昭和44年

年次世界経済報告

国際交流の高度化と1970年代の課題

昭和44年12月2日

経済企画庁


[目次] [年次リスト]

第2章 イギリス

1. 1968~69年の経済動向

(1)概  観

1968~69年はイギリス経済にとって国際収支問題がとりわけ表面化した時期であった。67年11月にポンド平価の14.3%切下げが断行されて,国際収支の基本的改善がはかられたにもかかわらず68年中ははかばかしい改善がみられなかった。このため,ポンド切下げ後,数次にわたって発生した国際通貨不安のなかで,ポンドはそのつど大規模な投機に見舞れた。政府はIMFや新バーゼル協定にもとずくポンド支援機構などからの借款によって当座をしのぐと同時に,国内では一連の緊縮政策を導入して国際収支の改善を促進してきた。

この結果,69年に入って,国際収支はようやく立直りのきざしを示し,第1四半期の経常収支は切下げ後はじめて小幅ながら黒字となり,さらに第2四半期には黒字幅を拡大して,基礎収支でも1億ポンドの黒字を計上した。

その後も輸出の好調に支えられて国際収支の大幅改善が続いている。

一方,国内需要は引締政策の導入にもかかわらずかなり強い増勢を示していたが,68年11月の引締め強化により消費を中心にしだいに増勢が衰えた。

とくに,69年初には内需が若干低下したのに加えて,輸出もアメリカの港湾ストなどの影響で伸び悩んだために,一時的な景気後退さえみられた。その後,輸出は急速に回復したが,内需は上期中停滞をつづけ,69年上期の国内総生産は前期比1.6%減となった。69年下期に入って,内需は再上昇に転じているものの基調はあまり強いとはいえない。

このような情勢の変化にもかかわらず,政府は現行の経済引締め政策を当分持続する方針であり,最近,輸入担保金制をさらに一年延期することを決定するなど経済運営についてはなお慎重な態度を示している。

(2)引締政策の浸透

ポンド切下げと同時に導入された財政,金融引締措置,68年度予算の大幅増税,68年11月の引締措置強化と相ついで需要抑制政策がとられたにもかかわらず,68年中はその効果はほとんどみられなかった。しかし,69年に入って国内需要は急速におとろえ,とくに上期には,生産の伸びなやみ,失業者の増大など,ミニ・リセッションの様相を呈した。この引締政策強化の過程で,物価は間接税の引上げなどを反映して上昇率をたかめ,賃金上昇率もガイド・ラインをかなり上回った。

1)内需の伸びなやみ

68年の国内総生産は,相つぐ引締政策の導入にもかかわらず前年比実質3%増(名目5.4%増)と,前3年の低成長期における平均(2.1%増)をかなり上回り,60年代の平均成長率にちかい上昇を示した。69年に入って,年初に内需,外需ともに不振だったことから,第1四半期の国内総生産は前期比2.7%減となった。春以降は輸出の好調に支えられて上昇に転じたが,内需の回復はそれほど強くなく,上期の国内総生産は前期比1.6減となった。

68年の成長を支えた主要因は輸出であり,寄与率でみて67.7%に達しており,この傾向は69年に入っていっそう強まったとみられる。これは,前2年の内需中心の成長パターンと大きく変った点である。

69年上期における国内需要の停滞は,ポンド切下げ以降一貫してとられてきた需要抑制政策によるものである。政府は切下げ当時,国際収支の改善のために約8億ポンド,国内総生産の2%にあたる内需削減が必要であるとしていた。このため切下げと同時に,財政支出4.6億ポンドの削減を発表し,68年度予算では増税による5~6億ポンド(国内総生産の1,5%)の内需削減を,さらに,68年11月にはレギュレーターによる10%の間接税引上げにより2億ポンド(国内総生産の0.5%)の内需削減をはかった。

第15表 イギリスの国民経済計算

第14図 国内総生産のうごき

これらの内需抑制措置は,主として消費需要の削減を目的としており,投資については供給能力の拡大による競争力の強化と物価安定のためにむしろ促進する方針がとられた。

政府消費のような政策決定要因にたいする抑制効果は比較的短期間にあらわれたが,個人消費の抑制にはかなりの時間がかかった。政府は68年度予算措置の導入と同時に主要需要の見通しを発表したが,それを実績と比較すると,とくに個人消費および輸入について大きくくいちがった。

個人消費は,予算発表の時点では67年下期~68年下期間に1.9%減少すると予想されていたが,実際には1.2%の増加となった。これは,67年下期以降の消費ブームが68年春まで持続したこと,さらに,68年予算措置により一時的な減少を示したものの,所得上昇に支えられて根強い上昇基調を持続したためである。こうして個人消費は68年間では実質2.3%増とほぼ60年代の平均にちかい伸びとなった。

しかし,68年11月初に導入された賦払信用規制の強化,11月末のレギュレーターの発動による間接税の10%引上げによって個人消費は急速に縮少に向い,69年第1四半期には前期比1.7%減となった。その後は上昇に転じ,第2四半期には前期比1.2%増となった。これは,69年度予算措置による間接税の引上げと物価上昇によって,実質可処分所得が減少したにもかかわらず,貯蓄率が大幅に低下(9.7%から6.7%へ)したためとみられる。こうして,個人消費は,69年上期に全体としてほぼ前期の水準に止った。しかし,耐久消費財は上期に前期比12%減となり,とくに乗用車購入の減少がいちじるしかった。これは主として,賦払信用規制の強化によるものとみられる。実際,賦払信用残高は,68年11月をピークに減少を続けており,69年6月末までに約4,000万ポンド(3.2%)減少した。小売売上げの最近の動向からみると,下期に入ってからも個人消費の増勢はあまり強いとはいえないようである。

68年の国内総資本形成は実質3.9%増と前年(6.8%)増を下回ったが,これは60年代の平均(2.7%)よりかなり高い伸びである。とくに,66年末に導入された投資補助率の引上げ(20%から25%へ)が期限切れとなるために,68年末にかけて大規模なくり上げ投資が行なわれ,68年下期には前期比3.0%増となった。その反動で69年第1四半期は6.24%減となったが,上昇基調は依然として保たれている。しかし,その増勢はあまり強いとはいえず,商務省の最近(10月)の69年投資見通しも5%増(実質)と再び下向きに改訂された(前回,6月調査では7~8%増,68年12月調査では10~15%増)。輸出の好調に支えられて,機械部門を中心に設備能力の不足が目立っているため,投資需要は根強いものの,金融引締めの抑制効果が作用しているものとみられる。

とれまでに金融引締めの影響が最も大きかったのは住宅建築であり,68年第2四半期をピークに減少傾向を示している。住宅協会の貸付金利は68年4月と69年4月に相ついで引上げられ,現在8.5%と高率であるために貸出しが抑制されている。しかし,公共住宅建築については69年央頃から回復のきざしがみられる。

在庫投資は66,67年に大幅な減少を示した後,68年後半には増加に転じ,年末から年初にかけてかなり大幅な増加をみた。GNPにたいする在庫水準の比率も,68年には0.5%に低下していたが,68年第4四半期と69年第1四半期には1.7%,1.5%ときわめて高水準を示した。しかし,69年春以降は製品在庫減らしが急速にすすんでおり,在庫比率も第2四半期には0.3%に低下している。

第15図 小売売上高と賦払信用残高

2)生産鈍化と失業率の上昇

工業生産は,ボンド切下げ後,ひきつづき上昇過程にあるが,上昇テンポはしだいに鈍化を示している。68年の工業生産は6.3%増と64年につぐ大幅な伸びとなった。これは主として66年来不振を続けていた繊維,車両,金属加工部門などの回復が大きかったためで,それぞれ13.2%,9.6%,5.5%増であった。また,機wc,電機部門でもひきつづき強い増勢を維持した。

69年初には,需要面の停滞を,反映して多くの部門で生産も伸びなやみ,第1四半期の工業生産は,前期比0.2%減となった。とくに,自動車部門ではフォードのストライキという特殊要因のために9%の生産減となった。その後は,輸出,内需とも回復を示し,とくに輸出が好調であるために生産も再び上昇に転じており,第2四半期には前期比1.5%増,69年上期平均でも前年同期比は4.7%増となっている。

こうした生産の増加にもかかわらず,労働力需給は全体的に緩和の方向をつづけた。製造業雇用者歌は66年央以降,68年央まで一貫して減少傾向にあり,この間に,雇用者数は約43万人減少した。しかしその後は小幅ながら増加傾向を示している。このため,67年央以降,失業者数が50万を割ることはめずらしく,失業率も2~2.5%の高水準に止った(60~66年平均は1~1.5%)。

このような最近における生産活動と雇用の関係の変化は,第1に,企業が生産性の向上をより重視するようになり,生産上昇過程でも雇用の増加を行なわず,必要な場合には超勤を選んだこと。第2に,この傾向はとりわけ選択的雇用税(SET)の,導入(1966年)と社会保険料の引上げにより弾化された。第3は,65年末に導入された失業手当支給制(RedundancyPaymeDts)と失業手当の引上げによって新しい職をより長い時間をかけて選ぶことができるようになったことなどが原因とみられる。

また,失業者数や未充足求人数は,生産活動の変化にたいして約6カ月おくれて反応するという特徴が従来からもみられた。69年の春以降,すでに生産が上昇に転じているにもかかわらず,失業者数が夏頃まで増加を続けたのはこのようなタイム・ラグによるものとみられる。

部門別にみると,69年に入って活動水準がひきつづき停滞している建設業で相対的に高い失業率を示しているのに対して,輸出産業では労働力不足がみられる。たとえば,輸出の1/4を占める機械部門では,熟練工の求人・失業比率が68年央の0.8から最近(69年7月)では1.3にたかまっている。また,工業地域における失業率は平均よりもかなり低く,69年上期の平均は1.7%にとなっている。

第16表 部門別生産のうごき

3)生産性・賃金・物価

66年央以降の雇用減少傾向は,68年央まで持続し,その後の生産上昇過程においても小幅の増加に止ったため,生産性は大幅な上昇をみた。68年の生産性上昇率は,全産業で4.6%増,製造業では7.3%増と,いずれも前回の景気上昇期である64年当時のそれに匹敵する大幅な伸びであった。その後69年初の生産停滞によって生産性の上昇も一時的に中断されたが,年央からは再び上昇を示している。

第16図 生産と雇用

第17図 生産性・賃金・賃金コスト

生産性上昇の最も大きいのはサービス部門,とくに小売業であり,これは選択的雇用税の導入による雇用の減少が相対的に大きかったためとみられる。製造業における生産性の向上は,主として,金融引締めの中で賃金コストの上昇を抑制する必要から経営合理化が促進されたためと思われる。

賃金率は68年初に上昇率のたかまりを示した後,やや増勢を鈍化させたが68年間の上昇率は全産業で6.8%と60年代に入って最高の伸びを示し,さらに,68年末から69年初にかけて,建設業と機械部門の賃上げが行なわれたために上昇テンポにはたかまりがみられた。

69年秋までの過去1年半の間に行なわわた主要な賃金交渉において,ガイド・ラインの3.5%をこえて平均4~4.5%の賃上げが認められたが,これは主として生産性の上昇を考慮したこと,および低賃金にたいする補償が行なわれたためであった。

こうして,賃金上昇率にはたかまりがみられたものの,大幅な生産性上昇という好条件に恵まれて,68年の賃金コストの上昇は3.7%増に止った。これは60年代の平均より若干低い水準である(1961~68年平均3.9%増)。

ポンド平価切下げ後の輸入価格の上昇はかなり大幅で,68年に11%高となり,このため卸売物価,とりわけ原材料卸売物価はほぼ同率の上昇を示した。また,製品卸売物価は4%ちかい上昇であり,輸出価格の上昇は8%に達した。しかし,68年末以降は,輸入価格が安定化し,内需も伸びなやみ傾向を示したために卸売物価の上昇率は急速に鈍化して,69年上期の前年同期比は原材料2.1%,製品2.4%高となった。

消費者物価は,68年には主として間接税の引上げを反映して上昇テンポをたかめ,68年4.7%高となった後,69年1~8月の前年同期比は5.6%高となった。費目別にみると,68年には雑貨,光熱費,交通費,家賃の上昇率がたかく,69年にはタバコ,サービス料金,酒類の上昇が目立っている。

第17表 卸売物価と貿易価格のうごき

第18表 消費者物価の費目別動向

(3)国際収支の改善

ポンド平価切下げによる国際収支の改善は予想よりかなり遅れて,好転のきざしがみられるようになったのは68年秋に入ってからのことであった。しかし,69年上期以降は急速に改善がすすみ,69年上期の基礎収支は4,800万ポンドの黒字を計上した。その後,貿易収支も黒字化するなど国際収支の改善は一段と本格化している。

1)貿易収支の改善

イギリスの貿易収支は構造的に赤字基調を示しているが,67年11月のポンド平価切下げ前には赤字幅がとくに拡大して年率13億ポンドにも達した。ポンド切下げ後,輸出は上昇に転じ,68年の増加率は21.4%増と大幅であったが,輸入の増勢がなかなか衰えず輸出を上回る増加(22%増)となったために,貿易収支赤字は6.7億ポンドと67年(5.6億ポンドの赤字)をさらに上回った。

第18図 イギリスの貿易収支

しかし,貿易収支赤字幅は68年下期以降急速に縮少し,68年下期の年率5.4億ポンドから69年上期には4.1億ポンドヘ改善され,第3四半期には小幅ながら黒字を計上した(2,900万ポンド)。貿易収支が四半期べースで黒字となったのは66年第4四半期以来2年半ぶりのことである。

輸出の増勢は68年末に一時たかまりを示した後,69年初にはアメリカの港湾ストや船舶,航空機出荷がとくに低水準だった影響で若干低下した。しかし,春以降は再び大幅な上昇を続けており,69年初来9月までにすでに15.7%増加した。最も大幅な伸びを示したのは西欧向け輸出であり,とくにスターリング地域向けの増加が大きく,EFTA向けも好調であった(それぞれ前年同期比24.O%,20.3%増)。68年における輸出増加率は主要商品についてほぼ同率の伸びを示したが,69年においては乗用車およぴ機械輸出がいちぢるしい伸びを示した(14.0%増)。

輸入は68年下期以降,増勢は急速に鈍化して,69年1~9月間にわずか3%増加したにすぎなかった。これは,完成品および半製品輸入が引続き増加し,それぞれ9.5%,7.l%増となっているのに対して,原材料および食糧輸入は伸びなやみを示し,燃料は年初来減少に転じていることによる。

こうして,最近のイギリスの輸出規模は月額平均6.5億ポンドに増加しており,切下げ当時の平均3.5億ポンドに比較すると8割以上も拡大している。

一方,輸入規模の拡大は2割弱に止っており,その分だけ貿易収支の赤字基調が是正されたことになる。

ポンド切下げ後,69年8月までに輸入価格は,12.5%上昇し,輸出価格は11.3%高となったため交易条件は約3%悪化している。

このような最近における貿易収支の改善は,ポンド切下げの効果が本格化したことを示すものであろう。平価切下げによってイギリスの競争上の地位はかなり改善されており,60年代に入って減少を続けていた世界貿易シェアーも68年には若干上昇した。しかし,これは先進国の景気上昇過程が持続し,世界貿易がかつてなかったほどの大幅な増加を示したという好条件のなかで達成された点に注目しなければならない。

第19表 イギリスの貿易

2)基礎収支の黒字化

68年の基礎収支赤字幅は4億ポンドに達し,前年とほぽ同規模の赤字に止ったが,その大半は上期に計上されたものであり,下期には赤字幅は5,300万ポンドへと急速に縮少し,さらに69年上期には4,800万ポンドの黒字となった。この基礎収支の好転は,第1に,貿易収支にたいするポンド切下げの効果がかなりのタイム・ラグを伴なってあらわれたことによる。第2は,貿易外収支の黒字幅が拡大したこと,そうして,第3は,長期資本の流入増により長期資本収支が黒字を計上したためである。

イギリスの貿易外収支(移転収支を含む)は,政府部門の赤字を主として民間投資収益の黒字で相殺して,なお黒字基調を維持するという構造をもっている。政府部門の赤字はこの間ほぼ一定であったが,民間投資収益は海外石油会社送金の増加という特殊要因もあって,とくに69年上期に急増した。

また,68年にはタンカー・レートの上昇による運賃収入の急増,平価切下げ後の観光ブームによる観光収入の黒字化なども黒字幅拡大に寄与している。

このような要因によって,貿易外収支は現在では月平均4,000万ポンドに達しており,前年のほぼ5割増に拡大している。

長期資本収支は従来からも赤字基調にあったが,68年には赤字幅が拡大して1.4億ポンドにも上った。しかし,69年に入って赤字幅は縮少傾向を示し,第2四半期には小幅ながら黒字を計上した。68年の赤字幅拡大は,主として民間対外直接投資が高水準を示したためである。イギリスへの長期資本の流入も大幅に増加し,68年には5.7億ポンドと前年(3.8億ポンド)をかなり上回り,69年にはさらに大幅化している。これは,第1に,石油投資が依然高水準にあり,第2に,ロンドン市場における海外からの債券購入が急増し(とくに第2四半期),第3に,民間企業や公社による国際資本市場における借款(たとえば,スイスにおけるBEAの1,680万ドルの起債,西ドイツにおけるガス公社の7,440万ドルの起債の増加心よるものである。

対外長期投資は,主として,イギリスの市中銀行によるユーロ・カレンシーの借入によってまかなわれているため(68年に2.4億ドル,69年上期1.2億ドル),金融勘定によって相殺されている。この要因のほかにも調整項目があるため基礎収支と金・外貨準備の変動は若干異なったうごきを示している。

金・外貨準備は68年に約1.1億ポンド減少したが,69年には小幅ながら増加傾向を示しており,年初来約2,500万ポンド増加して10.3億ポンド(10月末)となっている。

69年上期における基礎収支の改善と金融勘定における資金の流入によって,イギリスは64年来大幅化した対外借款をかなり返済することができた。

すなわち,この間に非スターリング地域にたいする返済は8.8億ドル,スターリング地域対民間返済は4.7億ドルにのぼった。しかし,64年以降に行なわれたイギリスの対外中期借款の残高だけでも69年9月現在約33億ポンドに上っており,これに以前からの債務を加えると総債務残高は57.3億ポンドに達する。このうち,70年中に返済しなければならないのは,6.2億ドルといわれるので,イギリスの国際収支は単に均衡するだけでは不十分であり,今後,かなり大幅の黒字を計上する必要があるとみられる。

第20表 イギリスの国際収支表

2. 経済政策と対外問題

(1)景気抑制政策の持続

ポンド切下げ後におけるイギリスの経済政策の主要目標は,国際収支の改善を促進するために内需の伸びを抑制することにおかれていた。この景気抑制政策は当初は主として財政面からの措置によっていたが,その後,重点はしだいに金融面に移っており,69年にはとりわけこの傾向が強まっている。

第19図 金・外貨準備のうごき

1)緊縮財政の継続

過去2年間に導入された一連の財政引締め措置は,規模からいっても,また,その多様性からいっても画期的なものであったが,その効果があらわれるまでにかなりの時間を要したことも特徴であった。

第21表 1964年以降におけるイギリスの海外中期借款

ポンド切下げと同時に,財政支出の年間4.6億ポンド削減が発表されたのをはじめ,68年度予算では9億ポンドにのぽる大型増税が導入されたが内需の増勢は止まず,さらに11月にはレギュレーターの発動による間接税10%引上げが導入された。これらの一連の財政措置のほかに,賦払信用規制の強化など金融面からの措置がとられたこともあって,69年に入って景気は一時的に停滞をみた。しかし,69年度予算は,前年よりはるかに緩和された,ものの依然として緊縮型がとられた。

68年度予算措置による内需削減効果は5~6億ポンド,国内総生産の1.5%程度に相当すると推定されていた。しかし,内需はその後もかなり強い増勢をつづけ,とりわけ個人消費は政府が意図したほどには鈍化しなかった。

一方,国際収支の改善も遅々としており,秋以降に再びたかまった国際通貨不安のなかでポンドの動揺が激化した。このため,政府は新バーゼル協定などを通ずる外部からの支援を受けると同時に,引締政策の強化をはかったのである。

68年11月における引締め強化は,財政,金融両面にわたっており,また,新たな国際収支対策として輸入担保金制度を導入するなど総合的なものであった。このような財政面における措置による内需削減は約2億ポンド,国内総生産の0.5%と想定された。

69年度予算案は,増税による歳入増を初年度2.7億ポンド(平年度3.4億ポンド)としており,これによる内需抑制は初年度約2.2億ポンド,69年上期~70年上期の成長率を当初政府見通しの3.5%から2.9%に引下げる効果をもつとされている。

同時に,歳出面においても削減措置がとられており,歳入が16.6%増であるのにたいして歳出は9.2%におさえられた。このため,一般会計剰余は前年度当初予算のほぼ2倍に拡大し,政府部門の資金ポジションも大幅に改善された。そうして,69年度の既発債償還は8億2,600万ポンドにのぼった。

第22表 1968~69年における主な政策措置

第23表 イギリスの1969年度一般会計予算

2)金融引締めの強化

ポンド切下げと同時に,金融面では公定歩合が8%に引上げられ,賦払信用の規制も実施された。また,民間への銀行貸出枠が再び導入されて,対民間および海外貸出を現行水準に据え置くことが要請された(ただし,輸出および造船部門への貸付を除く)。

市中銀行の民間貸出については,68年5月に新しい貸出枠(67年11月水準の104%,輸出および造船部門についても適用)がきめられ,さらに11月には,ロンドン手形交換所加盟銀行およびスコットランド銀行の民間貸出上限が67年11月央水準の98%(69年3月まで,輸出・造船部門は再び適用外)に引下げられた。

このような引締措置の強化にもかかわらず市中貸出は増勢をゆるめず,68年間に6.8億ポンドの増加となり,規制枠を4~5%も超過しつづけた。このため,69年に入って,さらに貸出規制を持続することを決め(3月),さらに6月初には,規制が守られるようになるまでイングランド銀行への特別預金にたいする支払利子を半減させることとした。しかし,最近までこの規制対象となる銀行貸出はいぜんとして増加をつづけており,貸出規制枠を約3%上回っている(10月)。

一方,公定歩合は68N-.3月に7.5%に引下げられ,9月にはさらに7%に引下げられるという全体の政策動向と逆行したうごきがみられ,これが銀行貸出規制を困難にする一因ともなった。しかし,69年2月末に,公定歩合は再び8%へ引上げられた。住宅協会の抵当金利も,0.5%引上げられて7.1%となった(4月)。さらに,10月からは,優良企業にたいする当座貸越金利(いわゆるブルー・チップ)が0.5%引上げられた。この金利は,従来,公定歩合より0.5%上の水準に自動的にきめられていたが,今回はじめて連動性が停止されて両者の差は1%にひらいた。

69年におけるこのような金利引上げは,国際的高金利にひきづられた面もあるが,政府が国内需要の抑制が依然として必要とみていることを反映したものである。

このような一連の金融措置によって,68年中にはあまり影響を受けなかった金融情勢も,69年に入って急速に引締め効果をあらわしてきた。たとえば,金融情勢の最も総合的な指標である国内信用増(DomesticCreditEx-pans10n,DCE)は,68年に19億ポンドとなり,前年を上回ったが,69年上期には7億ポンドの減少となった。これは主として,政府部門による資金需要が大幅黒字予算の導入と基礎収支の好転により急減したためである(約9億ポンド)。

政府は69年6月における10億ドルのIMFスタンドバイ・クレジット借入に際して,69年度における国内信用の増加を4億ポンドに抑制することを約束している。この枠内で民間銀行貸出の増加を持続させるためには,引続き政府部門の資金需要を抑制することが必要であろう。

第24表 国内信用増と通貨供給

(2)国際通貨不安のなかのポンド

67年11月18日のポンド平価切下げ(14.3%)によって,1ポンド=2.4ドルの新平価が決定されたが,その後の約2年間,ポンドの実勢はほとんどこの平価を割っており,しばしば再燃した国際通貨危機のなかで0.75%の介入下限(2.3825ドル)を割ることもまれではなかった。しかし,貿易収支の改善が69年夏以来本格化したのを背景に,9月下旬,マルクに変動相場制がとられたことなどからポンドは立直りを示し,さらに,10月末のマルク平価切上げ後は堅調化傾向を示している。

68年9月の新バーゼル協定成立により,ポンド残高の安定度が高まったことを契機としてポンド相場は弱ふくみながら小康を保っていた。しかし,11月22日を頂点としたヨーロッパ通貨危機のなかでポンドはフランと並んで暴落した。貿易収支の改善がはかばかしくなく,フランが切下げられた場合,ポンドの追随切下が懸念されたためである。ドゴール大統領によるフラン切下げの否決後,ポンド相場は一時持ち直したが年末,年初にかけては低迷をつづけた。

69年に入って短期ユーロ金利が低下し,イギリスの短期金利が相対的にたかまったことから短資の流入がつづき,ポンド相場は上昇基調にあった。しかし,4月下旬以降はフランスの国民投票の結果にたいする警戒観などから軟化し,さらに,ドゴール大統領の辞任声明後は,フラン切下げ,マルク切上げ投機の再燃によりポンド相場も大幅に低下した。5月9日の西ドイツ政府によるマルク切上げ否定声明によりマルク投機は一時的に鎮静化し,ポンドも持直した。しかし,マルク切上げを必要とみる意見が根強いために資金の還流が十分に行なわれなかったのに加えて,イギリスの貿易収支の改善が一進一退をくりかえしており,ストライキ規制法案をめぐる労組,政府間の対立が強いことなどから,ポンドは低水準に推移した。

第20図ポンド相場の推移

6月末にIMFスタンドバイ取決めが正式に締結されたこともあって,ポンド相場はその後小康を保っていた。しかし,8月10日のフラン切下げを契機にポンドは再び大幅な低下を示した。イングランド銀行が介入下限(2.3825ドル)を引上げたこともあって,ポンド相場は切下げ来の最低(2.3813ドル,8月14日)を記録した。この介入下限の引下げとともに,投機筋の動きを封ずるために,コール市場を一時的に逼迫させる措置も導入された。こうして,フラン平価切下げがイギリスの貿易に与える影響はそれほど大きくなく,また,マルク平価切上げは西ドイツ総選挙前にはありえないという見方が一般的となったこともあってポンド売り圧力は比較的軽微にとどまり,その後,ポンドは立直り基調を示していた。

第25表 イギリスの対外債務残高

マルク変動相場制への移行(9月29日)後,ポンド相場は上昇基調を強め,さらに,10月27日のマルク平価引上げによって立直りは本格化した。

このように,ポンドにとって切下げ後の約2年間は緊張の連続であった。

しかし,最近のマルク切上げによって,主要国間の通貨調整はひとまず一巡し,この面からの通貨投機要因は除かれた。ポンド切下げによる国際収支の改善も69年に入ってようやく効果をあらわしてきている。しかし,IMFをはじめとしてイギリスがもっている海外借款は公式発表で57.3億ポンド,非公式のものをいれると総額70~80億ポンドに達するとされており,これらの債務をかかえている限りポンドの体質は改善にはほど遠いとみられる。

(3)EEC加盟問題

イギリスのEEC加盟交渉は,63年1月,フランスの拒否権によって中断されていたが,67年5月,イギリス政府は正式に加盟申請手続きをとった。

しかし,その後,イギリスはポンド危機に見舞われ,ポンド平価切下げ後の国内経済運営に関心が集中し,一方で,EEC側も加盟に伴なう技術的問題について意見が不統一であったことなどからあまり大きな進展はみられなかった。

69年に入って,イギリスの加盟に最も強硬な反対を表明していたドゴール大統領が退陣し,ついで西ドイツでも政権が交代してイギリスの加盟に好意的なブラント氏が首相に就任するなどEEC内の政治情勢はいちじるしく好転した。また,イギリスの経済情勢も春頃から回復を示すようになり,政府も対外問題により多くの関心をはらうゆとりをもった。こうして,加盟問題は最近再び活発なうごきをみせ,加盟交渉が明年再開される可能性が強まっている。

イギリスのEEC加盟にとって障害となる問題はいろいろあるが,なかでも政治機構,農業,技術開発,通貨面での困難が大きいとみられる。このため,これらの問題についてジャン・モネ氏を委員長とする作業委員会(Action CommitteefortheUnitedStatesofEurope)が組織され,専門的な検討が行なわれていたが,69年7月中旬,各問題にたいする報告書が発表された。これらは,いずれも問題が解決不能ではないことを指摘するとともに,それらを克服してEECを拡大する必要性が強いことを強調している。

EEC委員会も9月末,EEC拡大に関する1967年報告書にたいする補足書を発表した。これはイギリスを含めて加盟交渉を希望している4カ国とすみやかに交渉を開始する意図を表明すると同時に,域内統合の強化をすすめることを必要としている。とくに,農産物過剰問題はEECの拡大強化にとって緊急に解決を必要としており,さらに,域内農業の構造改革についてはマンスホルト案を実施することを要請している。,イギリスとの関係では,これに加えて,国際収支の改善,対外債務などの経済問題が依然として重視されている。

イギリスではこの補足報告書につき現在,慎重な検討が加えられている。

加盟問題にたいするイギリス国民の関心度はまだそれほど高くなく,第1回の加盟交渉が失敗した63年初にくらべると加盟支持率はむしろ低下している。加盟にたいする国民の最大の懸念は食料品価格の騰貴であり,EECの補足報告書でもイギリスの生計費は3.5%程度上昇するものとみている。他方,経済関係者は,主として,共通農業政策の導入による国際収支への負担および,英連邦諸国の対英輸出にたいする既得権益への影響を問題としている。

最近の労働党大会は,EEC加盟の早期実現の方針を再確認しており,政府も外交活動を活発に展開しているので,近い将来,加盟交渉が再開される可能性は一段とたかまったとみられる。

(4)所得政策と経済計画

イギリスでは1962年以来,所得政策が導入されてきたが,その功罪についてはいまだに多くの議論があり,順調な軌道に乗るまでにはいたっていない。現行の所得政策についても,これが69年末に期限ぎれとなる後の措置をめぐって組合側から撤廃要求が激しくなっている。

現行の所得政策は,1968年7月の物価所得法にもとずいており,これは,それに先立つ1966年およぴ67年物価所得法の権限をさらに延長,拡張したものである。その主要内容は,①政府は物価,賃金,配当金の引上げについて通告を要求する権限をもつ。②賃金,物価引上げについて,12カ月間延期する権限をもち(従来は6カ月),この権限は引上げ問題が物価所得委員会(P.I.B.)に付託されたときに行使できる。③P.I.B.の勧告にもとずき政府は物価の引下げをもとめることができる。④政府は家賃の引上げを緩和し,あるいは調整することができる。また,過度な配当金支払いを阻止する権限をもつ。これらは,いずれも留保権限であり,自主的取決めが順調に行なわれない場合にのみ行使される。

ここでは賃金上昇率の上限については,労働組合や労働党左派の反対を考慮して,明示されていないが,3.5%を実際上の目標としている。また,当初,政府はこれを年々自動的に更新する意向であったが,組合に譲歩して,有効期間を69年末とした。

過去1年間における賃金上昇率は5%弱と,このガイド・ラインをかなりこえていたが,これは主として生産性上昇分にみあうものであり,必ずしも所得政策が失敗におわったとはみられていない。しかし,最近における山ねこストの頻発など労働情勢は不安定度をたかめているので,賃金上昇を抑制することはいっそうむずかしくなっている。このような情勢の下で,政府は現行の所得政策を更新することは見送る意向めようであり,かわりに66年物価所得法第2部による,よりゆるやかな形の規制を持続する可能性が強い。

政府はこの問題に関連して本年中に所得政策白書を発表する予定である。

経済運営の全体的,より長期的指針としては,従来からも経済計画が作成されてきたが,いずれも実績と大きくかけはなれて実効性をともなわないという欠点がみられた。69年2月に経済省によって発表された中期経済展望(TheTaskAhead-EconomicAssessmentto1972)は,この点を考慮して,経済成長率などについても固定的な目標値を設定することを避け,弾力的な幅をもたせた予測値を示したものである。

この展望の主内容は,①1972年末までに,年率5億ポンドの基礎収支黒字を達成するために,貿易収支で2~3億ポンドの黒字を計上する。②そのため,経済成長率を3.25%の標準に維持する。③産業投資を72年までに30~40%増大させる。④産業再編成にともなって生ずる30万人以上の失業者問題を解決することなどである。

3. 今後の経済見通し

ポンド平価切下げ後,多くの試練を経験したイギリス経済にも69年春以降ようやく明るさがみられるようになった。基礎収支が69年上期に久しぶりに黒字を計上し,その後も改善をつづけている一方,相つぐ内需抑制措置のために年初来みられた景気不振も2四半期だけのミニ・リセッションにおわり,経済は再び拡大基調を示している。

このような情勢の好転がみられるものの,政府は現行の景気抑制政策を持続する意向を示しており,むしろ,国内信用抑制のための市銀貸出規制をきびしく実施しており,10月初におけるブルーチップ・レートの単独引上げも容認された。また,貿易収支の改善をより確実にするために,輸入担保金制度を1年間延長し(ただし担保率は50%から40%に引下げる),海外旅行用ポンド持出規制も当分持続することを決定した(10月)。

第26表 イギリスの中期経済展望

政府の慎重な政策態度が今後も維持されて,明年度予算も緊縮型となり,国内信用の拡大がさらに抑制されると想定すると,国内需要の拡大は引続き若干抑制されたものになるであろう。一方,外的条件も,過去2年間にわたって大幅な増加を示してきた世界貿易の伸びが明年以降は鈍化するとみられ,とくに,イギリスの主要輸出先であるアメリカの輸入の鈍化はより大幅であると予想されるなど,イギリス経済がおかれている環境は,今後いっそうきびしさを増すと予想される。

政府は69年度予算の発表とともに70年央までの経済見通しを示したが,これまでのところイギリス経済の動向はこの見通し通りにうごいているようである。69年下期以降は,民間投資および輸出を中心に再び拡大基調に転じ,国内総生産の増加率は69年下期1.3%,70年上期1.6%増(いずれも前期比)と増勢を強めるとみられている。

輸出は,世界貿易の先行き鈍化が予想されるものの,ポンド切下げによるイギリスの国際競争上の地位の改善の影響が当分持続するとみられる。しかし,現在輸出需注が依然高水準を示している一方で,輸出産業の操業度はすでにかなり高まっており,また,ストライキの頻発などもあって,この面から輸出拡大が制限される懸念もある。このため,輸出の伸びは69年下期から70年上期にかけては年率5%増前後に止るとみられている。

民間固定役資の先行きには不確定要因が多い。最近の商務省による企業投資調査は69年の産業設備投資が上期の停滞にかかわらず,全体で5%増とみており,依然増勢を保っていることを示している。これは主として,企業利潤が相対的に高率の上昇を続け,また,国際収支の改善が企業の景気先行きに対する自信を強めていることによる。ただし,現行の金融引締めが持続される場合,企業投資はかなりの影響を受ける可能性もあろう。しかし,企業投資意欲が強いことから,今後,70年央までの1年間は,ほぼ年率6%程度の増加を示すとみられている。

個人消費は今後増加率を若干たかめ年率約1.5%程度になるとみられている。

第27表 イギリス政府の経済見通し

輸入担保金制度の延期がきまったので,輸入は今後も需要の回復にほぼ歩調をあわせた上昇を示すとみられる。金融逼迫が明年初にかけて一段と強化するとみられることは輸入の抑制要因であるが,今後はポンド切下げによる輸入抑制効果が徐々に消失するとみられるので,輸入の増勢はしだいに強まり,70年上期以降は年率5%程度にたかまるとみられている。

基礎的国際収支は69年下期以降も改善をつづけるものとみられる。内需の増勢は上述のように若干抑制ぎみに推移するとみられるので,輸出が国内要因によって阻害されることはないが,海外要因から増勢鈍化を示し,一方,輸入は増勢をたかめるとみられるので,貿易収支が今後とも大幅に改善することは期待できない。しかし,貿易外収支は今後も黒字幅を拡大するとみられ,経常収支は7岬に約4~5億ポンドの黒字を計上すると予想される。一方,長期資本収支は内外金利動向によって影響をうけるので予測しがたいが,現在のような金融引締めが今後も持続されるとすると,資本流出は低水準にとどまるであろう。反面,海外民間および政府企業による対英投資はポンドにたいする信認の回復がすすむにつれてさらに増加するとみられるので,資本収支が黒字化する可能性もある。こうして,基礎収支を,70年3月末までの1年間に3億ポンドの黒字とするという政府が69年6月に,IMFに対して与えた趣意書の目標を達成できる見通しが強まっている。

今後のイギリスの経済政策は,おそくとも71年春までに実施される総選挙をひかえて,現行の引締政策を解除ないし緩和する方向にすすむとみられる。しかし,国際環境の悪化が予想されるので,今後の国際収支改善の足取りとあいまって,政策運営のタイミングの選定はいっそうむずかしさを増すとみられる。


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