昭和43年

年次世界経済報告

再編成に直面する世界経済 

昭和43年12月20日

経済企画庁


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第3章 西ドイツ

1 1967~68年の経済動向

66~67年に戦後はじめての本格的な景気後退を経験した西ドイツ経済は,67年央に後退の底をつき,秋頃から急速に回復しはじめ,さらに68年央に本格的な景気上昇となり,現在ではすでに自律的な持続的上昇の段階にはいったとみられる。

しかも国内の需給は概ね均衡しており,物価も安定的である。景気上昇に伴い輸入が急増しているが,他方輸出の好調もつづいているのと,貿易外収支の好転により経常収支の大幅黒字がつづいており,この点が現在の西ドイツ経済にとって最大の問題となっている。

国民総生産(季節調整済み,時価)は,66年第3四半期のピークから67年第3四半期まで1.2%低下したあと,第4四半期には前期比4.5%増ときわめて急速な回復をみせた( 第15表 )。その後68年第2四半期まで四半期平均約2%の上昇テンポを示した。67年末の回復テンポにくらべて68年にはいってからの上昇テンポが半減しているようにみえるが,これは67年第4四半期の生産上昇が特殊要因によって異常に早く,その反動で68年第1四半期の伸びが抑えられたためである。67年第四半期における特殊要因というのは,67年はじめに景気対策として導入された特別償却制が10月末で期限切れとなるのでその直前に資本財の受注が異常にふえたことと,9月以降第2次景気対策として公共投資の大幅増額(53億マルク)が行なわれたこと,また68年1月の付加価値税導入を見越して年末に投資と消費が一時的に膨脹したことをさす。つまり,本来は68年に出てくるはずの需要の一部が,67年に先取りされたわけである。

68年上期の国民総生産を前年同期と比較すると,名目で7.4%,実質で6.2%となり,67年の成長率が名目0.6%,実質ゼロであったこととくらべて非常な変貌であった。

68年下期については,鉱工業生産の動きでみるほかないが,鉱工業生産(季節調整ずみ)は 第30図 のように,67年第4四半期に前述した特殊要因により急増した(前期比6.5%増)あと,その反動で68年第1四半期に低下したが,第2四半期に再び大幅に増加(前期比6.3%増),さらに第3四半期もかなりの増勢を示した(前期比4%増)。

これを前年同期比増加率でみると,68年1~9月で前年同期比11%増となったが,上期の9.6%増に対して,第3四半期は14%増となっており,前年同期比でみるかぎり,下期の増加テンポは一段と高まったといえる。このような第3四半期の鉱工業生産の動きからみると,下期の国民総生産の前年同期比増加率は上期のそれを上回るか,または少なくとも同じとみられる。

したがって,おそらく68年全体の経済成長率(実質)は6%余となるであろう。

こうした生産の急上昇を反映して,製造業の操業度も急速に高まってきた。すなわち,IFO研究所調査による製造業の操業度は,67年1月と4月の77%を底に,同年10月には82%まで上昇,さらに68年4月には84%,7月には86%となったあと,10月には87~88%まで高まりブームの年であった64年10月,65年10月の89%へあと一歩という高さとなった。

2 部門別動向

(1) 景気回復の主因となった投資の増大

このような景気の高揚をもたらした要因を需要側についてみると, 第15表 のように,景気回復の最初の局面(67年第4四半期)では,主として粗固定投資(設備投資と建設投資)の急増であり,それについでは在庫投資と輸出であった。固定投資が前期比9.5%も著増したのは,前述のように特別償却制と第2次景気対策(公共投資増額)という景気対策の効果であり,さらに,68年1月からの付加価値税導入を見越した投資増という,これまた特殊な要因によるものであった。その反動で,68年第1四半期の粗固定投資は減少したが,ひきつづく輸出の増加と在庫投資の急増がこの時期の拡大の主因となり,とくに在庫投資の総需要の増加に対する寄与率は約5.4%もの高さに達した。第2四半期になると,固定投資がいよいよ本格的に盛りあがりはじめ,この時期における最大の拡張要因となり,また個人消費の増勢もやや高まってきた。他方輸出は微減したが,これは7月1日から実施されるケネディラウンド関税引下げとEEC関税同盟の完成(域内関税の全廃と域外共通関税の完全実施)を見越した輸入手控えが西欧諸国で生じた結果であって,7月以降の貿易数字から明らかなように,一時的な現象であった。また在庫投資も第1四半期に大幅増加したあとをうけて,第2四半期にはやや減少し,在庫投資のピークがすぎたことを示している。

以上のように,67~68年の景気回復は設備投資と在庫投資の回復にリードされ,輸出の好調がこれを支えたといえる。そこで設備投資回復の様相をいま少し詳しくみてみよう。

まず,設備投資の重要な先行指標である資本財工業の新規国内受注の動きをみると, 第16表 および 第31図 のように,季節調整済み受注額は,67年はじめを底として夏頃までわずかに回復した水準で低迷していたが,秋以降本格的に増加しはじめた。ただし,この時期の受注増が主として特殊要因によるものであったことは,前述のとおりである。その反動で68年1月~4月の受注水準は一時的に低下したが,5~6月から再び上昇しはじめて,前年末の水準へ戻ったあと,7~8月には5~6月より9%も高い水準へ上昇した。企業の設備投資意欲の本格的な高まりを示すものといえる。また投資意欲の高まりを別な面から裏付けするデータとしで,IFO研究所の投資調査があげられる。68年11月はじめに発表されたIF研究所のアンケート調査によると,68年の工業投資は6月調査では約6%増とされていたのが,9%増と上向きに改訂され,さらに69年については16%もの増加が予定されている。

つぎに,建設投資の先行指標として,建設許可額の動きをみると( 第31図 および 第17表 ),これまた67年秋から年末にかけて大幅に増加したあと,68年1月はその水準でほぼ横ばい,5~6月に再び著増という,資本財国内受注とほぼ似たような動きを示している。だがその内容をみると,増加したのは主として公共建設であって,67年9月に決定された第2次景気対策にもとづく公共発注の増加を反映したものである。

住宅建設も発注ベースでみると68年にはいってやや回復しており,これまた前記第2次景気対策に含まれた住宅建築融資の増額を反映したものとみられる。しかし住宅建築については,戦後の旺盛な住宅建築活動により住宅不足が著しく緩和されたため,需要の基調が弱いとみられており,政府の中期経済計画においても年平均1%程度の伸びしか予想されていない。

他方,産業用建築も67年末にやや増加したあと68年はじめに減少,春から夏にかけて再び増加しはじめているが,増加テンポは鈍い。これは工業の操業度が68年春頃まで比較的低い水準にあったために,拡張投資が比較的不振であったという理由によるものである。しかし最近は前述したように,工業の操業度もかなり高い水準へ上昇しており,需要の大幅増加,受注残の累増などから,拡張投資が次第にふえつつあるといわれている。

このように設備投資が盛り上ってきた理由は,最初は前述した特別償却制の導入という特殊な要因に支えられたものであったが,その根底には企業利潤の好転,景気見通しの改善があり,そうした自律的な要因が,国際競争の激化による合理化投資への要請と相まって,68年にはいってますます強く働いてきた。すなわち,65年から67年上期にかけて減少をつづけていた企業(住宅建設業を除く)の利潤(留保利潤)は,67年下期に前年同期比約21%増となり,さらに68年上期には前年同期比219%も増加した( 第18表 )。この企業利潤に資本移転純受取額(たとえぱ連邦鉄道に対する政府交付金など)を加え,さらに減価償却を加えた内部資金の流れをみると,67年上期の前年同期比4.3%減から,下期の6.2%増,68年上期の28%増へと著しく増加した。このように利潤と内部資金が著増した理由は,主として景気上昇による売上増と,賃金コスト低下による利幅の拡大によるものである。

いま工業の従業員あたり生産高と賃金俸給の動きをみると, 第32図 のとおりで,工業の労働生産性(季節調整ずみ)は67年第1四半期の底から68年第2四半期までに約15.3%も増加した。他方従業員1人あたり賃金,俸給支払額は同期間に8.6%の増加にとどまったから,生産単位あたり賃金俸給支払額,いわゆる賃金コストはこの間に約34%の低下をみた。逆にいえぱ,それだけ利幅が拡大したわけであって,景気後退以前の数年間にみられた利幅減少傾向とは全く逆の動きとなった。

景気回復の初期段階では,賃金上昇率が小幅にとどまる半面で労働生産性が操業度の上昇を通じて大幅に上昇し,それによってコスト低下と利幅の拡大がもたらされるという現象は,これまでの景気循環期にもみられた現象であるが,今回はとくにその傾向がつよかったようである。それにより,企業の投資意欲が刺激されると同時に,西ドイツ製品の競争力が著しく強化されたといえる。

第33図 小売売上高

(2) 個人消費も次第に増えはじめる

前述したように個人消費の盛上りはかなり遅れていた。これを小売売上高の動きでみると,67年末に付加価値税導入を見越した一時的な増加があったものの,そのあと68年春頃までは低い水準で横ばっていた。持続的な上昇軌道にのりはじめたのはようやく第2四半期からであった。

景気回復の過程で個人消費が出遅れていたのは,66~67年の不況と失業増加の影響で労組が職場の防衛を主眼とし,賃上げにはそれほど力をいれなかったため,賃金引上げ幅がわずかであったのと,景気回復にくらべて雇用の増え方が少なかったので,所得の伸びがわずかであったからである。いま賃金・俸給所得(純額)の動きをみると,景気が急速に回復しはじめた67年第4四半期においても前年同期を約1%下回っていたし,68年第1四半期にも前年同期を1.2%上回っただけだった。第2四半期にはようやく増勢の高まりがみられ,前年同期比4.3%増となった。このような給与所得の上昇は,この時期に締結された新労働協約で平均4~5%の賃上げが妥結したのと,操短の縮少その他で1人あたり労働時間が増えたせいであって,雇用増加による部分はごくわずかであった。

後述のように,下期にはいってから賃金率の上昇テンポがやや加速化しはじめ,また68年秋頃からぼつぼつ出はじめた各産業の賃上げ要求も概ね8%前後となっているから,今後は個人消費が次第に景気拡大に重要な役割りを果たすものと思われる。このように景気回復の初期段階では,個人消費は比較的低調だが,2年目あたりに大幅にふえるというのが従来の景気循環に共通したパターンでもあった。

第34図 大衆所得の動き

(3) 輸出の好調つづく

内需の回復に加えて,67年夏頃低迷していた輸出需要が同年秋から再び増加しはじめそれが68年中つづいたことも景気上昇の大きな要因となったことは前述のとおりである。季節調整ずみ数値でみると,( 第19表 )輸出は67年第4四半期に前期比2.8%増,68年第II21g半期に前期比5.1%増となったあと,第2四半期はフランスのストやEEC関税撤廃(7月1日から)を見越した輸入手控えなどからやや減少したものの,その反動もあって第3四半期には前期比14.4%という大巾な増加を示した。

これを前年同期と比較すると,68年1-9月間に11.8%増となり,67年の増加率8%を大きく上回った。このような輸出の大巾増加は,主としてアメリカとEEC諸国の景気好調に支えられたもので,とくに年央以降はEEC向け輸出が次第に大きなウエイトをしめるようになった。いま1-9月間の輸出を地域別に見ると( 第20表 ),北米向けが43%増,EEC向けが13%増となり,また輸出増加に対する寄与率ではEEC向けが約41%,北米向けが約35%となり,この両地域だけで輸出増加の76%をしめした。

西欧諸国にとって最大の輸出市場である西ドイツの景気上昇は,近隣諸国の西ドイツ向け輸出をふやすことでそれら諸国の景気に好影響を与え,さらにそれがこれら諸国の輸入の増加を通じて今度は西ドイツの輸出に好影響を与えるという具合に,好況がつぎからつぎと国際的に波及したのである。

今後の輸出の見通しとしては,先行指標である製造業の輸出向け受注が継続的に増加していること( 第19表 ),とくに第3四半期には前期比8%も増加し(季節調整ずみ数値)同期における輸出向け出荷額を7%も上回って受注残がさらに増えたとみられること,EEC諸国の景気が好調であることなどからみて,今後も比較的好調との見方が多かったが,11月にとられた国境税調整措置によってこの見解を修正する必要が生じたようである。(後述)

(4) 雇用状勢の改善と賃金の動き

季節変動を調整した雇用数は66年はじめのピークから67年第3四半期までに約4%(88万人)減少したあと,68年第2四半期まで除々に回復したが,回復のテンポはおそく(同期間に1.1%増),後退前ピークとくらべてまだ1%(21万人)少ない( 第21表 )。

なお外国人労働者だけをとってみると,66年第3四半期のピーク125万人(季節調整ずみ)から67年第4四半期の底96万人へと約30万人減少したあと,68年第2四半期までに101万人へと回復したが,後退前ピークにくらべてまだ約24万人少ない。

このような雇用の動きを反映して失業数(季節調整ずみ)も66年第1四半期の13万人から67年第3四半期の56万人へ激増したあと,68年第3四半期までに29万人へと半減したが,後退前の水準にくらべるとまだ2倍以上の高さである。

失業率(季節未調整)をみると,66年平均の0.7%から67年平均の2.1%へ上昇したあと,68年中低下をつづけ9月には0.8%(67年9月は1.6%)まで低下しており,また同月の求人数(未調整)は失業数(未調整)の3倍以上に達している。一見超完全雇用のごとくであるが,前述のように雇用数がまだ後退前ピークに達しておらず,労働力人口も減少している点を考慮すると,労働市場はまだ逼迫していないというのが,政府の見解である。67年に作成された政府の中期経済計画によれば,政府の完全雇用目標は失業率年平均0.8%となっている。これに対して68年9月の失業率0.8%は例年失業率が最低となる9月の失業率であって,年間平均ではない(68年の年平均失業率はおそらく1.5%程度となるだろう。)労働力人口についていうと,66~67年の景気後退中に外国人労働者の帰国や主婦など限界的労働力の労働市場からの脱落により,労働力人口が66年0.2%減,67年2.2%減,68年上期も前年同期比1.4%減となっており,68年下期にようやく前年同期を上回る見込みである。

ただし,現状は64-65年のブーム時にくらべてまだ労働力に余裕があるとはいっても,64-65年当時の労働需給は過熱状態にあたったのだから,それとの比較は必らずしも適切でないという考え方もある。また中期経済計画の目標失業率(年平均)0.8%が果して政策目標として妥当であるか否か,低すぎはしないかという疑問もあろう。

いずれにしても,最近の労働力需給,ひいてはインフレ圧力再燃の危険性については,シラー経済相によって代表される連邦政府の見解と,ブレッシング総裁によって代表されるブンデスバンクの見解との間に,若干のニュアンスの相違がある。連邦政府は,労働需給はまだ逼迫していないから過熱のおそれなしとの見解をとっているのに対して,ブンデスバンクは現状はまだ過熱ではないとしても,労働力予備が少なくなった点を重視しているようである。

以上のような雇用状勢を反映して,景気後退中頭打ち状態にあった賃金の上昇率も,景気回復が本格化した68年春頃から次第に高まってきた。いま四半期ごとの賃金率の上昇テンポ(前年同期比)をみると( 第22表 ),66年上期の7%余から67年第1四半期の6.0%,68年第1四半期の2.4%へと低下したあと,第2第四半期には再び4.Oへと上昇,さらに7-8月には前年同期比4.6%増となった。68年春以降の賃金率の上昇は,この時期に金属労組その他での賃上げ交渉が妥結し,実施されたためである。

その後68年秋頃から賃金協約の改訂をめぐる動きが活発化し,8%前後の賃上げ要求が出されている。また政府は景気上昇の持続と経常収支黒字の縮少の見地から賃金の大幅引上げが望ましいとしており,9月はじめシラー経済相は68年に4.5%,69年に6%の上昇幅が適当と述べた。

(5) 物価は安定的

景気後退から初期の回復段階という67-68年の景気局面を反映して,物価は殆んど安定的であったといってよい。工業製品生産者価格はむしろ68年にはいってから微落傾向を示しており,8月,9月にやや反騰したものの,年初の水準より低く,また前年同期比では5.1%低かった。1-9月の平均では1.4%の低下となる。

消費者物価は,68年1月の付加価値税の導入,同年7月の付加価値税引上げ(1%)により上昇した点を除けぱ,月々の若干の変動はあっても,ほぼ横這いをつづけており,9月の水準は前年同月比1.4%高,また,1-9月平均では前年同期比1.1%高であった。

ただし,このような消費者物価の安定は,1つには食料品価格が年初来低下傾向をつづけていたことに助けられた面もあり交通,通信費や美容費などのサービス価格はやはりわずかながら強含みをつづけ,また家賃は従来と同様かなりの上昇趨勢を持続している。

第35図 物価の動き

(6) 低金利の維持

つぎに金利の動向をみると,短期金利(コール)は67年中低下をつづけたと,68年にはいってやや反騰し,その後一進一退ながらもほぼ横這いの状態をつづけている。

国内では低金利政策がとられていたが,アメリカやユーロダラーなど,海外金利の上昇傾向に影響されたわけである。

他方,長期金利の動きを既発行公債平均利回りでみると,67年以来の低下傾向が68年中もつづき,9月の水準は6.3%で年初の6.7%より低く,表面金利6%の債券発行も可能となったほどである。しかし,10月になると基調に変化があらわれ,新規発行債の消化難という現象が一部に出現して,金利も強含みに転じた。これは資本市場における起債とくに外債の発行が殺頭したためといわれている。その結果,外債についても国内債と同様,或る程度の発行調整が必要との見解も出ている。(68年1-9月間の外債発行高は約40億マルクという巨額となり,67年全体の発行額8.7億マルクの5倍近くに達した。)

第36図 短期金利

(7) 国際収支の不均衡めだつ

67-68年の国際収支の特徴を一言でいうと,経常収支の大幅黒字を資本取引の赤字で相殺したことにあるが,同じく資本取引といっても67年には主として短期資本(誤差脱漏を含む)の輸出によって相殺したのに対して,68年には長期資本の流出が経常収支の黒字を相殺した。

まず経常収支をみると( 第23表 ),67年は不況の影響で輸入が4%減少し他方輸出は増えたために出超額は168億マルクという戦後の最高を記録,(過去の最高は66年の76.6億マルク)その結果経常収支の黒字幅も97.1億マルクというこれまた戦後の最高を記録した。(従来の最高は,やはり景気停滞の年であった58年の58.6億マルク)。これに対して,短期資本(誤差脱漏を含む)は,66年の黒字約30億マルクから67年の赤字約61億マルクへと逆転し,また長期資本の輸出も66年の22.7億マルクから67年の32.1億マルクヘ増加したため,金外貨準備は4.1億マルクの増加にとどまった。

68年にはいると,輸入の増加率(1-9月で16%)が輸出の増加率(同じく12%)を上回ったために,貿易黒字額は67年1-9月の約126億マルクから68年1-9月の119億マルクへとやや縮少したものの,貿易外の赤字額が利潤送金の減少で前年同期の12億マルクから68年1-9月の3億マルクへと大幅に縮少したため,経常収支全体では前年同期の67億マルクから68年1-9月の70.5億マルクへと,逆に微増した。

このように2年つづいて経常収支の大幅黒字がつづいたため,政府はそれを相殺する手段として長期資本の輸出を奨励,内外金利差に助けられて長期資本の輸出は異常に増加し,1-9月間に85.8億マルクに達した(67年全体の長期資本輸出額は32億マルク)。

長期資本のうち,政府資本の輸出は前年と大差なく,増えたのは民間の融資と証券投資である。前者は67年1-9月間の約8億マルクから68年同期の34億マルクへと増加し,また,証券投資も67年全体の20億マルクから68年1-9月の42億マルクヘ増加した。なかでもマルク建外債の購入額は67年全体でわずか1.4億マルクだったのが68年1-9月間に30億マルクへと異常な膨張を示した。これも融資の場合と同じく,銀行の流動性が豊富で,金利が国際的にみて低めに維持されていたことが,主な原因となっている。

このような長期資本輸出の飛躍的な増加により,基礎収支(経常収支と長期資本の合計)は,68年6月から赤字となり,1-9月累計でも約16億マルクの赤字となった。基礎収支でみるかぎり,現在のところ西ドイツの国際収支の不均衡はないといえるが,マルク切上げ思惑もあって短資の大量流入がつづいており,1~9月間に約56億マルクの短資(誤差脱漏を含む)が流入し,その結果,ブンデスバンクの金外貨準備は1-9月間に約10億ドルの増加となり,9月末現在で90億ドル余(IMFリザーブ・ポジションを含む)となった。

しかしながら,経常収支の黒字が近い将来にあまり縮少しそうもないのに加えて,それを相殺すべき長期資本の輸出についてもマルク建外債の消化難からそれまで低下傾向にあった長期金利が最近強含みに転ずるなど,やや変調があらわれてきた。このような事情から10月末から11月にかけてマルク切上げの思惑が再び強まり,フランの先行きに対する不安感と相まって,大量の短資が西ドイツに流入し,国際金融界は,3月のゴールドラッシュ以来の危機を迎えるに至った。(ブンデスバンクの金外貨準備は,10月末から11月15日までに約5億ドル増加し,さらにその後の1週間で20億ドル余も増加した)そこで西ドイツ政府は11月20日マルク投機の根をたつと同時に経常収支黒字の削減を目的として,付加価値税法の改正により輸入調整税の税率軽減と輸出課税を実施する旨発表した。輸入税率の引下幅および輸出課税の税率はいずれも4%で,有効期間は70年3月末までとされている。

この措置は,商品貿易についてマルク切上げと同様の効果をもつものであり,政府の推定によれぱ,今回の措置により輸入は30億マルク増加し,輸出は13億マルク減少する。従って貿易黒字額は約50億マルクの減少となる。68年の出超額は推定150億マルクであるから,その後3分の1をカットすることになる。

(8) 経済政策の方向

67年から68年にかけての経済政策は,景気回復と安定的成長(シラー経済相の表現をかりると,「節度ある成長」)の促進を目的としていたといえる。

まず財政政策についていうと,67年9月に決定された第2次景気対策にもとづいて公共発注の促進に努力されていたが,これは68年春頃までに一応おわり,その後は新しい財政上の景気刺戟措置はとられていない。年央に付加価値税が1%引上げられたが,これは既に67年作成の中期財政計画のなかで予定されていた措置であった。9月に決定された69年度予算案については,景気上昇が既に自律的上昇の段階にはいったとの判断から,連邦財政の規模を68年の実績(推定)比5.4%増,(68年は前年比6.8%増)にとどめられており,これは69年の想定名目成長率を6%下回るもので,明かに中立予算といえる。予算赤字額も68年(約70億マルク)の半分の36億マルクヘ抑えられた。ただし投資的支出が4.8%増の予定であること,また従来石炭業にのみ適用されていた10%の投資プレミアムが構造地域開発や企業の研究開発投資に対しても適用されるようになったなどの点で,若干の刺戟的効果をもつものとみられている。

金融政策も67年にひきつづいて68年も成長促進の見地から運用された。公定歩合や支払準備率などの変更はなかったが,公開市場操作を通じて銀行の流動性を豊かにし,金利を下げる政策がとられた。ただし年央以降は,経常収支黒字等により銀行の流動性が豊富となったため,積極的に流動性をふやす操作はあまりとられなかった。また過大な国際収支黒字の削減も68年における金融政策の重要な目標となった。67年11月のポンド切下げとそれにつづく国際通貨不安の時期あるいは68年8月末や11月にはってからのマルク切上げ思惑め発生にさいして,ドル為替スワップ操作により銀行短資の流出が促進されたほか,短資流入阻止のため非居住者預金準備率の差別的引上げが実施された。また付加価値税の改正により,輸出抑制,輸入促進措置がとられたことは,前述のとおりである。

このような財政,金融政策のほか,政府と労使代表から成る定期的協議(「協調のとれた行動」)が67年に開始され,68年中も数回にわたりもたれた。この定期協議は,元来は所得政策的発想から出たものであり,年々の経済動向,所得の動きなどについて政府の予測を民間労使に示し,民間労使の行動の指針とすることが主眼であるが,最近はそうした経済見通しのほかにその時々の重要な経済問題についても協議が行なわれるようになった。67~68年の安定的な成長にこの「協調のとれた行動」が,何ほどかの寄与をしたとみてよいであろう。

なお,67年に作成された中期経済計画は毎年1年づつ延長するリボルビング・プランであるため,68年6月に改訂中期経済計画(68~72年)が発表された。それによると,68~72年間の年平均成長目標が,4.4%へ引上げられた。(第1次計画では4%)。目標失業率0.8%,目標物価上昇率(GNPデフレーター)1.0は第1次計画と変わらないが,国民総生産に対する経常海外余剰の比率は1.0%から1.5%へ引上げられた。これは67年末に発表された経済専門家委員会の見解を採用したものとみられる。

第24表 中期経済計画

3 今後の経済見通し

前述のように,設備投資の盛上りや個人消費増加の兆候といった国内要因からみて,69年も力強い景気上昇の年となる可能性がつよい。これまでの景気循環を振り返ってみても,活発な上昇期間が概ね2年つづくのが普通である。今回の上昇局面においても,67年秋から数えてまだ1年にすぎす,大きな撹乱要因がないかぎり,69年中は上昇局面がつづくだろう。とはいえ,前述したような循環的要因による生産性の大幅な上昇は今後は望めないから,成長率が若干鈍化することは避けられない。

問題は11月中旬に発表された付加価値税改正の輸出抑制効果と輸入促進効果がどの程度の景気抑制的影響をもつかである。

前回のマルク切上げ(61年3月)の時と同じように,今回も輸出産業はかなりの受注残を抱えているから現実の輸出額が影響をうけるまでには若干の時間を要しよう。しかし,輸出受注は前回と同様比較的速かに影響をうけるだろうし,そこから国内景気に対して抑制的影響が出てくるだろろ。

前回のマルク切上げ時には,切上げの心理的ショックと輸出受注の減少で,企業の投資態度が慎重となり,設備投資の停滞と在庫投資の減少により,鉱工業生産は61年春以降横這いとなり,景気停滞的局面が現出した。

しかし,前の切上げが,59,60年と2ヵ年づついた活発な上昇局面のあとをうけて,景気がかなり成熟段階にあった局面で実施されたのに対して,今回は,景気局面がまだ比較的若く,景気上昇のはずみがついているので,国内景気に対する影響は,前回ほど大きくないのではないかと思われる。また実質切上げ幅が前回の5%に対して,今回は4%とやや小幅であることも,国内経済に対する影響を小さくする要因であろう。

69年の経済見通しについては,付加価値税調整以前の10月末は,シュトラウス蔵相が69年の成長率名目7.5%,実質5%との予測を発表しており,また同じ時期に発表された民間経済研究所合同報告書は69年の成長率を名目6.5%(実質に直すと約4.5~5%)と推定していた。国境税の調整,フランスの財政緊縮,イギリスの輸入抑制措置などが発表された現在では,西ドイツの69年の成長率をこれらの予測より幾分低目にみておく必要があろう。