昭和46年
年次世界経済報告
転機に立つブレトンウッズ体制
昭和46年12月14日
経済企画庁
対外均衡を回復するために,69年8月,フランの切下げと同時に一連の引締め措置をとった。これらの政策の効果は,70年上期に,はっきりと現われた。すなわち,他国経済の好況およびドイツ・マルク切上げということもあり,国際収支は,経常収支・資本収支とも大幅に改善した。他方,国内面をみると,個人消費の伸びは著しく鈍化し,労働市場も若干緩和したが,輸出需要の増加と設備投資の堅調および在庫補填により,生産の拡大は続いた。このような状況の中で,物価の騰勢が続いた。卸売物価は,平価切下げによる輸入原材料の値上がりもあって大幅に上昇した。消費者物価も,食料品を中心として大幅に上昇し,また賃金も,労働市場の若干の緩和にもかかわらず,いぜん騰勢が続いた。
ところが,70年央になり,輸出需要の伸びが落ち,また在庫食いが目立つようになったために,生産の伸びが落ち,失業者数が増大した。このため,財政・金融政策は拡大方針に転じ,公定歩合が8月,10月と2度にわたって引下げられ,10月には貸出規制も撤廃された。また,70年春以来とられてきた賦払信用規制緩和をさらに推し進めた。70年末に至り,個人消費が若干回復した。しかしながら,生産の拡大を促進するには至らず,失業者数の増加傾向は続いた。
そこで,71年に入ってから,1月に公定歩合の再々引下げおよび景気調整基金に凍結されていた71年度予算のうち,住宅・教育・環境に関する分の取り崩しを行なった。このため,年初来,個人消費の回復と,輸出需要の堅調に支えられて,生産も回復し,拡大過程を辿っている。他方,物価の騰勢は依然として続いている。また5月に西欧先進諸国で通貨調整が行なわれたこともあって,70年末以来急速に増加した通貨供給量に歯止めをするために,公定歩合の引上げ等の一連の金融引締め措置をとった。しかし,物価騰勢がやまないため,6月に一部企業の製品価格の凍結を行なった。さらに,9月に,契約方式による物価抑制策を採用した。
8月にとられたアメリカの新経済政策によってもたらされた国際通貨体制の混乱に対しては,固定平価を維持するという態度を貫いており,経常取引は固定相場で,金融等の取引は変動相場でという2重為替相場制を採用した。これは,71年の経常収支が50億フランの赤字になると予想されているので,平価の変更を必要としていないとしているためである。また,輸入課徴金の問題に関しては,対米輸出依存度が小さく直接の影響は小さいが,他国経済に対してもたらされる影響を通じて,間接的に影響されるおそれもあるので,72年度予算は公共投資の大幅増額を含む大型予算となっている。
71年の実質GNPの伸び率は,6%になると見込まれている。69年に戦後最高の成長率を達成したが,その後も,高成長を持続している。69年8月のフラン切下げと,同時にとられた一連の引締め政策が浸透して,70年下期に景気が落ちこんだのであるが,これを回復させ,高成長をもたらした要因を,需要面からみると,①個人消費が回復したこと,②輸出需要がいぜんとして好調であること,③設備投資が鈍化したとはいえ,水準としては,まだ,かなり高いことをあげることができる( 第4-1表 )。
1)回復著しい個人消費
個人消費は,一連の賦払信用規制の効果もあって,69年第4四半期以降その伸びが停滞していたが,70年第4四半期に至って,急速な回復を示した( 第4-1図 )。すなわち,70年第4四半期に,実質前期比で,2.9%増となった後,71年第1,第2四半期に,それぞれ,1.1%,1.4%の増加となった。このように個人消費を増大させた要因の一つとして,70年春以後,漸次とられてきた賦払信用規制の緩和があげられる。消費者信用残高の動きをみると,70年第3四半期の59.5億フランを底として,71年第2四半期には67億フランに増加した。この消費者信用の2/3を占めると云われている自動車に関してみると,新規登録台数が,前年同期比で,70年上期に10.6%減となった後,下期に19%増となり,さらに71年第1四半期にも16.5%増となった。INSEEの小売商に対するアンケートの調査結果も非常に明るいものであり,在庫水準も通常水準にまで減少して,注文意欲も強い。このような個人消費の伸びは続くとみられており,71年全体としては,6.1%の増加が見込まれている。この強気の消費見込の背後には,賃金の騰勢が依然として続いていること,先行き物価騰貴が続くというインフレ期待感が存在していることが大きく作用している。しかしながら,貯蓄の伸長を妨げる程になっておらず,貯蓄金庫預金残高は,69年第3四半期に前期比年率で18.8%と大幅に増加したあとも,高水準の伸びを続け,71年第1四半期にも,20.4%の増加を示している。この貯蓄増加に限界逓減が起きるならば,一層個人消費が増加することになろう。
2)輸出の好調続く
70年上期・実質前年同期比で,34.6%と大幅に伸長した輸出は,西ドイツ等の西欧諸国の景気鎮静化とアメリカの景気後退の影響を受けて,70年下期に9.6%増と,鈍化傾向が現われたが依然水準としては高い。,71年の伸び率も9.1%が見込まれており,まだ,その水準は,かなり高く,経済の下ざさえをしている。製品別にみると,耐久消費財が,70年春以来,好調な伸びを示しており,この中でも,特に自動車輸出が,大幅に増加した(71年第1四半期に,名目前年同期比で,30%増)。また農産物も,71年以来,大幅に増加している(71年上期に,同18.7%増)。向先別にみると,西ドイツ,ベルギー,イギリスおよびアメリカの大幅増加が目立つ(71年上期に,名目前年同期比で,それぞれ,16.0%増,13.7%増,25.2%増,20.9%増)。このような輸出好調の要因としては,先ず69年のフラン切下げによる価格競争力の優位性があげられるが,それと同時に,西欧諸国の景気状況が有利に作用したこともあげられる。特にフランスの輸出の約1/4を占める西ドイツの景気鎮静化の進展が,遅々としていたことが大きかった。
3)設備投資の好調も続く
設備投資は,69年の引締め措置にもかかわらず,企業の合理化投資,生産増強投資の意欲が強く,70年をと前年比8.2%の増加となった。INSEE のアンケート調査によれば,民間設備投資の71年の伸び率は,13%になるとされている。設備能力の不足感は,69年11月をピークとして,減退してきたものの,71年6月にも,まだ,23%とかなり高い ( 第4-2図 )。この不足感を,最も強く感じているのは輸出産業であり,輸出産業の1/3近くの企業が,増産不能状態にあるということである,(輪出の伸びを落した原因は,一つには,このためもあるかもしれない)。設備投資が高い伸び率を示したにもかかわらず,まだ,このように,設備能力不足感が存在するのは,賃金の急激な上昇に伴い,合理化投資の比重が高まったためであろう。
住宅建築・土木部門の投資は,引き締め措置の効果が浸透したことや天候不順に災されていることもあり,それ程,伸びていない。住宅建築に関しては,前年同期比で,71年上期に,4.1%の減少となった ( 第4-3図 )。土木投資は,71年になって,景気調整基金のとりくずしがあったこともあり,前年同期比で,71年上期に,6.3%増と,急速に伸長した。
1)鉱工業生産の動き
鉱工業生産は,前年同期比で,70年第3四半期に3.7%増と伸びが小幅にとどまったが,第4四半期に5.2%と,若干回復し,その後,拡大過程を辿り,71年第3四半期には7.1%の増加となった(第4-4図)。これは70年央以降,急速に拡大政策をとったため,個人消費が著しく回復してきたことによっている。
これを部門別にみると,個人消費の回復を反映して,消費財産業の状況が好転している。特に,自動車産業と織物産業の生産の伸びが目立っている。
自動車産業は,好調な輸出需要と,70年末からの国内需要の回復に支えられて,順調に生産を伸ばしてきており,71年第3四半期には前年同期比で22%増となった。また織物産業も,生産を急速に伸ばし,71年第3四半期に前年同期比で20%増となった。両産業とも受注残が豊富であり,今後も一層の拡大が続くものと考えられる。中間財産業も,消費財産業の生産回復が浸透してきたために,71年第2四半期に至って著しく好転した。設備財産業の状況は,若干様相を異にしている。68年から70年に掛けての旺盛な投資の後,投資意欲の減退が懸念されていたが,70年夏から71年夏まで,設備財産業の受注は減少しなかった。例えば,電機産業は71年第3四半期に,前年同期比で25%生産を増加させた。
2)労働市場
70年に入り,一時,労働需給は緩和するかにみえたが,70年下期から,生産が回復に向ったのに伴い,また求人数の伸びが上昇しはじめた。そして失業者は,71年1月をピークにして減少した。ところが71年央から,(特に,8月以降)失業者が急速に増加している。従って,INSEEの企業アンケ-ト調査結果によると,労働者不足惑(労働者が不足して設備機械がとまることに対する感じ)は,通常並みの9%台になっている。このように,労働需給は,再度,緩和の方向に向っている( 第4-2表 )。
最近の失業者の急速な増加は,社会不安をひき起こす危険性があるが,これに対して,政府は,新たな雇用拡大策をとらず,労働のモビリティを高める措置をとるだけで充分であると考えている。すなわち,11月央に,新規若年労働者に対して,労働力不足の地域へ行くときは,モビリティ・プレミアムを支払うこと,および職業訓練の改善をすることという2つの措置をと,った,
1)物価
消費者物価の騰勢はいぜん強く,しかも71年に入り,徐々に騰勢が加速化している。すなわち,前年同期比で71年第1四半期4.9%高,第2四半期5.2%高となったあと,第3四半期には5.6%高となった。これを製品分類でみると 第4-3表 のようになる( 第4-5図 )。
2年来の食料品価格の上昇は激しく,この傾向が弱まる兆しはみられない。このような強い騰勢をもたらした要因として,ECの共通農業政策が大きく作用している。すなわち,1月に乳製品価格を,4月に牛肉価格を共通価格と調整したために,フランス国内の価格が上昇したことである。このほか,ビール,鮮魚の価格引上げも,大きく影響している。
工業製品価格の騰勢は,急速に加速化している。このような工業製品価格の騰勢をもたらした要因として,次のことがあげられる。
① 第4-4表 に見る如く,賃金の上昇によるコスト増加分を生産の上昇で補うことが出来なくなっている上に,この賃金コスト圧力が増大していることである。71年の第1四半期についてみると,前期比で賃金が11.4%上昇したのに対し生産性は3.8%しか向上していないため生産物一単位当りの賃金コストは7.6%高くなった。INSEEの報告によると,賃金のコスト構成比は約4割ということであるかう,この賃金コストの上昇により製品コストは3%強高くなることになる。このコスト・アップ分が消費者に転嫁されるのであろう。
②石油製品を中心にして,エネルギー価格が上昇していることである。エネルギー価格(卸売)の動きをみると,前年同期比で,71年第1四半期10.2%高,第2四半期13.1%高のあと,第3四半期には11.3%高となった。INSEEの報告によると,エネルギーのコスト構成比は約7%ということであるから,このエネルギー価格の上昇により,製品コストを1%弱引上げることになる。これも消費者価格の上昇に大きく作用しているだろう。
サービス価格の上昇も,また著である。71年年初に,各種の公共料金(運賃等)が引上げられたため,である。サービス全般に騰貴傾向が著しいが,これは賃金アップ分を価格に転嫁せざるをえないからなのであろう。
2)賃 金
賃金は大幅に上昇し続けた。71年に入ってからも,製造業の賃金は,前年同月比で第1四半期10.7%増,第2四半期10.9%増,第3四半期10.7%増と強い増勢を示している。71年第2四半期に,最低賃金(S.M,I.C)の引上げ,および「購買力保障条項」の適用による賃金調整があったものの,賃金上昇率の高さは驚くべきものである( 第4-6図 )。
71年に入ってからも,国際収支の好調が続いている。これは輸出需要の旺盛なことに主因をもとめられるが,同時に,輸出価格の大幅な上昇も大きく作用している。すなわち,輸出価格は71年上期に前年同期比で5.6%高となっている。このほか,第2四半期の西欧の通貨投機から,短期資金の流入もあった( 第4-5表 )。
71年のフランス経済は,年初来順調な拡大過程を辿っているが,他方,消費者物価の騰勢は,いぜんとして続いており,インフレの終熄が最大の政策目標となっている。
71年に入ってからも,食料品価格の騰貴が激しく,政府は物価抑制策の一環として,1月13日に紅茶,コーヒー等の一部食料品の付加価値税率の引下げ(17.6%→7.5%)を行なった。この間,消費者物価は,第1四半期に4.9%高,第2四半期に5.2%高と騰勢が強まった。他方,通貨供給総量(通貨と準通貨供給量との合計)は,増加傾向が1月に若干ゆるんだものの,その後,継続的に続き,71年第1四半期に4.2%(季節調整済み)増加した。さらに,通貨供給は70年第3四半期に増加となった。これは70年第4四半期にとられた消費者信用規制の緩和,貸出規制の緩和により生産が活発化したこと及び外貨の流入があったことが原因である。
そこで,国際通貨投機のあったのを契機に,5月13日に公定歩合の引上げ等の一連の金融引締め措置をとり,急速に増大する通貨の歯止めを行なった。すなわち,公定歩合を0.25%引上げて6.75%とし,証券担保貸付金利も0.25%引上げ8.25%とする。また,預金準備率を1%(但し海外支店及びコルレス先債務に対する準備率は6%)引上げ,貸出準備率を0.25%引き上げる。5月18日には為替管理権限の強化策として,国家信用理事会はフランス銀行に対し,非居住者名義の預金に対する付利制限ないしは付利禁止の措置を決定しうることを確認した。
この間政府は,労使双方に対して,物価・賃金の上げ幅を小さくするように訴えてきた。また直接的な物価対策として,6月28日,計画契約による価格統制の適用を強化した。すなわち,①自動車部品,運動具,玩具等の製造業者に対し,現行価格を2~4%引下げの上,凍結する。②倉庫用機械等製造業界に対し価格をその時点の水準で凍結する。③計画契約実施中の調査により,市場実勢からみて低下すべき価格を価格協定により据え置いている業界があれば,その業界に対し必要な措置をとる。
物価の騰勢は,第3四半期に入ってからも,いぜん止まず,対前年同期比で5.6%高と加速化してきた。年間の消費者物価上昇率を5%以内に抑えるという政府の目標は連成不可能の状態になった。そこで,9月16日に“物価抑制に関する契約”を採用することを明らかにした。この大要は次のようなものである。
① 工業製品価格を,71年10月から72年3月までの半年間における上昇率を1.5%に抑える。1.5%というのは工業製品全体についての平均数値であり,生産性上昇の不分な分野,一次産品価格の上昇の影響をうける分野においては,1.5%を超える上昇を認めることもありうる。しかし,この場合は,他の部門での努力を要求することになる。
② 商業マージンについては一定の幅以上に引上げてはならない。
③ 契約を締結しない企業に対しては,価格を引上げたいと思う都度,物価局の許可をとらなければならない。また商業の場合には,現状のマージンで凍結される。
④ 銀行,保険,旅行の斡旋業,ホテル等のサービス業は制約を受けない。
⑤ これに対し,政府は企業負担(税社会保障,公共料金)を増加させるようなことはしない旨を約束する。
10月にはいり,化学,毛織物,製靴,電気品等の業界との契約が締結された。その締結内容をみると,化学部門では肥料の上げ幅は零,その他は1%で全体として0.75%となっている。製靴業では本年末まで価格を据え置き,その後は1.5%に抑える。家電製品は本年いっぱい現在の水準で凍結,機械類は全期間を通じて上げ幅を零とする。
工業製品は,消費物価にもつ比率は約40%にすぎず,この契約の効果を危ぶむむきもあるが,ともあれ,物価騰勢の強まる中で,この物価抑制策の効果が期待される。効果の現われるのは,本年末から来年はじめに掛けてであろう。
新らしい経済政策として,財政面では,70年9月に発表された72年予算案によって,その大筋が明らかになった。10月に行なわれた公定歩合の引下げ,及び物価抑制に関する契約と相まって,72年も,本年と同様の安定成長路線を進むことが打出されている。
フランス政府は,9月15日の閣議で72年予算案を決定したが,その概要は次の通りである。
① 来年の経済見通しは, 次の通り である。
② 歳出額は,対前年で,9.9%の増加となっている。即ち,一般予算及び特別充当勘定(道路投資,国有林野,石炭産業維持等)の歳出規模は1,871.3,億フランである。付加価値税の還付等を本年より歳出規模より除外しているが,これによると歳出規模は1,862.7億フラン(前年比9.4%の増)となる。
③ 軍事費は人件費および投資額合計で8.1%の増加となる。
④ 民事経常費は8.8%の増加となる。うち,公務員関係経費は11%増加するのに対し,社会保障または農業補助等の移転経費は7%の増加に止まる。
⑤ 公共投資は,固庫債務負担行為ベースで20%の増加となる。
以上のように,72年の基本的政策目標は経済成長を維持して,雇用を確保することにある。そこで,公共投資の大幅増加を含む大型予算となっている。これは,アメリカの新経済政策の影響で海外環境が悪化し,輸出需要が減退するおそれがあるからである。また,予想しているよりも,さらに景気後退要因として作用することもあるので,これに対しては,付加価値税の還付時期を繰り上げることにより対処しようとしている。
大型予算となったため,72年には,所得税減税は見送られた。税制改正の主な内容としては,物価上昇に対処するために,所得税の課税所得金額を約5%引上げること,所得税の免税点を引き上げること,68年来の所得税の臨時増税を最終的に廃止すること,およびアルコールに対する税率を15%引上げることなどである。
個人消費を中心として内需は,いぜんとして強いし,また輸出に関しても,INSEEのアンケート調査結果によると,先行きは必ずしも楽観を許さないが,現在のところ,その水準は高いので,生産の好調は,当分続くだろう。また物価に関しては,物価抑制に関する契約の効果も出てこようから,物価の上昇速度は,減速するだろう。