昭和49年

年次世界経済報告

世界経済の新しい秩序を求めて

経済企画庁


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要  旨

I 本報告のねらいと構成

1)石油危機発生から約1年を経た1974年末現在,世界経済は二桁に及ぶインフレ,景気の著しい停滞,国際収支の大幅な不均衡という諸困難に直面している。このような困難は,その1つ1つをとってみても重大な問題であるが,今回はこれらが同時にあらわれているためにとくにその矛盾は大きい。さらに,石油情勢や,産油国が受取る大規模な資金の移動が大きな不確定要因をもたらしており,問題を一層複雑で難しいものとしている。

また,より長期的にも石油危機は資源の制約の重大さを改めて示し,それへの対応の必要を迫るものとなっている。

本報告は,以上のような諸困難がいかに生じ,どのように進んでいるのかをみるとともに,これに対して各国がどのように対処しており,わが国経済運営に何を示唆するかを検討する。

2)本報告は次の3章からなり立っている。

第1章 1974年の世界経済

第2章 世界インフレの高進

第3章 供給制約に対応する世界経済

まず第1章において,1974年の世界経済の回顧を中心とし,景気の後退,失業の増大,国際収支不均衡の拡大の現状を明らかにした後,第2章ではやや長期的な観点から世界インフレの原因及び対策,第3章では供給制約の実態及びこれに対する対応の動きを取上げている。

II 1974年の世界経済

1. スタグフレーションの深刻化

1) 1974年は,世界経済が激しいインフレと,景気の著しい停滞という典型的なスタグフレーションを経験した年であった。

先進国の経済は,72年後半から73年春にかけて急速な拡大を示したが,その後設備や原材料の不足から生産の増え方は鈍り,物価が大幅に上昇するという姿となった。このため,73年中,各国で総需要抑制策が相次いでとられた。

このような時に,73年10月,石油危機が起り,インフレを一層高めるとともに,成長を著しく減速させた。その後,74年春には石油供給の量的制限は解除されたものの,1年前に比べ約4倍にものぼる石油価格高騰の影響や,その結果二桁となったインフレに対する総需要抑制策の強化などから,景気の停滞は一層深刻化し,74年秋頃からは失業者の増大が目立ってきた。

以上のような景気の停滞から,OECD加盟主要7ケ国の74年上期の経済成長率はマイナス1.8%とかつてない落込みをみせた。

2)今回の先進国の景気停滞のおいては,在庫投資や住宅投資の減少は従来と変わらないが,これまでの景気停滞期に景気の下支え要因として働いてきた個人消費がかなり減少した一方,これまでの停滞期には多かれ少なかれかれ減少していた整備投資が,今回は西ドイツを除き概ね堅調であったという特徴を持っている。

個人消費の不振は,価格の上昇による消費意欲の減退や実質所得の減少ないし停滞によるものであったが,特に石油危機を反映して自動車購入の減少が大きく,多くの国で前年に比べ20%以上の減少にも達した。一方,設備投資が比較的堅調であったのは,鉄鋼,化学などの基礎材を生産する産業で能力が不足していたためだが,74年後半には設備投資にもかげりがみえてきた。

3)物価の上昇は,72年秋より世界的に高まり,73年に入るとすでに多くの国で過去10年間のすう勢の2倍を越えていたが,石油危機の後一段と加速し,74年前半には殆どの国で二桁を越すほどとなった。

石油危機後は,ガソリン,灯油,運賃など石油を直接・間接使用するものの値上りに加え,一次産品価格の再上昇や,物価上昇下の賃金引上げの高まりによってコストが上昇し,これが物価を押上げる力となった。

2. 国際収支不均衡の拡大とオイルマネーの還流

1)1974年には,石油価格の高騰によって各国の国際収支の姿が大きく変わった。

石油価格が高騰する前には,フロートへの移行後,アメリカの経常収支が大幅黒字に転化し,日本が若干の赤字となる一方,イギリス,イタリアで赤字幅が拡大するなどの動きがあった。

しかし,石油価格が高騰した後の74年前半には,石油代金の支払い増から西ドイツとベルギー,オランダを除いてすべての先進国で経常収支が赤字となり,先進国合計でも従来の黒字から74年には約400億ドルの赤字となると見込まれている。しかも,国によってその影響は異なり,石油を除いても,赤字であるイギリスやイタリアにとって国際収支は特に厳しいものがある。また,石油を産出しない発展途上国の場合にも74年約200億ドルの赤字と見込まれ,その影響は深刻である。

2)  このような経常収支の赤字は,産油国の受取る巨額の資金(オイルマネー)を赤字国が借入れることによって埋合わされなければならない。これまでのところ,オイルマネーは,ヨーロッパにある銀行のドル預金やアメリカ,イギリスなどに多く流入しているが,資金の規模が大きいこと,長期かつ安定的な資金が必要であるにも拘らず短期に運用されていること,などから民間の金融機関のみでき十分対処できないという問題が生じている。

また,イタリアや石油を産出しないで発展途上国など,最も資金を必要とする国に必ずしも流れていないという問題もある。そこでIMFの石油基金の創設,西ドイツのイタリアに対する借款乙どの措置がとられ,更に最近ではより大規模な公的還流機構が提案されてきている。

3)1973年の世界貿易は,金額で輸出38.1%,輸入37.1%,数量で輸出15%,輸入13.7%と好調な伸びであった。しかし,74年に入ると,金額では輸出入とも5割近い増加を示しているものの,先進国の景気停滞に伴う輸入の停滞から数量ではかなりの鈍化をみせている。

4)73年3月,変動相場に移行した後の主要国の為替レートは,73年央の投機的動きを経て,石油危機後のドルの上昇,アメリカの資本流出規制撤廃や経常収支悪化による74年1月半ば以降のドル下落,オイルダラー流入による74年6月以降のドル再上昇,秋以降の下落という動きが特徴的であった。

また,73年3月から始まったEC共同フロートは,その内部で西ドイツのマルク,オランダのギルダー切上げなどの調整を行ったが,74年1月にはフランス・フランが離脱した。

その他,自由金価格が,73年11月末より急上昇し,公定価格の1オンス42.22ドルに対し,74年11月には170ドルを越えたことが特徴的である。このような金価格高騰の背景には,新産金のひきつづく停滞,金採掘コストの上昇,為替変動の危険回避,インフレに対するヘッジなどがある。

5)国際通貨改革については,72年7月にIMFに設立された20カ国委員会が検討を続けてきたが,その後の変動相場制移行を経て,石油危機後の国際収支構造激変により,固定相場制への復帰は当分の間見込めなくなった。

そこで74年6月の20カ国蔵相会議では,経過期間にとられるべき措置として,変動相場制のガイドライン,主要国通貨価値の加重平均によるSDR(IMF特別引出権)の価値決定,石油基金,大臣レベル会議の設立などを決定した。

3. 主要国の経済政策

1)以上のようなスタグフレーションと国際収支の不均衡という困難に対して,各国は多面的な政策を展開してきている。石油危機発生後,まず多数の国が緊急的な石油消費規制を実施したが,74年に入り石油の量的不足の懸念が薄らぐにつれて次第に撤廃された。しかし,74年夏以降ひきつづく石油価格の高水準に対処して,フランス,アメリカなどを中心に改めて中長期的観点から石油輸入を抑制する措置を導入している。

2)総需要抑制策については,石油危機前から各国で導入されていたが,早くから財政金融両面にわたる最も厳しい引締め政策をとっていた西ドイツなどは,石油危機後にむしろ財政上の引締め措置を撤廃した。しかし,多くの国ではインフレの加速化に対処して総需要抑制を強化した。こうした中で74年後半になると各国とも景気情勢の悪化と失業の増大が目立ち,アメリカ,イギリス,西ドイツなどでは,引締め政策の部分的手直しをよぎなくされるに至っている。

3)石油危機前から,西ドイツ等の一部の国を除き実施されていた所得政策のうち,物価規制については,石油危機後これを強化する国か多かったが,アメリカは74年4月,物価(石油製品を除く),賃金規制ともに撤廃し,イギリスは,同7月賃金規制を徹発した。

また,高率のインフレ下で年金引上げや食料補助金の支給などによる弱者を中心とした被害の中立化の動きがみられたことも今回の特徴であった。

4)国際収支対策としては,総需要抑制策のほか,輸入預託金制度の導入(イタリア)などの輸入抑制措置,フランス・フランの共同フロート離脱などの動きもあったが,多くの国においては,経常収支の赤字を埋めるための積極的な資本流入策がとられた。

また,IMF石油基金の設置,2国間の資金援助,OECDと20カ国蔵相会議における貿易制限回避の申合せなど,国際協力が進展したことも石油危機後の経済政策の特徴であった。

4. 発展途上国と共産圏の経済動向

1)1973年の発展途上国の経済成長率は,約7.5%と近年にない高さであった。しかし,国別にみると,大きな格差がみられ,韓国,イラン,ブラジルの諸国が二桁の成長をみせた半面,インド,チリ,アルゼンチン等の諸国では停滞した。

また,石油価格の高騰,先進国景気の停滞,74年2月を境とした一次産品市況の軟化など74年に入ると産油国を除き,各国とも深刻な問題があらわれてきた。

2)73年の発展途上国の輸出は,一次産品価格の高騰,先進国の輸入需要増によって43%の増加と輸入の34%増を上回ったため,貿易収支は引続き改善し,産油国,非産油国ともに外貨準備が大幅に増加した。

しかし,74年7月より,非産油発展途上国の外貨準備は減少傾向をみせており,石油価格高騰と,先進国景気停滞の影響があらわれてきたことを示している。

3)比較的好調であった73年の発展途上国経済の中でインフレの高進は共通の問題であった。すでに73年には,アジア・中南米のほとんどの国と,他,の地域のうち半数近い国が二桁に及ぶインフレに襲われていたが,73年秋以来の石油危機,先進国のインフレの影響などにより74年に入ると更に加速している。

4)共産圏経済をみると,中国の73年の工農業総生産額は,農業生産の立ち直りから8%の伸びとなった。このような農業生産の好調は74年に入っでも続いているが,工業生産の伸びはいくぶん鈍化している。

中国の貿易総額は,71年秋国連参加後の交流の高まりを反映して急速に増加し,73年には89億ドル(前年比56%増)に達した。しかし,これまでほぼ均衡していた貿易収支は,プラント,食料,綿花の輸入増により73年には5.4億ドルの入超となった。

5)73年のソ連経済は,農業生産の回復,工業生産の好調によって停滞を脱し,国民所得で6.8%の成長を達成した。74年に入ってからは,工業生産が前年に比べ8.2%増(1~9月)とほぼ順調であるが,6月以降やや鈍化の兆候があらわれてきた。

農業部門では穀物が73年の記録2億2,250万トンに次ぐ1億9,000万トンに達する見込みであるが,これは当初の政府の目標(2億560万トン)をかなり下回る水準である。

73年の貿易総額は,20.3%の増加で貿易収支は72年の赤字からわずかながら黒字に転じた。また,石油価格の上昇などにより交易条件は好転した。

6)73年の東欧諸国の経済は,工業生産が各国とも5ケ年計画の平均を上回り,農業生産も好調であるなど,引続いてほぼ順調に推移した。

また,東欧と西側との貿易は73年,74年第1四半期と引続いて拡大しているが,東欧側の大きな貿易赤字が問題となってきている。

5. 世界景気の現局面と展望

1)74年12月現在,先進国の経済情勢はとみに悪化しつつある。インフレが衰えをみせない中で,景気停滞は深まり,失業率は西ドイツで3.7%,アメリカで7.1%へと急増した。こうした中で一部には19 30年代の深刻な不況の再現を懸念する声すらきかれている。30年代と異なり現在は高率インフレ下の不況であり,石油価格上昇に伴う大幅な国際収支の不均衡という難しさもある。しかし,一方で,30年代に比べ,①各国の完全雇用政策が格段に進歩していること,②政府部門の比重も,高まり,失業保険の充実など,不況抵抗力も高まっていること,③IMF,世銀,OECDなどの国際機関を通ずる各国間の協力態勢も著しく強化されていること,などから,各国は世界不況を回避する能力を十分に保持しているものと考えられる。

2)先進国経済は,先行き当分の間停滞を続け,発展途上国経済もその影響を一層本格的に受けてこよう。一方,石油価格上昇の一巡や,原材料価格の軟化という要因があるものの賃金コストの上昇などによってインフレの終息は容易でなく,なお多くの時間を必要とするものとみられる。

III 世界インフレの高進

1. 先進国のインフレ加速化

1)物価の上昇は決して新しい問題ではないが,現在の物価上昇は,平均二桁という高さのうえ,世界的に同時に進行しているという平和時としては初めてのものである。このような二桁インフレに至る過程をみると,60年代末における加速化,72~73年のブーム期の高騰及び石油危機後の一層の加速化と三段階に分けられる。

2)まず,先進国の物価上昇率(GNPデフレーター)は,60年代半ばまでの21/2%程度から68年以降5%台へと加速していた。この原因のうち特に重要なものは,アメリカの物価上昇率の高まりとその影響である。アメリカでは,62年以降の長期間の景気上昇過程で65年項より需給がひっ迫していたところに,ベトナム戦争等から財政支出の拡大が続き,物価上昇,輸入の急増がおこって,これがドルの流出を通じて各国に波及した。さらに,68~69年には,西欧において若い労働者を中心とする意識の変革などから賃金の爆発的上昇がみられ,これが周辺の国々に波及し,賃金コスト面から物価を押し上げる大きな要因となったことである。こうして,69年ないし70年から71年にかけての不景気の時にも物価は上昇を続け,「スタグフレーション」(不況下の物価高)を経験することとなった。

3)物価上昇加速化の第2期は,72年後半以降の世界的なインフレである。この基本的な原因は,各国で景気が急速に,且つ同時的に拡大したことである。それに,農産物が天候不順からの不作などの影響により世界的に不足したことも加わった。このため,食料や原材料などの一次産品価格は急騰し,各国の物価を大きく押上げた。また,この背景には,過剰なドルの累積から各国で通貨の供給が大幅に増えたこともあった。とくに,この通貨増が,土地や商品の購入に向い,それらの価格を上昇させ,一層物価が上昇するのではないかとの予想を生み,これが現実に物価を押上げるという姿が多くの国でみられた。

4)ところで,60年代末の物価上昇が固定レートの下で各国に伝播したのに対し変動相場制への移行は,これをかなり遮断する効果を持つものであった。しかし,変動制移行に伴って従来の赤字国であるイギリスやアメリカが,拡大策をとり易くなったことや,物価の下方硬直性から切下げ国ではそのまま物価上昇要因となるのに対し切上げ国の抑制効果は相対的に小さいことなどのために,変動制への移行は物価を押上げる一面も持った。

5)第3期は,石油危機後の加速化である。

73年秋の石油危機後,先進国の景気が停滞を深めるなかで物価の上昇は一層加速し,74年前半には先進国平均で年率15%近くに達した。 石油危機がなかったとしても72~73年にみられたような需要インフレの後には,賃金コストプッシュ局面があらわれるはずであったが,今回は,それに,①石油価格高騰の直接的間接的影響や一次産品価格再上昇の影響などの原燃料コスト増,②物価高騰下の実質賃金の侵触に対する名目賃金要求の高まりと労働生産性低下が重なって生じている賃金コストの一層の上昇が加わり,複合的なコスト・プッシュ・インフレの様相を呈している。このことは,74年に入り,主要各国とも物価上昇要因のうち需要要因の割合が減少し,輸入価格ないし,賃金コスト要因が増大していることからもうかがえる。

また,消費者物価上昇を品目グループ別にみると,まず73年中は食料がほぼ5割を占めていたが,その後73年11~12月頃より石油直接関連製品の寄与が高まり,さらに石油製品価格上昇の一巡後,石油その他の原燃料価格上昇の波及や賃金コストの高まりから,工業製品やサービス価格の上昇が目立ってきている。

6)次に二桁インフレの影響をみると,従来と異なり,アメリカ,イギリスなどで実質所得の低下をもたらしたほか,多くの国の実質金利がマイナスとなった。また累進構造の下で,税負担を増大させるなどの傾向を一層強めた。

さらに,インフレ下で,企業・家計は,土地などの投機的購入や,企業の場合には在庫積増しの積極化などの行動をとるようになった。また,高率インフレの下ではこのような非生産的投資の増加に加え,総需要抑制策が長引かざるをえないこともあって,生産活動自体をも阻害することが経験された。

2.発展途上国のインフレ及び共産圏の物価問題

1)物価の上昇は先進国に限らず発展途上国においても程度の差こそあれ大きな問題となっている。しかし,過去のすう勢をみると,消費者物価上昇が年率20%を越す国はブラジル,チリ,アルゼンチン,インドネシアなどまれであった。しかし,73年以降このような姿は一変し,平均でも20%を越しているほか,従来比較的安定的であった国でも二桁以上に加速している。

2)発展途上国の物価上昇にはいろいろの原因があるが,とくに重要なものは,性急な工業化を進めるため財政赤字を通貨の増発でまかなったことや,消費のうち大きな重要性を持つ食料の供給能力の低さなどである。

さらに,73年からの同時的な加速化の原因としては,石油価格上昇の影響の他,食料など一次産品価格の高騰及び輸出収入の増大に伴う通貨供給増があげられる。

3)先進国や発展途上国が二桁インフレを経験しているのに対して共産圏諸国は果して物価上昇をまぬがれているのであろうか。そこで,共産圏経済を経済管理体制によって三つの類型に分けて物価問題をみると,第1の類型は,中国,ソ連や一部の東欧諸国のように政府による集権的な経済の計画・管理の色彩が強く,価格も国の定める固定価格制をとる国々である。ここでは,一定期間小売価格は上昇しない。第2は,「市場制社会主義」といわれるユーゴスラビアの場合であって,ここでは労働者の自主管理制のもとで企業が自主的に価格賃金を決定する。ここでは,激しい物価上昇がみられている。第3は,その中間で,ハンガリーのように一部に市場機構を導入しつつある国であり,ここでは緩慢ながら物価の上昇がみられる。

4)しかし,第1の類型の国でも,指数で示された物価が安定的であるようにみえるものの,顕在化しない物価上昇要因がある。このことは,例えばソ連のコルホーズ市場の自由価格の動きをみれば明らかである。

それにも拘らず固定価格を維持しうるのは,一方で賃金もある期間固定していること,消費財が供給不足となった場合でもその不足分だけの貯蓄がふえる仕組みになっていることに加えて間接税や補助金,貿易特別会計の操作が行われていることなどによる。しかし,以上のような固定価格制は品質の異なったものが一方で過剰となりながら他方,で不足するといったことや,資源の合理的利用の刺激が失われるという問題点を持っている。

3.インフレとの闘い

1)以上のような,とくに先進諸国の大幅かつ複雑なインフレに対して各国はいかにこの困難と闘い,その中で新事態に対応する政策がいかに生れてきているかをみる。

まず,インフレ対策がいかに多面的になっても,その中心はあくまでも総需要の適正な管理にある。とくに総需要管理政策において重要なのは,適切なタイミング,原因に適合した手段の選択,金融政策と並んで増税を含む財政政策の活用などであり,この点で西ドイツの73年以降の総需要抑制策とその効果には注目される。

2)しかし,今日のスタグフレーションは,総需要抑制政策のみで解決できないことも事実であり,これを補完する各種の政策をとる必要性が高まっている。その1つは,供給拡大政策及び競争政策である。輸入数量制限の撤廃や関税引下などの輸入増大政策は,今回のインフレ期においてもフランス,西ドイツ,アメリカ,カナダ,オーストラリア等でとられてきた。さらに,供給能力の制約に対して設備投資を確保するため,アメリカにおいて投資税率の引下げが提案されたほか,イギリスでは,価格規制の緩和,中期資金の供給増大などの措置が発表され,フランスでも価格規制や景気調整税の徴収にあたって投資に特別の配慮が払われることとなっている。

さらに,インフレ対策と関連して,競争政策は,最近合併規制などの面で強化されてきている。

3)所得政策については,その目的・方式なども必ずしも確立されているわけではなく,各国ともそれぞれの国情にあった方式を模索しているというのが実情である。しかし,これまでに試みられた多くの経験から所得政策の有効性,限界についての理解が深まっており,また所得政策を高めるための具体的方式や必要条件についても検討が進んできている。

まずタイミングについては,景気停滞下のコスト・プッシュ局面や景気回復の初期にその効果を持ち易いことが指摘できる。また,方式については,価格と賃金の凍結から上昇率規制,ガイドポスト,労使の話し合いを中心とする自主的規制など多様であり,それぞれ利害得失を持っている。

次に所得政策の効果は多面的であり,物価・賃金面のみに限ってもその計量は難しいが,仮りにアメリカ,イギリスについてこれを試算すると,ある時期においてはかなりの効果をもったことがわかる。所得政策はこのように短期間の効果を持つ一方,資源配分の歪みをもたらし,また,解除後の物価,賃金の大幅上昇をもたらすなどの問題を持っている。

4)インフレが加速化してくると,単にインフレの抑制のための政策では十分でなく,インフレの弊害を是正したり,中立化する政策も重要となってきた。個人の所得税控除の引上げ,税率階層区分の改定,間接税引下げ(イギリス,フランス),食料補助金の支出(イギリス,アメリカ),年金改定などがその例である。さらに,インフレの影響を申立化する方法としてブラジル,イスラエル,フィンランドなど一部の国で行われ,または行われた経験のある,インデクセーション(物価指数にスライドすることによって,金融資産などの実質価値を保証する方式)がひろく論議され,新たに部分的に実施,または近く実施される国もあらわれてきた。

IV供給制約に対応する世界経済

1.供給制約の実態

1)73年には,エネルギー,原材料などの資源や食料について,その制約が表面化した。このため,世界経済は,資源の制約から,これまでのような成長ができないのではないかという議論も多くなってきた。

そこで,まず再生産不可能な資源の不足の実態をみると,現在の価格と技術とで可能な埋蔵量は,石炭,鉄鉱石,ボーキサイトが長く,石油,銅など の他の重要資源はおおむね30~60年となっている。埋蔵量は,価格が上がり技術が進歩すると増大するし,地殼の中にある量は,はるかに多いわけだからここ10年程度で物理的に枯渇してしまうという状態ではない。問題は,むしろ資源が一部の国に偏在していることによる人為的な制限である。

資源は発展途上国に多く産出するというわけではないが,発展途上国では自ら多く消費せず,輸出が大きな割合を占めている。こうしたなかで多国籍企業の支配のほか,資源が輸出収入として最も重要であること,世界の経済成長で需給がひっ迫してきたことなどが,資源ナショナリズムの背景となっている。

2)しかし,石油の場合は,産業,国民生活にきわめて重要なこと,産油途上国が輸出にきわめて重要な地位を占めていること,石油の代わりのエネルギーが短期間には容易にあらわれないこと,などの特別な条件があったためで他の鉱物資源について同じようなことが起る可能性はむしろ少ないと云える。

ただ,石油に刺激されて,銅,ボーキサイト,鉄鉱石などの輸出国が結束して価格を上げようという動きもみられている。また,先進国でも,カナダやオーストラリアなどの資源輸出国は,発展途上国と違って,直接的・急進的なものではないが,国内優先的姿勢をとり始めている。

3)73年には,以上のような一次原材料の他にも,鉄鋼や,紙・パルプ,化学などの基礎産業で供給不足が生じたのが特徴であった。このような産業に共通なことは,60年代末頃から設備投資が沈滞していた結果,供給能力の伸びが小さかったことがあげられる。設備投資が沈滞したのは,利益率が低かったことや,環境問題に原因するところが大きかった。

73年以降の不足から価格が大幅に上昇したので,その後鉄鋼,石油化学を中心に設備投資も盛んとなっている。しかし,74年に入り,再び不景気となったことや,建設コストの増大,さらに設備投資を行っても,生産能力となるまでに時間がかかることなどから,短期間に供給の大幅な拡大は難しいというのが現状である。

4)戦後の食料問題をみると,もちろん所得の低い国々では,飢餓や栄養不足が続いていたが,全体としては,むしろ不足は例外で,過剰気味で推移していた。

しかし,食料需給は,72年の夏から一変してひっ迫傾向となった。この理由は,72年が天候不順で世界的に不作であったことや,ソ連,中国の穀物の大量輸入があったためである。その後の73年には,豊作となったにもかかわらず,輸入需要は強く,在庫は低水準を続け,さらに,74年にはアメリカ,カナダの穀物不作見通しによって,再びひっ迫傾向を強めている。

2.供給制約への適応

1)以上のような資源の制約によって,その資源の価格は上昇するが,その結果,資源の需要,供給自体が変化する。

石油を例にとってみると,石油価格上昇によって需要が抑制されるはずだが,原油価格が約4倍になったにもかかわらず,どの国も石油輸入はそれ程減っていない。これは,自動車の使用を減らしたり,室温を下げたりすることはすぐにできるが,大型車を小型車にかえたりすることによって消費が減少することには時間がかかることや,原油が約4倍になっても石油製品の相対価格の上昇が4割程度であることなどのためである。

2)次は,長期的にみて,エネルギーの節約や代替がどう進むかだが,建築技術や生産技術の革新による節約の可能性は少なくない。

また,代替エネルギーについても,各国で原子力や石炭に比重を移そうという機運の高まりがみられ,中長期の将来性が注目されている。

しかし,こうした技術革新や資源の開発には,時間がかかるし,不確実なことも多いので,当面は消費削減によって,需要を抑制することが中心となる。

3.供給制約と経済政策

以上のような,経済の自然な動きにまかせておいただけでは資源を安定的に供給し,また有効に利用するのに十分ではない。そこで,各国では,節約と資源開発を柱として資源エネルギー政策を進めている。

アメリカでは,節約と国内の資源開発によって80年にエネルギー自給の達成を目ざす「自立計画」が発表されている。また,75年末に1日当り100万バーレルの輸入を削減しようという短期的な目標も設定した。イギリスでも北海油田の開発に力を入れ,80年代初めには自給を目標としているが,他方ガソリンの付加価値税引上げなどエネルギー消費抑制を打出している。

また西ドイツでも一次エネルギー消費量の削減,石油依存の引下げなどの政策を進めており,フランスでは,原子力発電に力を入れる一方,75年に石油の輸入を510億フランに抑制するという厳しい規制を行っている。

2)さらに,国際協力の分野でも,先進消費国は石油融通,備蓄強化などの緊急時対策及びエネルギー節約,代替エネルギー開発などの長期的協力を講ずることなどを決定し,OECDの中に,国際エネルギー機関が設けられた。

3)食料政策の分野では,最近の需給のひっ迫を背景としてアメリカ,カナダ,オーストラリアなどの主要生産国で作付制限を廃止するなどの増産対策をとっているが,とくに,国際協力の面では,74年11月,国連世界食料会議が開催され,食料の増産,食料情報システムの設立,国際農業開発基金の設立などを決議した。

4.供給制約と南北問題の新たな展開

1)資源の制約による価格の上昇は,また,南北の関係に新たな課題をもたらした。これまで20年近く発展途上国に不利に働いていた交易条件が,72年からの一次産品価格高騰により有利となったが,産油国と非産油国はもちろんのこと,非産油国の間でも,砂糖,木材,羊毛,肉など価格上昇の著しかった品目を輸出している国と茶やジュートなどを輸出している国とで明暗の差が開いた。

また,石油にみられるような資源を手段に使用することによる発展途上国の資源ナショナリズムの動きは更に高揚し,それは国連資源総会,海洋法会議,人口会議などにもその動きがあらわれてきた。

2)このようななかで,南の発展戦略としては,工業品の価格が一次産品に比べ有利であった頃にみられた工業化一辺倒の指向は変わり,高騰した一次産品を,外貨獲得源として工業化を進めることが考えられる。他方,こうした資源をもたない国の戦略としては,かなり工業化の進んだ国では輸出拡大をてこに開発を進められるのに対し,工業化も進んでおらず,資源をもたない途上国では,まず,農業の自給度向上と,援助の役割が大きいといえる。

3)しかし,現在,援助に関しては,債務の累積,インフレによる目減り,先進諸国の援助余力の低下などの新しい問題を抱えている。また,収入の増大した産油国からの援助の流れが要請されており,IMFの石油特別基金のほか,国連において石油価格上昇で最も大きな影響をうける国に対する緊急援助計画の具体化が進められている。

V むすび

世界経済は,石油危機を中心とする国際環境の急激な変化によってスタグフレーションの大型化,国際収支不均衡の拡大に見舞われている。代替エネルギー資源や,新たな石油資源の開発にも多くの時間とコストがかかり,輸入国側には節約を除けば当面みるべき有効な方策がない状況の下で,石油価格の動向はなお流動的である。 しかし,産油国をはじめとした資源ナショナリズムの動きに対しては,資源国に対する技術等の協力,片貿易の是正など,長期的視野における国際協調によってのみ解決されるべき問題も多い。

このようななかで,各国の経済発展を繁栄に導くような,新しい時代にふさわしい秩序の形成には,貿易の一層の展開をめざす新国際ラウンドの推進,大規模なオイルマネーの公的還流システムなどの国際協調がまず重要である。また,資源の有限性を認識してその有効利用をはかるため,各国の節約施策とともに,全世界の協力による開発努力も望まれる。わが国においても,独自の効果的な資源消費節約政策,資源・食料・基礎資材の供給安定対策,多面的なオイルマネー還流対策,非産油途上国に対する経済協力など,その果すべき役割は大きい。

現在,世界経済は停滞色を深めており,失業の増大も目立ってきた。しかし,物価の上昇はなお,きわめて高く,各国の経済運営はきわめてむずかしくなっている。こうしたなかで,各国がスタグフレーション下の政策として総需要の慎重な管理とともに,選択的雇用対策,所得政策,弱者救済などのきめ細かな諸政策をとっていることは検討に値いする。

新しい国際秩序の確立に向かって模索を続ける今日の世界経済の中において,我が国の果たすべき役割は益々増大しており,国際協調を通じて,世界経済の安定的成長に最大限の貢献を行うよう真剣な努力を続けるべきときであると思われる。


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