昭和39年

年次世界経済報告

昭和40年1月19日

経済企画庁


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第1部 総  論

第3章 インフレーションとEEC

3. EECにおけるインフレ対策の進展

このような事態に直面したEEC諸国においては,1963~64年にかけて,いくつかの意味で注目すべきインフレ対策の進展がみられた。

まず第一に,フランス,イタリア両国はいずれも63年秋頃から財政・金融の引締めを中心としたインフレ対策に乗りだしたが,注目すべき点は,需要抑制策をとる反面で経済成長維持と高度成長に伴う社会的なひずみの是正への配慮を行なっていることである。たとえば,イタリアにおいては,①企業の設備投資促進,②中小企業に対する特別融資,③庶民住宅の建設促進,④流通機構の改善などの措置がとられており,フランスでは金融引締めが比較的ゆるやかであったうえに,設備投資資金については確保,誘導する配慮があり,社会資本投資の促進,資本市場の育成,流通機構の近代化など経済体質の改善,強化策をあわせとっている。

第二には,EEC全体としてのインフレ対策の進展である。インフレとそれに基づくEEC経済の不均衡をきわめて重視するにいたったEEC委員は,63年秋からEECにとってインフレ問題のもつ深刻な意味を何度か訴えたが,その努力が実を結び,共通インフレ対策が64年4月EECはじめての景気対策として,EEC閣僚理事会を通して各国に勧告された。この共通インフレ対策は,まず一般的には財政・金融の適度の引締めとその続行を重視したものであったが,他方では,所得政策実施への努力も各国に訴えた。また,各国別には,とくにイタリアに対し引締め措置のいっそうの強化を要請する反面で,黒字である西ドイツに対し,輸入促進,資本流出促進を通じてEE C全体としてのインフレ克服への協力を呼びかけたものであった。こうしたEECの動きに前後して,西ドイツ政府はみずからのインフレ対策として,64年3月以降,外資流入抑制,資本流出促進措置をとり,さらに同年7月1日,他のEEC諸国からの輸入増大をはかるため工業製品関税の一方的な50%引下げを行なった。

この点は,最近国際流動性問題において,国際収支アンバランスの調整過程が重視され,黒字国の過剰準備放出による赤字国への流動性供与増大の必要性がいっそう強調されるにいたっていることの関連においても,注目すべき動きである。

第三に当面の物価対策および長期的な安定成長政策の一つとして,所得政策がEEC諸国政府においても,ますます重視されるようになってきたことである。EEC共通インフレ対策のなかに,それが盛られていることはすでに指摘した。イタリアの物価対策のなかにも,当初は所得政策導入の意向が示されていた。また,とりわけフランス政府の所得政策採用の意向は強く政府は所得政策に関するマッセ報告(64年2月,所得会議の成果をマッセ氏がまとめた答申)の主旨を尊重し,次第にその具休化をはかる方針を打ち出している。

いうまでもなく,所得政策とは,賃金を中心とした諸所得の上昇率を,国民経済の生産性上昇の範囲内に抑えようとするものである。EEC諸国のインフレの原因が,すでにみたように,第一には高度成長に伴う労働力不足とそれがもたらす賃金騰貴にある限り,そして労働力逼迫のうえに,なお成長政策を続行していかなければならないという至上命令がある以上,EEC諸国の政府当局が所得政策への熱意をもつことは当然のことであるといえる。

しかし,この所得政策については,それが現在の分配率の固定化をめざすものであるということによる労働者側の反感を別にしても,諸所得の適切な増大を目的とするからには,賃金のみならず,企業利潤,農民の所得,その所得全般の均衡のとれた上昇をはかるものでなければならない。その意味では所得政策が含意するものは,一国の経済構造全体にわたる広範な調整あるいは合理化ということになるのであって,単なるガイド・ラインの提示とその遵守の呼びかけによる賃金上昇の抑制にとどまるものではない。

この点で注意をひくのは最近のイギリスにおける所得政策再検討の動きと,OECD経済政策委員会における所得政策研究の進展であろう。イギリスにおいては,賃金だけでなく企業利潤あるいは価格形成メカニズムにまで立ちいった所得政策が考慮されはじめており,64年2月にはその一つとして再販売価格維持制の癈止が行なわれた。そして64年10月に成立した労働党は,こうした所得政策の推進にいっそうの重点をおくことになった。すなわちコスト・インフレを解決し輸出の拡大を通じて国際収支の根本的立直しをはかるとともに,国内経済の停滞をさけ長期的な高成長を達成しうるためには,賃金および価格,利潤を適正な枠内におさえることが肝要だとの考えから,①労使双方からの所得政策への協力,②賃金,価格の動きを検討する新機構の創出,③長期成長計画の作製との関連におけるガイド・ポストの決定,といった方向を打ち出した。

このうち労使双方からの協力については,12月中旬共同宣言の形で,FBI(イギリス産業連盟)など4経営者団体およびTUC(労働組合会議)の所得政策への合意をすでにとりつけた。

OECDも,64年8月発表の「物価,利潤およびその他の非賃金所得に対する諸政策」において,安定成長のためには,賃金に対してだけでなく,企業利潤,個人業主所得に対してもそれらの増大がインフレ要因とならぬよう,従来以上に適切な直接的政策が必要だと強調している。なぜなら諸所得の均衡のとれた増大という社会的配慮が必要だし,管理価格がコスト・インフレ要因として働くことがあるからというのである。


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