反対があって成立するに至らなかったが,その内容は,重要なエネルギー施設建設に対する種々の障害を除去し,政策決定を促進することを目的とするものである。

なお81年10月末までに完全統制撤廃されることになっている国産原油価格の規制は,81年1月現在で,その約75%を自由化されたと伝えられている。

7. 経済見通し

81年年初から前半のアメリカ経済は再び停滞色が強まると思われる。その理由は,依然として高水準にある金利の影響で個人消費・住宅投資が勢いを失うと考えられるからである。貯蓄率もなお低水準にあり,加えて1月1日からの社会保障税引上げ,引続く石油価格,食料価格の高騰から実質可処分所得も当分伸び悩み,高水準で上下する金利とそれに対する感応度の高い実需の一進一退が予測されよう。また81年後半は,本格的な活動が開始されているであろうレーガン政権の経済政策,経済運営にかかるところ大きいが,公約通りのことが実行されれば,後半には3~4%の成長過程に入るとみる向きが多いようである。最後にOECD等の本年の米国経済見通し等を掲げておく(第1-16表)。

第1-16表 81年アメリカ経済の主要見通し

第2章 カナダ:基調弱い景気回復

1. 概  観

1980年のカナダ経済は,年初より在庫調整,個人消費の停滞,主要貿易相手国のアメリカの景気急下降等から景気後退に入り,秋以降下げ止まりからやや持ち直してはいるものの,実質GNPは年平均でも緩やかなマイナス成長が見込まれる。

79年の実質GNPは,最終需要では78年の3.2%増から1.0%増へと大幅鈍化がみられたが,在庫増を主因に2.7%の成長となった(78年3.4%)。その後80年に入っても,設備投資はエネルギー関連投資を中心に底固い動きを示したが,輸出及び家計部門の需要減退が顕在化した(第2-1表)。

第2-1表 実質GNEの推移

このような需要動向を反映して,鉱工業生産は79年10~12月期以降在庫調整を主因にマイナスに転じ,80年央まで減少を続けた。このため失業率も,79年末に7.1%まで改善したあと80年5~6月には7.8%まで再び悪化した。

その後80年7~9月期は個人消費,輸出が下げ止まりからやや持ち直し,鉱工業生産は8月以降増加に転じ,失業率も11月には7.3%まで改善している。

消費者物価は79年平均9.1%高のあと,80年も1~11月の前年同期比10.1%高と,賃金上昇圧力が強まる中で80年央以降2桁の上昇が続いている。貿易収支は,輸出が数量では伸び悩んでいるものの,輸出価格の上昇から黒字幅を拡大し,これに伴い経常収支赤字幅は79年の51億加ドルから80年1~9月で年率26億加ドルヘ縮小している。

こうした中で80年3月に安定多数を獲得して誕生したトルドー自由党政権は,10月に財政赤字縮小を基本とする中期財政収支見通し,及び「国家エネルギー計画」という当面の基本的財政経済政策を発表した。一方公定歩合は,乱高下する米国金利に対処して3月13日以降大蔵省証券金利に連動するフロート制に移行している。

2. 需要動向

(1) 基調弱い個人消費

79年の実質個人消費の伸びは1.9%増にとどまり,過去20年間で最も低い伸び率となった。

78年から79年初にかけては,個人所得税減税及びほとんどの州における小売売上税の一時的な減税措置による刺激から,消費は緩やかに増加した。しかし,79年4~6月期以降こうした消費刺激要因はなくなり,消費者は実質可処分所得の動きにあわせて,特に耐久財,準耐久財(衣類,靴等)購入を抑制する行動から急速に消費需要を減退させた。

80年に入った当初は,カナダ自動車産業の中心であるオンタリオ州において,自動車購入者に対する一時的な小売売上税減税による需要刺激策が実施されたこともあって耐久財消費は1~3月期に前期比1.2%増となった。しかし4~6月期には,物価の騰勢が依然強く2桁インフレの中で(消費者物価は4~6月期前期比年率11.6%高),実質個人可処分所得の伸びはマイナスとなり,さらに高金利の影響から消費者信用残高の伸びは大幅に鈍化し,耐久財中心に消費は落ち込んだ。その後7~9月期は耐久財の前期大幅落ち込みの反動に加え,相対的に低下した金利水準及び前期に物価調整減税による所得税還付があったことも寄与して,前期比1.5%増と戻している(第2-2表)。

第2-2表 個人消費関連指標

しかし,実質可処分所得が伸び悩む中で,10月以降再び金利の上昇が続いており,国民総支出の6割強を占める個人消費が停滞から脱したとはみられず,その基調は依然弱い。

(2) 停滞続く民間住宅投資

実質民間住宅投資は,79年には前2年より更に落ち込み,前年比7.4%減となり,3年連続のマイナス成長となった。その後80年に入っても,1~9月の実質民間住宅投資は前年同期比14.4%減とマイナス幅はむしろ拡大を続けている。

この要因は基本的には,①実質個人可処分所得の伸びが76年までの5年間で年率7.3%増のあと,79年までの3年間では年率2.9%増と,大幅に鈍化していること,②世帯形成,住宅需要増加の中心とみられる結婚数が,70年代初をピークに減少を続けていること,③空屋率が77年以降高水準にあること等によるとみられる。79年後期以降はこうした要因に住宅ローン金利の上昇という需要抑制圧力が加わっている。

これまでの住宅投資の連続減少から,空屋率は80年7月現在1戸建て及び2世帯住宅で8.6%(最近のピークは78年1月の10.6%,70年代平均6.8%),アパートで8.3%(同17.8%,11.1%)と,特にアパートの空屋率が低下してきている。こうした中で80年7~9月期は,住宅ローン金利の反落もあって住宅着工件数は前期比7.7%増(実質住宅投資は前期比2.0%減と依然減少を続けている)となった。しかし実質可処分所得の伸び悩む中で,再び金利は上昇しており,当面住宅投資の基調的回復は期待できない(第2-3表)。

第2-3表 住宅投資関連指標

(3) 底固い民間設備投資

79年の実質民間設備投資は,76年以降約3か年にわたって停滞したあと,78年央頃から立直りをみせ79年は9.4%増となった。これは,①企業収益の好調(79年の税引前企業収益は名目35.4%増),②稼働率の上昇(鉱業,電力等を含む工業全体で78年86.l%,79年87.6%),③特に石油等エネルギニ開発を含む鉱業の投資需要の強さによる。エネルギー開発投資については,原油・鉱産物の商品価格の上昇がその探査,精製面での投資を促がしているものとみられる。

80年に入ると4~6月期に消費需要の急減,対米輸出の不振等から企業環境は悪化しマイナスの伸びとなったが,1~9月間の実質民間設備投資は前年同期比8.1%増と引き続き基調の強さを示している。7~9月期は企業収益の伸び率停滞はみられるものの,製造業新規受注(名目)も4~6月期に前期比7.9%減のあと同7.4%増(前年同期比5.7%増)と弱含みながら戻しており,今後も景気を下支えする最大の部門とみられる(第2-4表)。

第2-4表 民間設備投資関連指標

12月発表のカナダ通産省による大手企業の81年設備投資見通しでは,化学工業,石油・ガスパイプライン部門の伸びを中心に名目14.8%増(実質では2~3%増)となっている(ただし,本調査は10月28日の政府予算,エネルギー新政策発表前に実施されたもので,同政策による石油企業への新税導入の影響は含まれていない)。

(4) 強い在庫調整圧力

79年を通しての在庫は,個人消費の伸び率鈍化,米国市場の景気悪化による輸出需要の停滞から大きく積み上がった。特に米加両国において不振が続く自動車,住宅関連部門での在庫が増加しているとみられる。

こうした中でカナダは,80年に入ると1~3月期には在庫調整を主因に(実質GNP減少寄与率128%),アメリカに先立って景気後退に入った。4~6月期も最終需要の大幅減から非農業部門は意図せざる在庫増の発生をみた。その後7~9月期は国内需要の増加及びアメリカの景気が緩やかながらも回復をみせたこと等から在庫調整は進み,製造業在庫の対出荷比率でみても5月の2.16(か月分)をピークに9月は2.02まで低下した。しかし水準はなお高く,今後も引き続き在庫調整圧力は強いとみられる(第2-1図)。

第2-1図 製造業在庫の対出荷比率

3. 生産・雇用

(1) 鉱工業生産:在庫調整から減産へ

79年の鉱工業生産は,78年4.1%増のあと引続き4.7%の伸びを示した。しかし79年の年間上昇率(10~12月期の前年同期比)でみると2.2%増と頭打ち傾向にある。79年平均の高水準の伸びは,特に7~9月期に鉱業部門で前期ストライキの影響による減産の反動に加え輸出需要が活発化したこと,及び製造業で民間設備投資需要の急増から機械,電機工業部門の生産が増加したためである。

80年に入ると,最終需要の減退から意図せざる在庫増がみられ,また高金利の影響も加わって生産は低下し,1~3月期前期比0.6%減,4~6月期同2.6%減と落ち込んだ。その後7~9月期は在庫調整の進展から生産の減少幅は0.1%と鈍化し,月別にみると7月をボトムとして8月1.2%増,9月1.8%増(前年同月比3.1%減)と回復をみせている(第2-2図)。

第2-2図 生産と雇用

(2) 失業率

失業率は78年の8.4%から79年には7.5%へと改善を示した。労働力化率が78年62.6%,79年63.3%と高まる中で,労働力人口は78年の3.7%増に続き79年も3.0%増と高水準の伸びとなったが,生産の拡大から就学者数も79年3.4%増,80年4.0%増と大幅に伸びたことによる。こうして79年7~9月期に7.1%まで低下した失業率は,同年10~12月期より国内需要の低下,在庫調整による生産削減を受けて再び上昇に転じた。就学者数は79年末以降生産の持ち直しがみられるようになった80年8月までほぼ横ばいだが,労働力化率はその後も高まり(79年12月63.7%→80年8月64.1%),労働力人口の増加によって失業率を押し上げている。

その後9月以降,就業者数は緩やかながら増加傾向にあり,失業率は11月に7.3%まで改善している(第2-2図)。しかし今後の雇用情勢は予断を許さず,景気の急回復が期待できない中で81年は再び8%台の失業率を予測する向きもある。

4. 賃金・物価

(強まるインフレ体質)

消費者物価上昇率は78年8.9%,79年9.2%と高水準にあり,80年も1~11月の前年同期比で10.1%と引続き加速している。

79年の物価上昇は,①食料品の2桁上昇,②カナダ・ドルの減価による効果も含めた輸入物価の高騰(カナダのGNPに対する輸入比率は79年で32%,商品のみでも24%とアメリカの11%,日本の13%に比べてはるかに高い),また③78年に段階的に賃金物価規制策が撤廃されたあと賃上げ圧力が高まり,④低い経済成長率の下での雇用拡大が労働生産性の低下を招き,賃金上昇と関連して単位労働コストの上昇を生じ,販売価格に転嫁されたこと等によると考えられる(第2-5表,第2-6表)。

第2-5表 物価上昇率

第2-6表 賃金関連指標

80年も食料品価格にやや騰勢鈍化がみられたものの,基本的には上記要因により物価の加速は続いており,11月の前年同月比上昇率は11.2%と,75年以来の高騰を示している。

エネルギー価格については,カナダが産油国(79年の石油純輸入依存度約17%)であることもあって,第1次石油ショックに際し73年9月石油管理法によって原油段階において統一価格が設定され(輸入原油にも適用),輸出原油については国内価格と国際価格との差額を石油輸出税として徴収し,これを財源として主として東部における輸入原油価格と国内価格との差を補填する政策をとっている。このため他の先進工業国のようなOPEC原油の価格引上げの影響を直接には受けていないが,統一価格の小幅ながら段階的な引上げの影響もあって80年は上昇率を高めている(第2-7表)。

第2-7表 カナダ国内原油価格の推移

今後の物価上昇については,①基本的にインフレ期待が強い,②実質所得の漸減から高まる賃上げ要求,また一方で③企業のコスト上昇及び将来のコスト上昇を見越した価格設定(事実,労働分配率は78年以降低下傾向にあり,賃金上昇のみが物価上昇圧力要因であるとはいえない)等,当面経済の停滞が予想される中でも鎮静化は難しい状況にある。

5. 貿易・国際収支

(1) 貿易収支黒字幅は拡大

79年の貿易動向を通関ベースでみると,輸出は数量ベースで1.7%増(78年9.9%増)と総輸出の7割弱を占めるアメリカの景気頭打ちから伸び悩んだ。

一方輸入数量は耐久財消費の増加,民間設備投資の活況から10.9%増(78年3.3%増)と大幅に拡大した。しかし,貿易収支黒字幅(BPベース)は輸出の5割以上を占める一次産品(原油,天然ガス等を含む)の価格上昇により,78年の36億加ドルから79年には40億加ドルへと逆に拡大をみせた。

80年に入ると,輸出数量はアメリカ経済が景気後退に入り,特に自動車等製造業部門の輸出不振から1~6月の前年同期比で2%減となり,一方輸入はカナダ経済がアメリカに先立って年初より景気後退に入ったことを受けて同4.7%減となった。7~9月期にも輸入は減少したが,輸出はアメリカの自動車,建築資材等の需要回復からやや持ち直しをみせている。この結果貿易収支黒字幅(BPベース,季節調整値)は1~9月間で前年同期の24億加ドルから51億加ドルヘ拡大している(第2-3図,第2-8表)。

第2-3図 貿易動向

第2-8表 国際収支の動き

(2) 資本流入は鈍る

このような貿易黒字の拡大にともない経常収支赤字幅(季節調整値)は,80年1~9月間で20億加ドルと前年同期の42億ドルから改善をみせている。

一方資本収支黒字幅(原数値)は,79年1~9月の79億加ドルから80年同期では26億加ドルヘ縮小している。これは,特に短期資本取引で1~3月期及び7~9月期以降の米国金利の急上昇で,米・加金利が逆転したためとみられ,非居住者外貨建て預金の流出が大きく影響している(第2-8表)。

6. 経済政策

(1) 財政赤字削減への中期計画

カナダの政局は,79年3月第3次トルドー自由党政権による議会(下院)解散,同年5月総選挙でクラーク進歩保守党政権誕生,同年12月80年度予算案(カナダの財政年度は日本と同じ4月から翌年3月まで)をめぐる政府不信認案の可決でクラーク政権総辞職,そして80年2月総選挙で自由党が下院議席の過半数を獲得し,再び第4次トルドー政権が誕生するまで混迷が続いた。

この間,78年11月及び79年12月提出の歳入法案の殆んどのものは議会承認を受けておらず,予算の空白状態が続き,支出は緊急措置として総督の特別歳出許可制度により国政遂行上の緊急支出の形で執行されてきた。

そこで80年3月に誕生したトルドー内閣は,4月に前政権の経済及び諸政策に関する想定をもとに80年度歳出予算を発表し,その後10月28日には独自の経済政策を盛り込んでこの予算を補正するとともに,中期財政収支見通しを明らかにした。また本予算案とパッケージで「国家エネルギー計画」という具体策を提示した(本予算案は当面の基本的財政経済政策の集約として,現政権が安定多数の優位にある現在,重要な意味を持つとみられる)。

本予算の基本的考え方は,①政府支出の伸びを経済成長率以内にとどめ,今後3年間に財政赤字を段階的に縮小する,なお個人所得税及び法人税の増税は行なわず,また個人所得税にかかる物価調整減税は現状を維持する,②エネルギ~,経済開発,産業調整,職業訓練のために新たな予算を計上すると共に,エネルギーの経済的活用,石油の海外依存軽減,新エネルギー資源の開発のためのエネルギー政策を導入し,同時にエネルギー関連諸税を新設し歳入の増加を図る,③発展途上国への援助を拡大する,④民間企業の競争力を強め政府干渉を弱める,⑤インフレ抑制のためのカナダ中央銀行の金融政策を支持し,人為的な価格・所得政策は採用しないというものである。

80年度予算案は,石油価格補填支出金,公的債務費用の増加等から,財政総支出は79年度9.1%増から13.2%増へと拡大し,予算収支は141.5億加ドルの大幅赤字が見込まれる。もっとも81年度以降の赤字幅については基本方針通り漸減を見込んだより緊縮的なものである(第2-9表)。

第2-9表 連邦政府の財政支出および中期的な財政収支見通し

しかし,より重要なのは第2-10表に示すような国家エネルギー計画である。その政策基本は,石油自給体制の確立,石油・天然ガス産業でのカナダ資本比率の引上げ(1990年までに50%へ),また価格及び歳入分配システムにおける公正の確保とされているが,特に石油補償税,連邦税の新設,石油生産から生ずる収入の連邦政府への分配増大等は,西部石油生産州,業界の反対も強く今後の進展が注目される。

第2-10表 国家エネルギー計画の概要

(2) フロート制に移行した公定歩合

カナダの金融政策は,その背景として大幅な利子・配当支払を中心とする恒常的な経常収支赤字を資本収支の黒字で補うという目的から,主にアメリカからの資本流入に依存しており,国内金利はアメリカの金利に大きく左右される環境にある。このため資本収支は,対米金利差等を反映して大きく振れることになるが,通常対米金利差がマイナスになるということは資本流入の減少,ひいてはカナダ・ドルの減価を招き,またインフレに対しても悪影響を及ぼすことにもなる。

こうした事情から,カナダの金利はアメリカの金利に追随して動く結果となり,78年3月以来79年10月まで公定歩合は計10回,765%から14%へ引上げられた(この間アメリカは計10回,6.5%から12%へ引上げた)。

しかし80年2月にはアメリカで公定歩合が13%へ引上げられ,さらに3月に高率適用が実施されるなど米市中金利が異常な高騰をみせた。カナダ銀行はこうした混乱した海外金融市場の中にあって,インフレの克服と両立し得ないような大幅な短期金利の上昇を回避することが出来るよう一層の弾力性をもたせるためとして,3月13日より公定歩合を91日もの大蔵省証券の週平均利回りに0.25%上乗せする形で決まるフロート制を実施した(同内容のフロート制は1956年11月~1962年6月にも実施している)。

この結果公定歩合は,その後乱高下する米金利の推移に歩調を合わせて推移している(第2-4図)。カナダ・ドル相場自体は,79年平均の1米ドル=1.171カナダドルから80年1~10月平均では1.165カナダドルとなお弱含みながら下げ止まりをみせていたが,80年末以降1.18~1.19カナダドル台へと軟化している。

第2-4図 カナダとアメリカの公定歩合推移

7. 経済見通し

1981年経済成長見通しは,アメリカ経済の回復の弱さ,国内インフレの昂進,高い金利水準等によって景気回復の基調は弱いとみられる。

個人消費は,物価上昇に伴い賃金も上昇を続けているが実質所得の伸びは期待できず,また住宅投資も高金利の影響からその回復はわずかなものと思われる。一方民間設備投資は,好調を維持しているエネルギー関連部門も国家エネルギー計画にみられるように政策的インセンティブの低下から投資進展に多くを望めず,非エネルギー部門は輸出の停滞,高金利からむしろ悪化すると見る向きもある。

このような悲観的需要項目別諸要因から,生産の回復もわずかと考えられ(OECDは81年の鉱工業生産の伸びを1.0%としている),他方物価については,食料とエネルギー価格の上昇から80年を上回る騰勢が続くとみられる。

こうしたスタグフレーション体質の中で80年10月の政府81年経済成長率見通しは1%(80年政府実績見込みマイナス1%)であり,消費者物価上昇率は10.2%(同9.7%)へ,失業率も8.7%(同7.7%)へと悪化が見込まれている。政府見通しは80年7~9月期の予想外の回復で80年実績見込みが低くなっているが,民間予測機関のコンファレンス・ボード(81年1月発表)でも,成長率1.0%(80年実績見込みマイナス0.2%),消費者物価上昇率11.7%(同10.1%),失業率7.8%(同7.5%)と同様の見方を示している。またOECD(80年12月発表)は成長率11/4%,消費者物価上昇率を10%と予測している。

第3章 イギリス:大型不況の再来

1. 概  観

イギリス経済は,79年後半から80年にかけて,戦後最大といわれた第1次石油危機後の不況に匹敵ないしは,それを上回る深刻な景気後退に見舞れた。

実質GDPは,79年下期以降頭打ちから下降に転じ,80年に入ると下降テンポが急速に高まった。景気後退は81年中に最悪期を脱するとみられるものの,回復の足どりはおそく,80,81年と2年続きのマイナス成長となると政府もみている(それぞれ3.0%減,1.5%減)。

不況が本格化するにつれて,受注減,高金利,コスト高による企業の困難がまし,収益の縮小,倒産の急増,雇用の減少が加速化した。このため,失業者数の急増傾向が続いて11月には200万人を突破し,失業率も8%台にのせるなど記録的高水準となった。

第3-1図 大型不況が再来したイギリス経済

通貨供給量の伸びは政府目標をかなり上回っているものの,物価の騰勢は80年春頃から鈍化傾向に転じ,年末の消費者物価上昇率は政府見通し(161/2%)を約1%下回った。

貿易収支も,輸入が内需の減少,在庫調整から大幅に減少したほか,北海石油の増産が寄与して夏以降は黒字を続けており,1~11月の経常収支は約19億ポンドの黒字と著しく改善した(前年同期は14.5億ポンドの赤字)。

政府はインフレ抑制を最優先とする引締め基調の政策運営を79年春以来一貫してとっており,不況の深化する中で,最低貸出し金利を80年7,11月と引下げて1年前の水準(14%)にもどしたものの,引締め型の79,80年度予算についで81年度予算案についても政府支出削減,石油付加税の導入など一連の赤字縮小のための措置を発表した(80年11月)。

2. 需要動向―予想を上回る内需の減少

実質GDP(生産ベース)は,79年中は相つぐスト(年初のトラック運転手,夏から秋にかけての機械工労組など)や間接税大幅引上げ(6月央)などの不規則要因もあって大幅増減を繰返した。しかし,4~6月期の異常高の後は急速に浮揚力を失い,ならしてみると上期の前期比年率2.0%増の後,下期にはほぼ横ばいとなった(79年1.6%増)。

80年に入ると,内需が全般的に低下し,大幅な在庫削減が続いたことから景気は期を追って下降し,実質GDPは1~3月期の前期比年率2.8%減,4~6月期5.1%減,7~9月期7.4%減と予想以上の大幅減少を続けている(1~9月の前年同期比は2.3%減)。

この結果,7~9月期の水準は79年4~6月期のピークを6.0%下回り,前回不況期の落ち込み(ボトムの75年7~9月期はピークの73年1~3月期比4.7%減)を上回るものとなっている。

80年に入って本格化した今回の景気後退は,過去3年にわたる景気上昇が自律的に反転する時期にあったところへ,第2次石油危機により世界景気が再び悪化に向ったこと,政策面でも,インフレ抑制の観点から引締め基調を維持していること,などを反映したものとみられる。

第3-1表 イギリスの個人消費関連指標

(1) 衰えた個人消費

個人消費は79年4~6月期に付加価値税引上げ(標準税率8.0%および割増し税率12.5%を一率15%へ,6月18日実施)を予想したかけ込み購入もあって異常な高水準を記録した(前年同期比実質8.3%増)。その後,反落したが,年末年始にかけては,社会保障給付引上げ,バーゲン・セールの延長などもあって,やや立直りを示した。しかし,その基調は弱く,80年春以降はさらに低下して停滞を続けている(1~9月の前年同期比は0.5%増,79年は4.0%増)。

第3-2表 イギリスの企業利潤,流動性,稼働率

こうした個人消費の弱化のなかで,消費財輸入は依然大幅な伸びを続けており,海外旅行支出も高水準を維持している。

79年下期以降,個人消費に衰えが目立ってきたのは,主として,①景気悪化と大幅物価上昇により実質可処分所得の伸びが鈍化したこと(78年8.3%増,79年5.7%増,80年上期2.8%増),②インフレ心理から貯蓄率が高まったこと(80年上期14.3%),③高金利などにより新規賦払信用の伸びが頭打ちとなっていること,④とくに,耐久消費財要需が不振となり,新車登録台数なども急減を続けていること(79年下期15.9%減,80年上期1.5%減,前期比)などを反映したものである。

(2) 設備投資の低下

79年の総固定資本形成は,非住宅投資が実質1.1%増と増勢を維持したものの,住宅投資が11.7%減と低迷を続けたために,前年の3.5%増から一転して1.4%゛減となった。80年に入ると,非住宅投資も減少傾向を示し,上期の前期比は2.1%減(前年同期比1.8%増)とさらに低下した。

80年上期の非住宅投資の減少は,主として,製造業(6.2%減。とくに,鉄鋼は前期比35.8%減),北海石油開発が一段落した鉱業(14.7%減),公企業(7.8%減)などによるものであり,商業部門ではほぼ横ばい(0.7%増),前年不振だった造船部門ではかなりの立直りを示した。

製造業固定投資は80年下期に入ってからも減少傾向を続けており,1~9月の前年同期比は5.8%減となっている。産業省の製造業投資予測調査(12月)は80年実質8~12%減,81年15~20%減と今後さらに大幅減少が続くとみている。

これは,①企業利潤が需要減から伸び悩み,インフレ率を考慮すると減少傾向にあるとみられ,とくに,利益の急増している北海石油関係を除くと,この減少傾向が顕著なこと,②賃金コストの大幅上昇,高金利などによる企業流動性比率の低下,③稼働率が前回不況期の底(76年1月)以来の低水準にあることなどを反映したものである。

(3) 低迷を続ける住宅投資

住宅投資は79年春には前年春以来の急落傾向が小康を示したものの,79年中低水準を続け(前年比11.7%減),さらに80年に入って一段と減少した(上期の前年同期比2.2%減)。完成戸数でみても,79年23.6万戸,80年上期年率約23万戸と75~77年の年平均30万戸強を大幅に下回っている。

この住宅投資の低迷は,①民間住宅建設が住宅ローン金利の高水準(79年11月以来15%)や住宅建築コストの急上昇(約2割)から伸び悩んでいること,②これまで住宅建築の5割近くを占めていた公営住宅が,政府の支出削減,持家住宅の奨励などの方針を反映して減少傾向を続けており,78年13.1万戸,79年10.1万戸80年1~9月7.9万戸と落ち込んでいることによる。とくに,80年10月以降は財政赤字の急拡大に対処するため,地方自治体への住宅補助金(建設費の75%)が一時的に停止され,公営住宅建設はさらに打撃を受けた。

第3-2図 急下降する固定投資

(4) 急速な在庫調整

在庫投資は景気が停滞から下降に向った79年中は大幅増加を続け合計16.1億ポンド(1975年価格)と73年(24.8億ポンド)につぐ規模となり,GDP比率も1.6%(73年は2.6%)に高まった。

しかし,80年に入ると一転して急速な減少傾向を続けており,上期に約5億ポンド減少して,GDPの減少分の約6割を占めた。この急速な在庫調整の進行は,①年初から続いた鉄鋼ストによる在庫取くずし,②高金利による企業の資金負担増,③景気の予想以上の落込みから製品の処分をはやめ,原材料在庫手当てを手控えたことなどによるとみられる。

とくに不況の影響を強く受けた製造業の在庫減少が大幅となっており,1~9月の累計は7.0億ポンドと79年中の増加1.7億ポンドを大幅に上回っている。このため,製造業の在庫水準は低下傾向を続け,7~9月期には77年初の水準まで低下した。しかし,80年に入ってからの生産低下がより大幅であるため,在庫率(在庫水準/生産)はむしろ急上昇して7~9月期は112.3(1974年10~12月期=100)と記録的高水準となっている。

第3-3図 在庫調整の進行

3. 生産・雇用

(1) 生産の急下降

鉱工業生産は79年上期までは上昇基調を維持していたが,夏から秋にかけての機械労組ストもあって急落し,スト解決後年末にかけてやや回復したものの,前年比2.6%増と前2年の3.9%増,3.6%増から大幅に鈍化した(上期3.2%増,下期1.9%増,前年同期比)。

80年に入ると,年初からの鉄鋼ストが92日間にも及んだことなどから,生産は製造業を中心に急低下を続け,上期の前期比3.9%減の後,7~9月期も同3.4%減となった。このため9月の生産水準は76年初の水準まで低下しており,とくに製造業では68年平均を下回った。1~9月の前年同期比も5.6%減(製造業では7.2%減)と予想を上回る下降となっている。

この80年における生産の大幅低下は,前年後半から内需が下降に転じており,とくに年初来急速な在庫調整が進行していることを主として反映したものである。また,北海石油の増産テンポが生産のトラブルなどから80年春頃から一時的におちており,鉱業部門(ウエイト4.1%)の伸びが,79年26.8%から80年上期の前年同期比4.7%へ大幅に鈍化したことも影響している。

(2) 記録的高水準の失業者数

雇用者数は79年下期以降,加速的に減少しており,80年央までの1年間に41.6万人減少して約2,240万人となった。製造業の雇用が前2年の減少についで36.6万人減の大幅減少となったのが中心であるが,これまで増加を続けていた商業・金融業などでもはじめて3.1万人減少した。政府部門でも3.3万人減と減少傾向にある。

失業者数(新規学卒を除く)も79年9月の126.1万人を底に上昇に転じ,不況の深化とともに増勢を強めている。とくに,80年10,11月には月10万人をこす急増となり,11月には202.8万人と200万人台にのせた。失業率も79年夏の5.2%から80年8月7%,11月8.4%へと急テンポで上昇した。

新規学卒者の失業も80年夏には約30万人と前年夏の22~24万人を上回っており,成人学生の求職者数も夏から秋にかけて14~5万人にのぼったため,失業者総数では8月以降200万人を突破している。この水準は,第1次石油危機後のピーク(78年8月,160.8万人)を上回る戦後最高である。このほか,未充足求人数の急減(10月までの1年間で57.2%減),一時解雇者数や短時間就業者数の増加など,雇用情勢は秋に入ってさらに悪化した。

このため,政府は11月央,引締め基調は維持しながらも,徒来からの失業対策を拡充・強化することを発表した。これは若年者雇用計画(YOP)を拡大して対象を18万人増の44万人とすることを中心とするものであり,このほか臨時短時間労働助成制度(TSTWCS)の適用期間延長など合計2.5億ポンドの追加支出である。しかし,81年の失業者数は300万人にも達するという予測もあって,この程度の対策では不十分とする声が高まっている。

4. 賃金・物価

(1) 依然大幅な賃金上昇

79年上期までは13%台だった平均賃金収入の伸びも,下期以降上げ足をはやめ,80年に入ってからは20%をこすようになり,とくに9月には特殊要因もあって26%と75年(26.5%高)以来の急上昇となった。

失業が記録的高水準にあり,物価も騰勢鈍化を示しているにもかかわらず,依然として大幅な賃金の伸びが続いているのは,主として,79年秋から80年前半にかけての賃金引上げが自主的交渉にまかされたこともあって平均20%とかなり高く,また公共部門でも民官賃金格差を縮小するための調査委員会(クレッグ委員会)の勧告を反映して大幅上昇しているためである。

第3-3表 イギリスの賃金,物価,生産性

しかし,80年秋以降の賃金協約交渉では,造船・機械工(8.2%),ブリテッシュ・レイランド(6.8%プラス業績ボーナス),炭坑(13%),農業(10.3%),消防士(11月7日から13%,81年4月から5.8%)など比較的小幅な引上げ率で妥結する例もふえている。また,政府は来年度の公務員給与については賃金調査委員会の調査結果を考慮しないこととするとともに,地方公務員の賃上げを6%程度に抑制する意向を明らかにするなど,前年よりも厳しい方針でのぞんでいる。

(2) 物価は騰勢鈍化

消費者物価は79年夏から80年春にかけて騰勢を強め,再び20%を上回る大幅上昇を示したが,5月の21.9%高をピークに鈍化傾向に転じ,10月には15.4%まで鈍化した。

79年春までほぼ1年にわたってみられた物価の一桁上昇が春以降再び二桁にはね上ったのは,主として,①石油価格の上昇と,それを消費者に直接負担させる政策がとられたこと,②間接税のシェアをたかめるために,付加価値税率を大幅に引上げたこと(標準税率を7%引上げ),③国際商品相場の上昇による輸入原燃料の高騰,④大幅賃上げと生産性の伸び悩みによる賃金コストの上昇,などのほか季節的食品の値上りも大きくひびいた。

しかし,80年春以降は,①景気悪化とともに,コスト増を価格に転嫁することがむずかしくなり,バーゲン・セールなど値下げが広く行なわれていること,②商品相場の低落,ポンド相場の堅調(対ドル・レート,3月~9月間に8.9%上昇)などから原燃料工業品価格が3月以降ほぼ横ばいを続けており,③季節性食品の上昇も小幅化したこと,などを背景としている。また,7月以降は前年の付加価値税引上げの影響が相殺されたため,前年同期比上昇率は一段と鈍化した。

ただ,電気,ガス,運賃,酒類,家賃といった政府関連部門の価格上昇は依然大幅となっている。

第3-4表 消費者物価の費目別上昇率

5. 貿易・国際収支

(1) 改善した貿易収支

貿易収支は79年に約34億ポンドの赤字と76年の記録(約39億ポンドの赤字)につぐ大幅赤字となったが,80年春頃から赤字幅は急速に縮小し,年央以降は黒字を続けており1~10月でも2.2億ポンドの黒字となった。

79年から80年初にかけての大幅赤字は,主として,乗用車(79年46.2%増)をはじめとする工業品輸入の急増(不規則変動をする船舶,北海石油設備,航空機を除いて24.8%増)によるもので,79年の輸入増は20.4%(数量9.9%増)にのぼった。一方,79年の輸出は,石油輸出が約82%も増加して,輸出総額に占める比率が1割を突破したこともあって増勢を維持したが,前年比10.5%増(数量2.4%増)と輸入の伸びの半分にとどまった。

第3-5表 イギリスの貿易・交易条件の変化

これに対して,80年春以降の改善は,1つには輸入が内需の減少から急減し,1~10月の前年同期比で,8.5%増(数量2,0%減)に小幅化したことによる。乗用車輸入も1~9月期の前年同期比11.9%減となった。一方,輸出は世界貿易が伸び悩んでいるにもかかわらず,1~10月の前年同期比18.8%増と前年の10.5%増をかなり上回る伸びとなっている。増加テンポは鈍化したものの石油の輸出増が大きく,また,OPEC向け輸出が正常化に向ったことも寄与している。工業品輸出も,ポンド相場の堅調による国際競争力の低下にもかかわらず,1~9月の前年同期比は14.0%増(数量5.7%増)と前年(6.9%増,数量1.9%減)と比較すると伸びが大きく,自動車輸出などもやや持直しを示している。

第3-4図 改善したイギリスの貿易収支

(2) 黒字基調を続ける国際収支

79年の国際収支は,経常収支の大幅赤字(16.7億ポンド)および長期資本の純流出(30億ポンド)を短期資本の大量純流入(41.7億ポンド)と調整項目(プラス23.4億ポンド)で相殺して17.1億ポンドの黒字となった(78年は11.3億ポンドの赤字)。

80年に入ってからも,上期中はほぼ同様のパターンが続いたが,下期に入ると経常収支が黒字化する一方で調整項目はマイナスとなるなど若干変化がみられる。しかし,総合すると各期とも黒字基調に変りはなく,1~9月の国際収支は10.3億ポンドの黒字(前年同期は17.4億ポンドの黒字)となっている。

第3-6表 黒字基調を続けるイギリスの国際収支

79年6月以降の為替管理の緩和と撤廃により,海外への株式・不動産投資や貸付けなどが急増して資本が流出する一方で,ポンド相場の堅調,高金利による非居住者の国債購入から資本流入が促進されるなど,このところ資本取引がきわめて活発であるが,資本等収支についてみると79年下期以降赤字を続けている。

金融勘定では,引続き公共部門によるIMFやExchange Cover Schemeへの繰上げ返済などが行なわれているため,80年1~9月には8.4億ポンドのマイナスとなった。この結果,金・外貨準備も同期間に3.6億ポンド増(79年は10.6億ポンド増)にとどまっている。

6. 経済政策

(1) 依然大幅な通貨供給量の拡大

サッチャー政権の金融政策は,通貨供給量のコントロールを通じてインフレを抑制することを主柱としており,不況の深化する中で引締め基調の政策運営が維持されている。

通貨供給量の伸びを制限するためには,ポンド建てM3(現金通貨プラス定期預金)について増加率目標が76年7月以降設定されているが,79年度および80年度の目標値は7~11%と名目成長率(79年15.6%)をかなり下回る水準に据え置かれている。また,特別預金制度の補完措置(いわゆるコルセット)による銀行貸出しの量的規制が80年6月まで適用された。最低貸出し金利も,79年11月,一挙に3%引上げられて17%の史上最高とされ,80年7月初までこの高水準が維持された。

第3-5図 依然大幅な通貨供給量の拡大

第3-7表 イギリスの財政収支

しかし,M3(ポンド建て)の伸びは,79年6月~80年2月間には年率11.2%増と目標の上限に近かったが,80年2月~10月間には同22.7%増へと大幅化した。これは,①不況による高在庫に対処するための資金需要,②政府部門赤字幅の拡大,③経常収支の改善,ポンド高,高金利による外資流入などのほか,④6月央のコルセット撤廃後,これまでM3に算入されない形で貸出された分がM3に転換されたという制度的要因も影響している(④の不規則要因を調整すると年率19%増程度と推定される)。

このように通貨供給量のコントロールが目標どおりにすすまないため,景気後退が深刻化して金利の大幅引下げが強く望まれたにもかかわらず,最低貸出し金利は7月3日1%,11月24日2%の二度の引下げによって1年前の水準である14%にもどされたにとどまっている。

(2) すすまぬ政府部門赤字の削滅

イギリス経済の再生を目指すサッチャー政権の財政政策は,一貫して引締め基調とされているが,景気後退の深刻化による税収の伸び悩みや失業対策費急増などから,財政赤字幅は80年度に入ってむしろ拡大している。

80年度予算案(3月26日発表)は,前年度に続いてインフレ抑制を最優先とする引締め基調を維持している。歳出面では,中期公共支出計画(予算案と同時発表)にそって745億ポンド(79年調査価格)と前年比実質横ばいに抑える一方で,歳入面では,個人所得税減税(基礎控除の引上げなど総額26.5億ポンド),石油収益税・売上げ税増税(総額18億ポンド)などの措置がとられた。このほか国有企業持株の売却(約5億ポンド)も引続き予定されている。

こうした措置により,80年の公共部門借入れ所要額(PSBR)は前年度実績見込み91億ポンドから85億ポンドに縮小するとみられ,GDP比率も4.75%から4%弱へ低下すると予想されていた。

しかし,80年秋になって,こうした中期的戦略が予定どおりすすまず,80年度上期の赤字幅が85億ポンドに達し,このままいくと年度全体では115億ポンドに上るとみられるようになったため,11月248,81年度の政府支出,収入両面についての緊縮計画が導入された。

パッケージの主内容は,歳出面で,①国防支出(約2億ポンド),②国有企業補助金(約7.5億ポンド),③地方自治体補助金(約1.7億ポンド),④社会保障,環境対策費など,総額10億ポンド以上削減(80年3月の公共部門中期支出計画について)する一方で,歳入面では,①石油収益税付加税(一率20%,約10億ポンド),②社会保障拠出金の雇用者負担率引上げ(1%引上げて7.75%へ,約10億ポンド),③酒・たばこ税などの増税案を含んでいる。

7. 経済見通し

大蔵省は秋の経済見通し(11月24日発表)で80年の成長率を下向き改訂マイナス21/2%→マイナス3%)するとともに,81年についてもさらに11/2%低下すると予想している。この2年連続のマイナス成長は,戦後最大といわれた前回の石油危機後の不況(74年1.7%減,75年2%減)をも上回るものである。

第3-8表 イギリスの経済見通し

しかし,景気下降は81年中に底入れし,同年末までには緩やかながら増加に転ずるとみている(80年下期の前年同期比は5%減,81年下期同0.5%増)。もっとも,この回復はもっぱら在庫投資の減少幅が小幅化することによるものであり,その他需要は停滞を続けるとする。

すなわち,民間設備投資の下降(80年実質1/2%増,81年4.0%減),それを上回る政府投資の減少(80年15%減,81年19.3%減)が続き,政府消費はほぼ横ばいにとどまる。個人消費も,物価上昇の鎮静化(81年10~12月期の前年同期比11%高)に伴って貯蓄率の低下が若干期待できるものの,実質所得が高失業(81年平均約230万人)と賃上げの小幅化(前年の半分以下の約11%と前提)から実質所得が低下するため,80年下期(前期比1.7%減)の低い水準にほぼ横ばいにとどまるとしている。

経常収支については,不況による輸入の急減もあって80年下期には大幅黒字となったが,81年には,輸出がポンド高による国際競争力の低下からさらに減少するため黒字幅は縮小するとみている(81年度全体では前年度と同規模の20億ポンドの黒字)。

第4章 西ドイツ:春以降景気下降続く

1. 概  観

西ドイツでは,78年央以降民間設備投資の盛り上りを柱に景気の拡大が続いていたが,第2次石油危機とそれに伴う産油国への所得移転から79年下期以降調整過程に入り,80年春からは景気は下降に転じた。

まず個人消費がインフレの進行による実質可処分所得の低下を背景に,79年下期以降基調を弱めたほか,80年春からは輸出が減少し,また在庫投資も80年初までの大幅積み増しから,春以降は調整段階に入った。一方,民間設備投資は企業利潤の悪化にも拘ず,省エネルギーや競争力強化のための合理化投資などから底固い動きを続けた。

景気下降から雇用情勢も悪化傾向をたどった。雇用者数は,年央まで増加を続けたものの,失業者数は春以来増加の一途をたどっている。これには,難民の流入やベビーブーム期の世代が市場に参入するという特殊要因も影響した。

79年の企業収益の改善を背景に80年の賃上げは大幅なものとなったが,インフレ率の高まりから実質可処分所得は伸び悩んだ。

物価は年央まで上昇テンポを高めたあと,石油価格の低下などから,一時沈静化に向ったが,マルク相場の下落による輸入物価の上昇により,年末には再び上昇率を高めた。

79年央以降赤字に転じた経常収支は,石油価格急騰による貿易黒字の縮小を背景に,80年も赤字幅を拡大させた。80年全体では79年の約3倍にも達する見込みである。

こうした巨額の経常赤字を相殺するため,連銀は資本流入の促進と流出抑制策をとり,また内外金利格差を是正するため,2月と5月に公定歩合を引き上げて戦後最高水準の7.5%を維持した。しかし,アメリカにおける異常な金利高から資本流入は進まず,マルク相場も軟化を続けた。

財政政策はインフレ抑制と財政再建をめざし緊縮型予算がとられていたが歳出が予想外に膨らみ,景気の悪化から歳入も減少したため,財政再建は引き続き81年度の課題となった。

81年は前半まで景気停滞が続くとみられるが,後半には輸出の伸びなどから景気は回復に向う見通しである。

2. 需要動向

(1) 伸び悩んだ個人消費

79年下期はインフレ加速による実質可処分所得の減少を主因に個人消費は伸び悩んだ。特に燃料価格の上昇が,その他の消費支出を圧迫した。また4年間続いた乗用車ブームが去り,乗用車の購入も減少した。

80年1~3月期には,個人消費は異常な活況を呈した。これは,インフレ心理,ソ連軍のアフガニスタン侵攻などに伴う国際情勢の緊迫化などから”不安買い″の現象が起ったためである。高級品,耐久消費財の売り上げがことに良かった。実質個人消費が実質可処分所得の伸びを上回って増加したため,1~3月期の貯蓄率は13.4%へ下った。

4~6月期には前期の反動や引き続くエネルギーコストの上昇とインフレのための所得税負担の増加による購売力の減殺効果,また先行金利低下を予想した貯蓄の増加などの諸要因から実質個人消費は前期比2%と大幅に落ち込んだ。

7~9月期には前期比1.1%増と再び景気下支え要因となったが,これは家計が実賃可処分所得の低下にも拘ず,貯蓄を減少させることで消費支出に回したためである。

連銀の試算によると,80年全体の家計のエネルギー支出は全個人消費支出の9%弱を占めると見込まれる。79年は8%強,石油危機前の72年には約6%であった。

このように,79年下期から80年にかけてはインフレの加速とエネルギー支出の増加による購売力の縮小が個人消費の基調を弱いものにした。

第4-1表 実質GNP(1970年価格)と主要需要項目の動き

第4-2表 個人収入の動き

(2) 機械設備投資:根強い民間設備投資

機械設備投資は79年に実質で9.5%と大幅に増加し景気拡大の主役となった。これは賃上げが小幅に収まり企業利潤が政善したことが主因であった。

80年1~3月期までは景気拡大が続いたが,4~6月期以降景気は下降に転じ,企業利潤は悪化し始め,またコスト面では,賃金の上昇と生産性の停滞による労働コストの上昇,これにマルク安による輸入原材料コストの上昇,金利上昇が加わった一方で,景気下降のため価格への転稼は難しくなった。このように投資環境が悪化したにも拘ず,企業の設備投資意欲は省エネルギー,代替エネルギー開発,国際競争力強化のための合理化などに支えられて根強いものがある。特に自動車産業では,小型,低燃費車への転換,第三国との競争から投資を大幅に拡大させており,IF0経済研究所の調査によると製造業の投資に占める同部門の比率は76年の8%から80年には17%へ上昇するという。

国内向け資本財の受注残高は増加しているが(第4-1図),最近の傾向として見逃せないのは輸入資本財の割合が大きくなっていることである。連銀によると,80年1~9月間の国内機械設備投資(名目)に占める輸入財の割合は,約22%となった。79年は20.5%,70年代前半は15%にすぎなかった。

第4-1図 機械設備投資関連指標

(3) 建設投資:産業用建設が増加

建設投資は79年に実質で前年比8.1%の大幅増となり,機械設備投資とともに景気拡大の原動力となった。80年も前年から持ち越した高い受注残や,産業用建設需要の増加などから建設投資は引き続き堅調に推移した。

部門別にみるとまず住宅建築は79年末をピークに80年に入ってからは,はっきりとした減少傾向をたどった。建築価格の高騰や不動産抵当金利の上昇から,住宅コストが非常に高くなったためである。しかし,旧住宅の近代化,エネルギー節約的措置に対する需要は相変らず強かった。

公共部門においては,「未来投資計画」(1977~80年に総額約200億マルクを発注する計画)に基づく発注は減少したが,以前に発注されたものが工事段階となり,民間部門の需要増に対してプロサイクリカルに働いた。

産業部門においては,設備拡張意欲の表われを反映して新規受注は増加傾向をたどった。

7~9月期には,根強い騰勢を続けていた建設価格も鈍化の兆しをみせ,抵当金利も低下し始めたことから,4~6月期に大幅に落ち込んだ住宅受注もやや持ち直した。

(4) 在庫調整続く

79年は経済活動が予想以上に拡大したため,積極的な在庫投資が行なわれた他,石油急騰や,一次産品の値上りを見越しての原材料の備蓄もかなりあったと思われる。79年の在庫投資の実質GNPに対する比率は2.3%と70年以来の高水準であった。

第4-2図 建設業新規受注

80年初まで景気拡大が続いたことや,国際的な政情不安から80年上期も大幅な在庫積み増しが行なわれた(GNPに対する比率は2.6%)。

その後は原材料相場の軟化や上期の積み増しの反動から在庫調整が行なわれた。IFO経済研究所の調査でも,在庫過剰感を訴える企業の割合が増えている(第4-3図)。

第4-3図 完成品在庫に対する企業家判断

3. 生産・雇用

(1) 生産:春以降減少

鉱工業生産は79年夏まで急増したあと個人消費の弱まりなどを背景に年末まで横ばいを続けた(第4-4図)。

第4-4図 鉱工業生産

80年初には,ソ連軍のアフガニスタン侵攻など国際的政情不安から,国内外で大幅な在庫積み増しや個人消費の強まりがみられた。このため,基礎財,消費財を中心に新規受注が急増し(第4-4図),鉱工業生産も化学,せんい産業などで拡大した。また,企業の設備投資意欲が底固いことから電機・機械産業の生産は高水準を保った。建設生産も穏やかな天候のもとで生産が進捗した。

しかし,その後4~6月期7~9月期,と受注,生産とも二期連続低下を示した。4~6月期には例年より休日が多かったという特殊要因もあるものの,年初の大幅在庫積み増しや個人消費急増の反動,海外需要の弱まりなどが原因となっている。また乗用車需要の引き続く低下から,自動車産業の生産も減少傾向をたどった。建設生産も建設需要の弱まりから低下した。7~9月期は国内向け新規受注数量の減少が小幅にとどまったにもかかわらず輸出向けが大幅減となったため(第4-5図),生産も連続低下となった。

第4-5図 製造業新規受注数量

1~3月期から7~9月期までの鉱工業生産の落ち込みは約5%で,7~9月期の水準は前年同期を大きく下回った。

(2) 雇用:失業者数漸増

景気下降は労働市場にも影響を与えた。雇用者数は年央まで増加したが,失業者数は1~3月以降増加に転じている(第4-3表)。また難民の流入(特にトルコ,インド,バングラデシュ人)や,ベビーブーム期の世代が市場に参入したことが失業者をさらに増加させる要因となった。11月末の失業者数(季節調整値)は98.9万人に達し,失業率(同)も4.2%へ高まっている。

第4-3表 雇用情勢

しかし,失業問題には79年に引き続き次のような構造的要因が横たわっている。

操業短縮は夏休みの明けた秋口から再び増え出した。特に多い業種は自動車,電子,機械産業であり,外国との競争にさらされている分門である。

4. 賃金・物価

(1) 賃金:大幅賃上げ

80年度の賃金改定交渉においては,企業収益がなお好調を続けていたことや,石油価格急騰による追加賃上げを見送ったことを背景に10%前後の大幅賃上げ要求が出されていた。これに対し,使用者側は前回石油危機後の大幅賃上げがリセッションを招いたことを指摘,節度ある賃上げを訴えた。

こうした中で1月下旬,ラムズドルフ経済相が7%であれば経済全体のバランスが損われることはあるまいと発言したことを契機に7%をめぐる攻防となった。結局,最大の組合員を抱える金属労組のノルトライン・ヴェストファーレン地区で平均6.8%の基本給引き上げ(2月1日から12か月間)と下位賃金グループに対する一時金支給で妥結した。また公務・運輸・交通労組も6.3%(3月1日から12か月間)と,同様の一時金で妥結するなど80年上期に行なわれた賃金妥結は平均6.7%(基本給のみ)のアップとなった。

これは79年平均の4.5%を大きく上回っている。

12月中旬,最大手の労組である金属労組のバーデンヴュルテムベルク州支部は81年度に8%の賃上げを要求した。これに対し経営者側は,景気の低迷と企業収益の低下から,生産性上昇の範囲内の2.5%~3%程度が妥当であるとしている。

81年は年初に所得税減税と児童手当の引き上げが予定されていること,物価も安定する見通しであることなどから80年に比べ賃上げは低目になると思われるが,物価の安定は石油情勢やマルク相場の動向にかかっている部分も多く,賃上げ交渉のなりゆきが注目される。また81年の経済情勢は賃上げ動向にかかっているといえる。

(2) 物価:高水準で推移

原油価格の急騰や工業用原材料の値上りを主因として上昇を続けていた物価は80年春以降鈍化傾向をみせ始めた。これは,原油をはじめとする原材料,半製品価格がむしろ値下りに転じたため,輸入物価が安定的に推移したことが貢献している。

海外からの物価押し上げ要因が弱まったのに対し,大幅賃上げや生産性の低下から労働コスト圧力は強まった。しかし,景気下降による需要の弱まりから企業はコスト上昇分を価格に転稼することが難しかったと思われる。

工業品生産者価格は4月の8.4%(前年同月比上昇率)をピークに9月には6.7%へ鈍化し,消費者物価も5,6月の6%から10月には5.1%となった。また根強い騰勢を続けていた建設価格も建設需要の弱まりを背景に高水準ながらも上昇率は鈍化した。

しかし,為替市場におけるマルク相場の軟化から輸入物価は秋口から再び上昇し始め(第4-6図),それにつれて,工業品生産者価格,消費者物価にも上昇の兆しがみえている。

第4-6図 物価動向

5. 貿易・国際収支

(1) 貿易:輸出入とも年初急増後漸減

商品輸出は80年初に急増した後減少傾向をたどった(第4-7図)。これは主要貿易相手国である近隣諸国の経済情勢が西ドイツと似たような動向を示したためである。つまり①在庫調整の影響から基礎財輸出が減少した②個人消費の鈍化から消費財輸出も減少した③乗用車需要が引き続き弱かったことから乗用車輸出が落ちたことなどによる。一方設備投資の底固さを反映して電機,事務機,データ処理装置などはなお若干の増加を示した。

第4-7図 輸出入金額

年初の水準が高かったため,1~10月間の輸出金額は前年同期比12%増とかなり大きな伸びをみせたが,数量でみると5%増であり,79年の伸び(前年比9%増)を大きく下回った,地域別輸出動向をみると(第4-4表),アメリカ,カナダ向けが景気後退の影響から伸び悩んだほか,OPEC諸国向けも,前回の石油危機後に比べるとわずかしか増加しなかった。また共産圏諸国は外貨事情の悪化から輸入抑制をしたため,ソビエトを除き輸出が減少した。

第4-4表 地域別輸出動向

80年の商品輸入の動向をみると,年初に在庫積み増しの影響から原材料や半製品輸入が急増したあとは,国内景気の下降傾向を反映して漸減傾向をたどった(第4-7図)。

1~10月間の商品輸入金額は前年同期比19%増と輸出の伸びを上回ったため,貿易黒字は著しく縮小したが,数量では3%増と輸出の伸びを下回った。これは,第4-5表をみてわかるように,石油及び石油製品の輸入数量が景気下降や消費節約から減少したにも拘ず,価格の大幅引き上げによって輸入金額が著しく膨らんだためである。

第4-5表 石油及び石油製品の輸入動向

(2) 国際収支:経常収支の赤字幅拡大

西ドイツの経常収支は第1次石油危機の際もOPEC諸国向け資本財の急増などに支えられてむしろ黒字幅を拡大させていたが,79年には約100億マルクの赤字と1965年以来14年振りの赤字に転化し,80年も赤字幅を拡大させた。

この主因は石油輸入金額の膨脹に基く貿易黒字の大幅縮小であるが,これに加え伝統的な赤字項目である貿易外収支,移転収支も,旅行収支の悪化,ECへの拠出金の増加,途上国債務の救済などから赤字幅が拡大した(第4-6表)。80年の経常赤字は300億マルク近くに達すると見込まれており,前年の3倍程度に膨らむとみられる。

第4-6表 国際収支の動き

このような大幅赤字を相殺するために連銀は国内金利を高めに保つことや外資流入規制の緩和などを通じて資本流入の促進を図ったが,米国における金利高騰から民間部門の長期資本収支は流出が続いた。このため,政府は産油国などから二国間ベースの直接借入を行なっている。蔵相の発言によると1~11月間の政府の対外直接借入は58億マルク(うちサウジアラビアからは55億マルク)にのぼっている。

また,マルク建外債の新規発行が11月央から81年1月央まで見合わされることになった他,12月下旬には,金融機関が連銀と紳士協定を結び81年3月末まで対外信用を自粛することにするなど資本流出抑制の動きもみられた。

6. 経済政策

(1) 財政政策:財政健全化が目ざされる

80年には,78,79年に中断されていた財政健全化路線が再び目指されていたが,結果としては歳出が予想以上に膨らみ,財政赤字も拡大した。

まず,歳出面では,3月に妥結した公務・運輸・交通労組(0TV)の80年度賃上げが6.6%と前年(4%強)をかなり上回ったため人件費の支払いが増大した他,建設資材価格の高騰に伴い公共事業費の膨脹も余儀なくされた。また金利の上昇により利払いも増加した。連邦政府だけをとってみても,80年度(1~12月)の歳出の伸びは当初予算の前年度実績比5.5%を上回り約6%となる見込みである。一方,歳入面では,景気鈍化に伴う税収の伸び悩みや,80年1月からの賃金総額税の廃止と営業収益税の基礎控除の引き上げ,年末のクリスマス控除の引き上げによる減税などから歳入の伸びは当初予算の6.9%を下回り,約6%にとどまるとみられる。このため財政赤字も当初予算の247.1億マルクより拡大し,275億マルク(79年は260億マルク)程度になる見込みである。

81年度の連邦予算案は12月中旬閣議決定された。歳出額は2,246億マルク,前年度実績見込比4.3%増の緊縮型である。財政再建のため,貯蓄優遇制度の一部廃止,自動車用燃料税,酒税の増税,各種補助金の削減,連邦郵便の国庫納付金率の引き上げなどが閣議決定されている。しかし一方で,81年度減税法に基き,81年初より所得税累進税率の改善をめざした減税や児童手当引き上げが実施されることになっているため,景気下支え効果も期待できる。

第4-7表 1980年度及び81年度連邦政府予算

(2) 金融政策:対外要因による高金利政策

インフレが加速し始めた78年秋から金融政策は徐々に引き締めへと転換されていき,79年中もインフレ抑制を主眼に引き締め政策が堅持された。80年にはインフレ抑制もさることながら,内外金利格差,大幅経常赤字を背景とするマルク相場の軟化と資本の流出など,対外的問題に対処するために高金利政策が続けられた。

公定歩合は5月初に7.5%という戦後最高水準に引き上げられて以来,景気情勢の悪化や各界からの引き下げ要求にも拘ず,据え置かれたままとなっている。しかし,流動性が過度にひっ迫するのを防ぐため,手形再割引枠の拡大や最低準備率の引き下げ,債券の売戻し条件付買オペなど量的緩和の微調整策が何度もとられた。また9月下旬にはロンバート・レート(債券担保貸付金利)も小幅ながら引き下げられた。

また,高金利政策とならんで,外資流入を促進させるため,3月と11月に資本流入規制措置が緩和された。また,資本の流出を防ぐために11月にはマルク建外債の発行が1月央まで見合わされることになった他,外国向け信用供与も連銀と金融機関との紳士協定により,81年3月末まで自粛されることになった。

中央銀行通貨量は80年の目標増加率(10~12月期の前年同期比)が5~8%増となっていたが,5月以降は同ベースで下限付近の伸びにとどまった(第4-8図)。81年の目標増加率は11月末,4~7%増(同)と決定され,連銀は引き続きマルク相場の安定に努める考えを明らかにした。

第4-8図 中央銀行通貨の伸びと金利動向

第4-8表 1980年の金融政策の動き

7. 経済見通し

81年の経済見通しについて,五大研究所の秋季合同報告と経済専門家委員会の年次報告は下記のような点で一致している。

①81年前半まではスローダウン傾向が継続し,失業者数も漸増傾向をたどろう。

②しかし,新たな石油危機がなければ,74,75年のようなリセッションに陥る可能性はなく,年後半には景気は再び上昇に転じ,雇用情勢も好転しよう。

③その背景としては,

などが指摘される。

④81年度の賃上げは,設備投資を持続させ,雇用の増大をはかるために節度あるものが望ましい。

第4-9表 81年の経済見通し

しかし,金融政策については,五大研が,国内経済重視の観点から公定歩合を引き下げ,通貨供給量を増やし,一時的にはマルク相場の軟化も甘受せよとしているのに対し,委員会は引き締め政策を堅持し,マルク相場の安定に努めるべきだとしている。

第5章 フランス:景気後退は軽微

1. 概  観

第2次石油危機の発生にもかかわらず,79年中も緩やかな景気上昇を続けてきたフランス経済は,80年4~6月期からは石油ショックのデフレ効果の調整局面に入り,景気は下降に転じた。このため,80年の実質経済成長率は79年の362%から大幅に鈍化し2%を下まわったとみられる。在庫投資は高水準を続けたものの,外需の弱まりを映じて輸出が頭打ちとなったのに加えて,国内最終需要の軟化傾向が期を追って鮮明化した(第5-1表)。

第5-1表 実質GDPと需要項目の動向

これに加えてインフレの加速化,失業の増大,貿易収支の赤字という三重苦によりパフォーマンスの悪化を余儀なくされた。インフレ率は4月には13.9%に達し,失業者数や貿易収支赤字も記録的なものとなった。

しかしながら,今回の世界不況の中で意外なほどフランス経済の健闘が目立ったことも見逃すことは出来ない。すなわち,成長率の低下やパフォーマンスの悪化の程度は,構造的な失業問題を除いて,その他先進国と比較して,相対的に軽度ですむとみられることである。76年秋以降「バール・プラン」の名のもとに①マクロ経済の安定化,②フランス経済の活性化を2大目標とし,通貨供給量の管理,フラン防衛,価格の自由化,企業の国際競争力の強化などの政策が実施されていた。これらの成果は当初の目標達成にはほど遠く今のところ不満足なものにとどまっているが,その大きな原因は石油ショックなどの外生与件の変化にあり,むしろこれらの政策がフランス経済に活性化の萌芽を現わしつつあることも否定出来ない。

このように80年に入り,石油ショックのデフレ効果が顕現化する中で,一方では景気刺激策を求める声が高まるなど,フランス経済の立直しをはかりつつあるバール政権にとって大きな試練に直面することとなった。

2. 需要動向

(1) 個人消費は頭打ちへ

78年末より80年春まで,年率3%強で推移し景気上昇をささえてきた個人消費は,80年4~6月期に前期比0.6%減とほぼ5年振りにマイナスを記録したあと,やや持ち直しているが基調は弱く,80年通期では約2%増と79年の3.2%増から鈍化したとみられる。

これは第2次石油ショックのデフレ効果や79年の2回に渡る社会保障料個人負担率の引上げなどにより,79年初より実質可処分所得の伸び悩み(78年10~12月期から79年10~12月期まで0.7%増)の影響が支出面にもあらわれてきたためである。すなわち,79年中は消費の習慣効果や資産効果などにより,所得面でのデフレ効果を貯蓄率を引き下げることで対応してきたが,80年からは調整局面に入ったとみられる(第5-1図)。

第5-1図

個人消費の動向を小売り売上数量(中央銀行調査)でみると,80年初までは緩やかながら増加基調を維持した。食料・衣料などはすでに頭打ちになっていたのに対し,インフレ心理の買急ぎなどの要因により耐久消費財(家電製品・家具)の売上が増加した。しかし,80年3月にぱこれら耐久消費財売上の減少を主因に前月比5.3%も急減した。80年1~3月期の実質可処分所得の伸びが前期比3.2%減となったことから個人消費はさらに弱まった。10月には冬物衣料や暖房器具などの売上増加から9~10月の前2か月比0.7%増と下げ止まりないし持ち直し傾向もうかがわれるが,実質可処分所得の伸び率も低い(81年は1.6%増,OECD見通し)ことから,基調は引続き弱いとみられる。

(2) 底固さは残る企業設備投資

今回の景気上昇過程において,著しく出遅れていた固定投資は,79年4月と9月の2回にわたる設備投資振興策などを背景に79年下期より急速に活発化し,79年は実質2.5%増(78年0.7%増)となった。企業設備投資は80年に入っても概ね高水準横這いをつづけ,基調としての底固さを維持し実質4%増と79年の2.4%増をさらに上回るとみられるのに対し,住宅投資(家計)は高金利の影響などにより一時的な回復にとどまり,80年はふたたびマイナスとなったとみられる(第5-1表)。

住宅投資は75年以降不振をつつけていたが,売残り住宅の減少・新規住宅需要の持ち直しや住宅建設・省エネルギー投資促進策(25億フラン,79年8月)などを背景に79年は実質3.6%増となった。しかし,80年に入ると金融引締め強化による高金利の持続や住宅関連融資の直接貸出枠への繰り入れによる貸出規制の強化などから再び低迷し,7~9月期には前年同期比6.9%減と低水準に落ち込んだ。こうした状況に対処し,80年7月から住宅購入者向の低金利融資(総額60億フラン)の実施などの建設業界に対するてこ入れがなされた。

一方,企業設備投資は80年に入っても概ね横這いながらも,高水準を続けた。すなわち,INSEE(国立統計経済研究所)の80年の製造業設備投資予測調査は実質4.5%増の見通しを80年6月時点になっても変えず,GNPベースの見通し(政府)では,3.2%増(79年9月時点)から4.0%増(80年9月時点)へ上方修正された。これは国営企業(フランス電力など)でエネルギー開発・代替投資を中心に80年は実質17.0%増と79年の9.3%増を大幅に上まわる伸びを示したのに加えて,民間設備投資も中間財部門などを中心に投資需要が堅調だったためである。過剰設備の調整過程をほぼ終了し中期的循環局面に入りつつあったことや操業度が比較的高水準を持続したこと,さらには78年からのブコワ綱領にもとづく自由化政策による競争原理の導入や企業体質の強化策が徐々に実を結びつつあり,企業収益が悪化しなかったことがこれを可能にしたとみられる。

しかし,第2次石油ショックに伴うデフレ効果は個人消費を皮切りに企業収益にも顕現化し始めており,内外需の停滞からくる操業度の低下(80年6月85.3%→10月84.5%)などから,設備投資の先行鈍化は避けられず,政府見通しによると81年には実質1%増になるとしている。

(3) 高水準を続けた在庫投資

78年に個人消費などの国内最終需要の盛り上がりを背景に増加に転じた在庫投資は,一次産品の高騰に備えた手当買いや石油などの原燃料在庫の増加などから,79年中景気に対してプラスに作用した。こうした動きは80年に入っても維持され,7~9月期にはGDP比2.4%とかなりの高まりをみせた。しかし,個人消費などを中心に国内最終需要が伸び悩み傾向にあることから,意図せざる在庫増もあるとみられる。ビジネス・マインドをみても中間財・消費財部門での在庫過剰感が高まっており,80年末より81年にかけて在庫調整を余儀なくされる懸念が高まっている。

3. 生産・雇用

(1) 低下傾向にある鉱工業生産

79年初には寒波やストライキの影響などにより一時的な停滞もみられた鉱工業生産(土木・建設を除く)は,79年央より急増し,79年全体では前年比3.2%増となった。しかし80年に入ると,内外需の低迷を映じて頭打ち傾向が明白となり,5月以降低下傾向に転じ7~9月期には前年同期比3.9%減と低水準となった(第5-2図)。

第5-2図 鉱工業生産

部門別にみると,エネルギー部門では省エネルギーの進展などから79年より横這いないし低下をつづけた。一方,中間財部門・消費財部門では,需要の堅調を背景に79年中は比較的好調を維持したが,80年初よりは弱含みとなり在庫調整の進展に伴い低下傾向をつづけている。資本財部門では,回復は遅れたものの79年央より急速に増加し,80年に入ってからも基調としての底固さをなお維持している。

INSEEの景況調査により,企業家の在庫・受注判断の動向をみると,4月以降は両指標とも急速に悪化しつづけていたが,10月になってその悪化がとまっている。しかし,引続き中間財・消費財部門での在庫過剰感が強いことから,生産活動は下げ止まり感もみられるものの,在庫調整を主因にここしばらくは弱含みに推移するとみられる。

(2) 厳しさ続く雇用情勢

失業者数は79年7月に139万人とピークを打ち,雇用の政策効果などから一時的に改善もみられたが,79年末には再び増加に転じ,80年5月には147万人と最高記録を更新した。一方,未充足求人数は,景気上昇を映じて79年中はかなりの増加をつづけたが,80年に入ると一転して減少に転じ,11月には前年を17.0%も下まわる低水準となった(第5-3図)。

第5-3図 雇用情勢

このように,フランス経済にとって雇用問題が解決困難な課題となっている大きな理由としては,第1に70年代に入ってからの低成長により雇用吸収力が弱いこと,第2に労働力人口の増加により供給圧力が強いことなどの構造的な要因が指摘される。すなわち,雇用者数増加率は第三次産業では伸びているものの,製造業では依然として減少傾向が続き,全体での増加も80年上期で前年同期を0.5%上まわるにすぎない。これに対して労働力の供給面では女子の労働力化率の高まりを主因に毎年1%位の増加が見こまれている。このため79年に135万人に達した失業者数は85年にはほぼ倍増するという悲観的な見方もされている(INSEE)。

こうした中にあって,政府は若年層を中心とした雇用対策は続けているものの,失業克服の基本的な視点は企業の国際競争力の強化を通じての雇用吸収力の増強においており,その成果が出てくるにはなお数年を要するとみられる。

4. 賃金・物価

(1) 実質賃金上昇率は鈍化

時間当り賃金上昇率(生産労働者)は77年以降12%台にまで騰勢を鈍化させたが,79年より消費者物価の加速化などを背景に再び上昇テンポを早め,80年1~9月期で15.1%まで高まった。しかし,この間消費者物価上昇率の上昇テンポの方が早かったため(79年10.8%→80年13.5%),実質賃金上昇率は79年の2%から80年は1.5%へ鈍化したとみられる(第5-4図)。

第5-4図 賃金及び消費者物価の動き

こうした実質賃金上昇率の鈍化傾向は,77年以降のバール・プランによる「賃金上昇抑制勧告」などを反映したものであり,インフレ抑制のためには賃金上昇率は原則として物価上昇率を超えないことが必要とする政府の賃金政策が不十分ながらも徐々に浸透しつつあるとみられる。また労働市場での供給圧力がつよく,雇用情勢の悪化から労働組合の要求の重点が賃上げよりむしろ雇用の維持ないし拡大におかれていたことなどもこれを可能にした。

一方,最低賃金(SMIC)は低所得者層保護の観点から年5回の引き上げが実施され,上昇率も15.6%となった。

(2) 高騰を続けた消費者物価

消費者物価上昇率は第2次石油ショックの影響で79年に11.8%高と高騰したあと,80年に入りさらに加速した。4月に13.9%高とピークを打ったあとは,騰勢鈍化の傾向を示しつつも高水準を続け,年平均では政府見通しの13.3%を上回ったとみられる(第5-2表)。

第5-2表 消費者物価の上昇要因

このような消費者物価の高騰は石油価格の上昇が主因であるが,78年に着手した価格自由化政策に対する最初の試練となった。すなわち,インフレ抑制のためには基本的に企業の体質政善・競争の強化が不可欠というバール・プランの基本理念から,78年に工業製品価格,80年には商業マージン率規制の撤廃が実施され,一部を除き価格の自由化がなされた。一方,石油価格は引続き統制下におかれたが,原油の値上り分は自動的に製品価格に転嫁する方式がとられた。消費者物価(綜合)上昇率の内訳をみるために上昇寄与度をとると,エネルギー価格の寄与度が高まり,その他は比較的落ちついた動きを示したことが分かる。サービス価格は80年後半よりやや高まっているが,その主因は公共料金の引上げであり,今回の物価上昇の主役は輸入インフレによるところが大きかったとみられる。こうした点からは,価格自由化政策はほぼ無難に今回の危機に対処しえたとみられるが,今だに物価の引下げには成功しておらず,これからも競争の促進策と合わせてインフレ抑制の努力が続けられよう。

5. 貿易・国際収支

(1) 頭打ちとなった輪出入

79年の輸出は前年比19.3%(数量ベースで10.1%)の増加と好調に推移し,世界市場(共産圏を除く)に占める割合も78年の6.7%から6.8%へ高まった。輸入も内需の盛り上がりや石油価格の上昇を映じて輸出の伸びを上まわり同22.8%(数量ベースで11.6%)の増加を見せた。この傾向は80年初まで続いたが,その後は内外需の停滞を映じて輸出入ともに頭打ち傾向が明白となった(第5-5図)。こうした中で80年6月には企業の海外競争力の強化や輸出意欲の昂揚をねらいとした為替管理の一部緩和が実施された。

第5-5図 貿易動向

輸出は80年1~3月期に前期比3.9%増と伸びを高めたあと,高水準横這いと伸び悩んだ。商品別には食料・農産物は好伸したものの,自動車・資本財など今までの輸出増加の牽引力となったものが頭打ちとなった。

輸入も80年1~3月期に原油輸入金額の急増から前期比11.7%増となったあと,高値原油の一巡などから増勢鈍化した。しかし,内需が比較的堅調だったこともあり,資本財・消費財輸入も高水準をつづけた。

(2) 赤字に転じた経常収支

79年5月より赤字に転じた貿易収支は,79年に101億フランの赤字となったあと,80年に入ってさらに赤字幅を拡大し,年間では約600億フランの記録的な赤字となったとみられる。

この赤字幅拡大の主因はエネルギー輸入が原油価格の高騰から増加したためであるが,工業品輸出の増加などで赤字補填が十分に進まなかったところにフランス企業の国際競争力の脆弱さを露呈することとなった。すなわち,地域別貿易収支では,対共産圏諸国や非産油途上国では黒字幅を拡大したもののエネルギー収支の悪化から対OPEC諸国の赤字幅がさらに拡大したほか,対先進国のそれも赤字幅を拡大させ先進国市場に対して比較的弱いフランスの貿易構造は政善されなかった。

一方,経常収支は,79年も多くの国で赤字転落したのとは対照的に49億フランの黒字を維持した。しかし80年に入ると貿易収支の大幅赤字化から経常収支も赤字に転じ,年間では約300億フランの赤字となったとみられる(第5-3表)。

第5-3表 国際収支の推移

経常収支は赤字に転じたものの,その幅は他の先進国と比べてそれほど大きなものとなってはいない。これは,観光収入の持続的政善傾向に加えて,原子カプラント等の技術供与・土木工事の増加から貿易外収支が好調だったためである。

資本収支の動きをみると,長期資本収支は80年4~6月期には海外金利の低下や企業の外債発行・対内証券投資の増加から77年10~12月以来の黒字を記録した。

6. 経済政策

80年の経済政策は81年4月の大統領選挙を控えてその動向が注目されたが,その基本的政策スタンスは76年秋以降のバール・プランの延長であり,インフレ抑制を最重点課題とした慎重な運営がつづけられた。

(1) 主役となった金融引締め

金融政策はインフレ率の高まりと共に引締めが強化され,今回の引締め政策の主役となった。輸入インフレが高まる中で,通貨供給量の管理を一層強化したのに加えて,コール市場介入金利を引き上げた。

通貨供給量(M2)の管理としては,80年の増加目標値を79年と同じ11%と予想名目成長率(11.8%,79/9時点)を下まわる伸びに置き,市中銀行に対する基準貸出枠を一層抑制的に設定したのに加えて,非対象貸出の高率適用繰入れ率の引上げなどが実施された。79年の実績は14.4%とはるかに目標値を上まわったが,80年に入ると対政府信用の落ち着きなどから徐々に増勢を鈍化させ,8月には11.5%増と目標値に近づいた。

金利動向をみると,もっぱら通貨情勢を配慮しての動きとなった(第5-6図)。すなわち短期市場金利は,海外での金利高騰に歩調を合わせ79年5月以降一貫して上昇を続け,プライム・レートも80年3月には13.25%の高水準となった。これは主にフラン防衛の観点より,中央銀行がコール・レートを高目に誘導したためである。4月以降は物価騰勢のいちおうの落着きやフラン相場の安定,海外金利の軟化などから徐々に下がっているが,物価水準がなお高いことから金利はなお高い水準にある。こうした中で,フラン相場は政府の思惑通りにEMS内での強調を続け,11月には軟化したマルク支援措置も実施された。

第5-6図 金利動向

81年についても,引続きインフレ抑制とフランの安定を目指し引締めを堅持する方針を明らかにしている。通貨供給量の増加目標値は81年は10%とさらに引き下げ,基準貸出枠規制も上期中は大統領選を意識してやや緩めているもの,通期では80年よりもさらに抑制的に設定された。

(2) 中立的な財政政策

80年の財政政策は公共事業・住宅投資・省エネルギー関連投資助成などの選択的な景気対策が織込まれ,第二次石油ショックのデフレ効果を意識したものとなったが,慎重な運営がつづけられた。すなわち,当初予算ベースでは,財政収支尻は79年度比約2倍となったが,決算ベースでは80年は358億フランの赤字(GDP比1.3%)と79年の375億フランの赤字(GDP比1.5%)を下まわるとみられる。景気対策としては雇用拡大・輸出振興・省エネルギーの促進などを目的に設備投資の助成(1月,9月)や低迷した建設業界へのてこ入れ策(7月,9月)が実施されたが,それはあくまで選択的なものにとどまった。

この方針は81年度予算案にも引き継れた(第5-4表)。財政収支尻は当初予算ベースで78年の赤字転落以来赤字幅拡大の傾向にあったが,81年度では4年ぶりに前年度以下に抑え294億フランの赤字にとどめた。本予算案の主目的は,①財政赤字の削減,②税負担の安定,③財政支出の縮減となっており財政の健全化を指向しているが,支出面での重点は①国防の充実,②設備投資の促進,③研究開発の促進,④多子女家庭の安定,とフランス経済の活力の維持に重点配慮がなされるなど,比較的バランスのとれたものとなっている。また,景気動向の変化に対処するため,4年ぶりに景気調整基金(65億フラン,景気が悪くなった時は同基金を取り崩し公共投資等に振り向ける)が復活されたことが注目される。

第5-4表 1981年度予算案概要

7. 経済見通し

80年4~6月期から景気後退局面に入ったフランス経済も81年春ないし上期中には回復に向うとみられる。しかしその回復テンポは緩やかであり,81年の成長率は1.6%(政府見通し,80年9月)とさらに鈍化するとみられる(第5-5表)。政府の一部には,景気対策も考慮すれば2.2%成長も達成可能と予想もされているが,大統領選挙を意識しての政治的な発言とみる向きが多い。いずれにしても景気反転の時期はインフレ率の収束のテンポに左右されることになろう。

第5-5表 経済見通し

INSEE(国立統計経済研究所)の短期経済見通し(12月発表)によれば,個人消費は79年秋ごろには底を打ち,年率2%の実質可処分所得の伸び(81年2月からは社会保障料個人負担率1%引下げ)が期待されることから,景気の下支え要因となるとみられるが,企業設備投資の回復はやや遅れ81年上期中は緩やかながら低下を続けるとみている。

物価面では,賃金上昇率が緩やかなこと,内需が強くないことから,インフレ率は81年上期中には年率12%以下に鈍化するとみられる。

貿易収支は,低成長に伴う輸入の減少を主因に,81年春ごろには赤字幅は月平均30億フランに縮小し,年間でも徐々に改善が見込まれる。

以上のように,バール・プラン実施後4年を経過したフランス経済は,海外経済の低迷,引続くインフレ抑制政策などから,81年もなお低成長を余儀なくされ,また改善の兆しはみられるもののインフレ体質など構造面での問題は山積しており,その前途はなお多難とみられる。

第6章 イタリア:春以降景気は下降へ

1. 概  観

79年のイタリア経済は,政局不安やストライキの続発で大きな影響をうけたが,78年秋以降の好調な輸出,旺盛な個人消費や設備投資の盛り上がり等に支えられて力強い拡大を示した。とくに秋から80年春にかけてインフレ期待の高まり等から個人消費,在庫投資が急増して経済は活況を呈したが,その後は需要の予想外の落込みから下降に転じている。

こうした経済の拡大にもかかわらず雇用情勢の改善はわずかにとどまり,依然高失業が続いている。物価は年初に急騰をみせたあとも相次ぐ石油製品や公共料金の値上がり等から根強い騰勢が続いている。また,対外面では貿易収支の悪化や資本流入の弱まりもあって総合収支は赤字幅を拡大している。リラは春以降EMS内での最弱通貨に転落したあとも軟化傾向を続け,リラ危機再燃の懸念が強まっている。

こうしたなかで多数・中道左派内閣(キ民,社会,共和)として再出発(4月)した第2次コツシーガ新政権は7月初,財政支出削減や間接税引上げにより消費需要を抑制する一方,企業の労働コスト軽減や輸出信用の拡大により輸出競争を回復することをねらいとした緊急経済対策を発表した。しかし同法案は下院で否決され,総辞職という政治危機を招くこととなった(9月)。こうした事態に対処するため,イタリア銀行は,直ちに公定歩合の大幅引上げ(15.0→16.5%)と一連の為替管理強化措置を実施した。10月29日に発足したフォルラーニ新政権(キ民,社会,共和,社民)もインフレ抑制とリラ防衛を最優先課題としており,81年度予算案(12月初,議会提出)は広義の公共部門赤字を本年度並みに抑えることをねらいとした引締め的性格のものとなっている。

2. 需要動向

78年より緩やかな回復に転じたイタリア経済は,79年中も拡大を続け,秋から80年春にかけてそのテンポを強めたあと下降に転じている。実質GDP成長率は,79年には5.0%と78年の2.6%を大きく上回ったが,80年も3.5~4.0%とかなりの増加が見込まれている(8月の政府見通し4.0%,12月のO ECD3I%)。

79~80年の需要動向を国民経済計算ベース(第6-1表)でみると,GDP成長率は下期に年率5.5%増(上期5.1%増)と引続き高い伸びを示したあと80年上期には6.4%増と拡大テンポは加速している。こうした景気拡大をもたらしたのは,まず第1に,個人消費が堅調(79年下期4.8%増,80年上期6.3増)を維持し,とくに秋から春にかけてインフレ期待の高まりや貯蓄率の低下もあって急増したことである。第2は,固定投資,とくに設備投資の急速な回復である(設備投資は79年上期の4.0%増から下期14.2%増,80年上期14.5%増)。第3は,在庫投資が企業の生産・受注の増加見通しやインフレ期待から急速な積増しに転じたことである(対前期GDP比率は79年上期の1.0%増から下期1.4%,80年上期2.2%増)。このほか輸出も好調で79年を通じて景気の支持要因となったが,80年上期には減少に転じている(同5.7%増,7.9%増,2.0%減)。

第6-1表 GDPと需要項目の推移

しかし景気の拡大は80年春ごろまで続いたが,その後は内外需の予想外の落込みから下降に転じ,下期のGDP成長率は前期比年率3.5%のマイナスとなるとみられている(OECD)。ほとんどの需要項目がマイナスに転じるが,とくに在庫投資,設備投資,個人消費の落込みが大きいとみられる。

需要動向の推移をISCO(国立景気研究所)のビジネス・サーベイによる経営者の受注,在庫判断でみてみよう(第6-1図)。これによると,受注(総合)は79年4~6月期まで急上昇を続けたあとも高水準で推移していたが,80年4~6月期以降急下降に転じている(下降に転じた時期は海外受注は79年7~9月期と国内受注の80年4~6月期に比べかなり早い)。こうした旺盛な国内需要に加えて石油等一次産品の高騰に備えた手当て買いによって完成品在庫は79年央ごろから上昇に転じていたが,80年4~6月期以降需要の急速な冷込みによって急上昇を示している。このことは企業が生産,受注の増加や価格上昇期待に対応して在庫積増しに入っているときに需要が予想外に落込んだため意図せざる在庫が急増し,企業の在庫過剰感が急速に強まっていることを物語っている。

第6-1図 受注・在庫判断の動き

個人消費の動向を第6-2図によってみると,耐久消費財の指標としての乗用車新規登録台数は79年には前年比19.3%と急増したあと80年春以降増勢は次第に鈍化している(80年1~7月の前年同期比8.0%増)。これを四半期別にみると,1~3月期の前年同期比16.3%増のあと4~6月期3.3%増,さらに7月には1.8%増となっている。また,百貨店売上高(実質)も80年に入っても春ごろまでは底固い動きを示していたが,その後は増勢は一段と鈍化している(1~3月期2.5%増,4~6月期0.3%増)。実質賃金が年央以降マイナスに転じていることから消費需要はさらに弱まるものとみられる(OECDでは上期6.3%増→下期1.7%減)。80年全体の個人消費の伸びは4.0%程度となるとみられる(8月の政府見通しは4.3%,12月のOECD4.0%)。

第6-2図 小売売上数量,新車登録台数・実質賃金の動き

固定投資をみると,79年には設備投資を中心に急速な立直りをみせ,4.5%増(設備投資7.6%増)となったあと80年上期にも年率9.9%と増勢は強まっている。しかし上昇傾向を続けていた製造業稼働率が80年春ごろから低下に転じ,年央以降そのテンポが加速していることから設備投資も年後半には落込むものとみられる(OECDは上期14.5%→下期4.5%減,民間住宅投資は同4.7%増→1.5%減)。

3. 生産・雇用

緩やかながら回復を続けていた鉱工業生産は,79年に入ってストライキの影響で一時的に落込んだものの,秋以降急速な拡大を示し,年平均の伸びは6.6%となった(78年1.9%増)。80年春ごろまではかなりの増勢が維持されたが,その後は下降に転じている。これを第6-3図によって四半期別にみると,79年10~12月期に前期比8.0%の著増を示したあと80年1~3月期にも3.8%増となった。その後は輸出の伸び悩みや個人消費の弱まりなどから下降に転じ,4~6月期2.1%減のあと7~9月期には7.3%の大幅減少となった。

とのような生産活動の動きを反映して,製造業稼働率は80年1~3月期の77.7%をピークとして低下に転じ,4~6月期76.6%のあと7~9月期には70.6%と急速な落込みを示している。とくに消費財部門での低下が顕著である(78.8%→66.6%)。

雇用情勢は,79年秋から80年春にかけての経済の活況にもかかわらず企業が労働時間の延長で対応したこともあってわずかな改善にとどまっている(第6-2表)。80年7月の就業者数(原数値)は前年同月に比べ29万人増加したが,労働市場への新規参入もかなり増加(22万人)した。そのため失業者数は同期間に6.8万人の減少にとどまり,約181万人といぜん高水準にあり,失業率も7.9%(同8.3%)となっている(第6-3図,第6-2表)。若年失業者数(14~19才)は同期間に顕著な減少(約32万人)を示したが,失業者全体に占める割合はいぜん58%と極めて高い。

第6-3図 生産・雇用・失業動向

第6-2表 雇用・労働情勢

景気後退の進行に伴って秋以降大規模なレイ・オフが相次いでおり,すでにフィアット社では10月以降自動車部門での2.3万人のレイ・オフに踏み切るなど雇用情勢は次第に悪化に転じるものとみられる。

4. 賃金・物価

79年に入って石油等一次産品価格の値上がりによって高騰を続けていた物価は,秋から春にかけて経済の活況も加わって騰勢を一段と強め,その後も相次ぐ石油製品や公共料金の値上がり等から根強い騰勢を続けている(79年平均上昇率は卸売物価15.5%,消費者物価15.7%)。

第6-4図によって物価の推移を四半期別にみると,卸売物価は79年に入って前期比4%台の高騰を続けていたが,秋以降上昇率を高め,10~12月期5.6%高,さらに80年1~3月期には6.6%高となった。その後は4~6月期3.5%高,7~9月期2.3%高と騰勢は着実に弱まりをみせている(前年同月比ではピークをつけた2月23.1%→10月16.6%高)。一方,消費者物価(勤労者世帯)は1~3月期に6.4%高と急騰を示したあと4~6月期には3.7%高と急騰を示したあと4~6月期には3.7%高と騰勢は鈍化した。しかしその後は再び上昇率が高まり,7~9月期は4.1%高となっている(前年同月比では2月21.7%→11月21.5%高)。とくに7月以降騰勢が高まっているのは付加価値税(標準税率14→15%)など間接税引上げによる一部消費財や石油製品が値上がりしたほか電力,ガスなど公共料金が引上げられたことが主因である。緊急経済対策法案不成立(9月末)によって緊急政令のかたちで実施されていた増税措置等が失効したため石油製品等が値下がりしたにもかかわらず高騰を続けていた消費者物価は,それら物資の再引上げや電話料金,タバコ等の値上がりから11月には急騰している(前月比2.1%高,前年同月比21.5%高)。

第6-4図 物価の推移

今後の物価動向については,景気後退によるインフレ圧力の弱まりが期待されるものの,リラ軟化による輸入インフレ圧力の強まりのほか衣類,食料品の季節的値上がり懸念もあり,年末から年初にかけて大幅に低下することは望めないとする見方が一般的である。政府では,80年平均の個人消費デフレーター上昇率を20%と見込んでいる(79年14.9%)。

こうした物価の高騰を反映して賃金の上昇率は79年秋ごろから一段と高まり,80年に入っても上昇傾向が続いているが,夏ごろから上昇テンポはやや弱まりをみせている。

これを最低協約賃金(ブルー・カラー,工業部門)でみると,79年10~12月期の前年同期比22.1%高(1~3月期16.5%高)から80年1~3月期22.6%高,4~6月期23.3%高と上昇率を高めたあと7~9月期には21.1%高と高水準ながら上昇率はやや低下し,生計費の伸び(21.5%)をわずかながら下回った(第6-5図)。

第6-5図 賃金と生計費上昇率の推移

こうした賃金上昇をもたらしたのは,物価高騰による賃金エスカレーター指数(生計費算定基準)の大幅上昇や公務員の賃金・物価スライド制改正による物価手当の増額(2月実施)が大きく寄与しているとみられる。

こうしたことを考えると,賃金の上昇を抑えるためには,物価と連動する賃金スライド制(スカラ・モビレ)の手直しが必要であるが,労組の抵抗が強く,「生計費算定基準からエネルギーや間接税を除外する」という政府提案にも絶対反対の態度を変えていない現状では実現は困難とみられる。

5. 貿易・国際収支

77年央以降顕著な改善を続けていた国際収支は,79年秋ごろから急速に悪化し,この傾向は80年に入っても続いている。

まず,第6-6図によって貿易収支(通関ベース,当庁による季調値)の推移をみると,79年10~12月期に輸出の伸び悩みや輸入の急増によって3.483億リラ(月平均)と赤字幅を拡大(7~9月期△2,324億リラ)したあと80年に入って赤字幅は期を追って拡大し,1~3月期の11,640億リラから7~9月期には24,649億リラとなった。その結果,1~9月間の累積赤字額は約13.7兆リラに達し,前年同期の約1.6兆リラに比べ8.6倍となった。これは輸出がインフレ加速による価格競争力の低下や米・欧の景気後退による海外需要の減少等から伸び悩んでいる一方,輸入が原油大幅値上げやリラ切下げ期待から急増を続けたことが主因である(1~10月の前年同期比では輸出11%増,輸入40%増)。貿易収支赤字(原数値)を石油収支と非石油収支に分けてみると,80年に入って石油の赤字が約12.2兆リラと大幅に拡大(1~9月の前年同期比2.03倍)したのに加えて非石油が赤字に転じているのが注目される゛(同4.4兆リラの黒字から1.5兆リラの赤字へ)。これは食品,化学の赤字幅拡大と自動車の黒字幅縮小によるところが大きい。

第6-6図 貿易収支の推移

経常収支(原数値,外為ベース)は貿易収支の悪化や観光収入の伸び悩みもあって悪化傾向が続いており,80年1~7月間の累積赤字額は約5.5兆リラに達し,前年同期の約2.3兆リラの黒字から顕著な悪化となっている。政府では80年全体の赤字は6兆リラ程度(79年は約0.9兆リラの黒字)となると見込んでいる(8月)。

総合収支(原数値,外為ベース)は経常収支の悪化のほか資本流入の弱まりもあって79年秋から赤字に転じ,80年に入って赤字幅の拡大傾向が続いている。その結果,1~11月間の累積赤字額は約5.4兆リラとなった(前年同期は約2.1兆リラの黒字)。

こうした対外面での悪化を背景にEMS発足(79年3月)以降も予想外の堅調を維持していたリラは79年末ごろから軟化を続け,80年4月にはEMS内の最弱通貨に転落した。その後リラ相場はやや持ち直したものの,緊急経済対策法案否決,総辞職という政治危機が発生した秋以降リラの対ドル相場は急速に低下を示している(年初の804リラ→9月862リラ→12月950リラ)。

第6-3表 国際収支動向

6. 経済政策

79年秋から年末にかけて公定歩合の大幅引上げ(10.5→15.0%)や市中金融機関に対する量的貸出規制の強化など金融政策を中心に引締めが強化された。80年に入っても根強い物価の高騰,国際収支の悪化のほか政局不安も加わって引続き慎重な政策運営を余儀なくされている。

コッシーガ少数連立内閣(基民・社民・自由)は社会党の支持撤回によってわずか7か月で総辞職(3月19日)したあと第2次コッシーガ内閣(基民・社会・共和)が成立し,辛うじて過半数を確保したため政局不安は一応回避することができた。

政府は7月2日,インフレ抑制とリラ防衛をねらいとした一連の緊急経済対策を決定した。これは,付加価値税など各種増税等によって消費需要を抑える一方,企業の社会保険負担軽減,不況地域,業種振興のための特別基金の設立,輸出金融の拡充等によって設備投資の促進を図ったものである。この決定に関して政府は「本措置の短期的なねらいは,インフレ抑制,輸出競争力強化,設備投資促振であるが,中期的には,後進地域の開発,石油依存度の低下等も期待できる」としている。また,イタリア銀行でも公定歩合を15%とこれまでの最高水準に据置いたほか市中金融機関に対する量的貸出規制を強化(6月28日)するなど引締め姿勢を堅持した。

しかし緊急経済対策法案は9月27日,下院で否決され,緊急政令のかたちで実施されていた措置はわずか3か月で失効,第2次コッシーガ内閣は総辞職に追込まれた。

こうした非常事態の発生によって為替市場が混乱するのを未然に防止するため,翌28日イタリア銀行および為替当局は,公定歩合を1.5%引上げて16.5%としたほか一連の為替管理強化措置を決定した(輸出業者の外貨保有期間の短縮,輸入業者に対する輸入ユーザンスの期限前決済禁止など)。この措置についてイタリア銀行は「今次政治危機に対する緊急避難的対応であり,金利引上げにより資本流出を抑制するとともに,為替管理の強化により貿易・金融業者のリーズ・アンド・ラグズの動きを防止することを企図した」との見解を明らかにしている。

10月18日,基民・社会・民社・共和4党からなるフォルラー二内閣(戦後40代目)が近年にない異例の短かさ(20日間)で正式に発足した。新政権も,「引続きインフレ抑制とリラ防衛を優先課題とする」(フォルラー二首相)ことを明らかにし,さきに失効となった緊急経済対策法案に替わる施策として,10月31日,次の諸措置を決定した。すなわち,①増税による国内需要抑制(増収見込み額2兆リラ),②これらの措置による歳入増を企業の社会保険負担の軽減や不況産業の援助に充当することを骨子とし,その内容はコッシーガ前政権のものとほとんど同様である。しかし,増税規模は大きくなっており,新政権のリラ防衛への強い決意を示すものとして注目される。しかしこれらの措置が有効に作用するためには,増税による生計費上昇が賃金に波及するのを緩和する手段が必要であるが,労組は賃金スライド制のわずかな修正にも絶対反対の姿勢をくずしていない。そこで政府は,生計費算定基準から間接税引上げ分を除外する代償として低・中所得層に対する所得税引下げを新たに提案した(81年1月実施)。また,12月初に発表された81年度予算案は,広義の公共部門(中央政府のほか地方政府,社会保険機関,公共企業体等が含まれる)の赤字額を80年度並みの39~40兆リラ(対GDP比10.1%)に抑えることをねらいとしたマイルドな緊縮型予算となっている(歳出規模は対GDP比0.5%増の40.5%,歳入規模は0.8増の21.9%)。地震に見舞われた南部地域の復興資金として6兆リラ(うち0.5兆リラは海外借入れ)が振り向かられるが,インフレ率は現在の約22%から16~17%への低下が見込まれている(アンドレアッタ財務相)。

79年には経済再建をめざした「経済3か年計画(1979~81年)が棚上げされて有効な経済政策がほとんど打出されなかった。80年にはリラ防衛をねらいとした経済緊縮対策法案が否決され,総辞職という非常事態を招くこととなった。金融引締めや為替管理の強化を中心とした政治危機への機敏な対応によってリラ危機は一応回避された。

いずれにせよ,新たに発足したフォルラー二政権は安定多数を確保したとはいえ,前途多難が予想され,経済政策の運営は引続き慎重なものとなるとみられる。

7. 経済見通し

81年の経済見通しについて,政府(8月)はゼロ成長を予測していたか,12月発表のOECDでは実質GDP成長率をマイナス1.0%と80年の実績見込み(3.8%増)に比べかなり厳しい見方をしている(10月のEC見通しは0.2%増)。これは引締めの影響や石油大幅値上げのデフレ効果によって民間需要は81年に入っても引き続き減少し,年央以降の回復も極めて緩やかなものとみられるからである。すなわち,個人消費は実質可処分所得の低下や貯蓄率の上昇からわずかながらマイナス(80年4.0%増→0.5%減)が予想されるほか設備投資も厳しい金融引締めや先行き不透明による企業マインドの慎重化から著しい減少が見込まれている(11.5%増→71/4%減)。このほか最終需要の急激な落込みから在庫投資も積み増しの調整が長びき,かなりのマイナス要因となるとみられる(1/4%増→1.5%減)。また,世界景気の悪化や価格競争力の低下から輸出の減少(1/2%増→23/4%減)が続くとみられるため,海外要因の景気回復への寄与はあまり期待できないとの見方が多い。こうした民間需要の弱まりと輸出の不振のなかで景気を下支えするとみられるのは,主として政府消費(21/4%増→21/2%増)と公共住宅建設となろう。ただ設備投資のうちエネルギー節約投資だけは引続き増加傾向を維持するとみられる。

景気後退の進行に伴って雇用情勢は悪化を続け,82年はじめの失業率は9%程度に上昇するとみられている。一方,物価上昇率は,需要の緩和に本かかわらず増税や公共料金引上げ等から大幅な低下は期待できない(GDPデフレーター19.0%高→163/4%高)。しかし対外面では輸入の減少もあってかなりの改善が見込まれ,経常収支赤字額は80年に比べ半減するとみられている(53億ドル→23億ドル)。

第6-4表 イタリア経済の見通し

第7章 オセアニア

1. オーストラリア:インフレ高騰下の景気回復

概  観

オーストラリア経済は79/80年度以降も,民間設備投資の出遅れはあるものの,輸出,住宅投資の好調,小売売上げの堅調が続き,鉱工業生産も高水準横這いから80年7~9月にはやや増加した。雇用情勢にも改善がみられ,失業率も80年7月以降前年同月を下回っている。また79/80年度には輸出の大幅増から経常収支赤字幅も大幅に縮小した。このように総じて回復基調を持続しているが,消費者物価は前年同期比2桁台で推移している。通貨供給量の増加,石油価格の値上りなどに加え,80年7~9月には賃金上昇率も近年になく大幅となるなど,インフレ問題は引き続き同国の最重要課題となっている。8月,議会に提出された80/81年度(7~6月)予算案は前年度同様,インフレ抑制型超緊縮予算案であった。

需要動向

78/79年度実質GDPは前年比2.2%増と伸び,着実な回復過程にあることを示している。前半は輸出と非農部門在庫の寄与が大きく,民間最終国内需要は,住宅投資の好調,個人消費の堅調はあったものの,設備投資の不振から弱含みに推移した。後半は個人消費の好調,設備投資の回復が押し上げ要因,非農部門の在庫減,輸出減がマイナス要因であった。また①政府消費支出が同年度0.2%ポイントの戦後最小の寄与率であったこと,②海外からの公的借入金も大幅縮小となったこと,③政府公共投資も前年度比2.9%減となるなど,公共部門の対GDP比は公共支出抑制政策下で実質微減となった。

第7-1表 実質GDPの前年度または前期比伸び率(%)及び貯蓄率

(1) 今後好調の期待される個人消費

民間最終消費支出(実質GDPベース)は2.3%増と過去3年度間と同程度の堅調な伸びであった。特に後半は12月1日からの特別付加税廃止の影響などから年率2.9%増の伸びとなった。雇用増,新規住宅建築の好調,可処分所得増,消費者及び企業家の自信回復などから個人消費は今後も好調な伸びが予想される。

小売売上高(乗用車を除く,季調済)をみると,79年10~12月の前期比1.8%増後,80年1~3月に同5.6%増と大幅に伸びた。これは12月の減税効果,1月の賃上げ効果のほか,物価,金利の先高感が貯著率の大幅低下(10~12月13.6%→1~3月1,1.0%)を誘ったことにもよる。4~6月には貯蓄率も平常水準に戻り,小売売上高は同1.5%増となった。7~9月には7月からの減税,賃上げの効果から同5.4%増と盛り返している。

乗用車(新車)登録台数(季調済)は石油価格上昇,小型車への転換の影響で,79年7~9月をピークに以後不振が続いているが,業界の販売促進努力から1~3月の前期比2.2%増,7~9月の同7.3%増など好調な期間もある。

第7-1図 小売売上高

第7-2図 乗用車(新車)登録台数

第7-3図 鉱工業生産指数

(2) 好調な民間住宅,増大の見込まれる民間設備投資

民間住宅建築許可件数(季調済)は78年末から上昇に転じ好調ぐこ伸びている。これは①未売却の住宅在庫が整理されて平常水準に戻ったこと。②新築の価格競争力の改善,③一部には投機要因,などによる。79年10~12月に資材価格の急騰,金融引締めなどから前期比0.9%増と伸びが鈍化したものの,更年後は金利先高惑も加わって1~3月同7.4%増,4~6月2.6%増,7~8月前2か月比6.4%増と好調である。

民間設備投資(実質GDPベース,民間固定資本投資のうち非住宅建築,プラント設備)は78/79年度の9.3%増から79/80年度は5.2%減へと大幅に減じた。これは78/79年度末の投資控除率引下げ(40→20%)により,前半非住宅建築,プラント設備ともに大幅減となったこと,後半には非住宅建築の回復はあったが(季調済,年率23%増),プラント設備が前半よりさらに微減したことによる。4~6月には急成長が予期されていたが,①産業論争の多発,②熟練工不足,③海外の景気低迷を考慮した投資の一時的見合わせから実現せず,前期比1.4%減に終わった。しかし非住宅建築投資の後半の力強い回復及び石油代替エネルギー開発のブームから80/81年度には急成長が見込まれている。

第7-4図 民間住宅建築許可件数

(3) 減少した在庫

79/80年度の在庫投資のGDP増加寄与度は1.5%ポイント減であった。農業部門が前年度の豊作分の在庫調整が進み,同2.2%ポイント減となったことが大きい。非農部門は前半に石油関連品(特に自動車)の意図せざる在庫増で積み増しされたものの,後半はこれの調整及び産業論争(特に石炭部門)による生産減から減少した。

生産・雇用

(1) 鉱工業生産は高水準横這い

鉱工業生産指数は79年7~9月までの2年間の上昇傾向から10~12月以降高水準横這いで推移してきたが80年7~9月には前期比前年同期比とも1.1%増と増加した。好調な部門は家電製品,建設及び資材,化学品,燃料・動力などで,一方輸送機械は79年末から減少を続けており,また80年上期のストの影響で,粗鋼,銑鉄なども一時大幅減となった。

(2) 改善のみえてきた労働市場

雇用者数は79/80年度に2.4%増と,73/74年度以来最高の伸びを記録した。

特に80年4~6月は前年同期比2.8%増と大きく伸びた。一方失業率は労働力率が増加傾向に転じたにもかかわらず(79年4~6月60.7%→80年4~6月61.3%),80年7月以降は前年度を下回って推移している(79年11月5.5%→80年11月5.4%),失業者数は労働力人口の増加から79/80年度4.3%増と増加した。特に女性(男性,若年労働者の失業を上回っている),パートタイムの失業増が目立つ。

第7-2表 労働市場

物価・賃金

(1) 物価の高騰続く

75/76年度以来鎮静化傾向にあったインフレ率は,78年央以降上昇に転じ,79/80年度には10.2%増となった。主因は石油価格,世界商品市況(80年2月まで),食料品価格(特に食肉),賃金などの上昇である。79年10~12月には前年同期比10%高と二桁の大台に乗り,80年1~3月同10.5%高,4~6月には同10.7%高と75年来の高水準となった。7~9月には同10.2%高と鎮静化に転じたがこれは石油製品価格の値下り(対前期比4.2%減),早魃の影響から屠殺がふえ,供給過剰となった食肉が値下りしたことなどの一時的要因によるものである。これらの反動及び賃金上昇率が最近とみに高まっているなど,今後も物価情勢は楽観視できない。

(2) 賃金上昇率高まる

賃上げは,75年央以降実施されている。消費者物価上昇率を基準とする裁定賃金制度により,賃金調停仲裁委員会が決定している。80年1~6月の賃上げは79年4月~9月中のインフレ率5%(前6か月比)から,政府の石油価格政策による上昇分として0.5%差引いた4.5%と決定された(1月)。続いて7~12月分は4.2%で,賃上げ率とインフレ率とのかい離幅は同制度導入以来の最大となった(7月決定)。これは79年10月~80年3月中のインフレ率同5.3%から,石油価格調整分0.6%と,ストによる賃金ガイドライン超過分0.5%の計1.1%を差引いたものである。この間賃金(男子1人当り平均週給,季調済)は,80年1~3月まで前年同期比で消費者物価を下回っていたが,職務内容見直し(Work Value Case)など,裁定賃金引上げ率以外による賃上げから,4~6月,7~9月とインフレ率を上回り,特に7~9月は12.4%増となり,インフレ率10.2%増を大幅に上回った。前記7~12月の低い賃上げ率の決定はこうした現情に厳しく対処して,コストプッシュインフレを避けようとしたものであった。また今後は資源ブームによる熟練工の需要増が,賃金高騰の主要因として懸念される。

第7-5図 消費者物価と賃金の上昇率推移

貿易・国際収支

(1) 貿易黒字幅の拡大

79/80年度に輸出は前年度比32.6%増と大幅に伸びた。これは主に小麦を中心とする農産物の数量増加(ほかに砂糖,マトン,ラム),及び輸出価格の改善(年度末には小麦,羊毛,食肉の価格は下向に転じた)による。一方数量ベースで羊毛,牛肉が減少した。非農産物も非鉄金属,金属製品を中心に同25%増と伸びた。もっとも年度末4~6月の輸出総額は,米国など海外の景気後退,炭鉱・港湾のストなどから,石炭・鉄鉱石を中心に前期比6.2%減(季調済)とマイナスに転じ,新年度にはいってもクインズランド州の炭鉱スト(6月末~9月上旬),市況の軟化などから7~9月同5.6%減,10月前月比6.2%減と減少している。一方輸入額は79/80年度に17.9%増と伸びたが,数量ベースでは前年度を下回っており,輸入額増のすべてが石油価格を初め輸入価格が上昇したためであった。また輸入額の40%弱を占める一般機械類,輸送機械は前年度末の投資控除率引下げにより前半大幅減となったが後半には回復した。80/81年度にはいり輸入は資源関連資本設備を中心に7~9月前期比4.9%増,10月6.2%増と増加している。

(2) 大幅流入の期待される民間外資

貿易外収支の恒常的大幅赤字にも拘らず,経常収支赤字幅は79/80年度,貿易収支の大幅改善から前年度31億9,200万豪ドルから12億豪ドルへと縮小した。資本収支黒字幅は①海外利子率上昇を主因に79年末民間資本が大量に流出したこと。②政府部門も海外からの借入れ減,年度末のBISへの返済から流出に転じたことから大幅に縮小した。民間資本は新年度にはいり主要資源プロジェクトへの投資,投機を主に流入しており,特に10月には開発投資に積極的な現政権の総選挙勝利を好惑しての,9億6,200万豪ドルの既往最高の入超であった。

第7-3表 国際収支

財政・金融

(1) 金融政策・引締め強化

通貨供給量(M3)は79年9月までに前年同月比10%(季調済)と縮小したが10月以降増加に転じ,1月には民間外資の大量流入もあり13%となった。これにより79年初からの金融引締めがさらに強化された。すなわち79年12月の商業銀行支払い準備率引上げ(5.5→6.0%)に続き,80年1月政府機関証券利子率引上げ,2月商業銀行当座貸越(10万豪ドル未満)上限金利引上げ,3月貯蓄国債,地方公共機関債金利引上げなどである。この間M(3)は4月まで減少(2月12.4%→4月11.2%)したが5月には民間外資大幅流入などから11.9%へと増加,その後も上昇を続けている(6月12.9%→10月13.2%)。資源ブームから民間外資の大幅流入が今後も続き,通貨供給量はさらに膨張して80/81年度政策目標の9~11%枠内の伸びは達成不可能と予想される。こうした中で今年度にはいり金融引締め措置が相次いでとられている。7月貯蓄国債金利,9月政府機関証券利子率の再引上げに続き,12月初,一連の引締め政策の即時実施が発表された。①貯蓄銀行の住宅ローン引上げ(10.5-11.5%),②商業銀行当座貸越(10万豪ドル未満)上限金利再引上,③貯蓄銀行,商業銀行の預金金利への規制を全て撤廃,④貯蓄国債金利の再引上げ,などという内容である。

(2) 財政赤字幅縮小

79/80年度の歳入は原油課徴金増から急増,一方歳出は予算の範囲内におさまったため財政赤字幅は大幅に縮小して予算比1億6,000万豪ドル減の20億3,400万豪ドルとなった。8月議会に提出された80/81年度予算案も前年度に引き続きインフレ抑制を最優先とした緊縮型である。歳出前年度比13.7%増,歳入同16.2%増で赤字幅を15億7,000万豪ドルと前年度よりさらに縮小している。歳出の主な内容は①防衛費の増額②輸出関連企業への奨励金増額③空港施設整備,交通機関への燃料費補助引上げなどである。歳入は企業収益の改善を背景とした法人税収の伸長や原油課徴金の大幅引上げなどからかなりの増収が見込まれているため①扶養家族への所得税還付金引上げ②新設工場の減価償却率引上げなどの措置も講じられた。

第7-4表 1980/81年度予算案

その他取られた財政・金融政策として①79年12月,石油代替エネルギー資源開発促進のため,各州政府に総額8億豪ドル弱のインフラ整備用外貨調達の許可,②80年1月外国為替先物取引規制の一部緩和,③4月海外投資規制の一部緩和などがある。

経済見通し

1980/81年度予算案の前提となった経済見通しは,①実質GDPの伸び3%,うち非農部門同3.5%,②消費者物価上昇率10%,③M(3)の伸び9~11%などであった。

今後については資源開発投資の盛り上り,個人消費,住宅投資の好調が期待される。輸出も今年度の早魁被害による小麦等穀物や羊毛の数量減はあろうが,エネルギー価格上昇などにより国際競争力は改善していることから海外の景気低迷にもかかわらず好調と予想される。一方輸入も国内経済活動の活発化から増加しよう。このような明るい展望を持てるオーストラリア経済にとって最大の問題はインフレ率の高騰である。海外のインフレ率が鎮静化に向かいつつある際の同国のこの現象は国際競争力を低め,浮揚中の国内経済活動をも抑制することとなる。10月の総選挙で再度政権を獲得したフレーザー政権には,インフレ抑圧を最優先とし,生産能力の回復に努めることが望まれている。

2. ニュージーランド:不況とインフレ高騰続く

ニュージーランド経済はイギリスのEC加盟,第1次石油ショックを境に74年以降長期的停滞が続いているが,78/79年度(4~3月)には拡張的財政・金融政策,交易条件の改善を背景に,消費主導型の回復をみて実質GD Pは3.0%増となった(前年度2.8%減)。しかしその後第2次石油ショックの影響でインフレが再び加速して財政・金融政策が引締めに転じ,交易条件も79年央以降悪化に転じる中,再び景気は低迷してきた。すなわち民間設備投資,住宅投資など内需の弱化,これを反映した生産活動の不活発化,失業増加,対外的にも経常収支の赤字幅増大など暗雲が再び広がった。79/80年度の実質GDPをNZIER(ニュージーランド経済研究所…政府機関)では1%増と見込んでいる。

こうした状況に対して政府は80/81年度予算案を前年度の緊縮型から転じて,インフレ抑制を考慮しつつも景気下支えに力点をおいた拡大基調とした。

(1) 内需は乗用車を除いて低調

実質小売売上高(国民1人当り)は78年に回復後,諸物価の高騰,増税措置,民間信用規制,公共料金の引上げなどにより79年は第3四半期まで低調であったが(1~3月,前期比1.7%減,4~6月,同1.3%増,7~9月同2.7%減),10~12月には所得税減税(10月),家族手当(同),クリアランスセール(年末)から前期比1.1%増と戻した。80年1~3月も同3.5%増と伸びたが,4~6月には物価高騰からやや減少したと伝えられる。

乗用車新車登録台数(原数値)は,月賦販売採用,税金の据え置きなどの優遇措置から,78年1~3月を底に順調に伸びている(79年の対前年比5.5%増。80年上半期対前年同期比10.8%増)。

新築任宅建築許可件数(原数値)は,①物価高,②新築よりコスト安の中古住宅の需要の方が多いこと,③新年増加している人口の国外流出による建築技術者などの労働人口減などを背景に79年初来減少傾向にある。79年3月に選別的住宅金融政策の一連(住宅購入資金借入れに,より大きな柔軟性を与える反面,一部ローンの引上げ,制限枠の拡大)が発表される中で,下半期にやや回復した後,80年上半期には再び減少した。80年5月には住宅投資浮揚を主眼とした,民間貸出規制の一部緩和が行われ,7,8月には上半期からやや回復したものの,趨勢でみると減少している(79年前年比18.3%減,80年上半期対前年同期比4.9%減,7,8月計同6.3%減)。

民間設備投資は,79/80年度の金融引締め強化や産業開発予算の大幅削減の影響もあり,80年1月に金融緩和措置などが取られたものの,輸出好調の食肉加工,酪農製品等畜産関連部門を除いては不振である。

第7-5表 主要経済指標

第7-6図 新車登録と住宅建築の推移

(2) 産業活動も停滞

78年に内外需の盛り上りから,総じて回復した生産は,79年以降内需の伸び悩み,,在庫増から輸出関連部門を除いて不活発となっている。特に化学肥料,セメント等の基礎資材及び建設資材などは前年比マイナス成長で推移している(例,セメント,季調済,前年同期比,79年4~6月,2.8%減→79年10~12月,6.7%減→80年4~6月,9.5%減)。

労働市場をみると,1973年まで皆無に等しかった失業者数は70年代央から増加に向かい失業問題が生じ,78,79年に一段と増加した。80年にも増加し続け,9月には労働力人口の約5%を占めるようになった。特に新規学卒者の就職難が深刻である。一方求人数は78年中の回復後79年より80年上期にかけて減少したが7月から増加に転じている。また経済活動の停滞,実質所得の減少に起因する頭脳労働者,若年労働者を中心とした人口の純流出は当国にとって深刻な問題であるが,80年9月までの1年間で12,365人(前年同期31,907人)と緩慢化した。この間79年暦年の人口増加率は0.02%減となった。

(3) 物価と賃金

78年中鎮静化傾向にあった消費者物価は,79年央以来,石油(需要の90%を輸入)及び食料品の値上げ,相次ぐ公共料金の引上げ(79年5月,電気,鉄道,8月ガス,水道,10月電報・電話),さらに79年6月のニュージーランド・ドル切下げの影響を相次いで受けたためである。特に79年7~9月は1947年に物価統制措置が導入されて以来最高の前期比上昇率5%高,80年1~3月は前年同期比で史上最高の18.4%高が記録された。

第7-7図 消費者物価と賃金の推移

実質賃金指数は77年7~9月を底に79年1~3月まで着実に伸びた。これは76年6月から実施された賃金凍結が77年8月に解除されたのに続いて78年2月,10月に所得税減税,78年7月に7%の賃上げがあったこと,物価の騰勢が鈍化したことによる。その後物価が急騰に転じ,79年7~9月に落ち込んだものの,9月の賃上げ(4.5%),賞与引上げ(10.5%),10月の所得税減税により79年末まで回復した。80年初からは物価の騰勢めざましく,減少傾向に転じている。

(4) 貿易黒字幅も減少して国際収支の悪化続く

輸出は79年初来,食肉,羊毛,木材・同製品,酪農製品の海外需要高,価格上昇に加え,79年6月のニュージーランド・ドル切下げもあり,好調に伸びている。80年4~6月に,前年の好調の反動による食肉,酪農製品の品不足,欧米の需要不振からやや伸びが鈍化したが,7~9月にはEC向け新貿易年度入り(7月)に伴うクォータ更新から回復した。一方輸入も79年初来保護貿易策の相次ぐ緩和に続いて高値原油や為替レート切下げの影響も加わり,急増してきた。特に79年10~12月,80年1~3月に著増した。4~6月には国内生産活動の停滞から工業用原料,資本財などを中心に伸びが鈍化したが,7~9月には回復している。こうした中で貿易収支は黒字基調を続けているが,79/80貿易年度(7-6月)の貿易黒字幅は740万ニュージーランド・ドルと,前年度の2億2,690万ドルから大幅に縮小した。これは,交易条件の悪化する中,石油価格上昇を主因に輸入の伸びが33.7%増と輸出の伸び26.4%増を上回ったためである。貿易外収支は同国にとって必需的性格を持つ公的債務の増大による利払い増と運賃・旅行収支の悪化という2要因から赤字幅が拡大しており,経常赤字も前年度比11%増と悪化を続けている。この間79年7~9月に貿易収支の黒字幅が大幅に縮小して経常赤字の拡大,総合収支の一年ぶりの赤字が生じたため,西ドイツからの大型借款導入(2億マルク),ユーロ債券の発行,外資規制法の運用緩和などの外資導入策がとられた。もっとも10~12月にも対外債務返済額の大幅増から資本収支の黒字幅は縮小した。

第7-8図 国際収支の推移

最近の輸出傾向をみると,従来輸出総額の70%強を占めた酪農水産品が80年上半期には65%となる一方,林産及び軽工業製品の割合が拡大している。

また輸出品目も多様化しており,政府の各種産業助成策の成果が出てきたといえる。一方,輸入に関して80/81貿易年度の輸入割当政策をみると,生産活動の効率化,合理化,輸出生産増を目的とした輸入管理緩和(例,80年7月より繊維の輸入ライセンス廃止)の方向が打ち出されている。また関税の大幅引下げも決定された。

(6) 金融政策は一部緩和化

金融面をみると,79年初来,物価高騰,通貨供給量(M3)の膨張,民間信用の増大に対して金融引締め政策が相次いでとられたが,この結果M3の伸びは大幅に縮小して79年3月前年同月比22.5%増のピークから80年3月には月同15.7%となり,民間信用の伸びも79年年率29%から80年6月同16.8%へと縮まった。このため物価高騰が続いているにもかかわらず,政府は雇用機会の創出により労働力の海外流出を防ぐ意図もあって,物価抑制から景気対策に重点を移し,80年にはいって金融引締め緩和措置を相次いで実施した。すなわち80年1,2月商業銀行の準備預金積立対象控除額の引上げ,貯蓄銀行の政府証券最低保有率引下げ,4月個人所得税減税,消費者金融規制の一部緩和,などである。その後M3は6月16.9%増と再び拡大した。

(7) 財政赤字幅拡大

こうした金融引締めの一部緩和に続き,7月に議会に提出された80/81年度予算案も財政赤字幅を拡大した大型予算であった。歳出は前年度大幅に圧縮された産業開発費等公共投資の増額を中心に前年度比18.2%増(前年度同10.8%増)と伸び,また歳入も,たばこ,酒類などの販売税や印紙税の引上げ,郵便料金の引上げ(10月より)などから同17.6%増と見積もられている(前年度同21.4%増)。

次いで11月発表された補正予算案は(1)81年2月からの個人所得税減税(5.5%),(2)エネルギー開発,漁業,林業などの公共事業計画促進,新規学卒者の職業訓練計画を主たる内容としており,購買力を高め,失業対策を進めて生産の活発化,景気浮揚を計っている。

以上のようにニュージーランド経済は景気の悪化,インフレ高騰,失業増,国際収支悪化といった不況のただ中にある。政府は経済立て直しへ向けて①有望(輸出)産業助成,②資源開発奨励,技術導入,労働者の技術養成,③新規輸出市場の開拓,④地域開発・雇用の促進のねらいのもとに①輸入ライセンス制の大幅緩和,②エネルギー節約策としてのノーカーデー実施(79年10月~80年5月),ガソリン価格引上げ(80年5月)などの施策を講じ,また③石油代替エネルギー開発としてのマウイ天然ガス開発計画の発表(6月)を行なった。特に③については,⑧生産性の低さ(1%弱)に伴う外資導入の困難性,⑤優秀な技術者の不足など障害はあるものの,石油に左右されている同国経済立て直しの最有力策として期待を集めている。しかしながら,これらの対策も下況要因の改善には今しばらく結びつかないと思われる。

第8章 アジア・中東諸国

1. 韓  国

(1) 概  観

79年の韓国経済は実質GNP成長率が6.4%と前年までの3年連続二桁成長から大きく鈍化し,年初の成長目標9%をも下回った(70年代では72年の5.9%に次ぐ低成長)。これは物価高騰とその対策のために一段と強化された金融引締めで消費及び投資需要が鎮静化したこと,輸出も物価高騰や賃金の急上昇による国際競争力の低下などで低迷したことによる。生産活動はこうした内外需の低迷を反映して鈍化した。また,貿易収支は輸入の増勢が原油価格の引上げ等で引続き強いことから赤字幅を一層拡大している。こうした経済情勢のなかで10月には朴大統領殺害事件がおこるなど社会不安の発生も重なり,景気は年央から年末にかけ急速に停滞色を強めた。

80年の経済は相次ぐ原油価格の引上げや年初の通貨(ウオン)大幅切下げなどで物価が加速し,金融は年初から年央にかけさらに引締められた。また,予算執行も一部凍結されたことから内需は冷えこんでしまい,加えて,労使紛争の増加,光州事件の発生等政治・社会不安の高まりは消費・投資意欲をますます弱めた。このため失業の急増等不況は深刻の度合を強め,政府は6月,9月,11月と3次にわたって金融緩和,公共投資の拡大,輸出拡大策等の景気浮揚策を実施した。しかし,冷夏の影響で夏場の消費が盛り上らず,特に農業生産は米を中心に前年比22.0%減と大不振であったことなどから,80年の成長率はマイナス5.7%と大幅に落ち込んだ。これは1953年にGNP統計が発表されてから以降最低の成長率で,また,マイナス成長も56年のマイナス1.4%に次ぎ2回目のことである。ただ,年末にきて3次にわたる景気浮揚策の効果等から輸出の増勢が回復(年間輸出目標達成)をみせ,鉱工業生産も増産に転ずる等景気は底入れの気配をみせている。しかし,物価は上昇率をさらに高めている。

(2) 生産・需要動向

79年の生産動向(実質GNPベース)をみると,まず,農業生産が前年比6.7%増(前年は4.0%減)と回復したほか,運輸・通信業も17.4%増(同14.8%増)と前年を上回ったものの,その他の項目は1部を除きほとんどが前年の伸び率を下回った。なかでも,鉱工業生産は9.4%増(同20.0%増)と伸び率は前年から半減し,建設業は1.7%増(同25.3%増)にとどまった。製造業の中では衣類,皮革製品,木製品等が前年より減産となっている。これは,前述のように内外需が鈍化したことによるもので,消費支出は政府消費の不振(前年比0.6%減)を主因に7.4%増(前年は11.0%増)と鈍化したほか,固定投資は住宅建設の不振(前年比14.7%減)や機械設備投資の増勢鈍化から前年比9.7%増(前年は39.5%増)にとどまった。また,輸出(同GNPベース)も前年比3.6%減(前年は17.5%増)と低迷した。

80年に入ってからの生産動向を見ると,まず,GNPの2割弱を占める農業(林業,漁業を含む)は前年比22.0%減と凶作であった。麦類生産が作付け減少傾向の中で減産となったことや米が冷夏と10月の洪水の影響で前年比24.1%減と大幅に収量減となったこと(このため,年間穀物生産も前年比25%減),遠洋漁業の不振などによる。特に,米は70年代央にほぼ自給を達成していたが,三年連続の減産で再び輸入が急増している。

鉱工業生産は前年比1.2%減と低迷しており,うち,電気機器,機械,皮革,木製品等が大きく落込んでいる。年間の動きを鉱工業生産指数でみると,2月~9月までの8か月間は連続して前年同期の水準を下回っている。

ただ,その後は輸出の増勢回復や景気浮揚策の効果等から10,11月と増産に転じており,これまで増加を続けていた在庫も10月には減少に転じている。

そのほか,サービス業は前年比5.3%減と不振で,唯一,社会間接資本部門が電力及び公共事業の増加で4.1%増とプラスを維持した。

以上のような生産不振は天候不順による農業の減産と内需の不振によるものであるが,特に総需要の4割を占める民間消費は物価高,景気沈滞,実質賃金の目減り,冷夏による夏場の消費需要減などから,前年比1.1%減(前年は8.7%増)と不振であった。また,固定資本形成もコストの高騰や金融逼迫に上期の社会不安も加わり前年比14.7%減と大きく落ち込んだ。うち,機械設備投資は29.9%減と著減しており,政府建設投資のみが10.4%増と高い伸びを示した。こうした景況下で失業率は1-9月間に4.9,%(失業者73万人)と前年同期の3.7%(同55万人)から大幅に悪化している。

(3) 貿易及び国際収支動向

79年の輸出は前年比18.4%増の150.6億ドルと目標の155億ドルを達成することができなかった。数量ベースでは前年比3%減である。このような輸出の伸び悩みはコストの急上昇(石油製品や電気料金等の大幅値上げや近年の賃金の急上昇による)で国際競争力が低下(79年に輸出価格は前年比20%上昇)してきたこと,金融逼迫による資金繰り悪化,先進諸国の景気鈍化による需要停滞などによる。

これを受けて80年の輸出目標は前年比12.9%増の170億ドルと控え目に設定された。そして,80年1月に輸出振興を主目的にウォンの対ドル・レートを19.8%(欧州方式)切り下げたほか,年央頃に輸出の増勢が鈍化したことから6月の総合経済対策で輸出支援金融の拡充と金利の据置き(12%の金利を7月から3%引上げて15%にする予定であった)を決定し,また,外銀支店の輸出金融許可(7月),輸出入手続きの簡略化(9月)等様々な対策がとられた。この結果,年末には輸出の増勢も回復をみせ,年間でも前年比16.2%増の175億ドルと目標を達成した。品目別にみると鉄鋼,セメント,肥料等重化学工業部門が順調であるのに対し,繊維・衣類,皮革等軽工業品は年末に増勢を回復してきたものの,総じて不振であった。なお,日・米向け輸出は不振で1~10月間に前年同期比で各々11.2%減,6.4%増となっており,総輸出に占める両国のウエイトは初めて50%台を割り込んで44.4%(ピークは70年の75.4%)となっている。

一方,輸入をみると79年は石油や化学品,食料品が前年比50%前後で増加したこと等から,前年比35.8%増と著増した。しかし,80年は国内景気が大きく落込んだことから前年比9.0%増にとどまった。石油輸入は価格引上げで著増したもののその他産品はほとんど増加していない。なお,7月から不要不急の84品目(化粧品,ピアノ等)の関税を大幅に引上げるなどの対策もとっている。

この結果,貿易収支(fob-cifベース)は79年に53億ドルの赤字と大幅に悪化したあと,80年は47億ドルと高水準の赤字ながらやや改善をみせた。一方,貿易外収支は対外債務残高の増加や国際的高金利下での外資借入等から利子支払い負担が増加していること,旅行収支の悪化等から79年に2億ドルの赤字に転じたあと,80年は赤字がさらに拡大しているとみられる。このため,経常収支は79年の42億ドル赤字から80年はさらに赤字額が拡大し,55億ドル前後に達すると推計されている。しかし,この間資本流入は比較的順調であったことから外貨準備高は増加傾向を保ち,79年末に前年末比15.6%増の57億ドル,80年末には同15.0%増の66億ドル(同年輸入の約3.6か月分相当)を保有している。

(4) 物価動向

根強い騰勢を続けている物価は,79年も石油製品価格や電気・水道等公共料金の大幅引上げなどで卸売物価が前年比18.8%高,消費者物価が同18.3%高と高騰した。80年に入ってからは,騰勢が一段と強まり,卸売物価が前年比38.9%高,消費者物価が同28.7%高と急騰した。これは,年初のウォンの切り下げやOPECによる原油価格の引上げで輸入価格が上昇(前年比27.4%高)したことやマネー・サプライが76年以降の5年間で年平均31.8%増(80年は26.7%増)と高率で増加しているなかで,石油製品価格や電力料金等公共料金の大幅引上げが相次いだことによる。うち,石油製品価格は1月に平均59.4%,8月に同14.7%,11月に同11.3%と3回にわたって大幅に引上げられ(うち,灯油は一年間で91.5%引上げられた),電力料金も2月(平均35.9%),11月(同16.9%)と通算で59%引上げられた。このほか,2月に鉄鋼製品,セメント等35の独寡占品目の大幅値上げ,2月及び8月にバス等交通料金の引上げ等値上げが相次ぎ加えて,農業不振により食料品価格も上昇している。このため,政府は1月に公定歩合を6%引上げて21.0%にする等厳しい金融引締めを行い,また,予算も一部凍結する等の対策をとった。しかし,こうした財政・金融引締め措置も,景気の大きな落ち込みから年央以降は緩和せざるを得ず,物価は年末にかけ加速した。

(5) 経済政策の動向

79年の輸出低迷,80年に入ってからの物価の高騰,景気の落ち込みという経済情勢の中で,政府は80年の経済政策を前半は輸出拡大と物価対策に,後半は景気回復に重点をおいて運営した。このため財政・金融は前半が厳しい引締め,後半が緩和基調で推移した。

(主要経済政策)

(イ) 新経済政策発表 (1月)

輸出の増勢鈍化と国際収支の悪化及び物価高騰に対処するためにとられた措置である。主要措置としては,為替レートの切り下げ(1ドル484ウオンから580ウオンヘ,これは74年以来の切下げである。1月12日から実施。なお,2月27日からドル・リンク制を廃止し通貨バスケット制へと実質フロート制に移行。このため7月には先物外国為替市場が創設された),金利の引上げ及び輸出支援金融の拡充(公定歩合は15.0%から21.0%へ,プライム・レートは18.5%から24.5%へ,1年もの定期預金金利は18.6%から24.0%へ等。1月12日実施),予算案の下方修正(80年予算のうち4,135億ウオンを削減,1月19日決定)等を実施した。

(ロ) 総合経済対策発表 (6月5日)

景気の浮揚と雇用の拡大を目的とし,金利の引下げ(公定歩合を1%下げて20.0%へ,プライム・レートも1%下げて23.5%へ等,なお,預金金利は据置き),公共投資の拡大(年初削減した予算の一部復活),輸出支援金融の拡充等を実施した。

(ハ) 景気浮揚経済対策発表 (9月16日)

上期のマイナス成長から,景気浮揚を目的に金利引下げ(公定歩合を2%引き下げて18%へしたほか預貸金金利も2%引き下げる),住宅建設の促進,輸出支援金融の拡充,中小企業に対する資金融資の拡大等を実施した。

(ニ) 景気浮揚策発表 (11月8日)

深刻な不況で企業の経営悪化が続いていることから,金利の引下げ(公定歩合を2%引下げて16.0%へ,また,預貸金金利を平均2%引下げる),耐久消費財の物品税引下げ(11月から6か月間冷蔵庫等家電製品や小型乗用車の物品税を30%引下げる),企業等に対する金融支援,等を実施した。

(ホ) その他

その他,2月に低所得層を中心に生活安定対策の発表(麦類等価格の7月までの凍結等),7月に中小企業資金支援総合対策,8~10月に自動車,重電等業種に政府が業界再編を命じる(国際競争力の強化や過剰能力の削減等を目的としている),同9月に企業体質強化対策や外国人の投資規制緩和,等様々な対策を実施した。

81年度(暦年)予算は前年度比35.3%増の総額7兆8511億ウオン(約120億ドル)と大型予算である。本予算では防衛及び治安強化,市民生活の安定,経済開発分野の脆弱分野支援等に重点がおかれている。特に,歳出面では景気浮揚を目的に経済開発費が前年度当初予算比43.6%増,また,社会開発費も公共住宅建設促進等から35.3%増と高い伸びを予定している。また,国防費は同29.1%増で総予算の35.3%(GNPの6%相当)を占めている。

(6) 経済見通し

第4次5か年計画(77~81年,年平均成長率9.2%等を目標に揚げる)の前半2年間は二桁成長を達成する等好調に推移した。しかし,その後は第2次石油危機の発生,保護主義の台頭等対外経済環境は悪化し,国内でも高度成長の歪みの顕在化(産業の二重構造等),賃金の急速な上昇による国際競争力の低下,社会不安の発生等の問題を抱え,韓国経済は物価高騰,不況(失業増),国際収支の悪化といわゆるトリレンマに悩まされることになった。そして,80年経済がかつてない落ち込みをみせ,年末には景気に底込れの気配がみえだしているものの,農業所得の減少(農業人口が経済活動人口の36%を占めている)で消費需要の低迷の続くことも懸念されている。こうした状況下で政府は81年経済で不況からの脱出,潜在成長力の開発,雇用の増大等を目指すこととしており,次のような目標値を設定した。まず,実質成長率は81年に5~6%を目指し,82年からは本格的な成長軌道(7~8%)に乗せることとしている。また,81年の卸売物価上昇率は20~25%,輸出205億ドル,輸入260億ドル等を目標としている。なお,こうした目標を達成するために,81年度の積極予算策定,内需拡大のために81年の公共投資事業の59%を1~3月期に集中実行する,輸出支援金融金利を6月まで12%のまま据置く(当初は1月から15%に引上げる予定),等の政策を実施することとしている。

第8-1表 韓国の主要経済指標

2. 台湾:ゆるやかな成長鈍化続く

(1) 概  観

79年以来,成長鈍化傾向にある台湾経済は80年にも,輸出の増勢鈍化,民需の伸び悩みになどにより景気は鈍化を続けたが,公共投資の堅調などにより,前年比6.7%の経済成長を達成すると予想されている。しかしこれは,当初目標(8.0%)を下回るものである。また,貿易面では,輸出の増勢鈍化に,石油価格の上昇などによる輸入の急増が加わり,貿易収支は,3月から赤字を続けたが,その後,輸入の増勢鈍化などにより,9月には黒字に転じ80年には4,650万ドルの黒字となった。80年の工業生産は,前年比8.,0%増と前年(8.8%増)の伸びをやや下回った。また物価は急騰を続けている。

(2) 貿易動向

主要貿易相手国の景気鈍化に伴う需要の減退,国内の賃金,物価上昇による価格競争力の低下などにより,台湾の輸出の伸びは鈍化している。79年に前年比27.0%増となったあと,80年には,前年比22.7%増となった。品目別にみると電気機器,プラスチック原料,履き物,砂糖及び同製品などは,依然増大を続けたが,合板,繊維品,鉄鋼等は不振であった。一方輸入は,石油及び原材料価格の上昇などにより急増を続け,79年に輸入総額の14.7%を占めた石油輸入額は,80年には20.8%を占めるに至った。80年に入ってからは,石油価格上昇に加え,機械設備輸入が急増したこともあって,輸入は上期に前年同期比42.3%増と同期の輸出の伸び(29.6%)を大幅に上回た。こうした中で貿易収支は3月から連続して6か月間赤字を記録した。これは,第1次石油ショック後の75年以来初めてのことである。しかし,7~9月期頃から,国内の景気鈍化のため輸入の伸びも鈍化し始め,同期に前年同期比31.9%増,10~12月期には同21.1%増となった。そのため,9月から貿易収支は黒字に転じ,80年全体では累計4,650万ドルの黒字となった。(79年13.4億ドルの黒字)相手国別の貿易状況を見ると,対米買付団の派遣などにより,対米輸入が急増しているため,台湾の出超幅は縮小している(79年22.7億ドル→80年20.8億ドル)。一方,対日輸出は,79年末~80年春の円安の影響に加え,台湾製品の価格競争力の低下,日本の需要鈍化などから,減退しており,80年には前年比3.8%減となった。これに対し輸入は17.2%増と増大しており,累積赤字は31.8億ドルに達している(79年23.1億ドル)。このため日本に対して,台湾製品の買付団派遣の要請など対日輸出拡大を強く求めている。また,日米両国で貿易総額の50%近くを占めるという貿易市場の偏向を改善し,市場の分散化をはかっており,西欧諸国との貿易拡大,東欧,中南米,アフリカなど新市場の開拓に努めている。そのため,それら諸国との貿易は急増している。

また,9月から二重関税率を適用し,最恵待遇国には,一般税率より低い優遇税率を適用することとしたほか,輸入関税率を従来の39.14%から30%に引下げた。

(3) 生産動向

台湾では,輸出の増勢鈍化に加え,内需面では高騰を続ける物価と金利の影響もあって民間固定資本形成は鈍化し,個人消費も伸び悩んでいるものの,公共投資は,原子力発電所,港湾,輸送網の整備など12大建設を中心に堅調に推移している。

鉱工業生産は,79年の前年比8.8%のあと80年上期に前年同期比9.4%増となったがその後増勢を鈍化させ,80年通年では前年比8.0%増となった。そのうち鉱業が4.3%増,製造業が7.2%増(重工業9.4%増,軽工業4.4%増),水道・電気・ガス業7.5%増,住宅建築業20.5%増の伸びとなった。

こうした中で,60年代以来台湾の経済成長に大きく寄与してきた投資奨励条例(80年未失効)を改正し,更にその期間を10年延長することとした。それたより投資控除の増加,海外天然資源開発の促進,省エネ設備への加速償却などをはかるとしている。

また,エネルギー供給の8割を輸入に頼っているため7月より,「エネルギー管理条例」を施行し,省エネルギーや原子力など代替エネルギー開発を積極的に進めている。

農業生産を見ると夏の干ばつなど天候不順のため,80年の米の生産は226万トンにとどまり(79年235万トン),不振と伝えられている。

(4) 物価動向

石油価格,原材料価格の上昇により,78年末以来物価は急騰しており,79年には,卸売物価が前年比13.8%高,消費者物価が同9.8%高となった。80年に入っても,石油価格の上昇は続き,また,それに伴う電力,交通など公共料金の引上げや3年ぶりの酒・煙草販売価格の引き上げなどが相次いで行なわれ,年央からは農業の不作による食料品価格の上昇なども加わり,物価は一層上昇テンポを速めている。80年には卸売物価が前年同期比21.5%高,消費者物価は同19.0%高となった。このうち消費者物価急騰の寄与度を見ると①食物②住居費③教養娯楽費の順となっている。

こうした物価の高騰を抑制するため,公定歩合は,79年8月以来11%という高水準に据え置かれてきたが,81年1月には更に引上げられ,12%とされた。

(5) 見通し

行政院経済建設委員会の作成した計画では,81年の実質成長率は,前年比7.5%増と80年実績見込み(6.7%増)より,やや高く設定されている。そのうち民間固定資本形成は7.4%増,個人消費が6.7%増となっている。また生産面では,工業が8.1%増,農業は3%増とされている。

貿易については前年比22.8%増の485億ドル(輸出242億ドル(前年比22.4%増),輸入243.3億ドル(前年比23.4%増)で貿易収支は,1.3億ドルの赤字と見込まれている。また,インフレ率は,9.5%程度に抑える予定である。

第8-2表 台湾の主要経済指標

3. フィリピン

(1) 概  観

79年のフィリピン経済は実質GNP成長率が5.8】%と当初成長目標7.5%(その後6~6.5%に下方修正)を大きく下回った。これは農業生産の伸び悩みと製造業の不振によるもので,一次産品価格の上昇から鉱業生産や輸出は好調に推移した。一方,原油価格の引上げから輸入も急増しており,貿易収支赤字額はさらに増加し,前年まで比較的落着いていた物価も一転して急騰した。

80年1~9月期の経済をみると,農業生産は穀物や甘蔗等の増産で順調に推移しているものの,製造業は引続き低迷しており,鉱業も順調ながら増加率は前年より低い。輸出は年央頃まで好調を維持したが,その後増勢は鈍化している。一方,物価は依然高水準に推移しているものの年初をピークにその後徐々に騰勢を弱めている。こうした中で,10月に政府は80年の経済成長率を当初目標の6%から5.5%へと下方修正した。また,政府はOPECによる相次ぐ原油価格引上げや物価の高騰,低成長等から経済開発5か年計画(78~82年)の見直しを進めており(80~82年の実質成長率は各年2%近く下方修正される模様),新エネルギー5か年計画(81~85年)も発表された。

(2) 生産動向

79年の生産動向をみると,農業生産は前年比4.4%増と目標の5.0%増及び前年の実績4.8%増をも下回った。米が豊作であった前年の水準を保ち,とうもろこしも豊作で穀物生産は前年比7%増と順調であったが,主要商品作物である砂糖やココナッツの減産が響いている。

製造業は当初8.5%増を目標としたものの石油価格高騰によるコスト上昇の影響が大きく,5.4%増と引続き低迷した。また,建設活動も資材の高騰から伸び悩んだ。そうした中で,鉱業は一次産品市況の上昇から前年比17.6%増と好調に推移した。

80年1~9月間の生産動向をみると,農業生産は米やとうもろこし等穀物の豊作や甘蔗の増産などから前年同期比6.5%増(前年同期は5.5%増)と順調に推移している。ただ,ココナッツの生産は前年の不作からやや持ち直したものの,国際価格の下落から収入は減少している。また,11月初旬にルソン島を襲った大型台風でタバコや米作に被害がでており,その影響も懸念される。製造業は物価高騰から個人消費が沈静化していること,先進国の景気停滞による輸出需要の伸び悩み等から前年同期比3.9%増(前年同期は4.1%増)と低迷している。特に,繊維,衣類,皮製品等産業が不振を続けている。鉱業生産は前年同期比7.3%増と比較的順調に推移しているものの,前年同期(10.8%増)に比べると増勢は鈍化している。なお,同国の石油生産は79年に本格化し,79年の生産高は770万バーレルと同年のエネルギー消費の8%を占めるに至ったが,80年は最大の油田であるニド油田で2月に技術的問題(水の混入)が生じたりしたことから505万バーレルに落込むと推計されている。

(3) 貿易と国際収支動向

79年の貿易をみると,輸出は前年比35.9%増と好調であった。一次産品市況の上昇から木産品,銅,コプラの主産品が前年比40~70%増と急増したほか,近年伸びの著るしい工業製品が79年も前年比42%増(うち,電子部品は同62.6%増)と著増したことによる。このため,総輸出に占める工業品のウエイトは31.7%へと高まっている。ただ,ココナッツ製品や砂糖の輸出は10%台の低い伸びであった。なお,輸出促進のための税制・金融面での優遇策の実施(2月に輸出奨励企業に対する所得税控除等実施,3月に金融面の優遇等も輸出増の一因となっている。一方,輸入は原油価格の高騰やインフレ懸念,ペソ切り下げの懸念による駆け込み輸入などから前年比27.8%増と高い伸びを示した。このように輸出の増加率は輸入のそれを上回ったものの,貿易収支赤字額は15.4億ドルと前年の13億ドルからさらに増加した。ただ,資本流入は1月の中銀によるシンジケート・ローンの取入れ等順調であったことから総合収支は前年に続き3億ドルの黒字で,年末の外貨準備高も前年末比27.1%増の23億ドルを保有している。

80年上期の貿易動向をみると,輸出は前年同期比30.8%増と好調である。

しかし,輸出の増勢は先進諸国の景気停滞などで年央頃から鈍化傾向にある。品目別にみると銅や砂糖が高い伸びを示しているのに対し,衣類が伸び悩んでおり,木産品やココナッツ製品は減少している。一方,輸入は石油価格の上昇等から同24.1%増と引続き高水準に推移している。ただ,内需不振から輸出と同様年央以降増勢は鈍化傾向にある。なお,貿易収支は依然大幅な赤字が続いているものの,資本流入が順調でこのため外貨準備高は10月末現在前年末比12.5%増の26.2億ドルを保有している。一方対外借入れもぼう大な額にのぼっており,9月末の債務残高は前年末(98億ドル)比20.4%増の118億ドルとなっている。

同国は目下,大幅な輸入自由化を実施に移しつつあって,まず,80年9月に39品目の関税が引下げられたが,さらに600品目以上が81年以降5年間にわたって段階的に関税の引下げ等実施される予定である。これは,国内産業の合理化及び競争力の強化,物価の安定,相対的に高い関税率をASEAN諸国に近づける等を目的としている。

(4) 物価動向

79年の物価は前年の落着きから一転して,卸売物価が前年比18.3%高,消費者物価が同18.8%高と高騰した。OPECの相次ぐ原油価格の引上げから,まず石油製品価格が3月,8月の2度にわたり大幅に引上げられたほか,電力料金(9月),タクシー(3月,8月)等公共料金の相次ぐ値上げ,最低賃金の引上げ(4月,9月)等値上げの要因が目白押しであったことによる。政府は金融引締め,輸入自由化,家賃の凍結等物価対策を実施したものの,物価を鎮めることはできなかった。

80年に入ってからも,1~9月間に前年同期比で卸売物価が19.8%高,消費者物価が19.1%高と高騰している。本年も石油製品が2月に平均42%,8月にさらに平均14.1%引上げられたほか,2月に電力料金(首都圏は5月から)の平均30%強の値上げ,バス料金値上げ,2月,8月の最低賃金引上げ等値上げが相次いだことによる。このため,79年12月に公定歩合を2%引上げて11%にしたあと80年2月に預金金利の0.5%引上げ等金融を一層引締めたり,2月から3か月間米,とうもろこし,砂糖等8品目(その後ミルクを追加し9品目)の物価を凍結する等対策をとった。こうした対策もあり,物価は高水準ながらも年初をピークに勝勢を鈍化させている。

(5) 財政動向等

80年度(暦年)の予算は前年度当初予算比16%増の398億ペソ(約54億ドル)の緊縮予算であった。特に歳入は租税収入等の伸び悩みで約1/4を借入金に依存している。

81年度の予算は前年度当初予算比37.7%増の大型予算である。本予算は景気低迷,物価高騰,国際収支難等同国の抱えている問題解決を目的に,エネルギー自給を高めるための地熱発電の積極的利用,農工業の振興,物価安定のための政府補助金の拡充等に重点をおいている。このため,歳出では地熱発電所の増設等から経済開発費が前年度比64.5%増と著増している(前年度は9.1%増)。歳入面では木材伐採税や酒税等の新設で租税等経常収入が42.9%の大幅増を見込んでいる。一方,借入金は総歳入の17.6%と前年度の20.3%から依存度をやや下げている。なお,政府は81年の成長率目標を6.5%においている。

同国は79年にエネルギー10か年計画(1980~89年)を発表したが,80年に入って石油・石炭の生産目標の下方修正及び地熱発電の依存度を高める等の見直しを行い,新たに新エネルギー5か年計画(81~85年)を発表した。新計画によると,期間中のエネルギー消費の伸びを年平均8%に見込んでいる。

また,エネルギー消費に占める石油への依存度を80年の87.5%から85年には54.9%に引下げ,逆に,石炭を0.9%から13.4%へ地熱発電を3.8%から12.2%へ等引上げることとしている。なお,所要資金は95億ドルで,同国のエネルギー自給率を80年の18.0%から85年には48.9%へ高める計画となっている。

第8-3表 フィリピンの主要経済指標

4. タ  イ

(1) 概  観

79年のタイ経済は実質GDP成長率が6.7%と前年の11.7%から大幅に鈍化し,第4次5か年計画(77~81年)の年平均成長率目標7.0%をも下回った。これは前年大豊作であった農業が干ばつのため減産となったことが響いており,製造業は順調に推移した。なお,輸出は一次産品市況の上昇から好調であったが,輸入も原油価格の引上げ等から輸出の増勢を上回って増加し,貿易収支は赤字幅を拡大した。また,物価も年央以降二桁上昇と悪化した。

80年に入ってからの経済は農業が順調に推移しているものの,製造業は年央以降増勢を大きく鈍化させ,建設業も伸び悩んでいる。また,好調であった輸出も先進諸国の景気停滞等から年央以降増勢は鈍化している。こうした中で,物価は前年から再三の石油製品価格の引上げや公共料金引上げから前年に比べ一段と増勢を強めている。こうした経済情勢から80年の成長率は前年を若干下回るのではとみられている。

(2) 生産動向

79年の生産動向をみると,農業生産は干ばつの被害などから前年比1.9%減と不振であった。うち,米は豊作であった前年並みの生産であったほか,ゴム,とうもろこし等も前年を上回ったものの,タピオカ(前年比27.2%減),甘蔗(同38.4%減),ジュート及びケナフ(同16.1,%減)は干ばつで大減産となり,これが大きく響いている。

鉱工業生産は,鉱業が錫の生産増から前年比12.8%増と着実に伸びた一方,製造業も前年比10.0%増と目標増加率9.6%を上回った。製造業の場合,金融引締めや石油製品価格の引上げで中小企業に資金不足の影響がでたものの,繊維産業(衣類を含む)が内外需の伸びで好調に推移したほか,化学製品,飲料も高い伸びを示した。建設業は資材不足や資金不足等の影響から伸び率が前年に比べ半減したものの,それでも民間投資活動に支えられ8.7%増と増加した。

80年に入ってからの生産活動をみると,農業生産は穀物およびその他産品も総じて順調に推移している。うち,米の生産は乾期作(全体の約1割を収穫)が前年からの干ばつの影響で大幅減産(前年の230万トンに対し100万トンの収穫)となったものの雨期作がモンスーンの順調な到来などで,順調に推移し,年間でも平年並の収穫が見込まれ,とうもろこしも豊作であった前年並みの収穫となっている。

一方,製造業は年央頃まで比較的順調に推移してきたものの,その後増勢は大きく鈍化している。繊維産業がヨーロッパ向け輸出を減少させているほか,砂糖精製も甘蔗の不作から不振となっていることなどによる。また,建設業は公共投資関係がまずまずの伸びを続けているものの,民間住宅投資は大きく落込むなど全体としては伸び悩んでいる。

(3) 貿易と国際収支動向

79年の貿易は輸出が前年比29.8%増と好調に推移した。これは一次産品市況の上昇から米が前年比48.9%増,ゴム同53.1%増,とうもろこし同31.5%増とタピオカや木材を除く一次産品輸出が好調だったことに加え,繊維製品や電子機器等工業製品(SITC5~8)も前年比37.8%増と高い伸びを示したことによる。特に,工業製品輸出は近年著増しており,総輸出に占める比率も75年の21.8%から79年には31.7%と急速に高まっている。一方,輸入は原油価格の引上げによる石油及び同製品輸入の急増(前年比42.3%増)等を主因に前年比33.6%増と輸出の増勢を上回った。この結果,貿易収支は16億ドルの赤字と前年に比べ(前年は8.7億ドルの赤字)大幅に悪化し,このため,総合収支は資本流入が順調であったものの及ばず,前年に続き赤字(0.9億ドル)を記録した。外貨準備高はこのため前年比7.8%減の19.6億ドルとやや減少した。

80年に入ってからの貿易をみると,1~8月間の輸出は前年同期比29.8%増と好調に推移している。ただ,年央頃から輸出の増勢は大きく鈍化している。これは最大の輸出産品である米が乾期作の不作(5~8月に輸出規制を実施)で年央に前年同期より減少したこと,同様に砂糖も不作の影響がでていること等のためである。

一方,1~8月間の輸出は原油輸入が前年同期比72.1%増と著増しているものの,国内景気の鈍化等から原材料輸入が伸び悩んでおり,全体でも27.1%増と輸出の増勢を下回った。ただ,貿易収支は引続き大幅な赤字を続けている。一方,このファイナンスは2月に中銀が総額2億ドルにのぼる初のシンジケート・ローン取入の調印をしたほか,金利引上げによる資本流入促進もみられ,9月末の外貨準備高は前年末より11.5%増の21.8億ドルとなっている。

(4) 物価動向

79年の物価は年央頃まで比較的落着いていたものの,その後騰勢を高め,年間では卸売物価が前年比11.1%高,消費者物価が同9.9%高となった。これは1,7月の2度にわたる石油製品価格の大幅に引上げのほか8月以降公共料金が相次いで引上げられたことによる。特に,政府は1月に物価統制品目を従来の35品目から60品目に拡大し,物価抑制を図ったが,6月に入り27品目の統制を解除したことも年央以降の騰勢に影響している。

80年に入ってからも,1~9月間に前年同期比で卸売物価が21.7%高,消費者物価が同20.7%高と一段と高騰している。これは2月に電気料金(40%),石油製品価格(平均25%),ガス価格(50%)が大幅に引上げられたことによるもので,この引上げは国民の不満を高め,政府は3月に入り家庭用LPGガスの15%及び灯油の12%値下げなど石油製品価格の一部を引下げた。それでも物価は騰勢を強め,このため,中銀は3月に公定歩合を1.5%引上げて14.0%(その後,海外の金利動向等から3回改定し,11月3日以降13.5%へ)にするなど金融を引締めた。また,政府は5月に基礎物資12品目(砂糖,灯油,セメント等)の生産・流通監視措置を実施し,これら物資の退蔵・売惜しみによる価格上昇の防止を図った。このほか,政府主導の安売りも実施され,加えて夏場の農業の持ち直し等から年央頃から物価はやや鈍化している。しかし,こうした中で10月から最低賃金の引上げ(首都圏で20%),電気料金の引上げ(平均16%)が行われ,同時に物価統制策の一部緩和(生活必需品の品不足を防ぐ等の目的)を実施しており,物価の先行きはいまだ問題を抱えている。

なお,79・80年とOPEC諸国による再三の原油価格の引き上げは,石油及び同製品の8割以上を輸入に頼っている同国に深刻な影響を与えている。

このため,前述のように石油製品価格の引上げ等行っているが,その他,80年4月に4項目の電力節減措置(テレビ放送の一部時間禁止等,但し,3か月間の暫定措置)を行ったほか12月には石油の配給制や乗用車の利用制限等を含む一連の措置を発表する等エネルギー対策も進めている。

(5) 財政動向等

80年度(79年10月~80年9月)予算は前年度当初予算比18.5%増の1,090億バーツ(約53億ドル)と大型予算であった。経済開発費や農村を中心とした教育費の伸びが高く,借入金返済額も増加している。

81年度の予算は前年度当初予算比28.4%増の1,400億バーツ(約68億ドル)と引続き大型予算である。本予算の主眼は,物価高騰の中で都市と農村の間の所得格差が著るしくなっていることから,この格差是正におかれている。

歳出面をみると,農業開発の促進や農村地域雇用対策の充実等農村開発に重点のおかれた経済開発費(歳出の23%を占める)が前年比40.5%と著増したほか,借入金返済(歳出の12.5%を占める)も同41.6%増と前年に続き高い伸びを示している。これに対し歳入は租税等政府経常収入が前年比37.9%増(歳入の85.7%を占める)と著増を予定している。このために,政府は80年5月に個人所得税の税率変更(81年1月から実施),法人税及び物品税率の引上げ(80年5月から実施)と税制を改正している。一方,借入金は前年比8.6%減と逆に減少を予定している。

80年の金融は物価の騰勢が続いていること,前年の国際収支が悪化し外貨準備高が減少傾向にあったこと,海外金利が上昇傾向にあったこと等を反映して引締め基調で運営され,金利は上昇した。まず,1月に市中銀行の預金金利が3%引上げられ(貸出金利の上限は15%から20%へ,1年定期金利は9%から12%へ等),次いで,3月末には公定歩合が12.5%から14.0%へ引上げられた。その後,公定歩合は海外金利の低下等を反映して5月に13.5%,6月12.5%と引下げられたが11月には13.5%と再び引上げられた。

第8-4表 タイの主要経済指標

5. インドネシア

(1) 概  観

79年度(4~3月)のインドネシア経済は実質GDP成長率が4.9%と前年の6.8%から大きく鈍化した。これは,農業が総じて順調に推移したものの,伸び率は前年度が大豊作であったことから低い伸びにとどまったことや,ルビア大幅切下げを契機とした物価高騰で消費需要が伸び悩み,加えて金融引締めや公共事業の繰延べ等で生産活動が低い伸びにとどまったことによる。ただ,輸出は原油価格の引上げや一次産品市況の上昇を反映して好調に推移し,大幅な貿易収支黒字を背景に外貨準備高も急増した。

80年に入ってからの経済は,相次ぐ原油価格引上げに伴う石油収入の急増や大幅な財政支出増等から製造業や建設など好調に推移しており,農業生産も米の三年連続豊作等好調である。また,これまで低迷していたインドネシアは対する外国からの投資も活発化の傾向を示している。輸出は年央頃から増勢が鈍化しているものの依然順調で外貨準備高は引続き急増している。ただ,物価は騰勢が鈍化傾向にあるものの水準は依然高い。なお,こうした景況から80年度の成長率は当初目標の6.5%を上回るものとみられている。

(2) 生産活動

79年の生産動向をみると,まず,農業生産は前年の大豊作に続き増産となったものの,その伸びは低くかった。うち,穀物生産は米が前年比1.9%増の26.3百万トン(籾ベース)と前年の豊作を上回ったが,とうもろこしの減産から全体では前年比0.7%の微減となった。しかし,キャッサバ,大豆,ゴム,茶,砂糖等は増産となっている。鉱業生産は基幹産業である石油生産が前年比2.7%減と前年に続き減産となったものの,その他は天然ガスが同21.7%増,ニッケル同28.6%増,錫同4.6%増と総じて順調であった。石油の減産は70年央頃からの投資停滞で新油田の発見がほとんどなく,また多くの油田が老朽化していることにある。ただ,原油価格の引上げで石油収入そのものは急増している。製造業生産は物価高騰による内需の鈍化などから伸び悩み,前年に比べ繊維,肥料等が増加率を低め,タバコやラジオ等は減産となるなどセメントやタイヤ等一部好調業種を除くと総じて増勢は弱い。

80年に入ってからは,農業生産が天候に恵まれたことから順調に推移しており,うち穀物生産は前年比7.4%増と好伸し,特に米は前年比9.1%増の28.7百万トンと三年連続の豊作で,とうもろこしの不振を補っている。石油生産は1~9月間に前年同期比2.0%減と引続き減少傾向にある。製造業は内需の活発化や輸出増から好調で繊維や家電,自動車等が高い伸びを示している。なお,インドネシアに対する外国からの投資は1975年をピ-クにその後減少を続け,特に,78年末のルピア大幅切り下げ直後は激減していた。しかし,石油収入の急増や経済の好転などから80年に入ってから再び投資活動は活発化の動きをみせている。

(3) 貿易及び国際収支動向

79年の貿易をみると,輸出は前年比33.9%増と前年(7.3%増)の低迷から一転して好調に推移した。これは一次産品市況の上昇から木材及び同製品が前年比80.7%増,卑金属製品同61.6%増等一次産品を中心とした非石油輸出が前年比59.8%増と著増したことによる。特に,木材,コーヒー,鋼材等は輸出の好調から国内市場で品薄となり,年央に一時輸出制限を行った。これに対し,総輸出の6割前後を占める石油(製品を含む)輸出は前年比19.3%増にとどまった。原油輸出価格が年平均で前年比35.5%高と上昇したものの,輸出数量がアメリカ向けを中心に減少したことによる。一方,輸入は国内景気の鈍化やルピア切下げの影響から前年比7.7%増と低い伸びにとどまった。この結果,貿易収支は59億ドルと前年の2倍強にのぼる史上最高の黒字となり,貿易外収支が外国石油企業の利益送金で大幅赤字であるものの,経常収支は5年振りの黒字となった。一方,資本流入も順調であることから総合収支は14.5億ドルの大幅黒字となり,外貨準備高も79年末には前年末比54.6%増の40.7億ドルと著増している。

80年に入ってからの貿易をみると,輸出は中銀速報によると1~9月間に前年同期比49.4%増と著増している。これは石油が原油価格の引上げ(同期間に原油輸出価格は前年同期比78%上昇)で63.4%増,天然ガスが124.5%増と著増したことによるもので,その他産品の輸出は13.1%増にとどまっている。ただ,年央頃から先進諸国の景気停滞などの影響で輸出の増勢は鈍化しており,特に,木材,コーヒー,タピオカ等は前年同期を下回っている。

一方,輸入は国内景気の好調,石油製品輸入の急増(国内の石油精製施設不足でガソリン,灯油等は輸入に頼っている)や7月の普通乗用車,ラジオ等一部品目に対する輸入禁止措置の解除等から急増しており,中銀速報(但し,L/C申請ベース)によると1~9月間に前年同期比46.0%増となっている。なお,輸出の増勢が引続き輸入のそれより高いことから,貿易収支は大幅黒字を続けており,外貨準備高も10月末には前年末比52.0%増の62億ドルとなっている。

(4) 物価動向

79年の消費者物価は前年比21.9%高(前年は7.8%高)と急騰した。これは78年11月にルピアをそれまでの1ドル=415ルピアから625ルピアへと大幅に切り下げたことが大きく影響している。それでも年初はルピア切り下げ後の厳しい物価規制で物価はさしたる上昇をみせなかったが,2月までに物価規制が緩和され,3~4月にかけ公共料金や石油製品価格の大幅引上げがあったことからその後の物価は一気に急騰した。

80年に入ってからは,1~11月間に前年同期比18.7%高と前年より鈍化したものの引続き高水準にある。これは5月に灯油等石油製品価格が50~57%と大幅に引上げられたほか,電気料金(60~200%),国鉄(同17%)等公共料金の引上げによるものである。ただ,米の大豊作による食料品価格の安定などから騰勢は年初をピークにその後徐々に鈍化している。

(5) 財政動向

79年度(4~3月)の予算は前年度当初予算比43.7%増の総額6兆9,340億ルピア(約110億ドル)と大型予算であった。この予算は第3次5か年計画(1979~83年,年平均6.5%の成長等を目標としている)の初年度予算として開発支出に重点がおかれた。

80年度の予算は前年度比52.2%増の10兆5,569億ルピア(約168億ドル)と石油収入急増を背景に前年度の伸びを上回る大型予算となっている。本予算では経済開発に引続き重点がおかれ,教育,農業,農村開発,通信,労働,防衛の6部門に予算配分の優先順位が与えられており,一方外国援助依存度は減少している。

第8-5表 インドネシアの主要経済指標

まず,歳出面をみると,経常支出は前年比60.5%増の5.5兆ルピアと高い伸びを示した。これは過去2年間凍結されていた公務員や軍人の給与を平均50%引上げたこと,米や灯油などの国内販売価格を低く据え置くこととし,そのため食料補助金が前年度比107%増,石油補助金が277%増と著増したことによる。一方,開発支出も前年度比44.1%の5.0兆ルピアと大幅に増加している。うち,労働・移住(前年度比80.1%増),農業・灌漑(同76.4%増)教育・文化(同61.5%増),防衛・治安(同52.4%増)の伸びが高い。

歳入面では,経常収入が前年度比66.4%増の9.1兆ルピアであるのに対し,外国援助等受入れは同0.5%増の1.5兆ルピアにとどまり,総歳入に占める比率も前年度の21.5%から14.2%へと低下している。経常収入の増加は,石油会社税が石油輸出価格引上げによる石油収入増で前年度比92.2%増の6.4兆ルピアと著増を見込んでいることによる。この結果,総歳入に占める石油会社税の比率は61%と前年度の48%から大幅に高まっている。なお,法人税が経済の好況を見込んで前年度比56.2%増,輸出税が一次産品市況上昇等からの輸出好伸を見込んで同96,2%増となっているのも注目される。

6. インド

(1) 概  観

79年度(4~3月)のインド経済は実質GNPが前年度比マイナス3.0%(暫定値)と65年度のマイナス4.5%に次ぐマイナス成長であった。これはGDPの約4割を占める農業生産が干ばつの影響で穀物を中心に大減産(前年度比10.0%減)となったことや鉱工業生産が低迷(前年度比1.5%減)したことによる。加えて,前年度まで安定していた物価が上昇し,輸出が低迷を続けるなど経済は困難に直面し,政権の不安定がこれに拍車をかけた。

80年に入ってからの経済をみると,農業生産は穀物の豊作等前年から一転して好調に推移したが,鉱工業生産は石炭不足や輸送力の制約等から引続き低迷している。また,上期の輸出は前年同期を下回るなど不振で,大幅な貿易収支赤字から外貨準備高も減少傾向にある。さらに,イラン・イラク紛争の発生は原油輸入の7割以上をこの両国に頼っているインドに深刻な影響を与えている。物価も年初来2桁台の上昇を続けている。こうした経済状況から政府は80年度の経済成長率が当初目標の5%を達成するのは困難であるとし,4%を予測している。

(2) 生産動向

79年の生産動向をみると,農業生産はモンスーン期の降雨不足から大干ばつに見舞われ,年間収量の約6割を占めるカリフ作(秋収穫)が穀物(主として米)を中心に大きな打撃を受けた。このため,年間の穀物生産高はラビ作(春収穫,主として小麦)が豊作であったにもかかわらず前年比12.4%減の125.3百万トン(但し,米は籾換算)と大幅減産であった。また,穀物以外でもコーヒーやゴムは前年を上回ったものの,甘蔗が大幅減となったほか,綿花,ジュート,油糧種子も相当量の減産であった。なお,穀物在庫は75年以降の豊作続きで79年末時点で19.1百万トン(うち,小麦9.3百万トン,米9.8百万トン)に達していたことから,穀物は大減産ながら輸入に頼る必要はなかった。

一方,鉱工業生産は前年比1.1%増と低迷し,特に,年末には前年同期の水準を下回った。これは干ばつや石炭不足等による電力不足(不足量は16%と推定されている),輪送力の制約(主として鉄道),鉄鋼やセメントなどの基礎資材不足に加え,物価上昇,政権の不安定とそれらを背景とした労働争議の頻発が原因となっている。また,農業不振で砂糖精製の不振等農業関係産業も低迷した。

80年に入ってからの生産活動をみると,穀物生産はラビ作が前年の水準には及ばなかったものの比較的順調に推移したあと,前年大減産となったカリフ作はモンスーンが順調であったことや肥料使用の増大等から大豊作となった。この結果,年間穀物生産高は前年比16.5%増の146百万トンと史上最高の豊作を記録した。

鉱工業生産は前年から引続く石炭や電力不足(但し,水力発電は夏場以降モンスーンが順調であったことからやや改善している),原材料不足等の制約から低迷が続いている。すなわち,80年度の鉱工業生産は当初目標が前年度比8.0%増であるが4~9月間に前年同期比0.8%減と低迷している。このため,政府は80年度の鉱工業生産目標を4%増に下方修正している。一方,鉱工業生産の回復を図るために80年度予算(6月に発表)で民間企業に対する政府関係金融機関の融資条件の緩和や投資奨励策として新規投資の特別減税措置が採られている。次いで,7月にガンジー政権による新産業政策(それまでの産業政策は77年に前ジャナタ政権が発表したものである)が発表された。これは生産の拡充と輸出増進のため,政府は業界に対する各種ライセンス制度の簡表化と緩和を図り,重要産業に対しては政府の許可なしでその生産能力を拡大(従来の125%から150%へ)できる等を内容としている。

(3) 貿易動向

79年の貿易動向をみると,輸出は前年比4.1%増と低迷した。上期は一次産品市況の上昇等からジュート製品や紅茶,鉄鉱石等を中心に順調に推移したが,下期は農工業生産の不振による輸出余力の低下から一転して前年同期を大きく下回った。一方,輸入は前年比11.0%増と輸出の増勢を上回った。

石油価格の上昇や国内生産の減少による油糧種子や肥料の輸入増大によるものである。この結果,貿易収支は前年よりさらに赤字幅を拡大している。ただ,増勢は頭打ちとなったものの,中東を中心とした在外インド人の本国送金が継続したことから79年末の外貨準備高は前年末比15.0%増の78億ドルとほぼ同年の輸入の10.7か月分相当を保有するに至った。

80年上期の貿易動向をみると,輸出は前年同期比24.2%減と80年に入り一段と低迷している。これは国内の生産不振や先進諸国の景気停滞による需要減から鉄鋼製品,砂糖,機械部品等が不振で,前年比較的順調であったジュート製品や皮革製品も低迷している。これに対し,輸入は石油価格の再三の値上げや国内での供給不足を補うためのセメント,肥料,砂糖等の急増から同32.6%増と著増している。この結果,上期の貿易収支赤字額は30.6億ドル(fob-cifベース)と上期のみで前年の赤字額(18.6億ドル)を大幅に上回った。こうした貿易収支の悪化と,加えて,中東などからの本国送金も減少傾向にあることから,外貨準備高は7月末現在で前年末比8.6%減の72億ドルと年初来徐々に減少している。こうした中で,政府は4月に80年度の輸入政策を発表した。それによると,大幅な貿易収支赤字が続いているものの,輸出を促進するために輸出産業の必要とする原材料の輸入を自由化する(ステンレス・スチールやナイロン単繊維糸等5品目を無税に等)等75年度以来の自由化政策は継続している。こうした政策をふまえ,政府は80年度の貿易目標を輸入前年度比25%増の1,000億ルピー,輸出同18%増の710億ルピーと設定している。

なお,インドはイラン・イラクに原油輸入の7割以上を依存しており,イラン・イラク紛争はインド経済に深刻な影響を与えている。このため,政府は80年にソ連から150万トンの原油供給約束を取付けていたが,81年にはこれを250万トンに引上げること等で12月にソ連と合意に達したほか,10月には重油・灯油の消費規制を実施している。また,自給率(45%)引上げのための開発促進や輸入相手先の多様化等その対応策を進めている。

(4) 物価動向

78年中は極めて安定していた物価も79年に入ると卸売物価が前年比13.4%高,消費者物価が同6.3%高と上昇した。特に,上期は比較的安定していたものの,下期には急速に騰勢を強めた。これは4月から物品税を5~37%と大幅に引上げたことに端を発しており,その後8月の石油製品値上げ,農工業生産不振による供給不足等も影響している。政府は9月に市中預貸金金利の引上げ,10月には生活必需品等に関する闇および売り惜しみ行為禁止法の実施等物価対策をとったものの,騰勢を鎮めることができなかった。

80年に入ってからも1~8月間に前年同期比で卸売物価が17.8%高,消費者物価が11.7%高と2桁台の上昇を続けている。6月に石油製品価格の引上げ(うち,ガソリンは15.6%引上げ),肥料価格の値上げ,鉄道運賃の引上げ(5~20%)等値上げが相次いだことのほか,供給不足による砂糖や食用油の値上りがこうした根強い物価高騰の背景にある。このため,政府は6月に「投機防止法」を発動し,8月には特に価格高騰が目立つ食用油,石けん等についてメーカーに対し値下げ指導を行ったほか,砂糖の在庫放出及び緊急輸入等の対策も実施している。

(5) 財政動向及び経済計画

80年度の予算はガンジー政権が80年1月に発足したばかりであったことから3月に暫定予算が発表された後,6月になってようやく発表された。本予算(歳出ベース)は前年度実績予算比11.1%増の2,147億ルピー(約270億ドル)と引続き緊縮予算となっている。特に,物価の高騰が続いていることから,物価安定が主要政策課題となっており,そのために総供給の増強(インフラストラクチャーの改善と既存の生産能力の活用等)と総需要の抑制(銀行の信用供与を生産目的に向けるよう政策変更し,財政の赤字幅を切りつめる)が必要があるとしている。歳入面をみると租税収入が6%増にとどまっているものの,IMFからの借入れ,外国からの援助,国債発行等の増加から歳入総額は前年比19.3%増の1,983億ルピー(約250億ドル)と大幅増が見込まれている。租税収入の低い伸びは農工業生産の拡大を図るために個人所得税や前年課した物品税の多くを軽減したことによる。一方,歳出は前年度大幅に伸びた経済開発費が8.4%増にとどまるなど総じて低い伸びにとどめられている。その結果,財政赤字額は前年度の約6割の164億ルピー(年度中の税の自然増を見込むと実際の赤字額は142億ルピーに縮小する見込み)へと減少する見込みである。

なお,同国ではデサイ政権による第6次5か年計画(78~82年)が実施されていたが,ガンジー政権はこれを破棄し,新たに80年度から84年度までの第6次計画を策定しており,8月末にその5か年計画の骨子が決定された。

それによると,主要目標としては経済成長率の顕著な増大,資源利用効率の促進と生産性の改善,近代化推進の強化,貧困と失業の発生の減少等をあげており,具体的には期間中の年平均成長率を5%(但し,84年度までには5.3%の成長を達成)とし,農業4%前後,工業8~9%,輸出10%の年平均増加率を目指すこと,等となっている。

第8-6表 インドの主要経済指標

7. パキスタン:

(1) 概  観

パキスタン経済は第一次石油危機以降の低迷から近年ようやく回復の動きをみせているが,78/79年度(7~6月)の実質GDP成長率は5.9%と前年度(7.0%)より鈍化した。農業は豊作であったものの,製造業が前年度比4.8%増と前年度に比べ増勢をほぼ半減させたのが響いている。

79/80年度の経済は前年度をやや上回る6.2%(暫定)と比較的順調な成長であった。これは農業生産が前年度比6.0%増と70年代ではもっとも高い増加を示したほか,製造業も同8.1%増と回復したことによる。しかし,貿易収支の長期にわたる大幅赤字とそのフアィナンスによる対外債務急増,物価の高騰,財政赤字の拡大及びアフガニスタン問題に伴う財政負担の増大など諸困難を抱えており,また,高い増加を示した製造業も民間投資や外国からの投資は引続き低迷している。

80/81年度の経済について政府は6.6%の成長目標を掲げている。年度当初の経済の動きをみると,穀物生産は順調に推移しているものの,輸出の増勢鈍化に対し輸入が急増しており,この影響から一時増加した外貨準備高も再び減少傾向に転じ,国際収支先行きを暗いものにしている。また,現政権の産業国有化政策の中止,主要業種の民間部門への解放を行う等の政策や外資優遇政策は好惑をもって受け入れられているものの,一方で,経済のイスラム化(銀行利子の廃止等)が進められていることが不安材料となっており,内外の政情不安も加わり先行きを不透明なものとしている。

(2) 生産動向

79/80年度の生産動向をみると,まず農業生産は前年度比6.0%増と前年度(4.2%増)を上回る大豊作であった。これは天候に恵まれたことが主因であるが,その他肥料補助金,支持価格制,農業に対する信用供与などの農業政策により,生産意欲を高めたのも一因となっている。穀物生産をみると小麦は前年度比9.3%増の1,087万トンと過去最高の大豊作で,ほぼ自給を達成した。また,米は同2.1%減の320万トンと豊作であった前年度の水準には達しなかったものの,順調な生産であった。商品作物では最大の産品である綿花が前年度比57.8%増の420万ベールと記録的生産であった。ただ,砂糖きびは前年度比0.5%減と前年度に続き低迷した。なお,その他作物も総じて順調であったとみられる。

一方,同年度の製造業生産も前年度比8.1%増と前年度の4.8%増から回復をみせた。これは国内産業の振興・育成及び輸出振興を目的に資金援助や税制面での優遇策(繊維,ガラス製品の国内消費税の撤廃,機械機器,原材料の輸入関税・売上税の減免等)を実施したこと(いずれも79/80年度予算),工業投資を拡大するために第5次経済5か年計画(78年7月~83年6月)のうち,工業投資計画を増加修正(第2年次以降の4か年に当初案より68%増,79年4月発表)したことなどによる。産業別に年度の最初の9か月(7~3月)を前年同期と比較すると肥料,ジュート織物,紙製品,綿糸等が高い伸びを示したのに対し,製糖,綿織物等は不振と,総じて公共部門が好調であったのに対し,民間部門は不振で,投資も低迷している。政府は低迷している民間投資を刺激し,外資導入を促進するために前述のような金融・税制面での優遇策,経済計画の策定,産業国有化政策の停止,主要業種の民間部門への開放及び一定業種の国有化解除,投資認可手続きの簡素化等を図っている。この結果,民間投資や外資流入は徐々に増加してきている。しかし一方で,経済のイスラム化が進行しており,79年7月以降無利息銀行制度の導入(住宅建設金融公社など政府関係金融機関の一部で実施),ザカート(一種の富裕税),ウーシャ(農作物税)と呼ばれる宗教税の導入(80年6月から実施)が図られており,今後これら制度の拡大が見込まれていること,また,アフガニスタン問題の発生等周囲を取り巻く国際環境の悪化などから,投資活動の先行きを不安なものにしている。

(3) 貿易及び国際収支動向

79年の貿易は,輸出が前年比39.4%増の20.6億ドルと前年(24.1%増)を上回る増加をみせた。これは最大の輸出産品である米が前年比76.5%増と急増したほか,石油製品や皮製品等も好調であった。ただ,綿花は原綿の輸出禁止措置(原綿不足による国内繊維産業の生産減を防ぐ目的で78年12月から禁止され,79年6月に解除された)によって前年より輸出は減少した。一方,輸入は前年比23.4%増の40.5億ドルと前年(34.3%増)よりは下回ったものの引続き強い増勢を示した。同国は輸入自由化政策を推進しており,79年7月からも一般消費財,機械類,原材料等の輸入規制を緩和している(但し,部分的には国内産業保護のために輸入規制を強化している)ことや,石油の急増によるものである。このように増加率では輸出の伸びが輸入のそれを上回ったものの,79年の貿易収支は23.9億ドルと前年を上回る大幅赤字を記録した。この赤字額は同年の輸出総額をも上回るものである。この結果,移転収支は在外パキスタン人による本国送金(主として中東)が前年に引続き増加したことを主因に17.2億ドルの黒字(前年比13.4%増)となったものの,経常収支は12.2億ドルと前年(7.2億ドル)以上の赤字となった。これに対し資本収支はこの赤字を補填できず,総合収支は6年連続の赤字を記録した。このため外貨準備高も減少傾向を続け79年末には同年輸入額の0.9か月分相当の3.0億ドル(前年末比39.2%減)と極めて低水準の保有高となった。

80年1~8月間の貿易は,輸出が前年同期比28.6%増と増勢を続けている。これは綿花生産が史上最高であったことを背景に,同輸出が前年同期に比べ8.2倍と著増したのが主因となっている。ただ,輸出の増勢は先進諸国の景気停滞等から年央頃から急速に鈍化している。これに対し,輸入は同39.0%増と80年に入り一段と増勢を高めている。石油価格の相次ぐ引上げによる輸入増と輸入自由化政策の促進(80/81年度の輸入政策もこれまでの産業用原材料,機械類などの生産財を中心に自由化をさらに進めている)等によるものである。ただ,穀物輸入は小麦の大豊作などにより減少している。

一方,外貨準備高は年初来諸外国からの援助増大等から4月末には9.7億ドルへと回復したものの,貿易収支赤字が一段と増加したことからその後再び減少しており,10月末現在4.9億ドルの低水準となっている。

(4) 物価動向

79年の物価は卸売物価が前年比9.3%高(前年は5.2%高),消費者物価が9.5%高(同6.7%高)と騰勢を強めた。これは石油価格の上昇のほか,マネー・サプライの増加(財政赤字の拡大,外国からの送金増加等から前年比22.4%増),7月からの間接税や公共料金(ガス,水道,鉄道料金等)引上げによるもので,年央には二桁上昇になった。しかし,10月の戒厳令強化に際し,価格統制,物資隠匿に対する取り締まり強化などの物価対策により上昇率はやや鈍化した。

80年に入ってからの物価は,卸売物価が1~9月間に前年同期比8.6%高,消費者物価が1~6月間に同10.5%高と消費者物価が二桁へと上昇している。これは,79年末に石油及び同製品価格を12.8~43.4%と大幅に引上げたあと,80年5月にも国内の石油消費抑制を目的に5~25%引上げたことが大きく響いている。今後の動向についても,7月からの新年度に砂糖,小麦粉,電話料金が引上げられたほか,10月末には再び石油・同製品価格を5.22%~12.25%引上げており,今後電気料金の値上げも予定されるなど,当面の鎮静化は困難とみられる。

(5) 財政動向及び見通し

80/81年度の予算は歳出ベースで前年度当初予算比10.4%増の578億ルピー(約58億ドル)と近年では最も低い伸びの緊縮予算である。本予算には2つの特徴がみられる。第1はようやく回復基調にのってきた経済をより確実なものにするために生産力を向上させることである。このために,キャピタルゲイン課税の免除,一定事業に対する免税等投資奨励措置を盛り込み,また,国内産品と競合する産品の輸入抑制を図っている。第2は,経済の一層のイスラム化を図っていることである。これまでも無利息銀行制度(インタレスト・フリー・バンキング)を一部政府金融機関で実施してきたが,この制度を一層拡大しようとするものである。但し,この制度が広がると金融界に混乱を生じ,経済に大きな影響を与えるとみられるため,今後の動向が注目される。

歳出面をみると,経常支出は前年度当初予算比6.8%増の313億ルピー,資本支出は同15.1%増の265億ルピーとなっている。うち,経常支出ではアフガニスタン問題等周辺諸国の緊迫化の影響から国防費が前年度比19.9%増と増加し,経常収支の44.9%(総予算の24.4%)を占めているのが目立っている。また,資本支出では農・工業と並んでエネルギー部門(国内エネルギー源の開発),運輸部門(特に港湾の開発)の開発に力を入れている。一方,歳入は外国資金の流入減(前年度比17.3%減)などから伸び悩むと見込んでおり,予算の収支尻は69億ルピーにのぼる大幅赤字となっている。

第8-7表 パキスタンの主要経済指標

なお,80/81年度の経済目標について政府は,GDP成長率6.6%,うち,農業5.0%増,工業10.6%増を見込んでいる。また,各農産物については小麦1,124万トン,米347万トン,綿花440万ベール,砂糖は前年度比30%増の生産を目標としている。

8 サウジアラビア:第3次開発計画策定

(1) 概  観

サウジアラビアでは,第1次石油危機における石油価格の大幅引上げ,石油収入の著増を背景に大規模な経済開発が進められたこと等により1974-76年にかけて,港湾混雑等のボトルネツクの発生,インフレーションの高進,外国人労働者急増等の諸問題が発生した。また,このため75年から始まった第2次開発計画では,資金総額自体,大きく膨張したほか,その50%程をインフラストラクチャー部門に投入せざる得なくなり,生産部門の開発は遅れた。

80年5月に発表された第3次開発計画では前計画でインフラストラクチャーの整備が進んだことを背景に生産部門に力点がおかれており,インフレーションが急速に収束してきたこともあわせサウジアラビア経済はようやく,石油依存の軽減を目指し進みはじめるという段階に至ったとみられる。

(2) 78/79年度(78.6.6~79.5.25)までの経済動向

78/79年度の実質成長率は9.0%と前年の5.9%を上回ったものの一昨年の14.8%に比らべると低下しており,サウジアラビア経済は急速な拡大期を脱し,より堅実な成長過程に入りつつある(第8-8表)。

第8-8表 サウジアラビアの実質国内総生産

成長率が低くなってきている背景には,名目国内生産の約六割を占める石油部門で,生産量の頭打ち傾向から実質成長率が著しく低下していること及び,政府がインフレーションの再燃等を恐れてその支出を抑制気味としてきたということがある。

この結果,第2次開発計画の最初の4年間終了時点での国内総生産計,石油部門,非石油部門の実現された成長率は各々年率9.6%,5.1%,15.8%となっており計画の各々同10.2%,9.7%,13.4%に比し,非石油部門中心の成長を示している。また,国内総生産の需要項目別内訳をみても,海外経常余剰の比率が急速に低下する一方,消費及び粗固定資本形成の比率が拡大(第8-9表)してきており,石油モノカルチャーからの脱却へ向けて進んできていることをうかがわせる。

第8-9表 名目国内総生産の需要項目別内訳

(3) 原油生産

サウジアラビアは78年秋のイラン政変に伴うイラン原油の生産,輸出の減少に対応し増産し,79年1月以降は公式生産水準(850万B/D)より100万B/D多い増産体制をとり,79年第2四半期を除きこの水準を推持してきた。80年に入り他のOPEC諸国が需給の緩和等から減産したため,OPEC内での同国のシェアは高まってきている(第8-10表)。また,80年9月末のイラン・イラク紛争発生以来,一層の増産の動きがみられる。

第8-10表 サウジアラビアの原油生産動向

(4) 物価動向

物価は,1975,76年には急激な経済拡大に伴うインフラストラクチャーの不足や世界的な物価上昇による輸入物価上昇から住居費を中心に上昇し30%を越える上昇率となった。しかし,その後の経済調整や補助金政策等により,物価上昇率は急速に低下し78年には僅かながら物価水準の低下(前年比1.6%低下)を記録した。79年には,住居費(0.2%低下),衣料費(2.0%低下)が前年水準を下回ったことから総合では前年比1.8%と僅かな上昇にとどまり,引き続き物価の安定基調が維持されているとみられる(第8-11表)。

第8-11表 サウジアラビアの生計費指数

このような物価の安定には,補助金等による安定化という側面もあるため,サウジアラビア政府は,引き続き,貨幣供給量増大の抑制と物資供給の増大によるインフレーション・ギャップの解消,インフラストラクチャー整備によるボトル・ネックの解消及び市場競争を通じる物価の安定に努めている。

(5) 貿  易

輸入は第一次石油危機後大幅に伸びていたが,経済成長率の低下を反映して,伸び率は1976年をピークにその後低下してきている(第8-12表)。また輸入を品目別にみると,72年には輸入全体の1/4を占めていた食料品のシェアが78年には11%程になった一方,機械関係の比重が上昇しており,プラント建設等が進んできていることをうかがわせる(第8-13表)。

第8-12表 サウジアラビアの貿易動向

第8-13表 輸入の品目別構成

輸出は石油に大きく依存しており,石油価格が大幅に上昇した79年には輸出も伸びた。このため78年に大きく縮小した貿易収支黒字も改善した(78年は175億ドル,79年は322億ドル)。

(6) 金  融

実質経済成長率の低下及び政府のインフレ抑制スタンスを反映して通貨供給量増加率はここ数年低下を続け,イスラム暦の1399年(西暦1978年11月30日~79年11月19日)にはM2で前年比16.1%,M3で同11.1%と同暦1395年(西暦1975年1月13日~76年1月1日)の各々,76.5%,72.7%に比し著しく低下した(第8-14表)。しかし,1979年頃から,しだいに,対民間信用を通じての貨幣需要圧力が強くなり,サウジアラビア通貨当局(SAMA)では,物価の安定化が進んだこともあり,銀行の流動性ポジション改善のため,一律15%であった預金準備率を,1979年5月27日には,要求払い預金については12%,定期性預金については2%に引き下げ,1980年2月16日には更に要求払い預金への準備率を7%に下げた。(SAMAはイスラム教の数義により貸出等に利子を付していない。このため現在のところ準備率操作が唯一の短期の金融政策の手段となっている。)

第8-14表 通貨供給量

一方,SAMAの資産構成をみると,石油モノカルチャーとしての特殊性から,外貨資産の比率が高い。また近年この外貨資産内の構成が変化してきており,より安定的で収益性の高い長期債券への移行が進んできている(第8-15表)。

第8-15表 サウジアラビア通貨当局の資産構成

(7) 財  政

1980/81年度には,総額で歳入が2615億SR(786億ドル),歳出が2450億SR(737億ドル)の黒字予算が組まれか。歳出は,前午度の歳出実績に対し26.9%とかなりの増加を示しでいるほか,政府系独立機関の予算として416億SR(前年比39.9%増)が計上されており,全体として拡張的となっている。

この予算規模拡大の背景には,ここ数年インフレーションが鎮静化傾向を示しており,この面から予算を抑制する必要がやや薄れたこと,石油価格の大幅上昇により石油収入の増大が見込まれたこと等があるとみられる。

予算の部門別配分をみると,最大の項目である国防費は絶対額では増加したもののシェアは低下した。一方,経済資源開発費のシェアは殆ど変わらず,インフラストラクチャー部門は絶対額,シェアとも拡大しており従来の予算配分の傾向が維持されている(第8-16表)。

第8-16表 サウジアラビアの予算

(8) 経済開発

1980年5月15出こ発表された第3次開発計画(1980年5月~85年3月)の規模は,総額で7,828億SR(約2,300億ドル)でインフレーションが高進した場合には8,314億SRにまで拡大することが可能といわれている。

既に終了した第2次開発計画では当初総額が4,982億SR,実績が6,880億SRであったことからみて第3次開発計画の総額はかなり控えめであり,実質では前計画とほぼ同規模とみられる。

第3次開発計画の予算配分は,生産部門37%,インフラストラクチャー部門36%,労働力開発19%等と伝えられており,第2次開発計画の実績(生産部門27%,インフラストラクチャー部門50%,労働力開発15%等)に比らべて,生産部門が重視されている一方,インフラストラクチャー部門の比率が低下している。これは,第2次開発計画中に,インフラストラクチャー未整備に起因する物流の阻害,住宅不足等が発生し,インフラストラクチャー部門に当初計画より多く資金が回わされたこと及び,その結果として,インフラストラクチャーの整備が進み,石油モノカルチャーからの脱却に向けて他産業の育成に本格的に取り組みはじめたことなどによるものである。

こういった中で,1980年に入って,西部のヤンブーやジュベールでの石油化学プロジェクトがようやく具体化してきている。これらプロジェクトはいずれも,第2次開発計画の中で予定されていたが,第1次石油危機後の世界的な石化,精製能力過剰により合弁企業が消極的となったこともあり遅れていたものである。これらのプロジェクトでは,安価な油田随伴ガスを原料とすることでコスト上の優位を得るとともに,外国企業との合弁としかつ販売責任を外国企業に回すことによりサウジアラビア自らのリスクを最少限とする形をとっている。

サウジアラビアはまた,随伴ガスの回収に熱心であり,現在のガス利用率20%を1984/85年には85%にまで改善する計画である。80年にはジェマイアのガス分離工場が繰業を開始している。

第9章 中南米

1. ブラジル:景気は過熱,国際収支は最悪

(1)概 観

石油消費量の8割強を輸入に依存しているブラジルでは,2度の石油危機で経済体質は大きく歪められている。第1次石油危機以前(68~73年)には年平均経済成長率11.5%,物価上昇率19.3%の高度安定成長期にあったが,その後,急転悪化し成長率は半減(75~79年で年平均6.3%),物価上昇率は急騰(同46.5%),国際収支悪化(経常収支赤字幅は同68億ドル)から対外債務残高は急増した。

また80年9月には,イラン・イラク紛争が激化し,イラクに石油輸入の約半分を依存していたブラジルは言わば第3次石油危機に遭遇した。このため従来から積極的に進められていた石油消費節約,代替エネルギー開発は一層の強化を要請された。こうした状況下,政府は80年初にはインフレ抑制の強い意志を示す金融・為替政策をとったが,その後も膨張経済が続き,結局80年の年間インフレ率は史上最高の110%に達し,経済成長率も8.5%に高まったとみられる(速報値)。また懸案であった外資流入はほぼ目標額に達したものの,対外債務残高は年末で542億ドルに増加,外貨準備高は79年末より29億ドル減少して68億ドルと輸入の約3.6か月分に縮小したとみられる(速報値)。このため,81年の外資借入れは必要額の獲得がますます難かしくなるとみられる。

(2)生産動向

1979年の実質GDP成長率は6.4%となり,前年の6.0%をやや上回った。生産部門別には(第9-1表)農業部門が3.2%と前年のマイナス1.7%から回復はしたものの,2年続きの天候不順から依然伸び率は低く,工業部門も6.9%と前年の8.1%を下回った。工業生産のうち製造業の伸びは7.0%となり前年の7.6%からやや鈍化した。

第9-1表 ブラジルの生産部門別経済成長率

80年に入ると,年初から相次いでインフレ抑制,財政引き締め策がとられたことから,製造業の生産は上半期では前年同期比6.7%増と鈍化傾向が続いたが,1~9月期では同8.2%増と再び増加テンポは高まった。一方,農業部門は79年以降政府が優遇策を採ったことや好天に恵まれたことから,大豆,とうもろこし,米など穀類をはじめとして記録的な豊作が見込まれている。また7月には,前年に引続き80/81収穫年度の農産物最低支持価格が平均133.5%引上げられ(79年は68.5%),農業重視政策が続けられている。

(3)物価動向

1979年の物価は石油輸入価格の高騰や食料品価格の上昇を直接的契機として,総合物価指数で年間上昇率77.2%を記録した(第9-2表)。

第9-2表ブラジルの物価,通貨供給量増加率

このため政府は80年1月に通貨価値修正率(インデクセーション率),為替レートの切下げ率,通貨供給量(M1)増加率について上限を年間で各々45%,40%,50%に設定した。更に4月には金融機関の貸付枠を前年実績の45%増に制限,6月には国営企業に対して輸入削減,新規雇用の凍結,投資の15%削減などを実施した。それにもかかわらずインフレ率は年初から前年を大きく上回り(第9-1図),1~11月間の累積では98.5%に達しており,80年の年間上昇率は110%を上回るとみられる。一方,国際収支が大幅悪化していることや先進国の景気低滞が続いていることから,これまで経済活動拡大の潤滑油であった外資流入が今後は増勢鈍化するのは避けられないとみられる。そこで政府は,国内貯蓄率の引上げや,国際収支改善のため,11月に81年以降は80年初に設定した前述の上限目標を放棄して,再び,①通貨価値修正率はインフレ率に連動させる,②金融機関の貸出金利を一部自由化する,③為替レート調整率は内外インフレ率の差に基づいて小刻みに切下げる,④物価統制を緩和するなど,再び大幅な政策変更を行うことを表明している。一方通貨政策面では,通貨供給量増加率目標を50%とする,農業などへの補助金を削減する,金融機関の貸し出し枠を前年実績(71550%増に抑えるなど引締め色の強い政策をとるとしている。

第9-1図 ブラジルの総合物価指数の累積上昇率

(5)貿易・国際収支

79年は工業品を中心に輸出が前年比20.4%増,輸入は原油価格の再騰から石油輸入が5割増加し,総額では前年比32.2%増加した。このため貿易収支赤字幅は前年の約3倍の28億ドルとなった。

80年に入ると,貿易収支均衡を目ざして一層の輸出促進,輸入抑制政策がとられた。この結果,輸出は10~12月期にやや伸び率鈍化がみられるものの,1~10月では前年同期比31.1%増加した。特に工業品は同38.9%増と高い増勢を示し,一次産品も同29%増加した(第9-3表)。一方輸入は1~3月期の前年同期比53.5%増をピークにその後は石油価格の落ち着きと消費節約,イラン・イラク紛争の激化などから石油輸入量が減少し期を追って増加テンポは鈍り,1~10月では前年同期比33.4%増となった。また,石油を除いた輸入動向をみると1~3月期が前年同期比23.9%増,4~6月期が同20.6%増と比較的安定した伸びを示している。1~9月の石油輸入は前年同期比74%増加して72.6億ドルとなり,全輸入の約42%を占めたが,数量ベースでは6.9%減少している。

第9-3表 ブラジルの貿易額と外貨準備高

国際収支面をみると(第9-4表),79年には貿易収支,貿易外収支とも赤字幅が大幅に拡大し,経常収支は約105億ドルの赤字となり,一方,純資本流入も前年の約半分に減少したことから,総合収支はマイナス32億ドルと74年以来の大幅赤字となった。

第9-4表 ブラジルの国際収支

また,元本・利子返済額は最近では毎年20億ドル程増えており,79年の元本返済が64億ドル,利子支払いが41億ドルで両者合計の輸出比率は実に69%に達している(73年当時は40%)。

一方,80年上期の国際収支をみると,貿易赤字幅が前述のように一層拡大したほか,貿易外収支も「利子支払い」等を中心に前年同期比27.4%増と拡大している。一方資本収支は47億ドルと前年同期より56.4%増加した。この結果,総合収支は23.8億ドルの大幅赤字となっている。

ところで,ブラジルの対外債務の構造をみると第9-5表のように,公的保証のない民間債務のウエイトが比較的大きく,79年末の公的債務残高のみでは全債務残高の68%を占める340億ドルとなっている。

第9-5表 ブラジルの対外債務残高構造

2. メキシコ:総合開発計画を発表

(1) 概  観

ポルチーコ政権が石油開発,輸出を軸に経済再建に着手してから丸4年が過ぎ,メキシコは80年末現在で経済成長率約8%,石油生産量230万B/D,同輸出量100万B/Dと中南米ではベネズエラと肩を並べる産油国に成長した。しかも確認埋蔵量は600億バーレルと世界第6位の規模にある。この豊かな石油資源と長年培った工業基盤は同国の将来を明るいものとしている。

しかし急激な景気拡大と産業構造変化の見返りとして,インフレが高進しており80年には30%を上回るとみられる。石油輸出所得の著増が続いている一方で,工業品輸入も大幅に増加しており,貿易収支は赤字幅が拡大している。公的対外債務残高も増大を続けており,年々の返済負担は急速に脹らんでいる。これに対して政府は此の程,石油所得を財源として食料自給を目ざした農業再建や工業基盤の整備など各種インフラストラクチャーの再整備(道路,港湾,鉄道など)に大量投資する総合開発計画を発表した。

(2) 生産動向

79年の実質成長率(GDP)は8.0%と前年に引き続き高率であった(78年は7.3%)。生産部門別に増加率をみると(第9-6表),農牧林漁業が0.7%減と不振であったものの工業,商業,サービス業など第2次,第3次産業は好調であった。特に石油・同製品は15.5%増,石油化学は14.8%増と石油関連部門は高かった。製造業も8.6%増と高く,特に自動車は24.5%増と著増した。

第9-6表 メキシコの生産部門別経済成長率

80年の鉱工業生産指数(電力・建設を含む)の動向をみると(9-2図),総合では1-3月期が前年同期比8.8%増,4-6月期が7.3%増と79年の前年比(9.9%増)と比べて,やや伸びの鈍化がみられる。これは生産設備や輸送施設の不足によるものといわれている。しかし内需は強く,工業品輸入は大幅に増加しており,生産の伸びも水準としては依然高い。また80年の農業生産は幾分持ち直すとみられるものの78年を下回る水準で依然大量の農産物輸入を必要としている。

第9-2図 メキシコの鉱工業生産

石油生産は当初の計画を大幅に上回るスピードで増加しており,80年末現在で平均230万B/D(うち100万B/Dを輸出)に達している。11月19日発表された新エネルギー開発10か年計画では,①85年までに原油生産量を350万B/D,90年までに430万B/Dに増大する,②80年代の石油輸出は最大で150万B/Dに抑える,③全輸出量の50%以上を1国に輸出することを禁止する,④経常収支赤字がGDPの1%を超えないよう生産と輸出を調整するなどの基本政策を明らかにしており,従来の内需重視政策に変更はない。石油精製能力も11月時点で147万B/Dに達し,世界第11位の力をつけている。

(3) 物価動向

全国消費者物価上昇率(年間)は最近では78年の16.2%をボトムに79年に再び高まり20.0%となった後,80年1~9月には期間内上昇率で既に22.5%に達しており(第9-7表),80年の年間では30%を上回る高率になるとみられている。これは従来,物価安定国であったメキシコにとって史上最高の高インフレである。こうした中でも政府はインフレ抑制のために成長を犠牲にはしないとしている。この背景には高い人口増加率がある。ここ数年メキシコの人口増加率の伸びは頭打ち傾向をみせているが,それでも年率3.5%で(日本は約1%),毎年70万人の新規労働力が生じており,この雇用問題が政治的に最も高い優先度をもっている。現在,失業者,半失業者を合せると失業率は45%といわれている。石油ブームに沸き1人当りGNPも著しく向上しているものの(73年883ドル,79年1,728ドル),こうした失業率をみると貧富の格差拡大が窺われる。こうした高インフレの原因は,石油ブームと積極的な投資活動で供給不足にあること,投資資金の多くを外国資金に依存していること,農業生産不振による食料品価格の高騰など多面的,構造的なものとみられる。

第9-7表 メキシコの物価,通貨供給量増加率

(4) 貿易・国際収支

79年に引き続き80年も数度の原油輸出価格引上げが行なわれ,輸出は大幅に増加している。80年1月から原油輸出価格は二重価格制となり,上質油のイストマ原油がバーレル当り32ドル(7.4ドル値上げ),重質油のマヤ原油が28ドル(3.4ドル値上げ)となり,その後も第9-3図のように数度値上げが行なわれた。価格引上げによる輸出所得は79年央から増大しており,輸出額は79年が前年比45%増の88億ドルとなり,80年1~6月期には前年同期比75%増と更に増加した。しかし石油を除く工業品などの輸出をみると,79年は前年比22%増と好調であったが,80年に入ると前年同期比で1~3月期が19.8%増,4~6月期が0.6%増と急激に減少している。しかし,工業生産は前述のとおり好調であり,その多くは旺盛な国内需要に向ったものとみられる。一方,輸入も内需の活況を反映して資本財や工業用原材料の伸びが大きく,79年は前年比52%増の120億ドルとなり,80年1~6月期も前年同期比で52%増となっている(第9-8表)。このためメキシコは産油国となったものの,依然大幅な貿易赤字が続いており,速報によれば80年1~10月の貿易長支赤字幅は32.7億ドルとなり,前年同期の29.7億ドルを上回っている。

第9-3図 メキシコ原油輸出価格の推移

第9-8表 メキシコの貿易額と外貨準備高

また貿易外収支も赤字幅を拡大している(第9-9表)。特に対外債務利子支払いが急速に増加しており,79年は約29億ドルで前年比43%増,80年1~6月期では19億ドルと前年同期比56%増加している。一方,観光収入は79年はネットで1.7億ドルと前年比21.3%増加したが,80年1~7月では前年同期比7.4%増に鈍化している。国境取引は79年はネットで6.8億ドルと前年比7%減少し80年1~7月では同30%減となっている。

第9-9表 メキシコの国際収支

一方,資本収支黒字幅をみると,79年が42.7億ドル,80年1~6月期が25.6億ドルとなっており,このため総合収支尻は79年が4.2億ドルの黒字,80年上期も6.5億ドルの黒字となっている。これは外国からの借款や債券発行が順調なためで,この結果債務残高は大幅に増加している。このため公的債務残高は80年末で297億ドルとなり途上国ではブラジルに次ぐ大きさとなっている。

また懸案であったガット加盟は,見送られた。

(5) 経済見通し

政府が4月に発表した「総合開発計画,1980-82年」によれば,この期間の年平均成長率は最低8%を目標としている。この内訳は農業生産の伸びを従来の倍の4%に高め,工業生産は11%増としている。また同計画は既に発表の国家工業開発計画(1979-82年),国家都市開発計画,食料自給体制整備計画(SAM)など多くの部門計画を包括したものとなっている。

第10章 中国:難航する経済調整

1. 概  観

79年6月に開催された全国人民代表大会において,中国は「調整(蓄積と消費,農業・軽工業・重工業など産業部門間,重工業内部の発展のアンバランス是正),改革(地方政府・企業の自主権拡大など経済管理体制の改革),整頓(企業管理の運営のまずさから赤字を出している非効率企業の整理淘汰),向上(生産,管理,技術面の水準向上)」の八字方針を打ち出し,79~81年の3年間で,文革期の後遺症及び野心的な「国民経済発展の10か年計画」の実施によってもたらされた経済活動の混乱をたて直すこととした。79年の実質国民所得の伸びは,7.0%(前年比)にとどまったが,農業・工業生産とも好調で目標を上回り,加えて蓄積率の引き下げ,民生の向上,雇用の拡大などの面で初歩的な成果をあげた。80年の工業生産は優遇策が実施された軽工業が好調なため,全体としても,計画を上回ったが,重工業は,不振であり,中でもエネルギー生産は,減少した。農業についても,食糧生産は天候不順のため1,000~1,500万トンの減少と見込まれている。また,基本建設投資の削減が思うように進まず,賃金調整など民生向上のための出費が嵩んだことなどから,79年の財政赤字は170.6億元(歳出の13.4%)に達し,80年,81年もそれぞれ80億元,50億元と赤字が継続すると見込まれている。

80年8月末から12日間に亘って開催された第5期全国人民代表大会第3回会議では,80,81年の国民経済計画についての報告,79~81年の財政活動についての報告が行われたほか,「中外合資経営企業所得税法」,「個人所得法」,「国籍法」など3つの新法案,憲法45条の削除,婚姻法の改正案が採択された。また76年10月以来共産党主席と国務院総理を兼務してきた華国鋒が,国務院総理を辞任し,かわって四川省の経済改革で実績のある趙紫陽副総理が,総理に就任し,とう小平,李先念を始めとする6副首相の辞任などの人事交替が行われた。そして「新10か年計画要綱(81~90年)」,「第6次5か年計画(81~85年)」を作成中ということが明らかにされた。

しかし,80年末になって,①今後のエネルギーの増産見通しが暗いこと②基本建設投資削減が遅々として,はかどらないこと③多額の財政赤字の存在④物価上昇の深刻化などの現状から,調整期間は79~81年にとどまらず,数年延長される可能性が強いとされている。そのため,「第6次5か年計画」も,調整政策をふまえたものとされる可能性があり,今後経済調整の重点を①基本建設投資の削減②財政赤字の改善③物価の安定④農業,軽工業,重工業のアンバランス是正⑤省エネルギーなどに置くとしている。そして,市場機能を導入し,企業の自主権拡大など経済管理体制改革(本文1-7-2表参照)を行ないつつも,当面の政策は,八字方針の中の「調整」を優先的に行うとされている。

2. 工・農業生産

78,79年の工・農業生産は,それぞれ前年比12.3%,8.5%増となった。しかし80,81年計画では,79年実績より更に低い5.5%増とひかえめに定められている。そのうち工業については6%,農業は4%(80年3.8%)となっている。(第10-1表参照)

第10-1表 中国の主要経済指標

まず農業を見ると,79年の農業生産は天候に恵まれたうえ①農産物買い付け価格の引上げ②農業投資の増大③人民公社,生産大隊の自主権尊重などの優遇策が実施されたため,好調であった78年(前年比8.9%増)に引き続き8.6%増と計画(4.0%)を大幅に上回った。しかし,80年に入って政府による農業支援策は継続されていると思われるものの,79年秋以来北部において干ばつが続き,南部でも夏の低温多雨,台風被害という天候不順に見舞われたため,80年の夏収作物(年間食糧生産の2割を占め,冬播き小麦が中心)が前年比10%以上の減収となったほか,早稲の生産も減少した。秋収作物(中,晩稲など)についても播種作業の遅れた地域があり,また早霜の被害なども伝えられており,80年の食糧生産は前年比1,000~1,500万トン程度の減少と見込まれている。なお,綿花,油料作物を始めとする経済作物の収穫は全般に好調であると伝えられている。

こうした中で,中国は,新たにフランス,アメリカとの間にそれぞれ年間50~70万トン(81~83年),600~900万トン(81~84年)の穀物を買付ける穀物協定を締結した。80穀物年度(80年6月~81年5月)には約1,500万トン(79年度1,030万トン)の穀物を買付けると予想されている。

工業生産を見ると外貨獲得にも結びつき,投資効果の早い軽工業に対し,投資や原材料・エネルギー供給の優先など優遇策を実施したため,79年の軽工業の伸び(前年比9.6%増)は重工業の伸び(同7.7%増)を上回った。80年に入っても軽工業に対しては新たに技術革新,輸送,銀行融資及び外貨割当などの面でも優遇策が実施されたため好調な伸びを示し,80年には前年比17.4%増となった。一方,投資・エネルギー供給面などで制約のある重工業は,わずか1.6%増の伸びを示したに過ぎない。工業生産全体でみると,80年上期に前年同期比13.6%増となったあと,下期に入って前年同期の水準が高いこと,エネルギーの供給不足など経済調整の行き詰まりから大幅に増勢を鈍化させたが,80年通年では前年比8.4%増と年間目標(6.0%増)を上回った。品目別に見ると100品目のうち83品目が計画目標を達成し,中でも,国民の所得増に伴う需要の増大もあって自転車,ミシン,ラジオ,テレビなどの生産は大幅に増加した。(第10-2表参照)その他粗鋼3,704万トン(7.4%増),鋼材2,724万トン(9.1%増),化学肥料1,252万トン(17.5%増)などもかなりの増加となった。また鉄道輸送,港湾荷揚げ量なども計画目標を達成したと伝えられている。一方,エネルギー部門の生産は,前年比2.6%減となった。まず既存油田の生産の頭打ち,R/P(可採年数)の低下などにより伸び悩んでいる石油については外資を導入し陸海両油田の探査・開発を急いでいる。しかし,新油田の開発には漠大な資金とかなりの時間を要するため79~81年の石油生産目標は,ほぼ横ばいの10,600万トンと定められていた。80年の石油生産量は10,519万トン(0.2%減)となったが,81年以降もしばらくは減産が続くと予想されている。また,エネルギー供給の7割を占める石炭も,輸送の隘路,掘削技術の不備などから生産調整を行っており,増産よりも安全性の向上などをはかっている。80年は,60,598万トン(4.7%減)となった。しかし,石炭は世界第3位(6,000億トン)という豊富な埋蔵量を抱えており,その潜在力も大きいため,日本の輸銀ローンなど外資導入により開発を進め,今後エネルギー消費構造も,石炭中心体制を強化するとしている。一方,水力発電には重点が置かれている。こうした中で,エネルギー節約策は積極的に進められており,80年には標準炭換算で2,750万トンを節約した。

第10-2表 主要工業品の生産状況

3. 内需動向

中国では支出国民所得に占める投資の割合を蓄積ふというが,国内の工ネルギー・原材料の供給力,資金調達力を勘案して,蓄積率-の最適水準は25%前後と考えられている。蓄積率が30%を越えた第二次5か年計画期には,第10-1図のとおり,工農業生産の増加率は大きく減退しているが,70年以降も蓄積率が再び30%を越え,経済活動のアンバランスを招いているとされている。調整政策では過大な蓄積率を引下げるため,基本建設投資の削減,消費の拡大をはかっている。79年には,消費の増大などから蓄積率は78年より2.9%低下し33.6%となった。80年には更に30%程度にする予定である。しかし基本建設投資の削減については必ずしもスムーズに進んでいない。79年中295の大中型プロジェクトの建設を中止,または繰り延べとしたが,79年の国家基本建設支出は予算を13.8%上回った。加えて地方政府や企業に対する自主権拡大措置の実施に伴い,それらの自己調達資金を利用した予算外投資は増大傾向にある。(第10-3表参照)80年には,238の大中型プロジェクトの建設を中止,または繰り延べとし,国家予算内の基本建設支出を373.5億元(前年比27.4%減),基本建設投資総額を500億元に抑える計画であったが,地方政府,企業の投資が,急増したため,基本建設投資総額は500億元を上回ったと伝えられる。そのため政府は,80年末近くなって国内のエネルギー,原材料,資金不足などの厳しい状況に鑑み,断固とした基本建設投資の削減措置をとることを決定した。これは,中央政府・地方政府主管にかかわらず,また外国からの導入プロジェクトにも適用されるとしている。この結果,日中長期貿易取り決め締結(78年2月)以来,最初の大型プロジェクトとして78年12月より起工されている宝山製鉄所の第2期工事,東方化学コンビナート,南京エチレンプラントの建設工事の延期ないし中止が相次いで決定されたと伝えられる。また基本建設投資資金の効率的運用を促すため,従来の財政支出による無償供与に替えて81年からは一部の重要項目を除いて銀行融資制が実施されることが明らかになった。

第10-1図 蓄積率と工農業生産増加率の推移

第10-3表 基本建設投資額の推移

一方,消費面についてみると,79年に農産物買付価格の引き上げ,賃金調整(国営企業労働者の40%に対する賃金引上げ,副食品価格引上げに伴う補助金の支給),報奨金制度の拡充などにより,国民の収入は増大し,79年に国営企業労働者の平均賃金が前年比9.5%増,農村人民公社員の収入が12.7%増となった。これを反映して商品の小売総額も79年に17.0%増,80年上期に18.5%増と増大しており,国民の消費水準も向上している。(第10-4表参照)また,預金利子率の引きあげなどのインセンティブも加わって,銀行預金も増加しており,79年に前年比33.3%増となったあと,80年に入っても1~11月に農村部で前年同期比65.1%増,都市部で約35.5%増と急増している。

第10-4表 耐久消費財の保有状況

しかし,こうした国民の所得増に伴う需要の増大に商品の供給が追いつかず,需給ギャップが存在していた上,79年11月に副食品(肉・卵など)の小売価格が30%以上引上げられたこと,また企業が奨励金増分を価格に添加したり品質や分量を偽るなど,不当な形での価格引上げを行ったこともあって,物価上昇が深刻化した。79年に,小売物価は,前年比5.8%高となった。また大幅な財政赤字の発生に伴う通貨発行量の増大も加わって80年に入っても,物価上昇が続いたため政府は4月に①79年11月以来不当に引上げた価格を即刻もとに戻す②市場管理を強化し,不当な行為に対する懲罰を行なう,などの物価対策を指示したが,その効果が思わしくなく,12月に再度物価管理強化の通達を出している。

4. 雇  用

現在中国の生産手段所有制は,国有と集団所有の二種に分けられているが,文革期以来,集団所有制企業は「資本主義の尻尾」ともいわれ,苛酷な税負担を強いられた上,原材料調達,製品販売においても行政の統制が厳しく発展を妨げられていた。また個人経営企業は文革中にほとんど姿を消していた。しかし,集団所有制企業は,労働集約的企業が多いので雇用吸収力が高いことに加え,軽工業など輸出産業が中心のため,調整政策の実施に伴い,積極的に奨励されるようになり,原材料調達や販売における自主権が保証されるようになった。そのため80年1~7月に集団所有制工業企業の生産額は前年同期比24.3%増となり,同期の国営企業の伸び(11.0%増)を大幅に上回った。また個人経営企業についても,現段階では必要なものと,その存在を肯定しているため,79年の25万戸から80年7月末で40万戸近くに達している。77~79年に2,000万人(79年903万人)が新規に就業したが,その半数以上が集団所有制企業に吸収された。また,社会主義国である中国は本来非物質生産部門を軽視する傾向があり,第3次産業(サービス業)の就業者数も都市労働者数の11%ときわめて少ないが,今後第3次産業部門を拡充することによって国民生活の質を向上させ,同時に雇用の拡大をはかることとしている。80年には,更に600万人の雇用を確保する計画である。しかし夫婦一子制の勧めなど人口抑制策が実施され,79年には人口の自然増加率は1.17%まで低下しているとはいえ,9.7億の人口を抱える中国では,当面年間600~700万人の雇用確保の必要があるといわれており,今後生産活動の伸びが鈍化する中で,雇用の拡大は,一層困難な課題となると思われる。また,雇用の拡大と同時に,労働者の質の向上をはかることが,近代化達成のための急務である。全国2,000万人の労働者の統計によると労働者の81%が初級中学卒業以下の教育水準である(うち文盲,半文盲が8.2%)。このため政府は,職業教育の強化,教育費の増大,教育期間の延長など,教育水準の向上に努めている。

また,経済管理体制改革の実施に伴って,労働管理体制も改革されようとしている。従来労働者の就職は国が一方的に割りあて,企業は,その配属された労働者を受動的に受け入れるだけで,解雇することもできなかった。また労働者個人の希望も,あまり反映されず,人材の適材適所の原則にも反しており,それが,労働者の勤務態度にも影響を与えていた。そのため,企業の自主権拡大措置の一つとして企業に対し労働者の考課権を与え,不適切な人材を拒否または解雇する権限を与えることとしている。78年以降再開された報奨金支給に加え,こういった賞罰両面のインセンティブにより,79年の労働生産性は前年比6.4%向上した。また,職工代表大会における重要事項の決定,一部幹部の任免権など労働者の経営参加権限を拡大し,81年からは企業に人員配備決定権を与えるとしている。今後は,企業に対し,職員募集権限を与えるほか,労働者個人に対しても,一定範囲内での自発的な求職活動,転職の自由を与えるなど労働管理体制の柔軟化をはかる動きもある。

5. 対外貿易

76年以降,開放的経済体制に移行し,特に1兆元(6,700億ドル)にのぼる資金を必要とするといわれた「国民経済発展の10か年計画」の実施にあたって,西側諸国と大量のプラント導入契約を締結したため,77,78年と輸入が急増し,78年に貿易収支は19.8億元(12億ドル)の赤字を記録した。しかし,78年末の3中全会ですでに政策の変更が打出され,79年2月には,日本との間に調印したプラント輸入契約26億ドル分の発効が保留されることとなった。その後北京のエチレンプラントを除いて,契約はすべて発効したが,79年6月に打出された調整政策において①プラント導入にあたっては既存設備の改造と結びつき,投資効果の早いものを選ぶ,②国内で代替できるものの輸入は減らすなどの内容が盛りこまれ,今後中国では,輸出拡大と同時に輸入抑制努力が行なわれることになった。79年に新規契約プラントは,大幅に減少したが(第10-5表参照)既契約のプラント輸入などが急増したため,31億元(20.7億ドル)の赤字となった。しかし,これは計画の59億元(39.3億ドル)を大幅に下回っている。80年に入って貿易体制の自由化,石油価格の上昇などにより輸出が前年比27.0%増の269億元(179.3億ドル)と増大を続けたが,輸入は,調整政策の影響により,機械,非鉄金属,鉄鋼輸入の急減により,同期に15.2%増の277億元(184.7億ドル)にとどまり,貿易収支赤字幅は8億元(5.3億ドル)と大幅に縮小した。

第10‐5表 中国の貿易収支

今後も,調整政策の影響でプラント輸入は,低水準にとどまると思われるが,増大する穀物輸入,石油増産の隘路などによる輸出増大の困難から,当面外貨繰りは苦しい状況が続くと予想される。

貿易相手国別に見ると従来,技術・プラント輸入の急増などにより,中国側の大幅な入超が続いていたOECD諸国との貿易は,中国からの輸入が1~5月に前年同期比51.9%増(32.3億ドル)と急増しているのに対し,輸出は13.4%増(46.2億ドル)にとどまっており,貿易上のアンバランスは是正される方向に向かっている(第10-6表参照)。特に日本,西ドイツなどにおいて,こういった傾向が顕著である。一方,アメリカとの間には79年に国交回復して以来7月に貿易協定を結び,80年に入ってからも,繊維・海運・航空・領事協定,穀物協定,投資推進協定など重要な協定を相次いで締結し,貿易の方も拡大の一途をたどっている。中国の対米輸入において,農産物が37.2%(National Foreign Assessment Center推計)を占めることもあって,中国の穀物需要が増大する中で,米中貿易については日本を始めとするOECD諸国全体の傾向とは異なり,中国側の輸入が急増を続けている(第10-2図参照)。また従来中国側の大幅な出超が続いていた香港との貿易においては,香港経由の台湾製品の輸入が急増したこともあって出超幅が縮小しており,中国の相手国別貿易収支のアンバランスは是正される方向に向かっていると思われる。

第10-6表 中国の各国別プラント契約状況

第10-2図 日本とアメリカの対中貿易動向

一方外資導入面を見ると4つの近代化達成のため79年中,西側諸国との間に,積極的に資金導入契約を結び,民間ベースで96.3億ドル,公的ベースで172.4億ドル(仮調印のものは含まず)の信用枠を獲得した。加えて,日本から79年度500億円,80年度560億円の政府借款導入が決定されており,その資金を鉄道,港湾整備,水力発電所建設などにあてるとしている。79年の借款導入額は歳入の3.2%(35.3億元)を占めるに至っているが,中国側は,財政赤字の存在に象徴される国内資金不足で借款導入を増大せざるをえないものの,石油生産の不振,増大する穀物輸入などにより外貨調達も困難という状態にある。そのため外資導入面でも,金利の高い商業銀行の融資よりも,金利の安い政府借款,国際金融機関からの融資に重点を移していると思われる。80年には4月にIMF,5月に世界銀行に加盟している。80年の借款導入額は,元利返済も含めて前年並みの33.9億元(22.7億ドル)と予定されているが,ユーロ市場からの資金導入は,79年と比較して,低水準にとどまり,79年中に獲得した信用枠もほとんど使い残していると伝えられる。

また,合弁事業については79年7月に「中外合資経営企業法(合弁企業法)」が施行され,積極的に進めることとした。しかし,合弁法施行規則を始めとする中国国内法の未整備などから進捗状況は,中国側の期待するほどではなく,料理調達,ホテル建設・経営など,国内における10件が外国投資管理委員会の承認をえているにすぎない。しかし,80年10月,アメリカのO PIC(海外民間投資会社)と投資推進協定を締結し,日本,西独との間にも,投資保証協定早期締結で合意を見ている。また80年9月から「合弁企業所得税法」を施行し,合弁企業に対する所得税率を明記したほか,「合弁企業労働管理規定」,「合弁企業登記管理規則」,「外国為替管理暫定条例」なども制定された。加えて「合弁企業所得税法施行細則」も発表され,会社法,会計法の制定も急いでいると伝えられる。こういった国内関連法の整備に従って,合弁企業設立の基盤は一層強固になると思われるが,調整過程にあるという国内事情を反映して,エネルギー多消費型産業,重工業関係の合弁案件が無期延期となるようなこともおこっている。


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