昭和46年
年次世界経済報告
転機に立つブレトンウッズ体制
昭和46年12月14日
経済企画庁
韓国経済にとって70年は経済調整の年であった。69年末以来の経済安定政策により,経済成長率(実質)は8.9%に止まり,68,69年の13.3%,15.9%に比べてかなり鈍化した。しかし,物価の上昇,国際収支の悪化はむしろ前年より可速化した。
71年に入り,ウオン貨の大幅な切下げ措置をとるとともに,金融引締め政策を強化した。アメリカ経済の景気後退にともなう輸出の伸び悩みに加えて,課徴金の実施,ヨーロッパ先進国の景気不振などによりさらに鈍化の様相を濃くしている。このため貿易収支は,輸入の増大もあって悪化しており,国際収支の赤字幅はさらに拡大している。物価の上昇も石油価格の値上げという一時的要因もあり,高騰を続けている。1960年代の高成長過程で生じたこれらの内外の不均衡を是正するためにさらに安定政策の措置が必要であろう。
70年の農業生産は,全般的に不振であった。食糧生産は747万6,000トンと前年より26万1,000トンの減産となった。69年に400万トンをかろうじて上回った米の生産は70年は394万トンに止まった。これは収獲期において洪水などの被害が大きかったことが原因である。韓国の農業は高成長を続ける工業に比べて,相対的に成長が鈍い。労働者人口に占める農業の比重は,年々低下しているものの69年で61%を占めており,農工間の所得格差は大きな問題となっている。65年から70年にかけて農業所得の伸びは17.9%増にすぎないが,製造業の所得の伸びは65.6%増となっている。
鉱工業生産の動きをみると,70年の鉱業生産は概ね順調な生産を続けたのに対し,工業生産の伸びはやや鈍化した。鉱業生産は金属の産出高,石炭の採鉱が進んだ。政府は石炭の採鉱に対し,財政資金の補助を行なうなど開発を図っている。
工業生産の伸びは,17%増に止まった(69年22.0%増)。とくに,機械など重化学工業の生産の増加率は69年の20.4%増に対し,70年は11.8%増であった。その後,生産は,71年第1四半期から第2四半期かけて概ね順調な生産を続けているが,輸出需要の減退にともなって軽工業の生産も伸び悩むおそれもある。
金融,財政などの引締め措置は投資活動の沈静をもたらしている。民間の投資活動は70年第2四半期から鈍化に転じた。政府の固定投資も前年(8.6%増)を下回った。とくに,建設投資の伸びは69年の18%から70年は1.2%減となった。
このため,国内総資本形成は前年比19.1%増に止まり,前年の36.0%増を大きく下回った。
このような投資活動の沈静化は71年に入っても続いており,とくに,建設投資の伸び悩みがみられる(前年同期比5.8%増)。
政府は,60年代後半から政府支出の増大によって民間投資の促進を図ってきたが,69年末からは経済の安定化へ大きく政策転換した。69年11月には,財政,金融,外国借款の抑制などの一連の引締め借置をとるとともに,70年1月には経済安定化のための“12の基本政策”を明らかにした。財政面での抑制政策は,政府投資の抑制に集中した。政府投資支出はかなり前年を下回った。また,税収の増大を図るとともに,M政赤字の規模を縮小することなどがとられた。金融貸付けの面での抑制策により,国内貸付け量,通貨供給量,預金量の伸びは前年の伸びの半分になった。
経済の安定化路線は71年に入ってもとられており,第1四半期の通貨供給量の伸びは3.2%と前年同期の11.5%の伸びを大きく下回っている。6月には,再びウオン貨の切下げを実施するとともに,通貨供給量の伸びを20%内に抑えるなどの金融引締め策が強化された。
韓国の物価は,生産性が上昇しているにもかがわらずその効果が十分に表れていない。
69年末以来,政府は財政,金融および輸入の面で抑制政策をとって物価の安定を図っているが,70年の物価上昇率は前年の伸びを上回った。卸売物価の上昇率は9.1%高,消費者物価(ソウル市)のそれは12.7%高とそれぞれ前年の6.8%高,12.7%高を上回った。上期より下期の上昇が著しかったが,この要因としてつぎの点が上げられる。①69年末以来の流動性圧力の増大,②69年11月のウオン貨の切下げによる輸入資財の高騰,③年初における鉄道,電力などの公共・サービス料金の引上げ,④世界的インフレにともなう輸入財価格の上昇,71年に入り,石油価格の19.5%引上げによる影響,さらに6月のウオン貨切下げによる輸入資財価格の上昇などにより騰勢は強まっている。政府の見通しによれば,今年の消費者物価の上昇率は10%であるが,すでに上期で7.5%の上昇率を示していることから政府の目標を上回るものとなろう。
雇用の伸びは前年比2.4%と緩慢な伸びであった。失業率は69年の4.8%から70年4.5%へやや鈍化した。他方,賃金の伸びは過去数年間目覚しかったが,70年は鉱業16%,製造業26%であった。しかし,71年上期の賃金の伸びは第1四半期から第2四半期にかけてやや鈍化している。
65年以降の年平均輸出増加率は49.3%と目覚しいが70年は34%増とやや鈍化した。他方,輸入の伸びは政府の輸入抑制策の強化にともなって前年比9.3%増と69年の24.7%増をかなり下回った。
貿易収支の赤字はこのため,69年の9億9,170万ドルから70年には9億2,200万ドルと6,970万ドル縮小した。貿易外取引の受取額は,69年に比べて400万ドル減少した。この減少は主に,ベトナム特需やアメリカの対韓支出の漸減によるものであった。また,資本収支も長期借款借入れの伸び悩みにより,69年より3,120万ドル減少した。従来韓国の国際収支は貿易外取引や資本収支の余剰によって貿易収支の赤字を相殺するというパターンをとっている。70年の国際収支は69年の7,640万ドルの黒字から5,080万ドルの赤字と大幅に悪化した。
物価の抑制とともに,国際収支の改善は韓国経済にとって重大な課題であり,6月にはウオン貨の11.5%の切下げなどの措置をとったが改善していない。その後の輸出は,第1四半期(前年同期比21.2%増)から第2四半期(同29.7%増)へとやや高まりがみられるものの,前年の34.2%増を下回っており,第3四半期の伸びは,27.4%増とさらに鈍化している。最大の輸出相手国であるアメリカ向け輸出は,第1四半期から第2四半期にかけて伸び率が高まっているが,日本向け,西欧向けは伸び悩みを続けている。これに(同20.5%増),第2四半期(同46.4%増)と急増しており,第3四半期(同37.1%増)はさらに増勢が高まっている。貿易収支の赤字は70年上期より2億8,560万ドルを上回って15億3,780万ドルとなっている。
70年の経済成長率は9.99%(GNP,実質)と50年代60年代を通じての平均成長率(1953~69年)8.6%を上回るとともに,第4次4ヶ年計画の7.07%の目標をかなり上回った。工業生産の拡大が続き,産業構造に占める製造業の比率は急速に上昇している。
71年に入り,工業生産は依然として拡大しており,懸念されていた対米輪出の鈍化も軽微に止まって輸出の増勢が続いている。しかし,中国の国連加盟とともに民間資本の流出などの問題が表面化し,大きな転機に直面している。
農業生産は,69年には米の収獲が前年を下回るなど不振であったが,70年は,熱帯農産物などの増産により,農業生産指数は前年比4.0%増(69年1.0%増)であった。畜産,漁業でも増産を記録した。71年上半期の農業生産も特用作物の増産がみられる。しかし,工業生産の伸びに比べて,農業生産は相対的に遅れている。
70年の工業生産は,前年比16.3%増と前年の伸び(17%増)をやや下回った。鉱業,建設業部門ではさらに不振であった。製造業の伸びは70年下期に回復に転じており,71年上期にかけて増勢を高めている。鉱業,建設業も71年第1四半期から第2四半期にかけて回復がみられる。
70年の経済活動が活発であったことにより,通貨供給,銀行貸付け,預金とも高い伸びを記録した。とくに,通貨供給の伸びは21.3%増と,68年(12.6%増),69年(16.2%増)を上回るものであった。
政府は,9月に中央銀行の対市中超過貸出金利引上げなど部分的な引締め措置をとったが,民間設備投資や工業生産にやや鈍化傾向がみられることから12月末には公定歩合の引下げ,市中金利の引下げなどの措置をとった。しかし,この措置は他に公定歩合,市中金利とも国際水準に比べて割高であり,これを是正する意味もあった。
物価は,70年には上期から下期にかけて比較的落ちつきをみせた。卸売物価は69年に微減したが(前年比0.3%減)70年上期に3.5%高(前年同期比)となったのち,下期が1.9%高(同)と鈍化し,年間では2.72%高となった。卸売物価の安定について政府は,工業部門の生産性の上昇によるところが大きいと述べている。品目別にみると,食糧,レーザー製品,金属製品,紙・パルプなどの上昇が目立ったが,繊維,ゴム製品,化学などでは前年より低下した。卸売物価は71年に入り,さらに安定をみせている。
消費者物価の動きをみると,70年9月にピークに達した後,低下傾向をたどり,年間では前年比3.57%高と69年(5.0%高)より安定をみせた。71年上期の消費者物価も1.74%高(前年同期比)とさらに上昇率が鈍化している。
雇用者の賃金の伸びは,69年の9.1%高から70年には11.4%高と消費者物価の上昇率を上回り,製造業の実質賃金の上昇率は69年の9.1%高から70年には11.4%高となった。
雇用の伸びは69年の0.9%から70年には2.4%とやや伸び率を高めた。失業率も非農業の労働力需要の増大によりやや改善した。
70年の輸出は,前年比40.6%増と過去5年間で最大の伸びであった。工業製品の輸出が著しく(前年比51.6%増),輸出全体に占める工業品の比率は69年の72.5%から70年には78.2%に達している。最大の輸出品である繊維製品(全輸出の30.7%)は前年比62.8%増と好調であり,ついで機械,電子機械,輸送機器(合わせて全輸出の18.O%)の輸出も前年比47.7%増,木材木製品(同8.7%)同,29%増となってし)る。農産物輸出の中心であるバナナの輸出(全輸出の5.3%)が69年9,10月の台風の被害によって前年比35.6%減であった。
輸出の増勢は71年に入っても続いており,上期のそれは39.8%増(前年同期比)と好調である。
一方,輸入は,工業製品輸出の拡大にともなって70年は前年比26.8%増と69年の17.4%増を上回った。原材料の輸入は69年の伸び率42.3%から26%へ低下したが,資本財(69年の9.4%増から70年27.5%増へ),消費財(同9.5%から31.3%へ)の輸入の増加が著しかった。
71年上期の輸入も32.5%増(前年同期比)と増勢を高めている。とくに,金属製品の輸入の伸びが著しい。相手国別では西欧諸国からの輸入が59%増と顕著である。
70年の国際収支は,貿易収支の改善が著しく(69年の18億9,000万ドルの赤宇から706年91億2,100方ドル),これがサービス収支の赤字増大(同30億1,300万ドルの赤字から95億1,900万ドルの赤字へ)を相殺するなど経常収支は9億9,600万ドルの黒字となった(69年41億2,200万ドルの赤字)。さらに,資本収支の黒字も69年より619万ドル増加して1億9,000万ドルとなり,国際収支は1億8,291万ドルへと(69年8,923万ドルの黒字)大幅に改善した。71年上期の貿易収支は,輸出の増大などにより550万ドルの黒字(70年上期は220万ドルの黒字)となっている。
フィリピンの経済は,1965年以降比較的高い経済成長を続けてきたが,(1965~69年平均経済成長率6.6%),急速な経済開発計画の進行の過程で構造的な経済の不均衡が68から69年にかけて顕著となり,とくに国際収支の悪化は深刻化をきわめ,外貨準備高も危機的水準に陥った。政府は,各種の引締め政策を68年から69年にかけて強化したが,内外の不均衡がいっそう増大したため70年2月には,ペソ平価を変動相場制へ移行させ,金融,財政の引締め措置を強化した。変動相場制移行にともなって輸出が回復に転じ,輸入も停滞したので貿易収支は黒字に転じた。また,日本,アメリカ,IMFからの借入れなどもあって国際収支は大幅に改善した。しかし,生産面では,農業生産が台風の被害が砂糖を除く輸出農作物に及んで減産となったほか,工業生産も国内需要の減退から停滞した。
輸出の増勢は71年に入って,さらに高まっており,輸入の抑制も続いているので貿易収支の黒字もさらに増大している。71年のGNP経済成長率は前年の成長率を上回って,4ヵ年計画の年平均成長率5.5%を上回る公算が強くなってきている。
しかし,こうした経済の立直りの過程では,物価の高騰が依然として根強く続いており,民間の外資導入も停滞気味のまま推移している。
70年の農業生産は,10月,11月の台風の影響により減産となった。とくに,米とコプラの被害が大きく,71年には米の輸入が行なわれた。
工業生産は,国内経済の引締めに加えて台風の被害もあり,70年中を通じて停滞であった。しかし,70年下期の0,3%増(前年同期比)から71年上期には3.8%増へと回復に転じている。農業,工業生産の停滞とは逆に,鉱業生産は新規の採鉱も行なわれて増加を続けている。とくに,スズ鉱石,銅の増産が著しい。71年上期には石油の試索が各地で行なわれるなど資源開発が活発化してきている。
4ヵ年開発計画(67~70年間)によってフィリピンの経済開発はかなり進んだが,その財源は政府支出の増大を中心とする財政赤字によるところが大きかった。しかも,69年には大統領選挙による多額の財政支出が行なわれている。こうした財政支出の増加は,結局通貨の増発をもたらすことになった。69年末から70年にかけての引締め政策には財政支出の抑制もその課題であった。69年に23.6%増と増大した通貨供給高は70年に入り5~7月期に減少した後,8~10月期には回復に転じたが,年間では0.2%増に止まった。
71年に入り4月末の通貨供給高は前年同期比13.8%高と増勢を強めている。
3月と4月4までの商銀銀行貸付けが15.2%増と70年末の5.2%高と比べてかなり上回っているのが大きな要因である。
変動相場制後みられる顕著な動きは物価の高騰である。消費者物価は70年第1四半期から増勢に転じて年間では17.3%高と66年以降ではもつとも高い伸びとなった。69年後半の台風の影響もあるが,変動制採用後の消費財の輸入コストの上昇が物価高騰の大きな原因である。卸売物価も高騰を続けて70年の増加率は11.0%と65年以降最大の高騰となった。71年に入り,9上期の上昇率は19.2%高と依然高騰を続けている。これは,原油価格の引上げなどの影響が大きいとされており,70年に上昇の著しかった消費財の騰勢はやや鈍化している。しかし,米の生産不足もあって今後の物価上昇は政府の見通しでも10~15%高とみている。
変動制採用後,輸出は第2四半期から回復し,70年間では前年比24.2%増となった。とくに,ココナットや砂糖の輸出増加が著しく,銅などの鉱山物輸出も著増した。輸出の増勢はその後も続いており,71年上期の輸出は前年同期比23%増である。
他方,70年の輸入は政府の輸入抑制策により鈍化した(前年比3.5%減)。
こうした輸出の増加,輸入の鈍化傾向は71年に入らても続いている。
貿易収支は,輸出の増加,輸入の減少により大幅に改善しており,,70年の貿易収支の赤字は前年の3億5,530万ドルから1億6,350万ドルヘ縮小した。
71年上期にはさらに20万ドルの黒字へと転じている。サービス収支の黒字増加,民間長期資本の増加もあって,総合収支は70年には1億1,600万ドルの黒字を記録した。71年上期の国際収支も3,200万ドルの黒字となっている。
このように貿易収支の黒字を主因に国際収支の改善が著しい。71年の輸出見通しも前年の伸びを下回るものの10%増を見込んでいる。
主要輸出品である砂糖のアメリカ向け輸出は輸入割当制などにより優遇されており,底固い需要をみせている。また,バナナの日本向け輸出は70年の5万4,000トンから12万9,000万トンの増加が見込まれている。しかし,木材の輸出は日本向け輸出が減退しているので期待薄である。木材輸出の9割余りが日本向けであるが,4月に契約した日本向け輸出は,木材の価格が70年の水準に比べて10%低下しており,これにより2,000万ドルの損失になるとみられている。
輸出の増加が必ずしも明るくないことに加えて,輸入は71年には増加することが見込まれている。政府は輸入の,増加率を5%に止めたいとしているが実際には国内需要の増大により8%程度の伸びは避けられないだろう。
70年の経済成長率は実質で5.2%と前年(10.2%)の伸びを下回った。69年の5月の社会騒動以来,伸び悩みを続けていた投資,消費は70年に入って上向きに転じたが,輸出の伸びがゴム価格の低落などにより停滞を続けた。
輸出の停滞は71年に入っても続いており,先行き先進国の景気不振などにより明るくない。しかし,投資活動は活発化し,増大していた失業率もやや改善の兆しをみせている。政府は71年の成長率を70年のそれをやや上回る5.5%とみている。こうしたなかで,第2次開発5ヶ年計画が発足したが,その財源を外国の市場借入れにかなり依存していることや,輸出収入の増大に求めるなど政府による計画の役割がいっそう重視されている。
① 米の生産
米の生産は,68年の160万トン,69年170万トンから70年には176万トンに達した。政府は,このペースの増産が.続けば第2次マレーシア計画(71~75年)の期間中に食糧自給化の目標を達成するものとみている。
② 商業作物
一方,最大の商業作物であるゴムの生産は前年比62%増であった。51年に初まったゴム木の植替えは,全ゴム園の650万エーカのうち約400万エーカが対象であったが,最近になってほぼ植替えが終了したといわれている。また,新ゴム品種が採用されたことなどがゴムの収量増大に大きく寄与している。この他の商業作物も,パーム・オイル23%増,ケナフ17%増,ココナット・オイル8%増,コプラ9%増とほぼ順調な生産であった。
パーム・オイルの生産は最近急速に増大しており,第2次マレーシア(71~75年)計画のもとでは期間中の年平均生産を23.3%増と見込んでいる。政府は精製施設の建設を予定するなどパーム・オイルの振興に積極的である。
③ 鉱産物
マレーシアの鉱産物の生産は,スズ,鉄鉱,石油,ボーキサイドなどであるが,鉱産物全体では70年は1%の増加にすぎなかった。とくに,鉄鋼石は69年の520万トンに対し,70年は440万トンヘ減産した。他方,原油の生産は採掘活動が活発になってきたことから前年比94%増であった。ボーキサイトも69年の112万トンから70年に150万トンになった。ボーキサイトの生産は,70年から71年にかけて新鉱山が開発されているので,やがてマレーシアの第2の鉱産物生産になると期待されている。代って,鉄鋼石の生産は新鉱山の開発が見通し難である。
④ 工業生産
69年に大幅に低落した工業生産は民間投資活動が回復したこともあってやや回復した(前年比7%増)。
民間投資活動は,69年5月の社会騒動により大きく後退したが(前年比1.4%減),70年に入り回復に転じて年間では32.9%増であった。製造業の投資回復が目覚しく,反面で建設投資の伸びは緩慢であった。連邦工業開発局(FIDA)によれる,製造業の新規投資件数は69年の146件から70年には334件であった。GNPに占める資本形成の比率も69年の14.2%から70年には16.3%に達している。
70年の予算は,新規の財源調達計画がとられたにもかかわらず財政赤字幅が増大した。歳入はゴムの輸出の停滞により伸び悩みとなったほか,開発支出の伸びが大きいことが財政の赤字増大の主因である。
71年の予算でも,引続くゴム収入の伸び悩みが予想されること,一方では支出が国防費の増大,開発支出の増加により財政赤字の拡大は避けられない。政府はしゃし品や石油の輸入税の引上げ措置により財源増大を図っているが,これでも前年の財政赤字幅を上回るものとみられている。国内借入れや外貨の借款によって財政赤字を補っているものの,年々の財政赤字の増大はやがて比較的安定している物価に悪影響を及ぼすことになりかねない。
通貨面では,政策の大きな変更がみられず,通貨供給量の伸びは緩慢でおった(前年比7.7%高)。
マレーシアの物価は68年以降安定し続けており,70年の上昇率も2.1%高にすぎなかった。
マレーシア第1次計画では失業率は6%とされていたが,70年現在で6.3%程度とみられている。しかし,若年層では16%程度,都市部では27%と年令層と地域間でかなり異なっている。
69年5月の社会騒動以後,政府はマレー人の雇用への優遇策を積極的に取り初めており,71年からスタートした第2次マレーシア計画でも失業率の解消を政策の重点においている。70年から71年にかけて失業率はやや改善の兆しを見せている。
69年の輸出の好調は経済成長率を高める大きな要因であったが,70年にはゴムの輸出価格が軟調に転じたことを主因に前年比1.4%増と停滞した。全輸出の40.3%(69年)を占めるゴムの輸出は69年の20億3,150万ドルに比べ70年には17億4,900万ドルと前年を下回った。第2の輸出品であるスズ(69年のシエア18.6%)もわずかに2.9%増(69年11.3%増)にすぎなかった。
輸出の伸び悩みの主因はゴム輸出の停滞にあるが,ゴムの輸出価格は70年下期から71年上期にかけてさらに低落をみせている。マレーシア政府は71年初に,アメリカの景気回復や共産圏諸国の購入増大などを期待して価格の反転を予想していたが,アメリカを初めとして先進工業国の景気情勢が思わしくない。共産圏諸国へのゴム輸出では中国からのゴムの買付けが4万トンとすることでまとまった。これは,中国とマレーシアの相互に貿易使節団を派遣するなどマレーシアの対中国交流のなかで合意に達したものである。しかし,中国へのゴム輸出が成約をみたものの,ゴム市況には影響がみられなかった。これは,成約したゴムの輸出量があまり大きいものでなく,先進工業国の景気不振によるゴム価格の軟調を回復に向かわせる要因とならなかった。対中国からの買付けは,スズ,木材などにおいてもまとまった。マレーシアの中国からの買入れも,食品,繊維製品などで合意した。貿易バランスはこれによってやや改善するものとみられている。
一方,輸入は外貨準備高の増加を背景に70年には著増を続けたが,71年に入り鈍化している。70年の輸入は,前年比17.9%増と68,69年の0.7%,1.4%増と比べて著しかった。とくに,機械等の工業製品輸入が著しく,反面,農産物の輸入は食糧事情の好転にともなって伸び悩んだ。輸入の伸びは71年に入り,上期1.9%増に止まっている。
第2次マレーシア計画(71~75年)は,複合人種国家,連邦国家としての統と安定を政策課題としながら,経済水準の上昇と人種相互間の所得格差を図ろうとしている。年平均・実質経済成長率は,第1次計画(66~70年)の実績である6.1%の成長率を上回る6.5%とされている。計画の規模は,第1次計画を約2倍上回る60億マレーシアドル(約16億7,000万ドル)である。
この財源は,18億1,000万マレーシア・ドルを経常収入の余剰でまかなうほかは,国内借入れにより35億3,000万マレーシア・ドル,外資の導入により9億1,000万マレーシア・ドルなどとなっている。今度の計画で特徴的なのは,第1に計画の規模拡大により政府の民間への介入が強化されたことである。政府の公共部門への投資が増大しているのもその表われである。第2に,労働集約的産業が優遇されていること,第3に,主要都市以外の投資が優遇されていることなどである。これらは,第一次マレーシア計画の過程で失業率の増大や都市,農村間の所得格差の拡大などが大きな政治,社会問題となっているためである。計画の達成には財源の調達が重要であるが,外資の借款,輸出収入が見積り通り得られるかどうか懸念する向きもある。
70年の実質経済成長率は7.5%と68年の9.0,69年の9.5%を下回った。懸案となっている国際収支の改善は,輸入の厳しい抑制がとられたにもかかわらず,輸出の伸び悩みにより貿易収支の赤字が増大し,さらに,ベトナム特需の漸減,米軍の撤退などを主因に総合収支の赤字幅は前年を大幅に上回った。こうしたなかで,失業者数の増大,物価の上昇傾向などの問題が表面化してきている。米,ゴムなどの輸出は71年前半までのところ前年を上回る輸出の増加が続いているものの.輸出環境はむしろ下期になって悪化しており,国際収支の改善にはかなりの困難がともなっている。中国の東南アジア諸国への影響力の高まりのなかで71年11月には再び軍事政権が成立したが,国内の経済情勢が悪化していることも政変の一因といわれている。
70/71年の米の生産は1,330万トンであった。これは前年の1,340万トンをやや下回るが,前々年の1,240万トンを90万トン上回るものであった。70年には高収量品種が部分的に取入れられた。タイ全体の単位当り収穫も69年の282.9キログラムから287.9キログラムへと高まらている。
メイズの生産は,69年の170万トンから200万トンと好調であった。これは69年のメイズ価格の上昇を反映したものとみられている。ここ数年,メイズの生産面積は綿花にとって代って増えており,70年には500万ヘクタールに達している。ゴムの生産は,前年の28万1,000トンに対して70年は28万5,000万トンに止まった。このほか,前年に比べてケメフが減産したがタピオカは増産となった。70年の農業生産は全体としては概して順調であったといえよう。
また,森林生産はチーク材などが前年を下回り,全体としてやや不調であった。
70年の鉱業生産は,鉄鉱石が大幅に減産となったが,スズ,マンガン原鉱などで増産を記録した。マンガン原鉱の生産は価格の上昇傾向が続いているため,ここ数年生産の増加が著しい。
主要な工業生産物は,70年中高水準の生産を続けた。セメントの生産は69年の240万トンから70年には260万トンヘ,砂糖は318,120トンから406,640トンヘ,タバコ,紙,バッグなども前年を上回る生産であった。しかし,金属生産は需要の減退を反映して前年を下回る生産となった。
タイでは民間企業を通ずる工業化の促進に積極的である。投資委員会は70年中に新たに8業種を投資優先分野と指定し,91の企業を産業投資優先企業として認定した。その投資額は30億1,300万バーツであった。69年の投資優先企業の認定件数は161件で,投資額は40億2,130万パーツであったので,70年の投資額は前年に比べてかなり減少したことになる。新規投資の内訳をみると,投資件数では農産物加工業が第1位で,化用繊維と続くが,投資額では化学が全投資額の42%を占めて圧倒的であり,以下,農産物加工業,繊維と続いている。
70/71年の予算は,歳出入とも前年の規模をやや上回ったが,支出の伸びは前年ほどでなかったので財政赤字は68億5,000万バーツと前年の82億8,000万バーツを下回った。
経済開発関係に対する支出では教育を除けば,輸送農業に対する支出割合が大きい。また,国防に対する支出も68年以降増加が著しい。70年は政府の引締め政策により財政支出を極力抑制してきたが,根強い財政需要にみまわれていることはまちがいない。68年から急増している歳出増大による財政赤字の増大は,財政の不安定,物価の上昇をもたらすのでないかと懸念する向きが強まってきている。しかも歳入は予算上では増加が見積られているが実現されていない。70年10月から71年5月間の税収も輸入税等の関税収入が予算目標額を下回っており,年間を通じて税収は予算額を下回る公算が強い。71年度予算では,経済開発関係支出の40%増などにより予算規模はさらに拡大しているが,歳入の増大を見込んで財政赤字幅を60万バーツとしている。
つぎに通貨供給量の動きをみると,60~68年間の年平均通貨供給量は前年比約8%高であったが,69年は対外資産の減少により4.6%高となり,70年も60~68年の平均を下回る5.9%高であった。
70年の卸売物価,消費者物価とも前年の上昇率を下回った。消費者物価の安定はウェイトの大きい食糧が前年比0.2%高に止まったことが大きい。70年7月にとられた222品目の輸入関税の引上げは物価上昇への波及が予想されたが,結果的には軽微に止まったといえよう。卸売物価も農業製品,食糧などが前年より低下した。
71年に入り,輸送繊維,食糧などの上昇が続いており,卸売物価の上昇率は70年を上回るものとみられている。
70年の輸出は前年比0.4%増にすぎなかった。米,ゴム,メイズ,などの主要9品目が前年比4%減となったことが停滞の主因てある。最大の輸出品である米は他の輸出国との競争に直面しており,70年は105万トンと前年より2万7,000トン増加したにすぎなかった。輸出価格も低落(前年比19%減)したので輸出額では前年比16%減となった。米につぐゴム,スズ,ケナフなども輸出価格の低下にみまわれてそれぞれ前年の輸出額を下回った。これに対して66年以降,輸出の伸びが著しいメイズは,前年比10.3%増と増加を続けている。これらにチーク,タバコ,小エビを加えた主要9品目の輸出が停書した一方,主要9品目以外の輸出は前年比14%増と好調であった。しかし,主要9品目以外の輸出は全輸出の27.4%(70年)を占めるにすぎず,全体の輸出の増加寄与度の上昇要因としては低い。
71年に入り,1-4月間の輸出はメイズの輸出増加が著しく,米の輸出も前年を上回るペースで増加を続けている。
輸入の動きをみると,過去5年間の平均輸入増加率は13%であったが70年,は3.5%とかなり増勢は鈍化した。これは70年7月1日からの輸入関税率の引上げによる影響が主因である。69年と対比してみると,上期の輸入の伸び率(前年同期比),は6%増であったが,関税率率引上げの影響が出初めた下期の輸入の伸び率は1%にすぎない。輸入財を用途別にみると,消費財の輸入が前年比7.7%減となったが,これも関税引上げ品目に消費財が多く含まれていたことの表われであろう。しかし,輸入需要が依然として根強いので関税引上げによる輸入抑制が長期間にわたって効果をもつかどうか疑問でおる。71年1~4月間の輸入が前年同期比27%増と高まっているのは根強い輸入需要を反映したものといえよう。
つぎに国際収支の動きをみると,タイでは貿易収支の赤字をサービス,移転収支,および資本収支の黒字で相殺して総合収支を黒字にするパターンをとってきている。しかし,67年後半頃よりベトナム特需の漸減にみまわれて,サービスおよび移転収支などの黒字幅が縮小してきて,ついに69年は総合収支が11年ぶりに赤字に転じることになった。70年の国際収支も貿易収支の赤字幅がやや増大したことに加えて,移転収支の赤字幅の増大,資本収支の伸び悩みにより総合収支の赤字幅は69年の9億9,800万ドルから70年には26億7,100万ドルヘ増大した。67年から69年にかけて10億ドル余りあった外貨準備高も70年末は10億ドルを割って9億1,600万ドルとなった。
ベトナム戦後を控えて国際収支の改善はタイにとって最大の課題であるが,70年にとられた関税引上げも輸入の抑制を通じる国際収支の改善を図ることにあった。しかし結局のところ輸出の拡大が国際収支の改善策としてとられなければならない。
タイは輸出の多様化を図るという点では,他の東南アジア諸国と比べてメイズのような新興輸出品の輸出化に成功している方であるが,最大の輸出品である米の輸出が停滞していることに当面の問題が残されている。タイの米の輸出市場はほとんど東南アジア諸国に集中しているが各国とも食糧の自給率を高めてきているので輸入需要が減る傾向にある。加えて,アメリカ,日本が南ベトナム,インドネシアなどへ米の援助をしていることがタイの伝統的輸出市場を奪うことになっている。マレ-シアなどが輸出の新市場として中国を目ざしているが,タイも71年に入り中国との直接貿易を検討する動きがみられたが政治的観点から具体的な進展がみられなかった。
インドネシア経済は8年から70年にかけて著しい経済成長を続けた。69年の経済成長率(GDP,実質)は6.2%と経済回復に転じた68年の6.9%の伸びに及ばなかったものの高成長であった。70年もIMFの見通しによれば,概ね前年並みの経済成長率と見込まれている。
66年10月にとった経済の安定化政策はインドネシア経済の基本方針となっており,物価の安定,国際収支の改善の面などで漸次その効果をあげてきている。とくに,物価の安定は顕著であり,68年の85%高から69年9.9%高,70年8.9%と安定傾向をたどっている。国際収支面では,経済の立直りとともに外国民間資本の流入が増大しており,先進国の政府援助も増大している。しかし,輸出は依然として一次産品に依存しているため先進国の需要動向に左右されやすい。
71年8月にはルピアの対ドルレートを切下げる措置をとったが,これはアメリカの輸入課徴金の影響に対処してとったものである。しかし,基本的にはインドネシアの輸出の増加が不十分であるためにとられたものとみられている。
米の生産は69年の1,008万トンから70年には1,178万トン(推定)に達した。1,200万トンが米の自給化の目標であり,自給化にほぼ近づいている。
このほか,メイズ,ゴムの生産も増産であった。また,この数年増産を続けている砂糖きびの収獲も増産を記録した。
ところで,第1次産業のなかでは森林生産の拡大が目覚しかった。とくに木材の産出量の増加が顕著であった。政府は日本,フィリピンなどの外国役資をスマトラ・カリマンタン,西イリアンに導入することを認めた。
インドネシアの主要な鉱山物は,原油,スズ,ニッケル,ボーキサイトであり,外貨収入の主要源である。
原油の産出量の伸びは68年に18%増,69年23%増の後,70年は約15%増となり,産出量は4,208万4,000トンに達した。これは,66,67の産出量(平均)と比べれば約75%増である。
70年の鉱山物のなかではボーキサイトの産出量の増加が顕著であった。これまで最大の産出量を記録した67年と比べても約35%の増加であった。
スズの産出量は69年に前年比2.8%増であったが,70年はこれを上回ったものとみられている。
71年上半期の鉱山物の産出量はボーキサイトの産出量が前年同期のそれを下回ったほかはのき並み増加を続けている。とくに,ニッケルの産出量は前年同期比87.4%増である。他方,原油の産出量は前年同期比2.12%増に止まっている。石油に対する投資は依然として根強く続いている。71年に入り,2つの石油精製業が操業し初めた。さらに中東での原油価格引上げによりインドネシアの石油採鉱活動も盛んになっている。カルテックスはスマトラ島で72年まで産出量を4倍にする計画を企てており,30件の新たなボーリングを開始したといわれている。
工業生産は,69年に引続いて70年も概して順調であった。主要な工業生産物は,繊維製品,綿糸,肥料,セメントなどであるが,70年はセメントが減産となったが,繊維綿糸の生産増加が著しかった。ガラス,ココナット・オイル,自転車などの生産も前年を上回った。
財政の赤字増大が66~67年のインフレ高進の主要因であった。66年の財政赤字幅は歳入予算の10~40%,歳出の90%余りを占めるものであった。財政の健全化は緊要な課題であったが,67年には財政赤字幅は歳出額の20%,さらに,69年には5%程度に止まっている。70年の財政は歳入の伸びが予算を多少上回るなど,歳入実績は好転した。これは,外国からの援助が増加していることもあるが,関税収入の伸び,さらに徴税制度の整備などによって財政収入が増大しているからといわれている。最大の収入増は石油類からの税収入で,67年から70年までに約6倍の伸びとなり,財政収入額に占める比率も2.6%から7.5%になった。
71年度の予算は前年に引続いて均衡予算が編成され,経常支出は3,641億ルピアで前年比28.4%増,開発支出は1,549億ルピアで前年比33.8%増である。開発予算のうち77,1%は経済開発部門に向けられている。
通貨供給の伸びはしだいに落ちついてきている。66年の76.3%の伸びをピークに67年132%,68年121%から,69年は58%,70年に33.6%に止まっている。69~70年の通貨供給の伸びは民間部門に対する銀行の貸付け量の増大を反映している。全体の貸付額に占める商業銀行の比率も高まっている。
物価は69年から70年にかけていっそう安定傾向をたどった。ジャカルタの消費者物価は69年の17.5%の上昇率から70年は12.3%であった。71年に入り,3月に上昇率はやや高まったが,6月には前年同期比3.3%減となった。8月にはルピアの切下げが行なわれ,その後,日本が円の変動相場制を採用したことなどから,これが消費財の輸入抑制につながるとして物価上昇を懸念する向きもある。
民間資本の流入は69年の1億4,000万ドルから70年には2億ドルに達した。とくに石油に対する投資は69年の9,600万ドルから70年には1億3,000万ドルに増加し,71年に入って中東での原油価格引上げを契機にして,さらに石油に対する投資が増加している模様である。
公的援助は,約束額では69年は5億4,500万ドル,70年5億7,110万ドル,71年は6億4,400万ドルである。しかし,実際の使用額は69年3億2,300万ドルにすぎず,70年の未使用の援助もかなりになるとみられている。
また,債務の累積額は,68年末には22億250万ドルに達しており,債務の支払い額は69年の1億4,480万ドルから70年には1億9,470万ドルヘ,71年には2億1,220万ドルヘ増大するものとみられている。援助の効率的な使用とともに,債務の適正な償還という問題に直面している。
70年の輸出は11億6,300万ドルで69年に比べて16.9%の伸びであった。このうち石油の輸出は4億2,600万ドルを占めており,前年比16.4%増である。
これに対して輸入は11億3,000万ドルで前年比23.0%増であった。輸入の伸びは69年の伸び率(8.3%増)を上回ったのに対し,輸出はほぼ前年並み(16.1%増)である。
この結果,貿易収支は3,300万ドルの黒字となり,前年に引続いて黒字を維持した。IMFの推計によれば,経常収支の赤字は前年の3億6,100万ドルから4億100万ドルに増えたが,政府間の資本収支の黒字が前年より6,900万ドル増大,民間資本収支の黒字も700万ドル増大して総合収支は1,200万ドルの黒字であった。68年の総合収支は1,500万ドルの赤字,69年は4,800万ドルの赤字であったので70年の黒字への転換は国際収支の著しい改善といえよう。
71年上期の貿易は,輸出が前年同期比39.9%増,輸入が32.2%増と好調を続けている。
70年の経済成長率は農業部門の成長寄与が大きく,概ね前年並み(5.5%の実質成長率)の経済成長を記録した。しかし,増勢を続けてきた工業生産は前年より鈍化した。輸出は70年後半より回復して年間では8.3%増と好調であった。
71年に入って,東パキスタンが膨大な難民をかかえるとともに,インド,パキスタンとの国境紛争も発生しており,これが物価の上昇,労働情勢の不安定,財政支出の圧迫など経済面に大きな影響を及ぼしている。
食糧不足にみまわれた65,66年の食糧生産は7,200~7,400万トンの生産量にすぎなかったが,68,69年にはそれぞれ9,400万トン,9,950万トンの増産となり,70年は1億780万トンに達した。インドの食糧生産が増産を続けているのは天候条件に恵まれていることにほかならないが,ほかに小麦,米の高収量品種の普及が著しいこと,かんがい施設や水理管理の拡充,さらに,近代的農法の採用などの効果が表われてきたからといえよう。
一方,非食糧の生産では,綿花,ジュートの主要農産物が前年を下回る生産となった。
工業生産は66,67年と停滞を続けた後,68年には6.4%増,69年に7.1%増と比較的好調を続けたが,70年は4.5%増に止まった。とくに70年下期は前年同期比3.0%増と鈍化した。増勢の鈍化は71年に入っていっそう明らかとなり,第1四半期の前年同期比は1.5%増にすぎない。工業生産が増勢鈍化をたどっている原因は多く上げられているが主に素原材料の不足,鉄鋼の不足,輸送,電力の不十分な供給体制にあるといわれている。また,インド経済にかなりの比率を古める公共企業の投資が不十分で稼動率が低下していることも大きな要因である。
工業生産を主要産業別にみると,資本財産業を除いて前年の伸びを下回った。とくに,鉄鋼は原材料不足に加えて労働情勢が不安定であったこと,公共部門の鉄鋼生産稼動率が著しく低下したととなどにより前年比6.9%減であった。このほかの金属産業も前年比4.8%減であった。
71年度予算は歳出規模が拡大する一方,歳入の増大が不十分で39億7,000万ルピーの赤字額を計上した。これは,70年度の財政赤字額を5億7,000ルピー上回っている。実績では,予算の赤字額を上回る公算が強いので大幅な財政赤字の拡大がインフレ高進の要因となるものとみられている。
東パキスタンの難民の流入増大によって財政需要はいっそう増大している。一人当り難民の支出額は2.77ルピー(0.37ドル)とみられている。すでに7月末までに2億ドルを支出しており,財政を圧迫する要因となっている。このため10月に開かれた援助国会議では7億ドルの特別援助を要請したが正式のコミットに至らなかった。すでに11月末には難民の数は1,000万人を上回ったといわれている。政府はその後付加価値税の引上げ,鉄道,郵便料金の値上げなどの措置をとった。しかし,財政需要は根強く,大蔵省ではこのままでは経済開発計画に対する支出の削減を余儀なくするとも述べている。
通貨供給の動きをみると,70年は前年比12.5%高と前年の伸び(12.O%高)とあまり変わりがなかった。
70年の輸出は前年比8.3%増と好調であった。ジュートとその製品は伸び悩みを続けたが,砂糖,鉄鋼石,機械等の伸びが著しかった。輸出の伸びは70年8月から増勢を高めたが,それは政府の各種の輸出振興政策がしだいにその効果を表わしてさたものとみられている。71年の輸出目標は9.1%増を見込んでいるが,アメリカの輸入課徴金の直接,間接の影響などがあり,達成は困難であろう。
物価の上昇率は卸売物価が69年の4%から70年は3.1%に止まった。しかし,70年9月から71年5月にかけて上昇率は高まっている。その主な要因は鉄鋼,および素原材料の不足と需要の増大があげられている。綿布,油脂などの工業素原材料はそれぞれ前年比22.4%高,10.4%高であった。
最近の物価動向のなかでとくに顕著なことは食糧価格の安定である。食糧価格は67年に21%高の後,68年には5.3%減69年は横ばい,70年は3.5%高に止まっている。これは食糧事情の改善を反映したものである。
一方,輸入は70年は前年に引続いて抑制され,年間では2.3%増に止まった。
国際収支の動きをみると,貿易収支の赤字額は69年に比べてかなり縮小したが,サービス収支の黒字幅の減少などにより,経常収支赤子は4億4,400万ドルと前年の2億8,700万ドルの赤字額を上回った。
さらに,政府移転収支の黒字額も縮小したので総合収支は3億1,000万ドルの黒字と,前年よりやや黒字幅は縮小した。
政府移転収支の黒字幅の縮小は援助の減少を反映したものである。69年度の援助額は8億3,000万ドルと67年度の9億4,900万ドル,68年度の12億7,500万ドルを下回った。70年度の援助額は9億8,160万ドルに止まった。71年度の援助額は約束額で12億5,000万ドルであり,実行額ベースではこの額を下回るものとみられる。
70/71年(70年7月~71年6月)GDPの成長率は1.4%と前年度の6.7Xを大きく下回った。停滞の主因は農業生産の不振にあるが,工業生産も伸び悩みを続けた。
西パキスタンと東パキスタンとの政治的紛争はついに71年3月末に東バキスタンヘ政府軍が進行する事態になったが,東パキスタンの経済は極度に悪化様相をみせているが,西パキスタンでも投資活動の減退,株式市場の不振,物価の高騰,失業者数の増大が続いている。さらに,パキスタン政府に対する援助要請が見送られており,経済の立直しは今後の東西パキスタンの政治的ゆくへに大きくかかっているといえる。
70/71年の農業生産の不振は主に70年10月のサイクロン(熱帯性気圧)の被害によるものである。とくに,ジュート生産の被害が大きかったが,西パキスタンでも綿花生産は前年比3.6%減,小麦生産も前年度の720万トンから650万トンヘ減産となった。パキスタン全体では食糧生産が前年度比3.5%減繊維生産5%減,繊維以外の非食糧3.7%減により前年比5%減となった。71年の農業生産はサイクロンの影響が前年に比べれば少なかった。政府の推計によればサイクロンなどの洪水による被害額は70年の15億6,000万ルピーに対し,71年は5億ルピーと前年の3分の1程度とみられている。しかし,東パキスタンでの政治,社会状勢の不安定による影響もみられよう。
70年のサイクロンの被害に加えて紛争が発生して輸送網が崩壊したことなどにより,東パキスタンの食糧事情は極度に悪化している。米や小麦の輸入は前年を上回っているほか,71年9月に西パキスタン,中国,日本から東パキスタンに対し21万1,000トンの食糧供給が行なわれた。
工業生産の伸びは前年度の9%増に対し,70年度は3%増をやや下回るものであった。小規模企業の生産よりも大企業の不振が大きかった。
投資活動はここ2,3年,労働状勢の不安定により伸び悩みを続けてきたが,東西パキスタンの紛争後いっそう悪化している。
70/71年の中央政府予算では,財政赤子幅は3,000万ルピー程度に止めようとしていたが,実際には税収が伸び悩み,支出も軍事費の増大などにより増大したので2億ルピーの財政赤字額となった。
71/72年の中央政府予算は軍事費の増加(前年比54%増)が前年に引続いて著しい。対外債務の利子も70/71年の11億1,500万ドルから12億9,000万ドルへと増大し,軍事費についで第2位の支出額となった。これに対し歳入の伸びは期待薄で70年度予算額より1億ドル減実績額より9億ルピー増となっている。このため,財政赤字額は9億4,200万ドルに増大している。
金融面での大きな変更は71年1月30日にとられた銀行貸出しの規制強化である。資本逃避や投機物換物運動(とくに綿花等輸出品の在庫増し)を中心に銀行貸出しの急増,預金引出しを招来したことから政府は国立銀行,指定銀行の貸出しを抑制することにした。
食糧不足などにより70年の物価上昇率は消費者物価,卸売物価とも各々4.5%,2.9%と前年までの伸びを大きく上回った。71年は食糧不足のみならず,東西パキスタンの紛争により国内輸送網が崩壊されたことから物価の高騰が続いている。71年6月末のカラチ生計費は同年同期比5%高であり,東パキスタンの統計は不明であるが,食糧不足が深刻化しているので物価はいっそう高騰している模様である。
雇用者の賃金は所得税の増税により伸び悩みを続けており,物価の高騰により実質賃金は過去2年間に比べて低下している。
東パキスタンでは農業,および農業関連企業の失業が多いのに対し,西パキスタンでは製造業の不振を反映して失業が増大している。政治,社会面での情勢悪化は雇用機会を縮小させ,企業家,技術者の海外への投避に及んでいる。
東西パキスタンの紛争が続くなかで,6月に援助国会議が開かれたが,パキスタン側より強力な援助要請にもかかわらず,会議そのものを9,10月に延期することを決定したのみであった。会議で何らコミットがなされなかったのは政治的紛争が解決されるまで新規コミットを延期するというものであった。アメリカは最大の供与国であるが,政治的急機が解決されるならば,1億8,000万ドルの経済および軍事援助を行なうと表明し,オランダ,スエーデンも同様の観点から440万ドル,360万ドルの供与を用意している。しかし,9,10月に開かれた会議ではその後の東西パキスタンの事態が改善していないのでさらに延期されている。
70/71年の貿易は輸出が前年比0.7%減,輸入1.5%増と不振であった。とくに,政治的,社会的紛争が発生した後の71年3~6月期の貿易は輸出入とも前年同期を大幅に下回った。
71年7~8月の輸出は,ジュートおよびジュート製品の輸出は引続き停滞を続けているが,綿製品の輸出は需要の増大に支えられて前年比20.6%増である。綿製品の輸出はアメリカの輸入課徴金の適用を受けないので,年度間で15%の伸びを予想している。
輸入は,1月以降輸入抑制策が強化されて71年1~6月で11.4%減(前年同期比)となっている。
国際収支の動きをみると,71年1~6月の総合収支は6億6,000万ドルの赤字であるが,これは前年同期の8億8,600万ドルの赤字額よりやや少ない。民間資本の流入は71年第1四半期に2,500万ドルと前年同期の3,600万ドルの流入を下回っている。東西パキスタンの紛争が悪化しているので,国際収支の赤字は前年を上回る公算が強い。
71年8月末の外貨準備高は2億2,100万ドルであり,前年同期末のみならず71年3月末より減少している。
ルピーの為替レートの低下に悩まされているパキスタンは,アメリカの輸入課徴金後,切下げが憶測されていたが,9月17日パキスタン国立銀行はルピーの対ポンドリンクをドルとリンクすると発表した。対ドルレートは1ドル4.7619ルピーと以前の交換レートと同じである。しかし,ドルが切下げればルピーの切下げも必至とみられている。