昭和48年
年次世界経済報告
新たな試練に直面する世界経済(資源制約下の物価上昇)
昭和48年12月21日
経済企画庁
第2章 先進諸国の物価問題
(1) 物価問題は新しい段階へ
(これまでの短期的要因は解消に向う)
72年後半から一段と騰勢を強めた先進国の物価は,各国の物価対策の強化にもかかわらず,依然大幅な上昇を続けている。
物価上昇を加速させたいくつかの要因のうち,農産物価格については,アメリカやカナダの増産,ソ連や中国の豊作予想から高水準ながら騰勢は秋以降弱まっている。さらに,先進国の景気は73年第2四半期以降,西ドイツ,アメリカ,日本を中心に拡大テンポが鈍化しており,需給の逼迫によるインフレ圧力は徐々に解消に向っている。
しかしながら,先進国をとりまく物価環境は次のような要因によってきびしさを増しつつあり,物価問題は新しい局面に当面することが予想される。
(コスト圧力とインフレマインドの強まり)
その1つは,景気上昇局面であまり表面化しなかったコスト圧力が,今後景気上昇の鈍化,賃金上昇の加速化から急速に強まると予想される点である。
賃上げ要求は,72年央以降の急激な物価上昇と企業利潤の急増を背景に,最近大幅なものになっている。今後,生産性の上昇テンポが鈍化するなかで,これが製品コストを押し上げ,製品価格の上昇さらに賃金の上昇へとつながることが懸念される。
また,激しい物価上昇が続くなかで,インフレマインドが強まり,物価上昇を加速される要因となっている。
(石油供給の削減と価格の上昇)
第2は,アラブ産油国の石油供給削減と価格の大幅な引上げによる影響である。これにより,現在多くの国で基礎資材を中心に生じている供給面の制約が一層強まり,成長を減速させるとともに,インフレ圧力を強めることが懸念される。
(2) 物価対策の課題
先進諸国の物価問題が難しい局面に当面しつつあるなかで,物価上昇を抑制し安定した成長を維持して行くためには,より多面的な取組みが必要であり,以前にもまして物価抑制の政策努力が必要とされよう。そこで,今後の物価対策において重要と考えられる政策について,以下で述べることにしよう。
(機動的な需要管理政策を)
今回の物価上昇を加速させた主因の一つは,速すぎた成長である。需要の急増により多くの国で基礎資材部門を中心に,供給の不足現象が目立っている。今後資源の面から供給の制約が一層強まることが予想されるだけに,機動的な需要管理政策の必要性は一層強まっている。
適切な需要管理政策を進めていくためには,まず景気情勢を迅速かつ的確に判断し,必要な政策手段を機敏に発動していくことが大切である。
一般に,金融政策は中央銀行の判断によって即時に実施できる利点があるのに対し,財政政策は福祉政策の推進など財政需要が強いこと,支出の増減ないし税率の変更が議会の審議と承認とを必要とすることなどにより,必ずしも機動的に運営されているとはいえない。今後,財政政策をもつと機敏に発動できる環境整備を進めるとともに,財政を積極的に活用していくことが望まれる。
西ドイツでは,「経済安定・成長促進法」(67年6月成立)により連邦政府および州政府に対して,財政の景気対策的運用を原則的に義務づけると同時に,連邦政府に対して,税制面,支出面でいくつかの権限を認めている。イギリスでは,61年に,消費税を景気情勢に応じて上下10%の範囲内で変更できる権限が政府に与えられている。
(コスト圧力の強まりに対する対応)
コスト圧力や,インフレマインドが強まれば,総需要抑制策にも失業とのかねあいで限界があり,失業を回避しつつ物価安定を実現するためにこれを補完する政策を進めていくことが必要である。コストプツシュに対処する方法としては,物価・賃金の直接規制,競争条件の整備,労働力政策などがある。
70年代に入ってから先進各国で物価・賃金に対する直接介入の方法が増えてきた。
物価・賃金の直接規制について先進各国の経験をみると,いかなる形式でそれを導入するにしろ,国民各層の合意と協力が必要であり,実施のタイミングが適切でないと所期の効果をあげることが難しい。また,やり方によっては統制に伴う諸弊害(所得分配のゆがみ,社会的な対立の強まり,統制が統制を呼び,また統制が長期化する等)が強まることに留意する必要がある。
競争条件の整備については,西ドイツでは73年6月にカルテル法が強化され,再販価格制の禁止(74年1月から実施),大企業合併の事前審査制が実施されている。また,アメリカ,イギリスでは独占禁止法の運用強化が図られつつある。輸入自由化や関税引下げを促進することによって国際競争条件を整備していくことも必要である。フランスでは73年7月,12月輸入割当枠拡大がなされており,オーストラリアでは73年7月一率25%の一方的な関税引下げを実施している。
労働力政策については,職後紹介施設の拡充,職業再訓練や地域間の移動性の促進などをはかる措置が,イギリス,西ドイツなど多くの国で進められつつある。
労働力政策は熟練労働力不足の緩和と労働の生産性の上昇とをもたらし,労働力の隘路から生じるインフレをやわらげるだけに重要なことといえる。
(国際協調の推進)
物価上昇の国際的伝播が著しく強まっている今日,物価の抑制について,各国に共通する諸問題を協議し,この解決に当ることの重要性は著しく増大している。ECの共通インフレ対策(72年10月,73年6月)や,OECD等の活動はこうした努力の一つとして評価されねばならない。物価上昇の国際波及の影響をとくに強く受けやすい貿易依存度の高い国では,その必要性は特に高い。
(物価上昇による被害の救済)
物価上昇が一層はげしさを加え,その抑制にかなりの時間を要するとなれば,物価上昇によって大きな被害を受ける低所得層を積極的に救済していくことが,社会的公正をはかっていくうえで重要となる。先進各国では,これまでもこうした面で積極的な政策を講じてきたが,今後もこの面を一層充実していくことが必要であろう。