昭和39年
年次世界経済報告
昭和40年1月19日
経済企画庁
第1部 総 論
これまでみてきたように,日本は1964年という世界の経済および貿易の目ざましい拡大期に開放体制へ移行するという幸運にめぐまれた。しかし今後,国際経済はこれまでのように順調に推移するかどうかは疑問であり,むしろ荒波は高まるものと予想しなければならない。すなわち65年には,欧米諸国の経済成長率の鈍化によって,世界貿易の伸び率はかなり低下するであろうし,64年の高投資による生産能力の著しい拡大が欧米諸国の輸出意欲を高めることは必至である。しかもその投資の多くは技術革新を伴う投資であって,それが彼らの輸出競争力をさらに強化するものと予想され,世界市場における競争がいっそう激しさを加えるであろうことは想像にかたくない。
国際金融面でも,アメリカの金利平衡税の延長問題やゴア修正条項発動の問題など,日本の長期資本の導入に重要な影響をもったいくつかの問題が横たわっているし,また,イギリスの公定歩合引上げによる欧洲の高金利は,日本の短資取入れにどのような影響をあたえるかという意味で注目される。
加えてポンド危機が容易に解消しないことも,その対策のとり方いかんでは国際金融界にどのような不測の混乱をまき起こさないともかぎらないという問題をはらんでいる。
他方において,ケネディ・ラウンドは64末のEEC共通穀物価格協定の成立によって最大の難関を乗り越えたため,65年には予想外の進展をみせるかもしれない。そのことは日本にとって輸出拡大の機会が与えられる反面,同時に関税引下げの日が切迫することをも意味する。また,低開発諸国からの突き上げは今後さらに強まるであろうし,農産物輸入制限の撤廃ないし緩和や特恵の供与など,日本にとっても重大な問題がやがて具体的な日程にのぼってくるものと予想しなければならない。
以上の問題について,日本は,世界経済全体の発展を促進するという見地から,国際協調の基本線を維持しなければならぬことはもちろんであるが,同時に,正当な国家利益についてはこれを主張するという態度を貫かねばならないであろう。とくに最近は,アメリカの金利平衡税やイギリスの輸入課徴金などにみられるように,国際取引自由の大勢に反する動きがみられることは遺感であり,日本としては,これらの動きに対して強く抗議すべきであると思われる。
これらに関連して,国際社会における日本の地位が最近とみに向上したことを指摘しておきたい。IMF8条国移行やOECD加盟により,日本が体制的にも先進国の仲間入りをしたことはいうまでもないが,このほか近年における日本経済の高成長と国際競争力の増大が,海外の日本経済に対する関心と評価を著しく高めるにいたった。その一端は,最近海外の有力経済誌のなかで,日本特集号を出すものがふえてきたことからもうかがわれる。その一例をあげると,ロンドン・エコノミスト誌は62年に引き続き2度目の日本経済特集号を最近(64年11月)出しており,そのなかで日本経済の実績を詳細に分析・論評している。またOECDも,その国別年次報告書の一つとして64年9月に発表した日本経済概観のなかで,日本の高度成長の要因分析と将来の展望を行なっている。
これらの論評をみて共通的に感ぜられるのは,彼らの日本経済に対する評価が非常に高いことである。たとえば,日本経済の高度成長の要因として,産業予備軍の存在と国防費負担の軽さといった構造的条件のほか,企業家の進取的な技術革新の導入と積極的な投資態度,労働力の質の良さと勤勉さ,国民の高い貯蓄性向,銀行の積極的な貸出政策などがあげられており,さらに経済計画と短期的景気対策を通じて当局の経済運営が適切であり,国民各層も政策に協力的であった点が強調されている。
しかし反面では,日本経済の多くの欠陥も指摘されている。中小企業や農業などにみられる二重構造のほか,住宅,道路,学校,病院などに対する公共投資や資本市場の立ち遅れ,独自の研究開発の不十分さなどがそれである。
また,日本経済が,労働力過剰型から労働力不足型へ移行するに伴い,賃金コスト圧力の発生と輸入性向の上昇による国際収支上の問題も指摘されている。
このような評価ないし批判の当否はともかく,われわれはこれを外国人の日本経済に対する卒直な見解の表明としてすなおに受取るべきであろう。そして,日本経済の長所についてはあくまでこれを伸ばしていくと同時に,欠陥については可及的すみやかにその是正をはかりながら,急速に展開する国際経済動向に対して,敏速かつ適切に対処して行くように努めなければならないであろう。