昭和43年
年次世界経済報告
再編成に直面する世界経済
昭和43年12月20日
経済企画庁
67年央から景気は回復し始め,68年春には一層上昇速度を増した。これは,主として輸出が活発化し,それに続いて個人消費が停滞を脱し,また,景気支持策が補強されたためであった。こうした傾向から,68年は近年にない高成長が達せられるものと期待されていた。
しかし,5~6月に発生した政治,経済,社会上の危機によって,生産が大きな損失を蒙る一方,ストにともなう大幅賃金引上げは消費,投資,物価,国際収支など経済各分野の動向を大きく変化せしめた。このため,政府は68,69年の財政支出を大幅に増加し,従来の消費と雇用を抑制した競争力強化策ではなく,その増大を主眼とした成長策をとることとしたが,それはインフレと国際収支赤字の懸念をかきたて,秋には激しいマルク投機とそれによる金・外貨準備の著しい流出を生ぜしめ,フラン切下げのせとぎわまで追いつめられることとなった。そのため,金利引上げや69年財政支出削減が行なわれるなどインフレ抑制に努力が傾けられ,若干高成長にブレーキがかけられた。こうした経済情勢の大きな変化は,第5次計画の遂行にも大きな支障を生ぜしめている。
67年下期の鉱工業生産は,上期の前期比0.5%減にくらべて同2.5%増となり,回復を示し始め,68年1~4月にはさらに6.4%増へ著しく加速された。
生産回復の中心となったのは,化学や金属加工など輸出関連部門で,その生産は67年7月から68年4月までに前年同期比でそれぞれ8.7%および7%ときわめて速やかに増加した。
また,緩慢な動きを示していた消費財産業にも小売在庫減少にともなう受注増加により次第に生産上昇傾向が波及し,67年末には,それまで沈滞していたせん維生産が上向き始めた。乗用車生産も67年3月以来前年水準を下まわっていたが,10月から再び増勢をとり戻し,9~12月には1.6%増となった。68年春には各社のモデルチェンジや4~6月までの賦払信用規制緩和により売れゆき増加がみこまれ,1~4月の生産は前年同期比11.2%増と著しく増加した。
建築,公共事業も度重なるてこ入れ策によって67年上期には66年の不振を脱し,9月には低家賃住宅,道路,通信網建設など約10億フランの官公需が繰上げ実施されたこともあって,上期よりも0.4%上昇し,さらに68年1~4月には前年同期比2.6%増と勢いを増した。住宅建築は,1月の景気支持策により低家賃住宅の追加がなされたので,68年には65年以降最高の46万5千戸を着工しうるとみられていた。
以上のような67年下期以後の景気の回復を規定した要因は基本的には輸出であったが,68年1月1日から実施された付加価値税の改組ならびに拡張や1月の景気てこ入れ策なども経済活動に無視できない影響を与えた。すなわち,1964年に工業部門について適用された付加価値税は小売,サービス,農業部門に拡張され,1970年1月1日からのEECにおける付加価値税採用に2年先がけて取引高税の付加価値税への全面的移行がなされた。それと同時にその税率を従来の20%から,16.66%ないしそれ以下に引下げたので,67年には,同税実施を待機したかなりの受注手控えとそれにともなう下期以後の在庫減少を生ぜしめる一方,68年春の速やかな受注と生産の回復を約束した。このように付加価値税移行は景気動向をかなり左右する要因となった。
また,同税はとくに設備投資促進効果をもつので,設備財の受注ならびに在庫の変化もそれにかなり影響された。
また,景気に浮揚力をつけるために1月下旬にとられた所得税徴収延期,老令,家族手当の増額繰上実施,低家賃住宅建設追加,不動産銀行貸付増加,不況地域への財政援助増額といった総額約30億フランのてこ入れ策はその規模からいって充分ではなかったが,春の生産上昇にかなり拍車をかけた。
以上のような67年下期以後の景気上昇過程は68年に近年みない高成長をもたらすと考えられた。すなわち,67年の国内総生産は,鉱工業生産が前年比実質2.4%しか増加しなかったため,農産物の大豊作によっても前年比4.4%しか伸びなかったが,68年には鉱工業生産は実質10%増がみこまれ,国内総生産は実質5.4%増と計画目標を上まわる伸びが予想されていた。
ところが,5~6月のストはそのような見通しをまったく変えてしまった。このストは,失業の増大や実質可処分所得の鈍化といった経済的要因のみならず種々の社会問題が原因となって生じたが,ストの行なわれた企業およびその他の企業における生産まひによる労働時間の損失は平均2.2週間に相当した。とくに,ストの影響を大きくこうむった従業員500人以上の企業におけるその損失は大きく,2.7週間にのぼった。これによる鉱工業生産の損失は年生産高の4~5%であったが,農業生産の損失がほとんどなかったので国内総生産の損失は3%,約150億フランと見積られている。
スト後,鉱工業生産は速やかに回復し,7,8月には前年同期比7.2%増,9月は6.1%増を示した。しかし,5~6月のそれが前年同期比20%減であったので,1~9月の鉱工業生産は前年同期比0.6%増にすぎず,年間ではよくいって4.2%増と春の見通し9~10%を大幅に下まわらざるをえなくなった。
生産回復がとくに活発なのは消費増大の見込みから,せん維などの消費財生産部門であり,化学や金属加工などの部門では生産回復のテンポはスト前のそれにくらべやや鈍化している。
以上のような状況から68年の国内総生産に関するスト前の成長見通し5.4%は実現不可能となった。しかし,68年は,穀類の3%増,とうもろこし38%増,てん菜16%増,ブドー酒39%増,肉牛9.2%増,牛乳4.7%増(1~8月前年同期比),その他野菜,果実の大幅増産といった農産物の大豊作に恵まれるとみられるので11月の引締め措置を考慮しても国内総生産は3.4%程度まで達成できるとみられる。
週労働時間は68年初から4月まで0.4%とわずかながら増加し,また求人数も本年に入って増勢を強めた。しかしながら,求職者数の増加はいぜん衰えず,67年下期には前期比20.5%増と上期の伸びを上まわった。68年第1四半期にはそれはやや鈍化し前期比11.2%増となったが,ストの混乱により6月までに求職者数は4月の水準から一挙に17%増加した。しかし,その後,増勢は鈍化から減少に転じ,9月には6月よりも1万人減少し,10月は前月比1.7万人減少した。今後の経済活動は速やかな回復がみこまれており,また,9月に雇用を創出する投資に対する補助金が投資額の6%から12%に引上げられたことなどから労働市場は改善してゆくとみられる。
67年下期に賃金率は前期比5.8%増と上期の6%増よりも鈍化したが,68年1~4月には再び6%増となった。これは,過去3年の変化率と同様な安定的な動きであった。
しかし,ストによって労働組合,給営者団体および政府の間に結ばれた鉱工業部門のグルネル協定および農業部門のバレンヌ協定は①最低保証賃金の引上げ(非農業部門は35%2.27フランから3フランヘ農業部門は59%,1.92フランから3フランヘ)②68年の一般賃金の10パーセント引上げ③企業内の労働組合の権利の確立を法定④労働時間を週40時間へ漸次短縮⑤67年に行なわれた社会保障の受益者負担増加の軽減,⑥家族手当老令手当の引上げ,⑦企業の集中合併の際の雇用保障について労働組合と経営者連合会が協定を結ぶ⑧所得税の軽減,⑨スト期間中の賃傘を支払うなどをとりきめた。
各企業においても両協定を基準に同様な内容の協定が結ばれ,政府もその実現に努めている。しかし,これによる大幅賃金引上げは経済に測り知れない影響を与えた。
まず,68年の一般賃金は企業ごとの引上げ幅の差などで10%増におさまらず,平均14%増となると予想される。それは65,66年の6%増,67年の5.8%増の2倍以上の伸びである。とくに上昇の著しい部門はこれまで他部門との格差が大きかった公務,せん維,皮革などの部門で,なかでも地方公務員は19%あまりの賃金上昇をみることになる。
このような賃金引上げはコストの上昇と需要増加という二つの面から価格上昇を惹起せしめている。まず,企業会計は67年下期から68年春にかけてかなり改善されていた。これには投資財価格を2.4%引下げる効果を与えた付加価値税の実施も大いに役立っていた。とくに大企業の経営状態は改善されていた。しかし,ストは経営の急激な悪化をもたらした。
アンケート調査によってみても経営悪化の最大の原因は賃上げとなっている。
そして,自動車,新聞,タクシー産業など労務費の大きい産業ではすでに賃金引上げを理由に価格が引上げられた。
つぎに需要面をみると,67年下期には賃金の鈍化や社会保障費負担の増加および消費者物価の上昇により,実質可処分所得が前期よりも一層鈍化したため消費需要の伸びはきわめて緩慢であった。しかし,著しく停滞した年央とくらべ年末には回復し始め,68年に入って勢いを増し,百貨店売上げも67年下期の前期比2.7%増から68年1~4月には同4.1%増へ増勢を加えた。5~6月のスト期間中にも物資の欠乏の予想などからその確保が行なわれるなどで個人消費はそれほど鈍化せず,その後も大幅な賃上げによる可処分所得が近年の実質3%台から68年には6~7%,69年には6%と大きくのびることが予想されるので消費支出は増勢を強めており,それにともない,夏から耐久消費財などの売れゆきが増加している。このような消費動向と関連してスト期間中に肉やパンが値上がりしたほか,便乗値上げが多くみられるようになった。
ここで,実際の物価の動きはどのように変化しているであろうか,まず,卸売物価は67年第3四半期まで低下していたが,65年夏以来安定していた石油の値上がりなどで燃料価格が例年より著しく上昇し,また,食料や工業品が値上がりしたため,第4四半期には前期比1.7%増と前期の1.3%増を上まわる上昇を示した。しかし,68年第1四半期には工業品の値下がりのため前期比0.1%増へ鈍化し4月には前月比1.9%減となった。ところが5,6月にはストにより4月よりも1.4%上昇し,第3四半期には前年同期比2.1%増,10月には前年同月比2.8%増と上昇傾向を強めている。68年1月1日から10月1日までの賃金上昇による生産コストの上昇は第30表のとおりで石油など労務費の小さい産業とくらべて労務費の大きい部門のコストの上昇が明きらかで,4%以上もの上昇をみている。
また,消費者物価は67年下期に保健衛生費,教養娯楽費,ならびに交通費などの値上がりから,前年同期比2.9%増となり,上期の2.6%増よりも上昇傾向を強めた。また,68年1月には付加価値税移行に便乗した値上げをふせぐため,政府は15万の小売店との安定協約の締結を開始したが,それでもなお1~4月には前年同期比3.9%とかなり強い増勢を示していた。ストが行なわれた5~6月には前年同期比4%増とそれほど強い上昇はみられなかったが,7~9月には前年同期比4.9%増と上昇傾向が強まった。これは8月のタバコ価格や9月の電気,ガス料金引上げならびに工業品価格上昇などによるものであった。
政府はインフレをさけるため,6月末,工業品の価格契約計画の監視を強化し,サービス料金,小売マージンに関しては消費者代表を含む価格委員会の監視する管理された自由価格制″を採用するとともに産業関係の公共料金を凍結することとし,68年を通じて消費者物価上昇を3%以内に抑える方針をとることとした。そして,10月までにこのような協調方式により3,000件にわたる価格の審査を行ない11月末にはこの監視をさらに強化し,賃金支払税廃止に見合う製品価格引下げを求めるなど物価抑制に努めている。また,再割適用幅拡大や補助金などで膨張した通貨を吸収するための通常の月平均20億フラン程度から120億フランにまでマーケットオペレーションを拡大し,公定歩合と証券担保貸出金利をそれぞれ7月3日に36.5%から5%へ,5%から6.5%へ,また11月12日にはそれらをさらに6%と7.5%へ引上げ,3ヵ月以下の大蔵省証券買入れ利子を3%から4%へ,預金準備率を一覧払手形については4.5%から5%へ,その他については2%から2.5%へ引上げ,68年第4四半期の短期貸出増加率を4%以内とし,1万5千フラン以下の貯蓄金庫預金利子を3%から3.5%へ引上げ,3ヵ月~2年の定期預金利子を0.2~0.5%引上げるなど金融面からもインフレを抑制している。こういった一連の金融措置は主として短期信用の抑制をねらい,企業設備投資に関する中長期貸出金利にふれることをできるだけさけて7月に銀行の中期手形保有率を16%から13%へ引下げたが,11月にはこれも14%へとわずかながら引上げられた。
第30表 1968年1月1日~10月1日までの賃金上昇による生産コストの上昇
11月の金融措置は銀行信用の1%,20億フランを吸収するといわれている。しかし,専門家の見通しによると68年の工業品生産者価格は前年比3.4増と67年の0.9%減とくらべて著しく上昇し,また,消費者物価も今後,年末にかけて医療費の上昇や12月1日からの国鉄運賃の6.2%,電力,ガス料金の4.8%の値上げなどもあるので67年の2.7%増にくらべて少なくとも5.1%増になるとみられている。69年1月1日にはガソリン,石油,ビール,鉱水,郵便,電話料金などの引上げが予定されており,また,69年の消費支出も大幅な増加がみこまれているので物価の上昇傾向は当分おとろえそうにない。
しかし,一応インフレの目安とされる消費者物価年上昇率が5.5%をはるかにうわまわるような激しい物価の騰貴はおこらないとみられる。何故ならば,68年の空前の豊作による食料品価格の安定のほかに,生産性上昇やこれまでの需要不足により生産に余剰能力がかなり存在するからである。すなわち,鉱工業の余剰能力は64年央の6%,66年央の9%にくらべ,68年8月にはま11%もあり,とくに,建築,銑鉄,プラスチック,せん維などの部門では15%以上で,今後生産が相当増加してもなお余剰能力は消滅しないとみられる。他方,ゴム,非鉄金属,乗用車,化学など生産増加に対して余剰能力が不足する部門もあるが,全体としてはほぼ現在の能力で応じることができよう。
従って,物価は,賃上げによるコスト面からの上昇はまぬがれえなくても,需要面からの上昇は,便乗値上げを除けぱそれほど心配はいらず,激しいインフレの発生は回避できるとみられる。
67年の総固定資本形成は6.3%増で,60~65年の平均的な伸び8.3%珈を下まわったが,66年の5.8%増とくらべれば勢いを増した。これは,政府投資の鈍化を補って企業投資の伸びが前年を上まわり,また,家計投資も増勢に転じたからであった。
その主たる要因は,住宅投資の回復によるものであった。とくに,企業の住宅投資は66年の3.9%増から67年には8.7%増と2倍あまり増勢を強めた。
67年の民間企業の生産的投資は,自動車,造船,金属などの部門の活発な投資に支えられて,63年以後で最も高い7%増となった。
スト前の見通しでは,68年の総固定資本形成の伸びは,公企業の生産的投資が67年を上まわり,また,住宅投資の著増が期待され,民間企業の生産的投資もそれほど大きく鈍化はしないと予想されたので,7.1%増となるとみられていた。
しかし,ストによる賃金の大幅増加は68年の企業粗利潤を4分の1以上減少せしめるとみなされ,次のような政府の措置がとられた結果,企業投資の著しい鈍化はさけられそうであるが,政府投資がかなり鈍化するもようであるので,総固定資本形成は5.1%増ないしそれ以下へ鈍化するとみられる。
企業投資促進措置よして政府は,年間売上げ高,2,000フこ以下の中小企業に月平均売上げ高,あるいは月平均支払賃金の3倍の特別融資,農業の設備資金補助ならびに粗税の軽減,預金準備率引下げ,再割適用範囲の拡大,また,9月には企業の賃金支払税の軽減や投資減税,クレディ,ナショナルの金利の0.5%引下げ,産業投融資5億フラン追加,11月の賃金支払税の全廃など幾多の努力を払っている。とくに,投資減税は66年の場合と同様,設備財購入価額の10%を法人税から控除するものであるが,66年の場合よりも適用品目を増加せしめ,発注,引渡期間もそれぞれ1ヵ月半および半年間延長し,また,控除率5%という条件で付加価値税控除に振りかえできるなど,より強い投資促進効果をもっている。これは,68年6月1日にさかのぼり実施され,66年の例からみても,かなり強く投資をけん引するとみられる。
また,民間企業の社債発行は68年1~9月に前年同期比20.4%増で67年平均の前年比29%にはおよんでいないが,それほど大きな鈍化をみせていない。なお,株式発行高は,67年秋の金融市場改革の効果があらわれて,67年の前年比7.7%減に対して68年1~9月には前年同期比10.4%増となった。
輸出は67年下期から好転し,上期の3.9%増にくらべて6%増となり,68年1~4月には14.8%増と著しく増勢を強めた。それは,主に総輸出の42%を占めるEEC向け輸出が回復したからであった。対EEC輸出は67年上期の前年同期比0.6%減から下期には4.2%の増加に転じ,68年1~4月には,16.7%増へ加速した。同地域向け輸出がこのように回復を示したのは,西ドイツおよびベネルックス諸国の景気の回復によるもので,最大の顧客である西ドイツ向け輸出は67年下期に,前年同期の水準よりも低いとはいえ,上期の前期比5.3%減から同1.7%増へ回復した。68年1~4月には67年の遅れをとりもどすべく同国向け輸出は18.1%増と急増した。また,西ドイツに次ぐ顧客であるベルギー,ルクセンブルグ向け輸出も同様に67年上期の2.1%減から下期には5.6%増,68年1~4月には17.7%増へ回復した。イタリー向け輸出は67年下期には上期の22.2%増という高い成長にはおよばないがなお10.5%増と好調を示し,68年1~4月には再び14.7%増と増勢を加えた。アメリカ向け輸出は下期には前年同期の水準を下まわったが,上期の前年同期比7.4%減から4.6%増,68年1~4月には33.7%増へ回復した。フラン圏向け輸出は67年下期には前年同期比よりも減少したが,68年1~4月には前年同期比8.5%増となった。また,東欧圏向け輸出は総輸出の5.5%にすぎないが,いぜんとして最も高い伸び率を示している。このような輸出の回復には68年1月の付加価値税移行による輸出財価格の1.3%の低下も作用している。
品目別には,やはりこれまでのように設備財輸出が最も速やかに増加したが,68年1~4月には乗用車が67年下期の9.4%増を大きく上まわり32%増となるなどで消費財輸出の伸びが設備財輸出の伸びを上まわるようになった。
他方,輸入は,67年下期には企業の在庫べらしがすすんだことなどにょり,上期の7.3%増からさらに鈍化して4.1%増となった。このため,貿易収支黒字幅は上期の1.48億フランから下期には16.56億フランヘ拡大した。
68年1~4月には輸入は5.3%増とやや増勢を増したが,輸出の伸びがきわめて速やかであったので,貿易収支はさらに好転した。
5~6月のストは港湾や輸送機関をまひさせたので貿易額は激減し,輸出は前年同期比18.6%減,輸入は同8.4%減となった。ストの影響が最も強くあらわれたのはフランス圏,イギリス,イタリー向け輸出であり,西ドイツやアメリカ向け輸出はそれぞれ前年同期比5.8%減および8.7%減にとどまった。
政府は大幅賃上げによる輸出価格の上昇と一般物価上昇や消費増大による輸入の増加を抑制するために7月1日から次のような輸入制限と輸出促進措置を実施した。すなわち,①自動車,家庭電機,一部の繊維や鉄鋼などの4~5ケ月間の輸入割当,②機械,電子部品,合板などの輸入の政府による監③輸出手形割引の3%から2%への引下げ,④10月末まで輸出商品の賃金コストの平均6%,69年1月末まで同3%を政府が補助する。⑤長期輸出に関するコストの急上昇に対する保証の適用範囲を拡大する。
7月以後の貿易は回復したが,8月まではスト期間中の輸出品引渡しのずれの調整により貿易収支は5~6月の赤字に対して黒字を記録し,9月には再び赤字となったが,10月には輸出増加が著しく,黒字となった。このように,貿易収支は現在までのところほぼ均衡ないし若干の赤字にとどまっているが,11月のフラン危機により貿易収支改善の必要性が高まり,付加価値税を引上げて輸入を抑制し,輸出にはそれを免除することによって収支改善を図ろうとしている。
今後の動向については,自動車,ゴム,化学,精密機械などの競争力の強い部門もかなりあり,アメリカやイギリスの輸入鈍化にかわってEEC諸国のかなりの輸入増加が期待されるので,フランスの輸出はなおかなり伸びるであろう。しかし,競争力の比較的強い部門は概して生産能力にあまり余裕がなく,国内需要増加にともなって価格上昇は多かれ少なかれまぬがれないであろうし,また,経済情勢の不安定に対して国外からの需要がさし控えられることなどもあって,輸出は68年春ほど強い増勢を示さなくなるとみられる。輸入は,7月のEEC関税撤廃やケネディラウンドの実施でかなりの増加が予想されていたところへ国内価格の上昇という要因が加わったので,相当増勢を強めるであろう。従って,貿易収支は,69年にはかなり赤字をみると考えられる。
国際収支については,67年下期に,観光収支の赤字への転化により,サービス収支が上期の2.36億フランの黒字から7.91億フランの赤字となり,また,長期資本も居住者の外国への投資が著しく増加して上期よりも黒字幅が減少したが,下期の貿易収支黒字増加が著しかったため基礎収支の赤字幅は上期の5.66億フランから0.19億フランヘ減少した。しかし,ポンド切下げにより,短期資本の金への大量のりかえがおこのたために,総合収支は上期の2.71億フランの黒字から下期には6.35億フランの赤字となり,年間では58年以来の黒字傾向からはじめて3.64億フランの赤字へ転化した。68年に入ってもこのような総合収支の赤字傾向は続いていたが,ストによってそれは一段と強まった。すなわち,投機筋の金やマルクへの乗りかえ,居住者の外貨持出し,リーズ・アンド・ラグなどで赤字幅は急激に拡大し,金外貨準備は急速に減少した。また,為替相場が平価を大きくわりこんでニューヨーク市場で1ドル5.1フランにまでも下落し,各国の自由市場ではフランの10%以上の下落がみられ,チューリッヒでは7月には4月の水準の12.7%減となった。このようなフラン相場の下落はフラン切下げ説を生み,パリ市場における自由金価格を4月から6月まで16%も高めたのみならず,世界各国に金価格上昇を波及せしめ,国際通貨を一層動揺せしめた。
このような事態に対し,国際決済銀行やアメリカ準備銀行がフラン買支えを行ない,フランス政府も5月末為替操作,資本移動,金の輸出入,その他あらゆる決済を政府の管理下におくといったきわめて厳しい為替管理令を実施し,7月には公定歩合の引上げを行なった。また,13億ドルのスワップ協定を5ヵ国中央銀行ならびに国際決済銀行と結んだが,フランへの不信は容易に除去されないため,金・外貨準備の減少は5月の3.06億ドルから6月には10.8億ドルにのぼり,7月も6.6億ドルを記録した。金外貨準備の91.2%(66年末)は金でしめウ,れているので,手持外貨が少ないのを補うために6月初旬IMFから合計8.85億ドルの引出しを行なったが,なお不足し,多額の金が諸外国の中央銀行に売却された。スト以後の生産上昇が明らかとなり,また,9月初めには為替管理令が撤廃されたのにともない,金・外貨準備の減少は8月の2.5億ドルから9月には2.2億ドルと純化し,10月にはほぼ流出はとまって1.7億ドルの減少にすぎなくなった。しかし,11月に入ってマルク投機の高まりとともに,これまでもフランス銀行の買支えによってIMF変訪率の下限を維持してきたフラン相場は半らに低下し,準備の流出は再び増大し,中旬までに5.5億ドルが減少した。こうしたポンドやドルまで危機におとしいれる可能性のある事態を収拾するため囲かれた10ヵ国蔵相会議はフランスに20億ドルの借款を与え,平価切下げを示唆したが,結局平価切下げはドゴール大統領によって拒否され,付加価値税引上げによる若干の実質的な切下げをするにとどまった。政府は11月25日から為替管理を復活強化し,また,インフレ傾向を極カ抑制すべく前述のような金融引締めおよび69年予算赤字の削減を行な9た。
しかし,インフレと貿易収支赤字の懸念がすっかりなくなる,までフラン相場の低迷は続き,準備の流出は当分止まないであろう。
68年予算は,1月の景気対策により,当初赤字の19.4億フランから第1次補正予算における55.5億フランをみていたが,ストによって新たに74.7億フランの財政支出が必要となった。その主なものは公務員給与引上げ額18.9億フラン,農産物価格支持14.2億フラン,国営企業貸付9.3億フラン,教育4.6億フラン,輸出補助金4.3億フランなどである。
このような赤字の大幅増加に対して,5,O0Oフラン以上の所得税納税者にの増税し,大型自動車,印紙税,アルコール税の増税,株式会社の資本金の課税など25で億フランおよび軍事費などの繰りのべで3.5億フランが調達されたが,なお101.3億フランの大幅赤字を余儀なくされ年末の第3次補正予算では140億フランの赤字をみるものと予想されてぃる。このような赤字は67年の赤字64億フラン,66年の赤字46.8億フラン,65年の黒字3.65億フランよりかなり大きく,57年以後最も大きな赤字である。このような赤字幅の拡大は68年末頃から消費支出の増大など付加的な需要どなって生産を高めるであろう。
また,9月に決定された69年の予算案は,69年の経済成長率7.6%(旧推計7.1%)をみこんで1,525億フラン(前年比18,4%増)の大幅な才出増加を計上したが,11月の緊縮措置で53.46億フラン削減された。しかし,これはなお前年比14.5%増と過去10年の才出増年平均9%をぱるかに上まわっている。しかし赤字幅は63,54億フランに縮小された。その内容は9月原案ではストにおける公約実施のために一般民政経費が24.9%(68年は19.4%)も増加する一方,新規公共投資は6,5%増(68年11.2%増)へ著しく鈍化しでいるが11月の改訂により公共投資はさらに鈍化せしめられ,コンコードの開発費なども削減された。また,軍事費も68年の6.1%増から5.2%増へ鈍化し,軍事開発計画の繰りのべと人員の大幅削減,核実験延期が行なわれた。
このように消費刺激的な大幅な財政支出増加による消費増大は,11月の緊縮措置によってもたいして影響を受けず,9月の政府見通しは,69年の個人消費の前年比7.1%増,また,輸入の同12.7%増が大きくかわることはないであろう。
前述のように,生産の余剰能力,豊作,大型予算などによる高成長は最近の緊縮措置により若干抑制されるかもしれないが,それでもなおかなり高い成長が見込まれる。これによる物価上昇と輸入増加によるインフレは豊作,生産余剰能力,物価対策をはじめとする緊縮措置などによりそれほど昂進することはないとみられる。
しかし,政府の69年の消費者物価上昇見通し,4.1%よりも実勢は多少上まわるものと考えられる。一方においてこうした高成長は失業を相当吸収しいっそう労働市場を改善するであろう。
国際収支は69年も10億ドル前後の赤字が予想されるが,投機さえ再燃しなければ,平価切下げを導くような危機におちいることはないであろう。
66~70の第5次計画の実現を,その主たる目標である安定と構造改善による競争力強化にそって検討してみると,66,67年の消費者物価上昇率はいずれも前年比2.7%増ときわめて安定的な動きを示した。しかし,失業増大,可処分所得鈍化などで個人消費は計画目標の年平均4.6%増に対して66,67年平均で4.4増にしかならず,輸出も目標の年平均7.9%増をかなり下まわる6%増にすぎなかった。一方,投資と輸入はそれぞれ目標の年平均4.9%増および7.5増に対して2ヵ年の実績が6.5%,8.2%と上まわった。66,67年の経済全体の成長率も目標の年平均5%を下まわる4.7%となった。
68年には,ストがなければこのような計画のおくれをばん回できるはずであった。しかし,ストによる68年の成長率の鈍化は計画目標の達成を困難にしたので,69年の高成長でその埋め合わせとしようとしている。確かに69年の高成長によって個人消費の遅れを是正し,投資や輸出もだいたい目標を達成できるであろう。しかし,68年の成長はその予算にもみられるように消費増大に傾き,公共投資は著しく鈍化せしめられるので68年のストによる損失も加わって社会資本や産業の転換,近代化また研究開発がかなり遅れるとみられる。たとえば住宅建設は,目標の70年新規住宅建設戸数48万戸に対して,67年までのところ37万戸ていどとみられ,目標達成は容易でなく,また道路建設なども目標達成はできないもようである。また,伝統的産業の転換,近代化にも大きな支障が生じるとみられる。
一方,体質改善については,企業投資が目標を上まわる伸びを示し,生産性はかなり上昇したとみられ,また,企業集中,資本移動自由化,資本市場,銀行の改革,労働者への企業利潤分配などの制度的改革の実現によって構造面の改善が相当すすめられ,競争力の強まった部門もかなりみられる。
しかし,68,69年には前述のようなストの影響で体質改善策を強く推進することができなくなっている。こういった計画と現実との種々のずれを調整するために,計画目標の再検討が行なわれ,第6次計画を実施する前に69年から71年にわたる中期計画が適用される可能性も出てきている。