昭和44年
年次世界経済報告
国際交流の高度化と1970年代の課題
昭和44年12月2日
経済企画庁
第2部 世界経済の発展と国際交流の増大
1969年の世界経済は,広汎なインフレーションの進行と,それに伴う戦後最高ともいうべき高金利が表面化し,そのなかで主要国の国際収支の不均衡が拡大した年であった。この数年来つづいてきた国際通貨不安はこの1年間においてもしばしば表面化し,ついにマルクの切上げフランの切下げというヨーロッパの主要通貨の平価調整をまねいたばかりでなく,最近では現行国際通貨体制そのものの変革さえ問題として取りあげられるまでになってきている。
このような1969年に表面化してきた種々の問題は,いうまでもなく,この1年間の世界各国の経済動向,経済政策のみによってもたらされたものではなく,いわば1960年代を通じて進行してきた各国の経済成長のパターン,あるいは経済政策の方向によってもたらされたものと理解することができる。
いいかえれば1960年の世界経済に露呈した各種の問題は,1960年代の世界経済の発展の一種の総決算であったともみることができよう。
1960年代を通じて,アメリカ,西欧,日本など工業国の成長率は一段と高まり,世界貿易も大きな伸びを記録した。また低開発国においても,60年代なかば以降,概して成長率も高まり,一部の国においては工業化の進展もみられ,「開発の10年」の目標は一応達成されるに至っている。しかし一面でこのような世界経済の高度成長が,69年に表面化したようなインフレーションの激化,あるいは各国間の国際収支の不均衡の拡大などをもたらす大きな遠因となったことも否定できない。
ただ,1969年のインフレーションが,なぜ,これほど広汎な世界的規模への拡がりをみせたのか,高金利がなぜここまで異常な高水準にまで上昇したのか,さらには各国間の国際収支の不均衡がかくも拡大したのか,といった点を考えると,60年代の世界経済の成長率が一段と高まったという事実だけからは十分に理解することはできない。
この点についての重要な手がかりのひとつは,60年代の国際経済の取引きが,商品貿易に限らず,資本,技術,知識などを含めて,各国経済の成長率をはるかに上回る拡大を示したという点である。各国間の依存関係の向上は,相互の潜在成長力を加速的に引出し,60年代の高度成長をもたらしただけでなく,反面では,物価や金利上昇の国際的波及を大きくしたし,各国間の不均衡を増幅しやすい構造をつくりだしたということができる。
いいかえれば,60年代の世界経済が,各国間の経済的依存関係を著しく高めながら成長してきたという特色が,560年代の経済発展のパターンを形成し,ひいては69年の世界経済に露呈した種々の問題をも導き出すひとつの大きな要因となったといって過言ではなかろう。
そこで,以下,60年代の世界経済成長の過程で,国際的な相互依存関係がいかに深まってきたのかという点について,商品,サービス,資本,技術,知識,企業活動などの側面からやや長期的に検討を行なってみたい。