昭和44年

年次世界経済報告

国際交流の高度化と1970年代の課題

昭和44年12月2日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第1部 1969年の世界経済の特色

第2章 世界的なインフレの進行とその特色

1. 世界的なインフレの高進

(1)最近における物価上昇の態様

この1年間の世界経済にとって,もっとも大きく,かつ重要な特色のひとつは,先進諸国はもちろんのこと,低開発国,社会主義国でも高い物価の騰貴がみられ,世界的にインフレが進んだことであった。しかも,この1年間のインフレは,従来の景気上昇期にくらべて,いくつかの,特色をもっているがその最大のものは,先進諸国における物価上昇率が近年にない高さを示したことである。

先進諸国では,経済の拡大が全般に広まった68年後半から物価(GNPデフレーター)の騰勢が強まり,68年全体としては,60年代最高の3.6%という上昇を記録した。この物価の騰勢は,69年に入っても衰えをみせず,各国経済の一層の拡大に対応してむしろ上昇テンポを速め,69年には恐らく4%をかなり上回るまでになりそうである。

69年に入ってからの先進諸国の物価動向を国別にみると,消費者物価については,オランダが前年同期比8.0%高となったのをはじめとして,フランス,イギリス,アメリカ,日本,カナダなど4~6%の上昇を記録した国が多かった。また過去数回にわたり悪性インフレに悩まされ,物価上昇には特に注意深い西ドイツにおいても,騰勢が強まり,69年に入ってからは前年同期比2.5%高となった。また,卸売物価については,フランス,カナダでそれぞれ前年同期比7.9%,5.4%の大幅上昇を記録したほか,アメリカ,イタリアスエーデンなど多くの国が3%前後の上昇を示した。その他の国においても,69年に入ってから消費者物価,卸売物価の上昇率が高まった国が多かった。このような物価上昇テンポの高まりを反映して,先進諸国の物価上昇率は,69年全体で4.3%に達するとみられている。

商品別には,第13表のように,サービス価格の上昇がもっとも著しく,次いで食料品価格の上昇が著しかった。サービス価格がもっとも大幅な上昇を示すという傾向は従来もみられたことであるが,68年から69年にかけてのサービス価格の上昇は特に顕著であり,年率7~8%の上昇幅を記録した国が多かった。なかでも,サービス消費の多いアメリカでは,68年から69年にかけての消費者物価上昇分の40%以上が,サービス価格の上昇によるものであったなど,物価上昇に与えた影響はとくに大きかったといえる。

なお,低開発国では依然大幅な物価上昇が続いているものの68年には豊作により食料事情がかなり好転し,経済も若干安定化したため,騰勢が鈍化して11.6%の上昇に止まった。これは64~67年の16~19%に比べるとかなりの低下である。国別にみても,韓国,台湾など一部の国を除く大部分の国で上昇率は67年を下回った。その後69年に入ってもこの傾向は続いている。

また,社会主義国においても所得の大幅上昇と生産の停滞などによって需給がかなりひっ迫し,この1年間に需要圧力はかなり高まった。ことにチェコなどでは自由価格の上昇テンポが急速に高まっている。

第4図 物価上昇率の推移

第11表 先進国の消費者物価上昇率

第12表 先進国の卸売物価上昇率

第13表 主要国の品目別物価上昇率

第5図 景気上昇過程における物価上昇の比較

第14表 主要低開発国の消費者物価上昇率

(2)最近における物価上昇の要因

以上のような最近のインフレの特色は,いかなる要因からもたらされたものであろうか。

今回の世界的なインフレは,単なる景気上昇に基ずくものだけでなく,その他にいくつかの特殊な要因が相乗的に作用した結果であるように思われる。

まず特殊な要因の最大のものは,1960年代に入ってからアメリカをはじめ,先進諸国では高い経済成長が続いたために,設備能力,労働力など経済供給力が一種の完全雇用水準に到達していて,供給力の弾力性が低くなったところへ,68年以来の需要増加が重なったという点である。

すなわち,68年後半から先進諸国では一般に操業度の高まり,受注残の増大が極度に目立つようになり,とくに西ドイツでは,69年8月には操業度が15年来の高さである92%にも達した。また余剰労働力もほぼ底をつき,アメリカの失業率が完全雇用水準といわれる4%を大きく下回ったほか,西ドイツの失業率も69年6月以来0.5%に低下し,外国人労働者の雇用も戦後最高の水準に達している。

第6図 主要国の賃金コスト(製造業)の推移

こうして,需給関係のひっ迫がはげしくなったうえに,生産余力が大幅に減退した結果,生産性の上昇テンポは景気回復の初期に比べてかなり低下した。一方,労働力需給のひっ迫などにより賃金の上昇率が著しく高まったため賃金コストが上昇し,先進諸国の物価はさらにコスト面からも上昇圧力を強めたわけである。

こうした賃金コストの上昇傾向は69年に入ってからは一層顕著で西ドイツ,イタリアなど68年前半には低下していた国においても,賃金コストは上昇に転じた。このほかオランダ,ベルギー,カナダなどでも68年末頃から賃金上昇が著しくなり,賃金コストが上昇した。こうして,先進諸国の物価上昇は前出のサービス価格の高い上昇にみられるように次第にコスト・プッシュ的な様相を強めるに至っている。

とくに,フランス,西ドイツ,イタリアなどでは,69年秋に大幅な賃金上昇が実現しているため,今後は一層こうした傾向が強まると思われる。

こうした賃金上昇との関連で失業率と物価との関係は重要である。多くの国では失業率と物価上昇との間には第7図にみられるように,失業率が低下した場合には物価上昇率が高まり,失業率が高まった場合には物価上昇率が低下するというトレード・オフ関係がみられる。

例えばアメリカでは,61年に失業率が6.7%であった時,消費者物価は1.1%の上昇に止まった。その後失業率が次第に低下するにつれて,物価上昇率は高まり,失業率が完全雇用水準といわれる4%を下回った66年には消費者物価上昇率は2.9%に達した。失業率がさらに低下し3.4%となった69年上期には,消費者物価は5.1%という大幅な上昇となった。

こうした関係は,他の国々でもおおむね同様の傾向にあり,60年代を通ずる各国の完全雇用政策の結果は,皮肉にも69年に至って,世界的なインフレを生む一因となって作用したのである。

つぎに今回の物価上昇がとくに大きかった第2の要因として,ヨーロッパ諸国の場合,アメリカのインフレが波及して,国内インフレ要因に加重されたことがある。

アメリカ経済は67年前半の景気停滞を乗り越えて,いち早く拡大に転じたが,68~69年においても高い成長を続けた。これに伴って68年の輸入は前年に比べ23.7%という大幅な増加を記録した。こうしたアメリカの輸入の著増は当然その他諸国の輸出を刺激し,これら諸国の経済の拡大をもたらすと同時にこれら諸国の需給を一層ひっ迫させる作用を果たしたわけである。また,この間にみられた国際商品相場の上昇も,物価上昇に拍車をかけた。先進国の景気回復を反映して,67年末から68年初めにかけて急上昇した国際商品相場は,その後やや弱含みに推移したが,68年秋頃から再上昇に転じ,その後は高水準で推移している。こうした国際商品相場の上昇は主として,アメリカの景気拡大持続に伴って,需給がひっ迫したためである。こうして,アメリカのインフレは,ヨーロッパ諸国の輸出増大を通ずる需要の増大と,商品相場の上昇という二つの結びつきを通じてヨーロッパ各国に波及したわけである。もちろん,こうした関係は今回に限らず一般に景気上昇期にはみられる現象であるが,とくに60年代を通じて工業国のほとんどの国が後述のように貿易依存度を急速に高めてきたうえに,資本,企業活動などの面でも,主要国間の相互依存度が増大していたために,波及の程度が大きくなったと思われ,この点は,注目すべき現象といわなければならない。

第7図 主要国の消費者物価上昇率と失業率

以上のほか,付随的な要因として第1に制度的あるいは政策的なものをあげることができる。EEC諸国では税制統一方針に基づいて,68年から69年にかけて付加価値税を導入した国が多くみられた。西ドイツでは68年1月に,従来の取引高税から付加価値税への移行が行なわれたし,フランスでも68年1月に付加価値税が小売部門に適用された。またオランダでも69年1月に付加価値税方式への全面的移行が行なわれた。こうした課税方式の変更に伴って,消費者物価は少なくとも1~2%度一時的に上昇したものとみられている。

第8図 主要国のアメリカ向輸出増加率

第9図 国際商品相場の推移

また,課税方式の変更のほかに,イギリス,フランスなどでは,消費支出を抑制することを狙いとして,間接税を引上げて意識的に消費者物価を引上げる措置もとられた。しかし,これらの措置が,根強いインフレ・マインドのある状況の下で行なわれたため,現実には消費支出を抑制するよりも,むしろ,賃金上昇圧力を強める結果となり,さらに物価が再上昇するという事態をまねいた。

また,第2の付随的要因として,国際通貨不安が世界的に存在していた点も見逃すことはできない。

67年11月のポンド切下げ以来,69年10月のマルク切上げに至るまで,主要国の国際収支の不均衡を背景として,しばしば大規模な国際的通貨投機が発生した。

こうした情況は,多くの国で通貨に対する人々の不信感をまねき,フランスやイギリスでみられたような通貨から物への逃避,あるいは買急ぎ傾向をひき起し,インフレの激化に拍車をかけるようになった。

以上のように,この1年間の世界的なインフレは単なる景気上昇に伴う物価上昇という性格のものでなく,基本的にはいわば,60年代を通じた長い経済拡大と完全雇用の達成の結果もたらされたものであるという性格をもっている。

したがって,今回の世界的インフレは,短期的な引締め,政策の実施だけで抑制できるものではなく,今後70年代を通じて完全雇用か,インフレかという選択を人々に迫るような,長期的,構造的な性格をもっていることに注意しなければならない。


[次節] [目次] [年次リスト]