昭和49年
年次世界経済報告
世界経済の新しい秩序を求めて
経済企画庁
74年の世界経済は,供給制約の下におけるスタグフレーションに終始した。自由世界は,急速な外貨の蓄積を続ける産油国,好調な一部の一次産品輸出国,高率のインフレの渦中でゼロまたはマイナスの実質成長となって低迷を続ける多くの先進国,および経済開発の希望が大きく後退した非資源発展途上国という動きにみるように一部の明るい国々と大多数の暗い諸国との対照が極めて鮮明となった。また共産圏諸国は概して好調に推移したが,ここでもインフレ的圧力から隔絶してはいないことが明らかであった。スタグフレーションの深刻化にあえぐ各国は,物価の高騰と増大する失業に示されるような非両立的性格の対策を必要とする問題に対処する方途を模索しながら今日に至っている。
世界の主要国がスタグフレーションの局面下にあることは,既に前回の70~71年の景気停滞によって経験している。しかし前回に比して今回は景気停滞の同時化が著しく,またインフレの高進が極めて大幅であるという特色があった。いわば今回は前回よりも格段に重症となったのである。
既にみたように,この同時化と大型化については今回に独特の要因が指摘される。73年の景気上昇期に顕在化して拡大を阻害し,停滞後にも根づよい物価上昇圧力を加えてきた基礎資材や一次産品の供給隘路がそれであり,更にこれが輸入価格の急騰を通じて各国に波及した。ことに石油危機はスタグフレーション大型化の最大の原因となった。これは更に産油国の国際社会における地位を大きく変革し,資源ナショナリズムの拾頭をもたらすことになった。各国経済に対して外的な要因がこのように重大な影響を及ぼしたことは,近年にない経験であったと云えよう。
このようにして,石油輸入国はいずれも総需要抑制に加えて高騰した原油価格に適応する調整を余儀なくされる一方,新しい資源制約に対応する節約や新開発等についての一連の政策を急拠実施することになった。このなかでインフレとの闘いは次第に長期化する様相を呈して来たのである。各国は今,この苦難の道を歩んでいる。国際環境をこのように変化させた石油を中心とする資源問題の帰趨は,以下にみるように今後の世界経済の動向を大きく左右することになるものと思われる。
石油危機を通じて産油国側は原油価格の大幅引上げに成功した。一方代替エネルギー資源は急速には登場せず,新たな石油資源の開発にも多くの時間とコストがかかり,当面,輸入国側においては節約を除けばみるべき有効な方策がなかった。約4倍にも高進した原油価格は,各輸入国の貿易収支に重圧を加えたが,わけても非資源発展途上国はその上に食料その他の一次産品や先進国からの工業製品の値上りもあって,深刻な貿易収支の逆調に直面し,一部の国はIMF石油特別資金の援助によって急場をしのぐような状況となり,自立的経済発展は一層困難となった。しかも産油国は74年9月の利権料,所得税率引上げにもみられたように,先進国工業製品価格上昇に伴う補償を求める動きをみせており,原油価格の動向はきわめて流動的である。
さらに資源ナショナリズムを主軸として他の主要一次産品輸出国も活発な動きをみせており,資源保有国の国際的発言力は強まってきている。それらの国は,自己の新しい国際的地位の確立を目指して,その団結を強化している。
それでは,このような一連の資源ナショナリズムに鼓舞された行動は,今後一層旺盛かつ尖鋭化していくであろうか。石油についてみると以下のような要因をあげることができると思われる。
第1に,資源保有国が自国の開発による高い経済発展を望むならば,資金力に加えて高度な生産技術,整備された国内流通組織,開かれた海外市場,強力な社会資本,すぐれた人的能力等多面的な要因に依存しなければならないが,その多くの部分は国際的協力によってのみ獲得されるものである。これは必然的に他国との関係を一層協調的,互恵的に緊密化して,はじめて達成される。
第2に,現在の原油価格は輸入国側にとってすでにかなりの負担となっており,一部の国は甚だしい国際収支の悪化に呻吟している。今後苦境に陥る国が急増するようになれば,全世界経済を大きな混乱に導くことにもなりかねない。
第3に,オイルマネーの還流は,現在短期緊急対策として極めて重要なものであるが,中長期的には現在の姿のままその機能を継続すれば債務の累積による困難に逢着するであろう。従ってこれに対処するためには貿易収支においても均衡が回復するような方策がとれなければならない。これはとりも直さず,前項にみたような貿易の拡大や産油国からの発展途上国援助などの互恵的な相互繁栄のシステムを確立することを意味する。
第4に,代替エネルギー資源や新たな石油資源によって供給を増加させることは短期的にはむずかしいが,長期的にみると需要の動向と見合ってこれがエネルギー資源価格の上限を設定する効果は動かし難い。
このようにみてくると産油国をはじめたとした発展途上国の動きのうちには,長期的な視野における国際協調によってのみ解決されるべき問題が多く含まれていると思われる。これに対する先進国の側からの有効的な理解ある態度は新しい世界の秩序を作り上げる鍵となるであろう。
非資源発展途上国の苦悩は深刻である。これに対し当面緊急援助対策の充実に格段の努力が必要であることは論をまたないが,他方これらの国に対する従来からの開発援助のもたらした成果について改めて評価してみる必要がないだろうか。極めて貧しい発展途上国では,将来の経済水準向上のための開発よりも当面を生き延びることに,より高い重要度がおかれるような状況であるから,援助についてもこの段階を脱却するための地道な開発努力を成功へ導くに足る内容と規模が必要となるであろう。同時に当該諸国の一層の自助努力が必要であることは論をまたない。以上にみたように現在の苦難の中から生まれる新しい時代にふさわしい秩序が各国の経済発展を繁栄に導くようなものとなるために,以下の二つの理念が特に重要であると考えられ,最近における国際的に顕著な動きもそれを示しているものと思われる。
第1には,世界経済全体の繁栄のために国際協調がきわめて重要であることを改めて認識することである。各国の安定した成長を持続させるために国際協力の役割はますます増大している。各国経済は年と共に拡大する相互依存のネットワークに組込まれ,国内政策も対外的配慮なしに実施することは困難となってきている。ここにおいて国際貿易の一層の展開を目指す新国際ラウンドの推進は極めて望ましいものである。また発展途上国を含めた大規模なオイルマネーの公的還流システムも検討が進められている。
第2に資源の有限性を認識してその有効利用をはかることである。今日主要国はそれぞれ特色のある節約施策推進に取り組んでいるが,同時に全世界の協力による開発努力も強く望まれる。今般の世界食料会議でも国際農業開発基金,世界食料情報システムおよび食料備蓄構想などが検討された。
またOECDの国際エネルギー機関も,①緊急事態における石油の供給安定,②代替エネルギー資源の開発等の国際協力に資するものである,と考えられる。
このように新しい秩序を創り出す努力は多面的に展開されており,その成果がことに注目される。
このような世界経済の動きのうちで資源自給率の低いわが国の経済は新しい環境条件に対応して大きな変革をとげることが必要となっている。その前提として以下の半うな問題が克服されなければならない。
第1に,わが国の資源消費構造の特殊性に基づいた独自の効果的な資源消費節減対策を推進することである。個人消費のウェイトが小さいわが国の消費構造においては,産業用を含む全消費の節約をはかる必要があり,省資源技術の開発適用を含む長期施策による日本経済の省資源化が重要である。
第2に資源,食料および基礎資材供給安定と拡大のため,各般の施策が必要である。国内や海外における新たな石油資源の開発,代替エネルギー資源をはじめとする各種の資源の研究開発は将来の繁栄を大きく左右するものであるが,同時に各資源と食料の供給の安定化をはかる施策は持続的成長のため不可欠の前提である。
第3にオイルマネー還流の方途はその必要に応じて多面的かつ機動的に活用されるべきであるが,それのみならず,産油国の経済発展に直接間接に貢献するような技術輸出や開発事業の実施を通じて,相互の経済交流を拡大緊密化する努力も必要と考えられる。
第4に非産油途上国の多くが深刻な経済上の困難に見舞われている今日,経済協力の推進は先進国および産油国の重要な責務である。ことにわが国は貿易上も発展途上国との関係が密接であり,国際協力の水準は一層高められる必要があろう。
以上の諸点についてのわれわれの努力は新しい国際秩序の形成に対するわが国の寄与を示すものにほかならない。
世界経済は停滞色を深めており,西ドイツを除いては物価の動向がなお警戒を必要とする状況にある。しかし他方失業率の上昇等,雇用面での問題などが発生して来ているので,各国政府とも総需要抑制政策の運営がむずかしくなってきている。イギリスは74年後半から物価抑制と若干の景気刺激との両立政策に移りアメリカは74年9月より,西ドイツは10月末より,それぞれ金融を若干緩和する部分的手直しを行った。しかしながら資源や基礎資材の供給制約下でインフレと失業との両面に対処しなければならない各国は,今後の経済運営について著しく慎重となることは当然で,物価が十分に沈静するまでは明瞭な回復基調がみられず,その後はテンポの極めてゆるやかな上昇局面になるものとみられる。
また今回のスタグフレーションには供給制約が結合しているので,景気の下降局面で部門間の跛行性が目立ったが,これは景気上昇過程における制約条件となっているものであるから次の局面ではその改善と,これをふまえた経済運営がことに重要となるであろう。この点からも大幅な外部要因変化による物価体系の調整過程が不十分のまま刺激政策をとることは極力回避しなければならない。
このような中で世界各国がこれまで行ってきた多くの政策のうち,特に興味をひくものは以下のようである。
第1には,選択的雇用増加対策があげられる。景気停滞下においてその打撃の最もきびしい階層,部門,地域などに選択的な救済措置がとられるのは通例であるが,アメリカ,イギリス,西ドイツ等ではインフレ圧力の下での雇用政策として選択的な地域雇用拡大をはかっている。
すなわち失業多発地域や開発地域における雇用増大のため公共事業の特別実施や雇用促進割増金等の施策が実施されている。総需要抑制策による効果の不均等な浸透によって生ずる問題の解決のうえからも,このようなきめ細かい施策が有効に利用されている。
第2にインフレ抑制のための総需要抑制政策を補完するものとして,種々の形態による価格・所得政策の実施されたことがあげられ机こうした直接的な施策はおおむね緊急的あるいは臨時的な措置としてとられたものであり,その効果やタイミング等について更に多くの検討が望まれるところである。
第3にインフレの被害救済や分配の公正化の姿勢が積極化する趨勢にあることがあげられよう。弱者救済の目的を明確にした少額貯蓄のスライド制や,インフレによる偶発利得を吸収する弾力的ないし一時的の税制等の試みは現在各国で実施あるいは提案されており,その利害得失について詳細な検討に価するものである。
供給制約の下にある世界経済はもはや従来のような高度成長を謳歌することができなくなった。転機を迎えた世界経済の中で国際協調が新しい基調となってきている。
新しい国際秩序の確立に向かって模索を続ける今日の世界経済の中において,わが国の果たすべき役割はますます増大している。我々は,ここに,望むべき国際協調の姿とこれに対する我々の使命を慎重に検討したうえ,世界経済の安定的成長に最大限の貢献を行うよう真剣な努力を続けるべきときであると思われる。