昭和46年

年次世界経済報告

転機に立つブレトンウッズ体制

昭和46年12月14日

経済企画庁


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第5章 イタリア

1. 1970~71年の経済動向

1969年の「熱い秋」以来70年初の一時的回復を除いて,労働社会不安により生産活動の停滞が続いているが,71年に入ってからは企業,消費者の信認も失われて需要も弱まってきており,景気後退の様相を呈している。

1970年の実質経済成長率は5.1%(名目では11.4%)と,69年の5.9%(当初は5.0%とされていたが,工業部門の付加価値等に誤りがあったとして修正された)を下回った。69年は,夏以降大規模なストライキの頻発によって生産が大きく落ち込んでおり,実質GNPも第3四半期横ばいの後第4四半期には前期比4.3%も低下した年であった。こうしたことから,70年の実質成長率は当初7%程度が見込まれていたのであるが,それが5.1%に終ったのは,第2四半期以降の停滞が原因であった。 第5-1図 にみるように,第2,第3四半期の実質GNPは第1四半期より低下を示しており,ようやく第4四半期になって年初の水準に戻ったにすぎない。この結果,70年第4四半期の実質GNPは,69年のストライキ前のピークである第3四半期をわずかに4.0%上回っただけであった。71年に入ってから景気停滞色は一層強まり,鉱工業生産の動きでみる限り,年初来ほぼ一貫して低下してきている。

第5-1図 国内総需要の動き

第5-1表 イタリアの国民経済計算

このような不振は,何よりも引続く労働不安の結果であった。ストライキ,休暇戦術等により生産は直接的に影響を受けた。さらに,1969年の大規模なストライキによってもたらされた賃金爆発は,個人所得の増加となって現われたものの,労働社会不安のために,期待されたほどには個人消費の増大を惹起しなかった。逆に賃金爆発は,生産性の低下と相まって企業利潤を圧迫し,企業の投資意欲を減退させた。労働攻勢の対象が,70年央までの賃上げから,最近では主として社会的な要求に代ってきており,かつて程の激しさは見られなくなったものの,長期にわたる労働不安は企業家,労働者の信認を奪い去り,国内需要の低下を招いている。

こうしたことから,70年8月に成立したコロンボ中道左派連立政府は早くから投資増大の方針を打ち出してきており,71年1月以降は本格的な金融緩和措置を,7月には財政面から一層の刺激措置をとってきた。しかし,連立政権の持つ弱さから積極的な施策を機動的に採用することが困難でこれらの措置もほとんど効果をあげていない。すでに71年の2月には連立政権から共和党が脱落し,現在はキリスト教民主党,社会党,統一社会党の3党によって政権が維持されているが,これも種々の法案,政策のあり方をめぐって抗争が絶えない。さらには71年末に予定されている大統領選挙,72年の総選挙への思惑も絡んで,政情は非常に不安定なものとなっている。労働社会不安がイタリア経済の急速な構造変化に伴なって生じてきたものだけに,その抜本的な改善策が要求されるのであるが,現在のような政情不安はその実施を著しく困難なものとしている。さらに8月のアメリカによる輸入課徴金の導入は,イタリア経済に一層の打撃を与えており,特に中小企業は危機的状況にあるといわれる。このため,7月の財政による刺激措置もその効果が相殺された形となっており,イタリア経済の立ち直りを一層困難なものにしている。

2. 部門別動向

(1) 停滞した内需

1970年の国内総需要は,実質6.3%増で前年(6.2%増)とほぼ同じであったが,これも第1四半期の回復によるところが大きく,以後はほとんど横ばいに推移した。71年に入ってからは,ビジネス,サーベイや鉱工業生産の推移でみる限り,内需はかなりの停滞を示しており,特に投資意欲には著しい減退がみられる。

個人消費は1970年には実質で8%増と,63年以来の増加を示した。これは69年秋以降改訂された労働協約の発効によって個人所得の上昇が著しかったためであるが,雇用者所得が約17%増と大幅に増加したのと比較すると,その伸びは期待された程大きなものではなかった。これは主に労働社会不安によって雇用および所得が脅かされたために,不測の事態に備えるための貯蓄が増加したものとされており,所得の増加にもかかわらず,家計の貯蓄率はなお高水準にある。このことは同様な賃金爆発のあった63年に貯蓄率が低下したのと対照的で,家計の信認の喪失をもの語っている。この傾向は70年央以降徐々に現われてきたものであるが,71年に入ってから特に著しく,これが最近における景気停滞の一因ともならている。

他方,総固定投資は70年は実質3.8%の増加に終った。これは総固定投資の約3分の1を占める建設部門が,実質6.1%の減少に終ったことが大きく響いている。建設部門は67年8月の法律により規制されることになったが,①68年8月までに建築許可を得て,②建築許可後1年以内に着工し,かつ,③着工後2年以内に完成したものについては対象外とされたため,68~69年に激しいブームを経験した。しかし,その後はこの反動もあって急速な減退を示してきており,71年に入ってからも1~5月の新規受注は前年同期比9.9%の減少となっている。

建設を除いた設備投資では,70年は実質8.6%の増加であるが,これは国営企業を含む公的部門の同15.5%に昇る増加によるもので,民間部門は僅か2.9%増に終っている。特に国営企業の設備投資は69年の名目23%増に続いて,70年も同35%増と著しい伸びを記録している。また政府部門も公共事業の増大や国鉄,自治体の投資増大により,70年は名目18%の増となっている。これに対し,民間設備投資は,はるかに不振であった。これは人件費の急騰によって,特に中小企業が投資を阻害されたためであった。最近ではうち続く労働不安と人件費高騰による企業利潤圧迫から,新規設備投資への意欲には大きな衰えがみられ,また既存の設備投資計画を縮小するなどの動きもあり,71年の設備投資は実質減少となることが確実視されるようになってきた。こうしたことから,内需の公的部門に依存する割合はますます大きくなってきている。

(2) 低迷する鉱工業生産

70年の鉱工業生産は6.4%増と,前年(2.9%増)を上回った。しかし第5-2図にみるように,前年秋のストの反動から年初に急上昇した後は年央にかけて減少しており,年末にかけて若干回復したものの,なお年初の水準を下回っていた。しかも,71年に入ってからは一本調子に低下しており,71年8月には70年3月のピークを9.9%も下回るにいたっている。これは労働協約改訂後も,社会福祉問題を掲げたストライキが頻発したことに加えて休暇戦術やサボタージュなどが随所で行われたことが大きいが,70年央以降は前述のような内需の低滞がみられたことも見逃がせない。つまり,生産停滞が供給側の要因から次第に需要側の要因に移ってきているのである。これは民間設備投資の衰えを反映した投資財部門に著しく,71年第2四半期のこの部門の生産は,70年第1四半期のピークを6.6%も下回っている。また70年に景気の下支えをしてきた消費財生産も,71年初から減少に転じており,71年第2四半期は70年第1四半期より2.9%減となっている。

第5-2図 鉱工業生産の動き

71年上半期の動きを産業別にみると,電力・ガスを除いていずれも前年同期比減少を示しているが,中でも鉄鋼の落ち込みが激しい。鉄鋼生産の不振は,金属・機械産業よりの需要の弱まりや建設,造船の不振によるものである。また輸送機器の減少は,自動車の大手企業フィアット社のストライキによるところが大きい。4月以来10週間にわたって続けられたフィアット社のストライキは,18万5,000人の従業員を巻き込んで生産を停滞させたが,この結果1~6月間の生産台数は計画を13万台も下回ったとされている。

さらに8月のアメリカによる輸入課徴金導入は,こうした状況にあるイタリア経済に打撃を与えており,特にはき物,繊維等中小企業が主体でしかもアメリカに対する輸出依存度の高い部門では危機的状況にあるといわれる。

(3) 増加する賃金コスト

1969年から70年にかけての新労働協約により,賃金は爆発的に上昇し,この結果雇用者所得は16%の増加をみて,国民所得における構成比も前年の56.5%から59%へと増大した。他方,労働協約の改訂に伴なって週労働時間が43~44時間から40時間へ短縮されつつあり,時間当り賃金は製造業で20%を上回る上昇を続けている。この週労働時間の短縮は新たな雇用の機会を作り出し,70年には農業を除く全ての部門で雇用者数の増大がみられた。内訳は工業部門で16万人,サービス部門で26万人の増加であり,農業部門からの流出34万人を補ってなお,8万5,000人の純雇用増となった。しかし,最近では生産の停滞に伴ない再び失業者数も増加しており,失業者数も,100万人を越え,7月の失業率は5.4%に達している。

こうした賃金の上昇に対して,生産性の上昇はきわめて僅かなものに過ぎない。イタリア銀行の推計によれば,1969年第2四半期から70年第4四半期までの間に製造業における労働者当り生産上昇率は年率1%強であった。このため単位当り労働コストは急上昇しており,同じ推計によれば年率13%にも達したとされている。

以上のような賃金上昇と生産性の低下は,もとより69年秋以来のストライキの頻発によるところが大きい。しかし,そのストライキの性格も,69年の「熱い秋」当時からすると次第にその性格を変えできている。69年から70年央にかけてのストライキは,労働協約の改訂に伴う大幅賃上げと労働時間短縮が主内容であった。しかし最近はより広範な問題に焦点が移ってきている。つまり低家賃住宅の供給,保険・教育施設の充実,南部イタリアの開発といった社会改革が問題とされているのである。これらはイタリア経済社会の60年代における急速な構造変化によってもたらされたものであった。すなわち,60年代におけるイタリア経済の高度成長は,大企業と中小企業,南部と北部の格差を拡大し,農村から都市へ,南部から北部への大規模な人口移動を惹起した。この北部都市への人口の大量流入に対して,住宅建設は遅々たるものであったから,深刻な住宅不足を生み出し,特に政府部門による住宅建設の遅れは大きかった。この数年間に全住宅建設に占める政府部門のウェイトは年々低下してきており,66~70年においては僅かに5.7%にすぎない。さらに教育の普及は労働者の教育水準を高めた。例えば労働戦戦に参入する標準労働者の学歴は,60年代初で5年であったのが,現在では8~10年になっている。こうした結果,労働者の要求する労働条件は,賃金,労働時間,住宅,環境等の面で,10年前とは較べものにならぬ高い水準のものとなっている。こうした需要と供給の間のギャップが長年にわたって積み重ねられて,先に挙げたような種々の問題を産み出しているのである。

このため,71~75年の第2次5ヶ年計画においても,構造問題の改革に力点が置かれており,住宅建設の促進を始め,南部地域への化学を中心とする大規模投資等が計画されている。しかし,こうした構造問題はいずれも根深いものであって,現在のように企業家,労働者の信認が失われている社会では,どの程度改善されるか疑問視する向きも多い。

第5-2表 部門別鉱工業生産

(4) 卸売物価の騰勢は鈍化

1969年半ば以降急騰を見せた物価は,70年全体で卸売物価が7.3%,消費者物価が5.0%と,過去のすう勢を大きく上回る騰勢を示した。

こうした物価上昇の原因としては,先にあげた労働コストの上昇のほか,輸入原材料の上昇によるところが大きい。一部の推計によれば,69年初から70年10月までの鉱工業におけるコスト上昇率14.4%の内訳は,原材料価格上昇6%,金利上昇1.5%,賃金上昇6.9%とされている。こうしたコストの上昇は低い生産性上昇率と相まって,コスト面から強く価格を押し上げたのである。部門別には, 第5-3図 にみるように,投資財卸売物価の上昇が激しく,70年第1四半期には前年同期比で16%もの大幅上昇を記録している。

第5-3図 物価の動き

しかし,卸売物価は,70年央からしだいに騰勢を鈍化させてきており,第2四半期には前年同期比2.9%高であった。中でも投資財卸売物価は第2四半期に前年同期比1.2%高,また農産品卸売物価は逆に2.9%の低下を示している。こうした卸売物価の落ち着きは一次産品市況の低落と建設部門の停滞とによるところが大きい。

これに対して,消費者物価はいぜんとして5%前後の上昇を続けており,71年第2四期にも4.8%高であった。これは小売部門でいぜんコスト上昇が続いているためとされている。

なお,8月央以降,食料品を中心に再び物価の騰勢が現われ始めたといわれており,政府は労働組合への影響も考慮して国鉄,電話等の公共料金凍結を行ない,地方自治体にもその監督下にある価格に対して同様な措置をとるよう呼びかけていると伝えられる。

すでに政府は,5月に石油製品価格のすえ置きを決定し,コスト上昇に見合う分は財政負担によりカバーするとしており,物価抑制にはかなりの配慮をはらっている。このように物価動向にはなお楽観を許さないものがあり,当初は72年1月より予定されていた付加価値税移行も,その物価に与える影響を考慮して,実施は先へ伸ばされることとなった。

(5) 国際収支の改善続く

1970年の国際収支は3億5,600万ドルの黒字と,69年の13億9,100万ドルの赤字から一転して様変りをみせた。これは70年第1四半期まで続いた銀行券持出しなどによる資本流出が,第2四半期以降純流入に転じた結果,経常収支,とりわけ貿易収支の悪化を補ったからである。

第5-3表 国際収支表

経常収支は8億1,300万ドルの黒字で,前年に比し,15億5,900万ドルの悪化を記録した。これは主として貿易収支の悪化にもとづくものであるが,貿易外移転収支も前年比6億7,700万ドル減となっている。輸入は国際収支ベースで21.1%の増加であったが,これは労働不安にもとづく生産の停滞を反映したものであった。これに対し,輸出は12.6%の増加にとどまったが,これは供給余力の減少によるものである。輪出価格は4.9%の上昇であるから,価格競争力が落ちているわけではなく,引渡期間の長期化等労働不安を反映した生産停滞によって,海外市場におけるシエアを低下させたものであった。貿易外収支では,観光収支がイタリア人の海外旅行増大によって2億ドル悪化したのに対し,移民送金は横ばいであった。

第5-4図 貿易収支

資本収支は4億5,700万ドルの赤字で,前年の38億ドルの赤字から急激な改善を示した。これは銀行券に関する流出規制措置,公定歩合の海外金利水準へのさや寄せ,あるいは海外からの大量の資本導入などによるものである。特に銀行券に対する流出規制措置は大きな効果をあげ,67年の22億5,600万ドルの流出に対し,70年は9億5,100万ドルの流出にとどまった。また海外市場における起債および借入れは16億ドルに達している。

第5-4表 資本収支

71年に入ってからは貿易収支の改善を中心に,経常収支が赤字幅を縮小しており,資本収支も大幅黒字を続けていることから,総合収支は上半期で4億800万ドルの黒字を記録している。特に貿易収支は,景気停滞の進行とともに,完成品輸入の減少,輸出ドライブなどによって赤字幅を縮小しており,上半期では前年同期に比し1億4,300万ドルの改善となっている。その後,7月,8月も通関ベースでは輸出が前年同月比で12%の増勢を示しているのに対し,輸入は同7%,6%と伸びを鈍化させてきている。国別では西ドイツ向け,フランス向けの輸出が伸びており1~5月でそれぞれ前年同期比23.0%増,22.0%増となって,EEC向け輸出も同21.1%増を記録した。これに対し,輸入は,フランスからの増加率が23.1%と高くEECからの輪入も16.3%増となっている。

こうしたことから,金,外貨準備も増加を続けており,70年のリラ不安で7月に42億ドルまで減少した外貨準備は71年9月には67億ドルにまで回復している。

(6) 経済政策の方向

1970年8月に成立したコロンボ新内閣は,生産停滞と物価上昇に対処して,個人消費の抑制と生産投資の促進をはかる景気対策を実施した。しかし議会審議に手間どり景気刺激策が遅れたために,個人消費抑制策が予想以上に強くききすぎた形となった。その後,序々に金融政策は緩和され,71年1月には貸付金利の0.5%引下げを,4月に公定歩合の同じく0.5%引下げ(5.5%から5.O%へ)を行なったが,一たん冷え切った投資意欲は簡単には再燃しなかった。金融市場のみ潤沢となり,71年5月には通貨量は前年同月に比してほぼ25%もの大幅増加となった。この結果銀行預金も急増し,4月にはここ2~3年のすう勢の倍に近い4.8%の増加(前年同月比)を示している。

こうした中で,中小企業を中心に増大するコストと弱い国内需要から危機的様相が強まったため,政府は7月3日財政面からの景気刺激措置を採用した。その骨子は

これらの措置に要する新たな財政負担は約7,000億リラと見込まれている。しかし,この発表が夏期休暇に入る直前に行なわれたため,即効的な効果をあげることができず,逆に税収が当初予想より10%も低下することが予想されることなどとあいまって,財政赤字を一層拡大することになる。8月のアメリカ新経済政策の発表は,7月の景気刺激策がその主要対象とした中小企業に大きな打撃を与え,この措置の効果を相殺してしまう形になっている。

さらに7月31日に発表された72年度予算案は,政府赤字の増大を前年比27.4%増とする景気刺激型予算となっている。投資支出が前年の2.7%増から9.6%増へと拡大されている点にそれが端的に現われているが,一般会計の歳出に占める経常支出のウェイトが大きく,新規投資の規模を圧迫している。現在のような低迷が続けば税収が予想を下回ることも考えられるが,いずれにせよ多くの新規改革案が予定されている現在,政府赤字のかなりの増大は避けられぬことだろう。

第5-5表 1972年予算案

長期的には1971~75年をカバーする第2次5ケ年計画が設けられている。

これはすでに述べた主要な三つの構造問題の解決,すなわち住宅建設の促進,南部の経済開発,健康保険制度の改革をうたっている。以下ではかなり具体化しいてる前二者についてその主な内容を記しておこう。

① 住宅建設法案

次の三つの方法により住宅事情の改善をはかるもので,現在議会で審議中である。

○ 公共住宅建設の飛躍的増大-72年以降3年間に2兆5,000億リラの投入を予定される。

○ 住宅建設に関して各省を横断する政府機関を設置し,総合的な計画を立案する。

○ 土地収用規準の抜本的な改革

② 南部イタリアの改革

南部への投資を促進することによって,遅れている南部開発をはかろうとするもので,改革法案が用意されている。

さらにイタリア銀行は,10月13日,公定歩合の0.5%貸付金利の1%引下げを決定した(14日より実施)。これは,アメリカの新経済政策などによって一層沈滞した企業マインドの下支えをねらったものであるが企業の投資意欲が低下しきっていることから,当面の拡大効果はさして期待できないとする向きが多い。しかし長期的には,市中金利の低下によって政府の資金調達を円滑化し,公共投資による景気刺激策を側面から援助するという効果を期待できよう。

3. 今後の経済見通し

イタリア経済の今後の経済見通しは,労働不安や社会的緊張がいかに解決され,企業家,労働者の信認がいかに早期に回復されるかにかかっていよう。7月の一連の景気刺激措置の導入に際して,コロンボ首相もいっているように「政策だけでは決して十分ではない」のである。

現在までのところ生産の回復はみられず,年初の政府見通しである71年の実質成長率4%の実現はもはや不可能になっており,OECDも7月の時点ですでにOECDの当初予想3%も実現性は薄いとしている。1~9月の鉱工業生産はすでに前年同期比3.4%の減少をみている。またビジネスサーベイや投資財生産をみても,投資意欲になお盛り上りはみられないことから,今年の実質国民総生産はせいぜい前年並みとみられる。72年上半期については,上述のようなイタリアの国内事情に加えて,平価の多角的再調整の時期等不確定要因が加わり判断は非常に困難である。イタリア経済の活力は未だ基本的には衰えていないと思われるので,環境が好転すれば再び従来の成長路線に戻ることも考えられるがその時期はかなり先へ伸ばされそうである。

ただ個人消費は69年以降の賃金上昇のかなりの部分が貯蓄に向けられており,その潜在力は十分に存すると思われるので,社会不安が除去されれば景気推進の役割を果すことができよう。

物価については,消費者物価がいぜん5%前後の上昇を続けており,賃金コスト上昇のラグ効果がなお働くと思われ,景気回復によって価格に転嫁しやすい状況が生ずれば再び加速化するおそれもでてこよう。

一方,対外面では,主要国の変動相場制移行の中にあって,イタリア・リラは実質切下げの状態にあり,しかもイタリアの価格競争力自体はなお強いとみられるが,平価調整が長びいてヨーロッパ諸国の景気がさらに悪化するようなことになれば,イタリアの貿易も影響を受けることになろう。一部の予測では71年下半期,72年上半期とも,本年前半程度の数値を示すものと予想されている。


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