昭和46年

年次世界経済報告

転機に立つブレトンウッズ体制

昭和46年12月14日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

第7章 オセアニア

1. 1970~71年度の経済動向

1970-71年度(7月~6月)のオーストラリア経済は前年度に引き続いて不振であった。すなわち,実質成長率は前年度の5.6%から3.9%に低下した。

農業,とくに羊毛産業の引き続く不振に加え,鉱工業までが伸び率を著しく鈍化した。逼迫していた労働需給も,70年年央よりは求職者数が求人数を上回り,この両者のギャップは71年に入ってますます拡大した。

貿易は輸出入とも前年度比6%程度の増加で伸び率は衰えたが,収支尻は2年連続黒字を続け,国際収支も記録的な資本流入によって好調であった。

しかし,賃金は引き続き大幅の上昇を示し,70~71年度の上昇率は11.3%(前年度は8.4%)となった。これに伴い物価の騰勢も著しく,前年度の3.2%から4.8%へ,そして71年4~6月は前年同期比6%へと,その上昇テンポを強めた。

政府は71~72年度の経済成長率を5%をやや上回るとみていたが,その後のニクソン声明,世界的不況の深化にオーストラリア経済はここ当分低調を脱しえないとみられている。

ニュージーランドも経済活動の鎮静化,国際収支の改善をみているが,他方,賃金,物価は引き続き騰勢を示している。70~71年度(4月~3月)の経済成長率は5.5%で前年度の5.0%をやや上回ったとは云え,個々の経済諸指標は70年後半より増勢が衰え,71年に入ってこの鈍化傾向が強くなった。

一方,失業率0,15%という完全雇用下にあって賃金は急速に上昇し,70年の對前年比12.8%増,71年4~6月の前年同期比14.0%増と上昇テンポを速めており,消費者物価も同じ比較において6.5%増から8.7%増へと騰勢を強めている。ニュージーランドもオーストラリアと同様,スタグフレーションの抑止が今後の大きな課題となっている。

2. 国別動向

(1) オーストラリアの経済動向

1)オーストラリア経済は1968~69年度(7月~6月)までは堅実な発展を続けたが,同年度をピークに落調に転じた。下表に示すように,実質経済成長率は68~69年度の8.5%から69~70年度には5.6%,そして70~71年度には3.9%にまで低下した。

1970~71年度のこの低下は非農業が5.6%の上昇であったのに対し,農業は羊毛,小麦などの不作によって1.2%の減少を示したこと,そしてデフレーターは賃金・物価の大幅上昇によって5.6%(前年度は4.5%)に上ったためである。

第7-1表 実質経済成長率

(2) 生  産

羊毛を中心とする農牧畜業は依然不振を続け,とくに羊毛産業は深刻な不況に陥っている。他方,鉱業生産は順調な開発をみせているが,石油,天然ガスを除いてはその伸びはやや緩かとなった。製造業は国内需要の不振に生産の伸び悩みをみせている,最近5ヵ年の生産(一次,二次産業)の前年に対する伸び率をみるに次のようである。

農業は1968年の大旱魃に非常な不況に見舞われたが,69年も減産,70年は,さらに減産の幅を大きくした。これに対し,非農業の生産は69年まで年年大幅に上昇したあと,70年には上昇率をやや鈍化した。

第7-2表 生産の対前年比増減率

イ 農牧畜業

農牧畜業を代表する羊毛産業はーだんと不況を深めた。1970-71年度の総販売数量は513万ベールで,前年度比10%の減少であった。総販売額は4億6,800万オーストラリア・ドル(以下Aドルとす。1Aドル=403円20銭)で,前年度比実に28%の激減となった。数量の減少率に比し金額のそれが大幅となったのは羊毛価格の低落によるもので,1ポンド当りの平均取引価格は29Aセント34(対前年度比15%安)という22年来の最低を記録した。8月31日に初まった新年度の競市では28Aセント8(78Bタイプ)と6月末(前年度末)よりも5.5%高で大発会の蓋をあけ,その後低迷状態にある。

政府は羊毛相場の低落を阻止するため,70年11月にオーストラア羊毛委員会(AWC)を設立,オークションに上場された羊毛価格の低落如何によってこれを買付け,暴落をくいとめる機関とした。70~71年度に羊毛委員会が買付けた数量は41万ベールで,このほかにも値下りによる損害を緩和するための機関である価格均等計画(PAP)の買付けた数量を合計すると全出市量の15.4%の買付けを行った。しかしそれでもなお羊毛市況は上記の様に著しい不振をみた。

政府は71~72年度予算案で,羊毛産業救済費として総額1億1,770万Aドル(前年度は3,000万ドル)を計上し,(羊毛生産者救済に1億Aドル,AW C買付資金等に1,400万Aドル,PAP運営費に370万Aドル)かつての基幹産業であった羊毛産業の建直しに重点をおいている。

次に1970年の小麦生産は751万トンで前年に比較して実に31.7%の減産であった。これは降雨量は概してよかったが,作付面積が31.6%縮小されたことが主因となっている。大麦の生産は引き続き増加し前年比21.7%の増産となったのに対し,からす麦は減産(前年比12.5%減)を続けている。いずれも作付面積の増減によるものである。

ロ 鉱  業

農牧畜業の低調に対し,鉱業生産は引き続き上昇を示している。その上昇テンポは70~71年にやや鈍化したが,原油の生産は前年に比較して3倍,天然ガスは2.5倍という著しい増加であった。70~71年度の主要鉱産品の生産高を前年度と比較すると次のようである。

オーストラリアの鉛鉱石の生産はアメリカに次いで世界第2位,亜鉛鉱石の生産はカナダに次いで同じく第2位の主要生産国である。鉛鉱石の生産は頭打ちの状態となったが,生産の大部分は原鉱石や金属として輸出されている。亜鉛鉱石の生産は70~71年度には前年度比4.2%の増加で,その大部分が原鉱石のまま輸出されている。

鉄鉱石,ボーキサイトは依然増産傾向にあるも,上昇テンポはやや鈍化した。これに対し,原油,天然ガスの生産は上記のように著しいが,これは原油については,この国最大の油田であるビクトリア州南部海底のジップスランド油田(推定埋蔵量15億バーレル)が70年3月から操業を開始したこと,また天然ガスについては同じくジップスランド油田(推定埋蔵量2,300億立方メートル)の開発によるものである。

第7-3表 鉱産品生産高

ハ 製造業

工業化の進展に伴い上昇傾向を続けてきた製造業生産は71年の1月をピークに不調を示したが,第3四半期にはやや上向きの兆をみせている。最近のこの不調は輸出が比較的好調である反面,農牧畜業の不振による国内消費需要の低下によるものとみられる。例えば,70~71年度の住宅建築は14億1,000万Aドルで前年度比2.9%の減少であした。また,小売売上高は前年度比6.3%の増加であったとはいえ,物価の値上り5%,人口の年率2%の増加を考慮に入れれば,70~71年度の小売売上高は実質的にはほとんど増加していないとみてよいであろう。

工業生産の推移を産業別にみると,オーストラリアが新しい工業国であるだけに非耐久財の生産の伸長が目立っているが,とくに化学工業は伸び率も大きく,本年第3四半期に入っても上伸を続けている。しかし繊維産業(衣料を含む)製紙などは伸び悩みをみせている。耐久材の生産は全般的に頭打ちの状態にあり中でも自動車,建築資材の生産は3月以降低下を示,している。しかし,第2四半期の後半から消費需要ももち直し,従って製造業の生産も底入れの様相が見え始めたことは注目されている。

第7-1図 労働市場

(3) 雇  用

70年の雇用者増加率は4.0%(前年は3.6%)であった。主要工業国のうち最高のアメリカでさえ3%程度の増加(イギリス,イタリアはマイナス)に過ぎないのに比べて高率である。これは純移民(長期移住者の入国数と同出国数の差)が毎年2万人を超えるのに加え,既婚婦人の就業増加(既婚婦人の全就業者に占める率は64年末の25%から70年末には35%に増加)によるもので,婦人就業者は全就業者の3分の1を占めている。

景気の沈滞を反映して失業者数も急増し,70年6月は6万8,500人(季節調整ずみ)で,前年同期に比し1万5,500人(31%増)の増加となった。これに対して6月の未充足求人数は4万400人で,前年同期に比して1万300人(20%減)の減少となった。失業者数はその後も急速に増加し,9月8万4,280人に増大,未充足求人数もまた減少して,9月には3万6,430人となり,失業者数と未充足求人数とのギャップはますます拡大の傾向をみせている。

この結果失業率(季節差調整後)は1970年の1.1%から71年7月には1.3%8月1.4%,そして9月には1.5%と上昇した。この1.5%という水準は,労働省が完全雇用水準と規定した1.0~1.5%の上限であり,しかも失業問題が従来の農村地帯がら都市にまで拡がってきたことは大いに注目される。

(4) 賃金,物価

失業者数の増大にもかかわらず,資源開発ブームを背景に賃金は大幅な上昇をみせている。70年12月に基準裁定賃金が6%アップ(70年1月は3%のアップ)されて以来,賃金の上昇テンポが高まり,70~71年度の上昇率は11.3%(前年度は8.4%)に達した。オーストラリアの労働組合は非常に強大で,よく組織化されており,賃金就業者の60%近くがいずれかの組合に加入している。一産業が賃上げに成功するとこれが他産業に波及するのが趨勢となっている。こうした賃金決定のメカニズムがこの記録的な賃金上昇の一因とみられている。

この賃金の上昇を映して消費者物価の上昇率も69~70年度の3.2%から70~71年度には4.8%(本年4~6月は前年同期比6%,7~9月は同6.8%)と加速度的な上昇を示している。5~6%の物価上昇というのは,他の先進国でもみられるが,オーストラリアの場合,食料品価格の上昇が比較的低く(70~71年は4%の上昇で,食料品指数の全品目に占めるウェイトは30.6と最高),これを別とすれば,かなりの物価騰貴と考えられる。とくに,衣料品,家庭用品,住居,サービスの値上りが著しい。しかも,この消費者物価の騰勢は71年下期に入っての航空料金,公共料金(郵便,電話料),石油料金,たばこ価格,鉄鋼価格などの引上げや,賃上げなどにより,一だんと高められるであろう。

第7-2図 賃金指数と消費者物価指数

70~71年度における生産性の伸びは3%と云われている。一方,賃金の伸びは11%で生産性の伸びを大きく上回っている。物価も急上昇して,インフレの様相は一だんと濃化している。

連邦政府は70年下期来インフレ対策として,政府支出の切りつめ(公務員採用数や移民受入数の削減など),71~72年度予算の伸びを抑制するほか,準備銀行による貸付金利の引き上げなどを行っている。

第7-4表 賃金と消費者物価の前年度比上昇率

(5) 貿  易

70~71年度の貿易は,輸出入とも伸び率が鈍化した。同年度の輸出は43億8,090万Aドルで前年度比6.0%の増加,輸入は41億4,7207万Aドルで同6.8%の増加であった。69~70年度の輸出入が前年度比それぞれ23%,12%増加したのに比べて伸び率は著しく鈍化した。70年7月から71年6月までの工業国の輸出入がそれぞれ12.5%,12.7%の増加であったのに比べても増加率はかなり低い。しかし,貿易収支は2億2,900万ドルの黒字で,2年間黒字を続け,恒常的な赤字貿易を脱している。

第7-3図 貿易の推移

オーストラリアの貿易を国別にみると,この数年間に大きく変貌した。66~67年度以降,輸出では日本がイギリスを抜いてトップに,輸入ではアメリカがイギリスを抑えてトップに立った。これはイギリスとオーストラリアとの政治的,経済的な結びつきが後退(とくに,イギリスのEC加盟の表示以来の輸出市場転換政策も手伝って)したのに対し,高度の経済的発展を続ける日本およぴアメリカ,地理的に有利性をもつ東南アジア諸国との貿易が相対的に急上昇した結果であった。

第7-4図 主要国別貿易

日本に対する輸出は急速な増加で,70~71年度までの5カ年間に,輸出は2.5倍に,輸入は2倍余りの激増となった。(この間,オーストラリアの全輸出は61%増,輸入は41%増)これに対し,同じ比較で,アメリカは輸出55%,輸入48%の増加,イギリスはさらに低く,輸出3%,輸入17%の増加にすぎなかった。

日本への輸出においては,石炭,鉄鉱石,ボーキサイトの伸びが特に顕著である。5年間に石炭は2.7倍に,鉄鉱石は実に50倍の激増であった。鉄鉱石は日本の輸入需要の35.8%(1970年),石炭は33.8%,ボーキサイトは50.4%を占めている。

これに対し,羊毛は価格の暴落のため僅かではあるが減少している。(数量では約20%の増加)。このほか小麦,肉類,砂糖なども,対日輸出の発展に大きく寄与している。

アメリカへの主要輸出品は肉類(全輸出の40%)を筆頭に,魚介類,砂糖,羊毛などであり,イギリスへの主要輸出品は,肉規バター,小麦,果実,砂糖,羊毛,亜鉛,銅,などである。

輸入では日本,アメリカ,イギリスとともに製造品が70~80%を占め,その約半分は機械類である。このうち,自動車は日本製が過半を占め,2位の西ドイツ,3位のイギリスを大きく引き離している。

次に商品別にオーストラリアの70~71年度貿易をみると,輸出では,畜産品が27.5%で依然トップにあるとはいえ,5年前の47.4%からみてシエアは著しい減少となっている。いうまでもなく,羊毛輸出が激減(7億8,490万Aドルから5億4,490万Aドルヘ)したためで,羊毛は金属鉱石,穀類についで3位に転落した。鉱産品は5年間に3億1,090万Aドルから8億7,430万Aドルへと2.8倍の著増で,従って全輸出に占めるシエアも11%から20%に拡大した。いうまでもなく,鉄鉱石,ボーキサイト,石炭などの急伸によるものである。製造品も工業化の進展に伴って輸出は増大し,そのシエアも5年間に14%から25%に拡大した。金属素材,機械類がその中心をなしている。

一方,輸入商品は輸出商品ほどの大きな構造変化は認められない。機械類を中心とする製造品が全輸入の70~80%を占めているからである。70~71年度の機械類の輸入は16億8,270万Aドルで全輸入の41%を占め,5年間に40%の増加であった。これは工業の拡大,鉱産資源の開発の進展を反映するものとみられる。機械類に次いでは化学品,繊維製品,石油製品などが主要輸入製造品となっているが,石油製品や一般工業製品の輸入は足踏み状態となっている。これは国内鉱工業生産の発展により輸入代替の効果が現われたものとみられる。特に石油は国内資源の開発によって自給度を高め,輸入量は前年度比34.4%の減少であった。

第7-5図 商品別貿易

(6) 国際収支

70~71年度の国際収支は,上記のように貿易収支の好調に加え,記録的な資本流入によって,貿易外収支のやや増加した赤字をカバーし,基礎収支において大幅な黒字をみた。

第7-5表 国際収支と外貨準備

輸出入の増加速度はいく分鈍化したとはいえ,70~71年度の輸出は前年度より6.5%増加して42億2,100万Aドル,輪入は6.2%増加して37億7,500万Aドルとなった。輸出の増加が輸入のそれより大きかったため,貿易収支の黒字は前年度より3,500万Aドル増加して,4億4,600万Aドルとなった。これは63~64年度以来の高記録である。

貿易外収支の赤字は前年度より6,600万Aドル増加して12億2,200万Aドルとなった。しかし,この赤字も貿易収支の黒字増大でカバーされて,経常収支の赤字は3,100万Aドルの増加に止まり,7億7,700万Aドルであった。

一方,資本の純流入は13億8,000万Aドルに達し,前年度比実に76%という大幅の増加であった。70年7-12月までの資本の純流入は借款の返済などにきわめて低調で純流入は3億7,000万Aドルであったが,3月期には4億7,400万Aドル,6月期には5億3,500万Aドルと急上昇した。この資本流入は主として民間の直接投資および証券投資によるもので,アメリカが大きなシエアを占めていた。

国際収支の好調を反映して,金・外貨準備は71年6月末25億5,400万米ドルに達し,前年同期に比し,8億3,100万米ドルの増加であった。この増勢はその後も加速して,10月末には29億4,100万米ドルと記録を更新した。6月末の金・外貨準備の内容は 次のよう である。

第7-6表 政府機関の金・外貨準備

71年6月末の準備で注目されるのはスターリングと米ドルが前年同期よりも著しく増加し,しかもスターリングのシエアが42%に達していることである。英連邦のメンバーとして当然のことである。その後の国際通貨の混乱に当って政府は一応情勢の推移を見守っているが,ドルへのリンクも考慮しているとみられ,いづれこの外貨準備の内容に変化がみられるものと予測されている。

(7) 英国のEC加盟とニクソン声明の影響

イギリスのEC加盟に伴い,両国間の特恵関係が消滅することになった。

オーストラリアは10年前(1962年)にイギリスがEC加盟の意志を示して以来,輸出市場の転換に努力した。この結果,オーストラリアの輸出貿易に占めるイギリスのシエアは,61~62年度の25.8%から70~71年度には11.1%へと半分以下となった。(71年7~9月は8.5%)従って打撃は当初懸念されたほどでないにしても,対英輸出品目のうち,肉類,酪農製品,小麦小麦粉,果実,砂糖,鉛,亜鉛などは影響を受けるが,とくに酪農製品(バターは全輸出額の70%近くをイギリスに依存)の打撃は深刻である。マクマーン首相は7月30日声明を発表し,イギリスのEC加盟の衝撃が国内産業に浸透するには若干の時間があるので,政府としては関連する諸問題に十分な注意を払うつもりであるが,同時に,全世界にわたって新市場の開拓に大いに努力したい旨を述べた。

オーストラリアが憂慮している今一つの問題はアメリ力の新経済政策後の日本の景気動向である。すなわち日本経済の不況が深刻化すれば,原材料を中心とする対日輸出はかなりの影響を受け,従ってオーストラリアの国際収支の悪化が懸念されている。事実,オーストラリアの対日輸出は70~71年度に全輸出の27.1%(第2位のアメリカ,第3位のイギリスを合せても23.0%に過ぎない)を占めていることを考えれば,日本経済の不況の程度いかんによってオーストラリア経済は相当の影響を免れないであろう。

一方,最近オーストラリアにも平価切上げ論が目立ってきた。同国の平価変更は主要諸国の通貨調整が決定したあと,これにどのように適応してゆくかという問題であるが,学者の間では切上げ賛成論が圧倒的のようである。

また,マクマーン首相も11月始めワシントンで「オー不トラリア・ドルは切上げねばならないであろう。」と示唆したといわる。(12月22日夜,政府はオーストラリア・ドルの対米ドル基準レートを6.34%切り上げると発表)。

(8) 今後の見通し

オーストラリア経済はなお当分低迷状態を続けるであろう。71年の7~9月期に入って小売売上高,自動車登録,住宅建築などにやや上向きの傾向がみられ,貿易は輸出入とも一だんと上昇して黒字幅は拡大し,また,外資の流入も高水準を続けるなど,経済諸指標に明るい面が窺える。しかし,他方,農牧畜業は酪農品を除き全般的に不況の状態にあり,工業生産は僅かながら増加しているが,前年同時より伸び率は低く,また,これまで景気を支えてきた鉱業生産まで上昇速度はかなりの鈍化を示している。

統計局の調査によれば,7-12月の民間設備投資予想は資源開発関係を含めても前年同期に比べて僅か7%増であるが,諸経費の値上りを考慮すれば,実質的にはほとんど昨年並みに止まる見通しである。

政府はさきに述べたように71~72年度の実質成長率を5%をやや上回るであろうと発表したが, この見通しはニクソン声明の直前のものであり,その後の国際通貨の混乱,世界経済の回復め遅れなどを考慮すれば,とめ成長率は下向きに改訂されるであろう。

(2) ニュージーランド経済の動向

1) 生  産

ニュージーランド経済は,牧畜とその関連産業が大きなウエイトを占めているが,近年製造業も発展を示している。

1970年度の肉類生産は103.5千トンで前年度比2%の増加であった。生産の75%前後が輸出に向けられ,輸出品目のトップ(全輸出額の35%)にあるだけに同国経済の発展に寄与するところは大きい。酪農品(特にバター)の生産は前年度より僅かながら減少したが,市価の昂騰(71年7月の相場は前年同月比33%高)によって市況は活発を示している。羊毛の70~71年度の生産は213.5万俵で前年度比2%の増加であった。売上げはやや減少したが,羊種の関係上市況は比較的堅調のため,オーストラリア羊毛にみるような大幅な減産や市価暴落を免れた。小麦は前年度の凶作のあとをうけて作付面積は減少したが,生産は天候に恵まれて1,190万ブッシェルと前年度比12.8%の増収穫であった。

1970年の工業生産は前年度に引き続いて上昇し,とくに繊維工業は毛織物(前年度比18.4%増)を中心に大きく伸び,また,プラスチック,パルプ,製紙,合板,自動車,電気冷蔵庫,電気洗濯機などいづれも10%以上の増産を続けた。しかし,71年に入って工業生産の伸びはやや鈍化している。70年10月末の一次産業の労働者数(14万4,900人)は前年同期に比し,僅か0.4%の増加に過ぎなかったのに対し,製造業(29万8,500人)は4.8%の増加をみせたことは,ニュージーランドの工業化進展の一班を示すものであろう。ただし,製造業は一般に小規模で,従業員200人以下の工場が全生産額の75%を占めている。

2) 雇  用

ニュージーランドの失業率は0.15%(70年)という,超完全雇用の状態を続けている。政府の積極的な移民誘致策(70年2月より渡航費の全額負担,家族4人の制限撤廃など)にもかかわらず移民の純増加数は66~67年度(4月~3月)の1万7,871人をピークに年々減少し,70~71年度には1,215人となり,その後の4,5月にはマイナスをさえ記録している。しかし,71年に入っての景気停滞を反映して,失業者数は4月より増加し初め,求人数また減少して5月以降は,失業者数は求人数を大きく上回るにいたった。

第7-7表 ニュージーランドの主要経済指標

3) 賃金・物価とインフレ対策

完全雇用のもとにおいて賃金は急速な上昇傾向を示している。70年の賃金は前年比12.8%の上昇,71年4~6月は前年同期に比し14.0%と上昇速度を高めている。消費者物価も70年の同6.5%増から71年第2四半期には同8.7%増と騰勢を強めている。

賃金と物価のこの悪循環は典型的なコストインフレを招いた。これに対し政府は金融の引き締め(70年6月~71年2月),増税などの緊急財政措置(70年10月)など財政,金融面でインフレ抑止策を講ずるとともに,物価については,物価凍結令を実施し,70年11月17日から71年2月14日まで主として消資財価格の上昇を抑え,続いて2月15日よりは物価監視制度に切り替えて価賂引上げに対して事前許可制を採用した。一方,賃金については,71年3月賃金安定法を発動し,賃上げは今後1年間原則として最高7%を限度とし,7%以上の賃上げを行う場合には政府の承認を必要とすることとした。

4) 貿  易

70~71年度(7月~6月)の貿易(通関実績)は輸出が11億3,300万ニュージーランド・ドル(以下NZドルとす)で4.1%の増加(前年度は9.9%増),輸入が11億5,700万NZドルで19.8%の増加(前年度は17.9%増)であった。輸出の増加率が減少したのに対し,輸入のそれが増加したため,貿易収支は前年の8,100万NZドルの黒字から2,400万NZドルの赤字に転落した。

ニュージーランドの主要輸出品は,肉類,酪農製品,羊毛,皮革などの畜産品で,この畜産品の輸出は全輸出の80%近くにも達している。70~71年度において,羊毛,皮革が前年度より減少し,食肉輸出の伸び率の減少したことが,輸出の伸び悩みの主因であった。

第7-8表 ニュージーランドの主要輸出品

一方,輸入では,全輸入の3分の1を占める機械類が前年比17%の増加であったことが,70~71年度の輸入増加に大きく寄与している。機械類に次いでは,石油,化学製品,織物,鉄鋼など主要輸入品としてかなりの増加率を示している。

次に貿易を相手国別にみると,70~71年度において,輸出ではイギリスが3億8,415万NZドルで全輸出の34%(前年度は36%)を占め,アメリカ,日本,オーストラリアがこれに次いでいる。前年度に比ベイギリス,日本が減少したのに対し,アメリカ,オーストラリアがそれぞれ16%,11%の増加であった。輸入ではイギリス(3億1,067万NZドル)が全輸入の29%を占めてやはりトップを占めている。イギリスに次いではオーストラリア,アメリカ,日本が主要相手国で,日本の前年度比41%増がとくに目立ってぃる。

5) 国際収支

70~71年度(7月~6月)の輸出は11億9,300万NZドルで前年度比2.5%の上昇に止まったのに対し,輸入は10億2,040万NZドルで前年比14.8%増加であった。この貿易黒字の減少に対し,貿易外収支は収入の増加に対し支出が減少したため,赤字は前年度の2億1,440万NZから1億8,010万NZドルへと著しい改善となった。貿易外収入の増加は,主として海外からの旅行者の増加,外国船の港湾費用の支払増加などよるものであり,貿易外支出の増加率減少は主として輸出などによる運賃・保険料などの支払減少や政府借款の利払い減少などによっている。貿易外収支の改善にもかかわらず,貿易収支の黒字幅縮小によって,経常収支は69~70年度の6,150万NZドルの黒字から70~71年度には1,430万NZドルの赤字となった。

これに対して,70~71年度の資本収支は,前年度の1,300万NZドルの赤字から1億400万NZドルの黒字へと大幅に改善された。支払は8,200万NZドルで両年度とも変らなかったが,受取が6,900万NZドルから1億8,700万NZドルへと著増したためである。この著増は民間資本の流入が1億1,700万NZドルにも上ったことによる。

国際収支の改善のため,71年6月末の外貨準備は,前年同期より1億1,400万NZドル増加して4億5,900万NZドルを記録した。その後も順調な推移をたどり,9月末には5億700万NZドルに達した。

6) 英国のEC加盟の影響

イギリスのEC加盟はニュージーランドにとって最大の関心事となった。

同国の輸出は英連邦特恵に擁護されて,農牧畜品の対英輸出に大きく依存している。すなわち酪農品は全輸出の17%を占め,その85%はイギリス向けである。政府当局やイギリス政府の努力によってバターおよびチーズについては特別措置がとられた。すなわち,バターおよびチーズは過渡期間5年(73~77年)の間に対英輸出保証量を加盟直前の水準の71%(原料乳換算)を下回らないことになった。長期的にみれば酪農品の輸出は必ずしも先行き楽観はできない面がある。また,対英主要輸出品であるラム肉,羊毛などについては特別措置はとられず,今後の対英輸出に大きな打撃となるであろう。

7) 今後の経済見通し

ニュージランドは71年に入って経済諸指標に不振が目立ってきた。工業生産は減少傾向にあり,小売売上高は下降し初めた。輸出も価格の上昇に支えられて増加を続けながらも伸び率は鈍化した。海外経済の不調,内需の不振に経済活動は沈静化の度を深めるとみられる。

政府は71~72年度の実質成長率を4%と,前年度の5.5%を下回わるものと予想している。

一方,賃金,物価のスパイラルは続き,完全なスタグフレーションの形をとっている。賃金については,71年3月に賃金安定法を設けて賃上げ率を抑え,物価については70年11月以来,物価凍結令,これについで物価監視制度によってその上昇の抑止に努力している。しかしながら,6月の賃金は前年同期に比し,20.5%という大幅な上昇を示し,また,消費者物価は11.0%,卸売物価は7.7%と,いづれも著しい騰勢を続けている。

政府は71~72年度予算で赤字幅を縮小,ほゞ均衡予算を組んでインフレに対処しているが,鉄道,郵便など公共料金の値上げが近く予定されているうえ,労働争議の頻発,移民の減少などの事情もあって,賃金,物価の悪循環を抑えることは困難とみられる。加えて,イギリス一遍倒であった貿易がイギリスのEC加盟によって先行き不安が高まるなど,ニュージーランド経済は多くの困難に直面している。


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