昭和45年

年次世界経済報告

新たな発展のための条件

昭和45年12月18日

経済企画庁


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第9章 ソ連および東欧

1. 1969~70年のソ連経済

第8次5カ年計画(1966~70年)の当初の好調にひきかえ,1968年から69年にかけて成長率が鈍化してきたソ連経済は,5カ年計画の最終年である70年に入って回復に転じ,かなり高率の伸びを示している。

工業生産は,68年の年間を通じて次第に成長が鈍化していたが,さらに69年初めの冬の悪天候に災いされて大きな打撃を受けたため,その後の回復にもかかわらず,69年年間の伸び率では国家計画に達しなかったし,68年の伸びを下回った。ところが,70年に入ってから工業生産はかなり大幅に増加しており,年間計画を上回るものと予想される。

他方,農業生産も,69年の減産にひきかえ,ほぼ順調に推移し,その他建設,運輸などの諸部門も69年の不振を脱して同様の動きを辿っている。このようにして全体としての経済成長率は70年には前年をかなり上回ることになろう。このようなン連経済の現状をまず69~70年の主要経済指標からみよう(第9-1表参照,ただしソ連の公表する経済指標は,その内容と算定方法が西側諸国のそれと異なるので,両者を直接比較できない)。

第9-1表 ソ連の主要経済指標

(1)経済の伸び悩みとその要因

第8次5カ年計画が発足して以来,66年,67年とン連経済はほぼ順調な拡大をとげてきたが,68年から69年にかけて伸び悩みの色を濃くした。

元来,第8次5カ年計画は,1960年代前半における成長鈍化の傾向からソ連経済を脱却させることを企図したものである。この5カ年計画の基本方針は,いわゆる利潤原理の導入など経済の計画・管理制度の改革によって経済の効率化を図り,他方ではソ連政府の一貫した政策であった重工業優先を緩和して消費財生産を重視するとともに,農業では大規模な土地改良事業を実施して気象条件の悪影響を軽減し,生産を安定化することであった。そして,以上の諸施策を通じて国民の生活水準を向上させることをうたった。

5カ年計画が発足した当初,この方針はほぼ実現されていった。経済改革は工業部門のみならず,運輸,商業,建設へと次第にその範囲を拡大した。

また工業生産は順調な増大を示し,農業部門も不利な気象条件をもある程度克服して安定した増産を続けた。国民生活の面では個人所得がかなりの増加を示し,消費水準は向上した。

年同期実績比%)しかし5カ年計画のこうした順調な進捗は,58年にはやくも屈折をみせはじめた。5カ年計画は従来とは異なった条件のもとで新たな段階に入ったのであって,その年の10月には計画指標に修正が加えられた。その条件のうち最も重大なものは国防支出の増大である。60年代の前半に減少あるいはわずかな増加にとどまっていた国防費は,66年以来膨張を続け,68年には従来みられなかった大幅な増大を示した。そしてこれに対応して5カ年計画の投資規模は農業を中心として縮小された。

こうして,68年にソ連経済には新たな条件にともなう新たな問題が現われてきた。この年の工業生産の増加率は全体としては年次計画に達したものの,年間を通じてみると鈍化の傾向を辿った。また5カ年計画にうたわれた国民生活の向上と消費財生産の重視という方針にしたがって,消費財生産の伸びが生産財生産の伸び率を上回ったが,その実績は需要を十分充足しうるほどではなかった。他方で国民生活の向上という5カ年計画の趣旨に従って,また経済改革による物的インセンティブを強めるために,賃金所得やコルホーズ農民所得の増加など,個人所得の引上げが行なわれた。その結果,国民の購買力の増大と消費財の供給量の増加にアンバランスが発生し,ソ連経済に特有な,固定された国定小売価格制度のもとにおける潜在的なインフレーションが,一部の消費財の不足と個人貯蓄の著増という形態で進行したのである。

このような68年の経済事情が国防支出の増加に影響されたことは,明らかである。国防支出の増大は投資資金を圧迫したのみならず,実体面でも国防生産や国防用建設は国防以外の生産や建設に影響を及ぼした。とくに建設資材の不足による建設事業の立遅れと操業開始の遅延は,経済全体に作用し,工業生産の全面的な伸び悩みをひき起したのである。

68年のあとを受けて,69年には経済全体として伸び悩みの傾向を強め,近来にない低成長におわった。さきに述べたように,69年の初期には冬の悪天候のため,輸送,原料補給,作業自体の混乱で第1四半期の工業総生産(エネルギー部門を含む鉱工業の企業別総生産額の集計)は前年同期比6%と,ソ連としてはまれな小幅な増加にとどまった。その後,第2四半期以降は前年同期比7~8%の伸びを続けたが,年間では前年比7%増と,計画の7.3%に達しなかった。また農業部門も不利な気象条件のため耕種,畜産ともに不振で総生産額は69年より3.2%減少した。

こうした工業生産の伸びの鈍化と農業の減産を主因として,69年の国民所得(ソ連方式では物的生産および流通に関連のある部門の純生産額)の成長率は6%と,60年代前半なみの低成長となった。この低成長の要因としては,工農業以外の経済部門の不振も見逃すことはできない。

68年には建設,運輸,商業などの諸部門が国民所得の計画以上の伸びを支えたのであるが,69年には商業を除いてすべての部門が計画を達成することができず,計画を下回る低成長の要因となった。

建設については,前掲の第9-1表に示した投資総額(その内訳は①中央の国家計画に決定されている大規模建設および拡張,改造の建設のためのいわゆる集中投資,すなわち表中の「国家計画投資」,②国営企業が自主的な裁量によって行なう近代化,合理化を中心とするいわゆる非集中投資,③コルホーズや協同組合の投資,④個人や住宅組合の行なう住宅投資)の動きからわかる。すなわち全体としての投資は,68年には国家計画投資の不振にもかかわらず,計画をかなり上回ったのに対して,69年には国家計画投資を含めて計画に達せず,その伸びは68年の半分にすぎなかった。そのほか新規生産能力の稼動開始も前年より9%増して,従来の未完成建設の累積が幾分軽減されたものの,計画には達しなかったし,建設費の引下げ,利潤など建設関係の計画指標も達成されなかった。

69年には運輸も年初の悪天候に災されて不振を脱しえなかった。全貨物輸送量は第1四半期には前年同期を下回り,第2四半期に前年同期比4%増となったが,年間を通じてこのテンポを維持するにとどまった。これは,68年の前年比9%増と比較すれば,いかに小幅な拡大であったかがわかる。

経済部門の動きのうち,ただ一つの例外は小売商業で,69年の小売売上高(総額の約3%を占めるコルホーズ市場の取引額を除く)は7.8%伸び,68年ほどではないにせよ,なお計画を上回る拡大をとげた。この小売商業を除くと,すべての部門が不振であって,69年のソ連経済は近年まれな低成長に陥ったのである。

このような低成長の主なる要因は,①冬の悪天候,②建設および操業開始の立後れと設備利用の不十分,③新技術導入,労働生産性引上げによる経済効率の向上の緩慢さにある。第1の悪天候についてはいうまでもないが,第2の建設および操業の問題をみると,まずあげなければならないのは,未完成建設の増大である。計画当局の報告によると,近年の建設の立後れと未完成建設の増大は著しく,そのため設備も据付けられずに在庫となるものが著増しているといわれる(69年10月初めの在庫額が55億ルーブル)。

さらに,すでに建設を完了した生産施設の設備能力が十分に活用されていないという問題がある。すなわち,政府当局者の報告によると,68年と69年1~10月の期間に工業施設の設計能力が十分利用されていないことから生じた損失は,鋼材が500万トン以上,石炭が1,100万トン,化学肥料が250万トンのほか,セメント,紙など大量にのぼったといわれる。

第3にあげた労働生産性の向上の緩慢さについても,計画当局が自ら認めているように,一部の企業では設計上必要とされている以上の労働力が保有されているし,また欠勤や作業休止,労働要員の流動を減らし,作業の機械化と自動化,技術の改善,高性能の設備の導入を図ることによって,労働生産性を引上げる余地が大いにあるといわれる。

さらに経済改革による効率化の可能性が十分生かされていないことが指摘される。工業部門の計画・管理制度の改革は69年末すでに生産総額の91%を占める3万6千企業で実施され(70年央では4万以上,企業生産の92%),そのほか運輸,商業に及び,建設部門でも着手されようとしている。しかし企業の自主性の向上と利潤,価格,銀行信用などの経済的手段の利用は当初意図されたほどには実現されていない。これと関連して,工業関係各省の個別企業に対する指導を改善し,企業自体における労働と生産の組織を改革することが,工業生産の成長を加速化するために必要であるといわれる。

以上にあげた問題点なり,欠陥なりは,気象条件と対外関係緊迫化の経済に対する不可避の影響を別とすれば,経営者や労働者の作業の態度と意欲などいわば主観的要因に関連をもっている。すなわち,一言でいえば,「現在の複雑な条件のもとでの活動における組織性と機動性」が上級管理機関から末端の企業に至るまで不足していることである。そして「生産と管理のすべての段階の全機関の活動に明確さと調和が必要であり,組織性と規律,すべての働き手の委された仕事に対する高い道徳的責任が要求される」(69年12月最高会議における計画当局の報告による)。このように,経済の停滞の原因の少くとも一部は,働き手のモラルや意欲に係わりがあるといえる。そしてこの問題は,単なる経済問題よりさらに根底的であり,かつ長期的な,ソ連の経済管理体制そのものの問題であるかも知ない。

(2)経済停滞からの回復

さきにも述べたように,70年に入ってソ連経済は停滞から回復へ向っている。これは,一つには69年の著しい低成長が気象条件という偶発的な原因によるものであったための当然の帰結でもあるが,さらには共産党を中心とする国家規律,労働規律の強化と節約,増産のキャンペーンも回復に拍車をかけたとみてよい。

まず,工業生産をみると,第1四半期には前年同期比8.9%増と,69年の不振の低水準から大きな上昇を示したが,その後も8%前後のかなりの増加テンポを維持して1~10月で前年同期比8.2%増となり,低目に定められた70年の年間計画のテンポ(6.3%)を上回っている。これは,工業部門の雇用がわずかな増加にとどまったにもかかわらず,労働生産性が1~10月で前年同期に比べ7%と計画以上の向上を示したからである。そして年間では約8%の増産が見込まれる。

農業部門では,70年の全播種面積は前年より縮小したが,穀物と綿花については豊作が伝えられており,畜産もかなりの回復を示している。したがって農業総生産は69年の3.2%減に対して,70年には8.5%増という計画ほどではないにしても,6.5%とかなりの増加が見込まれる。

そのほか,運輸も建設も上期の指標でみるかぎり,好調をみせている。全貨物輸送量は70年上期に前年同期比9%と大幅に増加している。ただこの場合69年上期のそれが異例な低水準にあったことを考慮に入れなければならない。

この点は建設についても同様であるが,70年上期の国家計画枠内の固定投資は前年同期比で13%も増大し,生産設備の稼働開始の規模も同じく17%の著増を示している(67年上期における設備の稼働開始規模は前年同期比わずか3%増)。このような投資と稼働開始の規模の著しい拡大は前年の規模が異常に小さかったことによるにもせよ,前述した工業生産の増大に寄与しているとみられる。

ところで,70年計画の投資方針は,新規建設よりも,むしろ完成近い重要,建設対象に資金,資材を集中することによって,未完成建設を減らし,完成,操業を早めることにあった。この方針は上期の実績からみると,ある程度の成果を収めたといえよう。

これと対照的なのが所得と個人消費に関する政策である。70年計画では個人所得とくに賃金と消費の動きを示す小売売上高の指標は,かなり控え目に定められた。すなわち,第1表にみるように,賃金上昇は69年実績の3.9%に対し70年の3%に,また小売売上高の増加は同じく7.8%に対して6.3%に抑えられていた。ところが70年上期の実績からみるかぎり,賃金上昇が5%,小売売上高が8%と年間計画のテンポを上回っている。このように個人所得と消費を若干抑制しようとした政策は実を結んでいない。それは従来のソ連特有の潜在的インフレーションが依然として進行していることを意味する。一方で所得が増大する半面,他方で小売売上高がかなり大幅に増加しているにもかかわらず,なお一部の消費財の供給が不足し,余剰の購買力は個人預貯金となって現われる。この個人預貯金は,68年と69年のいずれも年間20%前後(年初の残高に対する年末の残高の増加率)増したのに対し,70年には上期中だけで14%余に上る増加を続けている。

このように,潜在的なインフレーションの進行がみられるものの,ソ連経済が全体として70年に入って好転したことは疑いない。68~69年と続いた経済の不振,停滞は明らかに回復に転じたようである。そしてこの好転の背景ないし環境を形作るものとして,ソ連をめぐる国際情勢の緩和がある。68年から69年にかけて著しく高まった国際緊張は,69年の秋以来次第に緩和しつつある。従来ソ連をめぐる国際緊張の原因となっていた各方面の情勢がいずれも転換期を迎えている。中東和平はつまづきをみせたが,チェコ事件の鎮静化,中ソ国境紛争に関する会談の続行と両国新大使の任命,米ソ戦略兵器制限交渉の進捗,ドイツ連邦共和国との武力不行使条約の締結などソ連の対外関係は好転している。

国際緊張が68~69年のソ連経済に影響を及ぼしたことはソ連の当局者も認めるところである。国防支出の膨張はいうまでもないところであるが,国防関係の生産,建設,運輸が経済の正常な運営を撹乱することは避けられない。その意味で国際緊張が緩和の方向を辿っていることは,ソ連経済に直接間接の好影響を与えており,今後もその方向が変らないとすれば,経済の成長にとって一つの有利な条件となるであろう。

(3)工業生産も好転

さきにも述べたように,工業生産は69年から70年にかけて明らかに成長率の上昇を示した。69年には工業生産の伸びは前年比7%で,68年を1.1ポイント下回ったが,70年(1~9月)には8.3%の増加テンポを示している(第9-2表参照)。

第9-2表 ソ連の工業生産の部門別推移

69年の工業の動きを業種別にみると,燃料および建設資材工業は第1四半期には実績が発表されず,前年同期より減産となったとみられるが,その他の業種もほとんどが多かれ少なかれ打撃を受けた。年間を通じて,第2四半期以降かなり取戻したものの,燃料工業を除いて68年の伸びに追付かなかった。とくに鉄鋼,非鉄金属および建設資材工業は68年を3ポイント以上も下回り,化学,木材・製紙,軽工業,食品工業などもほぼ2ポイントから3ポイント下回った。

ところで,さきに述べたように第8次5カ年計画は重工業優先政策を緩和し,消費財生産を重視するという方針をとっているので,生産財生産と消費材生産の関係をみておこう。いわゆる重工業優先度係数(生産財生産の伸び率/消費財生産の伸び率)が68年の0.975から69年の0.96,70年(実績見込)の0.95へ次第に減少していることからすれば,重工業優先の緩和が進んでいることになる。68年から69年にかけてソ連経済の複雑,困難な状況のもとで5カ年計画の方針が強化されていることは,一応注目に値しよう。

70年に入って,工業生産は全般的に拡大テンポを早めた。第1四半期は前年同期比で8.9%も伸びたが,これは69年の水準の低さからみて,当然ともいえる。だが,第9-3表に示したソ連の公表数字から推計すると,第2および第3四半期には伸び率は若干低下してはいるが,なお,前年同期比8%で前後になっている。したがって70年の工業生産の年間増加率が70年計画および69年実績を上回ることはほぼ確実とみられる。

第9-3表 ソ連の主要農産物生産量

つぎに,69年と70年(1~9月)の業種別の動きを比較してみると,電力等のエネルギー産業と機械・金属加工工業を除いて,他のすべて業種の拡大テンポが高まっていることがわかる(第9-2表参照)。69年に打撃を受けた燃料および建設資材工業は70年に入って大きく伸びており,鉄鋼・非鉄金属,食品工業などもほぼ同様な動きを示している。他方,69年に大幅に伸びた電力は70年に入って増大テンポが低下した。このような電力生産の動ぎは,工業全体の逆の動きとあいまって,70年に電力需給の逼迫を招いたとみられる。

もう一つ注目されるのは,機械・金属加工工業の増産テンポが69年から70年にかけて幾分低下したことである。しかし,個々の機械の生産状況をみると,必ずしも悪くない。ソ連で毎年生産量が公表される機械類は20品目で,民需用機械とみてよいが,その生産量の増減および増加率の動きから機械工業の状況を判断することができる。とくに最近のように軍事生産が拡大していると推測されるので,それが民需用機械生産をどの程度圧迫しているかを間接的に知ることもできよう。

ところで,発表される比較可能な20品目のうち,68年には前年比で増産率が上昇したものが8品目,増産率の低下したものが9品目,前年より減産したものが7品目,また69年には増産率上昇が7品目,増産率低下が5品目,減産が8品目であったのに対し,70年(1~10月)には増産率上昇が9品目,増産率同一が1品目,増産率低下が5品目,減産が5品目となっている。いかなる品目がどのような動きを示したかを捨象して単純に以上三つの動きを示した品目の数からみるならば,民需用機械の生産は68年から69年にかけて状況が悪化した後,70年に入って好転したとみて,ほぼ誤りないであろう。したがってまた軍需生産の民需用機械生産に対する圧迫が幾分軽減されたとみてよい。

機械生産のうちでとくに注目されるのは技術進歩との関連の深い機種の動きである。「特殊機器,オートメーション装置,計算機」(統計上1項目に包括される)の生産は70年(1~10月)に前年同期比21%増と,69年の増産テンポ(18%)を上回っている。また貨車の生産は同じく15%増,織機の生産は17%増と目立った伸びを示している。その反面,耐久消費財の生産動向はやや様相が異なっている。乗用車の生産は70年(1~10月)に前年同期比13%増(実数は27万6千台)と69年の伸び(5%)を大きく上回ったが,他の耐久消費財の増産率はかなり低下している。

以上に述べた工業生産の動きは,国際緊張とか,気象条件とかのいわば不可抗力に強く影響されている半面,当面のソ連の経済政策をある程度反映している。この政策の中心は技術進歩と消費財生産を重視することであって,個々の物資の生産の動きに現われている。しかしそれらの物資の生産はまだ量質ともに不十分さを免れていないのである。

(4)農業は減産から回復へ

つぎに農業についてみると,69年には冬の悪天候による被害が工業以上に大きかったことはもちろんであるが,70年には,いままでに発表されたデータでみるかぎり,状況はかなり改善されているようである(第9-3表参照)。

さきに述べたとおり,69年の農業総生産額は前年より3.2%減で,穀物収獲は・厳しい気象条件にもかかわらず,1億6,050万トンとほぼ平年作を維持して,1963年や65年のような不作を再現することはなかった。この点では近年における農業生産の安定化の諸施策が寄与しているとみてよいであろう。他方畜産部門でも69年には一部で家畜の斃死などの被害がみられ,その頭数はかなり減少した(第9-4表参照)。また畜産品の生産はほとんどのものが,前年に比べて横ばいあるいは減少を示した。

第9-4表 ソ連の家畜保有頭数

このような69年の不調にひきかえ,70年の農業はかなり改善されたとみられる。また農作物の収獲に関する報告はないが,穀物はじめ綿花,テン菜,ヒマワリなどいずれも69年の収獲を上回る見通しである。ことに穀物と綿化は,ソ連当局者の言明では,史上最高の収獲となったといわれる(ちなみに,従来の穀物収獲の記録は1966年の1億7,120万トンであり,70年の目標は1億7,450万トンである)。畜産部門でも,第9-4表にみるように家畜頭数は,一部に受けた69年の被害をほぼ回復し,とくに養豚と養禽は大幅に拡大している。また畜産品の国家買付も70年上期には前年同期を上回って上期の計画を達成した(第9-5表参照)。

第9-5表 ソ連の畜産物国家買付

このような生産の回復にともなって,農産物の出回りも増加している。すなわち,69年に肉類,野菜,果物など小売売上げは減少したが,70年上期には増加に転し,ことに野菜,果物は69年上期より大幅に増した。しかしこれらの一部食料の供給はなお不足がちであるので,政府は70年7月中に畜産品と野菜,果物の増産措置をあいついで発表し,それらの国家買付価格を引上げて,増産を刺激することにした。なお,一部の野菜を除き,小売価格は据置き,またこれらの農産物の生産に従事するソフホーズ(国営農場)の労働者に対して生産目標の達成に応じた報奨を与える制度を導入した。

このような個々の農業増産方策のほかに,70年に入ってから農業投資の面にもかなりの努力が傾けられている。農業部門に対する国家投資とコルホーズ(集団農場)の投資は69年には前年に比べ6%の増加であったが,70年上期には前年同期に比べ11%増とはるかに大幅な増加を示している。

(5)貿易の拡大続く

69年の国内経済が近年まれにみる小幅な拡大にとどまったため,貿易の拡大も多少鈍化したが,70年に入ってからは一般経済の好転にともなって貿易も再び増勢を強めている。前掲第9-1表にみたように,69年の国民所得の成長率は6%と低く,貿易も輸出入合計(実質)で前年比8%増と68年の9%増より小幅な拡大となったのに対して,70年上期には増加率が前年同期化12%増まで高まっている。

69年の貿易額は,輸出総額が117億ドル,輸入総額が103億で,その伸び率は輸出が9.6%,輸入が9.7%とともに68年より鈍化した。これは社会主義国との貿易の拡大がやや小幅になったためで,発展途上国を含む西側諸国との貿易の伸び率はむしろ高まった( 第9-6表参照)。

第9-6表 ソ連の地域別貿易額

社会主義諸国との貿易は輸出が7.6%,輸入が5.2%増で,68年より小幅ながら拡大したが,そのうちコメコン諸国との貿易は輸出,輸入ともに増加したのに対し,その他の社会主義国との貿易は前年より減少した。なかでも中国との貿易は輸出入合計で68年のそれを40%余も下回り,依然として縮小を続けてわずかに57百万ドルになっている。そのほかユーゴへの輸出,北ベトナム,キュ-バからの輸入は68年に引続いて減少し,輸出入とも着実に伸びているのは北朝鮮との貿易だけである。このように社会主義国との貿易のうちほぼ一貫して拡大しているのはコメコン諸国との貿易で,それ以外の諸国との貿易は概して不安定である。

西側諸国との貿易は,輸出が13.5%,輸入が19.3%増と68年の伸びを上回ったが,これは発展途上国との貿易が20%以上も著増したためで,先進国からの輸入は拡大が幾分小幅になった。しかしそれでも,68年の20.4%増に続いて,69年には15.8%と著増している。

このようにして,貿易の地域構成では,第9-1図にみるように,68年から69年にかけて輸出入ともに社会主義国のシェアがさらに縮小し,とくに輸入におけるコメコン以外の諸国のシェアがいっそう縮小した。その結果,社会主義国のシェアは輸出の66%,輸入の65%となった。これに対し西側との貿易のシェアは著しく拡大し,とくに先進国のシェアは輸出の約20%,輸入の約25%に達した。

第9-1図 ソ連貿易の地域構造

つぎに商品構成をみると,第9-7表に示すように,輸出入とも機械の比重が一段と増大し,とくに輸入におけるその比重は著増して69年には総額の37.5%に達した(輸出では22.5%),そのほかには目立つた変化はみられないが,輸出において木材,繊維などの原料および半成品の比重が減少している。こうした動きは産業構造の高度化をある程度反映したものであろう。

第9-7表 ソ連貿易の商品別構成

他方,食料品・同原料は近年輸出においては比重が増し,輸入においては比重が減少しているが,これは農業生産が一応安定したことによるものとみられる。なお,消費財の輸入の比重が,69年には前年より減少したとはいえ,20%近いことは,消費水準の向上という基本方針から不足物資の輸入がかなりの規模で行われていることを示すものである。

ところで,貿易を地域別の輸出入差額の面からみると,69年には総額における輸出超過と対先進国貿易における輸入超過というパターンが明らかになってきた(第9-6表参照)。すなわち,総額では黒字が一貫して増加し,69年には13億ドル余に達した。そのうち,コメコン諸国との貿易の黒字は68年に続いてかなり増加して,3億3,100万ドルとなり,それ以外の社会主義国に対する黒字は6億5,500万ドルに上っている。このうちコメコン諸国の黒字の大きな部分はモンゴルに対する輸出超過(68年,69年ともに1億4,000万ドルを上回る)によるもので,69年には東ドイツに対する1億ドル余の出超が目立っているにすぎない。これに対しコメコン以外の社会主義諸国に対する出超は年々増加し,68年,69年ともに6億ドルを超えた。これはキューバ(ソ連側の出超は68年3億4,600万ドル,69年3億9,200万ドル),北ベトナム(ソ連側の出超68年1億4,100万ドル,69年1億7,200万ドル)に対する多額の援助支出によるものであろう。

西側先進国との貿易は,66~68年を通じてみるとほぼ均衡していたが,69年には2億ドルを超える輸入超過となった。さきにもみたように,西側先進国からの輸入は伸び率がかなり低下し,ソ連の輸入態度が慎重になったことを思わせたが,それでもかなりの赤字を出したことは注目に値する。しかし,少くともその一部は西側先進国の延払い輸出を反映するものであろう。

他方,発展途上国との貿易は大幅な黒字を続けている。発展途上国のうちマレーシアとの貿易はソ連の一方的なゴム輸入によるもので,この輸入超過分(68年が約1億ドル,69年が1億2,000万ドル)を差引くと,発展途上国に対する輸出超過は68年が6億4,000万ドル,69年が7億ドルを超えた。これはかなりの程度までソ連側の援助支出による輸出を含んでいるとみられる。

ところで,ソ連の貿易決済は,コメコン諸国とはコメコン銀行における「振替ループル」,他の社会主義国や多くの発展途上国とはルーブルや清算勘定によって行われ,外貨は使用されていない。したがって,ソ連の外貨ポジションは,公式発表されていないけれども,西側先進国やマレーシアなど一部発展途上国との貿易における入超額が,68年の1億8,700万ドルから6年の3億6,000万ドルに増加している。この入超額は少くとも一部は先進国の延払いを反映しているとみられるが,ソ連の外貨ポジションはかなり窮屈になっているので,それだけに先進国側の延払い輸出に対する要望は強まっているであろう。

つぎに西側諸国との貿易を国別に規模の大きさにしたがってみると,第9-8表のとおりである。69年の西側主要国との貿易では,イギリスへの輸出が前年に比べて16%増したはかは,西欧先進国と日本への輸出は微増あるいは減少した。また輸入の面ではイギリスからの輸入が2%減ったのに対し,日本が43%,西ドイツが46%,イタリアが52%とそれぞれ著増した。その他西欧諸国との貿易も輸出入とも増加したが,とくにアメリカとの貿易が輸出41%,輸入2倍余と激増したことは,同国の東西貿易に対する関心が高まっている折から注目される。これと対照的にカナダとの貿易は著減し,とくに穀物を中心とす輸入は4分の1近くまで減少した。

第9-8表 ソ連の西側諸国との貿易

発展途上国との貿易では,アラブ連合に対する輸出が20%,輸入が34%と著増したのに対し,インドとの貿易は輸出が減少,輸入が21%増となっており,最近におけるソ連とアラブ連合との緊密な関係を物語っている。またイランへの輸出が83%と激増したことは,同国に対する経済援助の実行によるものとみられる。

70年に入ってからの総貿易額は,上期に前年同期に比べ輸出入合計の実質で12%増と69年(前年比8%増)より拡大テンポが高まっている。他方,OECD主要国とフィンランド,ユーゴ(ソ連統計ではもちろん社会主義国に含まれるが,ここでは西側に算入)など西側20カ国と貿易額(輸出入合計)は,70年上期に金額で前年同期より約15%増している(第9-9表参照)。これからすると,ソ連貿易に占める西側諸国のシェアには大きな変化はないとみられる。

第9-9表 主要国の対ソ輸出入

70年に入ってからのソ連の貿易統計は発表されていないので,ここでは西側統計からみよう。第9-9表に示すように,70年上期に20カ国合計で西側の対ソ輸出が前年同期比20.2%増と従来よりさらに拡大テンポを高めており,また西側のソ連からの輸入は10.4%増で,69年の倍のテンポで伸びている。

対ソ輸出は日本および西欧主要4カ国とも前年の著増(イギリスは減)に引続き70年上期も10%以上伸びており,とくにイタリアの対ソ輸出は24%の急増を示している。他方ソ連からの輸入ではイギリス,西ドイツ,イタリアがこれまた10%以上の増加となっているが,日本の輸入は微増,フランスのそれはほぼ横ばいとなっている。なお,アメリカの対ソ貿易が前年に引続き著増し,とくにソ連からの輸入が約67%も増加したことが注目される。

(6) 5カ年計画は達成されるか

以上,1969~70年のソ連経済の各部面をみてきたが,70年でおわる第8次5カ年計画はどの程度達成されるであろうか。68年から69年にかけて深刻化した経済の伸び悩みは5カ年計画の達成にどう影響したであろうか。

いま,70年に同年の経済計画が計画どおり遂行されたと仮定して,従来の実績に70年計画を積上げ,これを5カ年計画の当初計画および修正計画と対比したのが第9-10表である。これによると,まず国民所得の伸びは当初目標の中間である修正目標に達するが,工業生産はようやく当初目標の下限に達するのであって,拡大された修正目標をかなり下回ることになる。工業生産のうち,生産財と消費財の関係は当初の目標とは著しく異なり,生産財が計画目標よりかなり低いのに反して,消費財は当初計画の上限に達する。

第9-10表 第8次5カ年計画の遂行状況

明らかに5カ年計画の目標を下回るのは,農業と投資である。投資は当初目標はもちろんのこと,それを切下げた修正目標にもわずかながら足りない。他方,農業生産は先行5カ年に対する増加率で,計画の25%に対して,21%とかなり大きく下回ることになる。

これとは逆に計画を多かれ少かれ上回るのは,個人消費である。個人所得や小売売上高などの諸指標はいずれも計画を超えるが,とくに小売売上高は引上げられた修正計画さえかなり超過達成することになる。

以上のような各指標の計画遂行状況は,さきに述べた最近におけるソ連の経済動向および政策を反映するものといえる。

つぎに主要工業品の計画がどの程度達成されるかをみよう。第9-11表にあげた対比可能な11品目のうち,計画に達するのは2品目だけで,他の品目はいずれも,多かれ少かれ計画目標を下回る。しかもこれは修正目標であって,当初目標の下限あるいはそれより引下げられており,当初目標より引上げられたのは革靴1品目にすぎない。

第9-11表 一部工業品の5カ年計画目標および70年計画

こうした生産計画の未達成とは対照的に,小売売上高に示される個人消費は計画を上回る。これは5カ年計画の基本方針である国民生活の向上が「計画以上」に達成されたことを示している。だがその水準は国際的にみてどの程度のものであろうか。それは乗用車生産台数に最も端的に示される。すなわち70年計画による生産台数は,前年比18.5%増といままでにない大幅増加を予定されながら,わずかに34.8万台にすぎないのである。さらに各種の耐久消費財の普及率(第9-12表)からみても,ソ連の消費水準の国際的な地位がわかる。

第9-12表 耐久消費財普及率

だが問題はその水準の低さ自体にあるのではない。消費水準の向上は第8次5カ年計画の最大の目標の一つであり,そしてそれなりに成果があげられた。さらに1971年から始まる次期5カ年計画においても技術革新を基盤とする経済発展の強化と並んで国民の生活水準の向上が基本方針の一つとなることが示唆されている。そこで,問題は人間と資源の大きな潜在力を有するソ連経済がいかにしてこの目標を達成するかにあるといえよう。

この第9次5カ年計画は71年3月に開かれる共産党大会で決定される予定になっているが,70年12月の最高会議(国会に相当)で確認された71年経済計画はある程度5カ年計画の方向を示唆している。前掲の第9-1表に示したように,71年の工業生産は70年計画に引続いて伸びが抑えられているものの,消費財生産の増加テンポは生産財のそれを上回っている。他方71年国家予算に計上された国防費は70年予算と同額で国際緊張の緩和を反映するとともに,経済計画は個入所得の伸びをかなり抑えており,潜在的インフレーションの抑制というソ連経済当面の課題に応えるものとなっている。

2. 1969~70年の東欧経済

(1)各国経済の動向

東欧諸国の工業生産は,69年には各国の動きがまちまちで,高成長国と低成長国に分れていたが,70年に入ってからはほぼ足並をそろえて好調を示している。

第9-13表にみるように,69年にチェコでは68年事件以来の経済危機が続き,工業生産も前年比5.2%の増加にとどまったし,ハンガリーでも建設の不振,燃料の不足,経済改革にともなう生産構造の改変,労働時間の短縮などの様々な要因が重なって,工業生産の伸びはわずかに3%にすぎなかった。ところが70年に入って,チェコでは危機の回避に一応成功して,工業生産は上期に前年同期比8.3%増と,70年の年間計画のテンポをかなり上回っている。またハンガリーでもいわば転換期の一時的攬乱要因が去って,工業生産の伸びは8%と目立った回復を示し,これまた年間計画のテンポを超えている。

第9-13表 東欧諸国の工業生産

他方,69年に工業生産が8%以上の伸びを示したブルガリア,東ドイツ,ポーランド,ルーマニアなどの高成長国では,ルーマニアを除いて70年に入ってから拡大テンポが幾分鈍化しているものの,なお工業生産の好調が続いている。

このように,70年には東欧諸国の工業生産が伸び率の回復や好調の持続によって拡大テンポをそろえ,東ドイツ除いて,いずれも年間計画を上回っている。こうした好調の要因は,①新鋭機械の導入,労働規律の強化,増産運動によって労働生産性の上昇テンポが,東ドイツの場合を除いて,いずれも高まっていること,②累積してきた未完成建設の完工のための努力が効果を収め,新規設備の稼動開始が促進されて生産能力が拡大したことなどである。ただ,東ドイツでは固定投資が不振であり,労働生産性も伸び悩んでいるため,工業生産の増加率が低下し,計画をもかなり下回っているのである。

工業生産は,全体として以上に述べたようなかなりの伸びを示しているばかりでなく,その生産構造の改善,機械,設備の近代化,新製品の開発などが行われ,機械工業,化学工業,電子工業などの技術先端部門が他の部門より優先的に発展している。たとえば機械工業をとると,70年上期に前年同期に比べて,ブルガリアで9.8%,ポーランドで14.6%,チェコで10.8%の増産を示し,いずれも全体としての工業生産の伸び率を上回っている。また東ドイツでは電気機械および電子機器の生産が13%増とかなりのテンポで伸びている。

さらに化学工業も各国とも10%から20%の増産となっている。こうして,各国の機械工業と化学工業との両部門が全工業生産に占める比重は,現在,25%から50%にも達したといわれる。

つぎに農業部門をみると,69年,70年と連続して天候に恵まれず,概して不調であるといえる。すなわち第9-14表にみるように,69年の各国の農業生産は,ハンガリーとルーマニアを除いて,計画に達しなかった。ハンガリ一は68年に比べて5~6%増,ルーマニアは同じく4.8%増と比較的好調であったが,他の諸国はいずれも不振で,東ドイツでは6.6%減,ポーランドでは4.7%減と減産さえ示した。しかし農業の機械化と化学化(化学肥料,農薬の増投)によって気象条件の不利が部分的には克服され,ある程度の成果が収められたといわれる。たとえばポーランドでは総生産額は減少したが,穀物の単位面積当り収量は68年の水準を3.2%上回って1ヘクタール当り21.6ツェントネルに達した。またルーマニアではトウモロコシ,ヒマワリ,果物などの収獲高が増し,チェコでは小麦が328万トンの豊作で,単位面積当り収量は1ヘクタール当り31.1ツェントネルとなった。

第9-14表 東欧諸国の農業生産

69年に続いて70年にも冬から春の農作業の時期の天候は多くの諸国で不良であったし,ルーマニアをはじめ一部の諸国は洪水に見舞われた。そのため農作物が被害を受け,再播種や再耕作を余儀なくされたところが多い。ブルガリア,ポーランド,チェコなどがその例で,とくにチェコでは10万ヘクタールを超える耕地に再播種が行われた。またルーマニアではほとんど全土にわたる洪水で春の農作業が停止し,ブルガリアでも洪水の被害のため一部で農作物の再播種が行われた。そのほか東ドイツも厳冬に見舞われたといわれる。このように,東欧諸国の農業生産には,70年も不利な気象条件のもとで,困難な状況が続いたが,ブルガリアとルーマニアではかなりの豊作が達成された。

他方では各国とも機械化,肥料,農薬の増投,水利事業による農業集約化の努力が続けられている。たとえば,70年上期に前年同期比の肥料投与の増加は,ブルガリアが2.5%,チェコが5.9%で,とくにポーランドでは13.9%の著増を示した。また東ドイツでは70年上期に土地改良事業に341百万マルクが支出され,9,300ヘクタールの耕地の灌漑と,2万ヘクタールに近い土地の排水工事が行なわれた。

以上に述べた工業および農業の動向を反映して,東欧各国の国民所得の成長率は区々の動きを示した(第9-15表参照)。すなわち,69年に前年より成長率が高まった国はブルガリア,ハンガリー,ルーマニアであり,成長率が低下した国はチェコ,東ドイツ,ポーランドである。さきにみたように,69年の工業生産の成長率が上昇したのは東ドイツだけであった。したがって,上記の3国の経済成長率の高まりは主として農業の好調を反映するものとみてよい。また低成長国でもかなり農業の動向に左右されており,たとえば,東ドイツ,ポーランドでは工業生産はかなり好調を示したにもがかわらず,農業の減産のため経済成長率は低下し,とくにポーランドの場合それが著しい。

第9-15表 東欧諸国の国民所得

(2)貿易の動向

ここで,対外面に目を転ずると,69年にはほとんどの国の貿易が前年より拡大テンポを高め,さらに70年に入って上期にはテンポの上昇傾向がすべての国の輸出入に及んでいる。すなわち,第9-16表にみるように,東欧諸国の69年の貿易額は,ブルガリアの輸入を除いて,すべての輸出入が68年より拡大し,しかもその拡大テンポもほとんどの場合高まった。ただチェコでは前年大幅に増大した輸入が抑えられて69年には伸び率が著しく低下し,またポランドでは農業の不振のため輸出の伸びが若干小幅になった。これと対照的に東ドイツの輸入とハンガリーの輸出が著増したが,これは東ドイツの農業不振による農産物の輸入の増大とハンガリーの農業の好調による輸出の増大を示すものとみられる。

第9-16表 東欧諸国の貿易

70年に入ってから上期の各国貿易は前年に比べいっせいに拡大テンポを高め,とくにハンガリーの輸出入,ルーマニアの輸出は著増を示している。これは,さきに述べたように,69年に不振だったチェコ,ハンガリー2国の工業生産が立直りをみせて,各国の生産がそろってかなりの拡大を示したため,輸出の伸び率が高まる一方,農業の不振にともなう農産物の輸入の増加が必要となっているものとみられる。

つぎに東欧諸国の西側諸国との貿易を第9-17表のOECD貿易統計でみると,68年には概して伸びが小幅であったが,69年にはブルガリアの対OECD貿易が輸出入とも縮小したのを除くと,他の諸国では輸出入ともに概して前年より伸びが拡大するか,あるいは減少から増加に転じた。しかしチェコやボーランドのOECDからの輸入は抑えられて,伸び率がわずかながら低下した。70年に入ってからは,第1四半期の貿易額でみるかぎり,各国ともOECD諸国からの輸入の増加テンポを高めている。とくにハンガリー,ポーランド,ルーマニアなど対西側貿易の促進に努力している諸国の輸入が資本財を中心として著増していることは,東西間の経済の緊密化を示すものとしてきわめて注目される。

第9-17表 OECD諸国の対東欧貿易


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