昭和45年

年次世界経済報告

新たな発展のための条件

昭和45年12月18日

経済企画庁


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第2部 新たな発展のための条件

第3章 世界をおおう公害

2. 公害深刻化の背景

公害の基本的原因は,各種廃棄物に対する技術的無関心を背景とする当該廃棄物の増大とその処理の不充分さにある。前者は工業化,都市化の進展,消費水準の向上,技術革新によるものであり,後者は,このような経済発展による廃棄物の増大に対応する処理費,つまり公害防除費が相対的に少なかったことおよび廃棄物の処理技術の開発が遅れたことにある。

本節では最近になって公害問題が大きくとり上げられるようになったことを念頭におきつつ,廃棄物増大の背景と公害防除費について検討する。

1)工業化の進展

ごく最近まで工業化は近代化の同義語として使われてきたことにみられるように,第二次大戦後においても経済発展にとって工業化の促進は各国の重要な課題であった。このような背景の下に各国とも工業生産は増大した。第59表は,主要国の実質国民総生産増加率を産業別にみたものである。第二次産業は,鉱業,製造業,建設業,公益事業,運輸通信業を含み生産活動の過程でもっとも公害を発生しやすい産業であるが,1950年から今日に至る当該産業の生産増大には次の特徴がみられる。

まず第1に,50年から68年にかけて他の工業部門より高い伸びを示し,生産量も2倍以上になった国がほとんどであった。しかも第二次産業のGNPに占める割合はすでに高かったところから,68年には4~5割のシエアーを占めることになっている。このような生産活動が限られた国土の上で行なわれているところに公害発生の一つの要因がある。

第2に注目されるのは,生産増加率が50年代よりも60年代の方が概して高いことである。この点は必ずしも第二次産業に限られるわけではなく,60年代に全体として成長率が高まっていることによるが,この高成長が依然として第二次産業中心に進展していることが公害の深刻化の背景であるとおもわれる。

以上第二次産業のカテゴリーで公害発生要因の増大を推測してきたが,実際には第二次産業の中にも産業廃棄物を大量に排出するもの(公害型産業)とそうでないものとがある。さらに現実に迫るため,次に公害型産業の生産動向について検討しよう。

一般に公害型産業といわれるのは,水および大気の汚染等比較的公害を発生しやすい産業のことである(第68図)。ここでは通常,公害型産業と考えられている鉄鋼,非鉄金属,石油,化学製品,紙,パルプおよび火力発電の5業種について分析することとした。

第69図は,60年代前半(57-58~62-63)と後半(62-63~67-68)とにわけて,公害型産業の生産増加率と鉱工業生産全体の増加率(ともに生産量)とを対比したものである。このグラフからみられるように,60年代前半には公害型産業の生産増加は鉱工業生産の増加に比べそれほど目立った動きはなく,後者を下回る業種さえかなり存在していた。ところが,60年代後半になると一部の国の鉄鋼,非鉄金属を除きほとんどの業種が鉱工業生産の増加率を上回るに至っている。なかには,日本やイタリアのごとく,ほとんどの業種の生産増加率が鉱工業のそれを大幅に上回る国さえ現われている。

公害が各国の中央政府のレベルで本格的にとり上げられはじめ,また国際機関が部分的に検討をはじめたのは,60年代後半からであった(次節「現状と対策」参照)が,この点は上述の公害型産業の発展によって充分理解されるところである。

2)人口の都市集中

1950年に25億であった世界人口は,69年に35億,80年には44億程度になるといわれ,都市人口(2万人以上の地域)は5.3億から7.6億,13.5億となり,全人口に占める割合は21%,28%,31%と増加する。

都市化は工業化の進展ともあいまって一面自然のすう勢でもあり,今後ますます進展することになろう。人口の都市集中も,ある程度までは集積の利益をもたらし望ましいものとされているが,都市規模の拡大によって種々の弊害が現われてくる。その最大のものの一つが公害である。ここでは,都市の大規模化によって公害が発生する理由を考えてみよう。

まず第1の理由は,都市の規模が拡大するに従って,廃棄物の量が増大することにある。これは,人口の増加やそれにともなう諸活動の増大に比例して増大するものと,都市規模の拡大によって1人当たりの廃棄物量が増大する部分とを含む。前者は自明のことであるので,後者について検討することにする。

第70,71,72図および第60表は,いづれも人口の都市集中によって単位(人口)当たりの廃棄物並びに騒音など公害の原因が増加することを示したものである。給水量については,正確には排水量をとるべきであるが,給水分はほとんど全て汚水になると考えて間違いはないであろう。第70図にとり上げたのは,給水人口規模別であるが,大体都市規模と同様に考えていいであろう。したがって給水量については所得水準なども関係するとみられるものの都市規模の拡大によって給水量も増加することがこの図からよみとれる。この点,わが国の水道計画の基準では都市規模の拡大につれ1人当たり最大給水量も増加するものとされており,これを裏づけるものであろう。このように,1人当り水使用量が増大する原因は,都市の所得水準が高いということもあるが,一般に家庭用水の使用量はそれほど変らないとみられるところから,第三次産業的な機能が増大してくることにあるとおもわれる。例えば,東京における最大の水使用者は大学や病院であるといわれ,このようなことは昼間人口の増大とも関連して単位当りの水使用量を増加させるものとみられる。浮遊ふんじん量も都市規模の拡大によって増加する(第70図)。これは,工場の都市集中,自動車保有台数や家庭用暖房等の関係とみられる。とくに自動車は,大気汚染の大半を占めるほか( 第79図 )騒音や交通事故の原因でもあって,最近では都市公害対策上もっとも重要なものと考えられるに至って,いる。

第74図 所得水準と自動車保有台数の増加率

都市化の進展にともなって公害が発生する第2の理由は,.都市化がある規模以上に達すると自然の浄化作用が極度に低下することである。生物は食物連鎖などを通じて相互依存関係にあり,水や大気もある程度の浄化能力をもっている。人口の都市集中は,生物の相互依存関係を破壊し水や大気に過重な負担をかけることによってその浄化能力を破壊する。このような理由によって,都市は人口集中による廃棄物の増大以上に未処理廃棄物の増加に見舞われることになる。

以上のように,都市化は公害の原因を急速に増大させるにもかかわらず,人口の都市集中はいぜんとして進展している。前に世界全体の都市人口について述べたが,これを主要先進国でみると第73図のとおり,さらに激しいものとなっている。ほとんどの国で都市集中度が70%程度となり,60年代には集中のテンポが高まっている。とくに日本とスウェーデンでは都市集中のテンポが早く,それが両国での公害問題に対する意識の高まりの背景をなしていると考えられる。ただ,イギリスは1900年代のはじめから集中度がすでに高いところから横ばいとなっている。この点は,当国の公害対策が早くから実施されていることと関連があるとみられる。また,フランスとソ連は他の国に比べて集中度が低いが,これは両国の公害問題が他の国と比べてそれほど深刻でないことの一因となっているものとおもわれ,ともに興味深い。

国連やアメリカでは人口の増大が問題とされているが,都市化を考える場合,基本的には人口圧力の問題にまでも立入らざるをえないのかもしれない。

3)所得水準の向上および技術革新

所得水準の向上によって,廃棄物の量が増大する。消費の中には必ずしも廃棄物をともなわないものがあり,一方消費量の増加にともなって単位当りの廃棄量が増大する場合もあるので(第75図)所得水準と廃棄量との関係は一概に論ぜられないが,第76図からみると両者の間にはかなり高い相関関係があるとみられる。また,所得水準が上昇すると,それまで消費の対象とならなかった商品が使用されるようになってくる。この中には,耐久消費財とくに自動車のように一定の所得水準(1,000ドル前後)に達した場合,急速に増加率が高まるものがある(第73図)。そして,ある程度集積されと公害の原因となって現われる一方,これに対する公共施設が間に合わないなどの理由により一層公害が促進される場合がある。

新しい商品の需要については,所得水準の向上とは一応別個に技術革新による場合がある。技術革新の激しかった第2次大戦後には,その革新の内容が大量生産,大量消費型であったこともあって,これら新商品は大量に作り出されその数は限りないが,その代表的なものとしてはプラスチックや農薬があげられるであろう。この両者は,自然の浄化作用によって分解されず,そのまま累積するものがあるところに大きな問題がある。

もう一つ,技術革新による公害原因増大の例として酸素転炉の場合をみておこう。周知のとおり,酸素転炉は従来の方式に比べ非常な生産性の向上をもたらした。しかし,その反面,この酸素転炉はスクラップの使用量が限定される。平炉ではスクラツプが100%でも生産可能であるのに対して,酸素転炉は30%以下とされている。しかし,この程度のスクラップは自社くずでまかなわれるので,社外のスクラップは必要としないことになる。すでにアメリカでは廃車やブリキ缶の処理が大きな問題となっている。しかも,世界の酸素鋼の生産比率はますます高まる傾向にある(第62表)。今後,このスクラツプの問題は回収流通過程における労働力不足といった先進国共通の悩みも加わって大きな問題となろう。

第61表 自動車(乗用車+商業車)保有台数

(4)おくれた対応措置

以上,廃棄物の増大を中心に公害が拡がってきた背景をみてきた。しかし,このような背景があるにしても,それがすぐに公害の発生とは結びつかないもし,この廃棄物を処理し,公害を防除する方策が充分にとられていたならば現在のような公害問題は起らなかったかもしれない。

このように公害対策がおくれた理由の一つは,これまで企業が合理化や増産などの直接生産部門の技術革新を優先させ,廃棄物の処理までも考えていなかったことにある。したがって,これからの技術の改良,発展には,この点を充分考えたものでなければならない。それには,技術思想そのものの変革が必要であり,今後このような変革を促進する政策が要請される。第2の理由としては,第65表にみるように,各国とも60年代後半に入って立法措置をはじめとして各種の制度上の対策を打出しているが,公害の進行速度の方が早く制度上の措置が後手になっていることがある。公害現象は複雑かつ広範な問題であるところから,部分的な対策では手おくれとなりがちである。今後は,学問的にも制度的にも総合的な対策がのぞまれる。

この外,公害対策がおくれた理由は種々考えられるが,ここでは,公害防除に対する投資が,相対的におくれていた点に焦点をあて検討することとしたい。

第78図は,政府の国土保全開発支出の増加率と国民総生産の増加率とを比較したものである。なお,この国土保全開発支出には,自然保護や,下水道,公園などの整備に要する経費のほかに,道路や住宅の建設費を含んでいる。したがって,この中には道路のように公害の発生および抑制の両面に作用するとみられる支出も含まれており,これによって,公害対策の動向を一概には論ぜられないものの,おおよその傾向は把握できるとおもわれる。第77図でみると,イギリスを除き各国とも60年代後半に入ってその割合は低下気味であるとみられる。丁度,公害の原因となる諸要因が大きくなっているときに,国土開発なり,都市開発によって公害の諸要因を分散,抑制すべきであったにもかかわらず相対的に手おくれになっているものとみられる。

もちろん,公害対策の主体は政府だけではなく,民間部門が重要な役割を果している。しかし民間の公害対策費の正確な数値を把握することは,現在のところ非常に難しい。ここでは,アメリカと日本について,U.S.News andWorldReport誌と日本長期信用銀行の推計とによって1967年とアメリカ71~75年平均および日本75年の2時点における公共,民間部門を含む国全体の公害防除費の規模を比較することとしたい。

この場合の費用は,公害防除に直接的に要する費用である。アメリカの71~75年平均の数値は第66表(a),(b)に示す公害防除費をとり,その他の場合は日本長期信用銀行推計の環境制御産業の生産額によった。なお,この環境制御産業には都市環境,産業公害,室内環境の各制御産業が含まれている。

これによると,アメリカの場合は,1967年に46億ドルであったものが,71~75年平均では143億ドルとなり,GNPに対する比率でみても0.6%から1.3%になる。日本では,67年に2,985億円であったものが,75年には2.8兆円となり,GNPに対する割合は0.7%から2.0%になるとみられる。

1967年といえば,両国とも公害が問題となってきており公害投資も増加しつつあった年である。このような時期においても,データの関係上種々の制約はあるとはいえ,公害防除のGNP比率を基準にして考えればかなり少かったとおもわれる。

以上の点から,これまでは,公害発生源が急速に進展したのに対して,公害防除対策が相対的におくれていたところに,公害が現在の最大の問題となる理由の一つがあったといえよう。