昭和44年
年次世界経済報告
国際交流の高度化と1970年代の課題
昭和44年12月2日
経済企画庁
1968~69年の西ドイツ経済は,不況からの回復要因も含めて近来まれな高成長を達成したが,半面では需要超過とフル操業および労働需給の逼迫からつよいインフレ圧力を生み,しかも他方で貿易収支が巨額の黒字を出しつづけるというジレンマに悩まされた。その結果,マルク切上げ投機が発生し,またこの問題をめぐって閣内が切上げ賛成派と反対派の二派に分裂してマルク問題が総選挙における最大の争点と化した。総選挙の結果,切上げ賛成派のSPD(社会民主党〕が連立政権を樹立するに及んで,10月24日マルク切上げが正式に決定され,さしものマルク問題も一応の落着をみせることになった。
.68~69年の経済動向を実質GNPの動きでみると,68年下期に前年同期比8.7%(実質)も伸びたあと,69年上期にも8.8%という高い成長率(前年同期比)を維持した。季節変動を調整した数値でみても,69年上期の実質GN Pの前期比伸び率(約4%)は,68年下期のそれとはほとんど変らず,68年下期以降の急速な経済成長が69年上期中もつづいたことを示している。工業生産の動きをみても同様であって,季節調整済み数値は68年下期の前期比6.9%増に対して69年上期は前期比7.6%増となった。
68年11月に実施された国境税調整措置は,同年12月23日までに引渡された輸出に対して4%の輸出税を免除するとの経過措置を規定していたため,11月から12月にかけて大量の駈け込み輸出があり,その結果,本来ならば69年はじめに行なわれるはずの輸出と生産が68年末に先取されて,68年末の輸出と生産が異常に膨張した。このように,68年下期の生産が特殊事情により異常に増加したにもかかわらず,69年上期の生産の伸び率が前期と変らなかったことは,需要の増勢の根づよさを示すとともに,供給側の弾力性が予想外に高かったことの反映でもあった。
いま需要の動きを製造業新規受注によって示すと,68年上期に前期比3%増のあと,下期には12.8%増と著増し,さらに69年上期にも前期比12.2%と大幅な増加を続けた。ただし四半期別にみると,69年春以降増勢は若干鈍化しつつある。
旺盛な需要増を背景に工業生産が前述のように大幅に増加したため,製造業の操業度も68~69年中に急上昇した。すなわちIFO研究所調査による製造業操業度は68年4月の84%から68年10月の88%へ上昇したあと,69年1月と4月にはそれぞれ,90%へ上昇した。
この操業度は過去のブーム期である60年と65年のそれをも上回る高率であって,60年代の最高である。
このような高率操業にもかかわらず,受注残は増加するぱかりで,69年6月には製造業全体で4.1カ月分の出荷に相当する水準にまで受注残が累積した。
68~69年の急速な経済拡大をもたらした要因を需要側から分析すると,68年上期は在庫投資と輸出が拡大の主柱であったが,下期になると輸出の著増が拡大の主役となった。さらに69年にはいってからは輸出のひきつづく増加のほか,設備投資の急増が景気上昇の原動力となり,さらに最近では個人消費も次第に増勢を高めてきた。この間の事情は,主要な需要の増加率と,総需要増加に対する寄与率を示した第28表から窺うことができる。
以上のように,68年上期に一時的に著増した在庫投資を除けば,今回の上昇局面において終始一貫して主要な上昇要因となったものは輸出であった。
また68年下期以降とくに69年にはいってからは,固定投資も拡大の主柱となった。さらに最近では個人消費の増勢も高まり,しかも今後はますますその重要性がますと考らえれるので,これら3つの需要についてやや詳しく分析してみたい。
前掲第28表から明らかなように,実質額でみた輸出(サービスを含む)の増加が今回の上昇局面において一貫して強力な拡大要因として働き,その増加率はつねに総需要の増加率を上回ったが,とくに68年下期には前年同期比約20%も増加して,当期の総需要増加に対する寄与率は43.5%もの高さに達した(ただしこれには特殊要因もあったことは前述のとおりである)。
従来の景気循環過程においては,景気上昇局面がある期間進行すると,拡大の柱が輸出から設備投資へ移行し,輸出の増勢が著しく鈍化するのが通常であった。これは国内ブームにより輸出ドライブが弱まるからである。今回も,輸出景気から投資景気への移行というパターンでは従来と同様であるが輸出の増勢があまり鈍化せず,依然として投資とともに景気上昇の主柱となっており,その点に今回の上昇過程における1つの特色が認められる。このことは同時に,マルク切上げをよぎなくさせた背景ともなっている。
商品輸出についてみると,68年に14.4%増のあと,69年1~8月間に前年同期比16.3%増となった。輸出先別にみると,68年中はアメリカ向け(38%増)とEEC向け(16.7%増)の輸出増加が中心となっていたのに対して,68年1~8月間にはアメリカ向けが港湾ストの影響もあって4,6%減となったのに対して,EEC向けが25.6%も増加し,またEFTA向けも約15%増加した。つまり西欧向け輸出の拡大が69年の西ドイツの輸出増加の中心となったわけである。
輸出の先行指標である製造業の輸出受注は,輸出実績をさらに上回るテンポで増加した。すなわち輸出受注は68年上期には前年同期比11.3%増だったのが,同年下期には22.3%増となり,さらに69年1~8月間に前年同期を27%も上回った。ただし季節調整済み数値でみると,69年6月以来高水準での頭打ち傾向をみせている。
西ドイツの輸出需要が68年下期から69年にかけて非常に大幅に増加した理由は,第1にこの時期に西欧諸国が活発な景気上昇を示し,とくにその投資需要の盛上ってきたことが資本財を中心とする西ドイツの輸出構造に適合したこと,第2に西ドイツの賃金と物価が66年以来他の西欧諸国にくらべて相対的に安定していたため,西ドイツ製品の国際競争力がそれだけ強まったことである。
68年下期以来,設備投資の盛上りが輸出と並んで景気上昇の主柱となったことは,前述の通りである。国民所得統計による固定投資は,68年上期の実質4.2%増(前年同期比,以下同じ)から下期の約12%増へと増勢を高めたあと,69年上期にはさらに約18%も増加した。固定投資を設備と建物に分けた場合,大幅な増加を示したのは主として設備投資であって,69年上期には前年同期比29%も増加した。
設備投資の先行指標である資本財の新規国内受注の動きは,今回の投資の盛上りを一層顕著に示している。すなわち68年に前年比18%増加したあと69年1~8月間には前年同期比37.7%も増加した。ただし季節調整済み数値でみると,最近はやや頭打ちの傾向がみられる。
同じく投資の先行指標である産業用建築許可額の推移をみても,68年にはわずか5.5%増だったのが,69年1~7月間には前年同期比約40%も増えており,69年にはいって拡張投資のウエイトが増したことが窺われる。
以上のような投資実績または受注統計のほか,工業投資に関する調査も,69年における設備投資の著増を示している。69年10月発表のIFO研究所調査によれば,69年の工業投資は前年比26%の増加が予想され,さらに70年の工業投資も前年比15%増の予想であるといわれている。
このように企業の設備投資が68年下期から69年にかけて急速に盛上ってきた理由は,景気上昇に伴う売上高の増大と賃金を上回る生産性上昇による利幅の拡大,その結果としての利潤増加,楽観的な景気見通しなど,景気上昇局面にみられる通常の要因のほか,68年央以降におけるケネディ・ラウンドの実施やEEC関税同盟の完成による国際競争の激化,その結果としての合理化,近代化投資の必要性の高まりなどを背景としたものであり,さらに69年になると操業度の上昇による拡張投資の要請が加わったとみられる。
とりわけ今回の投資ブームにおいて企業利潤の増大が果した役割は大きく,税引後の企業利潤は68年に25%も増え,69年上期も前年同期比9.3%増加した。
個人消費は67年に実質で0.6%,68年に3.6%しか増えなかったが,69年上期には前年同期比7.1%増と,ようやく伸び率を高めてきた。それでも同期のGNPの伸びを下回っている。
このように,68~69年の景気上昇期に個人消費が景気上昇要因としてあまり大きな役割を果さなかった理由は,主として賃金の伸び率が低かったせいである。時間あたり賃金率(全経済平均),は,不況年の67年にわずか4%しか増えなかったが(66年は7.1%増)景気上昇の年であった68年にも同じく4%増にとどまった。ようやく69年上期に伸び率が高まり,前年同期比約6%増となった。ただしこれは協約賃金率であって,実際の賃金支払い高はいわゆるローン・ドリフトによって協約賃金率を上回る伸びをみせ,67年の3.3%増から68年の6.1%増へ高まり,さらに69年上期には8.0%増となった。
こうした賃金の動きを反映して,賃金と社会保障支払いを合計した大衆所得(純額)も,67年の2.3%増から68年には5.2%増,69年上期には8.6%増となった。このように景気上昇に伴い増勢を高めてはきたものの,その伸び率はごく最近まで緩慢であった。
これに対して企業利潤は前述のように68~69年に大幅に増加し,利潤と賃金との格差が目立ってきた。こうした賃金の相対的立遅れは次第に労働者階級の不満をよびおこし,完全雇用の回復と相まって,最近は大幅な賃金更改がめだってきた。そのきっかけとなったのは,9月はじめに石炭,鉄鋼業で勃発した山ねこストとその結果としての15%もの大幅賃上げであったが,その後約600万人もの労働者の賃金交渉が早期に開始され,すでにかなり大幅な賃上げの妥結した産業もある。いずれにしても10~15%という大幅な賃上げが多くの産業に波及しそうな形勢である。このことによって,コスト・アップによるインフレの進行という重大な問題が提起される半面で,従来の投資と輸出という2大主柱に代って消費が今後の景気上昇の主役になるであろうと思われる。
景気の上昇に伴い,労働力需給も再びひっ迫してきた。67年は不況のために失業率も2.1%へと大きく上昇したが(66年の失業率は0.7%),68年中の景気上昇は失業率を急速に低下させ,下期には1%を割り,年間としても1.5%へ低下した。さらに69年になると,1~9月の平均で0.9%へ低下し6月以降は0.5%という低水準をつづけている。また失業数に対する未充足求人数の割合をみて,も,69年央以降は1対8という,過去の労働力不足時代にもみられないほどの高率となった。
経済全体の雇用者数は68年5月から69年5月までの1年間に2,120万人から2,179万人へと59万人も増えたが,その過半(36万人)は外国人労働者数の増加であって,外国人労働者数はその後も増えつづけ,9月末には155万人と,過去の記録(66年9月の約130万人)を上回るにいたった。
こうして国内労働予備がほとんど枯渇したため,今後は主として外国人労働者の移入に頼るほかない有様となっている。
67年下期にはじまる景気回復過程で物価は約1年ばかり安定的に推移していたが,68年秋頃から次第に動意をみせはじめ,結局,68年全体としては消費者物価は1.6%上昇し,工業製品価格は4.0%上昇(付加価値税抜きでは5.3%下落)した。ただし,消費者物価上昇のなかには,68年初の取引高税から付加価値税への移行,同年央の付加価値税の1%引上げが含まれており,それを除けば実質的にはほぼ安定といえる。また工業製品生産者価格にしても,取引高税と付加価値税の税負担の相違を調整すると,ほぼ0.5%の上昇にとどまったとみられる。
69年にはいると,供給を上回る需要の伸びと高率操業,受注残の累増,労働力需給のひっ迫などから,物価の騰勢は一層高まった。すなわち消費者物価指数は69年1~9月間に前年同期比2.5%の上昇となった。月別にみると,夏頃に食糧価格の低落で一時的に消費者物価の落着きがみられたが,その後再び上昇に転じている。他方,景気動向をもっとも敏感に反映する工業製品生産者価格は,69年1~9月間に前年同期比1.5%の上昇となり,とりわけ夏以降は上昇テンポが高まり,6月の前月比0.2%から7月0.3%,8月0.4%,9月0.6%高となって,9月の水準は前年同期比2.9%高となった。
こうした物価上昇の主因は,前述のようにフル操業と超過需要にあり,少なくともこれまでのところはコスト面からのインフレ圧力は少なかった。というのは,賃金の上昇率がこれまで比較的小幅であったのに対して,生産性の上昇率が高かったからである。たとえば製造業をとってみると,労働者1人1時間あたり賃金が67年に3.9%,68年に4.5%上昇したあと69年上期にも6.7%の上昇にとどまったのに対して,労働者1人あたり生産は67年8.6%増,68年8.7%増と大幅に上昇し,69年上期にも8.5%上昇した。その結果,生産物単位あたり賃金コストは67年に4.5%低下したあと,68年にも3.8%低下し,69年上期にも約1%低下した。
しかしながら,前述のように賃金は69年9月を境としていわば爆発的な上昇をみせようとしており,他方,生産性の方は設備のフル稼動と労働力需給のひっ迫のために,従来のような急速な上昇は望めない情勢となっている。
その結果,今後は賃金コスト上昇によるインフレ圧力がつよまることが当然予想される情勢となった。
68~69年における西ドイツ経済の最も顕著な特徴は,国内ブームと大幅な経常黒字が並存したことであった。国内ブームによる輸出ドライブの弱化と輸入の激増により経常収支の黒字幅がプーム期に縮小するのは通常の現象であり,現に前回のブームである64~65年にも経常収支は63年の9.7億マルクから64年の2億マルクへと黒字幅を縮小したあと,65年には6,4.8億マルクの赤字へ逆転した。ところが今回は経常収支黒字は67年の98.5億マルクから68年の113.5億マルクヘ増加したあと,69年にもさしたる減少をみせず,1~8月累計で41.1億マルクに達し,前年同期の57.6億マルクにくらべてわずかしか減少していない。しかもこの減少は前述した特殊事情(国境税調整措置の反動)によって69年第1四半期の輸出が減少したためであって,4~8月だけをとると経常収支黒字幅は68年の26,7億マルクから69年の28.9億マルクヘと逆に増えているのである。
その結果,国民総生産に対する経常海外余剰(貿易と貿易外取引の黒字)の比率は,66年の1.4%から67年の3.3%,68年の3.5%5と高まり,さらに69年上期においてもなお2.4%という高さであった。この比率は西ドイツ政府の中期経済計画の目標値1,5%をはるかに上回っており,前回のマルク切上げ(61年3月)の直前の年である1960年ののそれ(2.4%)にひとしい。
こうした大幅な経常収支黒字の持続が貿易収支の異常に大幅な黒字の継続に起因することはいうまでもないが,それでは後者は何によってもたらされたのであろうか。国内ブームの進行に伴い,輸入は当然ながら激増し,68年には15.7%増,69年1~8月には前年同期比22%も増えた。この増加率は前回のブーム期の増加率(64年12.6%,65年19.7%)とあまり変らない。したがって今回の景気上昇過程で国内ブームにもかかわらず,大幅な貿易黒字がつづいた理由は,もっぱら輸出の持続的な急増にあった。そして輸出増加の原因は,,1つには68~69年に欧米の景気が高揚し,とくに西欧の設備投資が盛上ったためでもあったが,いま1つの原因が西ドイツの賃金,物価の相対的安定にあったことは,すでに指摘したとおりである。
ただし,他方で長期資本の輸出が著増して,67年の約32億マルクから68年の約115億マルク,69年1~8月の約129億マルク(前年同期74億マルク)へ増えたため,経常収支と長期資本収支を合計した基礎収支は68年にほぼ均衡したあと,69年1月~8月間に87億マルクもの赤字となった。だがマルク切上げを見越した大量の短資流入が68~69年中にみられたため,金外貨準備は68年に71億マルク増加し,また69年1~8月間にも31.5億マルク増加した。
以上のように,対外的には異常な貿易黒字の継続があり,国内的にはインフレ圧力に悩まされるという状況の下で,西ドイツ政府はまず貿易黒字を削減するために68年11月に4%の国境税調整措置をとるとともに,長期資本の輸出を促進することで経常収支黒字を相殺しようとした。長期資本の輸出は予想外に増え,その結果,基礎収支が大幅な赤字化したことは前述のとおりであるが,国境税調整による貿易黒字の削滅には成功しなかった。その後,マルク切上げをめぐってキージンガー内閣内部に対立が表面化したが,実際にとられた政策はむしろ国内インフレの抑制を目的とした金融財政措置であった。すなわち69年3月の証券担保貸付利率の引上げ(3.5%から4%へ)を皮切りに,4月には公定歩合が2年ぶりに引上げられ(3%から4%へ),さらに9月には6%へと,朝鮮動乱時以来の最高水準へ引上げられた。また預金準備率も68年12月の非居住者預金準備率の引上げを手はじめに,69年6月と8月に居住者と非居住者の預金準備率が引上げられ,また対民間銀行再割枠の引下げ(69年6月)など,金融引締め措置が69年中に次第に強化された。他方,財政についても,69年3月に政府支出の一時的棚上げ,予算見積りを上回る税の自然増収を景気調整基金へ繰込む措置が決定され,さらに7月にその強化措置が決定された。
こうした金融財政上の引締め措置の実施にもかかわらず,過熱景気の進行と貿易黒字持続がみられたため,9月末の総選挙の結果としてマルク切上げ賛成派のSPD(社会民主党)とFDP(自由民主党)の小連立内閣が成立したあと,新内閣の手によって,10月24日マルク切上げが正式に決定され,同月27日から実施された。(なおその前にマルク投機防止のための為替市場の一時的閉鎖,その再開と変動為替制度の一時的導入といった一連のエピソードがあった。)また,マルク切上げの決定と同時に,国境税調整措置が廃止された。
今回のマルク切上げは,マルクの対ドル・レートでみれば,9.29%の切上げであり,またドルの対マルク・レートでみれば8.5%の切上げに相当する。
いずれにせよ,事前に一般に予想されていた切上げ幅をかなり上回っておりこれはマルク切上げ後に予想される内外物価動向を考慮にいれたためといわれている。また,「輸入されたインフレーション」に対する強い防衛措置を確立することによって国内の構造政策の推進を容易にする狙いがあったともされている。
いずれにせよ,9.29%という切上げ幅はかなり大幅であるとはいえ,4%の国境税調整措置の廃止を考慮すると,商品貿易に関するかぎりは現状とくらべて実質5.29の切上げにひとしい。ただし国境税調整措置とは異り,切上げは貿易ばかりでなくサービス取引や移転収支にも影響を与え,それらについては9,29%の切上げ幅がそのまま適用される。そうした貿易外や移転取引まで考慮すると,4%の国境税調整措置は実質3.5%の切上げに相当するといわれており,したがって経常収支全体に対する効果という点からみると今回の切上げは実質5.5%前後の切上げとなろう。
なお,切上げと同時に,西ドイツの農民が切上げによってこうむる損失(推定約17億マルク)については,過渡的に(6カ月間)輸入課徴金の賦課によって相殺し,過渡期間終了後は補助金の支払いによって補償することになった。
このほか新政府は,勤労者所得税免税点の引上げ,所得税付加税の漸進的廃止などの減税措置を70年はじめから実施する意向であり,さらに金融政策も緩和される予想である。このような事情を前提として,政府はマルク切上げにより70年の貿易および貿易外の黒字(経常海外余剰)が140億マルクから95億マルクへと,約45億マルク減少するであろうとみている。西ドイツの経常収支構造をみると,賠償支払いや外国人労働者の本国送金などを主とする移転支払いの赤字が年間約70億マルクあるから,それを差し引くと,70年の経常収支黒字幅は約25億マルクとなる。
ただし,この目標の実現のためには若干の時間が必要だろう。とくに貿易収支は多額の輸出受注残があることから考えると,70年春頃までは切上げの影響は出てこないかもしれず,したがって当分の間は従来ほどではないがやはり長期資本の輪出が国際収支均衡のために必要だろう。
なお,切上げの目さきの影響としては,これまでマルク切上げを見越して西ドイツに滞留していた巨額の投機資金が切上げ後流出するだろうし,現に切上げ後旬日ならずしてかなりの資金が流出した。それは西ドイツ国内の流動性を削減し,デフレ的に働く半面で,対外的には赤字国やユーロ市場に対する資金の還流となり,赤字国の国際収支の改善に資するとともに,国際的高金利を緩和する方向に働くだろう。
いずれにせよ,今回のマルク切上げがもし予想どおりの効果をあげれば,短期資本と経常収支の両面からアメリカ,イギリス,フランスなど赤字国の国際収支の改善にかなりの寄与をするだろうし,また68~69年を通じて世界経済を悩ましてきた国際通貨不安の問題にも一応の終止符がうたれることになる。
次は切上げの国内経済に対する影響である。切上げによる輸出の抑制と輸入の促進はその分だけ西ドイツ経済にとっての需要減となる。インフレ圧力が高まっている折柄,適度の需要削減は経済安定の見地からむしろ望ましい。しかし対外需要の減少が連鎖反応的に国内の投資意欲にまで悪影響を与えるようだと,前回の切上げ後に生じたのと同様の景気不振局面が現出するおそれがある。今回もその可能性がないとはいえないが,前述したように輸出受注残が多く,また設備投資の受注残も多いのに加えて,個人消費の増勢が高まる傾向にあるので,少なくとも70年上期中は需要面から景気不振に陥る懸念は少ない。下期になると,輸出や投資が弱くなる可能性があるが,66~67年の不況以来西ドイツ官民の成長意識が高まってきたこと,財政の機動的な景気対策的運営を義務づけ,かつその用具を整備した「経済安定・成長促進法」が制定されていること,現在の小連立政府が前の大連立政府よりも成長マインドがつよいことなどから考えると,景気不振の懸念が出てきた段階では敏速にその対策がとられるものと思われる。
次はインフレーションの問題であるが,前述のように大幅賃上げによるコスト・インフレがすでに進行しはじめているので,切上げによっても物価上昇を全く阻止することは不可能であり,せいぜい上昇幅を小さくする程度であろう。