昭和51年

年次世界経済報告

持続的成長をめざす世界経済

昭和51年12月7日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

I 1975~76年の主要国経済

第1章 アメリカ

1. 概  観

アメリカの景気は75年春に他の先進主要国に先駆けて景気が底入れし,その後は回復基調を続けている。

これを実質GNPでみると,75年第1四半期を底として増大に転じ,76年第1四半期には後退前のピーク(73年第4四半期)水準を上回り,76年第3四半期まで連続6四半期の上昇を示し,この間の増加率は,従来の回復期に比べて遜色のないものであった。

ただ,この間の推移をみると,76年第2四半期以後回復テンポはかなり緩慢となり,このため雇用情勢の改善も年央以後足ぶみ状態となり,秋にはいって失業率はかなりの上昇を示している。

回復初期の原動力は,①減税などによる個人所得の増大やインフレの鎮静化にともなう貯蓄率の低下によって,個人消費支出が増大したこと,及び②在庫べらしの小幅化,さらには積増しへの転換にあった。とくに,乗用車販売が,75年秋から76年はじめにかけて激増したことが大きく貢献していた。

しかし,これらの要因が一巡するにつれて,76年第2四半期以後回復テンポは鈍化し,その状態は秋にはいってからもつづき,鉱工業生産は,9,10月には小幅ながら2カ月つづいて減少するに至った。このように回復テンポの鈍化傾向が長引いているのは,第一に,操業率が未だ低いために民間設備投資が出遅れていること,第二に,インフレ再燃を警戒して金融・財政政策が慎重で,とくに政府の財貨,サービス購入(実質)が76年にはいってから第3四半期まで殆んどふえていないこと,などによるところが大きい。ただ,企業利潤の増大を背景に,設備投資は年率7~8%の増加傾向を示していること,また住宅建設も着実に増大し,とくに秋にはいって伸びが高まっていること,などを考えると,景気の回復基調自体は続いている。(第1-1表)

この間,物価は春ごろに農産物,食料品の反騰を主因として,やや上昇率が高まったものの,全般的にみれば比較的落着いた動きを示し,9月以後は卸売物価が年率7~8%,消.費者物価は同4~5%の上昇となっている。

このような情勢の中で,11月の大統領選挙の結果,失業の削減と成長の促進を唱道する民主党のカーター氏が選ばれた。また,景気の鈍化傾向がつづき,失業率も高まるという状況のもとで,連邦準備制度は11月下旬,10カ月ぶりに公定歩合の0.25%引下げ(5.50→5.25%,74年12月の引下げから7回目)を行なった。

第1-1表 経済成長率の推移

2. 需要動向

景気回復がはじまってから,76年第3四半期までに,1年半が経過したが,この間の実質GNPの回復テンポは,過去5回の回復期に比較しても遜色のないものである。各需要項目別にみると,今回の回復の原動力である個人消費支出についてもほぼ同様のことが言える。しかし設備投資(非住宅投資)は,過去の比較的大きな不況からの回復であった58~59年に比べても,回復の足どりは鈍い。住宅投資も今回の落ち込みを考えれば充分なものとは言えない(第1-2表)。

四半期別の動きをみると,実質GNPは75年第2四半期以後6四半期上昇を示しているが,76年第2四半期から上昇率が著しく鈍化している。個人消費支出が,耐久財を中心に増勢が鈍り,加えて,もう一つの原動力であった在庫投資も消費の鈍化もあって慎重になったためである。GNPは減速しているが,最終需要は76年第1四半期の前期比年率3.7%(季調済み)から第2,第3四半期は4.2%,4.1%と堅調に推移している。

純輸出も75年上期には,輸入の大幅減少によって,プラスに寄与していたが,下期以後は景気回復に伴なう輸入の増大から,GNPの伸びを引下げる要因となった。財政面からのてこ入れは,減税による消費刺激が有効であった反面,財貨・サービス購入の景気刺激効果は薄かった(第1-3表)。

第1-2表 主要需要項目(実質)の回復速度

第1-3表 実質GNP(1972年価格)の需要項目別推移

(1)個人消費

個人消費支出はGNPの回復に先駆けて,75年第1四半期に増加に転じて以来,減税や物価の鎮静化による実質所得の増加もあって堅調に推移し,回復のリード役となっていた。

消費の回復要因は,第一に,減税や消費者物価の鎮静化によって実質可処分所得が増大したこと,第二に,インフレの鎮静化などによって消費者の購買意慾が向上し,貯蓄率が低下したことにある。 第1-4表にみられるように,実質可処分所得は75年第1四半期から76年第2四半期までの間に7.6%増加し,また,個人貯蓄率も75年上期の8.1%から76年上期には7.6%へと大幅に低下した。

しかし,76年第2四半期以後は個人消費が耐久財を中心に鈍化した。名目小売売上げによってみるとその傾向は更に強く,第1四半期の前期比3.5%増から第2,第3四半期にはそれぞれ1.9%,1.1%と減速した (第1-1図)。個人所得(名目)の増加に大きく寄与してきた賃金・給与所得が雇用の増勢鈍化もあって伸び悩んだため,個人所得の増加率が低下し,第3四半期には実質所得が横ばいとなったことが大きく響いている。

小売売上げは10月も前月比0.3%増と低迷しているが,個人所得は8,9月の0.3~0.4%の増加から10月には0.7%の増加といく分盛り返した。

第1-4表 実質個人消費と所得の推移

第1-1図 小売売上げと個人所得

(2)設備投資

設備投資(実質)は今回の不況において,連続6期の減少となり,立ち直りをみせたのは,GNPの回復後3四半期目にあたる75年第4四半期からであった。GNPの底から最近までの増加率は,出遅れたこともあって,過去と比較すると力強さに欠けるところがある(前掲第1-3表参照)。しかし増加に転じて後の回復状況は,1期目こそ緩やかであったが,2期目である76年第1四半期から第3四半期までの3四半期平均の増加率は8.5%(年率)と比較的順調である。

最近の商務省の企業設備投資計画調査(10~11月実施)によれば,76年の全産業の投資実績見込みは前年比名目7.5%増とされ,前回調査(7~8月)の7.5%増予測をわずかに上回った。実質では約3%と推計される。しかし,実質GNPベースでみると,76年I~IIIの前年同期比は前掲第1-3表の通り3.0%増となり,第4四半期に前3期平均程度のテンポで増加をみれば,前年比約4%の増加となり,年初の政府予測(4~5%増)程度が見込まれる。

今後についても,景気回復の鈍化が続いていること,操業率が依然低水準であること,投資コストの上昇などを考え合わせると,企業の投資が当面大幅に増大することは期待できないが,資本財(軍需を除く)受注の動きからみて,漸増傾向をたどるとみられる。マグロウ・ヒル社11月発表の設備投資予測調査によれば,77年の設備投資は実質6%増とされている。

(3)住宅建築

住宅建築も着実に伸びているが,76年第3四半期の民間住宅着工件数はブーム期の72年平均を未だ33%下回っており(73年比△23%),76年初に考えられていたよりも,回復ペースは緩やかなものであった。住宅抵当貸付金利が9%前後の高い水準で推移したことや,建築コストの上昇などが,大きな障害となっている為と考えられる。ただ,9,10月には平均183万戸と前2カ月比24.8%の急増を示した。

住宅着工の内訳をみても,一戸建て住宅の回復は最近になって73年水準を上回るまでになっているが,アパート建設などは最近になってようやく増加基調を見せてきたにとどまっている。

先行きを判断する指標である住宅建築認可件数も緩やかな増加のあと76年第2四半期に微減したが,その後増加しており,低迷していたアパート建設などの認可件数が急増しているのが注目される (第1-5表)。

12月初の連邦住宅貸付銀行理事会(FHLBB)の予測によれば,77年の住宅着工数は170~188万戸とされ,76年の約150万戸から17%程度の増加を見込んでいる。

(4)在庫投資

前述のように,今回の景気局面では従来の局面に比べて,在庫投資の変動は大きかった。74年後半になっても供給不足と物価上昇期待から在庫の積増しが続いていた反面,最終需要は73年末から減少を続け,74年第4四半期の消費を中心とした需要の大幅な減少によって意図せざる在庫が生じた。そのため75年第1四半期には大幅な在庫減らしが行なわれ,75年第4四半期までは在庫再蓄積がみられなかった。

しかし,75年第3四半期には減少幅が縮小したために,GNP増加に大きく寄与した。さらに1期おいた76年第1四半期には,在庫が積増しに転じ,この期のGNP増加の6割を占めるに至った。第2四半期以降も在庫は増加しているが,景気の鈍化傾向などから在庫政策が慎重化し,GNP押し上げ要因としての役割は減退した。

しかし,現在の事業在庫率(製造業+流通業在庫)は,低水準(76年第3四半期平均1.50)にあり,消費需要が持ち直しさえすれば,在庫投資の増大が期待される。

第1-5表 住宅建築関連指標の推移

3. 生産・雇用

(1)鉱工業生産

鉱工業生産も75年3月を底にして,76年8月までに連続17カ月上昇し,今回不況の落ち込み幅の98.5%を取り戻した(後退前のピークを73年11月とした。76年6月の改訂で,鉱工業生産指数のピークは74年6月となったが,そこからの落ち込み幅に対する回復率は97%である。)。同期間の回復率を部門別でみると,産業別では製造業全体が98.7%,その中で落ち込みの激しかった耐久財産業は80.5%と回復が弱く,非耐久財産業は景気後退期半ばまで堅調であったため,75年末には73年11月水準を上回り,76年初には74年6月の水準をも上回った。一方,財別(加工段階別)にみると,最終製品は既に前回ピーク水準に回復しているが,中間製品,原材料生産は,73年から74年のブーム期(建設ブームや原材料の不足)の水準が高いこともあって,今一歩の段階にある(第1-2図)。最終製品にしても,回復が遅れている設備投資需要の影響から設備財の回復は鈍く,消費財(とくに非耐久消費財)の増加に支えられている。

生産が増加に転じた75年第2四半期からの増加速度をみると,第2四半期には,乗用車需要の低迷による耐久財生産の他,設備財生産などの減少などもあって,緩やかな上昇であった。その後,76年第1四半期までは鉱業,公益(電力・ガスなど)事業や設備財生産などの一部を除いて堅調な増加が続いた。

76年第2四半期にはいって,消費が鈍化したことやタイヤ産業のストの影響を受けて非耐久財を中心とした生産の鈍化がみられ,第1四半期の前期比2.9%増から,1.9%増に増加テンポが鈍り,第3四半期にはさらに1.2%増(第1-6表)。9月中旬からのフォード社のストは4週間にわたり,消費停滞も続いた結果,9月の鉱工業生産は前月比0.2%減となり,続く10月も0.5%と2カ月連続の減少となった。

製造業の新規受注も76年6月より低迷し,7,8月と2カ月連続減少した。9月には前月比0.6%増となったが,耐久財受注の3カ月連続減少が大きく影響しており,第3四半期の水準は第2四半期を3%下回った。10月には耐久財受注が前月比2.1%の増加と持ち直し,製造業全休でも9月につづいて0.8%の増加となった。

第1-2図 鉱工業生産の推移

(2)失業と雇用

生産の回復に伴なって,75年央から雇用情勢は回復に向った。失業率は75年5月に戦後最高の8.9%を記録した後,漸次低下し,76年5月には7.3%と一年間に1.6ポイントの予想を上回る改善をみた。しかし,6月からは景気回復の鈍化にともない,雇用の伸びが鈍化したうえ婦人を中心とした労働力人口が急速に増加したため,失業率は11月の8.1%にまで再上昇した(第1-3図)。

75年から76年にかけての労働力人口をみると,75年には非軍事労働力人口は1.8%の増加と,72年の2.9%,73年の2.5%,74年の2.6%の増加に比べて小幅にとどまった。一方,就業者は1.3%の減少となり,失業者は74年の508万人から783万人へと急増した。労働力率は74年の61.8%から75年も変わらなかったが,労働力人口の増勢鈍化がなかったならば,75年は実際以上の失業率上昇をまぬがれなかったと言える。

失業率がピークに達した75年5月に労働力率は62%であったが,その後は労働力人口の増加が鈍化した。このことが,雇用の改善と相まって失業率の急速な低下となって現われた。しかし,76年春以降労働力人口は大幅に増加したため,雇用の鈍化した6月から失業者が再び増加するに至った。

労働力人口の増加は婦人や若年層の労働参加の高まりを反映したものであるが,失業率の高まりもこれらの階層に集中している(第1-4図)。

民間非農雇用者(事業所統計)の動向は第1-7表の通りで75年には1.8%の減少となったが,景気回復が進むにつれて徐々に増加し,76年4月には前回の雇用のピーク(74年9月の7,883万人)を上回った(7,896万人)。これを部門別にみると,生産部門では,生産が後退前の水準を下回っていることもあって,76年9月現在でも73年11月の水準を7.5%下回っている。サービス部門では74年末から75年初にかけて若干の減少となったが,すう勢的には増加基調にあり,生産部門の減少分を吸収し,雇用の減少を緩和する役を果たした。

労鋤時間の増加は生産の回復とほぼ同時に始まったが,生産鈍化による調整から,年央以降減少ないし横ばいとなっていた。しかし,週平均労働時間(非農民間)は10,11月と引続き増大,製造業でも10月0.1時間,11月0.3時間増と再び増加傾向にある。

第1-6表 鉱工業生産の増加推移

第1-3図 労働情勢の動き

第1-4図 人種・性別・年齢別の失業率

第1-7表 雇用と労働時間の推移

4. 物価・賃金

(1)物  価

GNPデフレータの動きをみると,75年第1四半期の前期比10.1%(年率)上昇を最後に二桁インフレは収束し,76年になると上昇率がさらに鈍化し,第1四半期以後,3.2%,5.2%,4.2%の上昇と推移した。76年の1-9月の前年同期比では5.3%上昇と,政府の年央見通し(76年の前年比5.3%高)と同じ幅であり,通年ではやや下回るものと考えられる。この点ではフォード政権の重点政策であるインフレの再燃防止は成功を治めたと言えよう。

75年の物価の鎮静化は,73年に41%の大幅上昇を示した農産物と工業品の上昇率鈍化が,食料品,その他商品価格に波及したためである。消費者物価は75年に9.1%の上昇と74年の11%から一桁台となった。サービス価格は医療費などの根強い上昇から74年を上回る上昇となったが,食料品,食料を除く商品の上昇鈍化が大きく貢献した(第1-8表)。卸売物価も9.2%の上昇と74年の18.9%から大幅に鈍化した。農産物価格が0.5%の下落を示したことが大きく寄与し,工業品も11.5%と74年の上昇率の半分に収束した(第1-9表)。

76年にはいると,年初には農産物,加工食品・飼料が大幅な下落を示したため卸売物価は総合で下落を示した。消費者物価も,食料品,ガソリンの値下がりから,小幅の上昇に落ち着いた。しかし4月を境にして,両物価はやや高まりを見せたが,月平均では0.5%前後の上昇と比較的安定した動きで推移している。

注目されるのは最近になっての卸売段階の工業品の動きである。工業品は75年下期に月間0.7~0.8%の上昇を示した後,76年上期には同0.3%と落ち着いていたが,6月に前月比0.5%上昇と5月の0.1%から高まって以来,10月の1%上昇にまで次第に高まっている。

これは住宅建築の回復などによって木材価格が年初来値上がりしているのに加え,銅,ニッケル,錫,アルミなどの非鉄金属の値上げ,国内原油の価格統制撤廃による燃料価格の上昇などによるものである (第1-5図)。8月中旬に発表された大手鉄鋼企業の鉄鋼製品の値上げ(10月より)が,同月末には需要の停滞から撤回された例もあるが,不況下に高まっていたコスト圧力を景気回復のもとで,価格に転嫁しようとする動きもみられる。

なお,77年型乗用車の発表に伴なう値上げは,各社とも6%弱と昨年(5%弱)を上回るものであった。

最近の米・農務省の発表によると,77年の食料品小売価格は3~4%上昇と予測されており,食料品に関しては77年も問題ないと考えられる。ただ,石油の自給率が国内油田の開発の遅れもあって低下しており,OPECの値上げ幅次第では,物価の先行きに不安がないとは言えない。

第1-8表 消費者物価上昇率の推移

第1-9表 卸売物価上昇率の推移

第1-5図 工業品(卸売)・主要製品物価の推移

(2)賃 金

1人当り週賃金(民間非農部門)は74年の154.45ドルから75年の163.89ドルヘ6.1%ふえたが,実質賃金でみると2.8%のマイナスとなり,実質賃金は2年連続の減少(74年はマイナス4.3%)となった。76年にはいって現在までは,最近の労働時間の減少による名目週賃金の伸び悩み(実質賃金は減少傾向)があるものの,実質賃金は75年のレベルを1.6%(10月)上回っている(第1-6図)。

労使協約による初年度賃上げ幅は,76年が大手労組の協約改訂期であったため注目されたが,第3四半期までのところ平静に推移している。76年第1四半期に締結された労働協約の初年度賃上げ幅は,75年第4四半期の14.0%から9.5%に低下,第2四半期8.6%,第3四半期も10.2%と3四半期平均では9.4%となり75年平均の11.8%を下回っている。また協約有効期間中の年平均上昇率も,3四半期平均7.2%と75年平均の8.1%を下回った。

第1-6図 民間非農(生産労働者)の賃金の推移

5. 貿易・国際収支

(1)貿易収支

貿易収支は1975年に大幅な黒字を出した後,76年には年初以来5月を除いて赤字を示し,その赤字は増大傾向をつづけた。原因は農産物輸出の伸び悩みと景気上昇を反映する輸入の増大である。76年1~9月の輸出は852億ドルと前年同期比7.3%増にとどまったのに対し,輸入は24.3%もふえた。

この結果,1~9月の累積赤字は34億ドルとなり,前年同期の81億ドルの黒字に比べ大幅に悪化した。この調子が続けば,76年の赤字は45億ドルにふくらむと商務省は推定している。

これは,ソ連向けを中心とする農産輸出の減少や西欧の経済成長が本格化していないために,輸出の伸びが低いのに対して,アメリカの回復が先行し,石油や工業製品の輸入が大幅に増大したことに起因する。

主要商品別の動きは「食料品・動物・飲料・タバコ」の輸出が76年1~7月に前年同期比5.1%増にとどまり(75年の前年比は10.2%増),「原料・燃料」は3.9%減(75年は4.0%減),「工業製品」は8.8%増(75年11.7%増)で,ほぼ75年の傾向をもち続けた。

輸入についてみると,76年1~7月の「食料品・動物・飲料・タバコ」輸入は前年同期比20.7%増で75年の前年比7,3%減から大幅に増大した。「原料・燃料」も24.5%増となったが,とくに「石油・石油製品」輸入は76年第1四半期に前年同期比14.4%増,第2四半期32.3%増と加速し,輸入総額の伸び(第1四半期12.0%,第2四半期28.8%)を上回った。工業製品の中では乗用車輸入が国内需要の回復に伴い,第1四半期に前年同期比52.0%増,第2四半期52.0%と高水準を続けた。しかし,アメリカの設備投資不振を反映して資本財輸入(自動車を除く)は第1四半期6.4%(前年同期比)増,第2四半期13.1%増にとどまった。(第1-10表)(第1-11表)

第1-10表 輸出入および貿易収支の推移

第1-11表 商品別輸出入

(2)国際収支

流動性ベースの国際収支は1975年に貿易収支などの好転により大幅に改善して,31億ドルの黒字(前年189億ドルの赤字)となった。しかし,これまで発表された国際収支統計は必ずしもアメリカの国際収支動向を正しく反映しておらず,誤解を招きやすいので,約1年間国際収支の新表示法を検討,76年5月に「国際収支統計表示に関する諮問委員会」から新方式が発表され,商務省は76年第1四半期から新表示方式による発表に切り替えた。この改正により,基礎収支,流動性ベース,公的決済ベースの収支は発表されなくなった (補注参照)。

結局,新表示方式によって算出できる最大カバレッジをもつ収支バランスは経常収支ということになる。経常収支は75年は117億ドルと異例の黒字を記録した。これは貿易収支の黒字転換,軍事取引赤字の減少,送金の減少などによるものであった。しかし76年にはいると,貿易収支が赤字に転落したことなどから経常収支は第1四半期には約1億ドルの赤字となり,第2四半期にはやや回復して7億ドルの黒字となった。

次に経常収支以外の項目で,国際収支に大きな影響を与える海外民間直接投資にふれてみよう。アメリカからの海外直接投資(国際収支に記録されたもの)は1974年の78億ドルをピークとして75年には18.7%減少,76年上期には前年同期の3分の1となり,他方,外国からの対米直接投資も74年の27億ドルをピークとして75年11.2%減,76年上期では前年同期比7分の1に激減した。第2四半期にネット還流に変わったからである。アメリカの直接投資は76年第1四半期には前年同期をやや上回る18億ドルの流出であったが,第2四半期には5億ドル還流した。世界的な景気後退を反映した海外子会社の収益事情悪化による工場売却,子会社株式の譲渡のほか,米国親会社による短期未収金の減少が主因とされる。直接投資の還流は石油(1億ドル)など多業種に及び,地域的には日本,ヨーロッパ大陸,中南米からの還流が目立った。これに反し諸外国からの対米直接投資は第1四半期に1億ドル流出したが,第2四半期には5億ドル流入した。第1四半期の流出は在米石油会社に資本参加した中東諸国への累積配当の送金という特殊事情を反映したもので,外国の直接投資増加傾向はいぜん継続している。その一因として,ヨーロッパ企業の生産コストの上昇,あるいは,自国通貨の対ドル・レートの上昇による対米競争力の喪失があげられる。フォルクスワーゲン社が76年にペンシルベニア州に組立工場新設を決定したのは,その一例だろう。

今後の直接投資動向を示唆する一つの資料は多国籍企業の海外子会社設備投資計画である。商務省米企業海外子会社設備調査によると,76年には271億ドル支出予定であって,75年の支出実績270億ドルとほとんど変わらない。

だが業種によると,たとえば鉱業・製錬業,商業では微減,地域別ではヨーロッパ,日本で数億ドル減少する見込みである。しかし77年になると292億ドル,76年比7.7%増が予定されている。なかでも製造業は15%増で76年の2%増をはるかに上回っている。投資先は先進国に集中している。製造業の先進国向け設備投資は75,76年とも減少した後,77年には17%増を予定されているが,発展途上国向けは4%増にとどまるとみられている。

なお,海外直接投資収益(利子,配当,支店収益を含み,現地法人の再投下収益を除く)は75年に95億ドルに達して,直接投資支出をはるかに上回り,76年上期の直接収益(57億ドル)は前年同期の43億ドルを上回ったばかりでなく,76年上期の直接投資支出(13億ドル)をカバーして,なお40億ドルの余りがあった。

他方外国からの対米直接投資は,75年に24億ドルで,対米投資収益の21億ドルをやや上回り,アメリカの国際収支黒字に寄与したが,76年上期の対米投資収益(15億ドル)は対米直接投資の還流(2億ドル)とあいまって,アメリカの赤字拡大要因となった。(第1-12表)

第1-12表 国際収支

(補注)

6. 経済政策

(1)財政政策

フォード大統領は75年10月6日,76年の減税を要請していたが,76年1月の年頭教書で「インフレなき健全成長」を標ぼうして,次に掲げる4項目の措置を提案した―

以上の提案のほか1977年度の財政年度変更に伴う過渡期予算を次表のように要請した(従来毎年7月から始まって翌年6月に終わった年度を10月から9月に変更,このため7~9月の3カ月は過渡期として,別わくの歳出入が計上された)。

77年度予算の歳入は76年度比18.1%増で景気上昇による歳入増を見込んだ反面,歳出は5.5%で,物価上昇程度の増加にとどめた。ただし防衛費は8.9%増で歳出総額の伸び率をかなり上回り,一方,「教育・訓練・雇用・社会サービス」,「保健」,「所得保障」,「軍人恩給・サービス」関係の支出は22%増となっていた。

その後76年年央レビューならびにその後の議会修正によって大幅に変更され,歳入は大統領予算教書の金額よりも3.2%増,歳出4.8%増と歳出の伸びが大きかったため,赤字は76億ドル増の506億ドルとなった。

減税-フォード大統領は75年減税の後を受けて,76年にも110億ドルの減税を追加するよう要請していた。しかし議会の反応は鈍く,ようやく75年1219月に1975年歳入調整法として成立した。これによって75年減税の6カ月延長が決まった。減税規模は74年税法に比べて84億ドルであった。

個人所得税……74億ドル

法人税…………10億ドル(注)

続いて「76年税制改革法」が76年9月成立,10月大統領署名を得た。これによって「75年の歳入調整法」が77年末まで延長されたほか,高額所得層優遇措置の縮小,遺産・贈与税の改正が行われ,輸出振興目的のDISC(内国国際販売会社)の課税延期制度を制限することとなった。なお76年末まで2カ年有効とされていた投資税額控除(10%)は80年末まで延長された。

76年税制改革法による減税は1977年度に減税なしと仮定した場合の歳入に比べて157億ドルとされている。

高額所得層優遇税廃止など……増税 1,593(百万ドル)

減税の延長………………………………△17,326

うち個人所得税………………………△14,350

投資税額控除等…………………△1,300

中小企業対策…………………△1,676

計    △15,733

なお,76年1~9月の財政支出の遅れは114億ドルに達した。原因は社会保障,医療,公共援助支出や利払いの48億ドル,防衛支出の66億ドルであった。(大統領予算)(77年度予算)

大統領予算

77年度予算

(注)

(2)金融政策

金融緩和政策は76年にも維持され,1月19日には公定歩合が6%から5.5%へ引き下げられ,プライム・レートは1月上旬7.25%から7%へ1月下旬にはさらに6.75%まで下落した。しかし4月にはM1,M2の供給増加目標の上限を0.5%引き下げて,M1=4.5~7.0%,M2=7.5~10.0%とし,フェデラル・ファンドの操作目標利子率も4.5~5.25%とやや引き上げ,5月にはさらに5~5.75%へ引き上げた。物価に上昇のきざしがみられたことに対応したものと思われる。しかし,6月になると5.25~5.75%へ引き下げられ,その後9月までにさらに4.75~5.5%へ引き下げられた。一方通貨供給量増加率は7月に上限を引き下げて,M2=7.5~9.5%,M3=9~11%とされ,11月にはM1の上限を下げて年率4.5~6.5%,M2,M3はそれぞれ7.5%~10%,9~11.5%(77年第3四半期までの1年間)となった。Mlの増加率引下げは技術的理由によるもので,引締めではないと連邦準備当局は述べている。(76年第3四半期までの1年間のM1増加実績は4.4%で,目標を2%下回った)。

年央以降短期金利はゆるみ,市場の実勢に追従して,11月22日,公定歩合が0.25%下げの5.25%となった。1月以来,10カ月ぶりの引下げであった。

これによって金融当局はこれまでの金融緩和動向を引き続き維持することをより鮮明化したわけである。

公定歩合引下げに続いてプライム・レートも0.25%下げの6.25%となり,6月のピークからみて1%下落した。短期金利の下落がしだいに中長期金利に波及すれば,在庫金融のみならず,住宅,自動車ローンの条件もゆるみ,総需要の回復に寄与するであろう。

(3)エネルギー政策

フォード大統領の政策は①エネルギー節約を推進する反面,②石炭,ガス,太陽熱などの代替エネルギーの開発を推進する二段構えになっていた。

①の線に沿ってフォード大統領は1バーレル当たり5.25ドルに凍結されていた「オールド・ウエル」 (72年以前に開発された油井)から産出する石油価格を39カ月にわたって徐々に自由化し,プライス・メカニズムによる消費の抑制と生産の増大をねらったが,民主党の支配する議会の容れるところとならず,約1年間議会と争ったあげく,75年12月,従来国産原油の5分の2を占める「旧」原油価格の統制価格5.25ドル/バーレル,統制なしで最高14ドル/バーレルの「新」原油とを平均すれば8.75ドルで売られていたものを7.66ドルヘ引き下げ,第2年目から年10%の割合で値上げすることを認め,40カ月統制を延長することとなった。

なお,また75年2月には輸入手数料を賦課(原油バーレル当たり2ドル,製品63セント),76年7月には完成石油製品輸入手数料を全廃,原油にのみ1バーレル当たり21セントの手数料を残し,79年5月国産石油価格統制の廃止されるまで存続することとした。この時点では国内精油所を保護するため,新たに輸入石油製品にバーレル当たり1.05ドルを賦課することに決定した。

一方,76年7月30日期限満了した連邦エネルギー庁(FEA)を77年12月末まで延長する法案が議会で可決されると同時に,産油量/日/10バーレル未満の零細井原油の統制価格11.63ドル/バーレルを撤廃して,輸入原油相場13ドル/バーレルまで上げられるようにした。この種原油はアメリカ国内原油の約12%を占めていた。

代替エネルギーについては原子力開発,太陽熱,地熱利用などに77年度97億ドルの支出が認められた。

(4)カーター新大統領選出

76年11月の大統領選挙で民主党のカーター氏が選出された。同氏の具体的政策は77年1月の就任式以後にまたねばならないが,これまでの同氏の言動から推して,次のような基本路線をたどると思われる。

7. 経済見通し

76年後半に経済成長速度が著しく弱まり,かつ77年初めには共和党政府から民主党政府に変わって,どれほどの景気テコ入れ政策が採用されるか未知数であるため,77年の経済見通しは現状では立てがたい。そこでここでは,今後の景気動向に強く影響する設備投資と個人消費の見通しにふれてみよう。

マグロウ・ヒル社の設備投資予測によると1977年には13%増を期待され,76年の約9%増よりも好転するが,実質的増加は6%とされている。

個人消費は所得動向や個人の景気見通しに左右されがちであるが,最新の見通し(コンファレンス・ボード,9/10月調べ)によると,消費者の購入計画指数は76年1/2月の126.3(1969~70年=100)から3/4月の96.7へ落ちた後,7/8月には106.0まで回復したものの,9/10月には103.6へ微減した。自動車を6カ月以内に購入する計画世帯は9/10月に全調査世帯の8.2%で前回調べと変わらなかったが,住宅購入計画世帯は3.2%で前回の3.5%よりも微減,大型家具購入予定世帯は28.4%から28.7%へ微増した。

消費者動向はもちろん今後の一般経済情勢や政策動向に左右されるであろうが,9/10月以降の主な変化としては,大統領選挙によるカーター民主党候補の勝利と金融の緩和(11月22日より公定歩合を0.25%引下げ)であろう。カーター次期大統領の政策は77年1月の就任式まで待たねばならないが,多分減税によって個人の購買力を追加すると思われる。

住宅建築は金利の低下を反映して,増大すると思われるが,住宅建築コストの大幅な上昇がない場合の話である。

自動車(アメリカ製)売上げ台数は75年10月から上向き,76年9月まで続いたが,76年10月には前年同月比2%減となり,11月上旬にもまた前年同旬比1.5%減となった。とくに小型車の売行きは76年初ごろから低調となり,11月にはGM社の売行きのよくない小型車には販売促進目的に200ドルのリベートを行い,アメリカン・モータースもサブ・コンパクトのグレムリンを253ドル割り引いた。第4四半期の売上げも予想をかなり下回るとみられ,76年の売上げ予測も輸入車を含めて1,020万台とこれまでの見通しを引き下げた。もちろんフォード社ストの影響もあるとみられるが,値上がりや個人所得の伸悩みなどの要因をあげることもできよう。市場筋による77年の売上げ見通しも1,030万~1,050万台と76年をやや上回るにとどまり,メーカーの1,100万台(フォード社)ないし1,125万台(GM社)よりも少ない。

米政府は77(はじめには経済成長率を76年6.2%,77年5.7%としていたが,7月に76年見通しだけを6.8%に上向き改定した。しかし,その後の経済動向は鈍化の色を濃くし,10月には一部政府要人から76年は6.4~6.5%へ小幅な引下げが示唆された。一方民間見通しは77年に5%前後とするものが多く,10月ホット・スプリングで開かれたビジネス・カウンシルでは76年6.4%,77年5%の見通しが出された。 (第1-13表)

第1-13表 経済見通し

第2章 カナダ

1. 概  観

深刻な不況の中で他の主要国が74年,75年に実質経済成長率の減少をみたのに対し,カナダでは各々3.2%,0.6%とプラスの成長を維持した。しかし四半期別に実質GNPの動向をみると,74年第1四半期を山として,以降減少傾向を続け,増加に転じたのは1年たった75年第2四半期からであった。

景気回復の特徴としては,まずアメリカ,日本と並んで75年春に他の主要国に先がけて回復に転じたことがあげられる。また個人消費及び住宅建設が過去と同様,今回も回復の主導力となった。これらは政府の適切な政策措置によってテコ入れされたものである。

落ち込み幅が軽微だったこともあって,実質GNPは回復後2期目でピークを上回った。しかし,景気の回復力は,6期目でボトム比年率4.3%増にすぎないなど,力強さに欠けている。

このため失業率は,75年第1四半期の6.7%から76年第3四半期の7.2%へとむしろ上昇傾向にある。

他方,物価は75年半ば以来の総需要抑制策,所得政策の浸透から比較的安定的に推移している。

政府はこれらの点に配慮して76年11月,金融政策の微調整を行なった。景気上昇を一段と確実にするためである。

しかし国際収支は輸出が76年に入ってから回復してきているとはいえ,貿易外収支の悪化などから懸念すべき状況にある。

2. 需要動向

景気の谷から76年第3四半期までの6四半期間に実質GNEは6.5%(年率4.3%)増と総じて緩やかな回復過程をたどっている。しかし国内最終需要でみると7.7%増であり,過去の回復期と比べてそれほど遜色がない。これは住宅建設,個人消費が堅調であったことによる。在庫投資についてはこの間,前半3四半期間はマイナス要因,後半3四半期間はプラス要因として働いた。設備投資は全体として低調である (第2-1表)。以下,回復過程を中心に各需要項目の動向をみよう。

個人消費は,設備投資,政府支出とともに不況期間中も比較的堅調な伸びを保った需要項目の一つであった (第2-2表)。回復期に入ってからも,耐久財を中心に堅調な伸びを示した。耐久財の中でも乗用車需要は,75年初における現金リベート販売(新車1台当たり500ドル割引),後半におけるオンタリオ州の売上税減免措置(7%→5%)が功を奏して増加を続けた。しかし,その反動もあって76年初には減少した。また,急増を示した住宅建設に伴って家具・調度品類もかなりの伸びを示した。消費需要堅調の要因は,第一に74年1月以降実施された個人所得税減税,第二に高い賃金上昇率,第三に74年末以降比較的落ち着いている消費者物価にある。すなわち,個人実質可処分所得は対前年同期比で74年の3.6%増に引き続き75年5.9%増,76年第2四半期5.5%増となっている。一方,貯蓄率は芳しくない雇用改善テンポを反映して,74年の9.4%から75年10.2%,76年第2四半期11.6%と著しく高くなっている。

住宅建設は,不況期に輸出と並んで最も激しく落ち込んだが,75年第1四半期には底入れし,その後急増を続けた。これは,74~75年の連邦政府による住宅建設促進策によるところが大きい。その内容は住宅取得補助金,住宅抵当公社の資金量拡充などである。しかしその後建設コストの再上昇や75年半ばにとられたインフレ対策に伴う金融引締の浸透により増加テンポは次第に鈍化し,住宅建築着工件数も76年初来伸び悩んでいる。

政府支出は,不況に伴う失業給付金の増大などビルト・イン・スタビライザーに伴う移転支出の増大によって,74年6.6%増,75年4.1%増となり,不況期間中景気の下支え効果をもった。しかし,75年末以降は後述するように大幅な政府支出削減策などもあって微増にとどまっている。

設備投資もエネルギー関連投資を中心に,74年7.7%,75年5.0%の増加を示したものの,金融引締政策の影響もあって76年に入ってからは伸び悩んでおり,第2四半期の前年同期比は1.1%増にとどまっている。

75年中,これら国内最終需要が比較的堅調な伸び(4.1%増)を示したにもかかわらず,GNEが0.6%増にとどまった原因は,輸出の減少もさることながら大幅な在庫調整にあった。回復後3四半期間の在庫調整は,対GNE寄与度でマイナス1.9%となり,その後76年に入ってからは逆にプラス要因として働いた(同寄与度1.3%)。在庫投資は過去の回復期間中プラス要因であり続けたのに対して今回は変則的な動きを示しており,不況期間中の在庫累積が大きかったことを表わしている。

第2-1表 回復後6四半期間のGNE等

第2-2表 国民総支出(71年価格)の推移

3. 生産・雇用

次に生産動向を月次の実質国内生産指数(1971年=100)に従ってみてみよう。

実質国内生産指数はGNPとほぼパラレルな動きをみせている。すなわち75年3月を底として尻上がりに増勢を高め76年3月までの1年間で6.1%増加した。しかしその後増勢は弱まっている (第2-3図)。

産業別にその動向をみてみると,まず鉱工業生産(71年の実質国内生産中30%のウエイト)は74年第2四半期以降連続6期の減少を示し,75年秋にようやく底を打った。そして,76年5月までは旺盛な内外需要を反映して,年率12~13%の増勢を示したものの,その後9月までの4カ月間では同1.5%の下落となった。第2四半期以後,総需要が伸び悩んだためである。

鉱工業の中では不況中に輸出の不振などから大幅な生産低下をきたしていた紙・パ,木材工業,非鉄金属鉱業で75年10月から76年7月までに各々46.2%,19.9%,15.3%増とめざましい回復をみせた。そのかたわら,韓国,香港,台湾などからの輸入急増に悩まされている繊維工業が8.0%,ニット工業が6.5%の減少を示した。

建設(ウエイト7%)では,75年3月から76年1月までの回復初期に過去のパターン通り著増(年率36~37%)を続けたものの,その後財政,金融両面にわたる引締め政策などから増加テンポは弱まっている。

この他,金融・保険・不動産(同12%),卸・小売業(同11%),運輸・倉庫業(同9%),その他サービス(ウエイト19%)各部門でも76年春以降鈍化傾向がみられ,結局75年3月~76年7月の年率増加率は各々4.5%,6.0%,6.3%,4.0%にとどまった。いずれも過去10カ年平均値を1~2ポイント下回っている。

一方農業生産(ウエイト3%)は75年に前年比7.1%増加したあと,76年に入っても小麦を中心とする穀物の豊作などから好調を示し,第2四半期の前年同期比では11.9%増となった。

雇用情勢は,全般的に見ると,景気回復力が比較的弱いこと,73~74年の好況期において企業が大量の人員を抱え込んだこと,労働力人口が引き続き増大していること,などを背景にさしたる改善を示していない。

雇用者数でみると75年央以降パートタイマーを中心に緩やかな増加傾向にあり,76年8月の前年同月比では2.6%増となっている。

回復後6期目で実質GNPは6.5%上昇したのに対して,雇用者数は3.9%増加している。これは過去3回の回復期における雇用改善テンポと比べて決して見劣りのするものではない。

こうした雇用の漸増傾向に返かかわらず,労働力人口の引き続く増加(75年第1四半期から76年第3四半期まで4.5%増)から,失業率は74年の5.4%から75年には6.9%へとハネ上がり,76年第3四半期では7.2%の高水準にある。76年8月には7.2%となったが,このうち「25歳以上の男子」は4.4%にとどまっており,「15-24歳の男子」の12.8%と対照を成している。

また州別では,平原3州の4%台に対し,ケベツク州9.1%,ブリテッシュ・コロンビア州8.3%となっており,地域別格差が目立ってきているのも特徴である。

第2-3図 生産指数の推移

4. 物価・賃金

75~76年の物価・賃金は連邦政府の所得政策を背景に依然高水準ながらも鎮静化傾向にある。

まず物価面では,前年同期比でみて消費者物価が74年第4四半期の12.0%高から,75年第4四半期10.1%高,76年第3四半期6.5%高となり,一応落ち着きをとり戻してきている(第2-4図)。

このような物価鎮静化の要因は,まず第一に72~73年において高かった超過需要圧力の弱まりである。これは賃金の引き続く上昇にもかかわらず,世界的な工業用原料価格の低落及び国内需給の緩和から工業品生産者価格は,前年同期比で74年第4四半期の20.5%高から75年第4四半期7.3%高,76年9月4.4%高となったことなどにみられる(第2-5図)。

第二の要因は,食料品価格の低落である。野菜の卸売価格は前年同期比で74年第4四半期の30.8%高から75年第4四半期には逆に15.0%の低下となり,76年7月においても3.3%の上昇にとどまっている,また肉類卸売価格も74年第4四半期の4.5%高から,夏場の高騰により75年第4四半期は11.9%高となったものの,76年7月には1.8%の低落となっている。

これらに対して消費者物価の上昇要因としてはサービス価格(ウェイト36%)の上昇があげられる。すなわちサービス価格の前年同期比は,74年第4四半期の9.4%高,75年同11.9%高,76年9月12.3%高と,食料品を含んだ財総合の13.5%高(74年第4四半期),9.2%高(75年第4四半期),3.3%高(76年9月)とは逆に,むしろ加速化してきている。中でも75年9月から76年9月までの1年間に,住居関連サービス費は家賃の高騰などから19.9%も上昇し,交通費はガソリン価格の上昇などから16.4%高となった。

このようなことから,所得政策採用下にもかかわらず,物価の先行きは決して楽観できない情勢にあるといえよう。

賃金動向はどうであろうか。組合員500人以上を有する組合(建設業を除く)の賃金妥結額の前期比年率をみると71~72年頃から漸増して75年第2四半期には18.7%増とピークに達した。その後順次上昇率は下がっているものの,76年第2四半期で11.2%増とかなり高い(第2-6図)。また,全産業の平均週給でみてもピークの75年第2四半期で14.7%増(前年同期比)であったが76年第2四半期でも12.7%増に鈍化したにすぎない。

上昇率鈍化の背景としては,74~75年不況による企業利潤の減少(税引前利益で74年第2四半期の前年同期比34.4%増から76年第2四半期は同6.2%増,この間2年間で17%減)があり,加えて75年秋以降は所得政策の効果もあったものと思われる。

しかし,不況中にもかかわらず,賃金が下方硬直的であったのは,消費者物価の上昇があったものの,ストライキを軸とする組合交渉力の増大がみられたことがあげられよう。今組合のストライキ及びこれに対抗しまた生産調整をも意図した企業によるロックアウトを含んだ労働損失日数をみると,64-73年平均の490万人日から74年930万人日,75年1,090万人日となり,76年1-6月でも前年同期比39.0%増の450万人日となっている。75,76年はイタリアに次ぐ世界第2位の記録である。カナダにおけるこのような状況が,所得政策導入の遠因ともなった。

第2-4図 消費者物価上昇率の推移

第2-5図 工業品生産者価格,卸売物価上昇率の推移

第2-6図 賃金率(除,建設業,前期比年率)の推移

5. 貿易・国際収支

商品輸出は主要貿易相手国,とくにアメリカ向け需要減退から,前年比で74年の28.0%増から75年には2.3%の増加にとどまった。一方,商品輸入は比較的堅調だった内需を主因に,74年の35.9%増から75年には10.0%増となった(第2-7図)。しかし,数量ベースでは商品輸出が74年3.8%,75年7.7%と各々減少し,商品輸入は74年の10.3%増から75年には5.6%減となった。

その後の輸出入(名目)の動向を季調値でみると,まず商品輸出(fob)は75年第3四半期に底を打ったのち1年間で17.0%の増加となり,商品輸入(cif)は同期間で7.0%増となった。国別にはこの間,輸出はアメリカ向け(75年の輸出シェア65.4%)が順調で19.3%増となったものの,イギリス向け(同5.4%)は10.4%増,日本向け(同6.4%)は,3.8%の増加にとどまった。また商品別では,紙,パルプ,木材など製品原材料が38.6%の著増を示したのに対し,自動車,機械など最終製品は9.5%増,原油など素原材料は5.1%の増加にとどまった。一方,輸入では,日本からの輸入(75年の輸入シェア3.5%)が47.1%と著増したのに対し,アメリカ(同68.0%)からは6.6%増にとどまり,イギリス(同3.5%)に関しては11.2%もの減少となった。商品別では6割のシェアを占める最終製品が8.1%増となった。

このような貿易動向を反映して,貿易収支は73年の27億加ドルから74年には17億加ドルへと黒字幅を縮小させ,75年に至っては6億加ドルの赤字となった。しかし76年に入ってからは,1~9月累計で6億加ドルの黒字を示した(第2-7図)。

一方,貿易外収支は海外債務に対する利子支払増などにより,73年の26億加ドル,74年の32億加ドルから75年には43億加ドル,76年上期年率51億加ドルと赤字幅を拡大させている。

この結果,貿易収支の好調にもかかわらず経常収支は改善していない。すなわち,74年の15億加ドルから75年に50億加ドルと赤字幅を拡大させたのち76年上期でも年率53億加ドルの赤字を出している。

このため新規外債発行が盛んに行なわれ,74年の24億加ドルから75年には51億加ドル,76年上期には年率97億加ドルに達した。従って,長期資本収支も74年の9億加ドルから,75年41億加ドル,76年上期年率95億加ドルへと黒字幅を拡大した。一方短期資本収支は73年の9.5億加ドルの赤字から74年6.5億加ドル,75年4.5億加ドルの各黒字となったものの,76年上期には再び年率19億加ドルの赤字となった。

カナダ・ドルは,カナダ・ドル建て海外起債増などを主因に75年央より強調に転じ76年8月までの1年間で米ドルに対し5.1%の改善をみた。しかし,その後小浮動を続けたのち,11月中旬から下旬にかけては,国内短期金利の低下傾向,外債発行の減少,ケベック州議会選挙でのケベック独立派の勝利,などを背景に続落し,11月末には10カ月振りにパーレートを下回った。

第2-7図 貿易・経済収支の動向

第2-8図 カナダ・ドルの対米ドルレートの推移

6. 経済政策

経済政策の運営は,74年半ばから75年半ばまでの1年間は景気刺激的であったし,景気が回復過程に入った75年半ば以降はインフレ抑制的であった。

このことを考えると,過去2年間の総需要管理政策は比較的機敏に反応したといえよう。

75年6月発表の75年度予算案の中には景気回復の観点から投資減税がおりこまれていたが,他方インフレ鎮静化の必要から,財政全体の効果を中立にとどめるため,政府支出の抑制がなされた。さらに,物価の高上昇が続いていたため同年秋には公定歩合の引上げ,所得政策の導入,マネー・サプライ増加目標の発表などインフレ抑制措置が相次いで採用された。加えて12月には,15億加ドル(75年度予算実績見込み比4.4%)にのぼる政府支出削減の具体案が発表された。

76年に入ると,3月には公定歩合の第二次引上げがなされ,5月にはカナダとしては抑制的な76年度予算案が発表され,また8月にはマネ-・サプライ増加目標値の引下げが図られた。

この影響もあって,この間の景気回復力は弱く,夏以来の生産雇用指標の低迷が明らかになった11月,政策当局は公定歩合の引下げを図り,引締政策の微調整を行なった。

(1)財政政策

1975年中にとられた財政政策は,74年11月の景気刺激的財政措置の効果を減殺することに重きがおかれたといえる。OECD事務局の試算によれば,75年6月,12月の両措置によって,この刺激効果は半減(対GNP寄与度でマイナス13.4%)されたという。続いて76年に入ってからの財政政策も引締め色をさらに濃くした。

まず,75年6月に連邦政府は,非義務的経費,貸付,投資等の削減,公務員の増加抑制,給与引上げ抑制などを通じて75年度当初予算支出総額316億加ドル中,10億加ドルの削減ないし繰り延べを図った。

さらに75年12月には,公務員増加率,給与引上げ幅の引き続く抑制,政府関係機関の廃止,家族手当,職業訓練手当のインデクセーション廃止,外国援助予算の増加抑制などにより,15億加ドル節減し,76年度予算伸び率を名目経済成長率以下にとどめるという,緊縮財政政策の発表が行なわれた。

この線にそって76年5月には増大を続ける失業給付金の支払条件の厳格化が図られた。また76年度の財政投融資を含んだ財政支出全体は75年度の18.3%増から13.2%増へとその伸びを鈍化させた。

他方,社会的公正を図るという観点などから租税政策の手直しが行われた。

まず個人所得税は74年1月以来ずっと,課税区分,各種控除額などについて物価上昇率に対応したインデックス化が行なわれている。また,少額納税者救済を主目的とした特別税額控除制度における控除率は73,74年の5%から75年以降は8%に引上げられ,加えて75年1月からは利子・配当所得控除,年金所得控除,住宅貯蓄控除が新たに設けられた。

この結果実質個人可処分所得は,74年の3.6%増から75年6.0%増,76年第2四半期の前年同期比では6.5%増となり,堅調な個人消費の原動力となった。

法人所得税については税率が72年の50%から逐年1ポイントづつ引下げられている。加えて75年6月には新規設備に対する5%の投資税額控除が導入され(77年7月までの2カ年間),76年5月には小規模事業に対する軽減税率の限度額引上げが発表された。

連邦政府の財政赤字額(外為取引を除く予算収支,予算外収支の合計)については73年度の15億加ドル,74年度の20億加ドルから75年度(速報)には46億加ドルとなり,76年度も45億加ドルの赤字が見込まれている (第2-9表)。

第2-9表 連邦政府の財政収支

(2)金融政策

世界的不況の余波をうけて景気の落ち込みをみせた74年秋から75年春にかけて,公定歩合を2度にわたって1%引下げる(9.25→8.25%)など金融緩和色を強めたのち,75年9月には再び0.5%の引上げが行なわれた (第2-10図)。

これは75年央からの景気回復を背景に,民間並びに政府の資金需要が増高し,市場金利が上昇をしていたために行なわれた追随引上げである。同時にマネー・サプライの急増抑制を通じてインフレの再燃防止を図ろうとした。

さらに,10月の所得政策導入発表に続いて11月には,マネー・サプライ抑制の姿勢を強調し,M1の年率増加目標値を10~15%(75年第2四半期平均残高基準)とする旨の発表がなされた。

しかしながらマネー・サプライの急増傾向はその後も続き,増加目標値を上回っていることが判明した76年3月初,政策当局は引続く短期金利の上昇を考慮し,公定歩合の第二次引上げ(0.5%,9→9.5%)を実施した。

しかし,76年8月には,75年秋以来の物価上昇テンポの鈍化からマネー・サプライ増加目標値の引下げ(8~12%,76年2~4月平均残高基準)が行なわれた。

以上のように景気回復とほぼ同時に1年間にわたってとられた金融引締は,当然のことながら,物価には好影響を及ぼしたものの,財政面での引締めと相まって,景気の回復力を一層弱いものとした。

このため,76年11月には公定歩合の0.5%引下げ(9.5→9%)が行なわれた。アメリカでの引下げ後数時間以内のことである。しかし,まだ政策当局の現在の最優先課題は依然インフレ対策の徹底にあって,公定歩合も引下げられたとはいえ高水準であり金融政策の基調が根本的に転換されたとは解し難い。

第2-10図 金利の推移

(3)所得政策

76年9月,インフレ対策法中の価格,利潤に関する規則の一部改正が発表され,77年1月から発動することとなった。今回改正の目的は,75年10月に発効した現行規則の企業間あるいは業種間にみられる不公正除去にあり,また企業利潤の統制を若干緩和し,投資活動を促進することにある。

まず第一の改正点は,売上高純利益率の規制方法の統一にある。現行規制では製造業,加工業など非流通部門において企業全体の利益率規制のみならず個別品目に対しても規制が行なわれていた。これを流通業同様,企業全体に対する規制にとどめようとするものである。ただし,インフレ対策委員会は従前どおり,個々の製品の値上げ申請に対して関連コストの動向にみあった値上げ幅の圧縮,ないしは値下げの勧告権限を有する。

第二は規制対象利益率の算出期間の延長,および選択権の付与である。現行規則では75年10月14日以前の5カ年間の平均利益率を規制対象としているが,これに76年5月1日以前に終了した最も新しい決算年度を加え,かつ選択権を当該企業に与えようとするものである。

第三は前記基準利益率に対するガイド・ラインの引締めである。流通部門は基準利益率に対して95%,非流通部門は85%と,現行にくらべ各々5ポイント,10ポイント引下げられる。

第四は,現行規則で凍結されていた配当が8%増を上限として認められるということである。

第五に超過利潤が生じた場合に,その半分を国内での新規投資に振り向けることが可能となった。現行規則では価格引下げが義務づけられている。

なお75年秋の所得政策導入1年後の物価をみると,消費者物価の前年同月比は,75年10月の10.6%高から76年10月には6.2%高となり,この間4.4ポイントの改善をみた。しかしこれは大部分が規制対象外である食料品の下落によるもので,4.4ポイントのうち非食料品の寄与率は2割にすぎない。

また賃金については76年5月に発表された財政演説資料をみると,所得政策対象労働者の初年度賃上げ率は,ガイド・ライン(通常は10%,過去の賃上げ動向の調整幅は±2%)の11.0%に対して12.1%となっている。また号の労働者がガイド・ラインを遵守したという。

7. 経済見通し

カナダ経済は75年春以降一応回復に転じた。しかし同時にとられた財政,金融両面にわたる引締政策などから,加速力に乏しいまま76年を終えようとしている。実質GNPは75年下期の前期比年率3.9%増から76年上期には同5.6%増となったものの,下期には今まで比較的好調だった住宅建設の低迷,上期に落ち込んだ設備投資の引き続く悪化,財政支出の削減効果などが予想されている。76年の前年比については,カナダで最も権威ある見通し機関コンファランス・ボード・イン・カナダ(CBC)は9月見通しで5%程度,76年11月の国会答弁で蔵相は5%弱としている(カナダでの政府見通しは,大蔵省で毎四半期作成されているものの,公表の義務を負っていない)。

77年の成長率についてはCBCが4.5%増程度と見込んでいる(76年9月発表)。その内容はおおむね以下の通りである。

まずGNPの6割を占める個人消費については,賃金増加率の低下,雇用改善テンポの緩慢化などから個人所得はさほど伸びず,また消費者購買態度の慎重化もあって,爆発的増加は期待できない。

設備投資は,景気循環的要素に加え,カナダ及び主要貿易相手国における中・長期経済成長率鈍化見通し,企業収益の伸び悩み,コスト・価格の先行き見通し難などから,せいぜい現状維持にとどまろう。政府のサーベイによれば実質ベースで76年横ばい,77年も2.5%増程度にすぎないとみられている。

住宅建設は,今回の景気回復に重要な役割を果してきたものの,今後は着工件数がすでに75年末にピークを越えているということもあり,77年半ばまでは減少傾向を続けよう。

在庫投資も消費見通しの不透明さからおおむね低水準で推移するものと思われる。

輸出入については,今後の世界経済の動向如何によるが,少くとも商品輸出は商品輸入を上回るテンポで増加しよう。また貿易外収支は逆に,非居住者への利子支払増などから悪化を続け,経常収支は76年で75年と同程度の50億加ドル,77年に若干改善されて40億加ドル程度の赤字になるものと見込まれている。

失業率については依然として過剰生産能力が存在し,労働市場は引き続き緩和気味に推移することが予想されるため,76年の7.1~7.2%から7.5%前後になるものとされている。

消費者物価についても,サービス価格の引き続く上昇懸念から76年には8%,77年には7%程度の上昇となるとしている。

いずれにしても景気回復の弱さから政策面で,現在のインフレ対策一本ヤリともいえる政策対応から,76年11月にみられた公定歩合の引下げのような若干の微調整が今後ともとられることが予想される。

第3章 イギリス

1. 概  観

1976年のイギリス経済は,景気回復が足ぶみし,記録的な高失業をつづける中で,依然として強い物価の騰勢,大幅な経常収支赤字,ポンド危機の再発など多難な局面にあった。

石油危機を契機に下降した景気は,75年秋頃に底入れして回復に向い,実質GDP(生産ベース)は75年第3四半期から76年第3四半期までの1年間に2.3%上昇した。しかし,上昇テンポは75年第4四半期の前期比年率1.2%,76年第1四半期5.7%の後,第2四半期0.8%,第3四半期1.6%とやや鈍化した。今回の景気回復は,輸出増および在庫調整の小幅化を中心として,これに住宅投資や個人消費の回復などが加わったことによるものであった。

76年第2四半期には在庫投資が再び減少したことから伸びなやんだが,その後は内需も上向いて上昇を支えているとみられる。

失業者数の増加は76年に入ってからもつづき,増勢は失業対策がさらに強化されたこともあって春以降かなり鈍化したものの,失業者総数は8月には戦後はじめて150万人を突破した。

賃金については,75年8月以来,自主的規制が適用されており,その効果もあって,第一段階(76年7月末までの1年間)の月間賃金収入の上昇率は14%と,前年の上昇率から半減した。76年8月以降は,よりきびしい第二段階の自主規制に移行しており,賃金のうごきはさらに落着きを示している。

物価上昇率も75年央頃と比較するとほぼ半減したものの,年率13~14%の高水準にあり,とくに,夏から秋にかけて,干ばつなどによる食料価格の上昇,ポンド相場の急落による原燃料価格の大幅な上昇などから再び騰勢を強めている。

経常収支は春頃までは改善傾向を示していたが,その後,輸出が伸び悩む一方で,輸入が増勢に転じたことから赤字幅を拡大し,1-10月の赤字幅は15.4億ポンドに達した(75年赤字幅は16.7億ポンド)。

景気回復が足ぶみを示し,失業の増勢がつづいているにもかかわらず,ポンド問題が重大化したために,金融引締め措置が9月以降強化され,財政面でも,76年7月末の公共支出計画削減についで,クリスマス前に補正予算による引締めが導入される予定である。

2. 需要動向

実質GDPは74年第2-3四半期に年初の週3日操業制による大幅低下から急速な立直りを示した後,再び下降に転じ,75年第3四半期の景気の底まで4.4%低下した。その後,景気は回復に向ったが,76年第3四半期までの1年間の上昇(2.3%増)は,前回の景気上昇期(71年第3四半期が底)の最初の1年間(3.2%増)と比較すると若干小幅なものとなっている。

今回の景気回復の起動因は,在庫減らしの小幅化と輸出増であり,この2つの要因を除いた国内最終需要では,75年下期以降も(76年第1四半期を除いて)減少をつづけている。なかでも個人消費は75年初から低下傾向をつづけ,ようやく76年に入ってやや回復した。一方,政府消費,住宅投資は小幅ながら増加して景気下支え要因となった。

(1)個人消費はやや回復

個人消費は74年0.9%減,75年0.7%減と2年つづけて低下した後,76年に入ってやや回復したが1-9月の前年同期比は0.4%減にとどまっている。

個人消費の回復は,基本的には,①景気回復にともなう所得増と物価の鎮静化により,実質可処分所得の低下傾向がほぼやんだこと,②消費者の景気先行きにたいする信頼感が回復し,貯蓄率が緩慢ながら低下に向っていることなどを背景としたものである(第3-2表)。

とくに,76年第1四半期の実質個人消費は,75年末に導入された賦払信用規制の緩和(73年末以来の規制の大半を撤廃。ただし,乗用車については従来どおり。実施は12月18日)や,76年初のバーゲン・セールなどの特殊要因もあって,前期比1.2%増の大幅増となった。この反動もあって,第2四半期には,予算措置による高率付加価値税の引下げ(25→12.5%,実施4月12日)が行なわれたにもかかわらず,前期比0.9%減少した。

しかし,上期全体では前期比年率1.4%増となっている。第3四半期にも,8月以降実施された所得税減税による可処分所得の増加(推定約1.5%増)などもあって,上期平均比0.4%増(年率約1.5%増)と回復をつづけている。

個人消費の約半分を占める小売売上げ(自動車は含まない。数量)でみても,ほぼ同様なうごきを示しているが,回復のテンポは個人消費全体よりもやや早く,75年第3四半期を底として,その後の1年間に約3%増加した(76年第1-3四半期の前年同期比は0.9%減)。

76年上期の消費回復は,主として,家電(前期比10.7%増),自動車(9.4%増)などの耐久財(8.4%増)を中心としていたが,自動車購入は第3四半期にはやや減少した。新車登録台数でみても,上期には前期比13.4%増(前年同期比5.2%増)回復していたが,第3四半期には減少し,前期比6.3%減(前年同期比5.8%減)となっている。

今後の消費回復の持続性については,①景気回復の足ぶみによる雇用増のおくれ,②8月以降のよりきびしい自主的賃上げ規制,③根強い物価上昇などから,所得税の減税にもかかわらず,実質可処分所得の上昇は小幅のものに止まるとみられること,また,④貯蓄率もひきつづき緩慢にしか低下しないとみられることなどから,疑問とする見方がより強いようである。

第3-1表 イギリスの国民経済計算

第3-2表 イギリスの消費関連指標

(2)下げ止った設備投資

実質固定投資需要は76年に入ってからも低下をつづけているが,設備投資は第2四半期以降,下げ止まりの気配を示している。

実質国内総固定資本形成は,74年1.9%減,75年1.2%減の後,76年上期も前期比3.0%減(前年同期比3.1%減)となり,73年を6.2%下回る低水準にある。住宅投資が76年春頃まで増勢を示したのにたいして,その他非住宅投資が,景気底入れにともなって操業状況が改善し,企業利潤率も上昇に転じたにもかかわらず,減少をつづけたことによる(75年2.8%減,76年上期の前期比5.2%減)。

実質設備投資は75年には6.4%減少したが,76年に入ってほぼ下げどまったもようで,第2四半期には一年ぶりに増加した(上期の前期比は2.8%減)。

民間産業の約半分をカバーする産業固定投資では,75年に13.9%も減少した後,76年にも減少傾向をつづけているが,低下幅はしだいに鈍化している(第1四半期前期比1.9%減,第2四半期0.6%減)。とくに,製造業部門では第2四半期には前期比2.2%増となり,また,用途別についても,機械・設備が5.1%増となるなど下げ止り傾向がみられる。

こうした部分的な下げ止り傾向が新たな拡大につながるかどうかが注目されている。すでに,企業純利潤は75年第2四半期から増加に転じており,第4四半期以降は純利潤率も上昇している。企業の操業状況も76年初を底に改善に向っている。政策的にも,価格準則が投資優遇の観点から8月以降さらに緩和されており,また,銀行貸出しについても,投資優先の方針がとられている(7月末)。

しかし,一方では,景気回復が足ぶみをつづけており,9月以降は記録的な高金利となり,企業の景気見通しも悪化したという悪条件もある。また,77年4月からは,企業の国民保険負担も引上げられることになっており,これについては価格転嫁が認められるものの,一時的には企業流動性を圧迫するとみられる。

これまでのところ企業の投資意欲はいぜんとして強く,CBIの10月の景気動向調査では今後1年間の設備投資を増加させるとする企業数がいぜん増加をつづけており(46%),77年の実質投資増は約15%とされている。

産業省投資動向調査(8,9月実施)では,製造業固定投資見通しは前回調査(4,5月実施)よりも一般にやや楽観的となっており,76年下期には前期比4%増,76年4~5%減(前回は6%減),77年については15~20%増とみている。なかでも,金属加工部門では76年にすでにプラスになると予測されている。しかし,繊維,皮革,衣料部内ではさらに大幅低下をつづけ,その他部門でも10%程度減少するとみている。用途別にみると,新規構築物にたいする支出が,設備・機械や車輛への支出よりもより大幅に低下するとみている。

第3-1図 イギリスの実質固定投資のうごき

第3-3表 イギリスの固定投資関連指標

第3-4表 イギリスの企業利潤,操業状況

(3)住宅投資の伸びなやみ

住宅投資(実質)は,73,74年に低下(それぞれ6.5%減,4.2%減)した後,75年には民間住宅を中心に回復に向い,前年比6.8%増(民間は8.8%増)となり,実質GDPの低下のなかで若干の下支え要因となった(寄与度は1.1%)。この回復基調は76年春までつづいたが,第2四半期には減少に転じたとみられる(76年上期では前期比6.9%増)。

住宅着工数もほぼ同様のうごきを示し,75年には前年の25.3万戸から32.4万戸へ回復し,76年上期には年率35.3万戸となり,今回の低下がはじまる前のピークである72年末から73年初の水準,約37万戸)にかなり接近した。

76年第1四半期までの住宅投資の回復は,主として,需要の立直りを反映したものであり,住宅協会への資金流入が急増しており(74年の19.9億ポンドから75年の41.7億ポンドヘ),空屋数も減少傾向をつづけているとみられる。しかし,住宅協会への資金純流入は,76年3月(5.5億ポンド)をピークに減少に転じており,個人所得の上昇もきびしい賃金規制の下で抑制されていることもあって,民間住宅投資の基調はむしろ弱いとみられている。また,公共住宅についても,76年初来減少傾向にあり,とくに,7月末の76年度公共支出計画削減の一環として当初支出計画より約1.5億ポンド削減されることになっているため見通しは明るくない。

(4)慎重な在庫再積増し

在庫投資(全産業,実質)は75年上期には前年の急増から反転して大幅減少し,実質GDPの低下(前期比1.7%減)にたいする寄与度はマイナス3.2%にも達した。下期には,在庫水準はいぜんとして低下をつづけたものの,その減少幅は急速に小幅化したため対GDP寄与度はプラスになった。とくに,第4四半期には寄与度は1.1%にたかまり(実質GDPは1.7%増),景気回復の主要因となった。

76年に入って,第1四半期には在庫水準も4期ぶりにプラスとなったが,第2四半期には再び低下した。しかし,上期の在庫投資のGDP寄与度はひきつづきプラスとなっている(0.7%)。

在庫水準はいぜんとして低く,生産はやや回復しているために,在庫率(在庫水準/生産)は低下傾向にあるが,その水準は103.3(1969.VI=100)で前回の景気回復の同局面と比較すると若干高目である(72年第2四半期は98.4%)。

在庫調整はほぼ一巡したとみられるものの,企業の在庫再積増しにたいする態度は慎重である。最近のフィナンシャル・タイムズ企業動向調査(10月実施)では,これまでの景気回復力が弱いこと,先行きも懸念されることなどから,今後1年間の在庫水準が低下するとみる企業がむしろ増加しており,また,その在庫水準も販売状況からみて高すぎるとする企業が2カ月連続してふえている。また,CBI調査(10月実施)では,過去4カ月間の在庫投資は,原燃料については増加したものの,完成品では減少しており,今後も急速な積増しは予想されず,在庫率は78年上期まで低下をつづけるとされている。

第3-5表 イギリスの在庫投資

3. 生産・雇用

(1)生産回復の足ぶみ

生産は75年8月を底として回復に向ったが,76年春以降は,ストライキなどの影響もあって,足ぶみを示した。

鉱工業生産(建設を含む)は,75年第4四半期に前期比0.9%増,76年第1四半期1.2%増と順調に回復したが,第2四半期には0.5%増,第3四半期には0.4%減と伸びなやんだ。

生産の回復は,当初は輸出の好調を反映した中間財部門(金属,化学など)や繊維などを中心としていたが,76年に入って,しだいに消費財,投資財部門にまで波及した。第2,第3四半期に生産がほぼ横ばいとなったのは,主として,干ばつなどによりガス,電気,水道部門や建設部門で減産となったためである。

製造業部門では第2四半期も前期と同一テンポの拡大がつづいたが,第3四半期には暑熱やストライキ(自動車,石炭など),需要減(鉄鋼,機械,金属製品など),夏季休暇の延長(自動車)などのためほぼ横ばいとなった。今回の景気回復のテンポを前回(71年10月が底)と比較してみると,回復後1年間の生産上昇は前回が5.8%であるのにたいして,今回は2.2%と小幅にとどまっているのが特徴である。これは,今回はインフレ鎮静化が十分にすすまず,政策運営が71年当時と比較して慎重だったこと,世界貿易の回復が春以降中だるみを示したことから輸出が伸びなやんだことなどに加えて,上のような特殊要因から回復が中だるみを示したためとみられる。

受注動向をみると,76年に入って,機械工業新規受注は輸出向けを中心に回復傾向を示している。とくに,最近における輸出受注の伸びは大きく,5-7月の前3カ月比は21%増となっている。

企業の多くは生産が現在も上昇基調にあるとしながらも,その景気見通しは,高金利や金融引締めの強化,不安定なポンド相場などを背景に慎重化しており,CBI景気動向調査(10月実施)では,先行き悲観とみる企業数が楽観とみるものをはじめて上回った。輸出先行きについても,楽観的な企業がまだ多いものの,前回7月調査よりは若干減少している。

政府は4月の新年度予算案発表時に,製造業生産は77年央までに年率約8%のテンポで増加するとみていたが,その後の生産の足ぶみや新たな制約要因から達成はむずかしくなっている。

第3-2図 イギリスの生産,失業,操業状況

第3-6表 イギリスの部門別生産のうごき

第3-3図 イギリスの機械工業受注

第3-7表 イギリスの雇用,失業,労働争議

(2)おくれる失業の改善

74年秋頃からの雇用者数の減少傾向は,76年央までにほぼ下げどまったとみられ,労働時間も76年に入って回復をつづけている。しかし,失業者数は75年夏以来,失業対策が数次にわたって強化されているにもかかわらず,ひきつづき増加傾向を示している。

完全失業者数(新規学率,成人学生を除く。季調済,U.K.)は,74年6月の58.4万人(失業率2.5%)からほぼ連月増加しており,76年9月現在で131.9万人(5.6%)に達している。もっとも,76年春以降は,増加数はかなり小幅化し,3-9月間に8.6万人増(前年同期は29.4万人増,75年8月-76年2月は26.4万人増)となっている。

失業の減少が景気回復にかなりおくれることは従来からもみられたが,今回は景気が底入れして1年たった9月現在でも減少に転じていない(72年当時は約半年で減少)。これは一つには,今回の景気回復のテンポが前回よりも緩やかであることを反映したものとみられる。また,女子失業者の急増(76年1-9月間に32.8%増,男子は6.7%増)や60歳以上の高齢層や若年層の高失業傾向,新規学卒者の就職難,地域間の失業率格差など構造的な要因も影響しているとみられる。

政府は,こうした失業者数の急増に対処するため,75年8月以降ほぼl年にわたって失業対策を強化してきた (第3-8表)。その主内容は,①臨時雇用補助金制度による一時解雇の抑制と新規学卒者採用の促進,②若年層対象の雇用機会の創出,③職業訓練,転職手当の増額,④産業投資助成の増額,⑤退職年限を早めて若年労働者におきかえる,などである。

これら数次にわたる失業対策(所要経費は約4億ポンド,純額)によって,約25万人の失業救済が目標とされている。これまでのところ,どの程度の効果があったかは明らかとされていないが,少くとも,76年春以降の失業者数の増勢鈍化に寄与しているものとみられる。

政府の労働カサービス委員会は,11月初,失業者数は78-79年まで歴史的高水準にとどまるとする報告を発表しており,79年までに完全雇用(失業者数70~80万人)を達成するという,これまでの政府見通しは実現不能とみられている。

第3-8表 イギリスの失業対策

4. 物価・賃金

(1)物価鎮静化から再騰へ

不況下の物価上昇といういわゆるスタグフレーションは,75年夏頃に最悪期を脱し,景気が回復に向う一方で,物価も鎮静化傾向をつづけた。しかし,76年に入って,ポンド相場の急落などもあって鎮静化は足ぶみを示し,秋口以降は再び騰勢を強めている。政府の価格規制は,投資促進のために緩和されたものの,ひきつづき実施されている。

消費者物価(総合)の上昇は,75年4,5月に月平均約4%を記録した後,しだいに鈍化し,下期には前期比年率12%強程度になった。主として,これまで大幅上昇をつづけた賃金が上昇テンポをゆるめ,また景気底入れとともに生産性が回復にむかったことから,賃金コスト圧力が緩和されたことを反映したものである。

しかし,75年末から76年初にかけて,季節性食品の急騰や商品相場の反騰がみられ,さらに春以降はポンド相場の低落,公共料金(国鉄,地下鉄,ガス,電力,家賃など)の引上げ,予算措置による酒,タバコ税の引上げなどの要因が集中したため,76年上期には年率14%に高まった。

その後,6,7月には季節性食品の値下りから一時的に落着きを示したが,8月以降は,季節性食品が干ばつの影響もあって反騰し,公共料金の引上げもいぜんつづき,ポンド相場がさらに低下したことから再び上昇テンポをたかめ,8-10月の上昇は年率19.7%となった(1-10月の期中上昇率は12.0%)。75年8月をピーク(前年同月比26.9%高)に連続低下していた前年同月比上昇率も7月の12.9%高を底に上昇に転じた(10月は14.7%高)。

工業品卸売物価も75年中は急速な鎮静化傾向をつづけたが(第1四半期の前期比年率29.6%から第4四半期の12.1%へ),76年に入って再び騰勢を強め,第3四半期には年率17.4%に高まった。原燃料卸売物価が,75年下期に商品相場の反騰から上昇テンポをたかめ(上期年率23.2%高,下期27.5%高),さらに76年春以降はポンド相場の急落から大幅上昇をつづけている(1-10月間の上昇率は26.1%)のを反映したものである。

このように物価は加速化傾向を示しており,今後も,賃金コストについてはひきつづき抑制傾向がつづくと期待されるものの,いぜんとして強い原燃料コスト圧力が残るとみられ,また,新インフレ対策も第2年次に入って価格規制が若干緩和されているなど物価環境はいぜんとしてきびしい。

政府は75年8月以来の新インフレ対策の目標として,76年第3四半期までに消費者物価上昇率を10%に,さらに,76年末までに一桁台に引下げるとしていた。76年度予算案発表時(4月)には,物価はほぼこの目標に近いところまで鎮静化したとされ,77年末までには,さらに当時の上昇率を半減させるという楽観的な見通しであった。しかし,その後,この目標達成の時期はしだいに先へ延ばされており,最近では,現在の13~14%の上昇率が当分つづくと政府もみている。

第3-4図 イギリスの物価・賃金動向

第3-9表 イギリスの物価・賃金・生産性

第3-10表 イギリスの消費者物価上昇

(2)落着いた賃金動向

75年8月から実施された自主的賃金規制の効果もあって,75年下期以降,賃金上昇率はしだいに鈍化し,76年夏にはほぼ横ばいと落着きを示している。

賃金率(時間当り,全産業)の上昇は,75年5月にピーク(前年同月比33.6%高)に達した後,鈍化傾向をつづけ,76年第3四半期には前期比年率11.2%まで低下した(前年同期比17.8%高)。

この賃金上昇率の急速な鈍化は,主として,75年8月以降,「社会契約」の一環として導入された新インフレ対策による賃金自主規制(週一律6ポンドの上限。ただし,年収8,500万ポンド以下に適用)がほぼ守られたことによるものである。すなわち,この賃上げ規制が適用されたTUC(労働組合会議)傘下の組合員は約700万人であるが,その平均基準賃金支給増は,週5.9ポンドであった(第3-11表)。

また,この規制の基準とされた月間賃金収入(全産業,季調済)でみても,76年7月までの1年間の上昇率は14.0%で,ほぽ規制の枠内におさまっている(週6ポンドの賃上げは約10.5%の上昇に相当する。これに,経過措置による引上げ0.5~1%,男女賃金格差是正などの特例による引上げ1%を加えた12~12.5%が規制内賃上げ。このほか,超勤,出来高払い制によるもの0.5~1%)。

本年8月以降は,新インフレ対策の第2段階としてより厳しい賃金規制(1年間の賃上げを平均4.5%に自主規制。賃金収入では特例を含めて7~8%の上昇に相当する)が適用されている。10月現在,新政策の下で約250万人の賃金協約改訂が行なわれたが,いずれも規制内で妥結している。

賃金収入の上昇が著しく鈍化する一方で,生産性は景気の回復とともに上昇傾向にあったことから,賃金コストの上昇テンポも急速におとろえており,75年第2四半期の前期比年率35.0%増から76年第2四半期の5.7%増へ低下している(第3-9表)。

現行の賃金規制が今後も守られるとすれば,賃金はひきつづき落着いたうごきとなり,物価にとっては好ましい条件となろう。

第3-11表 新インフレ対策下の賃金協約の改訂1)

5. 貿易・国際収支

(1)貿易収支赤字幅の拡大

75年後半から76年初にかけて改善傾向を示していた貿易収支は,春以降,輸入の急増から再び悪化し,76年1-10月の赤字幅は30.9億ポンドと前年同期(27.4億ポンド)を上回わった。石油収支も赤字幅をさらに拡大しており,1-9月の累積赤字は29.9億ポンドに達した。

輸出(国際収支ベース)は,75年の18.1%増の後,76年1-10月にも前年同期比28.5%増と大幅な増加をつづけているものの,輸入が75年の3.8%増から,76年1-10月の26.1%増に急増したことによる。76年の輸入の急増因は,一部はポンド相場の急落による輸入単価の上昇(1-9月間に18.3%高)だが,輸入数量も同じく12.6%増と大幅に増加1したことである。76年1-9月間の実質GDPは約2%増加したにすぎなかったから,この間の輸入弾性値は6.3と70-75年平均の3.3を,また,前回の景気上昇初期(71年10月-72年6月)の4.3をも上回っている。

輸入弾性値がこうした高まりを示したのは,この間に景気回復が足ぶみしたにもかかわらず,工業原材料輸入が31.1%(1-9月の前年同期比)もの大幅増となったことに加えて,製品輸入も自動車などの急増(53.7%増)から29.5%増となったことによる。このほか,とくに,夏場にかけて,北海石油関連の投資財輸入が集中したこと,ダイアモンドの輸入増といった特殊要因もあったとみられる。

輸出の増加については,輸出単価の急上昇によるところが大きく,数量べースでみると75年4%減,76年1-9月の前年同期比は8.1%増(価額では28.4%増)となり,とくに,第3四半期には前期比3.1%減(価額では20%増)となっている。

輸出地域別にみると,75年には石油輸出国向けの伸びがいちぢるしく(価額,前年比88.4%増,1975年シェアは11.7%),共産圏向けも好調だった(前年比29.6%増,シェアは3.3%)。76年には,この両地域向けは増勢が鈍化し(1-9月の前年同期比は,それぞれ34.7%増,9.4%増),かわってEC向けが同じく43.4%増(75年は16.5%増),北米向けが33.8%増(75年3.3%増)と大幅増となっている。非石油発展途上国向け(シェアは14.7%)では,75年23.4%増,76年1-9月14.1%増とやや増勢を鈍化させた。

輸出品目別にみると,75年には,機械,自動車などを中心としていたが(価額,それぞれ37.3%増,33.1%増),76年1-9月では石油製品(前年同期比37.7%増),繊維(31.4%増)などが大幅に伸びたのにたいして,機械(22.5%増),自動車(27.7%増)はやや増勢が鈍化した。

第3-5図 イギリスの貿易動向

第3-12表 イギリスの貿易,交易条件の変化

(2)国際収支の悪化

貿易収支の赤字幅拡大傾向を反映して,経常収支も悪化しており,資本等収支も短資の大幅流出から赤字基調をつづけているため,総合収支赤字幅は76年に入ってさらに大幅となった。このため,国際収支赤字の補鎮がしだいに困難となっており,現在,IMF(国際通貨基金)と中期借款の交渉が行なわれている。

経常収支赤字幅は75年未までは縮小傾向をつづけ,74年の33.5億ポンドの赤字から75年には,16.7億ポンドの赤字に減少した。しかし,76年に入って赤字幅は再び拡大に向い,1-10月累計は15.4億ポンドとほぼ前年の水準に迫る規模となった。

資本等収支も,75年下期以降の短期資本流出増から赤字化し,76年上期には15億ポンドの赤字となった。この結果,総合収支も75年下期の5.7億ポンドの赤字から76年上期には25.7億ポンドへと赤字幅を大幅に拡大した。その後も,総合収支の大幅赤字がつづき,赤字補填問題がより重大化した。

この大幅赤字を補填するために,外国中央銀行からの借入れや公共部門による外資取入れが行なわれ(合計30.9億ドル,1-11月),またIMFからの引出し(同19.8億ドル),先進国中央銀行などとのスワップ協定による引出し(同15.5億ドル)が行なわれた。それにもかかわらず,金・外貨準備は1―11月間に2.7億ドル減少して11月末現在51億5,600万ドルとなった。したがって,年初来の総合収支赤字額は68.9億ドルにものぼったと推計される。

政府は,6月初,主要国中央銀行およびBISとスワップ協定(約53億ドル,期限12月9日)を結んだのにつづいて,9月末にはIMFにたいして中期借款(約39億ドル)を申請することを発表した。スワップ協定による引出しは12月初に返済期限が来ることもあって,IMF借款が早期に承認されることを政府はのぞんでいる。しかし,これにはIMFの国内政策運営にたいする厳しい制約条件が付けられることとなっていることや,IMFの資金が潤沢とはいえないこともあって,申請どおりの借款がえられるかどうかまだ不確定である。

このほか,ポンドの慢性的不安の一因であるポンド残高を安定させるための具体的方策がBISなどの場で検討されている。その一環として,11月中旬,イングランド銀行はイギリスにある銀行に国外(スターリング地域を含む)へのポンド建て貿易金融をやめさせることを発表した。

第3-13表 イギリスの国際収支

6. 経済政策

景気は75年秋から回復に向っているものの,回復力はまだ弱く,失業の増勢もつづいているが,政策の重点はひきつづきインフレ抑制におかれている。とくに,76年秋には,深刻化したポンド危機に対処するため,一連の金融引締め措置が導入され,また,財政面でも年内に補正予算による引締め政策がとられる予定である。

(1)金融政策―緩和から引締め強化へ

金融政策は,75年秋から76年春にかけて,インフレ抑制を基本としながらも,引締め緩和の方向で運営されていたが,春以降は,再び引締めに転じ,とくに,9月以降は一連の引締め強化措置がとられた。

イングランド銀行の最低貸出し金利(公定歩合に相当する)は,75年10月の12%をピークに,76年3月までに10回にわたって4%引下げられたが,その後,4,5月および9,10月の4回の引上げで15%の史上最高に達した。11月中旬には0.25%の小幅引下げが行なわれたが,記録的高水準であることに変りはない。

76年春までの最低貸出し金利の引下げは,主として,内外金利の低下傾向に追随したものであり,また,景気回復を促進するという政策意図も若干あったとみられている。その後の引上げは,欧州通貨市場の動揺がくり返される中で,ポンド相場の急落がつづき,主要国の公定歩合が相ついで引上げられたことを背景としていた。とくに,9,10月の引上げは,ポンド相場の急落に対処するための緊急措置であり,なかでも,10月の引上げは,一挙に2%の大幅引上げであったばかりでなく,通常の大蔵省証券の入札レートにリンクする方式ではなくて,当局の直接介入によって実施されたという異例の措置であった。

こうした最低貸出し金利の高水準は,景気回復の足どりを重くし,とくに,ようやく底入れのきざしをみせてきた企業投資にたいする悪影響が懸念されている。しかし,急速な最低貸出し金利の低下は国債消化を困難とし,外資流出を加速してポンド相場の低下をもたらすため,11月中旬の引下げが小幅のものにとどまらざるをえなかったように,今後もあまり大きな引下げは期待できないとみられている。

大手市中銀行の貸付け基準レートも最低貸出し金利のうごきに追随して,75年10月の11%をピークに76年2月には9.5%まで低下していたが,その後は反転して,76年10月には14.0%と石油危機直後の13.0%を上回る高水準となっている。

通貨供給量については,政府はこれまで名目成長率にほぼ見合った伸びを目安としてきたが,76年7月の公共支出計画の削減発表時に,インフレ抑制と斉合的とみる通貨増をはじめて計数的に示した。これによると,76年度の通貨供給増は約12%とされている。当時は通貨供給量の伸びは比較的小幅にとどまっており(76年4-6月のM1は年率13.6%増,M3は10.8%増),これは余裕のある水準とみられていた。

しかし,その後,通貨供給量は,政府の財政赤字補填,企業の貿易資金手当(とくに,ポンド相場低落によるリーズ・アンド・ラッグス),個人の住宅,耐久財購入などのための銀行借入れの急増を反映して急テンポの拡大をつづけ,第3四半期にはM1,M3とも前期比年率18%増となっている。

こうした通貨供給量の急増に対処するため,イングランド銀行は9月以降一連の規制を導入した。すなわち,銀行などのイングランド銀行にたいする特別預入率の引上げ(4→6%。11月2日1%,11月15日1%。ただし,第2回分については,その後12月14日までに延期され,さらに77年1月28日までに再延期),補足的特別預金制度の再導入(8-10月平均の利付預金債務残高を基準に明年2-4月の残高増が3%を上回る分について一定率を預入させる。無利子。11月18日発表)などである。

このほか7月末以降,投資,輸出向け金融の優先を目的として,今後2年間,個人,不動産業,金融取引き向け融資を制限するという質的規制が行なわれており,さらに11月央,この規制をつづけることが再確認された。

第3-6図 イギリスの通貨供給量

(2)財政政策―鮮明となった引締め色

財政面でも,インフレ抑制が完全雇用への復帰,産業の再生,健全な国際収支達成のためのかぎであるという観点から,ひきつづき景気中立的,ないし引締め的に運営されている。このため,増加をつづける失業に対しては,個別的な失業対策を数次にわたって,導入・強化したもの,全般的な景気支持は行なわれなかった。

76年度予算案(4月6日発表)は,75年夏以来の賃金自主規制の強化をT UC(労働組合会議)が受入れることを前提に,平年度約13億ポンドの所得税減税を行なうことを中心的な政策としていた。賃金規制の強化は,政府の当初提案(賃上げ率の上限3%)から若干後退したものの,最終的に平均4.5%で合意され,8月より適用されたため,所得税減税も予定どおり4月にさかのぼって実施された。

この所得税減税は賃上げ抑制分にほぼみあったものとされており,その他予算措置も全体として景気にたいする影響は中立的と政府はみている。また,一般会計歳出の伸びも75年度実績(推定)比約10.7%増に抑えられている(前年度実績は34.5%増)。

しかし,政府部門全体の財政赤字は75年度(107.7億ポンド)を上回る119.6億ポンドとなり,その対GDP比率も約9%(75年は11.7%)に達しているため,赤字幅削減をもとめる声が強くなっていた。

こうした要請を背景に,政府は7月22日,77年度公共支出計画の削減(2月発表の計画を76年サーベイ価格で約10億ポンド削減),国民保険の企業負担の引上げ(2%引上げて9%へ,77年4月6日より。初年度約9.1億ポンドの歳入増),価格準則の緩和による投資優遇(投資支出のコスト算入率を35%に引上げる。6月30日の原案では30%)などの一連の措置を発表した。

これらの措置は,主として,①景気回復の進行に伴なって輸出および投資への重点的資源配分が妨げられるのを防ぎ,②インフレの再加速を促す通貨供給量の過大な増加を抑制し,③内外のイギリス経済にたいする信頼を維持してポンド相場を安定させ,また,対外収支の赤字を可能とすることを目的としていた。

この結果,77年度の公共部門借入れ必要額(PSBR)は約15億ポンド縮小して90億ポンドとなり,対GDP比率も約6%へ低下するとみられる。これによる影響は,78年初のGDPを1%弱引下げ,失業減少を約6万人削減し,消費者物価上昇を約1%追加すると政府は推定している。

第3-14表 イギリスの年度予算措置の内容

第3-15表 イギリスの政府部門借入れ必要額

(3)所得政策―価格規制は緩和へ

金融,財政政策を抑制的に適用するとともに,物価,賃金への政府の直接介入がひきつづき行なわれており,とくに,賃金については76年8月より第2段階のよりきびしい自主規制が実施されている。

第2段階の賃金規制の内容は,白書「新インフレ対策,第2年次」(6月30日発表)によって明らかにされたものであり,すでに第4節で説明したので,ここでは価格面での規制に限ってみることにする。

価格規制の基本は,73年3月に導入された「価格準則」であり,価格の引上げは「容認しうるコスト増」にのみ限られている。価格準則はその後しばしば改訂され,とくに,74年以降は不況下の企業利潤低下が投資を抑制するのを緩和するための手直しが数次にわたって加えられている。最新の改訂8月1日実施)も,こうした方向に沿ったものである。

その主内容は,①投資支出のうちコストと認めうる比率の引上げ(20→35%),②減価償却,設備および在庫評価について,インフレによるコスト増を認める,③労務費を全額コストに算入する(これまでは80%が限度),④年2%以内の価格引上げについては,価格委員会への通告は不要とする,などである。

この改訂によって,製品価格は1~3.5%上昇すると推定されるが,これによる企業利潤の改善はかなり大きく,政府は約10億ポンド増とみている。

こうした法的な価格規制を補足するために,政府は76年2月初,一部生活必需品について,6カ月間,値上げ幅を5%以内に自粛することを内容とする個別的な価格規制(Price Check)を導入した。

7. 経済見通し

景気底入れ後,約1年たったが,その回復テンポは緩慢であり,本格的な上昇過程にはまだほど遠い。それにもかかわらず,ポンド相場の急落やインフレ加速化の懸念などから,財政,金融政策は引締め色を強めており,年内にもう一段の引締め強化が行なわれる予定である。このため,景気の先行きについては悲観的な見方がふえており,政府の経済見通しも下向きに改訂されている。

政府は,76年度予算案発表時(4月初)には,77年上期までの実質成長率を年率5%とみていたが,7月末の公共支出計画削減によって,年率4.5%(今後18カ月間,77年末まで)へ引下げた。こうした下向き改訂にもかかわらず,民間や国際機関の見通しと比較するとかなり楽観的なものであった。

その後の大蔵省による経済見通しの見直し(10月末)では,成長見通しは4.5%以下に再び下向き改訂された。しかし,政府はいぜんとして,世界貿易の回復による輸出主導型の景気拡大に移行することを予想としている。

クリスマス前に導入される予定の補正予算の引締めの措置の内容と程度が不明であること,世界貿易の先行き,賃金規制の第3段階への移行,企業の信頼度などについての不確定性が大きいことなどから,これらについてどのように前提するかによって見通しは大きくわかれることになる。

NIESR(全英経済研究所)の経済見通し(11月26日発表)では,①IMF借款が実現し,ポンド残高の大規模引出しについてはスタンドバイによる借入れが可能である,②ポンドは77年にはほぼ1.60ドルに安定する,③生産性の伸びは雇用拡大の圧力が強いために異常に低い,④経済政策は不変という,前提の下に,主要指標について 第3-16表のように予測している。しかし,年末に予定されている補正予算によって,政府支出が77年度に約20億ポンド削減されるとすると,77年の成長率は3/4%増(年間0.5%減)にとどまり,失業者数も77年末で約140万人となるとみる。もし,同程度の間接税引上げが行なわれるとすると,成長率への影響はより小さく,77年約1.5%増(年間0.5%増)となるが,失業者数は年間約5万人増加するとみている。

こうしたひかえ目な成長のなかで,失業者数の減少はほとんど見込まれず,一方,インフレ率も当分は現行水準にとどまるとしている。ただ,経常収支については,輸出の引続く好調(77年実質6%増)と輸入の横ばいから貿易収支赤字幅が小幅化すること,北海石油の産出(77年,10.5億ポンドの経常収支純増),国際商品相場の上昇率鈍化や為替相場の安定などによる交易条件の改善などから,77年中頃までに赤字は解消し,77年間では大幅黒字を計上するときわめて明るい見通しとなっている。

第3-16表 イギリス経済の見通し

第4章 西ドイツ

1. 概  況

西ドイツ経済は,74-75年に戦後最大の不況を経験したあと,75年の夏のおわり頃から景気回復期にはいった。景気回復のテンポは76年春頃まで急速で,76年第1四半期の実質GNPは既に不況前の水準まで回復した。しかしその後はやや伸び悩みの様相をみせている。

景気回復は,減税効果などによる個人消費の回復,在庫べらしから再蓄積への動き,投資補助金を軸とした設備投資の回復および公共投資増などに支えられたものであったが,76年にはいってからは輸出の伸張が主たる上昇要因となった。

不況中進行した物価鎮静化傾向は,景気回復期においても概してつづき,また,経常収支も黒字基調をつづけている。この物価と経常収支面で西ドイツ経済はまたしても他の先進諸国とはきわだった対照をみせた。しかし不況中発生した大量失業が景気回復期にも僅かしか減少せず,しかも最近は景気伸び悩みを反映して減少傾向がとまっており,この点に西ドイツ経済にとっての最大の課題が残されている。

2. 急速回復とその後の伸び悩み

実質GNPは75年第2四半期から回復しはじめ,年末から76年春まで急速に上昇した。75年第4四半期から76年第1四半期までの半年間の上昇率は,年率9.6%というスピードであった。しかし第2四半期の伸びは年率2.6%へ鈍化した。

第3四半期のGNPはまだ発表されていないが,鉱工業生産などの動きからみると,やはり小幅の上昇か横這いにとどまった模様である。

鉱工業生産(除建設)は,75年第2四半期の底から76年第2四半期まで年率9.7%増のあと,第3四半期には前期比0.9%減となった (第4-1図,第4-1表)。

急速な回復とその後の中だるみは,製造業の稼動率にも,現われている。製造業稼動率(IFO調査)は,75年7月の76.1%を底に,76年4月の82.2%まで回復したが,その後は景気の伸び悩みを反映して7月の81.4%へと,やや反落した。前回の景気回復期である67-68年においては,製造業稼動率は67年4月の77.9%を底に,1年後の68年4月には84.1%まで回復したあと,さらに1年間継続的に上昇した。

製造業新規受注もほぼ似たような動きを示している。製造業の国内新規受注は数量で74年第4四半期に底をついたあと,主として投資補助金による資本財受注の増加を反映して回復し,75年第2四半期までの半年間に7.5%増加した。その後投資補助金の発注期限切れによる反動で一時落ち込んだものの,同年秋から再上昇し,それが76年第1四半期までつづいたが,第2四半期には前期比3.9%減となった。

しかし第3四半期になると前期比4.0%増となり,春から夏にかけての中だるみから脱しかけはじめたことが注目される。

第4-1図 実質GNP,鉱工業生産,製造業新規受注の動き

第4-1表 実質GNP,鉱工業生産,製造業新規受注の動き

3. 景気回復の要因

今回の景気回復において政策当局の果した役割は非常に大きかった。金融面では,74年秋から緩和の方向へ漸次転換し,75年いにはいってからは積極的に景気刺激を目的として運営された。また財政面でも,(1)75年初めに実施された減税と児童手当増額により家計の可処分所得が増え,それが個人消費回復に寄与した。(2)74年末に導入された投資補助金により,企業の設備投資がいち早く回復した。(3)74年9月から75年8月までの3回にわたる特別公共投資計画が内需を支える役割をした。(4)75年8月末発売の住宅建築復興策により,長らく沈滞していた住宅建設が持直した等々。

こうした政策要因のほか,対外面では,75年秋頃から先進国景気の回復に伴い世界貿易が再拡大へ転じたことも西ドイツの輸出増加を通じて国内景気の回復に大きく貢献した。

(1)個人消費

景気回復の主役の一つは個人消費の回復であった。個人消費は73年下期に実質で前期比1.2%減と落ち込んだあと,74年中にやや持直していたが,75年はじめの減税,児童手当増額を契機に次第に増勢を高めた。それでも75年上期中は魔だ景気の見通しも明確でなく,雇用不安も大きかったため,消費者の購買態度も慎重で,貯蓄率が16.9%と戦後の最高を記録するなど,個人消費費はいま一つ盛上りに欠けていた。

個人消費が力強く増え出したのは,75年秋以降で,貯蓄の増加,雇用不安の緩和,インフレ鎮静化の進行,新たな景気刺激策の発表(8月末)などを背景に,乗用車など耐久消費財を中心に個人消費が盛り上ってきた。国民所得ベースでみた個人消費は15年上期に実質1.2%増(前期比)のあと,下期には2.6%増となった。

これを所得との関係で跡づけてみると(第4-2表),75年上期は賃金・俸給が前期比わずか0.7%増と停滞的であったにも拘らず,児童手当増などで振替所得が大幅に増加,他方減税により税負担が減少したため,可処分所得は前期比5.5%増加した。インフレ率も若干低下したため,実質可処分所得はほぼ前期並みの2.5%増となったが,前記のように消費性向が低下した結果,実質個人消費の伸びは1.2%にとどまった。しかし下期になると,減税及び児童手当増額の所得増大効果が薄れ,名目可処分所得の伸びが2.4%にとどまったため,インフレ率を控除した実質可処分所得は前期比0.5%減となったが,消費性向が高まって貯蓄率が14.8%へと2ポイントも低下したため,実質個人消費は前期比2.6%増と大幅に伸びた。

76年上期になると,景気回復により賃金俸給所得の増加率が高まったため可処分所得が名目,実質とも前期より伸びたにも拘らず,貯蓄率の低下がとまったため,実質個人消費の伸びはに1.7%にとどまった。

個人消費の内容を小売売上高でみると,自動車類の売上が75年に名目28.4増,76年上期も24.3%増(前年同期比)と,大きく伸びたことが目立っている(第4-3表)。その他の品目では食糧の売上が若干増勢を高めた程度である。燃料の売上が76年上期に約24%(前年同期比)も増加したが,これはもっぱら価格上昇(50%)のせいであった。

このように今回の個人消費の回復は,不況中に延期されていた乗用車需要の回復が中心であった。これを新規登録台数の動きでみると,73年,74年と2年つづけて減少したあと,75年上期には20.3%増(前年同期比)下期には29.5%増と大きく伸び,76年1-9月も前年同期比11.5%増となった。ただし乗用車の延期需要の充足も76年春頃までに一応峠をこしたらしいことは,第1四半期が前年同期比28%増だったのに対して,第2四半期が8.3%増と鈍化し,さらに第3四半期には1.1%減となったことからも窺われる。

第4-2表 可処分所得と個人消費の動き

第4-3表 小売売上の動き,品目別

(2)住宅建築

73年春の引締め政策実施後に大幅に減少しつづけていた住宅建築は,75年春に下げどまり,秋以降急速に回復した。これを住宅建築許可容積でみると,73年第1四半期から75年第1四半期までの2年間に48.9%も減少したあと,75年第4四半期から回復し,76年第1四半期までの半年間に32.4%増となった。春以降は再び微減傾向をみせているが,1-9月累計では前年同期比16.7%増となった(第4-2図)。

住宅建築の回復は,(1)抵当金利の低下(74年末の10%台から75年央の8.5%,76年はじめの7%台へ),(2)建築費の安定化など,環境条件が好転したほか,政府の住宅建築刺激策(75年8月末発表,持家住宅金融の強化と住宅近代化促進)によるものである。

住宅建築の回復はこれまでのところ持家住宅が主であって,アパート建築は売れ残りアパートがまだ多いこともあって比較的低調である。

第4-2図 住宅建築許可容積

(3)設備投資

73年春の投資税導入などで西ドイツの設備投資は早めに減少期にはいった。国民所得ベースでみた設備投資(除建設投資)は,73年第1四半期から75年第1四半期までの2年間に13.0%減少した。66-67年後退期の減少幅17.1%よりも小幅であったが,これは70年代の設備投資が71年をピークにその後不振となり,72年秋から73年春にかけて投資ブームが短期間で終ったためである。

その後74年末に導入された投資補助金(発注期限は75年6月末,引渡期限は設備財76年6月末,建物77年6月末)により,75年にはいって設備投資が次第に回復,とくに秋以降は急速な回復となり,76年第1四半期までに10.7%増加して,後退前ピーク水準近くまで回復した。(第4-3図)

しかし,その後第2四半期には横這いとなり,第3四半期も投資補助金による設備財の引渡期限が6月末で切れたこともあって,横這い程度とみられている。

先行指標である資本財の国内受注も,発注期限である75年6月に急膨張したあと,反動減となったが,予想されていたほどには落込まず,最近は再び増加しはじめている。

また産業建設許可面積の動きをみても,やはり投資補助金の影響で75年第1四半期の底から同年第4四半期までに56.3%も増加したあと76年には再び減少傾向をみせている。

このように今回の景気回復における設備投資の動きは,投資補助金に大きく左右されており,投資補助金(投資額の7.5%を支給)の利益にあづかるために企業の投資計画が繰上げ実施された面が大きい。

もちろん繰上げ実施ばかりではなく,企業の投資意欲自体も改善しているものの,過去の経験とくらべてまだ盛上りに乏しいことは否定出来ない。その理由としては,金利低下,企業利潤好転 (第4-4表)などプラス要因はあるものの,景気の中短期見通しがまだはっきりしないこと,なによりも稼動率がまだ低くて,拡張投資の誘因に乏しいことが指摘されている。

IFO研究所の投資調査によると(第4-5表)76年の製造業の投資目的のうち,合理化投資のしめる割合は53%と戦後最高となり(73年42%,75年50%),他方拡張投資のウェイトは21%(73年41%,75年24%)へ低下している(残りの26%は更新投資)。

産業別にみると,製造業の設備投資は景気回復期に出遅れる傾向があり,今回も例外ではなく,IFO研究所によると大企業のみを対象とした調査では前年比2%増(名目,以下同じ)にすぎず,もっと広い範囲にわたった最新の調査でも5%増(77年は6%増予想)程度だが,建設業(20%),小売業(20%),卸売業(7%),ガス業(9%)などでは増加率が比較的高い。

政府は76年はじめの年次経済報告書で,76年の企業設備投資を名目9-10%増と予想していたが,上期の実績は前年同期比名目11.8%(実質9.5%)増となっているので,年間平均としても政府予想程度には増加するものと思われる。

第4-3図 設備投資関連指票

第4-4表 企業所得と留保利潤

第4-5表 製造業設備投資の目的別構成

(4)在庫投資

在庫投資については,国民所得統計による年次データと半年次データのほか信頼すべき統計に乏しいが,ブンデスバンク作成の四半期別国民所得統計(季調ずみ)で推計すると,不況中つづいた在庫べらしは75年第3四半期におわり,秋以降再蓄積に変った。76年上期の実質GNP3.5%増のうち,1.5%が在庫投資の増加によるものであった(本文20頁参照)。

しかし最近は在庫蓄積の動きが一巡したらしいことは,基礎財の国内受注が春以降減少傾向をみせていることからも窺われる。基礎財の国内受注は76年第1四半期までの半年間に実質13.7%でも増加したあと,第2四半期には前期比0.8%減,第3四半期も4.7%減となった。

(5)輪  出

西ドイツが比較的早めに景気刺激策をとったにも拘らず,景気回復効果がなかなか出なかったのは,輸出の大幅減少が足かせとなったためであった。

しかし75年秋以降輸出が立直り,76年にはいってからは最大の回復要因となった。

いま商品輸出の動きをみると,74年第1四半期から75年第3四半期までの間に実質で13.8%も減少したあと,第4四半期から76年第3四半期までに16.5%も増加し,後退前ピーク水準まで回復した。その結果76年1-9月の輸出の前年同期比増加率は名目15.7%増,実質13.1%となった(75年は名目4.5%増,実質10.3%減)。

また先行指標である製造業の輸出向け受注も(第4-4図)75年第2四半期の底から次第に回復,とくに76年央以降は急速な上昇となり,結局底から76年第3四半期までの5四半期間に実質51.3%もの増加となった。ただし,これには6-8月間の大型プラント受注という特殊要因も働いているので,9月だけの数字をとると29.9%増となり,やはり大幅な増加であることに変りはない。

以上のように通関ベースでみても受注ベースでみても,76年にはいってからの輸出の増加は目ざましいが,これは(1)73年以来の大幅なマルク相場上昇にも拘らず,国内物価の上昇率が競争相手国より著しく低いため,価格競争力が必らずしも悪化していない,(2)納期や技術など非価格競争力が依然優位にある,(8)主要市場である西側先進国の景気が回復した,などの事情によるものである。このほか76年3月と7-9月のマルク切上げ思惑による西ドイツ製品の買急ぎも,一因となったようである。

輸出の回復は先進工業国向けが中心で,75年第3四半期から76年第3四半期までの間に23.6%増(名目,以下同じ),とりわけEC向けの伸びは大きかったが(24.3%),アメリカ向けは75年末に急増のあと弱含みとなって16.5%増にとどまった。また非産油途上国向け輸出も76年にはいって立直りはじめ年央から急増したため,12.9%増となった。OPEC諸国向けは,一時頭打ちとなったあと最近再び増勢を示し,24%増となった。共産圏向けは停滞的で,わずか3.0%増にすぎない。

第4-4図 製造業輸出向け新規受注

4. 雇用情勢:大量失業残る

景気回復後失業者数は次第に減少,失業率も75年夏頃の5.2%から76年5月の4.6%まで低下したが,その後は横這いとなった。他方,短時間労働者数は75年はじめの約90万人(原数値)から次第に減少して,76年夏頃には10万人を割るにいたった。

失業が減ったとはいっても,それは雇用数が増えたためではない。雇用者数は景気回復後も減少をつづけ,減少がとまったのはようやく76年春になってからである。75年第3四半期から76年第2四半期までの間に失業数は13.2万人減少したが,雇用者数も9万人減少しており,合せて労働力人口が約22万人減少したことになる。これは就業機会がないため主婦や高齢者が隠退したほか,外人労働者が本国へ帰ったためであろう。外人就業者数は,ピークの74年はじめの245万人から76年はじめの195万人まで約50万人減少した。

また未充足求人数は,75年第4四半期の底22.3万人からその後やや持直した程度である。有効求人倍率も,74年第1四半期に0.8とはじめて1を割ってから75年第3四半期の0.1まで低下したあと,76年第3四半期の0.2へと,僅かの回復にすぎない。

このように失業が大量に残っているばかりでなく,77年から向う10数年間,人口動態的理由からドイツ人新規労働力が増加するため(80年まで約40万人増,90年まで約100万人増,これに対して60-75年間は約160万人減であった)雇用問題は当分の間西ドイツにとって深刻な問題となるはずである。連邦労働局付属研究所の研究によると,外人労働者数150万~200万と仮定した場合(現在200万弱),80年までに完全雇用を達成するためには年平均5~6%の実質成長が必要とされている。

加えて,労働移動性の欠除による地域的,産業的な労働需給の不均衡など,いわゆる構造的失業が存在するため,成長の持続とともに特定グループを対象とした特別な雇用対策も必要とされ,その一環として11月に特別雇用対策が発表された(後述参照)。

5. 賃金と物価:安定化傾向の持続

75,76年中を通じて賃金上昇率は次第に小幅になってきた。賃金率(全産業,時間あたり)の上昇率(前年同期比)は,74年の13%,75年上期の10.5%から下期の7.9%へと次第に低下して,76年上期には5.8%となった (第4-6表)。また賃金収入の上昇率(前年同期比)も74年の11.4%,75年上期の7.8%から下期の6.3%へ低下したが,76年上期になると7.2%へ再上昇している。これは景気回復による操短の縮小などを反映したものである。

政府は,76年の賃上げについては,企業利潤の回復と設備投資の増加こそが景気回復の持続と失業減少のための鍵であり,そのためには前年にひきつづき賃上げを小幅にすべきであるとし,1月末発表の年次経済報告では76年の雇用者所得の伸びを6.5-7.5%と想定した。これは賃金収入の増加率であるから,協約賃金の引上げ率はそれより若干小幅はすべきことが含意されていた。

その後3月末から4月にかけて賃金リーダーである金属労組(要求8.5%,妥結5.4%),官公労(要求7.5%,妥結5.3%)などの賃上げが妥結し,さらに5月末までに約1,200万人の貨上げがきまったが,その平均賃上げ幅は約5.4%とされ,おおむね政府目標の範囲内におさまった。76年の消費者物価上昇率は4.5-5%とみられていたから,76年の賃上げは実質賃金を確保したにすぎないことになる。

このように貸金上昇率が小幅となった半面,景気回復下で生産性が大幅に上昇したため,生産単位あたり賃金コストが安定し,それが物価の鎮静化に寄与すると同時に,・企業利潤の改善に役立った。

いま国民経済全体の労働生産性(就業者1人あたり実質GNP)をみると (第4-5図, 第4-7表),74年第3四半期をピークに75年第1四半期まで2.7%低下したが,その後の景気回復過程で76年第2四半期までの5四半期間に8.7%上昇した。この上昇率は前回の回復期である67-68年の8.5%(5四半期間)とほぼ同じである。

他方雇用者1人あたり賃金所得はこの間8.9%増にとどまったから,生産単位あたり賃金コストは0.3%増と,事実上安定していたととになる。それ以前の5四半期間に賃金コストが12.7%も上昇したのとくらべて,まさに様変りであった。

こうした賃金コストの安定化のほか,内外市場における依然として烈しい競争,春以降の景気中だるみなどを背景に,物価情勢は76年にはいっても比較的落ついた動きを示した。

消費者物価は春頃季節性食糧の値上りや公共料金引上げなどで騰勢が一時高まったものの,その後食糧品の値下りなどで再び鎮静化過程をつづけている。消費者物価の前年同期比上昇率をみても,春頃の5%台から6月以降は4%台となり,さらに10月には4%を割った。1-10月間の前年同期比上昇率は4.7%で,75年の平均上昇率6.0%を下回っており,おそらく76年全体の平均上昇率は政府目標の4.5-5%のうち,下限近くにおさまるものとみられる。(第4-6図)

品目別にみても最も大きく上昇したのは食料品で(1-10月間に前年同期比5.9%高),これにはじゃがいもや野菜などの上昇がひびいた(第4-8表)。また家賃(5.2%高)も,社会住宅家賃の上昇が主因となって比較的大幅に上昇した。他方工業品の上昇率は1-10月間に3.9%と平均以下であり,前年の上昇率(5.5%)を下回った。

他方,工業品生産者価格は,75年中鎮静化しつづけたあと76年にはいってからはむしろ騰勢を高めたが,秋以降再び落ち着きを取戻している。これを前年同月比上昇率でみると,75年中は1月の10.5%から12月の2.5%まで急ピッチの鎮静化過程をたどったが,76年になると1月の2.2%から8月の4.7%へと騰勢の高まりをみせ,その後は9月,10月とも4.6%高と,安定してきた。しかし1-9月間の平均上昇率(前年同期比)では3.7%と,75年全体の平均上昇率4.7%より低くなるが,これは75年上期の上昇率が高かったためである。

工業品生産者価格の騰勢が76年にはいって高まった原因は,世界的な景気回復を背景に,非鉄や鉄鋼など市況に左右される基礎財の価格が国際価格の上昇を反映して大幅に上昇したせいである(第4-9表)。

この点は輸入品価格指数の動きからも窺うことができる(第4-10表)。輸入品価格は75年平均で前年比1.7%低落したが,同年秋頃から再上昇しはじめ,76年夏頃までつづいたあと,再び弱含みとなっている。1-9月の平均では前年同期比7.7%高,9月だけとれば6.2%高となる。この輸入品価格の上昇は,やはり非鉄など原材料価格の上昇によるものである。

第4-6表 賃金の動き

第4-5図 生産性,賃金,賃金コスト

第4-7表 生産性,賃金,賃金コストの動き

第4-8表 消費者物価上昇率

第4-9表 工業品生産者価格

第4-10表 輸入品価格の動き

第4-6図 物価の動き

6. 依然たる経常収支黒字と投機的資本の流入

75年から76年にかけての西ドイツ国際収支の特徴は,(1)依然として多額の経常黒字の持続と,(2)投機的資本の流入にあったといえよう。

75年の経常収支黒字は前年の異常な膨張にくらべれば減少したが,それでも約94億マルクに達した (第4-11表)。76年1-9月累計も4億マルクで,前年同期の59億マルクを若干下回っただけである。

他方資本収支は,75年は長期資本の流出により,経常黒字を上回る赤字となり,そのため総合収支は約22億マルク赤字と,2年連続の赤字となった。これに対して,76年1-9月の資本収支は投機的資本の流入により長短期とも黒字化したため,総合では,約97億マルクの黒字となった(前年同期は16億マルク赤字)。

つぎに経常収支の動きを季調後の数値で四半期別にみると (第4-12表),75年中黒字幅の減少傾向をみせていたが,76年はじめに再び黒字幅が急増した。しかしその後はまたもや黒字幅縮少傾向を示している。

これは主として貿易収支の動きを反映したものである。75年中は輸出の低迷に対して輸入が堅調をつづけたため,貿易黒字は第1四半期の113億マルクから第4四半期の78億マルクまで縮少した。76年になると,年初の輸出急増と輸入の一時的伸び悩みのため,再び黒字幅が91億マルクヘ膨張したが,その後は輸入の増加率が再び輸出のそれを上回ったため,黒字幅も僅かながら縮少傾向をみせている。 (第4-7図)

貿易収支を構成する輸出については既に述べたのでここでは輸入について述べることにするが,輸入は74年末から75年はじめにかけて一時的に微減したあと,ひきつづき増加基調をつづけている。その結果,75年の輸入は前年比名目2.6%増,実質2.7%増となり,さらに76年1-9月の輸入は前年同期を名目21.6%,実質約16%上回った。

輸入の動きを品目別にみると,75年第1四半期の底から76年第3四半期までの間に輸入総額が32.4%増加した(名目,以下同じ)のに対して,原料46.2%増,半成品・中間財76.1%増と異常な増加を示している (第4-13表)。景気後退期における輸入の減少がこれら生産財の輸入減少によってひきおこされたのと同じように,回復期における輸入の増加もこの種の生産財の輸入激増によって加速化されたわけであるが,これは主に在庫変動を反映したものとみられる。他方完成品の輸入も同期間にも33.4%増加しており,国内市場における輸入品のシェアが一層高まった。この点は,実質GNPに対する商品輸入の比率の高まりからも明らかであって,この比率は72年の24.7%から75年の26.8%,76年上期の29.0%へと急上昇した。75年第1四半期から76年第2四半期までの間に総需要(実質)が8.8%増加したのに対して,実質GNPの増加が6.3%にとどまったのも,輸入の不比例的な拡大に食われたためである。その意味で今回の拡大期における西ドイツの需要増加は諸外国の景気回復の促進に大きく寄与したといえよう。(67-68年においては回復後5四半期間に総需要8.0%増に対して実質GNP7.3%増で,両者のギャップはそれほど大きくなかった)。

第4-11表 国際収支の動き

第4-7図 輸出入の動き

第4-12表 経常収支の動き

第4-13表 輸入(季調後)の品目別増加率

7. 金融政策:刺激型から中立型へ

75年秋頃までは,金融政策,財政政策ともインフレを防止しつつ景気回復を促進することを主眼として,景気刺激的に運営されてきたが,その後は景気回復が次第に軌道にのってきたこともあって,新たな刺激措置も抑制措置もとられなかった。

まず金融政策についてみると,75年にはじめて通貨量管理政策が採用され,75年の通貨増加目標を8%とする(年末から年末まで)ことが74年末に決定された。ここで通貨量というのは,中央銀行通貨残高(現金流通高プラス準備率一定と仮定した場合の内国人預金準備所要額)をさし,これはほぼM3の動きと一致する。74年の増加率は約6%であったが,それを8%へ増やすことによって景気を刺激すると同時に,過大な通貨膨張を避けてインフレの鎮静化を狙ったものである。それと同時に,拡大とはいえなお慎重な通貨増加目標の明示により,企業や労組に対して行動の指針資料を与え,所得政策の一助となることが期待された。

この通貨目標の実現と景気の刺激のために74年秋の2回の引下げにつづいて公定歩合が75年中も5回引下げられた(2月,3月,5月,8月,9月)。

その結果公定歩合は74年10月の7%から75年9月の3.5%まで低下した。他方預金準備率も,74年秋の2回引下げにつづいて75年中に3回引下げられた(6月,7月,8月)。また公開市場操作も強化された(8-10月間)。

こうした金融緩和政策により,上期中は目標を下回る増加率にとどまっていた中央銀行残高は,下期に急増し,年間としては約10%の増加となり,目標を上回る結果となった。

76年の通貨増加目標については,前年のように年末から年末への増加率ではなく,年平均増加率とすることに改め(偶然的要因を避けるため)やはり約8%が目標とされた。この8%という目標は,76年のGNP予想成長率,実質4.5%,名目9-10%を基礎とし,かつ景気回復期における通貨流通速度の上昇を考慮し,名目成長率よりやや低めに決定されたのである。

これまでの実績でみると,76年上期中は年率5.4%の増加にとどまっていたが,6月以降増加率が,6-10月間の増加率は年率7.9%となった。その結果1-10月平均の前年同期比は9.2%増と,目標を上回り,年間平均で目標の達成は不可能となった。

こうした中央銀行通貨残高の動きに対応して,M3の増加率も6月以降次第に高まり,上期の年率6.7%増に対して,第3四半期は年率11.7%増となった。(9月の前年同期比増加率10.6%)他方金利の動きをみると,前述した公定歩合の相つぐ引下げや流動性増強措置などを背景に75年から76年央頃まで低下傾向をみせたが,その後は下げ渋っている(第4-8図)。代表的な貸出金利である当座貸越金利(100万マルク以下)についてみると,75年はじめはまだ12%台だったのが,年末頃には9%を割り,76年央までに8.3%へ低下している。

76年中の金融措置としては,投機的な外貨流入による銀行流動性の増加を相殺する措置がとられただけである。すなわち3月の外貨流入(約100億マルク)に対しては,5月と6月に預金準備率が引上げられた(5%づつ合計約40億マルクの流動性吸収)。また7-9月の外貨流入(約90億マルク)に対しては,公開市場操作により対処された。

このほか投機的な外貨流入対策として為替政策が発動され,10月17日に共同フロート内でマルクが2%切上げられた。同時にノルウエー・クローネとスウエーデン・クローナが1%切下げ,デンマーク・クローネが4%切下げられた。今回のマルク切上げは,切上げ幅が小幅だったこともあって,西ドイツ貿易に対してはさして大きな影響を与えないとみられているが,投機対策としては一応の効果をみせ,10月下旬以降11月央までに約33億マルクの外貨が流出した。(第4-8図)

第4-8図 金利の動き

8. 財政政策:刺激型から抑制型へ

財政政策は,75年8月末に一連の財政上の景気刺激措置を発表すると同時に,不況中に膨張した連邦財政赤字を中期的に削減する措置がとられた(詳細は昭和50年度世界経済報告参照)。

そのため,同時に決定された76年度予算案も,支出総額を前年度実績見込み比4.1%増の1,681億マルクヘ圧縮するなど,緊縮予算となった。その後75年度支出実績(前年比17.3%増)が見込みより少くなったため,実績比では5.9%増となったが,この予算案はさらに議会審議の過程で40億マルク削減され,結局議決予算支出額は前年比4.9%増の1,640億マルクとなった。 物価上昇率を考慮すれば,実質横這いか若干の減少となろう。(第4-14表)

他方,予算赤字は前年実績の330億マルクから327億マルクへと,僅かの削減にとどまった。

なお,当初政府が予定していた77年1月からの付加価値税増税案(標準税率11%→13%)は,連邦参議院の否決で流産したが,政府は今のところ77年央以降の増税を実現したい意向のようである。他方77年1月からの煙草税,酒税の増税は予定どおり実施される。

また数年前から計画され,さる6月に議会を通過した法人税改正も,77年1月から実施される。これは配当二重課税を廃止する一方,法人税率を引上げようとするもので(51%→56%)77年度については若干の減税となる。

このほか76年中にとられた財政措置としては,1月の損失繰戻し制(前年度の損金を当年度の利益から控除する)がある。これは投資刺激を狙いとしたものであるが,その効果については大して期待されていない。また雇用対策として1月に若年者,高齢者,身障者を対象とする特別雇用計画(3億マルク,主として職業訓練の強化)がとられ,また11月にもやはり長期失業中の若年者,高齢者,婦人などを対象とする特別雇用計画が発表された(4.3億マルク,移動手当の支給と失対事業の強化)。

最後に77年度予算案の編成は,10月の総選挙の関係で例年より大幅に遅れ,77年1月中に決定の予定である。現在のところ予算規模を1,732億マルク(前年比5.5%増,76年9月作成の中期財政計画の数値と同じ)以下に抑える方針が決定されている(11月下旬)。

第4-14表 76年度連邦予算額

9. 景気の現状と見通し

景気情勢は前述したように,春から夏にかけて中だるみの兆候をみせている。これは(1)在庫積増が峠をこした(2)乗用車などに対する延期需要が一巡した。(3)景気対策の効果がほぼ出つくした,などの理由によるものであり,加えて設備投資の回復が力強くないことが原因となっている。(1)から(3)までの要因は,回復初期の急速な上昇を支えてきた一時的要因の消滅を意味するが,過去の景気回復期においてはそうした初期の回復要因のあと,設備投資が力強く回復して,その後の景気上昇を支える要因となるのがつねであった。今回はその設備投資の回復が出遅れているところに問題がある。今回は設備稼動率がこれまでになく低下するなど,不況の傷あとがなお根づよく残っており,これが設備投資の見通しを不明瞭にしている最大の原因であろう。

いま一つの問題点は,76年にはいって最も重要な上昇要因となった輸出の先行きに最近若干の懸念が出てきたことである。イタリア,イギリス,フランス,デンマークなど西ドイツの重要市場で最近相ついで引締め政策がとられ,それが輸出の見通しに影をさしている。

このように,77年の景気見通しには従来にもまして大きな不確定要因がつきまとっている。

現在までのところ,西ドイツ政府は77年の実質成長率を一応5%と想定しており(11月)また10月下旬発表の五大経済研究所の秋の合同報告も5.5成長を予想し(76年の実績見込み約6%),同じ頃発表された財界と労組の調査機関も5.5%ないし6%の成長を予想している。五大研究所の予測は,77年の世界貿易量拡大率8%(76年は9-10%),それにもとづく西ドイツの輸出量10.7%増(76年は11.5%増)および設備投資実質8.0%増(76年7.8%増)という比較的強気の見方にもとづいたものである。

他方,前記合同報告の少数意見(ライン・ウエストファーレン研究所)は,77年の実質成長率は3-4%にとどまるであろうとし,その根拠として輸出(7~8.5%増)と設備投資(3-5%増)が,それほど増えないであろうとしている。

この両者の中間にあるとみられるのが11月下旬発表の経済専門家委員会(通称5賢人委員会)の見通しである。同委員会は77年の設備投資実質7.5%増,実質成長率4.5%とみているが,これでは失業が僅かしか減らぬ(77年末までに25万人減)とし,1980年まで設備投資を年平均8-10%増やして失業を解消するという中期的な視点から,失業削減のために設備投資の刺激(償却率の引上げ等)と雇用対策の強化を提案し(総額30億マルク),もしこの提案が実施されれば,77年の設備投資実質10.5%増,実質成長率5―5.5%となり,失業者数も年末までに35万人減少するであろうとしている。

こうした楽悲両様の見方のいずれが正しいかは現状では判定困難であるが,これまで入手可能な諸指標,とりわけ先行指標である製造業の新規受注でみるかぎり,西ドイツ経済が既に中だるみ期を脱しはじめたらしいことは明かである。とりわけ国内受注は既述のように8月から持直し,8-9月平均で6-7月平均を実質7.7%も上回った。とくに資本財の国内受注が再び上向きはじめたことが注目され(8-9月平均で6-7月平均比実質16.3%増),企業の設備投資意欲が.ここへきてようやく上向きはじめたことを示唆している。また11月下旬発表の消費者動向調査(EC委員会委託)の結果も,春頃著しく改善した消費者の信頼感がそのまま維持されていることを示しており,少くとも当分の間消費性向低下の懸念がないことを予想させる。

また輸出についても,輸出向け受注はひきつづき好調に推移している。英,伊,仏など重要市場での引締め政策による影響は当然あると思われるが,半面では77年は世界的に設備投資の増勢が高まることが予想され,資本財を得意とする西ドイツにとって輸出環境が好転する面も見逃せない。

77年の実質成長率が何%になるかは・ともかくとして,西ドイツの景気が今後再び上昇過程を辿ることだけはほぼ確実とみてよいであろう。

なお77年の消費者物価については,76年(約4.5%)と同じか,それよりやや低いとみる点で官民ともほぼ一致している。

第5章 フランス

1. 概  観

フランスでは,深刻なトリレンマのあと,個人消費の回復,大規模な在庫調整の一巡,本格的景気対策の実施などから75年秋には予想外に急速な景気回復が始まった(第5-1図)。その後に輸出の回復も加わり,急テンポの景気上昇は76年第1四半期まで続いた。しかし景気対策の効果,在庫調整終了に伴う生産増大効果など一時的景気浮揚力が衰えたこともあり,76年春以降,景気回復テンポは鈍化した。

この間,貿易収支,通貨,物価のパフォーマンスは,干ばつ等の影響も加わり悪化した。こうした不均衡発生に対処するため,76年9月に一連の安定化政策が打出され,政策面では早くも引締めに移行することとなった。

このため,76年の政府成長見通し5%(第5-1表)は回復初期に急速な景気回復をみたことから達成されるとしても,今後,経済活動の一層のスロー・ダウンと,これまでの景気回復過程においても減少しなかった高水準の失業に対する悪影響が懸念される。

第5-1図 四半期国内総生産の動き

第5-1表 国内総生産の推移

2. 需要別動向

(1)景気回復を主導した個人消費

物価が徐々に鎮静化するなか消費者心理は改善に向かい,景気回復に先立つ75年春には既に底入れしていた個人消費は,75年下期には政策面からの挺入れ(社会保障給付の特別支給50億フラン,消費者信用規制の大幅緩和,75年9月)も加わり大きく盛上り(前期比実質年率8.9%増),景気回復を主導するところとなった(第5-2図)。

その後76年上期には,第1四半期に若干落込み,第2四半期の回復も小幅で,総じて高水準ながらも伸び悩んだ。これは,①賃金所得は順調に伸びていると推察されること,②消費者心理も概ね改善の方向を維持してきていること(INSEE,76年5月調査)に加え,③消費者信用規制の小幅引締め(賦払い購入期間の短縮,76年3月)の影響は小さいとされていることから,前期急増の反動による面が大きいとみられる。ちなみに小売売上げ(中央銀行調査)でみると,76年3-4月まで落込んだ(75年9-10月比実質2.9%減)あと,9-10月(3-4月比実質3.5%増)までは徐々ながらも持直してきた。

もっとも76年9月にインフレ対策(後述)が発表されたので,今後,①増税の影響が,これまでの個人消費の回復をリードしてきた自動車需要(第5-3図)を中心に,でること,②消費者心理が悪化すること,③所得上昇抑制勧告により所得の伸びが鈍化することなどの公算があり,一般には77年に政府見通しの伸び率(前年比実質4.1%増)が確保できるかどうか疑問視さなおこの点政府は,実質賃上げがなくても,社会保障給付の増加,税負担増が微増に止まることなどから77年の名目可処分所得は前年並みの伸び率を維持するので,物価鎮静化も考慮すれば政府の見通しは現実的としている (第5-2表)。

第5-2表 個人勘定

第5-2図 個人消費関連指標の動きれている。

第5-3図 新車登録台数の推移

(2)設備投資は問題含み

粗固定資本形成の落込みは比較的小幅(74年第1四半期→75年第3四半期実質3.9%減)に止まったうえ,回復に転じた75年第4四半期(前期比実質4.9%増)には一気に後退前ピークを越え,翌76年第1四半期も引続き急増(同3.0%増)した(第5-4図)。

小幅落込みに止まったのは,国や公企業(注)による下支え努力による面が大きいとみられる。まず政府(国,地方公共団体など)の粗固定資本形成は,74年の前年比名目15.1%増のあと,75年同22.5%増,76年同24.6%増見込みと大きく増加している。次に公企業投資は,74年は実質2%減であったのが,75年,76年は各々前年比名目23%増(実質11%),同20%増加見込となっている。この内特に貢献しているのはフランス電力公社である。

民間設備投資は75年末から76年春までの間に一応底入れしたとみられる。その一つの要因は投資減税の実施(本文第1部,第2章,第2節参照)である。発表当初(75年4月)にはその効果に疑問が持たれていたが,その後の拡充(75年9月)も加わり,発注期限直前に繰上げ発注等が集中し (第5-4図),予想外の効果を挙げた(ちなみに投資減税総額84億フラン,政府当初予想48億フラン)。次に景気好転を背景に民間企業の投資意欲に動意が生じたことも回復要因として指摘されよう(同上本文参照)。しかし操業水準が未だ低いこともあり投資意欲の改善は部分的(中小企業中心)かつ緩やかであったことに加え,引締め措置が実施(76年9月)されたため,折角の設備投資の回復が腰折れする懸念もあり,先行きかなり問題含みといえよう。

最後に住宅投資を住宅着工数でみると,72~74年の高水準(年550~555千戸)のあと,75年516千戸,76年500~510千戸(見込)と両年とも振わない。

(注)

第5-4図 粗固定資本形成関係指標の動き

(3)力強さに欠ける在庫積増し

75年の在庫は統計で判明している限り(53年以降)初めての減少(名目158億フラン減,実績見込)を示し,景気に与えるマイナスの効果も大きかった(75年の名目経済成率12.6%に対する寄与度はマイナス3.2%)。

以上のような大幅な在庫調整は全体としてみれば概ね75年秋ごろから一巡化の動きがみえはじめ,76年に入り生産増・販売増に見合う在庫積増しが進んでいるとみられる。また春には値上り予想による原材料手当の動きが一部にみられた。しかし企業,特に製造業は景気回復が進んでも在庫水準を正常水準をやや下回るところで抑えており(第5-5図),総じて在庫積増しに力強さが欠ける。ちなみに76年の政府在庫積増し予想額(名目108億フラン)は低水準(70~74年の年平均積増し額206.6億フラン)で,75年の減少分にもかなり及ばない。

第5-5図 企業の在庫水準判断

3. 生産動向

(1)鉱工業生産は後退前ピークを回復

鉱工業生産(土木・建設を除く)は75年秋以降はっきりと回復に転じ,76年9月までに不況による落込み幅(74年7,8月→75年5月,15.6%)をほぼ取戻すに至った。

この間に生産の回復テンポは,回復初期の急拡大(75年第4四半期は前期比3.6%増,76年第1四半期は同5.6%増,月次指数の単純平均比較)から76年春以降は比較的緩やかなもの(76年第2四半期は同1.3%増,第3四半期は同2.5%増)に変った(第5-6図)。これは在庫調整終了に伴い生産が需要水準までかなりのテンポで追いつき,その後は需要の増加に応じた動きを示すという景気回復初期特有の現象によるところが大きい。ただ今回の場合,大幅な在庫調整の反動や回復初期における需要急増などから当初の生産の回復力がより強められた反面,76年第2四半期にはエネルギー生産が渇水に伴う水力発電低下, 石炭部門のスト発生などから大幅低下したため(前期比4.8%減)(第5-7図)鉱工業生産は5,6月と足踏みを余儀なくされたなどこの間のコントラストが一時極めて顕著に現われたことが指摘される。

なお緩やかになったとはいえ76年第1四半期から第3四半期までの半年間に年率約7.7%増加(エネルギー生産を除くと同約8.5%増加)し,これまでのところ鉱工業生産は概ね着実な回復基調を維持しているといえよう。

しかし製造業企業の先行き(3~4ケ月先)生産見通しは,生産の急拡大終了などに伴い76年6月以降徐々に拡大色を薄めてきたあと,インフレ対策発表後の76年10月時点では「極めて緩慢な伸びを予想」するに止まっており,今後,生産活動はスロー・ダウンする公算が大きい。

75年に前年比5%低下した土木・建設活動は,75年第4四半期には景気対策実施もありかなり回復(前期比4.8%)したが,76年上半期にその水準で横ばいになったあと,同年第3四半期には景気対策の効果消減もあり再び低下した (第5-7図)。

第5-6図 鉱工業生産動向

第5-7図 財別生産動向

(2)依然深刻な雇用情勢

急速な生産回復も,過剰雇用を抱えているとされる同国では操短対象労働者の減少(75年10月400千人→76年5月89千人)などに大部分くわれ,雇用増(製造業雇用:75年12月5,730千人→76年6月5,789千人,季調値)には殆んど結びついていない。このため求職者数は,趨勢的に増加してきていることも加わり,76年においても900~970千人(率調値)の高水準を続けている(第5-8図)。なお原数値でみると,求職者数は,新卒者の大量流入に伴い76年8月以降急増し,10月には再び百万人台(約103万人)にのせ既往最高値を記録じた。

この間,雇用対策として,76年3月に新卒雇用奨励金の再導入(76年中),若年見習い労働者の職業訓練奨励金制度の恒久化などが図られた。

第5-8図 雇用情勢の動向

(3)干ばつ被害を蒙った農業

EC諸国を覆った干ばつの被害はフランスでは特に大きく,農業生産のみならず,国際収支・通貨面などにもかなりの影響がでている。

75年に前年比4.2%減少した農業生産は,76年については,当初5.5%増を期待する見方もあった。しかし,「農業所得委員会暫定報告」(76年9月公表,後述の政府の農民補償額決定の基礎となったもの)によれば,干ばつにより76年の農畜産物出荷量は前年比2.1%減少(農産物7.0%減,畜産物1.9%増),農家所得は前年比名目56億フラン減少(一人当り実質所得は前年比9.4%減,農業団体は80~100億フランの減収予想)が見込まれている。このため政府は,飼料確保などに手をうった(76年6月)あと,農民に対する所得補償(干ばつ被災農家へ補助金支給など60億フラン,「76年度第2次補正予算」,9月)を実施した。

次に対外面への影響をみると,干ばつによる悪影響懸念は76年7月のフラン下落の一因となった。また現実に,渇水に伴う火力発電用重油輸入増や農産物収支の悪化が7,8月以降の貿易収支赤字幅拡大の主因となったとされている。

最後に物価への影響をみると食料品消費者物価は76年5-7月に落着いた動き(期間内上昇率1.3%)を示したあと,8-10月は急騰(同4.6%,10月の前年同月比11.2%高)した。これには干ばつの影響もあったとされている。

4. 貿易・国際収支動向

(1)輸入の急増

75年に減少した輸出(前年比名目1.8%増,実質4.1%減,通関ベース)は,76年に入り急増に転じ,景気の大きな追加的回復要因となった。四半期別(名目,季調値,通関ベース)でみると,75年第3四半期に若干増,第4四半期微減のあと,76年第1,第2四半期は各々前期比9.8%増,7.8%増と急増した (5-3表)。西ドイツ,イタリアなどEC諸国の景気回復本格化やアメリカの景気回復持続を映じた工業品の輸出増を主体とするものであるが,農産物輸出が76年前半は好調であったことも寄与している(第5-9図)。

一方,国内経済活動の低下を主因に75年全体の輸入は輸出以上の大幅減(前年比名目7.4%減,実質7.1%減,通関ベース)をみた。しかし75年第3四半期には石油や農産物の輸入増から輸出より早く回復(前期比名目7.4%増,通関ベース)に転じ,以後国内の景気回復を背景とした工業品輸入増も加わり急テンポな増加を続けている (第5-3表,第5-9図)。

76年央以降は上述の傾向に変化が窺われる。すなわち輸出の増勢が弱まる一方,輸入の増加テンポが一段と高まっている。これは,先進工業国の景気回復テンポの鈍化及び干ばつの影響(前述)をうけ,輸出面では工業品輸出の増勢鈍化,農産物輸出の減少,輸入面では石油を主体とするエネルギーおよび農産物輸入の急増をみたためである(第5-8図)。なお,こうしたなかには,7月以降のフラン下落に伴う輸入代金支払い増などや76年12月のOPEC総会を控えての値上げ見越の原油輸入増も一部にあるのではないかとみられる。

(2)貿易収支の大幅悪化

貿易収支は,75年2~9月の間は縮小均衡を主因に黒字を計上していたが,75年10月より再び赤字に転化した (第5-3表)。これはフランスの景気回復が西ドイツなどと同様欧州では比較的先行したことやその速い景気回復テンポを反映した工業品収支黒字幅の縮小,エネルギー輸入増によるものであった。76年第2四半期には農産物収支の改善から一時均衡に近づいたものの,7月以降農産物収支の悪化や石油輸入増を主因に赤字額は雪だるま式に膨み,76年10月には石油危機後の最悪期(74年8月,カバー率87.3%,季調後)を遥かに越える47億フランの月間赤字(カバー率83.2%)を呈するに至り,1~10月累計赤宇は154億フラン(季調後,74年1~10月累計赤字は158億フラン)にのぼった。

75年の経常収支は貿易収支の黒字化により前年(288億フランの赤字)に比べ様変りの改善をとげほぼ均衡(3億フランの赤字)した。しかし前述の貿易収支の赤字転化に伴い76年前半には再び大幅赤字(約92億フラン)となり,最近では赤字幅が一段と拡大したであろうことは疑問の余地がない (第5-5表)。

資本収支をみると,75年の長期資本収支は前年比108億フラン弱の収支尻悪化を来たした。短期資本収支は,75年も前年同様高水準の黒字を続けたが,76年第1四半期にはフランの共同フロート離脱(3月15日)などのフラン動揺による短資流出もあり,誤差脱漏を含めると一転赤字となった。その後第2四半期には前期流出した短資の還流もあり再び大幅黒字となった(第5-5表)。

外貨準備は,75年中は共同フロート内のフラン堅調を背景とする当局の売介入もあり増加(35億SDR増)したが,76年に入りフラン売り投機に対する当局の買介入から3月を中心にかなり減少(75年12月→76年6月,24億SDR減)した(第5-5表)。

第5-3表 輸出入及び貿易収支の動向

第5-4表 財別貿易収支

第5-5表 国際収支の推移

第5-9図 品目別輸出入状況

5. 物価・賃金動向

(1)消費者物価の根強い騰勢持続

工業用原材料・半製品価格(卸売物価)は,75年後半に下げ止まり,76年に入り反騰に転じた。特に同年7月までは,一次産品市況の再騰,フラン下落,需要の回復などを背景に,急騰(月率約1.3%高)したが,その後やや鈍化し,10月には一年振りに下落(前月比0.2%安,前年同月比12.9%高)した。

75年11月に約2年振りで漸く一桁(前年同月比9.9%高)に復した消費者物価について,政府は76年も一段と鎮静化すると予想(政府の物価抑制目標年間7.5%高,75年9月)していた。しかし第1四半期および第3四半期にはかなり騰勢が高まり,この結果,前年同月比上昇率は76年6月の9.2%を底に10月には9.9%となり,再び二桁に近づいた (第5-10図)。これは75年までの物価鎮静に大きく寄与した工業品価格の鎮静化が,賃金コストの圧迫,フランの下落や一次産品市況の再上昇に伴う輸入コスト増などもあって,殆んど進まなかった(76年10月の前年同月比7.6%高)ことに加え,サービス価格の騰勢が高まり(同12.3%高),更に干ばつの影響も一部あって最近に至り農産物価格が目立って上昇(同11.2%高,8~10月の期間上昇率は4.6%)しているためである (第5-6表)。 この間,暫く据え置かれていた公共料金が,赤字公営企業に対する財政援助抑制との意図もあり,引上げ(l月:国鉄,電報・電話,3月:電気,ガス,7月:パリ都市交通,その他)られたことは,年初に物価騰勢が高まった主因となった。

76年の価格規制の動向をみると,後述のインフレ対策発表(9月)までは概ね前年の規制の枠組みと運用方針が維持され,その中で価格自由化が一段と推進された。

第5-10図 消費者物価の推移

(2)高率賃上げの持続

商工業時間当り賃金率の前年同月比上昇率は,75年1月の20.3%をピークに76年1月には14.8%まで低下したが,その後7月まではほぼ横ばいとなった。実質ベースでみると,75年の前年平均比5.3%増のあと,76年1~7月の前年同期比は4.9%増と高率上昇を続けた(第5-11図)。

76年の商工業時間当り賃金率が政府予想(75年9月:名目10.6%増,実質2.2%増→76年4月:同名目12.1%増)を上回る伸びを示した背景として,①物価上昇率が政府予想をかなり上回り,賃金の物価スライド部分をその分引上げたこと,②民間部門については労使の自主交渉に委ねているため,景気回復時に前年の不況期より低い実質賃上げが実現される公算にもともと乏しかったことが指摘できよう。

76年7月現在で各種賃金を比較すると,商工業賃金率の前年同月比14.5%増に対し,時間当り最低賃金率(SMIC)は,物価にスライドし小刻みに引上げられてきた他同月には一般の所得上昇に見合った引上げが例年通り実施された結果,13.6%増とほぼ肩を並べている。一方,公務員報酬は政府の抑制方針を映じ,10.7%増と相対的には低い。

第5-6表 消費者物価の項目別推移

第5-11図 商工業時間当り賃金率の推移

6. 経済政策

75年中は「危機」克服のため拡張的であった経済政策も,76年に入り景気回復が定着するに伴い次第に物価警戒色を強めるに至った。そして76年9月には,根強い物価,賃金の騰勢とフランの続落を前に,早くも引締め策への転換を余儀なくされた。

まず引締め移行前の政策運営,次ぎにインフレ対策(76年9月発表)の順にみてみよう。

(1)徐々に重くなった金融政策の負担

76年の金融政策の特徴は,①インフレを克服する一手段としてマネー・サプライ管理を重視するようになったこと,②フラン支持などのため早くから金利引上げ政策を余儀なくされたことである。

インフレ抑制のためマネー・サプライの増加率を名目経済成長率並みに抑制する必要についてはつとに指摘されていた(例えば「第7次計画に関する政府予備報告」,75年6月議会決定)が,政策目標として実際に取り入れられたのは76年からである。マネー・サプライを抑制するには市中貸出をコントロールする必要性が特に大きく,このため高率貸出準備率適用制度に関わる基準貸出枠が極めてドラスティックなかたちで設定されるようになった。

すなわち財政動向,枠外貸出しの動きを予め考慮したうえで,繰延べ使用が可能な枠余裕が大きい76年上期については大銀行の期末基準貸出残高を前期末の基準貸出残高比0.9%増に止め(75年11月),下期については同3.5%増(76年4月)とした。このうち開始月の,枠余裕が乏しいとみられる下期については抑制的なものとされている。この他,消費者信用の小幅引締めを実施(76年3月)したのは,マネー・サプライ抑制の観点をも踏まえていた。

実際のマネー・サプライ(M2)の動きをみると(第5-6表),76年上半期の増加テンポは前期(期間内増加率22.5%・年率)よりは鈍化したものの依然高い(同14.9%)。これは対民間信用の伸びが年初に設備投資資金需要が増加したこともあって若干高まり(75年下期の期間内増加率17.6%→76年上期19.2%・年率),対政府信用の伸びも大きくスロー・ダウンしたものの依然高い(同61.6%→15%)ことによる。ただし月別にみると76年5月以降はマネー・サプライ,の増勢にも落着き傾向がみられ,前年同月比増加率も前年の伸びが高いこともあって急速に低下(76年5月20.3%増→9月15.6%増)している。

これまで一貫して低下してきた短期金利は,76年初から8月までに2回に亙り急騰し,高水準となった (第5-12図)。

第1回は76年1月下旬から3月までであり,この間にコール・レート(翌日物,月平均)は約1.3%上昇(1月6.36%→3月7.64%)し,市中銀行の短期基準貸出金利も若干引き上げられた(8.6→8.8%,76年4月)。これは借入需要回復,海外の金利高を反映した面もあったが,主としてリラの動揺等の余波をうけたフラン売りに対処するため中央銀行が短期市場金利の引上げを図ったためとみられる。

第2回目は7月初から8月にかけてのものだが,コール・レート(6月7.60%→8月9.45%),短期基準貸出金利(8.8→9.2%,76年7月)が上昇したのみならず,公定歩合も75年9月の引下げ以降はじめて大幅に引上げられた(8.0→9.5%,76年7月)。今回の引上げも干ばつの悪影響懸念などによるフラン下落に対処するためのものだが,同時に賃金上昇や干ばつによるインフレ圧力の強まりに対し警戒的スタンスを鮮明に打出そうとの当局の意図もあったとされている。

第5-6表 マネー・サプライの動き

第5-12図 主要金利の推移

(2)均衡財政実現への努力続く

76年度は均衡予算でスタートし(第5-8表),また補正予算編成(第1次は76年3月,第2次は同9月)に際しても財源を既定経費の削減や増税により捻出する (第5-10表)等財政の均衡回復への努力がなされた。しかし投資減税額が予想外に膨んだこと(前述)などもあって,かなりの執行赤字が見込まれている(政府見通しは150億フラン,76年の名目GDPの約0.9%に相当,76年9月)。なお財政面から実施された景気対策は,順調な景気回復を迎えたことなどから法人税等の一部延納措置,中小企業対策(新設の容易化,中小企業金融の拡充など),雇用対策(前述)(何れも76年3月)など小幅なものに止まった(第5-10表)。

(3)インフレ克服計画発表

バール新首相(シラク前首相の辞任に伴い76年8月就任)は,根強い物価(賃金)上昇,フランの続落を前にして,「このままでは内外均衡が大きく乱れる」とし「今のうちに,成長と雇用を確保しながら,インフレを徐々に抑制する」ために,76年9月,インフレ克服計画(「バール・プラン」)を発表した。

すなわち77年に4.8%の実質経済成長率(76年は5.0%)を見込む一方,意欲的な物価抑制目標(77年の消費者物価上昇率を年間6.5%)を掲げ,財政・金融,物価,所得,国際収支(省エネルギー),為替,干ばつ問題など各般に亙る包括的な政策(概容は第5-10表参照)を明示した。このうちインフレ対策としての骨子は,①公定歩合引上げ(9.5→10.5%),通常貸出準備率引上げ(0→0.5%),マネー・サプライのより厳しい抑制などの金融引締め,②77年には均衡財政へ完全復帰すること(後述),③一時的物価凍結実施(76年10月~12月,公共料金は76年4月1日までなど)および凍結解除後の物価上昇を相殺する働きをする付加価値税標準税率引下げ(76年1月実施),④77年の所得の上昇抑制勧告(原則として「購買力の維持」)である。特に・これまで所得面への介入を避けてきた政府が,賃金コスト・インフレ解消を目指し,強制力を伴わないものの所得抑制を呼びかけたことは画期的なことである。

(4)77年予算と経済見通し

1977年度(1~12月)政府予算案をみると,例年の当初予算案通り,歳出の伸び率(前年当初予算比13.8%,確定歳出ベース)は同年の予想名目経済成長率(13.2%)にほぼ見合っており,かつ均衡予算となっている (第5-8表)。主な特徴は,①歳出面では公債費,軍事費(77~82年軍事計画に基くもの)の伸び率が高いため,その他の歳出項目は圧縮ないし抑制されていること,②歳入面ではネットで約48億フランの減税を予定していること(減税:低所得者層を中心とした物価調整減税43億フラン,付加価値税引下げ77億フランなど増税:石油製品税63億フランなど,76年度当初予算案ではネットで約12.5億フランの減税),③設備投資促進策,景気調整基金の計上(25億フラン,77年の政府成長見通しの達成が危ぶまれるようになれば77年上期末に公共事業などに支出するもの)などの選択的景気対策が織込まれていることである。

77年度当初予算案を76年度補正後予算と比較してみると,歳出の伸びは6~7%,程度(当課試算)に止まり,76年には最低150億フランとみられている財政赤字も解消し,この限りではかなり抑制的であり,インフレ対策の一環として発表された所以でもある。

前述の通り政府は77年も76年とほぼ同率の経済成長率(4.8%)を見込んでいる。需要面をみると,輸出の好調持続(前年比実質9.3%増),個人消費の安定的な増加(同4.1%)を見込んでいるのに対し,企業投資(粗固定資本形成)の立遅れ(同3.1%増)が目立つ。何れの需要項目も前年比伸び率が若干落ちているが,これを76年に急増(同17.1%見込)した輸入の増勢が比較的落着く(同7.1%)ことによりある程度カバーしている (5-1表)。

政府の国際経済見通し,農業生産見通し等重要な前提が不明であること,インフレ克服計画の影響がどの程度でるか(特に所得抑制勧告がどの程度奏功するか)がまだ見極め難く流動的要素も多いことなどから,一概にいえないが,①折からの景気回復テンポの鈍化にインフレ対策の発表が加わり,ビジネス・マインド,消費マインドともに予想外の悪化を示しているのではないかと思われること,②国際環境も政府見通しの発表当時(76年9月)より悪化しているとみられることから政府成長見通しは現在では楽観的と思われる。民間では先行き不明(フランス経団連)とする見方が多いなか,一部には3%成長を唱える向きもあり,これがこれまでのところ77年見通しの下限を形成している。成長率が政府見通し通りとしても,76,77年の両年は,完全雇用への復帰を目指す第7次計画(後述)の成長目標(年平均5.5~6%)を下回ることとなり,雇用情勢は依然厳しいまま推移しよう。一方,物価の騰勢はある程度鈍化するものとみられる。

第5-8表 1977年の予算法案の概要

(参考) 第7次社会経済発展計画(1976~85年)

第7次社会経済発展計画(以下第7次計画)は,2段階の準備作業(第1段階74年末~75年6月,第2段階75年6月~76年7月)を経て,76年7月7日に議会承認された。

第1段階では計画期間を越えて追求さるべき長期的目標,すなわち①完全雇用,社会進歩,決定の自由を保障する経済的諸条件の確保,②生活の質の向上,③不平等是正,④よりよい権限(責任)の分散(分担)が定められた(「第7次計画に関する政府予備報告」)。これをうけて,第2段階で更に検討等を深め完成された第7次計画は,完全雇用への復帰(最も重要な目標),国民の生活条件の改善等を図るため,引続き高成長(年平均5.5~6%)を確保するとともに,インフレを克服し,対外均衡を達成することをその骨子としている(第5-9表)。

今次計画の主な特徴点は以下の通りである。

第5-9表 第7次社会経済発展計画の主要経済指標目標

第5-10表 主な経済政策

第6章 イタリア

(1) 概  観

1975~76年のイタリア経済は,戦後最大といわれる不況局面からの回復過程にあった。73年秋の石油危機によって深刻な打撃をうけたイタリア経済は,74年後半から75年前半にかけて深刻な不況に見舞われたが,この間,景気後退の深化にともないインフレ・国際収支は急速に改善され,石油ショック後の「危機的状況」は一応回避された。

イタリアの実質GDP成長率は,74年の3.4%増のあと75年には戦後はじめて3.7%減とマイナス成長を記録したが,76年には4.5%増とかなりの成長が見込まれている(第6-1図)。また,鉱工業生産(当庁による季調値)の推移を四半期データでみると,74年第1四半期のピークから75年第3四半期のボトムまでに18.5%低下したが,ボトムから最近時(76年第3四半期)までに14.7%の上昇を示し,その水準はピーク時にくらぺ96.9%まで回復している。

しかし経済活動の活発化にともなってインフレ・国際収支は再び悪化しはじめ,政局不安の高まるなかで大量の資本流出に見舞われ,リラ投機の激化から年初には早くも公的介入停止に追込まれるにいたった(1月21日)。こうした事態に対処するため,2~3月にかけて政府は公定歩合の大幅引上げ(8→12%)を含む一連のリラ防衛のための引締め措置の実施を余儀なくされた。しかし,リラ下落による輸入価格の高騰や増税などから物価の騰勢は急速に強まり,国際収支も一段と悪化した。こうしたなかで,5月はじめには対外支払預託金制度の導入など厳しい引締め措置を断行した。引締め効果の浸透につれて夏ごろには物価の騰勢はやや弱まり,国際収支にも改善のきざしがみられるようになったが,反面で生産の回復テンポは次第に鈍化をみせはじめた (第6-2図)。夏のバカンスがおわり観光収入が減少したことや石油輸入の急増などによって国際収支が再び悪化し,小康を維持していたリラ相場も9月中旬以降下落しはじめ,5カ月来の安値に暴落した(対ドル相場は872リラ,10月1日)。政府は9月末から10月にかけて,一段と引締めを強化し,公定歩合再引上げ(12→15%)をはじめとする金融規制・為替管理など厳しいリラ防衛措置を実施するとともに経済再建緊縮対策(財政赤字削減,中・高額所得の抑制ないし凍結,公共料金・石油価格引上げ等)を決定した。共産党をはじめ3大労組は,政府の緊縮政策に対し,基本的には支持を表明しているものの,一部地方では,これに抗議する山ネコストが頻発している。

いずれにせよ,これらの措置によって景気回復テンポがさらに鈍化することは避けられないであろう。主要労組は政府に対して景気回復と失業解消のための早急な措置を要求してストライキを呼びかけている。

以上のように,イタリア経済は76年春ごろには景気はかなりのテンポで回復をみせたが,またもや物価の高騰,国際収支の制約から引締め措置を余儀なくされ,成長をはばまれることとなった。

第6-1図 実質GDP・個人消費・投資・輸出の伸び率の推移

第6-2図 イタリアの生産・失業・操業状況

(2) 需要動向(需要項目別)

75~76年の需要動向を国民経済計算ベース(第6-3表)でみると,75年の成長率の落込みは,主として在庫べらし(対前年GDP比3.0%減),設備投資(17.4%減),住宅投資(9%減)の不振によるものであり,輸出の増勢もかなり鈍化した。

しかし75年秋ごろから回復に転じ,76年上期には在庫積増し,個人消費,輸出などに支えられて順調な回復を続けた。

すなわち,在庫積増し(対前期GDP比22/1%増),個人消費(13/4%増)の増加のほか輸出も好調に推移した(当庁季調による通関ベース輸出は前期比名目21.6%増,輸出価格11.5%高)。

なお,76年全休(政府実績見込み,76年9月末)では,在庫積増しが上期中にはほぼ一巡したため,在庫投資の役割は弱まり(対前年GDP比1.7%増),これに変って個人消費(3.5%増),輸出(実質11%増)の増加が主な回復要因となっている。しかし設備投資,住宅投資は依然減少を続け,景気回復の足を引っぱっている。

需要動向を示めす四半期データが乏しいので,ここではISCO(イタリア国立景気研究所)のビジネス・サーベイにおける経営者の受注・在庫判断をみてみよう(第6-4図)。これによると,受注の急落は74年第2四半期にはじまり,75年第1四半期をボトムに低水準横ばいに推移したあと,第4四半期から上昇に転じ,76年に入ってもこの傾向はつづいたが,第3四半期以降頭打ちとなっている。国内受注,海外受注ともほぼ同様な動きを示しており,とりわけ,国内受注の落込みが大きかった。完成品在庫は75年第1四半期をピークに減少に転じ,76年第2四半期にはほぼ下げどまったとみられる。

輸出とともに今回の回復の主因となった個人消費の動向をみると,耐久消費財の指標としての乗用車の新規登録台数は,75年第4四半期には前年同期比14.1%増と増加に転じたあと,76年第1四半期には27.1%増と増勢は急速に高まったが,再三にわたる値上げと引締めを背景として第2四半期以降増勢はかなり鈍化している(第2四半期2.7%増,第3四半期9.9%増)。百貨店売上高も75年第4四半期以降増勢を高めている (第6-5表)。

第6-3表 国民経済計算の推移

第6-4図 受注・在庫判断の動き

第6-5表 新車登録台数と百貨店売上高の動き

(3) 生産・雇用

鉱工業生産の対前年比伸び率は74年の4.5%増から75年には9.2%減とGDPのそれを上回るマイナスを記録したが,76年には9~10%の伸びが見込まれている。これを四半期別(当庁による季調値)にみると,75年第3四半期に底入れし,第4四半期から回復に転じ,76年第1四半期には前期比6.9%増とかなりの上昇テンポを示したあと第2四半期1.1%増,第3四半期1.5%増と増勢の鈍化がみられる(第3四半期の前年同期比13.5%増)。生産の回復は消費財部門を中心に広範囲にわたっているが,ここではまず,今回の生産回復に大きな役割を果した耐久消費財,とりわけ乗用車生産の動向をみてみよう。乗用車生産台数(原数値)を前年同期比でみると,75年第3四半期の16.9%減から第4四半期には21.3%増となり,76年第1四半期には26.5%と急増したあと増勢はかなり弱まっている(第2四半期1.3%増,7~8月10.8%増)。このことから自動車産業部門における在庫調整が75年第3四半期にはほぼ終了し,秋から在庫積増しに転じ,生産回復へ大きく寄与したことがよみとれる。

つぎに,業種別の動きを,76年1~7月の前年同期比でみると,明暗がはっきり示されている。すなわち,繊維の17%増を筆頭に化学13%増,電力8%増,輸送機器6%増とかなりの活況を呈したのに対して,機械,金属はいぜん不振を続けており,とりわけ,機械は前年水準をわずかながら下回っている。こうした機械,金属産業の不振は,いうまでもなく,設備投資の停滞を反映したものであるが,鉄鋼のように,不況期にも比較的堅調に推移したことから在庫調整が76年に入っても続き,積増しに転じたのはようやく第2四半期からという産業もある。

第6-2図で示されているように,鉱工業生産の回復過程は製造業の操業率の動きによっても確認される。操業率は75年末の68%をボトムとして上昇に転じ,76年3月の71.7%から6月73.9%のあと9月には74.8%まで回復しており,その上昇テンポは期を追って鈍化をみせている。

前述のような経済活動の活発化にもかかわらず雇用情勢の改善がみられず,76年後半ごろからやや悪化の傾向さえみられる。ISTATの失業統計(3カ月毎に実施)によれば,完全失業者数(当庁による季調値)は,生産のボトムから1期おくれて75年第4四半期に68.6万人(失業率3.5%)とピークに達したあと,76年第1四半期にはやや減少したが,その後再び増加に転じ第3四半期には79.3万人(3.9%)と前年同期の水準を13.1%万人も上回っている (第6-2図,第6-6表)。これは,引締め浸透による生産の回復テンポの鈍化が主因となっていると思われるが,一時失業救済制度による給与保証期間の切れた労働者が新たに失業者数に算入されはじめたという統計技術上の理由による面も考えられる(EC9月調査では,失業者数114.6万人,失業率5,8%)。

75年秋からはじまった主要産業の労働協約改訂交渉(3年毎)の山場にあたった76年第1四半期にはストによる労働損失時間は前年同期を35.2%も上回ったが,交渉がほぼ妥結をみた第2四半期には激減している。

しかし景気回復テンポの鈍化と失業の増大を背景として,秋ごろから主要労組は景気回復と失業解消のための早急な措置を要求してストライキを呼びかけており,こんごはストによる労働損失時間が増大するかもしれない。

第6-6表 雇用情勢

(4) 物価・賃金

経済活動の停滞によって鎮静化していた物価は,75年秋ごろから生産の回復にともなってやや動意をみせていたが,76年に入ってリラ大幅下落による輸入価格の上昇や増税などによって2月以降騰勢が強まった。しかし厳しい引締め効果の浸透やリラの小康もあって5月ごろから騰勢は次第に弱まりをみせている (第6-7表)。

卸売物価は,石油ショックによって74年平均40.7%高と暴騰したが,74年末ごろから次第に落着きをみせ,75年平均では8.6%高(年末比4.9%高)にとどまった。しかし76年2月以降月を追って騰勢を強め4月には前月比5.2%高(前年同月比20.1%高)となったあと食料品の低落もあって次第に上昇率は低下し,2%以下となっている。しかし,前年同月の水準に比べると最近時でもかなり高い(10月の前年同月比29.9%高)。財別にみても,生産財,投資財,消費財ともほぼ同様な動きを示しているが,生産財の上昇率がやや高いようである。

消費者物価の鎮静化は卸売物価にくらべてややおくれ,75年第2四半期ごろからであったため,75年平均では17%高と74年(19.1%高)を若干下回ったもののかなりの上昇となった。75年を通じて前月比1%程度に落着いた動きを示していたが,76年に入って騰勢を強め,それまでの前月比1%程度の上昇から2%程度に高まり4月には2.6%の高騰となったあと騰勢はやや弱まりをみせた(10月の前年同月比20.1%高)。

こうした物価の騰勢鈍化は秋ごろまで続いたが,リラ暴落を背景に再び騰勢が強まる気配をみせている。今後も公共料金,石油製品,食料品等の値上げや増税が予定されており,物価上昇率の高まりは避けられないであろう(76年の物価上昇率,政府見通し18.9%9月末)。

賃金上昇率(製造業時間当たり)は,74年下期には前年同期比20.4%高と生計費の23.8%高を下回ったが,75年2月以後は主要労組が要求していたスライド基準賃金額の大幅引上げや月額給与一律引上げ,家族手当増額などが実施されたため,賃金は再び大幅な上昇に転じ,生計費上昇率を上回るようになった。この傾向は76年になってもつづいているが,その幅はかなり縮小しており,第2四半期には賃金上昇率(16.3%)と生計費上昇率(16.1%)とがほとんど接近してきている(第6-8図)。最低協約賃金(ブルー・カラー,工業部門)は5月以降生計費の伸びを上回っており,8月には前年同月比26.6%高となった(8月の生計費は前年同月比16.4%高)。

こうしたなかで,75年秋からはじまった建設・化学・金属機械など主要労組の労働協約改訂交渉の成行きが注目されたが,賃金アップについては,76年度(1~12月)2万リラ,77年度0.5万リラという2段階方式で妥結をみた。これによる直接的影響は5~6%とみられるが,物価スライド分を含めると76年の賃金上昇率は16~18%程度と推計されていた。しかしその後の情況を考慮すると,これをかなり上回るとみられる(政府実積見込み22%,9月末)。

第6-7表 月別物価動向

第6-8図 賃金と生計費上昇率の推移

(5) 貿易・国際収支

貿易収支(通関ベース)は,経済活動の停滞による輸入の減少もあって74年後半から急速に改善を示したが,とりわけ,非石油収支は同年第4四半期(原数値)から黒字に転じている。その結果,75年全体の貿易収支赤字幅は23,290億リラと前年のほぼ3分の1に縮小し,非石油収支では前年の17,490億リラの赤字から24,220億リラの黒字と大幅な改善となった(第6-9図)。しかし生産が回復に転じた75年第4四半期から貿易収支は再び悪化をみせている。これを,四半期データ(当庁による季調値)でみると,75年第4四半期の赤字幅は前期にくらべ倍増したあと,76年前半まで赤字幅の拡大傾向はつづき,第2四半期(月平均)には5,250億リラと前年同期の約4.4倍に達している。これは輸出の伸びを上回る輸入の急増が主因であり,輸出はかなりの増勢を維持した(輸出の前期比伸び率は第1四半期9.1%増,第2四半期16.2%増,輸入はそれぞれ10.3%増,18.7%増)。しかし76年後半には輸出の伸びが鈍化したものの,5月はじめに実施された対外支払預託金制導入などの厳しい輸入抑制措置によって輸入の伸びが抑えられたため,貿易収支赤宇幅は縮小した。しかし秋ごろから石油輸入急増などによって貿易収支は再び悪化しはじめている。

次に,第6-10図によって,商品類別に輸出・輸入の動きをみると,76年1~8月の前年同期比伸び率では原燃料,機械を除くすべての商品類で輸入が輸出を上回っている。輸出の伸びが最も高いのは「その他」の46%増で,それに原燃料(42%増),輸送機器(38%増),繊維・衣料(35%増)とつづき,金属の10%増が最低となっている(合計では32%増)。一方,輸入をみると,全体では46%増と輸出を上回る伸びを示しているが,商品類別には繊維・衣料の74%増を最高に輸送機器(65%増),化学.(64%増),金属(56%増)とつづき食糧の32%増が最低となっている。

経常収支の赤字は,74年の5.8兆リラから75年には1.3兆リラと大幅に縮小した。しかし四半期別にみると,貿易収支の悪化を主因として75年第4四半期から経常収支(原数値)の赤字幅は再び拡大に転じ,76年第1四半期にはリラ下落による輸入価格の上昇もあって前期の8,855億リラから14,057億リラと前年同期の水準(3,747億リラ)の約4倍という大幅赤字を記録した。

第2四半期にはやや改善し,7~8月には貿易収支の好転や観光収入の増加などから黒字化した。しかし9月に入って観光収支の減少,石油輸入の急増から再び悪化している。

総合収支(原数値・外為ベース)の赤宇は,74年の3.6兆リラから75年には1.3兆リラとほぼ3分の1に縮小した。しかし75年第4四半期には資本収支が改善したものの,経常収支が悪化したため,赤字幅は前期の1,734億リラから8,636億リラへと大幅な拡大を示した。76年第1四半期には年初の政局不安を反映した資本の流出激化も加わって第1四半期には経常収支を上回る記録的赤字となった(13,954億リラ)。第2四半期には資本収支の悪化にもかかわらず観光収入の増加による経常収支の好転からやや改善を示したあと,7~8月には黒字を計上している。76年の総合収支赤字は2.5兆リラ程度(75年1.3兆リラ)と見込まれている(政府見通し,9月末) (第6-11表)。

イタリアは9月末現在で144億ドルといわれる厖大な公的対外債務(バッフイ・イタリア銀行総裁の国会証言)を抱えており,金・外貨準備は50.8億ドル(金を除くと,17.4億ドル)しかなく,対外債務の増大見通し,金利負担の重荷,新規借款の困難性などを考えると対外面での問題は大きい。対外債務は76年返済分だけでかなりの額にのぼると推定されており,このため政府は秋には5月はじめに実施された対外支払預託金制度の再々延長を決定(77年4月15日までに段階的に廃止),さらに対独債務20億ドルの借り入れ更新(5億ドルの返済による金担保量の据置き)のほかIMFからの5.3億ドル借款について再交渉を行なっている。

第6-9図 貿易収支の推移

第6-10図 商品別貿易

第6-11表 国際収支動向

(6) 経済政策

75年には引締め緩和,景気刺激策がとられたが,インフレや国際収支の改善がおくれたため,景気刺激策の採用に慎重であり,財政面での本格的景気対策がとられたのは夏ごろからであった。以上のような政策転換や世界貿易の好転を背景に,イタリア経済は75年第3四半期を底に回復過程に入ったのであるが,76年はじめのモロ内閣総辞職を契機とする政局不安からリラ投機が再燃,リラ下落による輸入価格の急騰によってインフレ・国際収支が再び悪化した。このため,政府は生産の回復後数カ月を経ずして早くも2~3月には引締め措置の実施に追い込まれたのであった(第6-12表)。すなわち,金融面では,資本流出防止,国内流動性削減のため,公定歩合の3回にわたる引上げ(6→12%)をはじめ,預金準備率引上げ,貿易業者の外国為替保有期間短縮,短期輸出金融優遇措置の停止などが実施された。また,財政面では,財政赤字削減のための各種の増税(約1.1兆リラの増収見込み)を決定した。その主な内容は,ガソリン税等石油製品に対する販売税引上げ,自動車・サービスに対する付加価値税および酒税の引上げなどである(このほか税収見積り改訂による0.4兆リラを加えると1.5兆リラの増収となる)。

共産党の大量進出によって与党のキリスト教民主党が第1党を維持できるかどうかで注目された総選挙(6月20・21日)を控えて,5~6月には政治不安が高まり,リラ投機が再燃した。こうした事態に対処するため,金融面からの厳しい為替管理強化策を打ち出した。すなわち,対外支払預託金制度の導入,貿易業者の外国為替保有期間短縮,短期輸出代金流入促進,短期スワップによる資金調達抑制,金融機関に対する債権強制保有比率引上げなどである。

こうした一連のリラ防衛措置は次第に国内金融市場に影響を及ぼしはじめ,市中金利は強含みとなり,プライム・レートも18%から19.5%へ引上げられた(6月10日)。

総選挙の結果は,キリスト教民主党が第1党を維持したことによって一応大きな不安要因は消えたものの,共産党が大幅に伸びたことから今後も政局不安が続く情勢となった。

アンドレオッチ新内閣は議会での施政方針演説(8月4日)で当面の重点施策として,①資本流出規制強化と脱税防止,②財政赤字削減,③中・高額所得の上昇抑制,④国際収支対策として一部農産物の輸入抑制のほか,⑤奢侈品に対する付加価値税引上げ等をあげ,可能なものについては実施の期限を約束した点が政府の積極的姿勢を示すものとして注目された。

ところで,年初から打出された一連の引締め措置によって夏ごろには,一時的にせよ,対外収支が黒字となるほどの改善をみせたが,秋になると,観光収入の減少や石油輸入の急増によって国際収支が再び悪化し,イギリスが最低貸出金利を引上げ(9月10日)たことなどを背景として,リラ投機が強まり,リラの対ドル相場は9月中旬ごろから下落しはじめ,10月1日には872リラへと暴落した(5カ月来の安値)。このため,9月末から10月にかけて,公定歩合大幅引上げ(12→15%)を含む厳しいリラ防衛措置を次々と打出した。すなわち,金融規制措置としては公定歩合引上げ,第2次特別準備率の設定,金融機関の信用供与枠の規制などであり,為替管理強化措置としては外貨取得に対する課税,リラ先物取引制限などである。同時に約4兆リラ(GDPの2.5%相当,その後IMFなどの示唆もあって5兆リラに増額)の歳入増を目標とする経済再建緊縮対策を決定した。その主な内容は,①財政措置(揮発油税,自動車税の引上げ,公共料金引上げ),②中・高額所得者の賃金物価スライド分の抑制ないし凍結措置(2年間)などである。

以上のように,イタリア経済は,回復がようやく軌道に乗りはじめた矢先にまたもやインフレと国際収支の壁につき当り,その構造的弱点を露呈する結果となった。これは累積的財政赤字,労働コスト上昇などの構造的な要因によるものである。

そこで,7月末に発表された77年度(1~12月)政府予算案(発生ベース)によって,構造的問題に対処する政府の対策をみてみよう(第6-13表)。くれによると,歳出規模は対前年度当初予算比23.5%増(前年度26%増),歳入規模34.4%増(前年度14.5%増),赤字幅は9.8兆リラ(前年度比0.5兆リラ減)となっている。これに国鉄,郵政などの独立機関の赤字を加えた総合予算赤字(発生ベース)は前年度比微減の11兆4,600億リラに抑えられている。現金ベースの国家部門(国庫,預金貸付金庫および独立機関)赤字は13.6兆リラ(前年度13.8兆リラ)となっている。これをGDP比率でみると,8.0%弱と前年の10.1%を下回っており,政府は79年度までに76年度(10.1%)の3分1に削減することを目標としている。このように,政府は財政赤字削減に努力しているが,同時に歳出の重点を生産的投資においている。

この予算案と同時に議会に提出された「1977年の経済見通しと経済政策」と題する報告書で,政府は,この予算案の政策的ねらいを明らかにしている。これによると,安定的かつ継続的な景気浮揚のための経済政策の柱として,①国際収支の均衡のため,内需を抑制すること,②息の長い経済の昂揚と雇用・所得水準の維持のため,生産的な投資の実行可能な計画を策定すること,③公的部門の経常的赤字を縮小し,公共財政を健全化すること,④民間の消費を抑制すること,そのための施策として,公的部門のサービス料金の引上げ,租税又は準租税の引上げを図ることをあげている。これらの措置によって,GDPの2.5%相当額(約4兆リラ,その後5兆リラに増額)を吸収し,これを産業施設の近代化,若者向け住宅の建設,農業の振興,食料需要の計画などに当てることを強調している。こうした意味で,この予算案は,インフレ・国際収支悪化に対処する総合的施策の第一歩とみることができよう。

第6-12表 1975年秋以降の主な経済政策の経過

第6-13表 1977年度予算案の概要

(7) 1977年の経済見通し

以上のように,1975~76年のイタリア経済は深刻な不況からの回復過程にあったが,インフレ再燃,国際収支悪化から76年はじめには早くも引締めを余儀なくされ,秋には引締めが一段と強化されたことによって,景気の回復テンポはさらに鈍化することが予想される。

経済見通しについては,9~10月以降実施ないし決定された財政,金融措置のデフレ効果など不確定要因が多いが,76年の実質GDP成長率については,政府4.5%増(9月末),ISCO3~3.5%増(9月),EC4.5%増(11月)と見込まれている。

77年の経済見通しについては,政府が9月30日こ議会に提出した「1977年の経済見通しと経済政策」においてさえ数字は全く示されていないほどで,見通しはきわめて困難である。

しかし現時点でいえることは,これまでに実施ないし決定された引締め措置,とりわけ政府が目標としている5兆リラの民間需要削減によってかなりのデフレ効果が予想され,77年は再びマイナスないしゼロ成長の可能性が強いということである。しかし産業体質改善法の実施など77年を通じて1.5兆リラ程度が公共支出として生産部門に還元されることを考慮すると,実質GDP成長率は,第6-14表に示されているマイナス0.5%(政府見通し)よりはやや高いかもしれない。政府の経済見通しを需要項目別にみると,76年に回復を支えた輸出が8%増と鈍化が予想されているほか個人消費も2.5%減とかなりの落込みとなっており,総固定資本形成は3年連続のマイナスとなっている。こうした経済活動の停滞や輸入抑制措置によって国際収支は76年(実質見込み)の2.5兆リラの赤字から1.0兆リラの黒字への好転が予想される。しかしインフレ率は17.3%高と76年(18.9%高)をやや下回る程度でかなりの上昇が見込まれている。

いずれにせよ,1977年のイタリア経済は,対外収支の不均衡是正,生産の構造改革,財政赤字の削減などの政策的課題が山積していることからあまり好転は期待できないであろう。

第6-14表 77年の経済見通し

第7章 オセアニア

1. オーストラリア

(1)概  観

年初,オーストラリア経済は輸出の好調,鉱工業生産の急速な回復などから明るさをとりもどしていたが,消費者物価の上昇,経常収支の赤字をつづけてきた。春を過ぎた頃から産業活動に停滞がみられ,失業者数がふたたび増加に転じるなど景気回復に中だるみ傾向がでてきた。

このような経済情勢のなかで議会に提出(8月17日)された保守政権樹立後最初の1976/77年度(7~6月)予算案は,政府支出の増加率を抑制し,赤字幅を減少させ,インフレ抑制を最大の政策課題とする,予想された以上に厳しい圧縮予算であった。同時に,今回初めて通貨供給量(M3)の年度間増加目標を10~12%と設定した。また,本年度の実質成長率を4%(前年度1.3%),雇用水準の2%増を見込んでいる。他方,11月29日から政府は豪ドルの公表相場の17.5%切下げを発表した。

(2) 回復力弱い産業活動

過去数年間平均5%台で成長してきた実質国内総生産は,オイル・ショック後の1974/75年度(7~6月)には前年度を下回った。75/76年度は年度全体では微増にとどまったが,四半期別にみると,75年7~9月期と10~12月期にふたたび低下したあと,本年1~3月期には前期比3.6%増と目立って回復し,4~6月期は0.6%増にとどまったものの,74年1~3月期のピークの水準に達した。鉱工業生産(季調済)をみると,75年5,6月を底として上昇に転じ,本年3月にはピークと比べあと5%の水準にまで回復した。しかし,繊維,家具什器,化学,輸送機械などの生産の減少からその後はふたたび反落しており,景気の回復に中だるみ傾向がみられる。

第7-1表 国民経済計算

第7-2図 鉱工業生産の推移

(3) 国内需要も中だるみ

個人消費(実質)の動向(国民所得統計)をみると,昨年下半期に減少したあと,本年1~3月期に微増し,4~6月期には前期比2.7%増とやや目立って回復している。しかし,小売売上高(乗用車等を除く,季調済,4月以降調査が改訂され継続しない)によりその後の動きをみると7~9月期の売上げは前期比2.6%増加しているが,消費者物価の上昇分を差引くと0.4%の微増にとどまっている。また,乗用車の新車登録台数(季調済)は本年7月からの排気ガス対策実施のかけ込み需要もあって年初来増加しており,4~6月期には月平均4.1万台と昨年2~4月間の暫定減税措置中のかけ込み需要期(月平均4.9万台)に近い水準まで回復した。しかし,対策実施期に入った7~9月期には3.5万台と昨年未並みの低水準となっている。

景気の先行指標となる民間住宅建築許可戸数は,73年9月の7.3千戸を底として回復してきたが,昨年11月以降高水準横ばい状態を続け,本年6~8月には月平均10.9千戸と前3カ月平均より6.8%低い水準となった。

第7-3図 失業者数と求人数の推移

(4) 最悪状態続く労働市場

1974年年央以降急激に悪化した労働市場は,75年未から年初にかけての景気回復過程で明るさがみられたものの,3月以降ふたたび悪化している。7月の失業者数(季調済)は31.5万人と昨年10月の記録31.6万人とほぼ同水準となり,失業率(季調済)も5.2%とほぼ最高水準となっている。

一方,未充足求人数(季調済)は74年以来減少傾向をつづけており,本年3月以降は2.2万人前後の低水準でここ4カ月横ばい状態にある。

(5) 物価と賃金は上昇持続

オイル・ショックによって騰勢を強めた消費者物価は,本年に入ってなお前年同期と比べ12~13%高と二桁の上昇率をつづけている。昨年7~9月期に前期比0.8%高と騰勢鈍化を示したが,10~12月期には付加価値税の増税などから5.6%高とふたたび大幅に上昇,本年に入っても2.5%前後の上昇をつづけている。

一方,男子の週平均賃金の上昇率は第7-4図のように,昨年7~9月期に消費者物価の上昇率を大幅に上回ったあと,10~12期と本年1~3月期は消費者物価の上昇率を下回ったが,4~6期には倍以上の上昇率となった。

このような賃金の高騰は,物価と賃金の安定をめざす現政府の目標に反するため,1年半つづいてきた賃金インデクセーション制度改正の方向で検討を進めてきた。すでに,政府は今年1~3月期に平均賃金所得者以下,4~6期には最低賃金所得者のみが物価スライド分だけの賃金引き上げが認められ,それ以上の所得者の賃金引き上げは認めないという裁定を下した。しかし,7~9月期の賃金裁定については,11月22日,賃金調停仲裁委員会は7~9月期の消費者物価上昇率2.2%と同率の賃金引き上げを認める裁定を下している。

第7-4図 消費者物価と賃金の上昇率推移

(6) 国際収支の赤字つづく

1975/76年度(7~6月)の通関輸出入額をみると,輸出が9,556百万豪ドル(前年度比10.2%増),輸入が8,240百万豪ドル(同1.9%増)となり,差引き1,316百万豪ドルの黒字(前年度590百万豪ドルの黒字)となった。輸出増の主因は,先進国経済の回復に伴なう輸出増加,農畜産物輸出の回復と値上がり,金属鉱の値上げ等によるものであった。

貿易収支はこのように大幅黒字を計上したにもかかわらず,貿易外収支の赤字が運賃,保険料支払い増などから急増しており,75/76年度の経常収支は前年度より85百万豪ドル減少したものの,なお,840百万豪ドルの大幅赤字となっている。

金・外貨準備は75年6月未の4,635百万米ドルから76年6月末には3,183百万米ドルに減少した。その後やや増加して9月末は3,257百万米ドルとなった。この減少は,国際収支が75年後半から赤字に転じたことと,豪ドル切下げのうわさから国内資本が流出したことなどによる。

度々起る豪ドル切下げのうわさに対し,政府はこれまで強く否定するとともに外債発行などによる外資の取入れや金融引締めによって,政府の為替レート維持の姿勢を示すとともに,インフレ抑制を最優先させる態度を示してきた。しかし,11月28日,ついに政府は豪ドルの公表相場の17.5%切下げ(新1豪ドル=1.0174米ドル)を発表した。同時に,為替管理方式を従来のバスケット方式(the average of a trade-weighted″basket”of currencies)から,この方式を基とする管理フロート方式に変更し,為替レートをよりひんぱんに,かつ,小幅調整できるよう改正した。

今回の切下げが予想より早く,しかも大幅であったのは,金・外貨準備高が秋以後急減し,11月26日には21億豪ドルと輸入の3カ月分を割る水準にまで減少したことが大きな要因であった。しかし,この切下げにより製造業,第1次産業の企業活動の回復,雇用,農業所得の上昇,外資流入などが促進されるものとみられている。

他方,政府は切下げと同時にインフレ抑制の見地から金利引上げなどの金融引締め策を強化する措置を発表した。

第7-5図 国際収支の推移

2. ニュージーランド

農業国であるニュージーランド経済はイギリスのEC加盟にともなう輸出減と石油ショック後の先進工業国の不況という二重苦から,1974年,75年と2年つづけて輸出が減少した。これに対し輸入は輸入抑制を実施しているにもかかわらず増大しており,75年8月のニュージーランド・ドルの15%切下げもあって,経常収支は赤字を続け,金・外貨準備は減少をつづけた。この結果,内需も不振で,失業者数も著増するなど厳しい経済情勢にあったが,76年に入り輸出の急増から国内景気に回復の兆しがみられる。

こうした状勢のなかで,7月末に議会に提出された保守政権樹立後初の76会計年度(4~3月)の政府予算案は,才出規模が前年度比4.8%増というインフレ克服最優先の予算案であった。また,高級消費財の売り上げ税の増税,賃金の一年間凍結など一連の措置を実施するなど,政府はこの経済危機に対して国民に耐乏生活の協力を呼びかけている。他方,11月29日,昨28日の豪ドル切下げに進随してNZドルを7%切下げた。

(1) 明るさをとりもどした産業活動

1974年は石油ショックにより先進工業国をはじめとして世界的な不況下にあったが,一次産品価格の高騰もあって農産物輸出が73年の急増につづいて,74年上期も好調であったため,国内産業活動は内需の増加から拡大をつづけていた。この結果,経済成長率は名目で9.1%,実質2.4%(過去10年間の平均は3.8%)と比較的に好調であった。

しかし,74/75年度(7~6月)に入ると,一次産品価格は反落して輸出価格が下落したうえ,先進国向け輸出量も減少したことから輸出額は前年度比5.1%も減少した。輸入は石油,化学品,繊維品などの輸入価格の大幅上昇から,輸入制限により数量が減少しているにもかかわらず輸入額は前年度比28.4%増と大幅に増大している。

75/76年度は農産物価格が大幅に回復したことと,主要国の景気回復にともない数量も増加し,輸出額が前年度比50.2%増と著増したこともあって,国内産業もやや明るさをとりもどしている。

主要産品についてみると,羊毛輸出は72/73年度をピークに73/74,74/75年度と大幅に減少したが,75/76年度は価格,数量とも回復して前年度比79%と著増した。酪農品輸出では,とくにチーズが75/76年度に前年度比2.5倍,バターが64%増,肉類39%増と大幅に増加し,国内生産も回復してきている。

第7-7表 主要経済指標

(2) 内需の停滞つづく

住宅建築許可額は73,74年度(4~3月)と2年連続大幅増を記録したが,75年度はその反動も加わって前年度比1.5%増にとどまり,建築費高を調整した実質では7.5%の減少,新築住宅の床面積でみても14.0%減少している。しかし,76年に入って羊毛などの価格が上昇するとともに輸出量もふえ,住宅建築に回復のきざしがみえてきた。

小売売上高は74年秋頃まで増勢をつづけたが,その後物価の上昇もあって実質売上高は減少に転じ,75年の売上げは10.5%増,消費者物価上昇分を調整した実質は3.7%減であった。しかし,75年央から回復に転じ,76年1~3月期の実質売上高は前年同期比2.7%増となった。

(3) 物価上昇のなかでの賃金凍結令

比較的落ち着いた動きを示してきた(従来年5%程度)消費者物価は,74年以降の輸入価格の大幅上昇,75年8月の為替レートの15%切下げなどを主因にこの2年間騰勢を強め,76年に入っても二桁台の上昇率を持続している。

雇用労働者の賃金は74年に前年比14%,75年に12%とそれぞれ上昇しているが,物価の上昇がはげしく,75年平均の実質賃金は2%低下,76年4月にも前年同月比約5%低下している。しかし政府は「いまや生活水準を引下げざるを得ない時代が来た」として,本年7月から1年間賃金凍結を実施した。さらに,これに対抗する急進派労組の波状ストライキを抑えるため,8月18日より施行された雇用関係法改正法では,①ストライキおよび通常の生産を少しでも減少させるような行為をもスト行為とみなし,②スト参加者および他の労組のストの影響で就業できないものもスト行為とみなし,③事前通告なしに一時解雇できるなど,厳しい法令となっている。同時に,賃金凍結措置の補完策として,同日物価・家賃の年内凍結を発表した。

(4) 改善にむかう国際収支

73/74年度(7~6月)に赤字に転じた経常収支は,74/75年度には1,067百万NZドルの大幅赤字を計上した。これに対し,政府は政府借款,借入れ等の長期資本の取入れに努めた結果,総合収支尻は29百万NZドルの小幅赤字にとどまった。

75/76年度は羊毛,肉類などの価格上昇,輸出の回復から輸出が増大した。一方,輸入は輸入ライセンス制による輸入量の実質的据え置き,輸入担保金制度の導入,また自動車,カラーテレビの月賦販売禁止,高級消費財の売上げ税増税など,直接,間接の輸入抑制策により輸入の増勢が沈静化したことから,貿易収支が76年に入って黒字に転じ,資本収支での外資の取り入れが前年より半減したにもかかわらず,76年度の総合収支は3年ぶりに8百万NZドルの黒字を計上した。この結果,金・外貨準備も昨年12月末の428百万米ドルを底として徐々増加し,本年9月末は441百万米ドルとなっている。

他方,11月29日,政府は前日の豪ドルの大幅切下げに追随してNZドルを7%切下げ(豪ドルに対しては12.7%切上げ)た。今回の切下げに伴ない,政府は消費者物価を0.5~0.8%押し上げる要因になると見込んでいる。このため,7月からはじめた物価・賃金凍結策はきびしいものになるとみられている。

第8章 東南アジア

1. 韓  国

(1)概  観

韓国経済は73年に16.0%(実質GNP)と高成長を達成したあと,74年8.6%,75年8.3%と成長率は大きく鈍化した。これは石油危機をきつかけとした先進諸国の景気後退によるもので,なかでも日本,アメリカ向け輸出が75年は減少ないしは頭打ちとなったことが大きく影響している。韓国経済は輸出依存度(輸出/GNP,74年は32.0%,75年は27.1%)が高く,かつアメリカ,日本向け輸出も総輸出の55.7%(75年)と年々低下傾向にあるとはいえ依然高い。このため,この両国との貿易動向は韓国の景気に敏感に反映している。

75年の経済をみると,輸出が74年第3四半期から75年第1四半期にかけ減少したあと第2四半期以降回復に転じ,これに伴い下期以降輸出産業を中心に工業生産も活発化した。また,農業も順調で米の生産は3年連続豊作であった。しかし,物価は引続き大幅な上昇を続けている。

76年の経済は,輸出・鉱工業生産ともに年初から好調に推移しており,国民総生産は上期に17.4%(前年同期比,速報)と73年の上期の18.2%に次ぐ高成長を達成した。また,物価は政府のインフレ対策が効を奏したこともあり落着きをみせ,貿易収支赤字も大幅に改善しつつある。このように76年上期の経済が予想以上の活況を呈したことから政府は7月に76年の実質成長率目標を当初の7~8%から11%に引上げるなど主要経済目標の大幅上向き改定を行った。

(2) 生産動向

75年の農業生産は米の3年連続豊作(467万トン,前年比5%増)などにより7.1%と近年にない大幅な増産となった。

76年の農業も米作が冷害にみまわれたものの前年を11.7%上回る521万トンと史上最高の豊作が見込まれるなど順調で,上期の農業生産は前年同期比10.9%増と好調である。これはセマウル運動の推進,多収穫品種の植付増等によるものである。

鉱工業生産は74年下期から75年第1四半期にかけ輸出減少の影響をうけ低迷したが,その後輸出回復にともない合板,繊維,電子部品など輸出産業を中心に生産は拡大している。鉱工業生産指数でみると75年上期は前年同期比10.6%増,下期同25.4%増,76年上期同37.1%増と急速に拡大しでいる。75年について業種別にみると非鉄金属(46.9%増),衣服(28.1%増),繊維(26.8%増)等が好調であった反面,非金属製品,印刷・出版等は低迷していた。76年に入ってからはほとんどの業種で著るしい増加をみせているが,特に上期においては皮革,電気機械,衣服,繊維等が好調である。なお,76年は労働力人口の増加から失業率は高まるとみられていたが,予想以上の好況により75年上期の4.5%から76年上期には4.2%へと改善をみている。

(3) 貿易及び国際収支動向

75年の貿易をみると輸出が前年比13.9%増の5,081百万ドルと増勢は著るしく鈍化した。これは先進諸国の不況によるものであるが,特に74年の総輸出の30.9%を占めた日本への輸出が6.3%減(上期は前年同期比33.5%減),同じく33.5%を占めるアメリカ向け輸出が3.0%増(上期は同15.6%減)にとどまったことが大きくひびいている。韓国の場合,輸出依存度が高いために輸出停滞は国内経済をも停滞させた。

国別の輸出動向をみると日本,アメリカ向けが停滞したのに対し,EC諸国(イギリス51.6%増,西独29.5%増)及び中東(イラン約3倍増)向けは増大傾向を強めている。品目別では鮮魚,合板,繊維,運送用機器(船舶等)などが増加したのに対し,鋼板及び電気機器などが減少した。

なお,上期に前年同期比マイナス9.3%と減少したものの,75年春以降日本,アメリカの景気が回復に転じたことから下期の輸出は31.5%増と大幅に回復した。

一方,75年の輸入も前年比6.2%増の7,274百万ドルにとどまった。これは74年の大幅貿易収支赤字と輸出の伸び悩み傾向から輸入抑制に努めたこと及び経済活動の停滞によるもので,また,74年12月の為替レートの17.6%切下げ(韓国銀行の介入レートを1米ドル当り399ウオンから同488ウオンヘ切り下げる)の影響も大きい。品目別にみると石油及び同製品の輸入は前年比31.3%増で総輸入の18.4%に達したほか,米,とうもろこし等食料品の輸入も増大している。

この結果,75年の貿易収支赤字は1,671百万ドル(74年は1,937百万ドルの赤字)と前年よりやや改善したものの依然大幅赤字で,結局経常収支も観光収入や移転収支の黒字にもかかわらず1,888百万ドルの赤字となった。

一方,75年中にユーロ・カレンシーの取入れ326百万ドル,工MFのオイル・ファシリティ取入れ107百万SDRなどのほか米銀からの借入れ及び先進国の経済協力等も順調であった。このため資本収支(誤差脱漏を含む)は2,256百万ドルの黒字となり,総合収支も前年の172百万ドルの赤字から一転して368百万ドルの黒字となり,75年末の外貨準備高も前年末比46.7%増の1,546百万ドルとなった。しかし,一方で公的債務累積も著るしく,73年末の44億ドルから74年末61億ドル,75年末76億ドルに達している。

76年上期の貿易動向をみると,輸出は日本,アメリカ向け輸出の回復や中東及びEC諸国向け輸出の引続く拡大により前年同期比67.0%増の3,414百万ドルと急増している。品目別にみると電気機器,合板,衣類,繊維製品の伸びが著るしい。これに対し輸入は輸入抑制策を継続していることもあって同4.3%増の4,005百万ドルにとどまっている。

この結果,上期の貿易収支は大幅に改善しており,外貨準備も75年末の1,550百万ドルから76年9月末には史上最高の2,362百万ドルへと急増している。

(4) 金融財政動向

金融面をみると74年央からの著るしい物価上昇に対処するため,75年の年初から民間部門に対する貸出しを抑制しており,年央・年末の一時期を除き金融は引締め基調を堅持した。このため,国内産業部門(輸出促進を主導する部門を除く)を中心に資金需給は極めてタイトなものとなった。

政府は76年も引続き金融引締め政策を継続しており,韓国銀行は7月1日に輸出の拡大持続,政府の産麦買上げ代金支払い等によるマネー・サプライ急増に対処するために公定歩合を14%から19%に引上げ,同7月16日には市中銀行に対する貸出限度額を引下げた。また,8月には国内銀行貸出金利などを引上げているが,こうした措置の背景には物価安定を目的としているほか77年からスタートする第4次5カ年計画を推進するための貯蓄増強,金融の効率化等を図ることもある。

一方,財政面をみると76年度(暦年)予算は総額2兆362億ウォンと前年度当初予算比57.6%増の大型予算となった。本予算は自主国防力の強化,公務員の処遇改善,セマウル運動の推進及び重化学工業化の達成等が重点方針となっている。

この方針から歳出面では国防費が前年度の約2倍に拡大し,予算総額の34.6%を占めたほか,公務員の給与引上げに伴う俸給・年金の増加が著るしい。

一方,歳入は国内税が43.7%,関税が18%増大している。また,国防費の財源として75年7月に防衛税(1980年までの時限法。76年予算では2,142億ウォンの歳入を予定)が新設された。

なお,公的借款見返り資金は総予算の7.7%に当る1,569億ウォンが予定されているが,76年度は借入金は予定していず,収支尻はバランスしている。

77年度の予算は総額2兆6,592億ウォン(前年度当初予算比30.6%増)と引続き大型予算であるが過去2カ年の伸びに比較するとやや控え目である。

歳出面をみると国防費のウェイトが予算総額の34.8%(前年度比31.4%増)と,近年とみに高まっている。その他,一般経費,社会開発費の伸びも目立っている。

一方,歳入は国内税が前年度比35.1%増で総歳入の61.6%に達しているほか,関税も国内景気の引続き拡大見込みから前年度比65.8%増を見込んでいる。これに対し,公的借款見返り資金は前年度より18.4%減少し,総歳入の4.8%に縮小している。

そして,本予算も借入金はなく,収支尻はバランスしている。なお,本予算において,政府は77年度の実質成長率を10%に,また,年間輸出総額を100億ドルに見込んでいる。

(5) 物価動向

74年に急騰した物価は,75年に入って卸売物価が前年比26.5%高(74年は42.1%高)と高水準ながら騰勢はやや鈍化したが,消費者物価は同25.3%高と前年(24.3%)を上回り,物価上昇は20%以内に押えるという政府の目標は達成できなかった。卸売物価の鈍化は輸入価格の下落(前年より5.8%下落)等によるもので,一方,消費者物価の上昇は年初来の穀物等食料品の値上げ,7月の公共料金値上げ,防衛税の新設等に加え前年からの卸売物価の高騰が消費者物価に反映してきたことなどによる。76年に入ってからは卸売物価が1~8月期に前年同期比12.2%高,消費者物価が同16.7%高と依然水準は高いものの,騰勢は鈍化傾向を強めている。これは従来の物価対策(73年末の価格事前承認制や金融引締措置等)に加え76年3月から「物価安定及び公正取引法」(主要商品の価格料金等につき取引段階別及び地域別に最高価格を設定等31条からなる)を施行したことの効果によるものである。

(6) 経済見通しと第4次5カ年計画

76年について政府は当初,実質経済成長率を7~8%,消費者物価12%内外,卸売物価10%内外,輸出65億ドル,輸入74億ドル,貿易収支赤字9.1億ドル,年末の外貨準備高を16億ドルと目標設定した。しかし,輸出の好調に支えられ,上期の実質GNPが予想以上の成長を達成したことから7月に入り本年の経済成長率を11.0%,輸出を70.9億ドル,輸入を79.2億ドル,貿易収支赤字を8.3億ドル,外貨準備高を19.4億ドルへと上方改定した。

なお,韓国では77年1月から第4次経済開発5カ年計画(77~81年)が初まるが,76年6月にその概要を発表した。これによると計画の基調を着実な成長と社会開発におき,経済の自立化を目指している。そして,鉄鋼,産業用機械,造船等重化学工業の推進と輸出の増強を軸に年平均9%の実質成長を達成し,目標年次の81年には1人当りGNPを1,284ドル(75年実績541ドル)に引上げることを目標にしている。

第8-1表 韓国の主要経済指標

2. 台  湾

(1)概  観

75年の台湾経済は,2月に景気の底を示した後次第に回復し,その後上昇傾向は第24四半期に最も顕著となった。第3四半期以降もいくぶん増勢鈍化はみられるものの,いぜん高い上昇テンポが続いた。75年の国民総生産は143億ドル(75年価格)で,経済成長率は実質2.4%と前年の0.6%を上回った。しかし1人当り国民所得は697ドルと,実質値でみると前年水準を13ドル下回っている。雇用情勢は景気の回復にもかかわらず,さして好転をみせず,失業率は74年平均の2.3%から,75年7月には4.4%まで上昇し,年末には3.4%と若干改善した。

75年の輸出は前年比5.9%減,輸入は14.6%減で,輸出の停滞にもかかわらず輸入抑制が強化された結果,貿易収支の赤字幅は6億4,300万ドルと前年の大幅赤字(13億2,700万ドル)に比べて半減した。

76年に入って,アメリカ,日本など先進工業国の景気好転を背景に輸出の伸びは一段と高まった。工業生産も上昇を続けているが,上昇テンポは後半に入ってやや鈍化してきた。76年上半期の経済成長率は前年同期に比べて実質13.4%増と大幅な伸びを示した。一人当り国民所得の伸びも実質10.5%であった。

76年1~10月間の輸出は前年同期比55%増,輸入は29.4増%と,輸出の増加に比べて輸入の伸びは相対的に小幅に止まり,貿易収支は前年の赤字から黒字に転じて4億1,470万ドルの黒字を示した。

(2) 生産動向

まず鉱工業生産の動向をみると,75年に入って第2四半期から生産は回復に向い,年間生産は前年比5.8%の上昇を示した。生産の上昇傾向は76年に入っても続いているが,上昇テンポは期を追って低下している(前年同期比,第1四半期33.6%増,第2四半期25.9%増,第3四半期21.5%増,当庁季調済指数前期比,第1四半期7.6%増,第2四半期3.1%増,第3四半期3.4%増)。とくに製造工業の伸びは第3四半期に入って大幅に鈍化した。これは主として企業全般にわたって,賃金の上昇と輸入原材料価格の上昇によってコスト・アップを招き,資金繰りが困難になったこと,一部の化繊,食料油工業で,政府の「投資奨励政策」に沿って設備拡張を行なった結果,設備過剰に陥り,経営が困難になったことなどによる。

一方,農業生産は75年には,前年比2.1%減となったが,76年に入って好調を取りもどし,76年上半期の伸びは5.5%であった。なかでも畜産品の伸びが最も著しく,前年同期比24%増,次いで林産品も15%増の著増を示したが,農産品は1.1%の増加にとどまり,水産品は逆に1.2%の減少となった。

これは前年同期の水産品の増産率が非常に高かったためである。

農産品のうち第1期の米作は140万トンと前年の131.5万トンを上回ったが,第2期の米作も前年水準を上回って,米作全体としては前年の249.4万トンを上回って270万トンに達した。

第8-2表 台湾の人口・実質国民総生産

第8-3表 台湾の主要経済指標

(3) 貿易動向

75年の貿易は,輸出53.1億ドル(前年比5.9%減),輸入59.5億ドル(前年比14.6%減)と,輸出の減少を上回る大幅な輸入の減少がみられる。これは輸出産業の不振を反映して,工業用原材料輸入が減少したことに加え,貿易収支改善のために強力な輸入抑制策がとられたためである。たとえば大幅な入超に陥った対日貿易について,対日入超幅の縮小を目的に1,202品目の輸入停止品目を発表し(3月28日),また対日貿易アンバランスを是正する目的で,日台貿易専門小委員会が設置された(6月)。

75年秋以降,先進工業国の景気好転を背景に輸出は増勢に転じたが,76年に入って世界経済の好転に加えて,国内需要の停滞を反映して輸出の増加テンポは一段と高まり,1~10月の輸出総額は65億5,300万ドル(前年同期比55%増)となった。一方輸入も過去1年来の縮小によって輸入在庫が減少し,また輸出の増大にともなって,輸出産業用の原材料輸入需要が増加したこと,さらにOPEC原油価格の引き上げを見越した駆け込み輸入等を反映して増勢に転じた。また輸入規制も徐々に緩和された。1~10月間の輸入総額は61億3,830万ドル(前年同期比29.4%増)となり,貿易収支面では4億1,470万ドルの黒字を示した。

しかし輸出,輸入ともに第3四半期に入って増勢はやや鈍化しはじめている。これは先進工業国の景気回復テンポに鈍化がみられること,国内投資活動の停滞を反映して機械設備の輸入減退が顕著になったためである。外貨準備高は,貿易収支の黒字化および観光収入など貿易外収入の増加によって76年に入って増勢を示している。

(4) 金融動向

75年に入って,国内物価は安定しているものの,海外市場の不況解消の遅れから輸出が停滞し,このため経営難に陥った企業救済のため,中央銀行は2月に0.5%の公定歩合の引下げを実施し,続いて4月にさらに0.75%の引下げ(公定歩合10.75%)と市中予貸金金利の引下げを実施した。

その後,75年央以降輸出および工業生産は順調な拡大をつづけてきたが,76年第3四半期に入って増勢はやや鈍化しはじめ,資金繰りが困難になる企業が続出してきた。

中央銀行は,企業の金利負担の軽減,コスト低下を助成するため,10月22日公定歩合の0.75%の引下げ,さらに12月15日0.5%の引下げ(公定歩合,9.5%)と市中予貸金金利の引下げを実施した。

(5) 物価動向

75年の卸売物価は国内製品の需給緩和から年初来ほぼ横這いに推移し,消費者物価も季節的に若干の変動はあったが上昇幅は小さかった。こうした物価の安定状況は76年に入っても続いている。第3四半期の物価水準は前年同期に比べ,卸売物価3.6%高,消費者物価(全都市)1.9%高にすぎない。

これは政府のインフレ再燃に対する警戒心が強く,銀行の融資態度も放慢融資事件発生(6月)以来慎重となったためで,第3四半期末の通貨供給量は第2四半期末に比べて3.8%減少した。前年同期に比べて12.6%の増加にすぎない。

(6) 経済見通し

76年は経済6カ年計画(76~81年)の初年度に当たる。当初6.4%の実質成長率を予定していたが,年初来の好調な経済活動を考慮して9月末に年間成長率を10.1%と上向きに改訂し,さらに12月初旬には11.6%に再修正した。また77年の経済見通しについては,76年下半期に入って内外経済情勢に若干中だるみの徴候があらわれ,77年上半期まで増勢鈍化が続くものとみて,年率8.5%増とやや慎重な予測を立てている。

なお76年を初年度とする経済6カ年計画の最終案が,9月上旬行政院から発表された。その主要内容は,人口増加率1.8%(年率,以下同じ),実質GNP成長率7.5%(ただし初年度76年は6.4%,77年8.5%),一人当たり所得増加率5.8%(一人当たり実質所得額,75年700ドル→81年1,400ドル),工業生産9.0%,農業生産2.5%,輸出(サービスを含む)12.2%,輸入(サービスをふくむ)10.6%,貿易収支の黒字化(81年6,000万ドルの出超),物価上昇率5.0%,固定投資比率の増大(75年29.7%→81年32.8%),失業率の低下(75年3.7%→81年3.0%)を見込み,農業の近代化,資源開発,重化学工業化を積極的に進め,また十大建設(公共建設プロジェクト)の計画期間内達成をめざすことになっている。

3. フィリピン

(1)概  観

75年のフィリピン経済は対外的には輸出が先進諸国の不況と一次産品市況の軟化から不振におちいり,前年より大きく減少する一方,輸入の増大で貿易収支が大幅に悪化し,国内的にも製造業生産が不振であるといった困難にみまわれた。しかし,農業が豊作であったことや,建設部門が政府のテコ入れ等もあって著るしい成長をみせたことなどから,経済成長(実質GNP)は5.8%と74年の6.3%を上回った。また,74年に急騰した物価も金融引締めや米の豊作などから75年に入ってから全く安定している。

76年上期についてみると,農業は比較的順調に推移しており,工業生産も食料や履物を中心にようやく回復の動きをみせている。しかし,輸出は減少傾向が続き,第2四半期にようやく下げ止った。ただ,輸入も輸入抑制措置等で頭打ちないしは減少傾向にあるため,貿易収支赤字は年央以降やや改善しつつある。また,物価も引続き安定している。

(2) 生産動向

75年の農業生産は4.7%と比較的高い増加を達成した。これは「マサガナ99計画」(米の増産計画)の推進と天候にめぐまれたことから米の生産が626万トン(もみベース)と74年を10.6%上回る大豊作(3年連続の豊作)となったことが大きく,とうもろこし,バナナ等の作物も順調であった。しかし,砂糖は生産量が増えたものの価格の低下と輸出不振で低迷しており,木材生産も不振であった。なお,米の在庫は75年末には90日分(90万トン)に達している(正常在庫は21日分)。

76年に入ってからの農業は5月央に洪水(ルソン島中部)に見舞われたものの全体では米をはじめバナナ,とうもろこしの生産増により順調に推移しており上半期の農業生産の伸びは6.3%増(前年同期は4.6%増)と好調に推移している。

製造業部門は75年も前年に引続き不振で製造業生産指数でみると前年比マイナス2.5%となっている。なかでも輸出産業である合板等木製品工業は輸出不振から16.6%と大幅に減少し,その他,繊維や化学産業等も不振であった。これに対して国内の建設ブームを反映したセメント業や自動車などの輸送機械は好調であった。

76年に入ってからの工業生産は長期間にわたる低迷からようやく食品業や履物を中心に回復の気配をみせており,上期の製造業生産指数は前年同期比2.2%の上昇(前年同期は6.9%のマイナス)となった。

建設部門は74年からスタートした住宅建設4ケ年計画(77年までに240万戸目標)やホテルの建設ブーム(観光客の増加及び76年10月に行われたIMF総会に備えてのホテル建設)によって75年は31.2%増と著るしく伸長した。そして76年上期も引続き好調を持続している。

(3) 貿易と国際収支動向

75年の貿易をみると輸出は前年を14.8%も下回る2,275百万ドルにとどまった。これは一次産品需要の減少と価格の軟化によるもので,主要輸出産品についてみると輸出額は砂糖が13.5%減,ココナッツ製品16.2%減,銅42.3%減,木材8.4%減と軒並み減少しており,4品目計(74年の全輸出の71.0%を占める)でも19.4%減となっている。

一方,輸入は引続き増大し12.0%増の3,883百万ドルとなった。このうち石油及び同製品の輸入は前年比17%増の7.6億ドル(総輸入の22.3%)に達している。この結果貿易収支は1,196百万ドルの赤字(前年は449百万ドルの赤字)と大幅に悪化し,経常収支も観光収入の増加等があったものの923百万ドルの赤字となった。これに対し,資本収支は直接投資,援助等長期資本の流入が著るしく増加(前年の3.6倍)したことから906百万ドル(誤差脱漏を含む)と前年を上回る黒字となったものの,総合収支はこれまでの黒字基調から一転して16百万ドルの赤宇となった。

76年の貿易動向をみると,輸出は75年の第1四半期から76年の第1四半期まで減少を続け,第2四半期にようやく回復し,前年同期比でも18.2%の増加となった。

一方,輸入は四半期ベースでみると75年以降横這いを続けており,76年の第2四半期には前年同期を4%下回っている。上期の貿易収支赤字は583百万ドル(国際収支ベースで輸出1,204百万ドル,輸入1,786百万ドル)と依然赤字幅は大きく(前年同期は504百万ドルの赤字),政府にとってこの赤字対策が最大の問題となっている。このような3年連続の大幅貿易収支赤字から,政府は74年以降様々な対策を進めてきたが,76年に入ってからも1~9月間にIMFのオイルファシリティ55.1百万SDR,同補償融資48.4百万SDR,ユーロ・カレンシー 902百万ドル等の借入れのほか,3月に米国の銀行シンジケート団がフィリピン中銀に2億ドルの中期ローンを行うなどバンクローンも順調で,ファインスは比較的スムーズに行われている。この結果,外貨準備も75年後半にはやや減少したものの,本年に入ってから再び増加傾向をみせ,5月末には75年末比28.9%増の1,753百万ドルと史上最高の準備高を記録している。しかし,一方では対外債務累積も著るしく,74年末の29億ドルから75年末には38億ドル,そして76年6月末には45億ドルに達している。

第8-4表 フィリピンの主要経済指標

(4) 財政動向

75年度(74年7月~75年6月)の予算は総額201.9億ペソ(前年度比40.2%増)で,経済開発に重点を置いた大型予算であった。これに対し,76年度予算は総額224億ペソ(前年度比11.0%増)とかなりの緊縮予算となった。

これは国内経済の停滞から税収の伸びが期待できないためである。

歳出面をみると一般政府業務費が前年度比72.5%増(21.2億ペソ)のほか76年度の重点施策である社会的公正を反映して住宅建設及び地域開発が70.9%増(16.8億ペソ),社会保障及び福祉が30.6%増(7.1億ペソ)と増大したのに対し,国防費は6.1%減(27.5億ペソ)と縮小した。

一方,歳入をみると税収入が全体の66.8%を占めているが税収入の伸びが前年度比6.2%増と低く見積られており,このうち最大の収入源である関税は,貿易が縮小傾向にあることから前年度比1.3%減と,前年度の41.2%増に比べ大幅減収見込みである。なお,歳入総額の22.3%を国内及び世銀,IMF等の国外からの借入れで賄なう予定となっている。

政府はこの予算の発表と同時に4カ年開発計画に基づく開発戦略を実施するために,世界経済の不況圧力に対抗するための経済拡大手段の追求及び既に達成した成長力の維持,食料増産計画の強化,観光客誘致政策,社会開発計画及び所得のより公平な分配のための政策促進等10項目の政策ガイドラインを採用した。

(5) 物価動向

74年に急騰した物価は75年に入ってから,卸売物価が前年比2.9%高(74年は54.5%高),消費者物価が同8.0%高(74年は34.8%高)と急速に鎮静化した。これは米やガソリン等主要物資にたいする価格統制など厳しい物価統制を行っていること,3年連続の米の豊作などで食料品価格が安定していること,74年来の金融引締め等の効果による。76年に入っても引続き物価は安定しており,こうしたなかで5月に入ってから最低賃金の引上げ,米およびとうもろこしの小売り価格10%引上げ,パス等の公共料金の29%引上げ等物価体系の改定が相次いだ。このため,先行き物価上昇の懸念があるものの,上期の上昇率は前年同期比で卸売物価が3.8%高,消費者物価5.3%高にとどまっている。

4. タ  イ

(1)概  観

75年のタイ経済は対外的には先進諸国の景気回復が思わしくないことに加え,インドシナ諸国における政治的変化,国内においても引続く労働紛争の頻発,さらに1月の総選挙の結果不安定な小数連立内閣の成立と内外の困難をかかえていたが実質経済成長率は6.4%と前年の3.2%を上回った。これは前年不振であった農業生産が好天にめぐまれ豊作であったことが大きく,工業生産も砂糖,肥料等を中心に徐々に回復してきた。また,前年急騰した物価も農業の豊作等を反映して鎮静化している。ただ,先進諸国の景気停滞,一次産品価格の軟化などから輸出が前年より減少したのにたいし,輸入は増大したことから貿易収支は大幅に悪化した。

76年の経済情況をみると,輸出が回復し好調に推移しており,工業生産も堅調で,物価も安定しているなど目下順調に推移している。ただ,74年以降投資活動が大きく縮小しており,それに伴い失業者が増大していること,年央まで順調であった農業生産が,一部地域の雨量不足によりやや不安がもたれていることなどの問題をかかえている。

(2) 生産動向

75年の農業生産は好天にめぐまれたこと,作付面積の拡大等により前年比6.6%(国民所得ベース)の増大をみせた(74年は3.2%増)。特に,主産品である米は前年比14.9%増の1,538万トン(もみベース)と好調で,その他,とうもろこし6.1%増,砂糖きび45.7%増と順調であった。半面,ゴムは価格の低迷及び年初の南部タイの洪水被害により8.2%減,ジュート及びケナフが同様に需要不振と価格の低迷から34.3%減となった。

76年の農業生産は6,7月にかけ東北タイを中心に降雨が少なく,田植えが遅れたほか,とうもろこしに被害がでるなど悪影響が懸念されている。なお,政府は早ばつの緊急対策として5千万バーツ(約245万ドル)の予算措置を講じた。

製造業は73年までの5カ年の年平均増加率が12.8%にのぼったのに対し,74年は石油危機や世界的不況の影響から繊維産業を中心に大きな打撃を受け,前年比2.5%の増大にとどまった。75年も当初不振であったが年央以降生産活動は回復傾向をみせ,年間では6.1%増と比較的順調であった。業種別にみると砂糖(前年比14.2%増),ビール(同37.9%増),肥料(同5倍),オートバイ(同25.7%増)等が好調であった。しかし,繊維,合板等は前年に比べたら増産を示したが,依然73年の水準を下回った。

76年に入ってからは上期の工業品輸出が前年同期比46.6%増と好調であることなどを反映し工業生産は順調に推移している。問題は,74年後半以降投資活動が大幅に縮小していることで,特に外国からの直接投資は先進諸国の不況,インドシナ諸国の政治的変化,政府の不安定性,労働争議の多発等から減少している。75年についてみると製造業に対する投資は前年比23.1%減の430百万バーツ,さらに76年上期は前年同期比62.7%減の36百万バーツと急減している。なかでもこれまで投資の中心となっていた繊維産業に対する投資は74年の214百万バーツから75年は122百万バーツ,そして76年上期には4百万バーツとその減少は著るしい。こうした投資減少を反映して失業者も増加しており,政府は外国からの投資促進を図っている。このため,76年に入ってからもバンコック市内における工場建設制限措置の撤回,公定歩合の引下げ,商用滞在規制の緩和等の措置をとっている。

(3) 貿易と国際収支動向

75年の貿易をみると輸出は2,209百万ドルと前年を9.6%も下回った。これは,74年の総輸出の約50%を占めた米,とうもろこし,天然ゴム,錫の4品目の輸出数量が軒並み減少し,また輸出単価もとうもろこしを除き低下したことから,この4品目の輸出が前年に比し28.0%も減少したのが大きい。

特に,最大の輸出産品である米は世界的に豊作であったことから輸出額は40.2%もの減少であった。これに対し,砂糖(前年比51.6%増),えび(同47.5%増),タピオカ(19.9%増)等は好調であった。

一方,輸入は73年38%増,74年53.4%増と急増してきたが,75年は国内の景気が沈滞していたこともあって3.3%増の3,280百万ドルにとどまった。うち,石油は前年比13.2%増と全輸入の21.3%に達している。また,中間生産財及び原材料は前年を12.7%下回ったのに対し,資本財は同12.8%上回った。

こうした輸出入の動向から75年の貿易収支は988.5百万ドルの大幅赤字(74年も701.9百万ドルの赤字)を記録した。

一方,貿易外収支は観光収入が前年比17.8%増と着実に伸びているのに対し,アメリカ軍開係からの受取りが22.1%減と急減したこともあって前年を19.2%下回る302.1百万ドルの黒字にとどまり,移転収支の黒字も前年を下回り,経常収支赤字は74年の87.6百万ドルから75年には606.1百万ドルへと一気に拡大した。これに対し資本収支は直接投資が前年比54.5%減となったほか,民間企業に対する信用供与等も減少したことから前年比14.4%減の380.5百万ドルの黒字にとどまった。

以上の結果,75年の総合収支は前年の黒字から一転して140.2百万ドルの赤字を記録した。また,外貨準備もこのため74年末の1,859百万ドルから75年末には1,775百万ドルへと減少した。

76年上期の動向をみると,輸出は政府の米に対する輸出税及び輸出プレミアムの引下げ(1月),米穀輸出振興委員会の設置(2月)といった輸出促進策を図ったことから米の輸出が前年同期に比し18.1%増加したほか,他の産品も先進国の景気回復,一次産品価格の反騰などにより急速な回復をみせ,前年同期比30.0%増の1,446百万ドルとなった。これに対し輸入は引続き抑制気味に推移しており,5.2%増の1,726百万ドルにとどまった。この結果貿易収支赤字は239.7百万ドルと前年同期の492.2百万ドルの赤字から大幅に改善をみている。なお貿易外収支はアメリカ軍からの受取りがアメリカ軍のタイからの撤退等もあってさらに急減していることもあり,黒字幅が縮小しているが経常収支赤字は貿易収支の動向を反映して123.9百万ドルと改善している。

一方,資本収支は引き続き直接投資が低迷しており,前年同期を16.4%下回る187.2百万ドルの黒字となっている。

この結果から総合収支(誤差脱漏を含む)は再び58.9百万ドルの黒字を記録しており,外貨準備も増加傾向にある。

第8-5表 タイの主要経済指標

(4) 財政動向

76年度(75年10月~76年9月)の予算は前年度比30.5%増626.5億バーツの大型予算であったが,77年度予算は686.9億バーツ,前年比9.6%増と一転して緊縮財政となった。これは,景気が回復過程にあるとはいえ,74年来の不況で税収見通しが悪いことから緊縮財政を余儀なくされたもので,物価上昇を勘案すると実質の伸びはさらに小さい。

本予算は国防,国内治安と社会厚生,農村開発に重点がおかれている。歳入をみると法人・所得税等の伸び悩みから前年度比3.5%増の504億バーツにとどまっている。一方,歳出は米軍の撤退に対処して国防費が25.5%増となっており,治安維持費と合せると総歳出の25%を占めている。また,義務教育の普及を主体に教育費が13.9%増(総歳出の21.4%),地方医療対策の充実を目指して社会厚生費22.3%増(同11.7%)となっているのに対し,これまで最も大きなウエイトを占めてきた経済開発費が財源難を理由に農村開発費を除くと軒並み前年度の予算を下回り,全体でも前年度比13.4%減(同20.9%)となっている。

なお,収支じりは前年度を大きく上回る183.2億バーツの赤字となっており,この分は中央銀行,商業銀行からの借入れが予定されている。

金融面をみると,75年4月に国内景況の停滞に対処して公定歩合を11.0%から10.0%に引下げた。また,76年8月には顕著な景気回復がみられないため,金融面からさらに経済活動を刺激し,投資の促進を図る目的で公定歩合を9%に引下げた。

(5) 物価動向

タイは従来から極めて物価の安定している国であったが73年以降の世界的インフレの中で73,74年と消費者物価・卸売物価ともに2桁台の高騰を見せた。このため政府は74年に不当利益防止法による重要物資の最高小売価格の指示,輸入関税等の引下げ,政府支出の抑制,公定歩合の引上げ等の物価対策を講じた。こうした政策の効果に加え,75年は農業が豊作で農産品の価格が安定したこと,不況の長期化で消費が沈滞気味であったことなどから75年は卸売物価・消費者物価ともに4.1%高と安定している。この傾向は76年に入ってからも続いており,上期の物価上昇は前年同期に比べ卸売物価が4.7%高,消費者物価5.4%高と比較的安定している。政府は物価がこのように安定している中で景気回復が思わしくないことから,本年8月に公定歩合を引下げるなど金融緩和政策をとっている。

5. インドネシア

(1)概  観

75年のインドネシア経済は世界的不況で輸出が前年を下回り,また,プルタミナ(国営石油公社)の財政危機から国際収支,財政収入が悪影響を受け外貨準備が急減するなど多くの困難にみまわれた。しかし,農業生産が豊作であった74年並みを示したこと,製造業部門も上期に繊維産業を中心に低滞がみられたが,その後回復をみていることなどから実質成長率は7~8%に達したと推定される。また,物価は金融財政の引締め,前年に引続く米の豊作等により前年より騰勢は鈍化したが依然大幅な上昇を続けている。

76年に入ってからは輸出が回復に転じていること,石油生産が順調に拡大していること,農業生産も下期に至って一部地区は干ばつ被害が伝えられているものの,年央までは比較的順調とみられており,工業も順調に推移していることから経済成長率は前年並み(7%程度)と見込まれている。なお,物価は引続き大幅な上昇を続けている。

(2)生産動向

鉱業部門は主要産業である原油生産が75年は輸出数量の減少を反映して,74年の年産502百万バーレルから477百万バーレルへと減産になった。また,これまで生産が拡大基調にあったボーキサイトも前年比23.1%減,錫が同じく6.1%減となったほか軒並み減産となり,増産となったのは石炭程度である。76年に入ってからは先進諸国の景気回復,とぬわけ日本,アメリカ向け輸出の回復を反映して原油生産が好調で,第1四半期の原油生産指数は171.4(70=100)と過去のピークである74年第2四半期の170.1を上回り,その後も拡大を続け5月には180.5となっている。

農業生産の動向をみると,73・74年と米作を中心に豊作が続いたが,75年も農業生産指数でみると前年をわずか上回り,順調であったといえる。このうち,米の生産は前年並みの15.3百万トン(精米ベース)と3年連続の豊作である。

76年の農業は年央までは天候にもめぐまれFAOの見通し(8月20日現在)によると米の生産が前年比6.5%増の16.3百万トン,粗粒穀物が同14%増の3.3百万トンと極めて好調に推移していた。しかし,その後,東・中部ジャワを中心とした干ばつの広がりで米作に被害がでており,今後の動向が懸念される。なお,政府は76年9月に米の増産対策として肥料価格の引下げ(10月から実施),籾買上げ価格の引上げ(77年2月から実施)等を発表した。これは同国の米の輸入数量が依然多い(73年153万トン,74年115万トン,75年1~6月4万トン)ととから生産増強を図り,国内需給の改善と国際収支面での負担軽減を図ろうとするものである。

製造業生産は従来同国の製造業の規模が小さく,かつ,国内需要に比べ生産能力の低い部門が多いこと,また,近年各種合併企業が生産開始ないし軌道に乗りだしたところが多いことなどから順調な成長をみせていたが,75年は若干鈍化したとみられる。部門別にみると,最大の産業である繊維は74年中に大量の繊維品がインドネシアに流入してきたことなどの影響から競争力の弱い同国の繊維産業は不振であった。金属,機械工業は自動車生産が生産量の増大,輸入部品価格の上昇で金額ベースで急増したが他は低迷している。その他の産業をみると,食品,雑貨,手工業及び化学工業は順調であった。76年は各産業とも概して順調とみられている。

(3)貿易及び国際収支動向

75年の貿易をみると輸出は前年を2.3%下回る7,103百万ドルにとどまった。これは総輸出の74.4%占める石油輸出が1.4%の伸びにとどまったほか,ゴムが24.8%減,錫23.8%減,木材30.0%減となったのが響いている。

国別にみると,総輸出の53.1%(74年)を占める日本への輸出が25.0%もの減少となったほか,西独(総輸出の2.1%)への輸出も17.6%減となった。

逆に,アメリカ(同20.5%)向け輸出は石油を中心に45.0%もの増加となった。一方,輸入は4,709百万ドルと引続き22.6%もの増加をみせた。輸入のほとんどは原材料と資本財で,消費財は74年にとられた乗用車などぜいたく品の輸入禁止措置の効果もあって低く押えられている。

この結果,75年の貿易収支黒字は1,418百万ドルと前年の黒字2,125百万ドルから大幅に減少し,経常収支は貿易収支が石油を中心とした利潤送金が多額にのぼることもあって1,110百万ドルの赤字(前年は91百万ドルの黒字)となった。一方,資本収支は直接投資が前年の水準並みにあったこと,外国からの援助も前年の3.2倍に達したことにより長期資本収支は大幅黒字であったものの,短期資本収支がプルタミナの負債返済を主因に1,877百万ドルもの赤,字になったことから250百万ドルの黒字(誤差脱漏を含む)にとどまった。このため,総合収支は860百万ドルの赤字となり,外貨準備も75年末には前年末比60.7%減の586百万ドルと急減した。

76年に入ってからの貿易は輸出が日本向け輸出の回復,引続くアメリカ向け輸出の好伸等により上期14.1%増(前年同期比)と回復に転じている。なお,政府は4月から輸出税の減免等5項目にわたる輸出振興策を実施している。一方,輸入は未だ政府の発表がないが,アメリカ,日本,西独の3国からの1~5月の輸入(各国資料から推計,この3国は74年総輸入の54.8%を占める)が前年同期比マイナス0.1%にとどまっていることからほとんど増加していないとみられる。このため,貿易収支の黒字幅は本年に入ってから拡大傾向にあり,これにともなって外貨準備高も再び増加しており,7月末には75年末比2.4倍の1,419百万ドルとなっている。

なお,政府発表によるとプルタミナの負債総額は75年3月時点で105億ドルに達しており,その後,各種プロジュクトの整理,プルタミナの経営する事業の政府部門への移管等により,76年5月時点でば62億ドルにまで減少している。

第8-6表 インドネシアの主要経済指標

(4)財政動向

76年度(4~3月)の予算は総額3兆5,206億ルピアで前年比28.7%増と過去2カ年に比較すれば緊縮予算(74年度82.9%増,75年度73.4%増)となっている。これはプルタミナの財政難に端を発する国家財政の苦況や外貨危機の中で76年度は石油収入が伸び悩むとみられることなどのためである。

本予算の基本政策は経済安定のための均衡予算を維持すること,経常支出の節約により開発支出への資金配分を高めること,にある。

まず,歳入面をみると石油会社法人税がプルタミナの経営不振等から前年度比7.6%の微増にとどまり,歳入に占める割合は47.1%(16,565億ルピア)と前年度の56.3%から落ち込んでいる。また,輸入税も輸入抑制等から前年度並みにとどまっている。これに対して外国援助の受入れは前年度比3倍の7,174億ルピア(歳入の20.4%,なお,75年度は8.7%)と大幅に依存度が上昇し,プルタミナ問題をかかえた同国の経済自立政策は大きく後退した感じである。

一方,歳出は経常支出が9.1%増にとどめられている半面,開発支出は51.4%増の19,203億ルピアと経常支出(16,003億ルピア)を上回った。重点は運輸・観光や電力部門におかれ,地域開発は前年度を下回り,農業や教育,文化部門も伸び悩んでいる。

なお,政府は石油収入の伸び悩みといった背景もあって,76年4月に同国で作業請負契約で操業している外国石油会社に対し,プルタミナの利益取り分を原油1バーレル当り1ドル引き上げた。さらに7~8月にかけP/S(生産分与)契約にて操業している外国石油会社26社との間で利益配分につき,外国石油会社の取り分を従来の24.1%から15%に削減する等の契約条件の改訂を行なった。こうした契約改定によるプルタミナの増収は年間で6~7億ドルにのぼるとみられている。

(5)物価動向

インドネシアの物価(消費者物価)は73年に31.5%高と騰勢を高めたあと74年も40.4%高と急謄した。このため政府は74年4年以降預貸金金利の引上げ等の金融引締め,主要消費価格安定政策などのインフレ対策をとっており,加えて74,75年と食料生産が好調のため,75年の物価は19.0%高と騰勢は鈍化してきた。しかし,依然高水準であることに変りなく,とくに10月に米の政府買上げ価格及び肥料の政府売渡し価格を引上げたことから75年末には食料品価格を中心に再び騰勢は強まった。

76年に入ってからは4月から石油製品価格を13~33%引上げたことなどもあって依然高水準に推移しており,上期の上昇率は前年同期比20.6%となっている。

6. インド

(1)概  況

インド経済は70年代に入り農業生産の不振を主因に低迷を続け,70~74年度(4~3月)の年平均成長率(実質GDP)は1.3%にとどまった。特に,74年は農,工業の不振に加えて石油危機等から失業増大,食料不足,高インフレと困難が重なり,また,ストの頻発など社会不安も高まりインド経済は独立以来最も困難な年であった。

こうした状況は75年にも引続いたため,政府は6月に非常事態宣言を発動,ついで7月には物価安定,脱税・密輸の取締り等20項目にわたる新経済政策を発表した。さらに,75年度の年次計画でも物価の安定,基幹部門(石炭,電力等)への優先投資等に重点をおくこととした。こうした政策に加え,75年は天候にめぐまれ穀物生産が史上最高を記録し,工業生産も回復に向っており,インド経済は75年後半から回復に向った。その結果75年度の経済成長は5.5%(実質国民所得,暫定)と近年にない高い成長を達成し,物価も安定した。

76年の経済状況をみると,引続き農業は順調で工業生産も拡大傾向をみせている。

また,75年の貿易収支は大幅な赤字に悩まされたが,76年に入ってからは輸出の回復と輸入の減少により黒字に転じており,物価の安定も続いている。こうした動きから,インド準備銀行は76年度も前年度並みの5.5%成長が続き,物価の安定も続くだろうとの楽観的見通しを発表した。

(2)生産動向

75年の農業生産はラビ作(乾期作,春収穫),カリフ作(雨期作,秋収穫)ともに天候にめぐまれたことから大豊作を記録した。

このうち米の生産は前年比20%増の48百万トン(精米ベース),穀物全体でも前年を16.2%上回る101.3百万トン(米を籾ベースでみると125.3百万トン)と史上最高を記録し,前年の不作から回復した。

ただ,綿,ジュートなど商品作物の一部は不調であった。国民所得ベースでみると75年度(4~3月)の農業生産は8.0%増,うち食料生産は12.0%増と高成長を遂げた。76年に入ってからもラビ作の豊作に引続き,その後も順調に推移しており,8月時点のFAOの見通しによると76年の穀物生産は米が前年を若干下回るものの,小麦やその他粗粒穀物は前年を上回るとみられている。

工業生産は73,74年度と低迷していたが,75年度は基幹部門に対する優先投資や雨期が順調であったことによる電力不足の緩和,スト禁止令による輸送上のネック(鉄道スト)の解消などにより4.5%の増加となった。とくに鉄鋼(17.9%増),セメント(17.0%増),肥料など国営部門は順調であったが,綿業,プラスチック等民間部門の回復はかんばしくなかった。

76年の工業生産も輸出の回復,農業の豊作などから目下順調で,上期(1~6月)の工業生産は前年同期比13.0%の上昇となっている。ただ,工業生産の回復に重要な役割りを果しているのは依然国営部門である。

(3)貿易動向

75年の貿易をみると輸出は前年比9.5%増の4,299百万ドルにとどまった。しかし,多くの発展途上国の75年輸出が前年を下回ったことからみると順調であったといえる。品目別にみるとジュート製品,綿製品は伸び悩んだが,茶,砂糖,鉄鉱石等は順調であった。一方,輸入は前年比21.6%増の6,135百万ドルと輸出を上回る増加をみせた。これは74年の農業不振で穀物輸入が急増(75年1~10月の穀物輸入は前年同期の1.9倍に達し,総輸入の23.3%を占め石油輸入額を上回っている)したことが主因で,その他肥料(同期間に前年比2.4倍)も急増している。

この結果,貿易収支は前年よりさらに大幅に悪化している。しかし,一方で赤宇のファイナンスは外国からの援助の受入れ(ネットで74年度71.1億ルピー,75年度93.9億ルピー),オイル・ファシリティーの取入れ(75年中に201.3百万SDR)等順調であったため,75年末の外貨準備は1,373百万ドルと前年末の水準を維持した。

76年の貿易動向をみると,輸出は先進諸国の景気回復を反映して上期は前年同期比13.9%増の2,432百万ドルと順調に拡大した。これは鉄鋼,機械,皮革製品といった非伝統的製品の輸出急増によるもので,鉄鋼及び機械はすでに75年の実績を上回っている。ただ,伝統的輸出品であるジュート製品は先進国需要の伸び悩みやバングラディシュとの競争力低下があって低迷しており,2月にジュート製品の輸出税を撤発した。

一方,上期の輸入は前年同期比25.8%減の2,285百万ドル(cif)にとどまった。これは75年の穀物生産が大豊作で,76年も順調であることや,肥料の生産拡大を反映して,穀物及び肥料の輸入が急減したことによる。

この結果,76年上期の貿易収支は392百万ドルの黒字と73年第3四半期以来久し振りの黒字に転じており,これを反映して7月末の外貨準備高は前年末比約1.9倍の2,665百万ドルと史上最高を記録している。

(4)財政動向

76年度の予算は前年度比20.4%増の1,297億ルピーと伸び率は75年度(21.5%増)並みである。本予算は個人所得税,富裕税等の税率引下げ,経済開発支出の増額など景気刺激に重点がおかれている。

歳出面では行政費(前年度比8%増)や軍事費(同12%増)などの抑制から一般支出(451億ルピー)の伸びは押えられている。これに対して経済開発の促進を図るために,経済開発関係費(資本勘定)は前年度に比べ25.0%も増加しており,うち特に鉱・工業(57.9%増),運輸通信(31.4%増),電力(49.3%増)には重点がおかれている。なお歳出は経常勘定(769億ルピー)と資本勘定(528億ルピー)の計1,297億ルピーからなっている。

一方,歳入は国内の景気テコ入れをねらった減税(うち所得税は2~10%の引下げ)により租税収入が789.6億ルピー(前年度比15.9%増)と伸び悩みが見込まれており,その分,国債発行(64.6%増),外国援助の受入れ(33.0%増)の増額によって補てんする予定である。しかし,依然32億ルピーの赤字が見込まれる。

なお,政府は75年9月に同国通貨ルピーの英ポンド・リンクを廃止し,為替レートを主要貿易相手国通貨のバスケット方式により決定することとした。これは英ポンド相場の下落により輸入物価の上昇が目立ち,インフレ再燃,貿易収支赤字拡大が懸念されたためとった措置である(76年9月末までの1年間に対英ポンド・レートを計9回切り上げ,1ポンド=18.60ルピーから同14.70ルピーへと26.5%切り上げた)。

第8-7表 インドの主要経済指標

(5)物価動向

75年の物価は卸売物価が前年比1.6%高(74年は27.6%高),消費者物価が6.1%高(同27.3%高)と前年に比べると著るしく騰勢は鈍化し,特に前月比でみると年央以降消費者及び卸売物価ともに下落している。これは74年7月及び11月に実施した強力な物価抑制(賃金の一時凍結,株式の配当制限,公定歩合の引下げなどの金融引締め,ヤミ業者の取締り等)や75年の農業の豊作,75年の非常事態宣言以降さらに強化したヤミ業者の取締り等によるものである。

76年に入ってからも物価は3月時点までは下落傾向を続けたが,その後はやや上昇に転じている。上期の物価動向をみると卸売物価マイナス7.2%,消費者物価マイナス10.6%と前年同期比でみると下落している。

なお,こうした物価動向から政府は74年7月以来実施してきた株式の配当制限を7月以降撤廃した。これは景気てこ入れの一環でもあって,配当制限により低迷している株式市場の活発化を図り,民間部門の資本形成促進をねらったものである。

7. パキスタン

(1)概  観

74年度(74年7月~75年6月)のパキスタン経済は当初7.2%の成長目標を設定していた。しかし,対外的には世界的不況の中で綿糸布等の輸出不振から輸出が減少する一方,輸入は石油,小麦等の輸入価格高騰もあって急増したため,貿易収支が11.3億ドルと大幅赤字を記録した。また,国内面でも農業生産が干ばつの影響等で前年を下回ったほか,工業生庫も輸出不振及び農業の減産による原材料不足などからマイナス成長となり,その他部門(建設・運輸等)の成長が順調であったものの,経済成長率は3.1%と目標値及び前年度実績(6.7%)を大きく下回った。

75年度の経済は輸出の回復により貿易収支赤字が前年より改善したほか,農業生産も天候にめぐまれやや回復したものの,工業生産が繊維産業を中心に依然不振が続いたことなどから,成長率は4.0%(当初成長目標は9.0%)と引続き低迷している。

こうしたなかで73,74年と騰勢を高めてきた物価は75年後半から徐々に落着きをみせ,76年上期にはほぼ鎮静化してきた。

なお,76年度の経済については,先進諸国経済が回復過程にあり,輸出が拡大するであろうこと,こうしたなかで農・工業ともに成長が予想されるとして8.1%の経済成長を見込んでいる。ただ,76年7月末から9月にかけてパキスタン北部を襲った洪水により,農作物に大被害がでており,今後の経済動向に大きな影響がでると懸念されている。

第8-8表 パキスタンの主要経済指標

(2)生産動向

農業生産は74年度に干ばつの発生やタルベラ・ダムの事故により前年度比2.0%減となったあと75年度は4.0%増とやや回復した。75年度の生産状況を作物別にみると,小麦が前年度比8.3%増(820万トン),米が同9.8%増(250万トン)と殼物生産は天候にめぐまれ豊作で,さとうきびも同19.6%増と好調であったが,主産品の綿花は開花時の多雨とそれに引続く虫害のために,不振であった前年度をさらに18.7%も下回った。76年度の農業は当初目標で前年度比8.0%増の成長を目指している。しかし,76年7月後半から9月にかけてパキスタン北部を襲った洪水により,綿花(作付面積の1/4が被害を被る)や米,とうもろこし等農産物に多大な被害がでており,今後の生産動向が懸念されている。

一方,工業生産は世界的不況による輸出不振,農業停滞による原材料不足,技能労働者の国外流出,企業の国有化不安による投資減退等により不振が続いており,74年度は前年度比マイナス0.6%,75年度1.5%増となっている。特に主産業である繊維産業の不振が大きく,うち,綿布は74年度6.1%減,75年度2.3%減と2年連続減産,綿糸も74年度7.5%減のあと,75年度は綿花の輸出停止などによる国内生産向け原材料確保等から4.0%増とやや回復したものの依然低迷している,76年度の生産については先進諸国の景気回復にともなう輸出回復,綿花の増産見込み等から7.6%(大企業9%)の生産増を予想しているが,綿花生産が洪水により大きくダメージを受けており,必ずしも楽観できない。なお,7月に政府は綿繰り,精米,精粉の計2,203工場を国有化した。

(3)貿易及び国際収支動向

75年の貿易をみると輸出(fob)が前年比5.1%減の1,049百万ドルと減少した。これは先進諸国の不況による影響で主要輸出産品である繊維製品の輸出が伸び悩んだことに加え,米の輸出が価格の低落もあって前年比37.2%減となったことが大きい。国別にみると先進工業国向け輸出(全輸出の31.5%)が前年より11.5%減と2年連続縮小,また,これまで急拡大してきた産油国向け輸出(全輸出の25.4%)が10.1%減となったのが響いている。ただ,非産油発展途上国向けは12.1%増と引続き拡大している。

これに対して,輸入(cif)は前年比24.2%増の2,152百万ドルと依然拡大している。これは同国が72年以来,輸入の自由化政策を押し進めてきているなかで,石油輸入が前年比66.1%増(全輸入の17.8%)と急増したほか,食料品(49.0%増),鉄鋼(51.1%増),機械(65.7%増)等の増加が著るしかったことによる。

この結果75年の貿易収支は前年よりさらに悪化し,1,156百万ドルの赤字を記録し,経常収支も1,022百万ドルの赤字となった。こうしたぼう大な赤字をファイナンスするため,75年中にIMFのオイルファシリティの取入れ103.5百万SDRのほか,援助資金の受入れ等を行ったものの資本収支(誤差脱漏を含む)は835百万ドルの黒字にとどまり,総合収支は211百万ドルの赤字となった。このため外貨準備高も75年末には前年末比12.1%減の406百万ドルとなった。

76年に入ってからの貿易は上期の輸出が先進諸国の景気回復等を反映して前年同期比18.1%増と拡大している。しかし,この中で綿花は前年の生産不振を反映して76年に入ってから新綿の輸出を停止したことから,上期の輸出は前年同期に比し56.6%減と縮小している。一方,上期の輸入は国内生産好調による小麦輸入の減少,同じく肥料,金属製品等も減少したこともあり,前年同期比11.2%減となっている。この結果,貿易収支は改善傾向をみせており,外貨準備も6月末には75年末比56.7%増の636百万ドルと増加している。

なお,政府は6月末に76年度の輸入政策を発表したが,それによると工業生産の増強と消費物資の供給不足の解消を図るために輸入自由化品目の拡大を行う等引続き自由化政策を推進することとしている。

同国の貿易収支が大幅赤字にかかわらずこうした輸入緩和策をとるのは,原材料や機械等の輸入促進により農・工業の生産増強を図り,また同時に物価の安定と輸出拡大をねらったものである。

(4)財政動向

75年度の予算は総額282億ルピー(最終予算は295億ルピー)で,農業生産の拡大を最優先にしており,同時に工業生産の振興と貿易収支の改善,インフレ対策等に重点をおきGNP成長率9.0%を目指した。

これに対して,76年度の予算は前年度当初予算比17.4%増の331億ルピーで,重点も前年とほぼ同様に(イ)農業と後進地域に重点をおいた経済開発,(ロ)インフラストラクチャーの整備,(ハ)国土防衛に必要な国防力の維持,(ニ)低所得層の負担を最小限にするためのインフレの防止,の4点におき年率8.1%の成長を目指している。同国の予算は税収を中心とした経常勘定と外国援助を中心とした資本勘定とからなっている。まず,経常勘定(非開発予算)をみると,歳出は前年比11.1%増の161億ルピーと押えられているが,うち,もっともウエイトの高いのが国防費で49.5%(前年度比13.7%増)を占めている。歳入は関税と物品税を中心とした租税収入が全体の77.5%を占め,残りをその他収入で賄っているが400万ルピーの赤字である。

資本勘定(開発予算)についてみると,歳出は同国が経済開発に重点をおいていることもあり,前年度比24.1%増の170億ルピーが計上されている。これに対し,歳入は全体の89.5%にあたる127億ルピーを外国資金(前年度比10.6%増)に頼っており,国内資金はわずかに10.5%で,結局28億ルピーの赤字となっている。なお,同国予算の中で外国資金のウエイトは総歳入中75年度40.7%,76年度41.9%と高まっており,極めて依存度が高い。

(5)物価動向

73年から騰勢を高めた物価は74年も石油価格をはじめとした輸入価格の急騰や農業不振等によってさらに騰勢を強め,消費者物価が前年比29.2%高,卸売物価が同41.2%高となった。さらに75年も2月にガス,水道料金,ガソリン等の値上げおよび人工繊維,コーヒー等20品目の輸入関税引上げ(25%引上げ),4月に小麦,砂糖,植物油の配給価格引上げ等が相次ぎ,上期までは騰勢が続いた。しかし,一方で前年不作であった穀物生産が75年は順調であったことや,74年9月の公定歩合引上げ以来の金融引締措置等もあって75年の後半から騰勢は徐々に弱まっており,年間でも消費者物価20.9%高,卸売物価22.4%高と前年を下回った。

76年に入ってからも,上期の物価上昇は前年同期に比し消費者物価7.3%高,卸売物価7.1%高と安定した動きに変ってきた。

これは前年に引続き農業生産が順調に推移していたことなどによるが,7月末から9月にかけて洪水被害による農産物の大被害が食料品を中心とした今後の物価へ影響することが懸念される。 

第9章 中  東

1. エジプト

エジプト経済はうち続く戦争の影響により,これまで経済的破綻の危機に何度か見舞われてきた。

しかし,1973年10月の第4次中東戦争以降,中東和平の実現に努力し,75年6月にはスエズ運河が8年ぶりに再開されるなどようやく国内経済開発政策に本格的に取りくめる体制が整備されつつある。

最近のエジプト経済をみると1975年の経済はサダト政権の「門戸開放政策」に沿ってひきつづき運営されており,外資の積極的導入によって国内経済の開発を図るという特色がみられる。こうしたなか75年のエジプト経済における重要な出来事としては6月5日のスエズ運河の開通に続いて,9月の第2次軍事解放協定にもとづくシナイ半島油田地域のエジプトの返還をあげることができよう。

(経済動向)

エジプトの名目GDPの伸びは73年3.9%増,74年6.8%増のあと75年には10.7%の伸びを示したものと思われる。こうした伸びは前年にひきつづき設備投資を中心とした戦時経済からの回復が大きく寄与している。エジプトの生産構造の特徴としては依然農業が30.1%を占め,次いで鉱工業20.2%,建設4.2%となっている(第9-1表)。

このようにエジプト経済に占める農業の比重は依然として高いが,(雇用の半分,輸出の6割を占める)農業部門では74/75年についてみると綿花の収穫は73/74年にくらべ主として作付け面積の減少から9.7%の減少となった。これに対して小麦,とうもろこし,米はそれぞれ5%,9%,14%の増収となった。これには一部作付け面積が増加したことに負うところもあるが,とうもろこし,米については生産性上昇に負うところが大きかった。

一方,対外貿易の動向をみると75年の総合収支はIMF統計によると75年の1億5千万ドルの赤字からさらに拡大して13億5百万ドルの赤字になったものとみられる。これには,輸出が前年の伸びにくらべ停滞したのに対し,輸入が前年にひきつづき高い伸びを示したことによるものである。長期資本収支は1億7千百万ドルの黒字となった他,政府移転もひきつづき9億87百万ドルの流入となっている(第9-2表)。

通関ベースで輸出,輸入の動きについてみると75年の輸入は59.7%と高水準の伸びを示したのに対し輸出は7.5%の減少となっている。輸出についてはすべての品目で減少を示したがとくに総輸出額の4割強を占める綿花が前年比26.6%の減少となったことが大きく影響している(第9-3表)。

物価については74年以降はげしい物価高騰がつづいている。これは工業品,原材料,一部石油製品を海外からの供給に依存しているため海外からのインフレの影響をもろにこうむったためである。最近の政府資料によると1975年1-9月の消費者物価上昇率(前年同期比)は農村部で12.3%,都市部で9.4%と伝えられている。これは主として食料,飲料(都市17%,農村15%),衣料(都市15.8%,農村10.7%),家具耐久財(都市15.5%,農村14.6%)によるところが大きいとみられている。IMF統計によると消費者物価では74年の10.8%に対し75年は9.7%,卸売物価でも74年の14.4%から75年は7.5%とやや鈍化の傾向がみられる(第9-4表)。しかし政府発表の物価指数は品目選定,公定価格採用など政策意図が強く反映されており生活実感とは必ずしも合致しないようである。

第9-1表 要素別国内総生産

第9-2表 エジプトの国際収支

第9-3表 輸出・輸入の動向

第9-4表 エジプトの物価動向

(最近の経済政策の特徴)

以上のようにエジプト経済のかかえる問題は多様である。一方では67年6月戦争以来の多額の国防支出とそれに伴う外国からの借款の返済という問題を抱えながら他方では人口規模と利用可能な資源のアンバランス,消費増大とインフレによる低貯蓄,国際収支赤字,賃金上昇等,解決すべき困難な問題は多い。

こうした問題に対処すべく政府によってとられた最近の政策を要約すると以下のとおりである。

第1は経済開発の推進である。これには1974年後半から75年全体にかけての18カ月間の暫定計画が採用された。この計画の主目標は利用可能な資源からの収益を最大化ならしめることであるが,特にスエズ運河地域の再建,工場機械設備の再建,未利用施設の再稼働,経済開発に必要な新たなプロジェクトの着手などに重点がおかれている。

第2は門戸開放政策である。経済開発に必要な資金と国内貯蓄とのギャップを埋めるためにアラブ諸国を中心とする外国資本の導入が積極的に図られた。1975年10月までの外資との提けいプロジェクト数は291(3億6千万エ・ポンド)に達している。

第3は外国援助の受け入れである。国内資源の不足から外国援助に頼らざるを得ない部分が多いが,その殆んどはアラブ石油輸出諸国からのものであり,一部は先進諸国,国際機関からのものである。1973年10月~75年1月までにエジプトが受け取った援助総額は4,440百万ドルとなっている。

(新5カ年計画の概要)

1976年~80年までの新規5カ年計画については現在,事務局において原案が作成されている模様である。

計画の大網としてはまず長期戦略として,①国際収支の改善,②投資を増加し,近代技術の導入によって労働生産性の向上を図る。③特に工業開発を重点的にすすめ20世紀末までに,3,000万人の追加人口が居住可能になるまで量的質的拡大を図る。④国際収支の改善,生産の拡大は全国民の教育,保健,住居を含む文化,物質面での水準を高めることを究極の目標とする。

このため具体的には,①1980年以前に国際収支の赤字を解消する。②消費を規制し80年までに投資額を20億エ・ポンドに引きあげる。③国内総生産(実質)は年率約10%の伸びを見込み,計画期間中60%成長とする。④石油,観光,スエズ運河,パイプラインの収入増により輸出を95%引き上げる。

⑤輸入の伸びは25%にとどめる,などの目標が設定されている。

2. イラン

(経済概況)

1975/76年(75年3月21日から76年3月20日まで以下同じ)はイラン経済にとって第5次開発計画の3年目にあたる。イラン中央銀行の推計によると75/76年の国内総生産は石油部門で落ち込みが見られたものの,非石油部門が堅調に推移したため,実質で前年比5%の増加を示したものとみられる。

すなわち石油需要の停滞から石油部門では前年比11.1%の減少となったが,非石油部門で実質GDPは公共部門,民間部門ともにそれぞれ15.5%,16.8%の伸びを示した。

こうした結果,75/76年の名目国民所得は3兆6,150億リアル(532億ドル),一人当たり所得は109,000リアル(1,600ドル)になったものとみられる。

75/76年のGDPの増加要因をみるとその主因は投資活動の活発さにもとめることができる。公共部門,民間部門とも投資活動の伸びは著しかった。とくに民間部門における投資の伸びは著しかった (第9-5表)。

こうした投資の著しい増大から引きつづき労働需要が増加しており,イラン中央銀行の推計では雇用者6人以上の企業の雇用者数は75/76年の第1四半期では前年同期比10%の増加となっている。労働需給のひっ迫化は賃金の上昇につながり,それが生産性の上昇以上であるため卸売物価,消費者物価の上昇にはねかえっている。とくにこの傾向は建設業,製造業部門において著しい。こうした傾向は港湾輸送施設などインフラストラクチャーの不足とあいまってインフレ圧力の主因となっており,74/75年にひきつづき75/76年もはげしいインフレがつづいている。

インフレに対処して政府は必需物資の価格の規制,政府支出の抑制などのインフレ抑制策を実施した。前者については生産者,貿易業者の利幅の固定,価格規制,そして小麦,米,肉,砂糖に対する補助金をひきつづき与えることなどがあげられる。後者については75/76年の第2四半期の政府支出の伸びを抑制した。75/76年の政府支出の伸びは前年の12.5%増に対して40%に満たない伸びとなっている (第9-6表)。

一方,国際収支についてみると74/75年は大幅な黒字を示したが,75/76年は黒字幅が大きく減少した。 第9-7表は過去3年間の国際収支をみたものであるが,これによると財貨サービス収入による受けとりは6億ドル増えたが,財貨・サービスの支払が70億ドルの増加となったため経常勘定収支(表A+B)は前年にくらべ63億ドルの減少となった。国際収支の悪化は輸入活動が内需の活発さからひきつづき増加したにもかかわらず工業諸国の経済停滞により石油の輸出が伸び悩んだことによるものである。

第9-5表 粗国内固定資本形成の推移

第9-6表 政府予算の推移

第9-7表 外貨の受取り・支払い

(修正第5次5カ年計画)

1973年3月からスタートしたイランの第5次5カ年計画は総投資額2兆4,610億リアルと第4次計画にくらべ4倍の規模を見込んでいた。ところが73年末の石油価格の大幅引上げによって石油収入が急増したため,同年12月には第5次5カ年計画の修正が行なわれた。

計画の一般的目標は,生活水準と所得(とくに低所得層の所得)の向上,インフレを抑制しながらの均衡のとれた成長の達成,社会的サービスの向上,社会正義の実現,環境の保全,人的資源の均衡のとれた配分,科学的知識と技術の普及,国内生産と工業用の輸入の増加,石油以後の時代の新しい富の源泉を創りだすための余剰外貨の海外投資,民族文化と伝統の保存発展などである。

こうした目的達成のため具体的には当初計画とくらべ実質国内総生産を72/73年実績の1兆1,650億リアルから計画最終年度には3兆6,860億リアルへと年率25.9%の高成長の達成を目標に設定している (第9-8表)。

また計画期間中,人口増加率は年2.9%を想定しており一人当たりGNPは37,523リアル(555.9ドル)から106,650リアル(1,580ドル)になるものと見込んでいる。その実現のため総投資額4兆6,988億リアル(696億ドル)と当初計画にくらべ2倍の規模に拡大している。その内訳は政府部門3兆1,186億リアル(462億ドル),民間部門1兆5,802億リアル(234億ドル)となっており,計画期間中の伸びはそれぞれ年率17.7%,38.1%が見込まれている。

これら投資の配分については工業部門,とりわけ炭化水素産業,鉄鋼業に重点がおかれている。エチレン年産30万トンを建設する大規模プロジェクトについては一時,建築資材費の急騰からその実現が危ぶまれていたが現在プロジェクトメーカーにプラント類や共同施設を発注する段階にまで進展している。しかし,Bashireに製油能力50万b/dの製油所を建設する計画等は石油需要の停滞による石油収入の減少などから棚上げされた形になるなど楽観を許さない。そのほか各分野に野心的な開発計画が予定されているが,いずれも現在までのところその達成率は低い。すでにみたように75/76年の石油収入の減少による外貨収入の悪化はこうした開発プロジェクトの縮小修正に拍車をかけているものとみられる。この点に関してイラン政府当局からの明確なコメントはなされていないが,最近発表された76/77年の政府予算案はそれを明瞭に裏づけている。新予算においては過去2年間の異常な高成長から正常な経済に復帰するというより現実に即した方針を打ちだしており,そのため経済成長を実質17%,石油収入を現有生産能力の85%水準に見込んでいる。現行開発計画と新予算との間の関連は必ずしも明らかにされていないが,76/77年が現行開発計画の4年目にあたるところからみて開発計画が事実上縮小修正されたものとみられる。

第9-8表 第5次計画の目標

3. サウディアラビア

(1)経済概要

(国民総生産)

1973年末の原油価格の値上げにより73年7月~74年6月(以下73/74とする)のサウディアラビアのGDPは72/73年にくらべ2.5倍と飛躍的な伸びを示した。

その後75年の世界景気の停滞を背景とした石油収入の伸び悩みから74/75年のGDP(名目)は1265億サウディ・リアル(SR)(約60億ドル)と前年比26%の伸びにとどまったものとみられる。

サウディアラビアの国民総支出の構成についてその特徴をみると莫大な石油収入を反映して経常海外余剰が7割強を占めているのに対し,個人消費支出は1割,政府支出7%,粗資本形成9%というきわめて特異な構成となっている(第9-9表)。こうした石油収入に依存した経済構造はのちにみるように当分続くものと急われる。

第9-9表 国民総支出の推移

(物  価)

74年以降,急速に国民総生産が増加したため賃金上昇,公務員給与等の引上げにより国民一人当たり所得も急速に増加しつつあり国民各層の生活水準も著しい向上がみられる。しかし,その反面,著しい需給のアンバランス,過剰流動性の増大,輸入価格の上昇等からインフレが加速化されつつある。

政府はこうしたインフレに対する措置として73年半ばより消費財・投資材に対する関税の軽減撤廃,政府関係職員の給与の抑制,セメント・小麦・米などの緊急輸入などを行なった。その後75年には米・小麦・砂糖,肉など主要食料品に対して10億SR(約3億ドル)の補助金を計上するなどインフレ抑制に努めているが依然インフレ傾向は根強いものがある。

(原油生産)

原油生産の動きをみると73年前年比25.2%増と72年とほぼ同程度の伸びを示したあと74年に入って7.9%増,75年には石油需要の停滞から16.6%減と大きく減少した。サウディアラビアの75年における原油減産量は140万b/dであったが,これは中規模程度の1国の産油量に対応するものである。世界不況下においてこれほど減産ができたのは同国が人口稀少で石油収入吸収能力が小さいため減産による国内経済へのインパクトが小さいからであった。

(国際収支)

一方,国際収支をみると74年は輸入は2倍強の伸びを示したものの,石油価格の大幅上昇から原油の輸出が3.9倍と大幅に増えたため経常収支の黒字は前年の21億ドルから222億ドルへと10倍強の伸びを示したものとみられる。

75年に入るとすでにみたように原油の減産から石油輸出は前年比10%程度の減少を示した。これに対して輸入は国内経済開発の推進などから7割増と大幅な増加がみられたことから経常収支は165億ドルと依然高水準ながら黒字幅は前年にくらべ縮小した,。

(2)第2次開発計画の概要

75/76年度を初年度とする5カ年計画は,第一次計画の約15倍にのぼる4,980億SR(約1,415億4,270万ドル)の総投資額を見込んでいる。

目標は計画期間内に発展途上国からの脱皮をはかることである。とくに工業・農業開発の促進と公共サービスの改善による民生の向上をはかることで,GNPの伸び率を年平均10.2%にすることとしている。この計画も社会基盤の未整備,労働力不足などからその達成が困難視されている。

具体的にはオイルエコノミーから脱却し,所得源の多様化のため農業・工業の均等な発展を達成すること,とくに石油化学へ重点がおかれている。また人的資源開発のためには,全課程での無料教育,訓練施設での教育を国民がうけられることができ,同時に無料医療サービスが実行に移される。国民の生活水準の向上のためには雇用機会の保証,最低生活水準の保証,無利子のローンによる住宅政策,社会保障の充実,一時的生活融資などの諸政策が採用されることになっている。インフラストラクチャーの整備のためには,運輸・通信・公共サービス・住宅への投資が行なわれる。

計画投入資金は,1,415億4,270万ドルとされており,これは大幅な石油価格上昇前に作成された第一次社会経済開発計画の総額133億ドルにくらべ約10倍強に相当するものである (第9-10表)。

第9-10表 第2次計画投入資金の構成

(計画の目標)

すでにみたように今計画の発展戦略は第一に農業・工業の均等発展による経済基盤の多様化をはかること,第二に人的資源の急速な発展をはかることとなっている。

まず経済全体のマクロフレームについてみてみると,計画期間5年間の平均成長率は10.2%を見込んでいる。農業部門における平均成長率は4.0%が見込まれている。この農業部門の成長については比較的妥当なものと思われるが,工業部門の成長については人口稀薄な広大な国土に分散する市場を考慮した場合,容易なものとはみられない。工業,農業とも民間部門における高成長率に依存するところが大きい。従って政府の積極的な民間企業に対する補助政策がどの程度寄与するかに大きく依存するものといえよう。また石油部門のサウディ経済に占めるシェアも計画期間中にそれほど引き下げず依然として80年までの段階ではオイルエコノミーから脱却することはできない。

石油部門(原油・天然ガス・石油精製)は,74/75年でGDPの86.5%を占めているが,5カ年計画では84.5%へと減少する程度である。

(工業開発)

まず工業開発については,経済の多様化,経済的自立の達成という観点から長期的には石油に対する過度の依存度の低下,また短期的には石油・エネルギー関連産業を発展させることが中心となっている。このうち第二次開発計画における最大の目玉は石油関連産業を中心とした大規模な新産業都市の建設である。その構想は,東部地域(アラビヤ湾岸ジュベール中心)西部地域(紅海沿岸のヤンボ地域)に1984/85年度を目途に一大コンビナートを作ろうとするものである。第二次開発計画では,この二大プロジェクトのみで約400億リアルと,計画のうち前掲の経済開発資金のうち約45%が投入されることになっている。具体的にはジュベール地区ではガス収集・処理,石油化学製品の生産・輸出,石油精製,肥料,鉄鋼,アルミニウムの生産などが計画されている。またヤンボ地区では石油化学コンビナート建設が予定されている(第9-11表)。この両地区は,1,200kmにおよぶ石油・ガスパイプラインで結合される。

また,これらの発展を支援するため東部地域で日産38方立方米,西部地域で日産20万9千立方米の水供給プロジェクトが計画されているほか大規模な電力開発計画が策定されている。

第9-11表 ジュベール,ヤンボ両コンビナートにおける主要開発プログラム

(農業開発)

農業部門では,①農村部の1人当たり所得の引上げ,②輸入食料の依存からの脱却,③農業部門から他の生産性の高い産業への労働の移動,などの目標が掲げられている。このため水資源の確保,農地の拡大,農業技術の普及,農民の訓練,農業部門への信用供与,補助金の活用が急務となっている。

農地については,今計画では東南部のワディ・ジガン・ダムにより7,000ヘクタールを灌漑するほか,東部のアル・ハサ地区での6,000ヘクタールの灌流・排水網の整備など5万ヘクタールの耕地を作り出すこととしている。また農業生産奨励のため,直接補助金として小麦,とうもろこしに1kgあたり0.25SR(0.07ドル),米に,0.30SR,羊には一頭あたり10SR(2.8ドル),ラクダには50SRの補助をおこなう。間接補助金としては農機具については費用の45%,肥料に50%などである。

こうした前提をもとに80年の目標としては,小麦生産を70年の7万4,200トンから25万トン,大麦を6,700トンから1万トン,とうもろこしを14万7,400トンから22万5,000トンになるものと見込んでいる。

(インフラストラクチャーの開発)

第二次開発計画における社会・経済開発目標を達成するためには道路・港湾・空港・電信・電話網あるいは住宅建設などインフラストラクチューの整備・拡充が必須の要件である。

まず港湾については1972/73年度に総計300万トン近くの輸入貨物を扱っていた。そのうち2/3はジェッダ港とダンマン港に集中しているが,経済成長につれて79/80年度には,荷上げ量は1,300万トンに達すると見込まれている。現在すでにジェッダ港,ダンマン港で混雑が生じ開発プロジェクトが遅れるなど大きな影響を与えている。このためジェッダ港に20バース,ダンマン港に16バースを新たに建設する計画があるほか,コンビナートの新設に対応すべくジュベールの新港建設が予定されている。

また国内輸送網の中心となる幹線道路については新たに13,000km,地方道路10,000kmの建設が予定されている。陸路のほか空路整備にも重点がおかれ,現在20都市にある空港を整備するほか,サービス拡充がはかられる。

最後に住宅については現在居住用土地価格の急騰のため住宅所有はきわめてむずかしい状況にあるが,計画期間中に計画の実施に必要な追加的労働力を収容するため,27万戸の住宅建設が予定されている。

(今後の問題点)

他の中東諸国と比較してサウディアラビヤでは資金面ではとくに計画に支障をきたさないと思われるが,計画推進にあたっての最大の問題点は第一に労働力の確保であろう。これには量の面と質の面がある。まず量の面については現在すでに労働者の不足から住宅,道路,港湾建設がはかどらないという事態がみられる。こうした建設労働者の調達については,パキスタン,イエメンなどからの出稼ぎ労働者に頼ることが多いが一般には進出企業は自国の従業員を移入させ,プロジェクトを実施している。また最近の情報によれば安い労働力を確保するため上に述べた近隣諸国のみならずアジア極東諸国から労働力を調達する計画がすすめられており,もしこの計画が連行されるなら来年夏以降4年間に合計30万人の労働者がうけいれられることになる。

また質的な面については経済発展の中心が大型装置産業の建設にあるとみられており,ここでの専門的技術者をどこから調達するかが重要な問題となる。これはすでに第一次計画実施中から顕在化していた問題であり,このため第二次開発計画においては教育制度の拡充,職業訓練に高いウエイトがおかれている。こうした面から,高度の技術をもった労働者などの確保も今後の大きな課題である。

なお今計画における労働供給数をみると75年の160万人から80年までに233万人と73万人増加するがこのうちサウド人は232,000人,非サウド人は498,600人増加するものとみこまれている。とくに職種が高度化するほど非サウド人の割合が高くなっている。

第二の問題点は何といってもインフラストラクチャーの整備である。開発計画自体もこの点を認めており,すでに述べたようにジェッダ,ダンマン両港の過少な処理能力を指摘しており第二次開発計画の成否は港湾処理能力の増大の達成に依存しているといっても過言ではない。第二次開発計画において両港の大規模な拡張のほか新たな港湾の建設が計画されていることはすでにみたとおりである。このように今後の計画の達成には各種のインフラストラクチャーがバランスよく整備されていくことが不可欠になろう。

第10章 ソ  連

1. 概  観

ソ連経済は,75年の国民所得成長率が農業不作を主因として前年比4%と計画の6.5%を著しく下回り74年に引き続き2年連続の計画未達成となった。これを受けた76年の国民所得成長率は,農業生産の大幅な回復を見込んで5.4%に計画されているが,現在までのところ,農業生産のうち穀物生産が史上最高の豊作が見込まれることや,工業生産も計画を上回る伸びを示していることなどにより,計画は達成されると考えられる (第10-1表)。

工業生産をみると,75年は前年比7.5%増と計画を上回る伸びを示したが,第9次5カ年計画目標の年平均増加率8%には及ばなかった。76年の工業生産は1-9月で前年同期比4.8%増と昨年実績に比べて伸び率が著しく鈍化しているものの,年次計画の4.3%を幾分上回る伸びとなっている。しかし,工業の労働生産性向上は,上期に前年同期比3.5%と計画の3.4%を僅かに上回っていたが,1-9月に同3.3%と計画水準に達していない。これは,食品工業,軽工業での生産性向上が,原料調達面でのネックから伸び悩みないし後退していることも影響しているものとみられる。今後この面での改善が期待されるが,「質と効率」による生産拡大をスローガンとした第10次5カ年計画の一つの懸念材料と言えるであろう。

農業部門をみると,73年の記録的豊作の後,74,75年と二年続きの減産となり,とくに75年は天候不順により著しい減産(穀物生産は前年比28.5%減の140百万トン)となり,大量の穀物輸入をまねく結果となった。76年は,前年の凶作の影響で飼料不足による畜産物の減産が著しいものの,穀物生産は計画目標の207百万トンをはるかに上回り,史上最高の豊作であった73年の222.5百万トンにせまるか,それを凌ぐ記録的な豊作が見込まれている。このため,76年度(7月~翌年6月)の穀物輸入量は75年度の26百万トンから13百万トンへと大幅に減少することが予想されている(アメリカ農務省10月7日予想)。また,農産物の豊作は原材料不足によって停滞している食料品,軽工業の今後の生産にも好影響をもたらすものとみられる。

75年の貿易をみると,対西側先進国貿易は西側の不況による輸出減少と穀類,機械類を中心とした輸入の著増によって大幅な入超(35.6億ルーブルの赤字,ソ連国立銀行公表のルーブルのドル換算率は,75年1ドル=0.722ルーブル,76年上期1ドル=0.756ルーブル)となった。このためソ連貿易全体としては,26.4億ルーブルの赤字となった。さらに76年上期の貿易をみると,対社会主義国貿易は輸出入とも増勢が大幅鈍化となった。対西側先進国貿易は,輸出が75年の減少傾向から脱して,前年同期比38.8%増と大幅な回復をみせ,輸入は,大量の穀物輸入が行なわれたにも拘わらずその他の製品の輸入がおさえられたとみられ,伸び率を下げた。もっとも,76年上期の対西側先進国貿易収支は22.5億ルーブルの赤字となり,昨年同期(19.8億ルーブルの赤字)より赤字幅が拡大した。また,対発展途上国貿易は輸出入とも前年同期より減少した。これにより76年上期のソ連貿易全体は,輸出の伸びがやや鈍化する一方,輸入の伸びは著しく減速して輸入の伸びを下回る結果となった。

ところで,ソ連は,76年から「質と効率」を謳った第10次5カ年計画に入っている。10月末の最高会議(国会に相当)において主要経済指標の最終案が「1976-80年ソ連国民経済発展5カ年計画法」として承認された。これをみると,国民所得の伸びは,年率4.7%と計画され,第9次計画実績の年平均伸び率を下回っている。ただ各年毎にその伸び率をみると,次第に加速化する方向が打ち出されており,今次5カ年計画は,第9次計画の計画未達成を受け,低成長から出発して,次第に成長率を高めようとする意図が窺われる。工業生産は,年率6.3%増と第9次計画に比べて伸び率が鈍化しており,また第9次計画で初めて打ち出された消費財優先の方向が,ふたたび生産財優先に立ち帰っていることが注目される。農業総生産をみると,二度の不作によって大幅に計画未達成となった第9次計画実績を上回る伸び(1971-75年年平均生産高に対して,新計画の年平均生産高は16%増となる)が予定されており農業生産重視の方向が窺われる。また投資面では,全体としては第9次計画に比べて大幅鈍化が見込まれているにも拘らず,農業投資は従来同様大幅な伸びを見込んでいることが注目される。

国民生活の向上をみると,1人当りの実質所得,労働者・職員の賃金,小売売上げ高とも第9次計画実績を下回る伸びとなっており,生活水準向上のテンポ鈍化は否めないであろう。

第10-1表 主要経済指標

2. 工業生産

第10次5カ年計画初年度の76年の工業生産は,上期に前年同期比5.0%増,1-9月に同4.8%増と僅かながらテンポが鈍化しているものの,年次計画の4.3%を上回る結果となっている。もっとも,この計画目標は①昨年の農業不作による農産原料不足を主因として,食料品を中心とした消費財生産の伸び悩みが予想されること②新規生産能力の稼動開始の遅れ,とくに電力,金属,化学,機械などの主導的部門での投資活動の欠陥がみられること,などにより異例の低い水準に設定されたものであり,1971-75年の年平均伸び率7.4%はもとより,新5カ年計画の年平均伸び率をも大幅に下回っている(第10-1表)。

工業の労働生産性は,上期に前年同期比3.4%上昇し,年次計画(3.3%)を僅かに上回っていたが,1-9月に同3.3%と計画水準に達しておらず生産拡大に対する寄与度をみても,上期に全体の約3/4と計画の約80%以上には達していないものとみられ,労働力の拡大による増産が次第に困難化する状況のもと,その動向が注目されよう。工業生産のうち,生産財生産は,上期に前年同期比6%増と年次計画(4.9%)を上回っている。その中で,機械・金属加工は前年同期比10%増,電力・熱エネルギーおよび化学・石油化学工業は同7%増と比較的好調な伸びを示している。一方,消費財生産は,上期に前年同期比3%増(計画は2.7%)と低い伸びに留まっているが,原料調達面での隘路を考慮すればまずまずの成績と言える(第10-2表)。

各省別に生産動向をみると,エネルギー関係ではガス工業省が1-9月に前年同期比19%増と依然高い伸びを続けているのに対し,石油精製・石油化学工業省が同5%増(75年は前年比8%増)と減速しているのが目立っている。これは,75年の石油装置の減産(前年比1%減)の影響と考えられる。

各種機械関係をみると,昨年実績に比べて幾分増勢鈍化がみられるものの,総じて高い伸び(1-9月前年同期比6~12%増)となっている。一方,近年二桁の伸びを示していた化学工業省は,本年に入って拡大テンポが鈍化しており,一部品目に生産計画の未達成が指摘されている。また,非鉄金属冶金省,材木・木材加工工業省,軽工業省も昨年の伸びから2~3ポイント減速しており,工業全体の伸び率に達していない。さらに,食品関係は原料不足により,大幅な減産となっている。

次に品目別に生産動向をみると,計算機,計器自動化機器,NC工作機械など先端技術品目が依然高い伸び(1-9月前年同期比12-24%増)を示しており,同じく高い伸びを示した石油装置(同21%増)は,昨年の不振による反動増と考えられる。エネルギー生産では,天然ガス生産が引き続き大幅に拡大しており(同11%増),近年減速基調にあった電力生産も持ち直している。一方,目立って伸び率が鈍化した品目には,化学肥料,農薬,プラスチック・合成樹脂などの化学製品,家畜飼料用機機,セメントなどがあげられる。さらに食料品関係では,食肉(1-9月前年同期比21%減),植物油(同22%減),乳製品(同3%減)などが軒並み著しい減産となっている。

耐久消費財の生産動向をみると,西側資本の積極的導入により著しい拡大を示していた乗用車生産は,75年にテンポの大幅な鈍化をみたが,本年に入って更に減速しており,量産態勢(75年実績120万台)の整備が一段落したものとみられる。また,テレビ,家具,時計も大幅にテンポが鈍化(前年同期比3~5%増)しており,僅かに洗濯機が前年より伸び率を高めている(同8%増)。

ところで,生産計画未達成の品目として,化学肥料,交流電気機関車,貨車,鍛造機械,用材,セメント,織物などの重要品目があげられているが,たとえば貨車の不足が火力発電所の冬期用燃料炭確保の障害となっているのを良い例として,一部の生産計画未達成は他への波及効果が大きいため,各生産単位は綱紀引き締めと生産力の組織化に特別の注意を払い,生産計画を達成することが求められている。

第10-2表 工業生産の部門別推移

3. 農業生産

農業生産は,73年の大豊作の後,74年に前年比2.7%減,75年同6%減と二年続きの減産となった。とくに75年の穀物生産は140百万トン(前年比28.5%減)と60年代初の水準にまで後退し,ビート,ひまわりなどの工芸作物も同様に大幅な減産となった(第10-3表)。76年の農業生産は,飼料不足による畜産物の減産が著しいものの,穀物生産は前年の不作から一転して史上最高水準の豊作が見込まれ,また工芸作物,飼料作物とも良好とみられており,農業生産は全体として年次計画目標を達成するとみられる。

75年の農作をみると,天候不順を主因として,馬鈴薯と亜麻を除く全ての作物が74年の生産実績を著しく下回った。このうち穀物総生産は前述のように大幅減産となったが,これにともなって穀物国家買付け量も50.2百万トン(前年比32%減)と著しく低下し,輸入必要量が増大した(第10-4表)。

加えてビート,ひまわり,綿花の不作は,これらを原料とする食品,軽工業に少なからぬ影響を与えている。

76年の農作をみると,前年の不作からいち早く立ちなおる意味もあって,穀物生産目標を207百万トンと意欲的水準に設定していたが,当初,秋蒔きが寒害により予想外の被害を受けたとみられたこと,春蒔きの播種時期が遅れたことなどにより,生産計画達成は困難とみられていた。しかし,その後の天候の回復により状況は好転し,さらに大量の労働力の投入がなされたとみられることなどにより,生産は史上最高の豊作であった73年(222.5百万トン)を凌ぐ記録的な豊作が見込まれている(11月初時点でのコルホーズ,ソフホーズの穀物収穫量は220百万トン以上にのぼっている)。また,ビート,ひまわり,綿花も作柄の良好が伝えられ,これらの昨年の不作が工業生産に与えた影響を考えると,今後の工業生産拡大にとって明るい材料と言える。

ところで,75年の不作は72年の時と同様,穀物輸入の著増をまねいた。ソ連統計でみると75暦年の穀物(ひきわりを除く)輸入量は15.9百万トンと74年の二倍以上にふくれあがり (第10-4表),そのうち11.8百万トンを西側先進国(主としてアメリカ)からの輸入に仰いだ。穀物輸入は76年上期にも活発に行なわれたとみられ,対米輸入(75年の輸入全体に占める穀物のシェアは約6割)が,上期に前年同期に比べて約2.3倍にまで拡大していることによってもそれが裏付けるられ。しかし,米ソ穀物長期供給協定の初年度,すなわち76年10月1日以降船積み分については,76年度の穀物生産が良好とみられたことから控え目な買付けが行なわれ,10月初旬時点での買付け量は650万トンと穀物協定の買付け義務限度(6百万トン)を越えてはいるが比較的低い水準にある。アメリカ農務省の発表(10月7日)によれば75/76年度のソ連の穀物輸入量は26百万トンと72/73年度の22百万トンを上回り,76/77年度輸入必要量は13百万トンを見込んでいる。

畜産部門に目を転ずると,ここでも不作の影響が著しく,76年初(1月1日)時点での家畜飼養頭数をみると,前年同期比で豚20.1%減,羊・山羊2.8%減と72年不作時の落ち込みより大幅であり,76年央においても改善されていないものとみられる(第10-5表)。コルホーズ,ソフホーズの畜産動向をみると,昨年末以来減産の一途をたどっており,肉生産(屠殺重量)は本年1-5月に前年同期比7%減,総搾乳量同8%減,卵同4%減と軒並み減産となり,飼料不足の深刻さを如実に物語っている。その後,畜産統計が発表されなくなったため,正確な生産動向は分からないが,9月初のブレジネフ演説によると,肉,乳生産は前年実績に達しておらず,一部の地域で肉などの畜産物の供給途絶が起きていることは重大であるとして,畜産改善が当面の農業生産の最重点課題となっているとみられた。その後の演説(10月25日)では,本年は畜産にとって厳しい年となったが,状況は改善に向っており,家畜飼養頭数も増加して.いるとして,情勢がやや好転していることを伝えている。

第10-3表 主要農産物の生産量

第10-4表 穀物需給の動向

第10-5表 家畜飼養頭数

4. 貿  易

75~76年上期のソ連貿易を概観すると,次のようになる。

第10-6表 貿易の推移

(1)76年貿易―伸び悩む輸出と著増した輸入

ソ連統計によれば,75年の貿易は,輸出が240.3億ルーブル(332.8億ドル)で前年比15.9%増(数量ベースでは2.9%増),輸入は266.7億ルーブル(369.4億ドル)で同41.6%増(数量では18.4%増)となり,輸出の伸びが鈍化するとともに,輸入が著しく拡大した。この結果,貿易収支は73年,74年の黒字から26.3億ルーブル(36.6億ドル)の赤字へと転落している。これは,対西側先進国貿易収支が,74年に116百万ルーブルの黒字を記録した後,75年には3.563百万ルーブルの入超と,再び大幅な赤字となったことによる(第10-6表,第10-7表)。

輸出についてみると,対社会主義国輸出が31.5%増と前年を上回る伸びを示したのに対して,対先進国,対発展途上国輸出とも前年より減少した。とくに対先進国輸出の基調変化は著しい。他方,輸入では発展途上国からの輸入が前年より減速したが,対先進国,対社会主義国とも前年より拡大テンポを速め,とくに先進国からの輸入は,58%増と非常に高い伸び率となった(第10-6表)。

貿易の地域別構成をみると,近年シェエアが下る傾向にあった社会主義国,とくにコメコン諸国のそれが上昇した。他方,輸出の減少にともなって発展途上国のシェアは前年に引き続いて低下した。先進国のシェアは,輸出の減少と輸入の著増に相殺されて変化がみられなかった(第10-8表)。

ここで貿易動向に果す輸出入価格の役割をみることにする。75年の対社会主義貿易が,輸出入ともに前年の伸びを上回る伸びを示したのは,75年に行なわれたコメコン域内取り引き価格の改定によるところが大きく,数量べ-スでみれば,75年は輸出入ともに前年の伸びを下回っていることが注目される (第10-7表)。また対西側諸国の貿易をみると,輸出が,73年,74年と大幅に伸びたのは,西側諸国における一次産品価格の上昇を反映して,原燃料を中心としたソ連の輸出価格が著しく上昇したためでもあり,75年にはそれが下落したことにより,数量ベースでは増加した輸出が,金額ではむしろ減少するという結果となった。他方,西側からの輸入価格は,前年同様大幅に上昇し,数量ベースの輸入も前年を上回る拡大をみせたため,輸入額は著しく増大したのである (第10-9表)。

75年の貿易の商品構成をみると,輸出では,燃料・電力のシェアが前年に引き続き大幅に拡大したが,食料品,木材のシェアは目立って低下した。他方輸入では,農業不作により食料品関係のシェアが著しく拡大した(第10-10表,第10-11表)

輸出における燃料のシェアは,73年19.2%,74年25.4%,さらに75年は31.4%と著しく拡大した。これは主としてコメコン諸国向け天燃ガス,石油・同製品の価格引き上げによる輸出額増大のためである。他方,食料品,木材のシェア低下は西側諸国の需要低下と生産面のネックとにより輸出が減少したためである。また機械・設備については,主要輸出相手国である社会主義国への輸出が伸び悩み,そこでのシェアが著しく低下したことにより,全体としてもシェアの低下となった(第10-10表)。

輸入において食料品・同原料のシェアが著しく拡大したのは,穀物輸入の著増のためである。ここで注目されるのは,機械・設備のシェアは前年までの低下基調から再び高まっていることである。これは,第9次5カ年計画最終年にあたり,これら資本財の需要が高まったこと,さらにこれらの価格上昇がみられたことなどによる (第10-11表)。

75年の西側主要国との貿易をみると,穀物輸入を中心として,アメリカ,カナダからの輸入が前年に比べて著しく伸びており,その他の主要国からの輸入も一様に高い伸びとなっている (第10-12表)。

貿易高(輸出入合計)からみて,その地位に大きな変化がみられたのはアメリカであり,74年の第7位から,75年は第3位に上昇している。これは,一時低下した穀物輸入が前年比3倍余に拡大したことにより,全体の輸入が約2.5倍に拡大したためである(対米貿易に占める輸出は僅少であり,対米貿易は輸入動向に左右される)。

西側諸国の中で最大の貿易相手国は依然として西ドイツであるが,輸出入ともに前年の伸び率を大幅に下回っている。輸出の伸びはとくに著しく低下したが,これは74年に98%も伸びた石油・同製品輸出が75年は僅かに12.3%増に留まったこと,比較的取引額として大きいひまわり油,針葉樹木材の輸出が減少したことによる。この結果対西ドイツ輸出全体は前年比2.8%増に留まった。他方,輸入は,減速したとはいっても前年比39.7%増と依然たかい伸びを示した。

対日貿易は,輸出が26.1%減と大幅に減少したものの,輸入が61.9%増と高い伸び率を維持したことにより,対西側貿易中,西ドイツにつぐ第2位となった。対日輸出が著しく減少したのは,鉄鋼くず,銅,木材,製板用材,綿糸など,従来取り引き額の大きかった品目が軒並み減少したことによる。

他方,輸入では,機械・設備が前年比136%増,鋼管同175%増,絶縁材が約10倍となったことが目立っている。

この他,イタリアとの貿易は,輸出が6.8%増とほとんど目立った動きを示さなかったのに対し,輸入が,プラント,鋼管を中心に前年比46.3%増となった。フランスとの貿易では,対主要国輸出が伸び悩み,ないし減少する傾向のなかで,石油・同製品の輸出が前年比2.3倍(数量では2.4倍)となったことなどにより,対仏輸出は,24.6%増となった。一方,フランスからの輸入は,機械・設備,石炭,鋼管などの輸入拡大により,前年比47.4%増となった。

発展途上国との貿易をみると,エジプトへの輸出が援助削減などにより前年比13.2%減となり,輸入は債務返済の継続により前年を幾分上回って同5%増となった。インドとの貿易では,輸出の伸びが前年より小幅化し,他方輸入は13.7%増と前年の伸びを上回って,入超幅がさらに拡大した。イラクとの貿易では輸出が機械・設備,車両の著増により,前年比48.5%増となった。またイランの場合は,輸出入ともに前年に引き続き大幅拡大を続けている。

第10-7表 貿易数量の変化

第10-8表 貿易(輸出入合計)の地域別構成

第10-9表 貿易における輸出入価格の動向

第10-10表 商品別輸出構造

第10-11表 商品別輸入構造

第10-12表 西側諸国との貿易

(2)76年(上期)貿易―対西側先進国輪出の回復

76年上期の貿易をみると,輸出が132.6億ルーブルで前年同期比13.6%増,輸入は151.3億ルーブルで同11.9%増となった。うち,西側先進国との貿易をみると,輸出が36.3億ルーブルで前年同期比38.8%増,輸入は58.7億ルーブルで同27.9%増となり,貿易収支は22.5億ルーブル(約30億ドル)の赤字となった。これは前年同期の赤字19.8億ルーブル(約28億ドル)をかなり上回るものである(第10-6表)。

地域別に貿易動向をみると,対社会主義国の貿易は輸出入ともに伸び率の著しい鈍化がみられ,とくにコメコン諸国でそれが顕著であった。対西側先進国貿易は,前述のように,輸出が前年の減少から大幅増加に転じ,輸入は引き続き拡大を示した。一方,対発展途上国貿易は,輸出入ともに前年同期に比べて減少した。

国別にみると,西側主要国の中で目立った動きを示したのはアメリカであり,昨年に引き続き大量の穀物輸入が行なわれたことにより,輸出入合計では,西ドイツにつぐ第2位を占めた。対西ドイツ貿易は,輸出が前年同期比43.7%増と前年の伸び悩みから脱した。他方,輸入は同5.8%増と著しく減速した。対フランス貿易は,輸出が同74.1%増と著しく加速化したが,輸入は幾分鈍化した。この結果,輸出入合計ではアメリカにつぐ第3位(75年年間実績では第5位)となった。対日貿易は,輸出入とも前年同期に比べて目立って減少した。すなわち,輸出は木材,金属原料,化学製品の減少により,前年同期比3.9%減と,昨年に引き続き減少基調にあり,他方,輸入は,繊維製品,化学製品の大幅な減少により,前年同期比8.5%減と前年の著しい拡大から一転して縮小となった。この結果,対日貿易が西側貿易に占める地位は,75年の第2位から,第4位に転落したことになり,今後の動向が注目される。

対社会主義国貿易の中で注目されるのは,中国との貿易が大幅に拡大したことである(貿易高は前年同期比122%増)。その一方で,対北朝鮮貿易が,著しく縮小(貿易高は同20.7%減)した。これは,同国の債務累積問題の影響のあらわれと考えられる。

ここでOECD統計によってOECD諸国の対ソ貿易をみると,75年の対ソ輸出は月平均1,044.3百万ドル,輸入は同736.9百方ドルと,ソ連側が月平均307.4百万ドルの入超となった。さらに76年第1四半期についてみると,対ソ輸出は月平均1,129.9百万ドル(前年同期比24.9%増),輸入は同763.8百ドル(前年同期比13.9%増)となり,貿易収支はソ連側の月平均366.1百万ドルの赤字と75年に比べて赤字幅は拡大している (第10-13表)。

これに伴って,ソ連は西側金融市場で各種の資金取り入れを行なっているが,西側諸国ではその債務累増に不安を示している(債務問題については本文を参照)。

第10-13表 OECD諸国の対ソ貿易

5. 第10次(1976-80年)5ヵ年計画

ソ連は,76年から「質と効率」を謳った第10次5カ年計画に入っている。新計画については,草案が,すでに75年末に共産党中央委員会によって発表されていたが,76年2~3月の第25回党大会において「1976-80年ソ連国民経済発展の基本方針」として一部修正,採択された。そして10月末の最高会議(国会に相当)において「1976-80年国民経済発展5カ年計画法」として,正式決定された(第10-14表)。その特色をあげると以下のとおりである。

第10-14表 第10次5ヵ年計画(1976-80年)の主要経済指標

〈安定成長を目指す新5カ年計画〉

「1976-80年国民経済発展5カ年計画法」をみると,支出国民所得は年率4.7%の増加が見込まれており,大幅な計画未達成となった第9次5カ年計画期間の実績年率5.1%増(計画は年率6.8%増)よりも,さらに増加テンポは鈍化することが予定されている。

新計画の工業生産は「国民経済および国民の需要をより完全に満足させ,全ての部門で技術の再装備と生産の集約化をはかる」ことを目的に,年率6.3%の増加が見込まれうち生産財生産が同6.7%,消費財生産は同5.7%となっている。注目されるのは,第9次計画で打ち出された消費財優先の方向が,新計画では再び生産財優先に立ちもどっていることである。

主要品目の生産は第10-15表にみられるように「基本方針」で枠付けされた上限ないし,それを越える数値になっており,工業生産に対する意欲的姿勢の表われとみてよいであるう。また,エネルギー関係では,電力,石油の生産が第9次計画実績より拡大テンポが鈍っており,これらの効率的利用が必要とされよう。まだ,農業生産の要となる化学肥料は,第9次計画実績なみの高い伸びとなっている。第10次計画期間中の年平均農業総生産は,第9次計画期間中の年平均生産実績に比べて16%増加することが見込まれている。うち,年平均穀物生産は,215~220百万トンと第9次計画実績の181.5百万トンに比べると,著しい拡大となる。さらに,1980年の穀物生産高を235百万トンにまで高めることを予定している。また,畜産振興のため,機械設備の導入をも含め,飼料増産に向けての特別の総合プログラムが策定されている。ただ,畜産物生産は,第9次計画中に大幅な拡大を示したのに比べて新計画では,拡大テンポが鈍化しており,この面からも生活水準の向上に少なからぬ影響がみられよう。

次に資本建設をみると,その主要課題として,①投資効率の向上,②固定フォンドの一層の増加と質的改善,③建設の計画,設計及び組織の改善,④建設期間の短縮や建設費の引下げ,さらには新規生産能力の早急な稼動,などがあげられており,全体として効率重視がつらぬかれている。これを国民所得と固定投資の関係でみると,第9次計画実績では国民所得が年率5.1%増となり,一方固定投資は年率6.8%増とそれを大幅に上回る伸びとなった。

第10次計画では国民所得は年率4.7%増となっているのに対して固定投資は4.4~4.7%増(これは「基本方針」の数値であり,立法化されていない)と,ほぼ国民所得並の伸びとなり,投資効率は著しく向上することになっている。これは,投資の中心が,新規建設よりも現存企業の更新や拡張に向けられていることによるものである。

国民生活水準の向上の面をみると,1人当りの実質所得の伸びは年率3.9%増(第9次計画実績年率4.4%増),労働者・職員の月平均賃金は同3.2%増(同3.7%増),小売売上高は同5.2増%(同6.4%増)と,いづれの指標も伸び率が鈍化しており,生活水準の向上はスローダウンして行くものとみられる。

対外貿易をみると,貿易高(輸出入合計)は年率5.9%増が見込まれ,うち社会主義諸国との貿易高は,年率7.0%増となっている。また貿易全体に占めるこれら諸国のシェアを,61%以上とすることが計画されている(75年実績では約56%)。すなわち,70年代に入って西側依存の急速な高まりの結果,貿易収支赤字の急拡大と債務累積が問題化してきているとみられ,社会主義国との貿易の優先的拡大により,当面の問題解決をはかって行こうとする姿勢が窺われる。ただし,西側諸国との経済関係重視の政策には変りがないものとみられる。

ここで,第10次5カ年計画の問題点を整理すれば次のようなことが言える。

いずれにしても,今後のソ連経済は,工業生産を中心とした高度成長路線から,農業生産と工業生産のバランスのとれた拡大による安定成長路線を目指して行くものと考えられ,この観点から,経済全体の拡大テンポ及び国民生活水準の向上テンポが一時的に鈍化するのもやむえないとする方向に向うものとみられる。そして,ブレジネフ共産党書記長は党中央委員会総会での演説の中で「我々は,効率と質とに特別の注意を払って,第10次5カ年計画期間中に経済成長の源を拡大し,経済の均衡のとれた発展をはかり,それによって80年代の大躍進に向けての素晴しい基礎を固めなければならない」として,新5カ年計画に対する並々ならぬ期待を表明している。

第10-15表 第10次ヵ年計画の主要品目の生産計画

第11章 中  国

1. 概  観

国民総生産(GNP)の公表が行なわれず,しかも国内物価と国際物価が完全に斜断された価格体系をもつ中国経済の動向を,西側推計値によってマクロ的に把握することは,統計上問題があり,経済の実態把握を誤らせやすい。

しかし,一応国際比較の基準として用いられているGNPでみると,中国の1975年の実質GNP(73年米ドル価格)は,西側推計によると2,480億ドル(注1)となり,米国,ソ連,日本,西ドイツ,フランスに次いで世界第6位の水準にある。しかし一人当たりGNPでみると250ドル前後で,依然発展途上国並みの水準である。

ところで75年の実質GNPの伸びは前年比8.0%増で,第1表にみられるように,70年代に入っての年々の経済成長率と比較しても,比較的高い伸びを示している。これは,工業生産,農業生産ともに順調で,食糧生産(大豆をふくむ)も,前年の2億7,490万トンを上回って2億9,000万トンに達したためである。

このような順調な経済の発展も,76年に入ってやや増勢鈍化がみられるようになった。中国公表によると,上期の工業生産は前年同期比7.0%増にとどまり(75年1~8月,17.3%増),農業生産についても,夏期作物(小麦,雑穀など)および早稲は好調だったが,秋期作物(主として米)はやや減産(米農務省推計)になったもようである。

これは75年末以来高まった「走資派批判」運動が,76年以降高揚して企業管理面にマイナス影響を与え,国内輸送面にもボトルネックがあらわれたこと,また災害発生によって農作物が影響をうけたことなどの諸要因にもとづくものである。

(注1)

第11-1表 中国の主要経済指標

2. 工業生産

中国公表によると,75年の工業生産の伸びは1~8月間に前年同期比17.3%の著増をみせた。業種別にみると,石油,電力,および投資活動の高まりを反映した機械(投資総額の伸び20%),それに前年まで増産テンポが緩慢だった石炭も増勢に転じ,また鉄鋼も石油,石炭の増産を基盤に年央以降から大幅増産に転じた。

機械部門の生産では農業機械のほか電子機器,工作機械,輸送機械の増産が目立った。

工業生産の増勢は76年に入っても続き,第1四半期の工業生産は前年同期比13.4%の伸びを示した。しかし第2四半期に入って増勢はかなり鈍化し,76年上期の工業生産は前年同期比7%増にとどまった。これまで順調な発展を示してきたエネルギー部門の生産も,上期には全般的に低下し,とくに原油および石炭生産の増勢鈍化が著しい (第11-2表参照)。

石炭生産は,76年第1四半期に前年同期比(以下同じ)13.7%増から上期には8.2%増,1~8月間には4.3%増まで増勢が低下した。76年11月に開催された「全国炭鉱先進労働者大会」において,石炭は中国の基礎的エネルギー源であり,冶金,精錬にとって重要原材料であって,鉄鋼と並んで工業生産の重点物資であることが表明された。そしてこれまでの増勢鈍化は,75年秋以降の行きすぎた「走資派批判」運動,あるいは河北地震によって影響された点が多く,今後は国民経済の近代化を目標とした第5次5カ年計画に沿って,あらためて増産の必要性が強調されている。こうした増産に対するキャンペーンは,11月以来,「行きすぎた『走資派批判』による生産阻害からの回復」が全国的に呼びかけられているので,いずれ経済各部門にわたって展開されることとなろう。

なお工業建設の基本方針として,中国はソ連方式の「重工業優先,大規模企業重視」の工業化方式を排除して,大規模企業の建設と同時に,全国各地の人的物的資源を動員しながら,中央政府に経済的に依存しない地方小規模企業を振興させ,地域ブロックごとの自己完結的な経済圏を作りあげてゆくという政策をとっている。このような政策のもとで大規模企業建設については,ここ数年来海外から火力発電,鉄鋼,石油化学,化学肥料等のプラントを導入して,大規模な近代工場の建設が進められてきた。建設工事は輸送面におけるボトルネック等から,いくぶん遅延しているようである。一方,地方小規模企業の振興については,75年現在,主要業種の全国総生産に占める小型工場生産の割合いは,第11-3表に示されるように大きな比重を占め,工業生産の成長に対する寄与率も高まっている。小型工場の育成については,生産コストの面で高コストという経済ロスもある程度容認しながら,強力な価格統制のもとで実現されているものである。しかし,中国のような発展途上の広域国土においては,輸送コスト等を考えると,中央政府に対する物的・資金的援助に頼らず,自主的に地域ごとの経済ブロック圏を形成することは,各地域間のバランスのとれた経済成長を進めるという点からみると,ある程度評価してよいだろう。とくに小型工場の大部分が,農業生産に直接関連をもつ業種に限定されている点からみてとくにそうである。

第11-2表 工業生産増産率

第11-3表 工業生産に占める小型工場生産の割合

3. 農業生産

中国の公表資料をもとにした西側推計によれば,75年の農業生産の伸び率は,前年比5%増と前年の4%増を上回った。食糧生産(大豆をふくむ)も74年の2億7,490万トンから2億9,000万トンに達し,中国政府は62年以来連続14年の豊作を収めたと発表した。ただ中国当局の言う豊作という概念は,60年代切期に陥った大幅減産の食糧生産水準を上回った平年作はすべて豊作と規定しているようであり,年々の多少の豊凶の差はあまり問題としていないようにみえる。たとえば72年の食糧生産は前年を下回り,73~74年にかけて穀物輸入量が急増したが,72年もやはり豊作の年と規定している。

食糧輸入は,71年300万トン.72年480万トンであった。73年には前年の減産を反映して760万トンに増加し,74年にも700万トンの輸入をみたが,その後国内食糧生産の増産と,国際市場における米麦の比価が縮少し,小麦を輸入し米を輸出するという食糧調整の妙味が薄れたこともあって(注2)75年には330万トン,76年(1~9月)には165万トンにまで減少した。

要するに,米・小麦の交易が,比較生産費的にみて,中国にとって有利だという考え方である。つまり①小麦および米の国際市場比価②小麦および米の土地生産性比率の2点から,従来国際市場における米と小麦の価格差が大きく,また土地生産性が米の方が小麦より高いという条件下では,小麦を輸入し米を輸出することは,中国にとって有利だったが,最近米・麦の国際市場価格差が縮小してきたため,漸次この有利性が乏しくなってきたという判断にもとずいて,食糧輸入を減少させているものと思われる。

ところで76年の食糧生崖について中国当局は,全国食糧生産の約20%を占める(経済導報,76年10月1日号)夏期作物(主として小麦および雑穀)は,多少の災害地域はあるものの,全体としては前年の増産幅を上回り,また早稲生産も前年の実績を上回って好調だったと発表した。ただ食糧生産の約2/3を占める秋期作物(主として米および雑穀・大豆等)について,米農務省では,当初夏期作物および早稲もふくめて,76年の食糧生産は75年水準を3~5%上回って2億8,300万トン~3億400万トンに達するという予測を立て(China Trade Report.76.Sep),香港筋の情報でも,前年水準を2~3%上回り,穀物輸入も減少しているという見解を示していた(China Trade Report.76.Oct).しかし米農務省では11月に入って,食糧生産は前年を下廻り,カナダ,オーストラリアとの長期協定にもとずき約200万トンの穀物輸入にふみ切り,また77年上期分としてオーストラリアとの間に50万トンの穀物輸入契約を行なったと発表した(米農務省,ラーセン研究員談話)。この点については中国当局の発表を待つほかはない。

一方,主として東南アジア向けに,年間平均100万トンの米の輸出が行なわれていたが,76年には約半減の見込みであり(China Trade Report.76.Nov),また日本向け大豆の輸出も,76年には前年の23万トンを下回って約17万トンに止まるようである(China Trade Report.76.Nov).秋季広州交易会における大豆の成約量も春季の成約量に比べて半減した。主として天候不順の影響とみられている。

以上のように,年々の農業生産は依然天候条件に左右されて変動がみられるものの,長期的にみると,中国当局の「農業を基礎とし,工業を導き手とする」という農業重視の資源配分政策のもとで,着実な増産が達成されっつある。中国当局の発表によると,74年の食糧生産量は新中国成立当時の49年に比べて2.3倍,綿花生産量は5.7倍に増大し,基本的に食糧の自給が達成されつつあると言っている。しかし,食糧,綿花,食糧油は統制物資であり,完全に需要量が充足されているわけではない。政府は食糧,綿花,食糧油原料の買付けに当っては,一定の買付価格で一括購入を行なっている。

農業重視政策の内容は,租税政策,価格政策,金融政策の三点から明らかにすることができる。

第1に租税政策についてみると,農業所得税としての農業税は,ここ10数年来一定額に固定されており,増産になっても増税を行なわず,このため財政収入に占める農業税の比率は,50年当時約30%程度だったものが現在約4.6%程度に低下している。

第2に価格政策については,政府は食糧および主要農業副産品の買入れ価格を数度にわたって引上げ,現在食糧の買入れ価格は50年に比べて2.22倍,農副産品は平均して2倍以上の水準になっている(地域間の格差是正のため,買入れ価格は原則として全国的に一率)。同時に農業増産に必要な農業機械,化学肥料,農薬等の生産財の一定の供給を保障し,また供給価格の引下げを行なってきた。たとえば硫安の販売価格は,1kg当たり0.48元(52年)から0.27元(74年)に低下し,農薬の販売価格も数度にわたって引下げている。また農民の消費する日用工業品についても,たとえば綿布,食塩,マッチ,石鹸,魔法びん,薬品等の販売価格を数度にわたって引下げ,農村における工農業製品間の「鋏状価格差」は次第に縮小している。

第3に,中国人民銀行および信用合作社から,農業に対して運転資金および設備資金が融資されているが,農業向けの融資が最も優遇されており,第11-4表にみられるように,72年9月以降の運転資金の貸出金利は,月利0.36%で工業および商業向けに比べて相対的に低い。また農業に対してのみ設備資金が融資されているが(国営工業,国営商業に対する設備資金は財政資金でまかなわれる),貸出金利は月利0.18%となっている。

以上のような政府当局の農業重視政策のもとで,農業所得(農村人民公社および農民所得)の着実な上昇がみられるようになった。

農業所得の増大は,さらに農業生産の基盤強化を容易にしてきた。中国では農業生産力の強化に当って,原則的には,巨額な投資資金を必要とする避地開発による耕地面積の拡大よりも,既耕地の近代化によって,耕地面積当りの生産量を高めるという方法をとっている。

75年10月に開催された「農業は寨大に学ぶ」全国会議においても,全国の農村人民公社は,自力で安定的な多収獲を収めた大寨大隊の農業経営に学ぶべきことを強調し,さらに農業近代化を推し進めて75年現在,全国で300県以上に達している大寨方式の農業経営を取り入れ,安定的な多収獲を確保している県の数を,80年には全国の3分の1の800県までに増加させるべきだしとている。

中国が現在推進している農業近代化の方向は,要するに灌漑用地の拡大,化学肥料の増投,品種改良,農業機械化などにより,土地生産性ならびに労働生産性を高め,余剰労働力を農村副業あるいは小型工場にふり向け,農業生産の多角化を企ることに力点がおかれている。

(注2)

第11-4表 運転資金の貸出金利

4. 貿  易

01)75~76離の貿易概況 1970年代に入ってから,中国の対外貿易は,中国の国連参加というドラマチックな局面の展開とともに,国際化と併行して急速な拡大を遂げてきた。

しかし,この急速な貿易の拡大テンポは,75年に入ってブレーキがかかり始めた。

75年の貿易総額は140億9,000万ドルど,前年の139億7560万ドルに比べ僅か0.8%の増加にとどまり, 3前年の39%増を大幅に下回った。輸出入の内訳をみると,輸出が前年比A.3%増に対,し,輸入は前年比2.3%減となっており,とくに輸入の減少が目立っている(第11-5表参照)。

一方,74年に約8.5億ドル程度の赤字に陥った貿易収支バランスは,75年,には4億ドル程度の赤字幅に止まった。日本貿易振興会が香港で得た情報として,中国は外貨バランスの調整のため,75~76年の両年にわたって,きびしい輸入抑制策をとり輸入を輸出見込みの約80%に抑え,優先順位も輸送,通信,精密機械や必要不可欠な特定分野に限ること,輸出はあらゆる機会をとらえて従来以上の努力を傾注するということが伝えられていたが,赤字幅縮小の原因としてまず中国の輸入抑制策を指摘しなければならない。それに先進国向けおよび香港・シンガポールなど中国にとって主要な外貨取得地域に対し,輸出の伸びが大きかった点も赤字幅縮小に寄与するところが大きかった。

貿易の停滞は76年に入っても続き,主要国との貿易をみると(ジエトロ推計),76年上期の前年同期比伸び率は,中国の輸出10.7%増,中国の輸入1.6%増となっている。各国別でみると,日中貿易,米中貿易が大幅な減少となっており,EC諸国(とくに西ドイツ,フランス,イタリア)とコメコン諸国の増大が目立っている(総論第1部第4章第1節参照)。 76年秋の広州交易会でも,EC諸国の輸出攻勢が話題になった。

つぎに中国の主要輸出入商品の構成変化で目立つのは,まず輸入商品について,穀物おびよ綿花など農産品輸入が減少傾向にあること,とくに対米農産品輸入が75年以降からほとんど停止されたことと,機械輸入が上昇してきたことがあげられる。これは,既契約のプラント輸入が入荷しはじめたためである。輸出商品については米の輸出が減少し,原油(石油製品をふくむ)輸出が増大傾向にあることが指摘される (第11-6表参照)。

第11-5表 中国の輸出入額,貿易バランスの推移

第11-6表 主要輸出入商品構成

(2)貿易赤字の発生原因

中国の貿易赤字は74年に約8.5億ドル,75年に約4億ドルの巨額なものとなった。

貿易赤字の発生は,第1に74年から75年にかけて,中国の対外貿易をめぐる経済環境が,中国側の予測を超えた事態で悪化したことがその主たる要因である。つまり中国の対外貿易の約85%が東西貿易で占められているということが,計画経済の中国にとって,資本主義諸国の景気変動の影響に直面させられることになる。

資本主義先進国のオイルショックに端を発したスタグフレーションは,73年後半からきびしさを増すことになったが,世界の景気回復の調整が予想外に長びき,中国の最大の輸出市場となっている日本や欧米諸国,さらに先進国の不況の影響をうけて輸入抑制策を取ってきた発展途上国に対して,中国の輸出成約が伸び悩みをみせはじめた。

中国は74年春の広州交易会で輸出成約の不調に当面したが,また対日貿易で,すでに契約されている原油や繊維品などの契約引取り拒否が問題になったのも,74年から75年にかけての期間であった (第11-8表参照)。

第2に,中国は第4次5カ年計画(71~75年)を発足させるに当って,大量のプラント輸入成約を行ない,輸入成約高のピークは第11-9表にみられるように,73年から74年にかけてみられたが,72年末から再開されたプラント輸入成約高は,75年末までに27.5億ドル(累計額29億ドルという資料もある,総論第1部第4章第1節参照)に達した。この膨大な金額に達したプラント輸入が,貿易収支の赤字を招く一因となった。しかしプラント輸入にはすべて延払いが適用されており,出荷と同時に輸入決済が行なわれるわけではないが,今後予想されるプラント輸入資金の決済問題が,直接的あるいは間接的に,中国が輸入抑制策を実施する契機となったことは否めない。

第3に,中国の交易条件が悪化し始めたのも74年後半以降からである。中国は輸出停滞を切りぬけるために,中国産品の輸出価格を引下げてきたが,一方,中国の輸入の面では,石油危機を反映して先進諸国から輸入する工業製品の価格が急上昇して,交易条件は一気に悪化してきた。こうした交易条件の悪化が,貿易収支の赤字を招く一因となった。(日中貿易における輸出入損益額の計測:日本貿易振興会編「中国経済研究月報」,76年10月号参照)。

第11-7表 中国の主要相手国との貿易総額

第11-8表 広州交易会における契約高

第11-9表 中国の相手国別プラント輸入成約状況

(3)ゆれ動く貿易政策の変遷

中国の対外貿易が,貿易収支の赤字幅拡大に当面して政策的に輸入抑制策を導入しはじめ,増勢テンポが著しく鈍化しはじめたところに,75年秋以来,「走資派批判」運動に関連,して小平前副総理が近代化達成の名のもとに,外国依存の経済貿易政策を推進し,盲目的に外国からのプラント・技術の輸入を進め,売れるものはな人でも売ろうとして,自力更生の方針を否定しているという「プラント輸入および資源輸出」に関する批判が急速に高まってきた。

こうした貿易政策に関する「走資派批判」は,中国共産党機関誌「紅旗」や上海の復旦大学で刊行されている月刊誌「学習与批判」,あるいは「光明日報」,「経済導報」等で繰返し展開されてきた。

実際問題として,プラントの新規契約は74年秋以降停滞を続けており,停滞要因の一つに,外貨不足と並んで,以上のような「プラント輸入および資源輸出」についての政策批判がかかわりをもつのではないかとみられていた。

しかし一方で,中国が第5次5カ年計画(66~70年)を発足させる直前,毛沢東主席が「第3次5カ年計画についての講話」のなかで,「数年のうちにもう食糧を輸入しなくてもすむよう努力し,外貨を節約して,技術設備や技術資料をもっと多く買い入れるべきである」という考え方を述べているし(東京大学近代中国史研究会訳「毛沢東思想万歳,下巻」参照),また中国側の首脳クラスは,対外経済政策には変更はないという点を再三繰り返し発言してきた。たとえば喬冠華外交部長は76年4月,対日経済政策は従来の方針に何ら変更はないと強調し,また中国人民銀行陳稀愈総裁も76年5月,「現在の事象はまったく一時的なことであり,中国は自力更生を基本にしているが,今後とも先進諸国の技術設備を導入したい」と表明してきた。

ところで,毛沢東主席死亡後,「四人組」を追放し,華国鋒新体制が固まってゆくながで,76年11月人民日報および光明日報で,国務院の軽工業省および石炭工業省の執筆による「外国技術経験の導入に前向きに取り組む」という趣旨の論文が発表された。そして「自力更生と外国技術の導入は対立物ではなく,自力更生の基礎の上に必要なものを導入するのは洋奴哲学ではない」と述べ,前述した「紅旗」や「学習与批判」誌の論文をきびしく批判している。

ゆれ動く貿易政策,とりわけ外国技術の導入と資源輸出問題をめぐる論争の方向は,現在ふたたび門戸を海外に向けて開く方向に向っているといえよう。しかし現在停滞をつづけでいるプラント技術の輸入成約が一挙に増加するとみるのは早計である。フランス経団連代表と会見した李強対外貿易部長も,「外国技術は将来もっと導入したいが,すぐに具体化するものではない」と言っている。中国が現在当面している外貨不足を解決し,近代化の実現をめざして76年から発足する予定の,第5次5カ年計画が軌道に乗りはじめる時期を見守る必要があろう。それにもまして,華国鋒新体制が文革路線に対してどのように対処してゆくかという政策課題が,大きな問題として残されている。

5. 展  望

75年1日に開催された第4期全国人民代表大会第1回会議において,周恩来総理は政府活動報告を行ない,その中で中国経済の長期的発展展望を示し,まず「80年までに独立した,比較的整った工業体系と国民経済体系をうち立て,さらに今世紀内に,農業,工業,国防,科学,技術の近代化を全面的に実現して,中国の国民経済を世界の前列に立たせる」という,いわゆる2段階の近代化構想を明らか(とした。そして,この目標にもとづいて中国政府は10カ年計画,5カ年計画および年間計画を作成すると言明した。

その後の推移をみると,76年を基点とする第5次5カ年計画の近代化構想は,「走資派批判」の過程で批判の対象となったもようで,最近「四人組」の追放の後,ふたたび近代化構想を取り入れて,5カ年計画の計画内容を再検討中だ,ということである(中国国際貿易促進委員会主任談話.76年11月17日)。

一方,アメリカのD・H・パーキンズは過去25年以上の中国の経済成長の過程から判断して, 第11-10表に示されるような第5次5カ年計画の目標値を推定している。これはあくまでも過去の実績を基礎として,中国当局の文献にもとづいて一定の仮説を立てて目標値を設定したものである。

D・H・パーキンズの推定によると,第4次5カ年計画(71~75年)の実質成長率は年間平均5~7%であり,第5次5カ年計画(76~80年)では近代化構想を積極的に取り入れて,これまでの実績を上回る年間平均7%の成長を予想している。

そしてこの経済成長率は,中国当局が政策方針として明らかにしている①80年までに基本的な農業機械化を実現して生産性の向上を図る,②石油とともに重要なエネルギー源として石炭生産の機械化による増産を図る,③鉄鋼増産ならびに輸送力の強化を図るーという目標を実現するために必要なものだとしている。

この経済成長率を達成するためには,工業生産10%(年率),農業生産3%(年率)の実現が必要とされ,最終年次の80年の貿易額は最低200億ドル(75年価格)に達する必要がある(75年貿易額140億ドル)。そして近代化構想の実現のためには,先進国からプラント技術の導入を必要とするが,導入は第5次5カ年計画の後期に入って高まるものとみている。また輸入決済に必要な外貨は主として輸出によってまかなわれるが,主要輸出市場は日本およびアメリカだとしている。主要輸出品は石油だが,最終年次の80年の石油輸出量は2,500万トンに達する(75年1,150万トン)ものとみている。

第11-10表 中国の主要経済指標の期間別伸び率

第12章 国際金融情勢

1. 外国為替市況(75年11月~76年10月)

75年後半の外国為替市場は総じて平穏に推移したが,76年に入ってからは欧州通貨が波乱含みの様相を呈している。一方ドルは比較的堅調に推移し,実効切下げ率(モルガン銀行発表,スミソニアン・レート比)でみると,75年秋以降76年10月までほぼ2%前後で安定しており,75年前半の月平均6~8%と比べると目覚しい回復ぶりである。

(イ) リラの動揺

ドルの復調を背景に,75年11月のランブイエ主要国首脳会議,76年1月の工MF暫定委員会など一連の国際会議を通じ,為替相場の安定を図る旨合意が成立した。しかしその直後の1月,イタリアの政局不安,経済情勢の見通し難などからまずリラが動揺した。1月6日のモロ内閣総辞職を機に,大規模なリラ売り投機が生じ,当局は,リラ買支えに伴う外貨準備の喪失が受容し難い水準に及んだとして,外国為替取引所を閑鎖(公的介入の停止)した。こうして,当局の介入がなされないインターバンク市場のリラは急落,1ドル=680リラ台から,2月下旬には790リラにまで下落した。このリラ急落はスペイン・ペセタにも影響を与え,スペイン通貨当局は,2月9日,ペセタの介入点を対ドル・レートで約11%引下げた。またリラの急落はEC共同フロート内部にも圧力を加えた。2月に入り,EC共同フロート通貨調整のうわさが広まるなかで,スネークの下限近くにいたマルクは急上昇をみせ,一方フランス・フランは下落した。しかしこの時は,各国中央銀行の積極的な市場介入や独仏首脳会談におけるEC共同フロート内通貨調整説の否定などもあって2月中央以降やや落着きを取り戻した。またリラも2月11日の第5次モロ内閣の発足,公定歩合の引上げ(2月2日,25日各1%),為替管理の強化もあって2月末にはやや回復,3月1日より外国為替取引所が再開されることとなった。

(ロ)フランスのEC共同フロート離脱

2月末の小康も束の間であり,3月に入って,ポンドの急落により,欧州外国為替市場は再び動揺をみせた。数カ月間,弱含みながら比較的平静に推移してきたポンドが31月初に,心理的下限であった1ポンド=2ドルを割って急落した。急落の要因としては①ナイジェリアが多額のポンド残高をドル,マルクなどに切り替えたこと,②最低貸出金利が引下げられたこと(9.25→9.0%),③英当局がポンドのフロートダウンを黙認しているとの市場筋の見方,などである。

ポンドの急落を機に,昨秋以降の独仏間の貿易収支の対称的なパターン,物価上昇率格差などから,フランに対する激しい売り投機が再燃し,3月15日,フランスはEC共同フロートを再離脱した。なお,フランス政府は離脱の理由として①76年1月中旬以降のフラン売り投機に対する介入により外貨準備が急減し(年初来3月12日まで140億フラン),これ以上の外貨喪失を防止する必要が生じたこと,②リラ,ポンドが急落したこと,③共同フロート・メカニズムの改善に関する変動幅の拡大などのフランスの提案が西ドイツを除く共同フロート参加国により拒否されたこと,などをあげている。

フランは離脱後一時急落のあと横ばいとなり,EC共同フロートの動揺も一応収まったが,リラ,ポンドは依然不安定な状態を続けた。

イタリア,イギリス両国はその後大幅に公定歩合を引上げたが(イタリア3月18日,4%,イギリス,4月23日,5月21日,合計2.5%)リラ,ポントの下落を止めることは出来ず,リラは,5月初,lドル=910リラにまで下落した直後の対外支払に対する56%の現金預託制度などの厳しいリラ防衛策,ポンドは6月初,1ポンド=1.71ドルにまで下落した直後の,主要国およびBIS(国際決済銀行)による50億ドル余のスタンド・バイ方式による短期信用供与決定発表が,それぞれ下支え要因左なって回復に向った。こうして6月中旬以降為替市場は小康状態を回復した。

(ハ)ポンド,リラの続落

ポンドは,小浮動横ばいの動きのあと,9月に入って急落9月下旬には1ポンド=1.64ドルにまで低落した。この時の急落の要因は①英海員組合スト発生に対する懸念(後日中止された),②英ポンド圏諸国の公的保有ポンド残高の減少発表,③当局が一時ポンド支持介入を停止したことなどがある。この急落に対し,当局が,IMF借入れ中請の意向を表明したため,ポンドは10月初には一時回復したものの,10月第2週より再び急落,最低貸出金利が史上最高の15%にまで引上げられたが,さらに下落,10月末には1ポンド=1.57ドルにまで下落した。

リラはその後比較的堅調に推移してきたが,他通貨動揺の影響を受け,9月下旬には急落,10月1日には1ドル=873リラとなった。しかし,同日発表された一連のリラ防衛策(公定歩合引上げ史上最高の15%へ,外貨取得に対する10%の課税など)により,リラは一挙に回復,1ドル=840リラとなった。その後はほぼ横ばいで推移したが上記課税廃止(10月15日)と同時にリラは再び急落10日初の水準にまで戻ってしまった。しかしその後,当局が外貨取得税の復活など為替管理をふたたび強化したことにより,リラは強含みとなっている。

フランス・フランは7月央より,フランスの干ばつの被害が,物価,貿易収支に悪影響を及ぼすという懸念などから急落,公定歩合が大幅に引き上げられた(7月22日,8.0→9.5%)ものの下落は止まらず,8月中旬には1ドル=5フラン台に乗せ,74年初来の安値となった。その後底値感,新たらブラン防衛策期待感などからやや持直したものの,10月に入り,国会での財産税創設論議の高まりなどにより下落,10月中旬にはふたたび5フラン台となった。

(ニ) マルクの切上げ

ドイツ・マルクはその後も根強いEC共同フロート通貨調整の思惑などから,7月下旬,8月下旬,9月中旬と再々はげしい買投機に見舞われ,それぞれの局面で段階的に上伸した。7月,8月の局面では,オランダ,ベルギーが,9月の局面では,スウェーデン,デンマークが公定歩合を引上げ,また一貫して,EC共同フロート加盟中央銀行の大量の買支えにより乗り切ったが,10月に入り,西ドイツ連銀の外貨準備急増発表を機に更にマルクが上伸したため,西ドイツ通貨当局はついにマルクを切上げた。

すなわち76年10月17日,EC共同フロート参加国は次の通り参加国通貨に対する各中央銀行の介入点を調整,翌18日より実施する旨決定した。

なお,西ドイツは,マルクがUCに対し切上げられた事に関連し,対SD Rレートも同率切上がったため,IMFに届け出た。

これまで欧州通貨の動揺を中心にみてきたが,これがかつてのような世界的な通貨不安にまで拡大するということはまず考えられない。

その理由は,最初に述べたようにドルが現在高位安定期にあるためである。

第12-1表 EC共同フロート加盟中央銀行の新介入点

第12-2表 EC通貨単位(UC)の換算率

2. 自由金価格の動き

金価格は,74年12月末の1オンス=192.25ドルをピークとして,75年初来下落基調に転じ,75年8月末,IMF保有金の一部(6分の1)を市場売却する方向で原則合意がなされたことの影響を受けて暴落,9月には1オンス=120ドル台となった(第12-1図)。

その後急落の反動もあってやや回復し,10月以降は,1オンス=140ドル前後でほぼ横ばいに推移したが,76年1月のIMF暫定委員会においてIMF保有金売却計画が前進をみせたことから,76年1月下旬にはふたたび120ドル台に転落した。

その後130ドル台に持直したものの,今後の金売却に対する不安感などからおおむね軟調を続け,8月下旬には,第3回競売(9月14,日)を控え,103.50ドルと73年,12月来の安値となった。これを底値とし,ソ連の穀物収穫見通通しの好転,南アフリカの政情不安などから金の市場供給減が見込まれることから上伸,10月末には123ドルまで回復している。

IMF保有金の売却は,25百万オンス(約776トン)を前半2年,後半2年に分けて,計4年間に行やれる予定であり,さらに前半2年には12.5百万オンスを16回に分けて,6週間毎に競売されることが決定されている (第12-4表)。ところで,BIS(国際決済銀行)によれば,75年の自由金市場への金の供給量は1,130トン,うち共産圏からの供給は150トンと推測されている。したがってIMFの年間金売却量は,共産圏のそれを上回り,また市場供給量のほぼ5分の1にあたるかなり多額のものであり,これが市場に与える影響は当然大きいものと思われる。

第12-3表 EC共同フロートの歩み

第12-1図 自由金価格の推移

第12-4表 IMF保有金売却計画

3. ユーロ市場

(イ)市場の動向

ユーロ市場規模は,74年半ばより一時的に拡大アンポが鈍化したが,その後ふたたび拡大基調を取戻し,75年中は順調な伸びをみせた。BIS(国際決済銀行)によると,75年末にはグロスで2,580億ドルに達し,銀行間の二重取引を除いたネットでは,前年比1.6%増の2,050億ドルとなった (第12-5表)。76年に入ってからの伸びは,モルガン銀行によると,上期にネットで年率7.7%の増加(75年全体で21%)とやや拡大テンポが鈍化している。しかし,地域的にみると,ヨーロッパ以外のユーロカレンシー市場たとえばカリブ海地域,シンガポール等の金融市場は著しく拡大している。これは米国銀行の同地域支店の活動が活発化しているためとみられている。バハマ,ケイマン諸島にある米国銀行支店の米国以外の非居住者に対する債権をみると75年に前年比12億ドル増のあと,76年上半期中にほぼ同額増加している。また米国銀行の対バハマ短期債権も75年に前年比40億ドル増加し,76年上半期中にほぼ同額の増加を示している。

借り手についてみると,75年には一部の国を除き,先進工業国の経常収支が改善に向ったこと,また不況により各国の資金需給が緩和されたことなどから,先進工業国のユーロ市場資金調達は急減した。しかし76年に入って先進工業国の経常収支が全体として悪化し始めたことから,ふたたびユーロ市場資金調達が活発となり,76年の1~7月間には,先進工業国の借入が全体の41%を占めるに至っている (第12-6表)。

またかつてのユーロ市場への資金の出し手であったOPEC諸国が逆にユーロ市場から資金調達するという現象も引続きみられ,75年全体の29億ドルの借入に対し,76年1~7月で既に21億ドルの借入を行なっている。借人国は,イラン,イラク,アルジェリアなど時に国内開発に力を注いだ国の他,比較的余裕のあったカタールなどにも及んでいる。

共産圏諸国も75年以来ユーロ市場で大量の資金を調達した。対価側貿易収支赤字をファイナンスする目的で,75年には26億ドル,76年に入ってからも既に7月までに18億ドル借入れており,ユーロ市場では,今後の貸付に対し,慎重な態度を取り始めている。

第12-5表 ユーロカレンシー市場の規模推移

第12-6表 公表された中・長期ユーロカレンシー貸付

第12-7表 主要短期金利の推移

(ロ)金利の動き

ユーロダラー金利(ロンドン市場,3カ月物)は74年央以降下落基調を続けたが,75年7月より上昇に転じ,75年9月末から10月初にかけて8%台にまで回復した。しかし10月中旬以降は,ニューヨーク市の財危機及び回復初期にある米国景気を勘案して,アメリカの金融政策が再び緩和に転じたため,ユーロダラー金利は下落に向い,6%台になった。11月に入り,米議会とニューヨーク州当局によるニューヨーク市援助がほぼ確実となったため,ドルが強含みとなり,ユーロダラー金利も11月下旬から12月初にかけ一時,7%台に上伸した。しかし,12月中旬よりふたたび軟化,下旬には,米連邦準備が一部定期性預金の準備率を引下げたため,米国内短期金利が下落,これを受けてユーロダラー金利は5%台になった。

76年に入ってからは,5.5%前後で横ばいに推移したが,4月に米大手商銀がプライム・レートを一斉に引上げたため,この影響を受けて強含みとなり,5月央以降上げ足を早め6月初には6.9%程度となった。6月中旬以降,米国はじめ主要国の景気回復テンポが遅く,本格的な資金需要がみられないことから,米国内金利に上げ止まり感がみられ始め,米大手商銀は,7月になってプライム・レートを引下げた。これを受けてユーロダラー金利も下落に転じ,9月下旬には5.5%程度と,76年初の低水準にまで下落した。

一方マルクを除く,ユーロカレンシー金利は,年初来の西欧通貨動揺で,通貨防衛などのために自国内短期金利を引上げていることから,総じて大幅に上伸しており,ユーロダラー金利との格差が目立っている。

また一時影をひそめていた利払い遅延の問題や,金利に対するプレミアムの上乗せも注目されつつある模様である。こうしたことからユーロダラー金利の低下は一時的なものであり,ふたたび上昇に向うとみる向きもある。


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