昭和46年
年次世界経済報告
転機に立つブレトンウッズ体制
昭和46年12月14日
経済企画庁
70年春以降みられた景気鎮静化の過程は71年はじめに一時的な要因で中断したが,5月の変動相場制移行とその後の一連の引締め措置,8月のアメリカ新経済政策などの影響もあって再び鎮静化の基調にもどり,さらに最近は景気後退の懸念すら出はじめている。物価は生産者段階や卸売段階では落ちついてきたが,肝心の消費者物価の騰勢は衰えていない。
69年10月末のマルク切上げとその後における一連の金融,財政上の引締め措置により,さしもの過熱景気も70年春をピークに次第に鎮静化の方向へ向い,製造業受注,鉱工業生産,操業度,労働需給などの諸指標にそれがはっきりと現われてきた。
たとえば鉱工業生産は,70年第2四半期をピークとしてその後弱含みとなり,第4四半期までに約1.3%低下した。製造業受注も70年第1四半期をピークとして,第4四半期までに2.1%減少した。こうした生産と受注の減少の結果として,製造業稼動率(季調ずみ,IFO調査)は70年1月の91.5%をピークに同年10月の90%まで低下した。ただしこの水準はまだ前回ブームのピーク時(65年10月)の88%より高かった。また製造業の受注残も,69年9月の4.3ヵ月(受注残を売上高で換算)をピークに70年12月の3.8ヵ月まで低下した。(前回ブームのピークである65年6月は3.6ヵ月分)。
極度に逼迫していた労働需給も,70年春以降は失業増と求人減の形で次第に緩和してきた。ただし緩和の程度はまだ僅かで,春項0.6%だった失業率(季節ずみ)が年末に0.7%へ上昇,また失業数に対する求人数の倍率が4月の6.5から年末の5.0へ低下した程度であり,もちろん完全雇用の線が崩れたわけではなかった。
いずれにせよ,70年中を通じて景気鎮静化の過程が進行したわけであり,とりわけ企業の投資意欲の衰えが目立った。
71年にはいると,景気情勢がやや変って景気鎮静化の一時的中断がみられた。それはGNP,鉱工業生産,製造業新規受注などにあらわれ,いずれも71年第1四半期にそれまでの弱含みないし頭打ち傾向から再上昇へ変った。すなわち,第1四半期には実質G NP(ドイツ経済研究所作成)が前期比2.1%増となったほか,鉱工業生産も4.5%,製造業受注も3.2%と,それぞれ増加した。こうした景気再上昇の兆候は,(1)後述の税制変更(投資税や定率償却制)により,投資需要が70年末から71年はじめに繰延べられた。(2)71年はじめの天候が異常に良く,そのため建設活動と関連産業の生産が刺激された等の理由による。(71年1~2月間の建築生産は前年同期比45%増)。
このような理由から,71年はじめの生産の再上昇は当初から一時的なものとみる向きが多かったが,5月の変動相場制移行と一連の引締め措置,8月のニクソンショックなどの影響もあって,5月以降生産と受注が再び低下傾向を示しはじめた。すなわち,5~9月の鉱工業生産は1~4月の水準を約2.2%下回った。また,製造業の新規受注も5月以来弱含みとなり,とくに8月と9月にはかなり大幅に減少,8~9月の水準は1~4月平均比3.l%減となった。
こうした生産減少から,製造業の稼働率は前年10月の約90%から,71年4月88.5%,7月87%,,10月85%へ低下した。85%といえば,66~67年景気後退のはじまり前の水準にほぼひとしい。
また,新規受注の減少により,受注残の減少傾向もつづき,売上高換算の受注残は71年12月の3.8ヵ月分から,71年3月の3.5ヵ月分,9月の2.9ヵ月分まで低下した。この水準も66年秋の水準にほぼひとしい。
また景気の現状と今後6ヵ月間の景気見通しに関する企業の判断を指数化したIFO研究所の景気動向指数も,69年央をピークに低下傾向に転じたあと,71年春以降急歩調の低落を示し,10月の水準は過去の最低点である66年12月の水準にあと一歩まで迫った。
なお,労働需給の緩和傾向は,70年にひきつづき,71年中もつづいた。失業率は70年末の0.7%から71年10月の1.1%まで上昇,また失業増と求人減の持続により,失業数に対する求人数の倍率も70年末の5.0から71年10月の2.5へ低下した。このような失業の増加に加えて,最近は鉄鋼,石炭,電機,機械などを中心に操短が急増しており,操短労働者数は9月の3.9万人から10月の5.9万人へとはねあがった(70年10月は0.6万人)。しかも連邦統計局の見通しでは,年末までに操短労働者数は約8万人に達するであろうとみられている。
以上のような景気鎮静化の過程を需要面からみると,最も大きな要因は企業の投資意欲の減退であろう。いま国民所得統計による設備投資(その約95%が企業投資)の動きるみると,実質で69年22.6%増,70年17.7%増のあと,71年上期は9.O%増(前年同期比)にとどまったこれを季節調整値(ドイツ経済研究所)の前期比でみると,71年第2四半期には前期比1.2%減,第3四半期4.2%減(推定)となり,71年春以降減少に転じている。同様な傾向は先行指標である資本財国内受注にもみられ,これは69年の35.0%増に対して70年は7.6%増と著しく鈍化したあと,71年1~9月間には前年同期比O.6%減となった。資本財価格は71年に約7.6%上昇しているので,実質では約8%余の減少となる。また季節調整ずみ数値でみても,71年第1四半期に一時的に増えたあと,第2四半期横這い,第3四半期には前期比4.4%減となった( 第1表 参照)。
産業投資のいま一つの指標である非住宅建設面積数をみても,69年の31増に対して,70年1.2%増,71年1~8月間1.0%増(前年同期比)にすぎなくなった。またIFO研究所による工業投資予測調査によると,工業投資は69年の38%増,70年の22%増に対して,71年はわずか3%増の予想であったが(71年6月調査),さらに72年の工業投資は名目4%,実質7%減と予想されている(10月下旬発表)。
こうした企業の固定投資の不振と並んで,在庫投資も70年下期から71年にかけて不振であって,71年上期の景気に対して大きなマイナス要因となった。とりわけ在庫調整の中心をなす鉄鋼業では,1~8月の粗鋼生産が前年同期を6.2%下回り,それと平行して資本財工業の鋼材在庫量は生産高換算で70年6月の80日分から71年3月の76日分,6月の70日分まで減少してきている。
こうした企業の投資意欲の減退は,景気見通しの悪化,操業度の低下,賃金コスト増による利幅の縮少一内部金融力の低下等の要因によるものである。企業(金融機関を除く)の留保利潤に減価償却費と資本移転受取額を加えた内部資金は,71年上期には前年同期比6%減であった。他方企業の粗投資(在庫投資を含む)は増勢鈍化とはいえ増加をつづけたから(70年の20%増に対して71年上期は6.6%増),自己金融比率は71年上期の68%から71年上期の60%へ低下した(67~69年間の上期平均は74%)。
このほか政府投資(主として建設)も景気抑制の見地から抑えられ,たとえば政府投資の約6割をしめる公共土木工事発注額は69年19.2%増のあと,70年2.3%減,71年1~8月8.2%減(前年同期比)となり,とくに6~8月間には30%減(前年同期比)となった。
投資意欲の衰退と並んで,景気鎮静化の重要な要因となったものは,輸出需要の鈍化である。国民所得統計でみた輸出(商品およびサービス)は実質額で69年の12.6%増から70年の8.4%増へと鈍化したあと,71年上期には前年同期比8.4%増と,前年並みの増勢を維持した。通関統計でみてもほぼ同様で,商品輸出数量は69年12.1%増のあと,70年は8.4%と鈍化し,71年1~9月間にも8.9%(前年同期比)と,ほぼ前年並みの増勢を維持した。
他方,先行指標である製造業の輸出受注をみると,69年22%増のあと,70年はわずか1%増にすぎず,マルク切上げの影響がよりハッキリとあらわれた。71年にはいるとアメリカ向けなどを中心に再び増え出し,1~9月間に5.6%増となった。だが5月の変動相場制移行,8月のニクソンショック後はマルク建による輸出成約難やマルクの実質切上げを反映して輸出受注も季節調数字で再び減少に転じ,とくに8~9月には大幅に減少して1~4月の水準を7.1%下回った。
企業投資と輸出需要が弱まる半面で,個人消費の高い増勢は比較的最近まで維持され,景気の主柱的役割を果してきた。国民所得統計によると個人消費は69年に10.7%増,70年に11.0%増のあと71年上期も11.8%増であった。
ただし物価上昇を差引いた実質額では,69年の8.0%増のあと70年6.8%と,やや鈍化したが,71年上期も6.8%増で,増勢に衰えがみられない。小売売上高をみても,71年1~8月の前年同期比増加率は11.7%で,70年の増加率11.4%と変らない。小売売上増加の内容を品目別にみると,家具や自動車など耐久消費財の伸びが大きかった。
このように71年中の小売売上高の伸びは全体としてみると比較的活発でおったけれども,最近の月だけについてみると,やや鈍化の気配がみえる。すなわち1~5月間の前年同期比増加率13%に対して,6~8月間のそれは9.5%にとどまった。季節調整ずみ指数でみても6月以降ほぼ横這いとなっている。また民間研究所の消費調査によると,消費者の購買意欲は耐久消費財を中心に最近衰えてきたという。これは一つには賃金所得の増勢が鈍ってきたことと(後述)5月以降の変動相場制移行,ニクソン新経済政策の発表などにより,消費者の購買態度が慎重化したせいであろう。
個人消費のほかに景気を支えてきた需要としては,住宅建設と政府消費がある。面積でみた住宅建築は,69年6.9%増,70年10.0%増のあと,71年1~8月間に前年同期比15.8%も増加した。これは年初の暖冬などの一時的要因もあるが,基本的にはインフレ心理の浸透,政府住宅補助の増額等の要因によるものといわれている。また政府消費(実質)は70年に4.3%増のあと,71年上期に8.6%増(前年同期比)と著しく増勢をつよめた(名目では18.4,%増)。これは前年比12%増という71年度大型予算のうち71年上期中に棚上げされたものが主として投資的支出であったためである。
経済活動の全般的な停滞がつづくなかで,物価の上昇テンポは容易に衰えなかった。GNPデフレーターの上昇率をみると,70年7.2%のあと,71年上期も7.1%(前年同期比)に達した。
だが他の物価指標は,消費者物価を除けば,上昇率の鈍化ないし低落がみられる。たとえば輸入品価格はマルク切上げの影響で70年に0.7%低落のあと,71年1~9月間も前年同期比0.8%低下した。71年の低落は5月の変動相場制移行後の低落によるもので,9月の水準は前年同月比2.2%低であった。また輸出品価格もやはり5月以降頭打ちとなった。国内価格では,70年央以降上昇の鈍化傾向をみせていた工業製品生産者価格が,71年にはいってから再び加速化傾向を示したあと,6月以降再び上昇率が鈍化しつつある(前年同月比上昇率は4月の5.2%から10月の4.2%へ低下)。これは1つには非鉄など一次産品の国際市況の軟化を反映したものだが,5月の変動相場制移行後の景気情勢の変化から影響をうけたようである。
他方消費者物価はむしろ加速度的に上昇している。70年の上昇率は平均3.0%,同年第4四半期の前年同期比上昇率は4.0%だったが,71年第1四半期には4.2%となり,第2四半期4.9%,第3四半期5.6%となり,最新の月である10月だけをとると前年同月比5.9%高となる。
消費者物価上昇の内容を品目別にみると,1~1O月の前年同期比で最高の上昇率を示したのはサービス(6.6%)と家賃(5.7%)であった。このパターンは従来と変らない。サービス料金の上昇は鉄道旅客運賃,郵便,自動車保険料など,公共料金の値上げが大きくひびいている。注目すべきは,工業製品(5%)の値上りが大きいことだ。工業品価格は69年は殆んど安定していたのが,70年に3.9%と総合指標と同じ幅だけ急上昇したあと,71年中も総合指数と同じテンポで上昇した。この点がこれまでの物価上昇期と著しく異る点であった。
景気鎮静化の進行に伴い,賃金の上昇率も次第に鈍化してきた。これを工業賃金率(時間あたり)の動きでみると,70年第4四半期の前年同期比18.4%をピークに,71年第1四半期18.0%,第2四半期16.6%,第3四半期15.0%と,次第に鈍化している。賃金実収の鈍化ぶりはさらに著じく,同じく工業の1人あたり賃金実収の上昇率は70年第4四半期の17.9%(前年同期比)をピークに,71年第1四半期15.4%,第2四半期10.8%,7~8月9.4%とかなり大幅の鈍化である。これは超勤の減少,操短の導入等により賃金実収の伸びが協約賃金率のそれよりも強く抑えられたためである。
新規賃金協約の締結ぶりをみると,70年10月の金属労組の大輻の賃上げ(12%)のあと,同月に政府の71年度賃金誘導指標(7~8%)が発表されたが,71年にはいってからの賃金交渉の妥結幅は漸次この誘導指標に近づいておりとくに7月はじめ妥結の化学労組(70万人)の賃上げ幅は7.5%となり,誘導指標政策の一応の成果として評価された。問題は現在進行中の金属労組(組合員数230万人)の賃金交渉の成行きで,組合側は9~11%のアップを要求,これに対して経営者側は4.5%という渋い回答を出し,結局調停委員会の7.5%アップ(7ヵ月間有効)という裁定が出たが,労使双方ともこれを不満として拒否,ついに11月22日からバーデン・ビュルテムベルク州で金属労組のストがはじまった(8年ぶり)。他の地区でも交渉は行詰っている。また年末に協約期限の切れる公務員労組も11月末に約10%の賃上げを要求するなど,賃金戦線の行方は必らずしも楽観できない。
賃金実収の上昇率が前述のように71年中を通じて鈍化してきたことは事実であるが,それでも賃金上昇テンポが生産性の上昇テンポを大幅に上回っており,賃金圧力がなお続いていることに変りはなかった。70年には全経済の雇用者1人あたり生産性が4%上昇して1人あたり賃金収入は14.7%上昇したから,賃金コストは約11%も上昇した。71年上期には1人あたり賃金収入の伸びが13.4%とやや鈍化したが,生産性の上昇率も3.4%と鈍化しており,結局賃金コストは約10%上昇した。
71年の西ドイツの国際収支には2つの特徴がみられた。第1は,経常収支の赤字化であり,第2は短期資本の大量流入による攪乱であった。
西ドイツの経常収支黒字は67~69年間に異常に膨張し,年平均で88.6億マルク(22.1億ドル)の巨額に達し,それがまたマルク投機の原因となった。
69年10月のマルク切上げの一つの目的がこの経常収支黒字幅の縮小にあったことはいうまでもない。そしてこの目的が達成されたことは70年の経常収支黒字が前年の62.3億マルクから24.9億マルクヘ縮小したことから読みとることができるが,71年になると黒字幅がさらに縮小し,春以降は赤字化して,結局1~9月間に2.6億マルクと,僅かながら赤字となった(前年同期は4.1億マルク黒字)。このように経常収支黒字が70年から71年にかけて縮小消滅した理由は,主として貿易外と移転収支の赤字拡大にあり,貿易収支の黒字幅は殆んど縮小しなかった。すなわち,貿易黒字幅は71年1~9月間に115.4億マルクで,前年同期の105.8億マルクと殆んど変らなかかった。これは輸出入とも前年同期比11%増と,ほぼ同じテンポで増加したためである。ただし同期間に輸入単価は不変だったが輸出゛単価が2%上昇しており,数量だけでみれば輸出9.0%増,輸入11.8%増と,輸入の伸びの方がやや多かった。また輸出の大幅増加の一因は対米輸出の著増(27%増)にあった。
貿易外の赤字は69年の9.3億マルクから70年の38.7億マルクへと著増したあと,71年1~9月は35.6億マルク赤字と前年同期と変らなかった。所得の増加とマルク切上げで観光支出が増えたことが70年の貿易外赤字拡大の主因である。また移転収支の赤字は70年に前年比9億マルク増,71年1~9月間に11億マルク増(前年同期比)となったが,これは外国人労働者の増加と賃金増を反映した海外送金増によるものである。
他方,長期資本は70年上期の大量流出から下期に流入に変り,71年中も流入がつづいた(1~9月間に44億マルク)。これは内外金利差や投機を反映したものである。同じ理由から短期資本も70年から71年にかけて大量の流入をみ,その規模において最大の攪乱要因となった。すなわち短資(誤差脱漏を含む)は,69年に64億マルク流入のあと,70年の流入額は実に234億マルクという戦後最大の規模に達した。71年にはいっても短資の流入はやまず,とくに5月はじめにはマルク切上げ投機により2日間に約20億ドルもの短資が流入し,結局1~5月間の流入額は178億マルクに達した。5月10日以降の変動制移行後は短資の流れが変って流出となり,6~9月間で88億6マルク流出した。
以上のような経常収支と資本収支の変動の結果として,総合収支(金外貨準備の変動)は70年の黒字226.5億マルクのあと,71年1~9月間も137.8億マルクの黒字となった。この黒字のすべてが資本流入,とりわけ短資の流入によるものであることは前述のとおりである。(なおSDRの配分が70年に2.0億71年に1.7億あった)。
今後はマルク・フロートなどしで短資移動が小幅となる半面,景気不振から経常収支が再び黒字化する可能性がある。
前述のように,70年中に物価上昇テンポはむしろ高まったものの,実体経済面での鎮静化過程が同年末までにかなり進んだため,ブンデスバンクは秋以降それまで実施していた流入短資の不胎化政策を一時中止するなど,やや金融政策の手直しをみせた。民間経済研究所のなかには景気後退防止の観点から金融・財政上の引締め緩和措置を望む向きもあった。政府も71年1月下旬発表の年次経済報告書のなかで,「71年においては,単に物価安定ばかりでなく,適度の成長と高度の雇用水準とりわけ十分な投資意欲の維持のために配慮すべきである」とし,前年比12%増の大型予算の完全執行,1月1日からの投資税引下げ(6%から4%へ),2月1日からの定率償却制の復活,7月1日からの10%所得税付加金の撤廃という景気刺激的効果をもつ財政措置を予定どおり実施する方針を明らかにしていた。
だがその後まもなく,消費者物価の上昇率がむしろ加速化するなかで,景気鎮静化過程の一時的中断を示すような諸指標が出てきたため,政策運営の重点が再び安定化一本へ変った。
まず3月31日にブンデスバンク理事会は,
(1) 公定歩合引下げ(6%から5%へ),債券担保貸出金利引下げ(7.5%から6.5%へ)の実施(4月1日から)
(2) 銀行再割枠の10%削減(4月1日から)
(3) 非銀行に対する公開市場操作の強化
という一連の金融措置を発表した。このうち,(1)は内外金利差の縮小を通じて短資の流入を阻止するのが目的であり,(2)と(3)はいうまで゛もなく金融引締め強化にほかならなかった。
この一連の金融引締め措置は,逆にマルク投機をひきおこした。その後投機の波は4月中におさまっていたが,4月下旬にシラー経済相が為替相場弾力化の構想を主張したことなどから,4月末から再び投機の波がつよまった。さらに5月3日発表の西ドイツ民間経済研究所の合同報告書が変動相場制の導入を主張するに及んで激烈なマルク投機が発生し,4,5日の2日間に約20億ドルもの短資が流入した。そこで5日に為替市場を閉鎖し,8日のEC緊急理事会をへて,9日にマルク変動制移行が決定され,10日の為替市場再開とともに実施された。
この変動相場制の実施と同時に,それを補足するために資本流入阻止措置(非居住者預金の利付禁止,非居住者による債券取得禁止)がとられ,さらに国内措置として一連の財政引締め措置が採用された(5月9日)。この財政引締め措置はさらに5月14日の「公共部門景気審議会」および「財政計画審議会」における協議をへて,次のような内容となった。(1)財政支出の削減(連邦10億マルク,州8億マルク,合計18億マルク),(2)財政支出削減に対応して連邦と州の純借入額の削減(18億マルク)のほか,市町村の借入削減(5億マルク),(3)新規発注の繰延べ(連邦20~30億マルク,州15~20億マルク,合計35~50億マルク),(4)自然増収の景気調整基金の積増し(17億マルク)。
マルク変動相場制移行後に投機的短資の流入がとまって,ブンデスバンクの自主的金融政策の遂行が可能となったので,ブンデスバンクは6月1日から(1)居住者預金準備率の15%引上げ,(2)非居住者預金準備率の130%引上げ(これにより非居住者預金準備率は居住者準備預金率の2倍となる)を実施し,約50億マルクの銀行流動性を吸収した。このほか6月3日からブンデスバンクは為替市場で売操作を行ない,7月末までに約170億マルクの直物ドルを売却し,それがまた銀行流動性を縮小させた。なお,非銀行に対する公開市場操作の強化は,原則的にはきめられたものの,実際には従来と同様,あまり積極的に活用されなかった。
このように春から夏にかけて,金融財政上の各種の引締め措置が実施されたが,そのなかでもとりわけ変動相場制移行は中枢的な役割を果したといえる。すなわちそれは(1)大量の投機的短資の流入を阻止し,(2)金融政策の自主性を回復し,(3)実質切上げ効果を通じて,輸出抑制,輸入促進的役割を果し,国内での競争をふやし,(4)労使双方に心理的影響を与えて,賃金・物価面での自粛を促進する,といった多面的な安定的効果が期待された。実際にも或る程度まで安定化効果をもたらしたが,これまでのところ消費者物価の上昇テンポを抑えるまでにはいっていない。
8月15日のニクソン新経済政策の発表に対しては,西ドイツも他の諸国と同じく為替市場を16日から22日まで閉鎖し,その間シラー経済相はEC緊急理事会でEC共同フロートを主張したが,フランスの反対で実現せず,結局西ドイツは23日に為替市場を再開して,従来どおり変動相場制を続けることになった。再開後のマルク相場は閉鎖前と大差なく,マルクの実質切上げ幅は8%前後を推移していたが,9月20日に実質切上幅が9%を突破するに及んで,翌21日からブンデスバンクは直物と先物の両市場へ介入してドルの買支えを行ない,それが10月央までつづいた。(買支開始後3週間に直物で約8億マルク,先物で約25億マルクのドルを買入れた。)しかしブンデンーバンクの買支えにもかかわらずマルク相場は上昇をつづけ,実質切上げ幅が9月下旬から10月まで10%を越えるようになった。こうしたマルクの実質切上げ幅の拡大に対して,輸出産業から次第に不満の声が高まり,かたがた国内経済の鎮静化もいちだんとすすみ,とくに10月はじめの発表の8月の新規受注の急減もあって,ブンデスバンクは政府の要請をいれて10月13日,(1)公定歩合の0.5%引下げ(4.5%へ),(14日より発効),(2)債券担保貸出金利の1%引下げ(5.5%へ,14日より発効),(3)居住者預金準備率の10%引下げ(11月1日より発効,約30億マルクの銀行流動性増加)という一連の金融緩和措置をとった。こうして,69~71年の長い引締め政策は,少くとも金融面に関するかぎり,ようやく引締め緩和の方向へ転換しはじめたわけである。
財政政策においても,引締め緩和のきざしが71年末近くにあらわれはじめた。9月10日に閣議決定をみた72年度予算案は,安定化目標にそった「地固め予算」とされ,その支出規模も前年比8.4%増(71年は12%増)の1,065.7億アルクで,72年の名目GNP予想成長率7%にほぼ見合ったものとなっており,また歳入面では石油税。酒税および煙草税の引上げが予定されるなど,全体としてほぼ中立的な予算となっている。しかし,景気鎮静化がさらにすすんで72年中に後退的局面が出現する場合にそなえて,この本予算のほかに緊急予算(25億マルク)が編成され,交通,教育,住宅,農業等の諸分野に対する投資的支出が予定されている。この緊急予算は,景気情勢いかんで発動されるもので,その意味では72年度予算の弾力化とみられる。
この72年度予算編成後,景気情勢が急速に悪化し,各方面からリフレ政策への転換を望む声が高まり,とくに10月下旬発表の民間経済研究所合同報告において財政的刺戟の実施が勧告されたこともあって,シラー経済・財政相は11月18日のSPD特別大会で「72年上期中に緊急予算を発動し,また所得税・法人税の10%景気付加金の償還を開始する」と言明した。したがって年があけてから連邦財政はリフレ的に運営されることが予想される。既に春に一時棚上げられた連邦政府の投資的支出の一部が10月以来棚上げを解除されはじめたとの報道もある。
このほか,71年にとられた政策措置としては7月に発表され,目下議会審議中の「企業の対外借入預託制度」がある。これは,企業の対外借入についてその一定部分を中央銀行に無利子で預託させようとするもので,それによって内外金利差を解消して,金利面から企業の対外借入れ意欲を抑えることが目的であって,一種の外資流入阻止策である。この法案はまだ議会を通過していないが,法案が発表された段階で既に企業の対外借入れ抑制効果をもったといわれている。
前述のように,製造業操業率,受注残,失業率などの諸指標は現在すでに1966/67年景気後退直前の水準にほぼ同じか近いところまで悪化している。
需要のや向をみても,設備投資が下降局面にはいり,71年の景気を支えてきた個人消費も最近は増勢の鈍化が著しい。輸出環境も悪化じているばかりでなく,大幅な実質切上げ,通貨問題の見通し難など輸出阻害的要因が少くない。
政府当局は最近ようやく金融緩和の第1歩に踏み切り,財政上のリフレ措置もあと数ヵ月内に実施する構えをみせているが,リフレ政策の実施から効果の発効まで一定のラグがあることから考えると,71年前半は現在の景気停滞色がさらに濃化するとみなければならず,場合によっては軽度の景気後退も避けられないであろう。
現在の景気局面が66/67年後退の直前に類似していることは前述のとおりであるが,66/67年当時にくらべて輸出環境が悪い点を指摘する論者も多い。しかし半面では,当時にくらべて景気対策手段が著しく整備され(経済安定成長法の成立),また70~71年中に蓄積された景気調整基金や所得税景気付加金など,不況時に発効できる原資があること,既に緊急予算の形でいつでも発動できる具体的な予算案が編成されていることなど,政府の景気政策をとりまく環境は今回の方が有利である点を見逃してはならない。
72年の経済見通しについては,これまでのところ民間経済研究所の合同報告(10月下旬)と経済諮問委員会の年次報告書(11月下旬発表)がある。いずれも政策の変更がない場合に実質成長率が1%程度に落ちこむとみている(本年は3%の見込)。1%といえば67年(一0.2%)を除いて戦後最低の成長率である。他方,消費者物価の上昇率は71年の5%に対して72年は4.5%程度にしか鈍化しないとみられており,西ドイツにおいてもスタグフレーションがいよいよ濃化する模様である。また輸入(実質)は71年の9%増に対して72年はわずか2%増とみられており,これまた殆んど停滞に近い。
幸い西ドイツ政府は既に72年上期中に財政面からのリフレ措置をとる旨を声明しているので実際の景気動向はこれらの予測よりいくらか明るくなるかもしれないが,それもおそらく秋頃からであろう。