昭和40年

年次世界経済報告

昭和40年12月7日

経済企画庁


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第2章 イギリス

1. 1964~65年の経済動向

1964~65年のイギリス経済の特徴は,64年秋に戦後数回目のポンド危機に見舞われたこと,および「インフレなき拡大」を目標にいわゆるストップ・アンド・ゴー政策の悪循環をたち切ろうとする労働党政府の積極的なポンド防衛の過程であった,と要約できる。

今回のポンド危機はこれまでと比べてかなり深刻であり,64年11月以来の相つぐデフレ措置にもかかわらず,65年にはいってもしばしばポンド不安に見舞われ,賃金や物価もいぜん上昇傾向を続けた。このため7月末にはきびしい総合的国際収支対策を打ち出すとともに,9月には先進10ヵ国から強力なポンド支援措置をとりつけるなど,労働党政府はポンド防衛のための懸命な努力を続けた。その結果,9月末からようやくポンドは顕著な回復を示しはじめたが,一方,国内経済にはしだいに引締めの効果があらわれてきた。

第2-1図 雇用と生産活動

(1)今回のポンド危機とその背景

まず,今回のポンド危機の原因をふりかえってみると,一口にいって,前保守党政府の努力にもかかわらず,いわゆる経済体質の改善が行なわれず,これまでと同じように国内のブームが国際収支の天井にぶつかってポンド危機を招いたということができる。すなわち,前保守党政府は61年のポンド危機のあと,経済体質の改善と高度成長を目標として,経済計画や所得政策を導入するとともに,62年秋以降金融・財政両面からの積極的景気刺激措置を相ついで打ち出した。ところが,経済体質の改善効果が十分にあがらないうちに国内景気がブーム状態に突入してしまったのである。この1963~64年の急速な経済拡大を通じて輸入が急増した半面で,64年央以降輸出が伸び悩んだため,国際収支はしだいに悪化傾向を強め,労働党政府が成立した秋には,大量の短資流出も加わり,深刻なポンド危機を招いたのである。この点を高成長下の賃金・物価と国際収支に焦点をしぼって,ポンド危機の背景を簡単にみておこう。

64年の実質国内総生産の成長率は5.2%増と,63年の4.2%増,62年の1%増を大きく上回ったが,この急速な拡大過程を通じて,賃金と物価は急上昇を示した(第2-2図参照)。この拡大は,主として生産設備と労働力の生産余力の吸収によって達成されたため,63年末ごろには早くも景気過熱的様相をみせはじめたが,この傾向は64年にはいって加速化された。労働需要は急速に強まり,失業率は63年初めの2.9%から64年秋には1.5%と超完全雇用の水準まで低下した。このような労働力不足を背景に労組の賃上げ圧力はしだいに強まり,その要求額はほとんどが5~7%と政府のガイド・ライン(3~3.5%)を上回る大幅なものであり,賃金率も64年第3・四半期には前年同期に比べ5%高となった。一方,物価も一次産品の値上りもあって64年秋には急騰を示した。

このような労働力の不足や賃金・物価の急上昇は,イギリス経済の過熱化を反映したものであるが,政府の成長政策の強力な推進が,景気の過熱化を加速化させたことは否めない。

ここで,ポンド危機の実体を明らかにするために,国際収支の動向をあとづけてみよう。

1963~64年の経済拡大を反映した在庫投資と設備投資の増加から輸入が急増した半面,輸出が微増にとどまったことが,今回の国際収支悪化の主因であることはすでに指摘した。ここでは,国際収支の悪化要因を項目別に検討してみたい。

まず第1の要因は,輸入が急増したことである。すなわち,63年に急増を続けた輸入は,64年にも高水準を維持し,とりわけ上期には加速化した。下期には食糧・タバコなどの輸入価格の低落や,一部半製品・完成品の輸入量の減少によって増勢はやや鈍化したものの,64年全体としては前年比15%増と大幅であった。

第2の要因としては,64年にはいって輸出が伸び悩んだことである。すなわち,輸出の動きを四半期ベースでみると,第2・四半期の拡大のあと年央にはかなりの鈍化を示している(第2-1表参照)。これは主としてEECおよびソ連,東欧向け機械など資本財輸出が減少したためである。第4・四半期には再上昇したが,年間の増加は前年比約4%にとどまった。またイギリス工業製品輸出の世界輸出に占めるシェアも,63年の15%から64年には14%といぜん低下傾向を続けた。

この結果,貿易収支の赤字は63年の7,900万ポンドから64年には5億3,400万ポンドと急増した。

第3に,長期資本収支では,64年に民間長期資本の純流出が急増を示したことである。これはイギリスの対外投資の大幅増加と,海外からの対英投資の減少によるものであった。とりわけ,海外の対英証券投資が63年の流入増から64年には流出増に転じたことや,石油産業の大規模な海外投資が大きく影響したとみられる。

このように,64年の基礎的国際収支悪化の主因は,輸入の急増と輸出の伸び悩み,および民間長期資本の異常な流出にあるといえるが,さらに第4・四半期にはポンドからの大量の逃避が起こり,これが国際収支の赤字に決定的打撃を与えたのである。すなわち,新たに登場した労働党政府への不安感なども加わって,ポンドの平価維持に対する懸念が強まり,11月には猛烈な通貨投機によってロンドンから短資が大量に流出し,いわゆるポンド危機が発生したのである。

労働党政府が,当面のポンド危機乗切りを政策の重点にすえ,矢継ぎ早やにポンド防衛のための緊急措置を打ち出したことは,1964年度の本報告で述べたとおりである。

今回のポンド危機がいかに深刻であったかは,64年の基礎的国際収支の赤字が7億5,600万ポンド(63年5,700万ポンド)と大幅であったばかりではなく,その大半である6億9,500万ポンドが金・外貨準備の取崩しと対外借款によってまかなわれたことからもうかがえるであろう。

第2-2図 物価・賃金・生計費の推移

第2-1表 イギリスの国際収支

(2)ポンド防衛の強化とその効果

1965年にはいってからもしばしばポンド不安に見舞われ,相ついで引締めが強化された。

64年秋の第1回の緊急措置によって,公定歩合の「危機レート」への引上げや選択的銀行貸出制限などの金融引締めが打ち出されたにもかかわらず,内需はいぜん根強よく,労組の賃上げ圧力はいっそう激化し,物価も上昇テンポを早めるなど,景気過熱化を強めていた。一方,ポンド相場はアメリカの国際収支対策強化の影響もあって立直らず,回復のきざしはいっこうにみられなかった。これに加えて,11月末に供与された緊急借款の期限ぎれを控えて,海外諸国からその長期借款への切替えの条件としてきびしいデフレ政策の採用を迫られていた。

このような背景で4月6日発表された65年度予算(1965~66年)はきびしいデフレ的性格のものであった。その主なねらいは,①当面のポンド不安の解消,②基礎的国際収支の均衡化(66年下期までに),および,③経済の体質改善のための税制改革にあり,このためにつぎの措置を打ち出している。

まず,国際収支対策としては,資本の流出防止や海外軍事支出の削減などの為替管理の強化,および増税や公共支出削減による内需の抑制措置がとられ,また,経済の体質改善のための対策としては資本利得税・法人税の導入をふくむ大幅な税制改革案を発表した。

このデフレ予算は海外から好感をもたれ,5月には懸念されたIMFからの第2次引出し(14億ドル)も予想外に順調に成立し,30億ドル緊急借款の借替えという一つの難関を切り抜けることができた。

しかしこの予算案発表後もポンド不安は解消するにいたらず,また貿易収支も,改善を示さなかった。

一方,個人消費の増勢鈍化にもかかわらず,設備投資などの最終需要などの堅調から国内景気はいぜん上昇基調にあった。とりわけ資金需要は強く,銀行貸出は64年12月の選別規制(市中銀行に対する資金貸出の抑制と輸出産業および製造業への選別融資要請)にもかかわらず,その効果は十分にあらわれず,3月から4月にかけて銀行貸出が急増したため,国内需要のいっそうの抑制とポンド防衛という見地から金融引締めの再強化をよぎなくされ,4月から6月にかけてつぎのような引締め強化措置が打ち出された。すなわち,①62年以降停止されていた特別預金制(4月29日)の発動,②銀行貸出の量的規制(5月5日,交換加盟銀行などに対して66年3月にいたる1年間の民間部門向け貸出増を3月17日現在の5%以内に抑制,ただし輸出金融および輸出増加に直接寄与する部門への貸出は除外),および,③賦払信用規制の強化(6月3日,頭金の引上げ)。

第2-3図 銀行貸出の推移

なお,6月3日,公定歩合が引き下げられた(7%から6%へ)が,これは金融緩和への転換を意味するものではなく,夏から秋に懸念されたポンド危機の再燃への考慮から,それの再引上げの余地を残しておくことをねらったものとみられる。しかし,その後もポンド不安がなお解消せず,かたがたヨーロッパ大陸筋の圧力もあって,7月27日には内需抑制,輸出促進および資本収支改善などの総合的国際収支対策を発表したが,これには新たな国際金融協力をとりつけるための布石というねらいもあった。この対策の主なものをあげるとつぎのとおりである。

ここで,国際収支対策として最も重要な輸出促進策をみておこう。64年11月の輸出品に対する間接税の一部払戻し制の導入や,これまでの再三にわたる金融引締めに際して輸出金融を除外していることからも,労働党政府の輸出促進への熱意がうかがえるが,65年1月27日には中長期輸出金融制度の改善を中心とした積極的な輸出促進策を発表した。これは,①輸出金融の強化(金利引下げと対象範囲の拡大),②英連邦向輸出振興機関の設置,③市場調査,見本市,貿易使節団派遣などの強化,を内容とするものであった。

また,4月8日には,輸出信用保証制度の強化案を発表し,①輸出信用保証局の輸出保険の填補率の引上げ,②銀行輸出信用に対する国家および銀行保証の範囲拡大,③銀行保証の填補率の引上げと手数料の引下げなど,を打ち出した。

さらに,7月27日の総合国際収支対策の一環として,輸出信用金利の引下げと資金量の増加を実施した。

他方,以上でみてきた金融・財政上の短期措置とは別に,長期対策として,賃金と物価の上昇傾向に対処するため,政府は物価・所得政策の強化を急いでいたが,後述するように,9月はじめには賃金や物価の引上げに対する「早期警報装置」(earlywarningsystem)を設置する方針を決め,すでに労使の支持を得ることに成功したと伝えられている。

以上のようなデフレ措置の強化と所得政策の推進により,ヨーロッパ大陸筋の信認は改善し,9月10日には日本をふくむ先進10ヵ国と国際決済銀行から新たな緊急国際金融援助(10~20億ドルと推定されている)が供与された。これにより年初来の根強いポンド不安は漸次解消し,ポンド相場も9月中旬以降顕著な回復を示し,同月末には64年5月以来はじめて2.80ドルの平価を上回り,その後も堅調に推移している(第2-4図参照)。

第2-4図 ポンド(直物)相場の動き

つぎに,64年秋以降打ち出された国際収支対策の効果がどのようにあらわれてきたか,まず対外面からみてみよう。前述のように,今回のポンド危機の主因が,輸入の急増,輸出の伸び悩み,および民間長期資本の大幅流出による基礎的国際収支の悪化に加えて,第4・四半期に大量の短期資本の流出があったことを指摘した。そこでこれらの各項目について順次検討を加えたい。

最初に,基礎的収支をみると,65年第1・四半期の1億3,000万ポンドの赤字から第2・四半期には2,800万ポンドの黒字となった。基礎的収支が黒字になったのは63年第2・四半期以降はじめてのことである。この結果,65年上期の赤字は1億200万ポンドにとどまり,64年上期の赤字3億1,200万ポンド,下期の4億4,400万ポンドに比べ大幅な改善といえる。

つぎに,経常収支は,第1・四半期の4,100万ポンドの赤字から第2・四半期には2,500万ポンドの黒字となったが,季節調整ずみ数字でみると,第1・四半期の2,700万ポンドから第2・四半期には5,200万ポンドといぜん赤字幅の増大がみられる。これは貿易外収支の黒字幅が第2・四半期に前期の1,200万ポンドから6,900万ポンドヘ急増しているので,もっぱら貿易収支が悪化したためである。すなわち,貿易収支の赤字は第1・四半期の3,900万ポンドから1億2,100万ポンドヘ大幅な増大を示している。この悪化は,輸出の減少と輸入の急増によるものである。しかし第2・四半期の急増には,第1・四半期におけるアメリカの港湾ストや,4月27日に行なわれた輸入課徴金の引下げ(15%から10%へ)を見越した輸入の手控えの反動増という特殊要因が影響したことを考慮する必要がある。

第2-5図 貿易の推移

さらに最近の動きを貿易収支(通関ベース,季節調整ずみ)でみると,65年第3・四半期の輸出(月平均)は3億9,900万ポンドと前期比5%増となり,輸出は最近数ヵ月上昇傾向にあることを示している。これを1~9月(月平均)でみると,輸出は64年月平均を約5%上回っており,地域別では北米向けで増加したほか,日本向けで若干の回復を示している。

一方,輸入は,第3・4四半期には前期に比べ減少を示しており,商務省では,年初来7ヵ月のあいだに輸入課徴金によって,その対象品目は4%減少したとしている。このほど,政府は,輸入課徴金をさらに1年間延長する意向を明らかにしたと伝えられる。

また,長期資本収支は,第1・四半期の8,900万ポンドの赤字から第2・四半期には300万ポンドの黒字とかなりの改善を示した。これには4月予算で発表された為替管理の強化(投資ドルに対する資金供給の制限)がかなり影響しているようである。とくに,民間長期資本収支の改善が目立っており,第1・四半期の7,500万ポンドの赤字から第2・四半期には逆に1,300万ポンドの黒字となった(64年第2・四半期は8,800万ポンドの赤字)。この改善は,海外保有の有価証券資産が5,000万ポンドにも達したことや,対外直接投資が微増にとどまったこと,および外国の対英直接投資が大幅に増加したことによる。さらに公的長期資本収支の赤字も64年第4・四半期の4,300万ポンドからしだいに縮小して,第2・四半期には1,000万ポンドとなり,ここにも国際収支対策の効果がみられる。

以上で明らかなように,65年にはいって国際収支はかなりの改善を示めし,これを反映してポンドの信認も顕著な回復をみせている。このことから当面ポンドが切下げに追い込まれる懸念はいちおう遠ざかったとみてよいであろう。

しかし,これによってポンド危機が解消したわけではない。つぎにみるように,イギリスの金外貨準備の大部分が借金によってまかなわれていることを考えると,国際収支危機の根本的解決はこれからの問題であることが理解できよう。

すなわち,IMFからの借入れ8億5,700万ポンド(約24億ドル),およびアメリカ連銀とのスワップ取決めにもとづく短期借入れ(総額7億5,000万ドルのうち引出額は6月3億6,000万ドル,7月にもかなりの引出しがあったとみられる)のほか,9月10日の緊急援助(引出額は不明)を返済する必要がある。こうした莫大な借金は,主として3~5年で返済せねばならない。これに対して9月末現在の金・外貨準備は10億2,600万ポンド(28億7,300万ドル)にすぎない。しかしこのほか,第二線準備として政府保有のドル証券12億5,000万ドル,米輸銀からの未使用借款2億5,000万ドル,ニューヨーク連銀からの借入れ残約5,000万ドル,および新たな各国中央銀行の援助分(10~20億ドルとみられる)があり,現在ポンド防衛に使用できる外貨は総額60億ドル程度と推定される。このことから当面ポンドの切下げという最悪の事態はいちおう回避されたといえようが,その半面で,イギリスは多額の対外債務を抱え,金・外貨準備がきわめて乏しいという現実を見落としてはならない。

政府も,新5ヵ年計画の最大の困難な課題は,70年までに国際収支の均衡を回復し,かつこれまでに負った債務を返済するに足る黒字を実現することであると強調している。

以上でみてきたように,労働党政府の懸命なポンド防衛措置によって対外面ではかなり顕著な効果がみられるが,その反面で,国内経済にはしだいに引締めの影響があらわれてきた。すなわち,国内の経済活動は設備投資などの旺盛な内需に支えられていぜん拡大傾向を続けているが,65年にはいってその増勢は労働力不足など主として供給面からのネックによって鈍化を示している。しかし年央ごろからは,ようやく引締めの効果が需要面にもあらわれてきた。

これを,実質国内総生産(季節調整ずみ)の動きでみると,65年第1・四半期にも前期に比べ1.1%増と前期の1.6%増には及ばなかったとはいえ,かなりの拡大を示したあと,第2・四半期には1.5%の減少となった。工業生産も第1・四半期をピークにほぼ横ばいに推移しており,化学,建設以外はほとんどが横ばいないし微減を示している。

このように,65年にはいって生産の伸びの鈍化がみられるが,さらに年央ごろからは引締めの影響が需要面にあらわれてきており,このことから,下期には生産のいっそうの増勢鈍化が予想される。

第2-6図 国内総生産の動き

まず,これを個人消費(実質,季節調整ずみ)でみると,65年第1・四半期にも1.7%増(前期比)とかなりの拡大を続けたあと,第2・四半期には3.2%の減少を示した。また小売売上げ(時価,季節調整ずみ)も年初来の高水準での横ばいから第2・四半期には微減に転じている。主因は4月予算の増税による購買力の低下のほか,6月はじめに実施された賦払信用の規制強化(自動車,スクーターの頭金は20%から25%へ,家庭用品は10から15%へ引上げ)が影響したと思われる。さらに7月末の賦払信用規制の再強化(返済の最高期限を3年から30ヵ月に短縮)が浸透するにつれて,小売売上げの減少傾向は強まることが予想される。政府のデフレ措置の影響をもっとも深刻にうけているのは耐久消費財部門であり,家庭用品メーカーや自動車産業の一部では,すでに操業短縮や従業員の一時解雇に踏み切り,小売売上げの減少に対処しているほどである。

第2-7図 設備投資の動向

また,製造業の設備投資も第1・四半期には前期比8.1%増と前期の5.8%増を上回る急速な拡大を続けたが,第2・四半期には7.1%と大幅な減少を示した。しかしこの減少は,一つには前期の異常な増加の反動ともみられるので,これによって設備投資の増加傾向が下降に転じたとみるのはやや早計にすぎるが,先行指標である機械工業の国内受注(季節調整ずみ)が今年1月をピークに急減していることからみて,少なくともその増勢が鈍化しはじめたとみてよいであろう。これは政府のデフレ措置の影響によって機械の国内需要が弱まりはじめたことを示すものかもしれない。しかし,受注残高がいぜん高水準を維持しているので,設備投資の急減はないであろう。

最近のC・B・I(イギリス産業連合Confederation of British Industries)の産業動向調査(10月)も,企業の設備投資意欲がいぜん強いことを示しており,商務省の投資動向調査(9月)の明るい投資見通し(65年10%増,66年5%増,名目)をさらに裏づけたものといえる。このほか,産業建築許可面積も第2・四半期には減少に転じている。

このように,政府の引締め措置の影響はようやく国内需要の減少となってあらわれてきたが,これを反映して,再三にわたる金融引締めによって,4月に急増を示した銀行貸出も頭打ちとなり,8月以降も微増にとどまっている(第2-3図参照)。

一方,労働需給は生産の増勢鈍化にもかかわらずいぜん緊張をつづけ,いまのところ緩慢化のきざしはみられない。すなわち,第2-1図で明らかなように,失業者数の減少と未充足求人数の増加というこれまでの傾向が続いており,10月央の失業率は1.4%といぜん超完全雇用状態にある。しかし今後は引締めの浸透につれて失業者は緩慢な増加に転ずるものとみられる。

ここで物価と賃金の動きをみてみよう。65年にはいっても上昇傾向にあった生計費は,増税や公共料金引上げなどから第2・四半期には急騰して前年同期比7.8%高となったが,9月以降は前年同期比5%近くの水準で横ばいに推移しているものの,工業製品はいぜん上昇を続けている(9月の前年同期比は3.7%高)。

前述のように,失業者はこんごは緩慢な増加が予想されるとしても,労働力の不足はいぜん深刻であり,生計費の上昇と相まって労組の賃上げ圧力は弱まりをみせていない。すなわち,賃金率は第2・四半期の前年同期比4.1%増から8月には4.3%増となり,7月中に妥結した主要賃金引上げ率は6~10%といずれも政府の65年の賃金引上げ“基準”である3.5%をかなり上回っている(第2-2図参照)。

このような最近の賃金と物価の上昇傾向を背景に,政府は物価・所得政策の強化に乗り出したのである。

第2-8図 製造工業の受注と生産

2. 所得政策の強化と経済成長計画

労働党政府は,イギリス経済の停滞を打破し,インフレなき経済成長を達成するためには,近代化投資の促進とともに所得政策の実施が不可欠の前提条件であるとの基本的考え方をもっている。新たな5ヵ年計画の目標も「国際収支の困難を克服しつつ経済成長を達成すること」にあり,この目標達成には金融・財政面からの短期対策とは別に,長期の経済成長政策が必要であることを強調している。そこで,労働党政府がもっとも重視している所得政策と経済計画について述べておこう。

(1)所得政策の強化

労働党政府は64年秋の内閣成立とともに,ブラウン経済相を中心に所得政策のカナメともいえる労使の協力という点を重視し,労使双方との話合いを精力的に推進してきた。すなわち,予定より早く,64年12月168,「生産性,物価および所得に関する意図の共同宣言」 (The Joint Statement of Intent onProductivity,Prices and Incomes)を労使の同意を得て公表することに成功したが,65年2月11日には「物価・所得政策の機構に関する白書」を発表し,その実施機関として「全国物価・所得委員会」(National Board for PricesandIncomes)の設置を決定した。さらに4月8日には「物価・所得政策に関する白書」(Prices and Incomes Policy White Paper)を公表して,所得政策に関する基本的態度を明らかにするとともに,新設の物価・所得委員会の活動指針としての審査基準を示した。同時にさきに(3月17日)任命ずみのオーブリー・ジョーンズ氏(委員長)の他の委員7名の任命を行ない,ここに新しい所得政策はいよいよ実施段階にはいったのである。

さきに述べた「共同宣言」で労使双方は全国民的な主要目標として,①イギリス産業をダイナミックなものとし,その価格を競争力あるものとすること,②生産性と能率向上により実質的産出の増加をはかり,賃金,俸給その他の所得の増加をこの産出増加に一致させること,③一般的物価水準を安定させること,の3点を承認したが,「物価・所得政策白書」によると,1964~70年までの経済成長率を25%,年率にして4%弱を見込んでおり,「現段階では国民1人当たりの貨幣所得の年平均増加率を3~3.5%」とするのが望ましいとしている。

この全国民的目的を達成するために,物価・所得委員会(価格と所得の二つの審査部門に分かれている)は,5月上旬正式に発足,中旬から具体的活動を開始しており,これまでに同委員会に付託された案件は,価格関係4件(路面輸送,パン,石鹸,電力),賃金関係3件(印刷,電力,ミッドランド銀行)にのぼっており,6月28日には最初の審査報告書(印刷工の賃上げ問題)が公表された。

労働党政府が,労使,とくに労組との協力を重視していることは,64年秋の補正予算で社会保障費の増額を発表したことや,65年4月の新予算で税負担の公正化をめざす大幅な税制改革(資本利得税,法人税の導入)を提案したことにもあらわれているが,ブラウン経済相は,「合意と相互の理解を基礎として運営される物価・所得政策」を確立するため,64年末の「意図の宣言」公表以来,労使代表とかなり頻繁に話合いを進め,予定どおり,イースター前に「所得政策の仕上げ」を行なうことに成功したのである。

このように,労働党政府は政権獲得後わずか半年あまりの間に所得政策を軌道に乗せることに成功したが,最近における賃上げ攻勢の激化と物価の上昇傾向に直面して,所得政策の強化に乗り出した。65年9月1日には価格・所得政策強化案の大綱を決定し,同月中に労使双方の同意を得たと伝えられている。

この政府案の中核は,労使に対して賃金要求および重要商品(サービスをふくむ)の価格引上げ計画を事前に政府に通告することを法律で義務づける「早期警報装置」(earlywarningsystem)の設置にある。この制度によって政府は,賃上げや価格引上げを事前にチェックできるし,それぞれのケースを事前に価格・所得委員会に付託することが可能となる。政府は議会の再開を待って,できるだけ早く必要な法律案の上程を行なう意向のようである。

以上のように,政府としては経済の安定を確保し,インフレを回避するためには,所得政策の強化が必要であるとしているが,当面はあくまでも労使の自発性の原則にもとづいて推進しようとしていることがわかる。

ところで,所得政策を取りまく環境は需要の高水準,過度の労働力不足,時間短縮要求の強まり,生計費の高騰など,かなりきびしいものがあり,これまでの賃金妥結額はいずれもガイド・ラインをはるかに上回っている。この面から65年の所得政策が大きく制約されることは確実であり,このような現状からみて,生産性の増加にみあう所得の増加を65年に達成することは困難とみられる(OECD,1964~65年年次審査もこのようにみている)。

元来,所得政策はたんに所得を抑制するという消極的なものでなく,実質所得の安定的増加と,それを価格の上昇によって帳消しされないようにすることを目的一とし,短期的には達成できない伝統的慣習などをふくむ経済構造の近代化のための長期政策として策定されたものである。

したがって,この政策は,政府が9月に発表した国民経済計画(後述)と密接に結びついているものであり,OECDも指摘しているように,その長期的効果をあまり短期的に期待しすぎることは所得政策にとってマイナスとなるであろう。

とはいえ,政府が強調しているように,「産業の労使双方から支持を受けた新委員会が大きな効果を発揮する」ためには,なお多くの困難が予想される。

第2-2表 資源の使途

(2)経済成長5カ年計画

労働党政府は,9月16日,新たな経済成長5ヵ年計画(1964~70年The NationalPlan)を発表した。この計画は,1970年までに国際収支の困難を克服しつつ,近代化がおくれ,ポンド不安に悩むイギリス経済の体質改善を達成しようとするものである。この計画の成長目標そのものは,64年から70年までに,国民総生産(64年価格)を25%(年率3.8%)増加させるというもので,保守党政府下の旧5ヵ年計画(1961~65年)の年率4%増に比べやや控え目であるといえるが,海外諸国からのデフレ政策強化の圧力が強まっているなかで,あえてこのような成長計画を打ち出したことは,労働党政府の経済成長への意欲を示すものとして注目される。

この計画のもっとも重要な部分は,現在の国際収支危機を克服する問題である。この問題は困難ではあるが,政府の対外支出削減,民間の対外投資の抑制などの諸措置によって解決できるはずだとしている。換言すれば,国際収支を是正し,債務の返済に必要な黒字を実現すると同時に,急速な経済成長を促進することがこの計画の中心的課題となっているのである。

この成長目標を達成するためには,労働力の年率0.4%,生産性3.4%,設備投資7.O%,輸出5.25%の増加が必要である。労働力は,今後0.25%増とスロー・ダウンするとみられるので,目標の0.4%まで引き上げるためには労働力移動を促進せねばならない。

この計画目標の3本の柱は,①国際収支改善,②産業の能率向上,および,③雇用の適正配置である。

この目標達成のために,つぎの八つの具体的方策を掲げている。

ここでこの計画の中核ともいえる国際収支改善の目標についてふれておこう。まず輸出の年平均増加率は5.25%と,61~64年実績3%,旧計画の5%のいずれをも上回っている。一方,輸入は4%増を見込んでおり,商品別には,食糧,飲料,タバコ0.8%,燃料5.1%,半製品5.4%,完成品9.1%とそれぞれ増を見込んでいる。この結果,貿易収支の赤字は64年の5億3,400万ポンドから70年には2億2,500万ポンド(64年価格)となる。また,経常収支および長期資本収支を加えた基磯的国際収支では64年の赤字7億5,600万ポンドから70年には2億7,500万ポンドの黒字(総合収支では64年の7億2,100万ポンドの赤字から2億5,000万ポンドの黒字)と大幅な改善が期待される。

最後に,この計画達成の見通しであるが,政府は民間産業の労使双方が能率向上と労働力の配置転換に必要な政策を推進するかぎり,実行可能だとしている。当面1~2年は国際収支の改善が緊急を要するので,その成長テンポは計画よりも若干下回ることが予想されるが,70年よりかなり前に年4%の成長率を実現することによって,期間中の年平均3.8%の成長は達成できるとしている。

第2-3表 1970年の国際収支見通し

3. 1966年の経済見通し

すでにみてきたように,労働党政府は64年秋以来ポンド防衛のための一連のデフレ措置を打ち出してきたが,イギリス経済はいぜんブーム状態から脱していない。65年上期の生産の増勢鈍化は労働力など,主として供給面からの制約によるものであって,内需への引締めの影響は,下期になってようやく自動車などの耐久消費財部門にあらわれはじめたにすぎない。産業界の設備投資意欲はかなり根強いものがあり,最近のC.B.Iの産業動向調査は,企業がいぜん投資計画を削減していないことを示している。また企業は先行きについても,需要の減少よりもむしろ労働力不足によるコストの上昇を懸念しているようである。政府も,経済全体の改善をはかるため新たな投資刺激策を検討中と伝えられており,このことから当面設備投資の急減は考えられない。

このように,産業界の投資意欲が引き続き堅調であることは,引締め措置の効果をある程度削減しているとみられ,景気後退の時期を一般の予想よりも遅らせているといえる。この投資の根強さは,同時に個人消費,政府支出の削減効果を相殺することによって,予想される景気後退の幅を1961~62年のときと比べかなり小幅なものとする公算が強い。

いずれにせよ,当面の経済見通しは,66年末までに基礎的国際収支を均衡させるという至上命令によって制約されることはいうまでもないが,問題は輸出の見通しである。66年の世界貿易の先行きが65年に比べてあまり明るくないことから,輸出促進策の効果にもかかわらず,微増にとどまるとみられる。しかし輸出が伸びるかどうかの鍵は,政府のデフレ政策によって過度の国内需要への圧力を抑制しつつ,資源の輸出への転換に成功するか否かにかかっているといえる。

以上の諸要因を総合すると,イギリス経済は,デフレ措置の浸透につれてしだいに拡大テンポの鈍化が予想されるが,OECDおよびNIESRはいずれも65年の実質成長率を3%程度と推計しており,さらに66年について,NIESRは1%弱とほとんど停滞を予想している。政府も当面は国際収支改善が緊急を要するので,66年の成長率は新5ヵ年計画の目標である3.8%を下回ることは避けられないとしている。


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