昭和43年

年次世界経済報告

再編成に直面する世界経済 

昭和43年12月20日

経済企画庁


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第5章 イタリア

1 1967~68年の経済動向

1967年はイタリア経済にとって恵まれた年であった。65年初来の景気上昇過程にあって,前年を上回る経済拡大を物価の急上昇や国際収支の急速な悪化を伴わずに達成することができた。しかし,68年に入って内需の伸びなやみから景気拡大基調は次第に弱まりをみせ,夏から秋にかけて景気停滞の様相が一層はっきりしたため,政府は8月末に一連の緊急景気対策を導入した。

67年の国民総生産は実質5.9%増(名目8.7%)と前年の伸び(実質5.7%増)をさらに上回った。この成長率は概して低調だったEEC域内で最高であったばかりでなく,戦後におけるイタリアの成長トレンド(53~67年の平均年成長率5.7%)からみても高い水準にある。また,現行の経済発展5ヵ年計画(1966~70年)の平均年成長目標5%はこれで2年連続してかなり上回って達成されたことになった。

国民総生産のうごきを四半期別(季節調整済み)にみるとかなり大きな変動を示しており,67年上期に好調な伸びを示した後,第3四半期には若干低下したが第4四半期には再び大幅な上昇となった。しかし,68年に入って国民総生産の伸びは次第に鈍化傾向を強め,夏頃までには内需の伸び悩みがはっきりして,政府の当初経済成長見通しの5%強の経済成長を達成できないのではないかという懸念さえみられるようになった。このため政府は需要支持を目的とした選択的措置を8月まに導入したが,この結果,68年もほぼ計画に沿った経済成長が達成される見通しとなっている。

2 部門別動向

(1) 内需の停滞

67年における高成長は66年と同様に主として内需の堅調によるものであり,輸出は年央にかなり減少したため年間の伸びも実質6%に止まった(65年19.9%,66年13.2%増)。しかし,68年には内需の停滞をみたため輸出は再び中心的な成長要因となっている。

67年の国内総需要の伸びは実質6.7%増と66年のそれ(5.6%)を上回ったが,これは政府消費を除くすべての需要要因が前年を上回る伸びを示したことによる。四半期別に国内需要のうごきをみても,第3四半期に横ばいとなったほかは各期とも66年を上回る増加となっている。

とくに総固定資本投資の伸びは,66年下期の年率14.6%増には及ばないが,67年上期にかなりの増加(年率11.2%増)となり,他の需要項目が減少を示した第3四半期にも小幅ながら増加を続け年間では実質10.1%増となった(66年は3.4%増)。投資の回復は産業別にも,タイプ別にもあらゆる部門にわたっているが,とくに輸送用機器は22%増となり前年の不振から大幅に回復した。また,設備投資は実質14%増と66年(12%増)に引続いて大幅な上昇となった。しかし,67年の設備投資水準は景気後退前のピークである63年の水準をまだ15%も下回っている。建設投資は66年まで2年間連続して減少を示したが,67年には小幅ながら増加した(実質4%増)。

第38表 イタリアの国民経済計算

総固定投資は年末にかけてかなりもりあがり,68年に入ってからも堅調化を示していた。これは投資財生産の水準が相対的に高水準を維持したことにもうかがうことができる。しかし,民間設備投資だけについてみると,68年上期にはかなり不振となったようである。たとえばビジネス・サーベイによると,企業者の投資財受注は春頃までは好調であったが,その後は若干低下傾向を示しており,また,先行きについても弱気が強まっている。この民間投資の不振を招いた理由としては,①64年秋以降,導入されていた国庫による社会保険料負担の一部肩代りの措置が67年初に廃止され,その分だけ利潤マージンが減少していること,②68年の内需の先行きに不安がみられたこと,③67年11月以降の国際金融の混乱によってもたらされた企業家の心理的不安,④5月の総選挙後の政治的不安定による見通しの不確実さ,⑤操業度がかなり低く,たとえばビジネス・サーベイによると生産能力の不足をうったえる企業はわずかに7%であるのに対して,生産能力を過剰とみる企業は30%となっていること(68年5月)などがあげられている。

第46図 国民総生産のうごき

在庫投資も67年に大幅な増加を示した後,68年に入ってからは減少傾向にあるとみられる。

第47図 投資財生産と受注

建設投資は68年に入って上昇率を高めているとみられるが,上期の住宅許可件数はほぼ前年と同水準を示している。

個人消費は67年に実質6.1%増と前年をやや上回った(66年5.9%増)。これは引続く景気上昇過程で,雇用が着実に増加するとともに労働力の高賃金部門への移動が促進され,賃金率の上昇傾向が続いていることなどから賃金所得の伸びがさらに高まったためである(8.2%増,66年は6.7%増)。また貯蓄率もおそらく低下傾向にあるとみられることから個人可処分所得ではより高率の上昇となったとみられる。

68年に入って個人消費には伸び率の鈍化が目立っており,上期の前年同期比は名目7.7%増に止った(67年上期は8.5%増)。これは主として消費需要の一巡,個人住宅投資の増加などによるとみられている。

政府消費の伸びは67年に実質2.7%増とかなりの鈍化をみせた(66年は3.5%増)。これは防衛費の削減や政府経常支出の伸びを抑えようとする政府の努力があったためとみられる。しかし,68年に入って財政支出は内需の下支えとしてかなり重要な役割を果しており,とくに,68年下期以降は緊急景気対策に関連して大幅に増加するものとみられる。

(2) 鈍化した工業生産

67年の国民総生産が前年を上回る伸びを示したのは主として農業部門の好調によるものであり(実質5.2%増,66年は1%増),非農業部門の生産はほぼ前年なみの実質6%増に止った。このなかには67年になってはじめて本格的な立直りをみせた建設部門の上昇(6.4%増,65年は3.8%減,66年0.6%増)を含んでおり,工業部門の伸びはむしろ前年をやや下回った(8.2%増,66年は9.7%増)。しかし,この伸びは景気後退前の平均とほぼ同率で,イタリアとしてもかなり高い上昇率といえる。

67年の鉱工業生産の拡大はほとんどすべての部門にわたっているが,繊維産業だけぱ輸出不振から生産の低下をみた。大幅な生産上昇を示したのは鉄鋼,機械,自動車産業などであるが,なかでも家庭用電機はEEC向け輸出ブームに支えられて,とくに上期の伸びは著しかった。

しかし,生産の伸びは年間でかなり変動を示し,また67年央以降では次第に上昇率の鈍化傾向を強めた。すなわち,67年上期まではほぼ一定した大幅な生産拡大を続けたが,第3四半期には主として外需の不振から大幅な低下を示した(前期比2.3%減)。その後,輸出の回復とともに生産も急激に回復に向い,年末に自動車産業の操短などから一時的に低下をみたものの,依然として上昇傾向にあった。しかし,68年に入ると生産の伸びは急激に鈍化して春以降ほぼ横ばいとなり,さらに夏にかけては昨年なみの生産低下となった(7~8月に11.2%減,季節未調整)。

第39表 産業別生産のうごき

68年上期における製造業の生産水準は前年を4,4%上回ったに止った(67年上期は11.4%増)。この生産鈍化は多くの産業にわたってみられるが,とくに,繊維,輸送用機器などでは前年水準を下回っており,鉄鋼,機械産業などの伸びの鈍化も著しい6これらの多くは67年上期に輸出ブームにのった部門であり,外需の減少が直接に生産抑制的に作用したとみられる。しかし,同時に内需の停滞の影響も大きく,たとえば輸送用機器などは輸出が上期に12%も増加しているにもかかわらず新車登録台数でみた内需が前年を下回っている(1~7月,前年同期比3%減)ことが生産水準の低下の主要因となっている。

しかし,化学,化学繊維,石油2,建材産業などは前年に匹敵するか,それを上回る伸びを示している。化学などは内需が輸出と同様に竪調であり,建材は建設業の回復によっで需要が促進されていることによる。

第48図 工業生産のうごき

(3) 労働力市場の改善

67年は雇用面でも著しい改善を示し,この傾向は68年にも持越されたが,年央以降では生産拡大の鈍化を反映して労働力需給には若干緩和傾向がみられるようになった。

製造業雇用者数は67年に前年比3.5%増(13.2万人)と63年以来はじめての増加を示したが,雇用水準は景気後退前のピーク(63年)をまだ2%下回っている。この間,製造業の生産水準は30%強上昇したが,これは主として労働時間の延長,合理化による労働生産性の上昇によってもたらされたものである。

建設部門およびサービス部門でも雇用の増加傾向がみられ,全産業では約33万の需要増となったが,これは主として労働力人口の純増(14.3万人)と農業部門からの引続く労働力の流出-(10.5万人),および近隣諸国から帰国した移民などによって補充された。とれに伴なって失業者数も減少し,またパート・タイマーの常勤労働人の転換なども促進された。

68年に入って,製造業の生産の伸びはかなり鈍化したが,雇用者数は年央までは小幅ながら増加を示し,68年1~7月の前年同期比は11%増となった。しかし,その後は景気停滞影響が雇用面にも反映されて雇用の伸びにはいっそうの鈍化がみられる。

失業率も緩慢ながら低下傾向にあく67年平均は3.5%,68年央では3.3%となっている。この水準はイタリアの50年代の平均(6.6%,1954~60年)と比較すればかなり低い水準であるが,60年代初の高成長期の平均(2.9%,61~64年)よりはまだ若干高い。また,この推計では不完全就業者をかなり過小評価しているとされ,実際の労働力需給はこの失業率に示されているよ,りはずっと緩和しているとみられいる。

第49図 工業生産と雇用

(4) 賃金・物価の安定つづく

65年初来の長い景気上昇過程にあったにもかかわらず,67年においても生産能力にはまだ余裕がみられたが,さらに68年央に景気停滞の兆候が明らかになるに伴なってかなりの余剰能力が生じたとみられる。このような需給の緩和傾向を反映して,賃金・物価ぱ68年に入って一段と安定度を高めている。

製造業の賃金上昇率は67年に前年よりもかなり大幅となったが(6.3%,66年は3.2%増),68年上期には再び4%弱まで鈍化している。60年代に入ってイタリアの賃金上昇率は先進国中で最も大幅となり,とくにブーム期を中心とした62~64年では平均年13%増にも達していたことと比較すると,最近の賃金上昇の動きはきわめて穏和であるといえる。これは,主として最近における労働需給の若干の緩和や生計費の安定を背景として,賃上げ圧力が弱まっていること,および主要賃金協約の改訂がないことなどによるとみられる。

67年の製造業労働者1人当りの生産性上昇率は4.8%増と前年(11.7%増)をかなり下回った。一方,賃金上昇率は高まったので67年の賃金コストは66年の大幅低下(7.6%減)とは異なって,ほぼ横ばいとなった。また,67年初に雇用主負担の社会保険料を一部国庫が肩代りする措置が撤廃されたことも賃金コストの低下を抑制したとみられる。68年に入って労働生産性は依然上昇を続けており,賃金コストはむしろ低下傾向を示している。

第50図 賃金・生産性・賃金コスト

物価も全体として安定度が高く,とくに卸売物価は68年夏に農産物価格が低落したこともあってほぼ横ばいとなっている。消費者物価は67年に3.2%高と前年のそれ(2.3%高)をやや上回ったが68年には上昇率は小幅化し,1~8月の前年同期比は1.6%高に止っている。

67年における消費者物価の上昇は,一部は公共料金の引上げ(鉄道,郵便,電話),間接税の引上げ(ガソリンなど),国際運賃の上昇など特殊要因によるものであった。食品価格は67年秋以降はむしろ低下傾向を示しており,67年秋口に大幅上昇をみた工業品価格もその後はほぼ横ばいとなっている。家賃およびサービス料金は依然として上昇傾向が強く,67年にそれぞれ4%,9.3%上昇したあと68年も前年を上回る上昇を示している。とくに,家賃は68年初に統制家賃が一部撤廃されたためにかなりの上昇をみた。

第51図 物価のうごき

(5) 貿易収支の改善

1967年の貿易収支は輸出の伸びの鈍化と輸入の急増から赤字幅(通関ベース)を拡大したが(11・2億ドル),68年に入って輸入が伸び悩んだために赤字幅はかなりの縮小をみた(1~8月1.5億ドル)。

輸出は67年央にかけて低下傾向を示した(1~8月7.4%減)後,秋以降,急激に回復したが年間では8.4%増に止った。前年までは輸出は20%を上回る伸びを示して経済拡大に大きな寄与をしてきたが,67年の寄与率は21.8%に低下した(65年115.0%,66年45.5%)。68年に入って輸出はかなり好調を続けており1~7月の前年同期比は12.3%増となっている。

第52図 貿易収支

67年第3四半期までの輸出の不振は主として輸出相手国における景気後退によるものであり,とくに西ドイツ向け輸出は67年1~9月に前年を約8%も下回った。秋以降,主要国の景気回復がすすむに従って輸出も急速な回復をみせ(第4四半期9.3%増,前年同期比),68年に入ってからも好調を続けている。なかでもEEC域内向け輸出は西ドイツ,ベルギーなどを中心に著しい上昇を示し,またアメリカ,イギリス向け輸出も67年11月のポンド切下げや68年初来のアメリカの国際収支対策の強化など不利な条件があるにもかかわらず,大幅な増加となった。低開発国向け輸出は68年初にやや伸び悩んだが,その後は増加率にたかまりがみられる。

67年の輸出増加を商品別にみると,生産設備などの投資財の伸びが大きく(11.1%増),耐久消費財も大幅に増加(11.7%増)した。輸送用機器は67年に2.3%減となったが68年上期には15.9%増と大幅に回復し,また,耐久消費財も前年を上回る増加率となっている(21.1%増)。

輸入の増加率は67年にさらに高まった(18.5%増)が,年末にかけて伸び悩み,さらに68年初には豊作による農産物輸入の急減から大幅な低下を示した。その後,輸入は回復基調にあるものの内需の停滞を反映して伸び率は小幅に止り,68年1~7月の輸入水準は前年をわずかに2%強上回ったにすぎない。この輸入鈍化は主として近隣工業国に影響を与えたが,アフリカやその他低開発国からの輸入は第2四半期にはむしろ大幅な増加となっている。

商品別にみると,生産設備の輸入が67年の19.3%増から68年上期に4.7%減となり,消費財輸入も2.5%減(67年上期は8.3%増)となっている。しかし,輸送用機器の輸入は大幅な増加を続けており,67年に33%増のあと68年上期も39.3%増となった。また原材料輸入も68年上期15.2%増と,前年の伸び(18.9%増)を若干下回った程度である。

第40表 地域別貿易の変化

第41表 用途別貿易の変化

(6) 国際収支の黒字基調つづく

1967年の国際収支は,資本の大幅流出が続いたにもかかわらず,経常収支の黒字基調が強かったことから3.2億ドルの黒字を計上した(66年は7億ドルの黒字)。68年に入って内需の停滞が明らかになるに伴なって経常収支の黒字基調はさらに強まり,1~8月の黒字はすでに13.9億ドルに達しており,総合収支でも5.4億ドルの黒字となっている。

第42表 イタリアの国際収支

経常収支は65年に大幅黒字を計上した後,次第に黒字幅を縮小させてはいるが,まだ大幅な資本流出を補って余りある水準である(67年12.9億ドル)。

67年には内需が堅調を示したにもかかわらず経常収支黒字はそれほど大きな減少とはならなかった。これは貿易収支が悪化傾向を示した一方で,貿易外収支がほぼ前年なみの黒字を計上したことによる。ただし,このうち運賃などは大幅な収入増をみたのに対して,観光収入や移民送金などはかなりの減少となった(それぞれ2%減,6%減)。貿易外収支は68年にもほぼ前年なみの黒字を計上している(1~8月で15億ドル)。

一方,資本勘定は引続き赤字基調を示しており,67年には前年をかなり上回る赤字(9.6億ドル,66年は7.1億ドル)となった。資本流出は68年に入ってーそう大幅化し,1~8月間ですでに8.5億ドルに達している。

この資本流出の大部分は民間資本であり,主として,内外利子率の格差が依然みられることから海外投資が促進され,一方で対イタリア直接投資は低下傾向にあること(67年は2.5億ドル),また金購入や投機的資金移動などによるものとみられる。

金・外貨準備は67年に5.5億ドル増加した後,68年4月までは減少傾向を示したが,その後は再び増大して9月末現在54.9億ドル(うち金27.8億ドル)となっている。一方,市中銀行の海外資金ポジションは68年初までにほぼ均衡に達したとみられる。

3 経済政策の転換

(1) 金融・財政のうごき

67年の金融・財政政策は中立的ないしは若干引締め傾向にあり,とくに財政面ではかなりの緊縮予算となった。しかし,68年に入って内需の停滞が次第に明白になったため8月末には緊急景気対策が導入され,さらにその後も追加的対策が検討されるなど経済政策の重点は積極的景気支持に移っており,69年予算案もかなり景気拡大的となっている。

金融政策は63~64年の景気後退以降ほぼ一貫して緩和を示していたが,67年以降は金融当局は中立的立場をとってきた。しかし,生産拡大の持続と旺盛な投資需要によって資金需要が強かったため通貨供給は67年にも前年を上回る増加となった。とくに67年には国際収支黒字幅が縮小し,政府赤字幅も縮小したのでこの通貨供給増は主として中央銀行によってまかなわれた。

67年の対民間市中銀行貸付けは15%増と前年の伸びを上回り,その他特殊銀行貸付けではさらに大幅な増加となった。市中銀行は,この資金需要増に応ずるために国債の購入を減らし,また海外資産をとりくずしたが,中央銀行への依存度も高まった(とくに年末にかけて)。このような大幅な資金供給増によって利子率の上昇は小幅に止り投資はかなり大幅な伸びを示したが,これは同時に内外金利差の存続をゆるして資本流出を促進することにもなった。なお,公定歩合は58年以降3.5%に固定されているが,市中金利は67年に若干上昇傾向を示した後,68年にはほぼ横ばいとなっている。

一方,株式市場は67年下期にやや活況を示した後,68年に入って低迷を続けていたが,11月初来,立会人のストにより取引がしばしば停止された。これは株式市場の現状について政府,議会の関心を換起し,取引制度の改革を促進するためとされたが,その背後には引続く政情不安や国際通貨市場に高まった投機的うごきなどから資金が大量に海外に流出して,取引が事実上不可能となったことがあるとみられる。このため政府は現行の株式配当に対する源泉課税の廃止や株式投資信託制度の導入,株式会社法の改正などを考慮していると伝えられるが,これらの改正はいずれも時間がかかるものとみられている。

67年の財政政策はかなり引締め基調が強かった。国民所得ベースによる政府経常収支余剰が国民総生産の1.9%に高まり,(前年は0.3%),また中央政府赤字は66年の3.3%から67年には1.8%へ縮小した。これは財貨サービス購入の増加率鈍化や社会保険料国庫負担の打切りによって歳出が減少した(2%)一方で,歳入が大幅に増加したためである(18%増)。しかし,その他地方政府部門の赤字は歳入の伸びなやみや交付金の減少などからむしろ増加を示した。

68年には財政支出はかなり大幅な伸びを示しており,民間需要の不振による総需要の低下を下支えする要因となっている。とくに政府投資支出は68年に20%近い上昇となるとみられる。

1969年予算案は例年どおり7月末に閣議決定されたが,内需の停滞傾向を考慮して前2年とは異なってかなり積極的景気拡大型となっている。すなわち,一般会計の歳出規模は11.4兆リラで68年を14.4%上回っており(68年は9.6%増),一方,歳入は9.7兆リラで10.1%増(68年は10%増)に止まるため,一般会計の赤字幅は68年予算より5割近く拡大している。また,一般会計外収支も赤字幅を倍加しており,その他公共企業体収支の赤字も若干増えるために,政府部門の赤字は全体として3兆リラに達する(68年の赤字は2兆リラ)。

第53図 金融市場のうごき

第43表 イタリアの1969年予算案

(2) 緊急景気対策の導入

政府は68年夏から秋にかけて明らかとなった景気停滞の兆候に対処するため,一連の景気刺激措置を8月29日の閣議で緊急政令として導入することを決定した。この緊急政令は,1)景気支持のための緊急措置,2)農業災害に対する財政援助措置の2種からなり,国会の批准を受けるために提出された。

景気対策の内容はつぎの通りである。

1)工業,商業,手工業に対する刺激措置

2) 投資税控除

企業の直接生産投資のうち,1963年~67年の平均投資額を上回る分につき,その50%を課税所得からさし引く(3年間)。また,今後4年間にわたり,企業の増資については課税を免除する。

3) 消費刺激

4) 南部で事業を行なう企業の社会保険料負担の20%を国庫が負担する。

具体的にはINPS(Istituto Nazionale Previdenza Sociale,国民社会保険公庫)の負担のうち,68年9月~73年12月にかけて4.150億リラを国が補助する。

5) 農業災害に対する援助

8月上旬,ピエモント地方を襲った霰害の補償。

以上の緊急政令に対してその後7項目にわたる三党修正案が提出され(10月10日),現在,議会で審議中である。これらは主として先の緊急措置を拡充強化するものである。たとえば,2)については新規設備投資のみならず既存設備の拡張,転換にも適用されること,南部企業にはーそう優遇措置をとること,また増資にたいする免税は新規設立の場合にも適用される(ただし,資本金50億リラ以上の会社については経済計画閣僚委員会の確認を要する)などである。新規の提案としては,①中,北部の後進地域へ3年間で600億リラの支出,②鉄道近代化計画のために69年から4年間に4,500億リラの支出,③研究開発投資促進のためにIMIに対する政府出資を1,000億リラ増額するなどがある。

政府が8月末に導入した緊急政令は国会審議の段階で各種の議論をよび,これらの措置は遅すぎたとか,もっと積極的な措置が必要であるとする意見がある一方で,政府の介入を批判する立場もみられた。しかし,このような修正案の提出はその後の審議過程で積極的景気支持の立場がより優勢を占めたことを示している。

今回の景気対策の特徴は,①投資,消費など多面的にわたっているが,②各部門の最も弱い点を補強するという選択的な性格をもっており,③その多くが3~5年の長期にわたって実施されるという,単なる循環的不況対策を越えた成長政策の一環としての性格をもっており,④中小企業の体質改善のための資金供給や南部の企業を補助するといった構造政策の性格も強い。とくに,企業投資の促進のためにとられた減税措置は新しいタイプの財政政策の導入として注目される。

4 今後の経済見通し

68年央に明らかになった景気停滞は,需要支持政策の緊急導入によって,さらに景気下降にすすむ懸念はひとまず遠のいたようである。政府はこの需要支持政策の効果がただちにあらわれるとはみていないが,その積極的な効果を考慮しない場合でも68年の国民総生産の伸びは5%程度になると推定している。

政府による68年および69年の経済見通し(9月末)の概要はつぎのとおりである。

68年の農業生産は再び1%程度の伸びにもどり,工業部門では最近やや回復を示していることを考慮しても5.5~6.5%の伸びに止まるとみられる。これに対して建設部門では11%近くの上昇が期待されるがサービス部門ではほぼ前年なみの上昇が予想される(民間5%,政府4%増)。

非農業部門の雇用増は68年に31.5万人程度とみられる。農業部門ではひき続き30万人程度の労働力流出が予想され,失業率も若干低下しよう。このように全体として労働力市場の情勢は67年とあまり変らないが,労働力構成は非農業部門の比重がーそう高くなるとみられる。

これを需要面についてみると,68年の輸出増加は12%程度,粗固定投資は8~9%増,うち建設投資は11%増,機械設備は4%増に止まろう。在庫投資も減少するとみられるので,国民総生産に対する総投資の比率は20%と前年を若干下回るであろう。一方,政府消費は名目8%増,政府投資は20%増に達するとみられる。民間消費は伸び率が鈍化して実質4.5%程度となろう。

物価は68年平均で2%程度の上昇に止り,国際収支も黒字幅の縮小が予想されるものの外貨準備が大幅に減少することはないとみられる。

68年はこのように潜在成長力を下まわる発展に止まるとみられるが,69年についても同様に経済計画に沿った5%程度の成長率が予想され,完全利用成長を達成するにはかなり積極的な需要面での刺激が必要であるとされる。

すなわち,労働力にはまだかなりの余裕があり,生産能力にも余力を残しているとみられるので,最大限6~7%の成長が可能とされているが,問題は内需の回復がどの程度すすむかにかかっているからである。先に導入された緊急措置は多方面にわたって需要促進効果をもつとみられるが,この目標を十分に達成するためには,政府は社会投資の充実と民間投資の振興にこれまで以上に努力する必要があろう。とりわけ,民間投資の促進は国際競争力を強化するという関連においても緊急度が高いとみられる。


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