昭和42年
年次世界経済報告
世界景気安定への道
昭和42年12月19日
経済企画庁
第1部 1966~67年の世界経済
第2章 海外諸国の経済動向
(1) 1966~67年の経済動向
1)概 況
1966年に始まった5ヵ年計画(1966~70年)は比較的順調な推移を示している。その初年度である66年には工業生産は前年に引続いてかなり拡大し,農業生産も好天に恵まれた穀物の記録的豊作で大幅に伸びた。これを反映して,国民所得の成長率は5ヵ年計画(年平均)と年次計画のいずれをも上回った。さらに,67年に入ってから工業生産はーそう好調を示し,また,穀物の作柄は66年ほどではないにしてもほぼ良好で,農業部門全体では66年なみの生産水準を維持できそうである。他方,経済の効率化をめざして66年から始められたいわゆる利潤原則の導入,すなわち経済の計画・管理制度の改革が進捗しており,67年央にはその基礎固めとして工業品の卸売価格の改定が実施された。このようにして,近年成長率の鈍化に悩んできたソ連経済も,しだいに明るさを増している。まずその概況を66~67年の主要経済指標からみよう。(ただし,ソ連の公表する経済指標は,その内容と算定方法が西側諸国のそれと異なるので,両者を比較できない。)
(a)国民所得と工・農業生産
国民所得でみた成長率は,66年には1961~65年の平均を大きく上回って7.5%となった。これには,農業生産が10%近い伸びを示したことが大きく寄与している。しかし,国民所得の計画を上回る伸びは工業生産の拡大に支えられたものである。すなわち,66年の農業生産の大幅な増大は,65年の不作を前提としてすでに計画に予定されていたのであって,工業生産が前年比8.6%増と計画(6.7%増)をかなり上回ったことが経済全体の成長率を計画以上に押上げたのである。
67年に入ってからの工業生産は,近年みられなかったほどのかなり著しい伸びを示している。1~11月の工業総生産は前年同期比10.2%増で,過去数年の年平均増加率を上回った。
50年代には工業生産の増加テンポは年々10%を越えるのを常としていたが,60年代に入ってからは10%を下回り,とくに62~64年の3年間はかなりの鈍化傾向を示した。これが農業生産の低成長と不安定さと相まって,ソ連経済全体の成長鈍化をもたらした。
その後,工業生産は従来の鈍化傾向から脱却して65~66年にはかなり好調を示し,67年に入ってーそうの上昇ぶりをみせた。このような上昇は,労働生産性の計画を上回る向上(年間計画の5%に対し1~11月実績は7.3%)によるところが大きかった。この労働生産性の向上は66年の農業豊作によって消費財工業に対する原料供給が好転して,この部門の生産条件が有利になったことによるものであるが,加えて経済改革の効果も反映しているとみられる。他方,67年の農業生産は,計画では4%増が予定されていたが,ほぼ前年水準からの横ばいが見込まれている。したがって,国民所得の伸びは依然として工業に支えられているとみることができょう。
(b) 固定投資と個人消費
国民所得をその支出面からみると,投資計画の未達成と個人消費の計画を上回る拡大というアンバランスが目立っている。すなわち,投資は1966年に計画に達しなかったが,67年上期にもなお,不振を続けているのに対して,個人消費の動きを示す小売売上高(取引額全体の3%余を占めるコルホーズ市場を除く)は計画を上回るテンポで伸びている。
投資と新生産能力稼動開始の立遅れは,建設用設備,資材の不足と労働力の確保難によるもののようで,これに対処するために,66~67年に建設業の設備,資材を補強し,従業員住宅の建設を促進する措置が講ぜられた。しかし他方では,着工した工事の完成に資金を振り向けないために建設期間が延びるとか,資金や資材の確保の見込みがない場合にも新工事を開始するなどの悪弊が依然としてみられるようである。
一方消費の拡大の裏付けとなっている個人所得は,66~67年に年平均5.9%増加し,5ヵ年計画の予定(5.3%)を上回った。具体的な所得増大措置としては,消費財工業部門などの賃金引上げ,コルホーズ員の保証支払制の導入が行なわれ。2年間に労働者の平均賃金は7%,コルホーズ員の公共経営からの所得は20%も増加した。
2)工業部門別動向
前述したように,66年の工業生産は計画をかなり上回り,65年とほぼ同率の伸びを示したが,これを部門別にみると,従来からの生産財部門の成長鈍化傾向は,66年も一部の部門にみられた。すなわち,エネルギー部門やガス工業,化学工業など,新興工業の増産テンポは63年からの一貫した低下を続けた。その半面,機械・金属加工工業,建設資材工業,軽工業は前年を上回る伸びを示し,また家庭電器など耐久消費財生産は引続き増加テンポを高めた。その結果,工業全体としては,65年とほぼ同率の伸びを示した。
しかし,67年(1~9月)にはほとんどすべての部門の増加率が前年と同率あるいはこれを上回り,全体としての工業生産の伸びは目立って大幅となった。電力,熱エネルギー部門や化学工業の増加率の低下傾向がやみ,やや上向きとなり,木材・製紙工業の伸び率が著増したほか,機械・金属加工工業が引続き増加テンポを高めた。とくにこの部門では,近年における技術進歩と消費向上のための政策努力を反映して,オートメーション機器(67年1~9月に前年同期比19%増),自動車産業(14%増),消費財産業用設備(14%増)の生産増がその中心となっている。
他方,軽工業,食品工業など消費財生産は67年(1~9月)には66年の伸びを上回った。すなわち,これらの部門は過去の低成長から脱して増加率を高め,とくに家庭電器,文化用品などの耐久消費財の生産は,年を追って増産の幅を拡大している。
このような消費財生産の動きは,一つには,66年の農業の豊作に基づく原料供給面の好転によるものであるが,一般的には現行5ヵ年計画の消費財生産重視政策を反映しているものといえる。
その結果,工業における生産財生産部門と消費財生産部門との関係にはかなりの変化がみられる。すなわち,61~65年には生産財生産の年平均増加率が消費財生産のそれを54%も上回ったが,66~67年にはこれが17%に低下し,重工業優先の緩和と消費財生産の重視という政策的意図が現われている。
3)農業生産
1987年の工業生産が前年な大きく回ったのに対し,農業生産は高水準ながら横ばいにとどまった。66年には穀物収穫高が64年の記録を更新し,原料作物の作柄も良好で,農業総生産の伸びは前年比9.8%に上った(計画は8~10%)。とくに穀物収穫高は過去5ヵ年平均(1.3億トン)を大幅に上回り,64年の記録的豊作をさらに12%越えて,1.7億トンに達した。これは新5ヵ年計画の5年平均目標をやや上回り,穀物の国家買付量も7,490万トンと計画(5,570万トン)を著しく越えた。このような穀物の増産は気象条件がよかったことと,国家買付価格の引上げ,調達計画超過分に対する追加金の支払いなど,政府の刺激策が効果を示したことによるものとみられる。
67年の穀物の作柄は,一部地域の気象条件が悪かったにもかかわらず,ほぼ良好のようで,61~65年平均を上回るものと予想されており(西側の観測によれば1.4~1.5億トン),国家買付量は10月末までに5.700万トンに達した。また,綿花などの原料作物の作付計画も達成されたといわれている。しかし,農作物部門が,過去の最高記録である66年に比べて減産となることは明らかで,これを畜産部門の増産が補って農業全体としてはほぼ前年なみとなる模様である。
4)貿易動向
1966年には輸出が8%と比較的大きく伸びたのに対して,輸入は約2%減少し,輸出入バランスでは大幅な出超となった。そのうち,西側先進国との貿易では18%近い輸出増加により,入超額は65年の1億38百万ドルから66年の22百万ドルへと激減した。
東西貿易の大幅な増大とは対照的に,社会主義国との貿易はむしろ停滞的で,輸入は減少さえ示した。その結果,貿易の地域構成では社会主義諸国との貿易の比重は輸出入とも65年より減少した。社会主義国のうち,コメコン諸国との貿易はソ連貿易の過半を占めているが,輸出の伸びは65年から66年にかけてやや上向いたものの,輸入は近年しだいに伸びが低下し,66年は減少に転じた。この輸入の減少はほとんどのコメコン諸国の場合にみられ,また,品目では機械,鉄鋼,非鉄,化学品,消費財など全主要品目に及んでいるが,これがソ連の対コメコン政策の変化を示すものとは断定しがたい。もちろん,工業品を中心とする対コメコン輸入の伸びが低下傾向にあることは,工業国間貿易をめざすコメコン内国際分業の行き悩みを示唆するものであるが,66年の輸入減少は前年の貿易バランスの入超を調整するためのものであるかも知れない。中国との貿易は66年に輸出増をみたほかは,一貫して減少し,66年にはソ連の貿易総額の2%にも満たなくなった。
社会主義国との貿易が停滞的であったのに対して,西側諸国との貿易とくに先進諸国向け輸出は,すべての主要国に対する原油,木材,金属鉱石の輸出を中心に著増し,とりわけ原油は65年に比べ約23%の激増を示した。輸入では機械が約10%増加し,穀物も前年に引続いて500万トンを越えて総額で約9%増加したが,輸出の伸びが輸入の伸びを大きく上回った結果,従来の入超傾向は大幅に縮小した。
他方,西側低開発諸国との貿易は,65年ほどではないが,かなりの伸びを示した。そのうち,輸出の面で,主要品目である機械,石油,鉄鋼などが軒なみに減少したのに対して,砂糖,食用植物油など一部食糧が増加したことがやや異例に属する。この点を除くと,経済援助の実行もあって依然として出超が続き,ソ連側の片貿易による入超額が大きいマレーシアを除けば,全体の出超額は65年と同様約2億ドルを記録した。
西側との貿易を国別にみると,少数の例外を除き輸出入とも増加した。そのなかで日本からの輸入は66年にはフィンランドのそれを越え,穀物を主とするカナダからの輸入に次ぐ水準に達した。67年に入ってからの状況を上期についてみると,19ヵ国合計額では輸出とも前年同期を17%前後上回り,同期のン連の全貿易額の7%増と対比すると,シェアの著しい増大がみられる。また,ソ連側の輸出は各国についていずれも増加しているが,輸入ではカナダからの輸入(ほとんど穀物)が約半分に減り,また日本からの輸入が船舶,鉄鋼を中心にかなり減少したのが目立っている。
(2) 第8次5ヵ年計画下の経済政策
1)5ヵ年計画の手直し
1967年10月に開かれたソ連邦最高会議は,例年より早く次年度(68年1~12月)の国民経済計画と国家予算を可決,成立させたが,その際68年度計画とともに69~70両年度の計画が一括して法律化された。この68~70年計画は,初期2ヵ年の実績に基づいて5ヵ年計画(正式には66年4月第23回共産党大会指令)に手直しを加えて具体化したものである。
この手直しにもかかわらず,5ヵ年計画の基調は変っておらず,重工業優先の緩和,消費財生産の重視,生活水準の引上げという方針はむしろ強化されている。
まず68年度経済計画をみると,第42表にあげた主要指標からもうかがわれるように,国民所得と工業生産の計画成長率は,従来の実績を考慮して,66年および67年に比べ引上げられた。とくに注目される点は,工業生産のうち生産財と消費財の増加率の関係が従来と異って,後者が前者を上回っていることである。これに対応して,個人所得や小売売上高の計画目標も前2年のそれより高率である。その半面,固定投資の増加率は従来の計画より低められている。他方,68年度国家予算では前年度比8%増の歳出総額のなかで国防費が15%も増加しており,予想される対外援助の増加と相まって資源配分の問題を複雑にしている。
このような68年度計画の特色は69~70年度計画にも貫かれており,5ヵ年計画全体としては,当初の決定に手直しないし具体化が加えられている。すなわち,第47表にみられるように①5ヵ年計画における国民所得の成長率は,当初計画の下限に近い水準に決定されるとともに,工業生産の目標が引上げられたが,半面では,農業増産の目標が低目に抑えられたものと推測される。②重工業優先度がさらに低位に決定されるとともに,小売売上高の目標が引上げられた。③他方,投資額が減額されており,とくに,農業に対する国家投資が削減の中心となっているもののようで,固定投資と個人消費とへの資源配分に修正が加えられた。このようにして,5ヵ年計画の手直しによって本来の基調はさらに強化されたということができる。しかし,農業部門の計画目標の引下げは,国防費支出の今後の動きとともに,注目されるところである。
2)経済改革の推進
新5ヵ年計画の開始と同時に実行に移された経済改革は,すでに67年9月までに5,500の工業企業(生産の約3分の1,利潤総額の45%)に実施されたほか,農業部門の国営企業たるソフホーズのうち400余に完全独立採算制が導入され,工業と同様の新制度が採用されはじめた。さらに,新制度はヨーロッパ地域の全電力系統,17の鉄道,モスクワ地下鉄,700の自動車運輸,日用サービス機関など一部の企業にも導入されたが,企業連合や部門別の総管理局など上級管理機関にも新制度の導入が検討されはじめている。
他方,工業における経済改革の一環として工業品の卸売価格の改定が行なわれ,66年後半の一部消費財から始まって,67年7月には重工業品に及ぶ新価格が採用された。この価格改定は,各工業品の部門平均原価を基準として「生産フォンド」(生産用固定資産と物的流動資産の合計)に対する適正な収益性を保障することを原則とするもので重工業品卸売価格(電力料金をそむ)は平均15%の引き上げ(うち石炭78%,産業用電力22%,化学品5%,機械据置きなど)になるといわれる。なお,卸売価格の引上げは間接消費税である取引税で吸収され,小売価格と農業用生産資材価格に波及しないことになっている。
この価格改定によって新しい計画・管理制度は利潤指標の基礎を与えらわたわけであるが,すでに新制度に移された工業企業は,一部部門の全企業に及ぶ場合も現われており,これら企業の67年1~9月の実績では前年同継に比べて販売高12%増,利潤25%増,労働生産性8%の向上など全工業平均の指標(総生産額10.5%増,利潤23%増,労働生産性7%の向上)を士回る成果が上げられている。
しかし,半面では,新制度の実施状況にはさまざまな欠陥が認められており,工業関係各省も企業に対し旧態依然たる計画化方式をとっている場合が少なくないと伝えられる。現在,改革の範囲は漸次小規模の工業企業にまで拡大し,68年中には工業をはじめ運輸,建設その他の部門の新制度移行もほぼ完了することになっているが,その実施にはなお多くの問題が残されているといわねばならない。