昭和42年

年次世界経済報告

世界景気安定への道

昭和42年12月19日

経済企画庁


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終章 世界景気の現局面と今後の課題

1.世界景気の諸情勢

1967年は世界景気の調整の年であった。

1960年代前半の6ヵ年間にかなり高い経済成長を実現してきた工業諸国は,67年上期になって,ごく少数の国を例外とした広汎な景気不振を示した。この景気不振は,日本やイタリアのように景気の上り坂にある工業国の国際収支に悪影響を波及させ,また低開発国の輸出の減少を招くことになった。しかし,各国で相次いでとられた景気刺激策の効果もあって,欧米景気は総じてこの夏頃には停滞状態を終えつつあったものと判断される。

世界景気の回復に与える影響の大きさからいって,最も注目されてきたのは,アメリカの動向であるが,アメリカの景気はすでに回復の軌道を歩んでいる。9~10月の鉱工業生産は自動車ストの影響で若干の減産となったが,上期の景気停滞の最大の要因であった在庫調整が一巡することによって,最終需要の基調は再び強まっている。現在のアメリカ経済にとって重要な影響をもっているのは,軍事支出を中心とした政府支出と,増税問題の成行きである。ベトナム問題は依然大きな不確定要因となっているが,先行き年率4%前後(67年の実績見込は約2.5%)の経済成長が一応の目安とされているようである。しかし,アメリカもすでに完全雇用状態に達していることからインフレ圧力が強く,経済再拡大とインフレ防止をどう両立させるかが重要な鍵であって,その意味でも増税実施のタイミングと規模が問題である。

西欧も,景気はようやく立直り始めてはいるが,西欧全般の回復力はアメリカよりは若干低くなりそうである。戦後最大の不況におちいった西ドイツもどうやら底入れした模様であり,先行き景気対策の効果が現われるにつれて景気も立直りに向うであろう。しかし西ドイツは景気が立直り始めようとする段階で,財政上の理由から増税問題をかかえており,それが回復にどの程度の影響を与えるかが注目される。フランスの景気も停滞状態を脱しつつあるが,政府はリフレ政策をとりながらも,慎重な経済成長を指向している。

これらの動きに対して,イギリスはこの春頃にはリフレ政策や輸出増加により一時立直りかけていたものの,その後,中東紛争や海外景気不振の余波が強く現われたことなどのために,国際収支は再び急激な悪化傾向をたどり,11月18日に至って戦後2回目のポンド切下げを余儀なくされた。

このたびのイギリスのポンド切下げは,その切下げ幅においても,為替平価切下げの他の国への波及範囲においても49年の切下げ時にくらべると相対的には小さい。しかしながら,ポンド切下げが世界景気の立直りの十分でない時期に行なわれたために,世界景気の回復の先行きに及ぼす影響はなお微妙である。それは,第1に,世界各国の貿易に及ぼす直接的影響であり,第2にポンド切下げを契機とした国際金利上昇の影響であり,そして第3にポンド切下げ後の国際通貨体制の安定化に関する問題である。

貿易に及ぼす影響としては,国ごとの事情は異なるにせよ,非切下げ国にとっては,輸出伸び悩みないし競争激化の要因として働きそうである。それは,西欧大陸やスターリング低開発国のように切下げ国への輸出依存度の高い国や,輸出立直りが景気回復の重要なてことなっている多くの国にとっては景気回復を遅らせる要因とみられる。また,国際的な金利上昇も世界景気の回復力を弱めることを懸念させる要因である。イギリスがポンド切下げと同時に断行した公定歩合の大幅引上げに続いて,アメリカ,カナダの公定歩合引上げが行なわれ,国際金利は上昇の動きを示している。したがって,前述のようにアメリカの景気は上向きつつあり,イギリス以外の西欧諸国でも景気回復への兆しがみられるにしても,なお先行きには楽観を許さないものがある。

また,49年のポンド切下げ当時と比べると,今回はドルの対外ポジションは大きく変化しており,EECが黒字の半面アメリカが赤字という傾向を示しているだけに,ポンドとともにドルの安定化がーそう重要性を高めている。すでにアメリカは,ドル防衛の積極的意図を表明し,主要国との間のスワップ取引拡大に関する協定が成立するなど,国際金融協力体制の進展がみられる。世界経済の現局面はなお流動的であるが,68年が世界の景気と貿易の回復の年となりうるためには,各国とも国際通貨体制の安定に十分な意を払いつつ,ポンド切下げ後の国際的な高金利やドル防衛などの諸問題を適切に乗り切ることが重要とみられる。

2.世界景気安定への道

かえりみて,1967年の世界景気の停滞は,世界経済の成長の前途を考えていく上に重要な一石を投じた。

すなわち,戦前と比べると戦後の世界経済は,各国の個人消費の安定化や財政機能の増大によって,世界的大不況が発生しなくなったことは基本的に重要な特徴である。しかし,世界的大不況が発生しなくなったとはいっても,なお今日においても工業国の景気の同時的後退ないし停滞が起こりうるものだということが,67年に事実をもって現われた。そして,世界的な景気停滞のなかでとくに国際収支悪化のきびしい国々において,一連の為替平価切下げが行なわれることにもなった。

67年に生じた広汎な景気停滞には,偶然的要素も働いているが,自由化の進んだ現在の工業国における相互の景気波及力が強いために,とくに大国の景気不振は,他の国の生産不振や国際収支の悪化となって敏感に現われやすくなっていることを背景としたものである。また,いったん工業国の景気不振が同時的に発生すると,低開発国の輸出に及ぼす悪影響が大きい点も重要である。工業国が低開発国に対して果たす援助その他の国際協力の役割と同様に,工業国の景気の安定化は低開発国の輸出と経済の円滑な拡大にとってきわめて重要な前提をなすものである。

世界経済にとって成長が重要であるのと同じように,景気安定化もますます重視されねばならない課題である。

世界の景気安定化のためには,世界各国,とくに工業国がまず自国の景気変動を一だんと安定化させるための政策の高度化をはかることが必要である。工業国の完全雇用下における景気安定化の対内的課題は,絶えずインフレ圧力と国際収支難の克服という問題と表裏している。物価と国際収支の安定に成功しない限りは,景気変動をより小幅にとどめることも,景気後退を事前に回避することも困難であろう。自由化の進んだ今田内外景気の最も敏感かつ重要な結節点をなすものは,国際収支である。一国の景気が過熱した場合に国内経済の拡大のいきすぎは1自国の国際収支の悪化を招き,それが対外的悪影響を及ぼす結果となる。

また一方において,たとえ一国の経済成長が適度であっても,主要貿易相手国の景気が悪化すれば,内外需要の強弱の差によって国際収支の悪化を免れることはできない。その場合に,もしも一国がその赤字調整の責任のすべてを負って引締めを強化するならば,不景気は各国につぎつぎに波及し,世界景気は全般的にデフレーションへの傾斜を強める危険をも伴っている。したがって,不景気の累積的波及を止めるためにも,国際収支調整の問題は赤字国と同時に黒字国の問題として,相互協力的に解決されることが望ましい。そのためには,世界の各国相互の経済成長と経常収支や資本収支の関連を調整するとともに,国際通貨体制の前進をはかりながら各国ともそれぞれの正常な成長ラインに復帰するための諸条件の地固めが必要であり,それを可能とする各国の政策努力や国際協力の発展が望まれる。

67年の世界的な景気不振のなかで,日本経済は例外的にかなり速い経済拡大を続けた。このことは,近年の世界経済における日本経済の比重増大と相まって,世界の景気不振の波及が累積的に拡大するのをある程度まで防ぐ効果はあったが,わが国の国際収支の赤字が増大する結果を避けられなかった。この秋以降,景気調整策を進めつつあるわが国にとって,このたびのポンド切下げにより国際環境は一だんときびしいものとなりつつあり,先行き国際収支の改善には一そうの努力が必要である。


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