昭和39年
年次世界経済報告
昭和40年1月19日
経済企画庁
第1部 総 論
第3章 インフレーションとEEC
1963~64年においても欧米諸国の物価は上昇を続け,物価騰貴の問題は経済成長を達成するうえで,ますます重要な問題になってきた。
第5図にみられるように,最近の欧米主要工業国の物価動向は,国により,あるいは63年と64年とでは,かなりその動きが異なっているが,そのなかで,第一に西欧諸国の物価が上昇的であるのに対して,アメリカの物価がほぼ安定的であるという59年以降の両者の違いがいっそうきわだった。
アメリカ経済は,前章でみたように62年末以来成長の度を強めており,とくに63年末以降は本格的な好況局面を迎えているが,物価はこれまでと同じく安定的に推移した。もっとも,卸売物価がまったく安定しているのに対して,消費者物価はゆるやかな上昇を続けている。これに対して,61年以降インフレ圧力を強めていた西欧諸国における63~64年の物価騰貴は,かなり著しかった。この西欧の物価騰貴には,62年から63年にかけての冬期の寒波に基づく農産物価格の急騰や,62年秋にはじまった国際商品市況の反騰に基づく原材料価格の上昇といった特殊要因があった。しかし,アメリカと西欧諸国の物価の動きの違いは,西欧諸国のなかでも国により事情はかなり異なるものの,根本的には労働力供給の余裕の相違に由来するといってよい。すなわち,アメリカでは失業率が高く労働力になお余裕があるのに対して,西欧諸国では長年にわたる高度成長に基づく労働力不足のうえで,なおかなり高い経済拡大が進んでいるところに,西欧諸国のインフレーションの根因があるのである。
第二に,この西欧諸国のなかでもEEC諸国とくにイタリアとフランスが63年に激しい物価騰貴に見舞われ,インフレーションによる経済の不均衡が世界経済における新たな問題点として注目を集めるにいたったことが特筆される。イタリアとフランス両国の物価は,61年央ないし年末ごろから消費ブームの過程で騰勢を強めていたが,消費者物価指数は63年にそれぞれ7.5%,4.8%と前年を上回る上昇をみせた。卸売物価の上昇もイタリア5.2%,フランス3.7%と大幅であった。60年,61年ごろは物価騰貴といっても消費者物価の上昇が中心で,卸売のそれは比較的緩慢であったのに対し,63年には62年に続き卸売物価にも消費者物価のそれに近い上昇がみられ,問題をいっそう深刻化した。また,インフレ圧力は輸入の急増,貿易収支の大幅な悪化を招き,とくにイタリアでは,民間資本の逃避がそれに加わって国際収支も大幅な赤字に転落した。そこで両国政府は,63年秋から64年にかけて金融・財政面からの経済引締め政策を採用するにいたり,その結果,物価は64年にはいっても依然として上昇を続けはしたものの,その騰勢は次第に鈍化した。
第三に,このイタリア,フランスにくらべれば,63年には物価情勢が比較的に落着いていた西ドイツ,イギリスでも,もともと労働力不足によるインフレの潜在的圧力が強かったため,63年末以降経済の再拡大につれて物価騰貴のテンポが高まり,その景気上昇幅も比較的小さくなる傾向が現われた点も,63~64年における物価問題の一つの特徴であった。
このように,西欧諸国では61年以降多かれ少なかれインフレ圧力が顕在的,潜在的に続いているが,以下本章では63年におけるイタリア,フランスを中心としたEEC諸国のインフレ問題をとくにとりあげる。それはイタリア,フランスの経済成長過程に大きな困難として立ち現われただけでなく,物価問題が欧州経済統合という形での自由下の体制のもとで,従来よりもいっそう国際的な性格を帯びてきたからである。