昭和44年

年次世界経済報告

国際交流の高度化と1970年代の課題

昭和44年12月2日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

第4章 フランス

1. 1968~69年の経済動向

1968年第4四半期以降も経済は通貨不安の影響を強く受け,インフレと国際収支赤字が拡大し平価切下げが行なわれるにいたった。

通貨不安は68年11月の投機後69年3月の賃金交渉,4月の国民投票などのたびに拡大し,68年の賃金の大幅引上げによる購買力増加とあいまって消費行動を変化せしめ,個人消費を例年になく増大させた。設備投資は69年春から速やかに増加し,需要を著しく旺盛にした。68年第4四半期に速やかに増加した鉱工業生産は,69年春から生産能力の限界に達し,伸び悩んでいる。

この間,物価上昇は速やかであり,景気は過熱した。このような情勢により輸入は著しく増加し,貿易収支赤字幅を拡大させた。再度の金融財政の引締めもインフレを有効に抑制することができず,国際収支は大幅な赤字となり,金・外貨準備は著しく減少した。そこで通貨不安を解消しインフレの抑制と貿易収支改善をはかるため,経済情勢が深刻化する前に,また,影響の少ない時機を選び8月上旬11.1%の平価切下げ措置がとられた。

9月に経済再建計画が立案され,経済は新しい路線を歩み始めている。個人消費は夏から鈍化し始めたが設備投資を中心に需要はまだ高水準にある。

しかし,9月から内需の鈍化の兆しがあらわれている。10月のマルク切上げはもう一つの安定要因となった。

今回の平価切下げは前回と比べて不均衡の程度の軽い情勢下で行なわれた。需給,財政,国際収支のいずれも前回の切下げ当時ほどの不均衡を示さず,物価騰貴の程度も前回より小さかった。従って前回よりも小幅の切下げでもって応じられた。マルク切下げがこれに一層幸いしたが,戦争終結,生産性の著しい上昇といった大きな回復要因があった前回と比べて,今回の切下げについては,輸出にかなりの比重を占める農産物が切下げ効果をもたないこと,均衡財政をはかるための政府投資の著しい鈍化,国際競争がより厳しいことなどから経済の再建はかえって難しいともいえる。経済再建計画による引締め措置もあまりきつい措置ではなく,経済の均衡回復にはかなりの時間を要するであろう。69年の民間設備投資の大幅増加は,今後かなりの生産上昇をもたらすであろうが,それが競争力をどれほど強化するかは今後の賃金と物価の動向にかかっている。

2. 部門別動向

(1)需要の増大

近年にない個人消費の増加およびそれに続く企業投資の著しい増加は需要を大幅に増大させた。個人消費は68年第3四半期に前年同期比4.4%増加したあと,第4四半期には同7.6%もの大幅増加を示した。これは賃金の大幅増加によって購買力が高まったことに加えて11月の通貨不安が消費意欲を駆ったためであった。69年第1四半期には個人消費は前期のような勢いを示さなくなったが,4月末の国民投票による通貨不安で再び盛り上がった。しかし,7月から個人消費は鈍化傾向を明らかにし,昨秋きわめて低水準となった小売在庫は大幅に再形成された。平価切下げは休暇中に実施されたので切下げに先立つ個人消費の増大は生じなかった。9月以後も個人消費は鈍化傾向を続けている。

消費支出項目別には耐久財が68年第3四半期に前年同期比12.2%増,第4四半期に同29%増の著しい増加を示し,停滞していた繊維品も同期についてそれぞれ前年同期比6.3%,11.5%の増加をみ,食料品も第4四半期には前年同期より高い同3.6%増となった。しかし,69年3月から耐久財の鈍化が始まり,5月の賦払信用規制はさらにそれを鈍化寺せた。この措置は賦払信用を準備金の10倍から9倍へ引下げ,頭金をテレビについて20%から25%へ,自動車について20%から30%へ引上げ,期間をカラーテレビ,新車について24カ月から21カ月へ引下げた。例外として自動車購入だけは増勢を強め,新車登録台数は68年下期前年同期比8.3%増,69年上期同15%増となった。8月下旬に9月から70年1月末までに限り賦払信用規制が新車について頭金30%から50%へ,期間21カ月から15カ月へ,家具について頭金30%から40%へ,期間18カ月から15カ月へ強化された。また,5月に預金金利の自由化限度引下げ(25万フランから10)5フランヘ,あるいは2年以上を1年以上へ),定期預金あるいは銀行証券の最高金利0.5%引上げ,9月の経済再建計画において貯蓄金庫預金および住宅預金の一定期間(それぞれ70年6月,4~5年)引出されない分について利子優遇などの貯蓄奨励措置がとられた。

第23図 個人消費の変化

こうした個人消費の動きを反映して,貯蓄金庫預金残高は68年第4四半期前年同期比55.1%減,69年第1四半期前年同期比51.1%減,第2四半期預金引出超過11億フランという貯蓄性向の著しい弱まりを示したが,第3四半期には前年同期比99.9%増へ大幅に増加した。

このような傾向から個人消費支出は来春までかなり抑制されそうである。

しかし,年初にすでに高水準となっていた個人消費は,67年の前年比実質4.6%増,68年の前年比実質4.4%増と比べ69年全体では前年比実質7.1%の大幅増加が見込まれている。

68年の投資は前年比実質5.9%増で67年の同6.4%増を下回った。これは政府投資の伸びが1.1%増と著しく低かったためである。しかし,企業投資と住宅投資は前年を上まわる伸びを示した。懸念された民間企業設備投資は予想以上回復し,前年の伸びを僅かに上まわった。また,個人住宅投資は下期の通貨不安による投機で67年の2.8%増を上まわる5.7%増となった。

69年春から生産能力に余裕がなくなり,また,68年9月の投資減税措置の5月末の期限切れなどで民間設備投資の増勢はきわめて強くなった。それにともない銀行貸出額は68年第4四半期の前期比5%増から69年第1四半期には同7.6%増へと増勢を強めた。

政府は68年12月中旬にその規制を延長した短期信用と再割適格中長期信用が69年6月末に前年末水準を越えないとする措置をさらに半年延長して69年末に前年9月末の7%増以内とすることにした。また,6月中旬には公定歩合が6%から7%へ引上げられ,証券担保貸付利率,代表的企業への貸出利率も引上げられた。この結果銀行貸出額は第2四半期には前期比5.3%増へと,やや鈍化した。

第33表 貯蓄金庫預金残高の変化

7月中旬には政府支出の3%にあたる40億フランの投資が凍結され,景気調整基金に繰入れられた。しかし,設備投資の増勢は夏にも一層強まったとみられる。住宅投資も69年上期の民間住宅建設が67年同期と比べて(68年はスト)24.6%と著しく増加した。

このため,7月初に銀行の最低預金準備率が4.5%から5,5%へ引き上げられたほか,8月上旬にはクレディフォンシェ貸出利率が引上げられ,平価切下げ後はさらにクレディナショナル貸出利率,経済社会発展基金貸出利率,農業基金貸出利率などが引上げられた。従来優遇されてきた農業や建築関係貸出利率を含む政府機関の各種の金利の引上げは近年例がないことである。

第34表 用途別投資の変化

第24図 銀行貸出の推移

経済再建計画は投資抑制を主なねらいとし,政府投資から景気調整基金への繰入れの12.3億フラン追加,70年予算の超均衡化,銀行利潤への0.75%課税,法人税の納期繰上げ,減価償却率引下げ,投資減税適用期間の短縮などの措置をとった。

また,10月上旬公定歩合の7%から8%への引上げ,証券担保貸出利率の8.5%から9.5%への引上げ,銀行の中期証券保有率の14%から15%への引上げを行ない,11月上旬には信用期制を再度延長した。しかし,69年の企業投資は前年比実質11%,民間企業投資は実質15%増,設備投資は実質11.5%増の大幅増加を記録するとみられる。

第25図 69年の主要金利引上げ

第35表 証券発行高

一方,証券市場は69年には為替管理によって外国通貨への逃避が制限されたことや投資資金調達のために活発となり,証券発行高は1~9月に前年同期比46.5%増加し,前年同期の同15.5%の減少を大幅に上まわったb株式,社債発行高は同期について前年同期比158.7%増,16.6%増で前年の伸び10.2%,8.4%減を上まわった。地方債も4倍増加した。

また,内外の証券価格は近年を大きく上まわっている。

(2)生産能力は限界へ

鉱工業生産は68年第4四半期に需要の増大や平価切下げにともなう物価上昇を予想して,前期比5.9%の大幅増加を示した。69年2月の一寒冷な気候や3月のストなどによって第1四半期の生産は前期比0.1%減となったが,4月には通貨不安に刺激されて大幅上昇をみた。しかし,同時に生産能力はほとんどの部門で限界に達した。すなわち,INSEE調査の対象となった企業の3分の1が設備不足を,5分の1が労働力不足を表明し,47%の企業がこれ以上生産を増加できない状態となった。ブームの63年当時,能力の限界に達していた企業は38%であったから,この比率は57年以来の高さである。

最も生産能力に余裕がないのは自動車,金属生産であり,次いで化学,繊維などである。

その結果,鉱工業生産は5月から8月まで横ばいを続けた。部門別にみると68年下期に最も生産上昇が著しかったのは金属加工,化学,ゴムで,それぞれ前期比19.3%,17%,16.7%増加した。停滞していた繊維も同11.5%増加した。69年上期には金属加工はストや能力の点から著しく鈍化しが,化学,窯業,タバコ,せん維などがなお高い伸びを示した。

第26図 鉱工業生産の変化

第27図 部門別生産の伸び

建築・土木は68年下期に前期比3.2%増加したあと69年上期には前期比3%増とあまり鈍化していない。これは68,69年財政における公共投資の著しい鈍化によって土木事業は不振となったが,住宅建築が活発となったからである。住宅建築については68年にその完成件数は前年比3.1%減となったが着工件数は2,8%減にとどまった。69年上期の完成件数は前期比4.3%,着工件数は同9.6%も増加した。着工についてクレディフォンシェ融資による建築や政府低家賃賃貸住宅など政府関係の住宅建築が大幅に減少したのに比べて民間の住宅建築は大幅に増加した。しかし,下期の着工は金融引締め,通貨不安の解消などで鈍化するとみられる。

第36表 住宅建設状況

9月にはこれまで増加してきた受注が初めて前月を下まわった。しかし,自動車,金属加工など来春まで高水準の生産を維持する受注をもつ部門もあり,外需は平価切下げで増加の兆しをみせているので,生産は年末まで緩慢な上昇ないし横ばいを続けるであろう。

生産の回復は労働力市場を著しく改善し,求職者数は68年第4四半期に前期比12.2%,69年第1四半期に同8.8%減少した。しかし,第2四半期に雇用増加は一段落して求職者数は前期比0.5%減へ減少幅を弱め,第3四半期には前期比2.1%と僅かに増加した。求人数も69年夏には68年1月の倍,同6月の3倍となった。

68年下期に前年同期比3.1%減となった外国人労働者数(長期)も69年上期には前年同期比67.7%増加した。

雇用増加,未利用能力などで68年10月から69年1月に週労働時間は0.7%減少した。その後,労働時間の著しい延長はなかったので68年秋以後の生産性上昇は著しかった。

第37表 国内総生産とその構成要素の変化

農業生産は68年には前年比実質4.6%増の豊作であった。とくに野菜は同6.3%の大幅増加を示した。このような豊作は物価に好影響を与えた。しかし,69年は食肉生産のサイクルや野菜の不作によって農業生産の増産は期待できない。

しかし,鉱工業生産が68年5,6月のストによる生産停止およびその後の著しい回復により,すでに1~8月に前年同期を30.6%上まわっているため,69年の実質国内総生産は68年の4.2%増を大幅に上まわる8.6%の伸びが予想されている。

(3)物価上昇と賃金の変化

1)物価の速やかな上昇

小売物価は68年第4四半期に前期比2%の著しい上昇を示した。とくに,10月には前月比1.1%の上昇となった。これは大幅賃上げがサービス料金はじめ価格に影響したことや通貨不安によるものであった。また公共料金引上げが年初の付加価値税の拡大によるものなどその多くが下期に繰延べられ,10月には,国鉄幹線料金,電話料金の引上げがあり,12月には11月末の付加価値税の引上げにより灯油,電気,ガス料金などが引上げられたことも物価上昇を促進した。11月末の付加価値税引上げの物価への影響を緩和するために政府は補助金を支出して小売業者に値上げを差控えることを求めた。それにより12月の物価上昇は鈍化した。しかし69年1月にはその解除とともに小売物価は前月比1.1%上昇し,3月以後6月を除き7月まで各月前月比0.5%と速やかに上昇した。これは1~165%と政府が予想した付加価値税引上げの影響が予想以上に大きかったことや需要がおう盛だったことなどによるものであった。68年8月から69年7月までの小売物価の上昇はそれ以前の1年間と比べて,5.7%と著しい上昇を示した。しかし58年の切下げ時にみられたような15%増という激しい上昇は生じなかった。8月には平価切下げおよび電気,ガス料金が引上げられ,その物価への影響が心配されたが,大部分の工業品生産者価格,一部の野菜,果物価格および商業利潤が,9月15日まで8月8日の水準に凍結され,8月の上昇率は前月比0.2%へ鈍化した。

第28図 労働市場の動き

第29図 小売物価の変化

品目別には,68年5月から11月まではサービス料金の上昇が著しく,月平均1%高であった。工業品価格も月平均0.6%高とかなりの上昇を示した。

これらと比べて食料品価格は月平均0.3%高と安定的であった。しかし,11月末に同月20日の水準に殆んどのサービス料金が凍結されてからはサービス料金の上昇は鈍化し,68年12月から69年7月まで月平均0.5%高となった。

工業品価格はそれほど鈍化せず月平均0.4%高であった。同期間における食料品価格は68年と違って農産物の不足のために月平均0.6%へ増勢を強めた。

卸売物価は68年第4四半期に前期比3.6%と大幅に上昇した。これは付加価値税引上げにより,工業品価格をはじめ燃料,エネルギー,食料品の価格がいずれも大幅に上昇したからであった。69年に入って第1四半期には前期比2.3%高,第2四半期に同1.4%高と鈍化したが,8月には平価切下げによって前月比1.9%の大幅上昇となった。工業品生産者価格は68年8月から69年8月まで11.1%の著しい上昇を示した。また,輸入品価格は一次産品価格の世界的上昇によって68年8月から69年7月まで月平均0.9%の騰勢を示したが,8月には平価切下げによって前月比4.8%と著しく上昇した。

9月15日以後,価格は,新たな体系に組み入れられた。すなわち,凍結されていた工業品生産者価格をもとの契約制度へ復帰させるが,価格変更届出を1カ月前とし,審査による抑制を強めた。輸入原材料または,国際商品が製品価格の30%以上を占める場合は,10月15日以後その分だけ価格変更が許される。広告,宣伝費も契約制度のもとに置かれ,これらの措置が適用される。また,輸入マージン,および輸入品価格は8月8日の水準に凍結される。但し,輸入品価格については,EE C理事会の決めた補償が適用される。サービス料金の凍結は続ける。9月の小売物価は食料品価格上昇で再び前月比0.5高の強い上昇を示した。食料価格は,EEC統一価格への接近のため牛乳消費者価格バター,粉などの価格が引上げられ,今後も強い上昇を示し,小売物価の上昇をかなり強めるであろう。しかし上記の措置は前回の切下げにともなったような多くの便上値上げを防ぐのに適切とおもわれる。69年1月から8月までの小売物価上昇は前年同期比6.1%ときわめて著しいが,今後鈍化すると考えられるので年間の上昇率は68年の4.5%よりは高いが6%を下回ると政府はみている。なお,平価切下げの物価ヘの影響は69年について0.7%,70年について1%が予想されている。

第30図 卸売物価の変化

2)賃金は増勢若干強まる

賃金は68年夏から秋にかけて大幅に増加したあと,伸びが鈍化したが69年春から再び増勢を強めている。すなわち,68年7月初から10月初まで時間当り賃金率は,グルネル協定に基づく10月の賃金引上げによって62年以来の大幅な前期比1.9%の増加となった。68年平均では4月から7月初の増加が10.3%ときわめて著しかったために,時間当り賃金率は58年の前年比11%増を上まわり,同11.8%増加した。

このような賃金の大幅増加は購買力と賃金構造に大きな変化を与えた。購買力は67年の前年比3.1%増に比べ68年には同7.3%増加し,消費支出を増大させた。また,賃金の最低保障賃金引上げその他により,地域間,職種間男女間の各差が縮小した。

これらの格差縮小によって,基準賃金年間6000フラン未満の低賃金層は68年初から同年末まで賃金労働者の13%から4%へ減少し,また12,000フラン以上の層は37%から46%へ増加した。

69年1月初の時間当り賃金率は前年10月初と比べて,1.4%増となり一時安定した。3月の賃金交渉では68年5月から2月末までの物価上昇をうわのせした賃金引上げなどが要求されたが,労組間の意見の不一致や政府による雇用保障協定,国営企業賃金決定方式の再検討,所得税の70年からの基礎控除引上げなどの宥和策によって予想された賃金の再度の大幅引上げはもたらされなかった。

第31図 時間当り賃金率の変化

第32図 購買力の増減

第38表 賃金構造の変化

また,商業主,手工業者,農民のストに対しても補完税控除引上げとその漸次撤廃,社会保障費負担軽減,付加価値税簡素化などを約束して納得させた。

4月初の政府部門の賃金引上げは2%にとどまったが,民間の賃金が再び増勢を加え,時間当り賃金率は1月初から4月初まで前期比1.8%増,4月初から,7月初まで同2.3%増となった。

購買力は,69年第1四半期に物価上昇のため前期の0.1%減に続いて0.4%減少したが,第2四半期には賃金増加が物価上昇を上まわり0.5%増加した。

新政権は成立直後から労使・政府関係の改善に努めていたが,平価切下げの賃金・所得への圧迫については,賃金交渉の前に経済再建計画でつぎのような措置をとった。①69年の所得税減税を70年にも適用,②高額所得者の69年特別増税の軽減,③補完税控除引上げとその71年の撤廃,また,とくに低所得者について,①所得税課税対象範囲の6%引上げ,②最低保障賃金の10月1日から物価スライド分,2.5%を上まわる3.8%の引上げ,③老令者控除引上げ(70才以上20%,70才以下10%)④69年11月から低所得家族手当増額⑤疾病基金の4.5%増額,⑥引揚者に69,70年に,5億フランの補助金供与,9月中旬の民間の賃金交渉,下旬の政府部門のそれは平穏に推移し,10月1日からの政府部門の賃金引上げは,3%にとどまった。しかし,民間の賃金の動きも考慮すると夏から秋にかけて,賃金の増勢はなお強まったとみられる。

(4)国際収支赤字と平価切下げ

国際収支はインフレ,通貨不安による貿易収支赤字幅拡大や厳しい為替管理をくぐる資本流出によって赤字を続け,金,外貨準備は著しく減少した。

68年夏以後の外国からの借款を全部使ってはいなかったが,抜本的な措置をとらなければ国際収支赤字はさらに続くと予想されたので平価切下げが行なわれた。しかし,まだ,貿易収支赤字を改善するにはいたっていない。

輸出は68年第4四半期に内需の強まりや通貨不安によって前期比1.6%減少した。69年第一1四半期には前期比2.9%増,第2四半期には,同7.6%増へ回復した。第3四半期には季節的変動もあり同1.9%増へ鈍化した。

輸入は,68年第4四半期の買い急ぎによって前期比6.6%のかなりの増加をみたあと,第1四半期には前期比0.7%増へ鈍化した。しかし4月に一挙に前月比13.6%増加し,その後もさらに増加する傾向さえみられたので第2四半期には前月比14.2%と大幅に増加した。また,第3四半期の輸入は同2.7%へ鈍化したが,やはり輸出の伸びを上まわる増加であった。このため,輸出の輸入カバー率は,68年第4四半期.に前期の93.7%(均衡点93%)から86.4%へ低下した。69年第1四半期にそれは88.4%へ若干上向いたが第2四半期には83.3%へ低下し,第3四半期には82.4%へさらに低下した。平価が切下げられた8月は季節的減少に加えて価格変更のおそれから輸出は前月比4.9%減少したのでカバー率は81.2%ときわめて低下した。

第33図 貿易収支の推移

第34図 貿易の変化

しかし,57年の実質20%の切下げ前の同年第1,第2四半期のカバー率78.6%,76.8%およぴ58年,第2四半期の80.5%ほど悪化しなかった。

相手,国別にみると6詳10月から69年7月までベルギー,ルクセンブルグ,イタリー,西ドイツ,オランダのEEC諸国との貿易カバー率はそれぞれ83.4%,82.5%,78.5%,77%のいずれも大幅な赤字となった。アメリカとの同期の貿易収支は著しい赤字となり,そのカバー率は56.7%に過ぎなかった。イラクとの貿易の赤字は最も大きく,カバー率は6%であった。また,平素は景気調整的な傾向をもつフラン圏諸国との貿易についても,アルジェリア,モロッコ,コート・ジ・ボアールとの貿易が若干の赤字となった。貿易黒字が目立つのはチュニジア,スペイン,スイスなどとの貿易で,カバー率はそれぞれ254.9%,183.3%,136.1%となった。ソ連,ルーマニア,ポーランドとの貿易のカバー率もそれぞれ135.9%,125.6%,122.2%となり黒字であった。

第35図 相手国別貿易収支

68年下期には設備財輸出の伸びが最も高く,前年同期比27.2%増,次いで農産物輸出が同23.5%増と目立った。

69年1月から7月には設備財輸出の増加は68年下期と同率の伸びを維持した。完成消費財輸出は前年同期比21.5%増へ,また,農産物は同13.4%増へそれぞれ鈍化し,半製品が68年下期の同18.7%増から21.2%増へ増勢を増した。

一方,輸入については,6詳下期に前年同期比22.4%増加した完成消費財は69年1月から7月までさらに同51.6%へ著しく増勢を強めた。68年第4四半期に前年同期比65.3%も増加した自動車輸入は69年1月から7月までなお前年同期比42.1%の高い伸びを示した。また,原材料は68年下期の前年同期比21.3%増から69年1月から7月までに30%増へ加速した。設備財の68年下期の同34.7%増の高い伸びは,69年1月から7月にも34.8%増とやはり著しかった。農産物輸入は,69年1月から7月まで前年同期比21.9%の大幅増加をみた。とくに,畜産品は肉類の輸入増加によって,68年第4四半期に前年同期比42%増へ急増し,69年1月から7月にはさらに同47.9%増へ加速した。

サービス収支は旅行,政府サービス支払いの赤字幅増加により,68年第3第4四半期にそれぞれ1,312百万フラン,37.9百万フランの赤字となった。

移転収支の赤字幅も,68年をすすむに従って増加し,経常収支は68年第1,西半期の594百万フランの黒字から第2四半期には1,200百万フランの赤字に転じ,第3,第4 四半期には3,057百万フラン,3,201百万フランヘ赤字幅を拡大した。資本収支は68年第1四半期に短期資本流出に5よりすでに545百万フランの赤字となっていたがその後赤字幅を拡大し年間では7,877百万フランの赤字となった。長期資本収支は第2四半期以後の赤字により年間で2,874百万フランの赤字となり,短期資本収支は年間で5,003百万フランの大幅赤字となった。このような経常,資本両収支の大幅な赤字のために総合収支は第1四半期の49百万フランの黒字から,第2四半期には,3,437の赤字に転じ第3,第4四半期にはそれぞれ5,888,5,465百万フランの大幅赤字となり,年間では14,741百万フラン(2,986百万ドル)の赤字となった。

第39表 国際収支

第36図 金外貨準備の推移

11月下旬のリーズ,アンド,ラグスおよび旅費制限をさらに厳しくした為替管理の復活強化によって資本流出や外貨持出しがかなり抑制されたが,69年3月の賃金交渉および4月の国民投票による通貨不安はやはり金,外貨準備流出を促進した。

貿易収支の引続く大幅赤字によって,金・外貨準備は月平均3億ドル流出し,6月末には実額14.68億ドルにまで減少した。

為替相場は68年9月に回復し,11月に下がったあと,12月に若干もちなおしたが,69年には4月まで遂月低下し,これまで最低であった63年7月と同程度になった。

6月から再び相場は上向いたが,チューリッヒ市場のフラン自由相場は7月に67年末を6.2%下まわった。また,パリ市場における米ドルは68年夏から秋にかけての4.97フランが,69年に入って次第に上昇していたが5月から再び4.97フランを記録していた。パリ金市場の金価格も69年初から68年6月よりも高い価格を示し,純金1g67年平均5.58フランから,5月には7.62フランヘ値上がりした。

第37図 為替相場の変動

8月第1週にフラン相場は著しく弱まり,週末のニューヨーク市場でフラン相場が決まらないほどとなった。

このような国際収支赤字傾向から,70年初には,金・外貨準備が底をつくと考えられ,政府はそれを防ぐには大幅増税などによる厳しいデフレ措置をとるか,あるいは平価切下げに訴えるかの立場に立たされた。

一方消費者物価から逆算した貨幣の減価は58年を100として西ドイツ80,ベルギー79,イタリー72,イギリス74に比べてフランスは69でヨーロッパ諸国のうちでも貨幣価値の低下が大きかった。賃金上昇も68年の大幅増加により相対的に高くなっている。そのため,最近工業品の競争力低下が目立っていた。

このような問題をかかえていたため8月8日平価の11.1%切下げ,すなわち,公定レート1ドル4.93フランから5.55フランへの変更が発表され10日から実施された。切り下げ幅は58年の17.5%よりも小幅であったが,それは経済の均衡に必要最低限の切下げ幅にとどめることおよび国際協力への配慮からであった。

切下げ後,資本が還流し,8月の金・外貨準備は1.87億ドル増加した。しかし,秋のマルク投機や当分続くと予想される貿易収支赤字による国際収支赤字に備えて,政府は8月下旬IMFと9.85億ドル,西ドイツ,イタリアオランダ,ベルギーと4億ドル,国際決済銀行と2億ドルのスワップとりきめを結んだ。9月には2.24億ドル金・外貨準備の増加をみたが,それは借入れの使用によるもので実際には貿易収支赤字や下旬のマルク投機により1.35億ドル流出したもようである。また,10月もかなり国際収支は赤字となったとみられる。10月下旬のマルク切上げは総輸出の20%を西ドイツに負う輸出業者にとって切り下げ幅を約15%にする効果を与え,貿易条件を一段と有利にした。

平価切下げの貿易についての効果が明白になるのは来春からとみられ,切下げ後10月まで貿易収支はなお大幅の赤字とみている。69年の設備投資増大が70年以後,生産性上昇をもたらし,平価切下げの効果に加えて競争力を強めるであろう。しかし,69年の賃金引上げ幅が物価上昇と比べて小さかったので再び賃金功勢は強まるかもしれず,物価の切下げによる上昇もあるていど懸念される。また輸出の20%弱を占める農産物がEEC理事会の決定により切下げ効果をもたないことは前回の切下げよりも不利な点である。国際競争は自由化の進展によって激化しており,58年末の切下げによって,その後輸出の輸入カバー率が59年第1四半期のみ87%と貿易収支赤字を示し,第2四半期から100%をこえ,上期の国際収支7.1億ドル,年間10.4億ドルの黒字といったほど速やかに回復はしないのではないかとおもわれる。10月上旬には,再び公定歩合が引上げられたが,資本の還流は容易ではなく国際収支は当分赤字を続けるであろう。政府の国際収支見通しも69年,の77億フランの赤字から70年には17億フラン(3.1億ドル)の黒字となると来年について控え目な黒字幅を見積っている。

3. 経済政策と今後の見通し

(1)経済再建計画

9月上旬発表された今後の経済再建計画は,短期的景気政策と近代化のための長期的産業政策を網羅している。

前者は投資抑制に力を入れ,69年予算の補正のとりやめおよび赤字幅削減,70年予算の超均衡,69,70年の政府投資の一部凍結および第2章で述べたような一連の措置を決める。

また,個人消費についてはアルコール税およぴ自動車証票税を70年まで延期したことや,第2章で述べたような貯蓄奨励措置がとられたほかは,第3章で述べたように平価切下げの所得への圧迫を緩和する措置がとられた。

また,物価については第3章で述べたような新たな価格体系の実施,69年末まで公共料金を引上げないこと,70年の物価上昇率を3.9%以内とすることなどが決められた。

一方,長期産業政策としてはノラ委員会報告に基づき,国営企業に広範な独立性を付与し合理化をはかり経営を改善すること,および産業発展公社が創設されることとなった。

産業発展公社は中小企業の規模の拡大ならびに大企業の構造改善のための資金を供給することを目的とし,民法に則った民間の事業銀行のような組織が予定されている。同基金に70年2億フランが支出される。現在同公社設置に関する法案が検討されている。

また,9月中旬に政府は経済運営の基本方針を明らかにした。それによると保守主義,国の経済への非能率な介入の廃止,経済主体の自主性の回復,新しい社会関係の確立などによる経済構造の若返りが目論まれている。この方針はこれまで政府が明らかにした国営企業の改善,67年法による労働者の経営参加の国営企業への適用,長期集団協約の締結などにすでにあらわれている。それは67年頃から芽ばえた経済の極度の国への依存からの脱皮の動きを一段とすすめるものであり,また,68年の大きな社会不安の経験を通じて方向づけられたものである。

従って経済再建計画の短期政策も,賃金や物価の凍結,あるいは財政支出の大幅な削減といった直接統制的な措置をとらず比較的緩やかな引締め措置をとった。それはまた63年の経済安定化計画に続く景気後退のような例をさけるためでもある。従って,政府は財政の均衡回復を70年1月初に,需給の均衡回復を4月初に,貿易収支の均衡回復を7月初に達成するといったように回復のための目標時点までの時間を比較的長く予定している。

(2)財政は大型予算から超均衡予算へ

10月に議会へ提出された70年予算は前年の大型予算から経済再建計画の一環として超均衡予算が編成された。68年財政は年末に139.7億フランの大幅赤字が計上された。これは60年代で最も大きな財政の赤字である。しかし,前回の切下げ前の56年,57年の赤字それぞれ155.6億フラン,174.0億フラン(67年価格)よりも小幅の赤字であり,財政の不均衡も当時より軽微であった。69年財政の赤字は63.5億フランから経済再建計画によって,40~50億フランヘ削減される。70年の歳出総額は1,621億フランで前年比6.2%増の低い伸びにとどめられた。これは異例に増加した69年歳出の16.1%をはじめ60年代のいずれの年の歳出増加をも,下まわる低い伸びである。財政収支は65~67年の当初予算を上まわる9.5億フランの黒字が計上された。平価切下げの歳出への影響は約1%である。内容は69年予算と傾向を同じくするが投資をさらに圧縮している。すなわち民事一般費を9.2%増加するのに対し投資は68年4.8%増から5.6%減へ減少させる。69年の2倍の300キロメートルの自動車道路建設や電話建設などへの投資を除いて主な投資は住宅・設備9.1%減,教育10.2%減,研究開発5.2%減など前年をかなり下まわる。経済社会発展基金への支出も前年比6.2%減である。これにともない同基金の70年貸付計画は観光,港湾,地域開発などの分野を除いて減少し69年の総額2.4%増から70年には17.9減を予定している。また,国営企業投資計画は69年の4.4%増から70年には2.2%減へ転じている。軍事費も4.7%の低い伸びに抑えられた。69年予算から52.3億フランの投資・が凍結され景気調整基金に繰入れられたが,70年予算では22.3億フラン繰入れられる。歳入は租税収入の11.2%増加や国鉄料金引上げなどで1,622億フランが見込まれている。

69,70年予算の投資の鈍化,減少は67年の軽い景気後退で遅れた第5次経済計画の目標達成を一層困難にするであろう。社会資本の目標達成率は69年末までに輸送関係が最も低く60.5%,通信66%,教育69%,都市開発70%,文化,保健73%,農業77%が見込まれている。計画最終年度の70年の達成率は教育93%,文化98%,輸送86%,農業100%,通信106%と農業と通信以外はいずれも目標を下まわるもようである。

来春大綱が議会に提出される第6次経済計画(71~76年)は第5次経済計画よりも高い成長率を掲げるもようである。

また,そこでは生産構造の競争への適応,国の役割の有効な撤退による民間主導の促進,賃金や集団協約の新しい方式などによる社会契約などが盛り込まれ経済社会の若返りがはかられるとみられる。産業政策は産業発展公社育成のほか部門別の問題から戦略が決められる。投資は教育関係に重点が置かれるもようで,また,研究開発費には国内総生産の3%が支出されることが予定されている。

第40表 財政の推移

第41表 第5次計画社会資本目標達成率

(3)見通し

70年は経済の均衡の回復をはからなければならないために需要の低い伸びが期待されている。69年10月の政府見通しは70年について個人消費の実質3.5%増,企業投資の実質6%増を見込む。外需はかなり強いとみなされ,輸出は69年より低いが比較的高い実質13.6%増が見込まれている。これらによって国内総生産は69年をかなり下まわる実質4%増が見込まれている。輸入も実質3%増へ著しく鈍化するとみられている。また,労働力は1%増加し,生産性は3%以下の低い伸びを示すとみられ,生産者価格は69年の見込み6.9%より低いが68年と同じ4.9%増となると見込まれている。しかし,春までは現在の強い需要が生産を支えると見られ,また,経済再建計画があまり厳しくないので個人消費,企業投資ともそれほど鈍化せず成長率は見通しを上まわるのではないかと予想される。


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