昭和37年

年次世界経済報告

世界経済の現勢

昭和37年12月18日

経済企画庁


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第1部 総論

終章 世界経済成長への課題

前章までの分析を通してわれわれは世界経済の動きを次のように認識することができる。すなわち,1963年の世界経済は若干の問題があるとしても全体としてみれば成長率の鈍化程度に止まるであろう。問題はむしろ世界全体の成長率を一段と高めるためには,いかなる方策が打ち出されねばならないかということである。

そのためには,まず世界のすべての国がそれぞれ経済成長のために一そうの努力を傾注する必要があろう。最近アメリカにおいても西欧諸国においても,政府が経済に計画性を付与することを考え,あるいはコストインフレ抑制のための賃金政策を打ち出して,安定的に成長率を高めようとしていることは,そのような努力のあらわれとして高く評価することができる。

かかる各国の努力とならんで安定的高度成長政策のための国際協力が推進されることもまた必要であろう。とくに通貨の交換性が回復し,貿易の自由化が進展している今日では,一国のみの政策で成長率を高めることが次第に困難になってきているからである。

この点についても最近急速に協力がすすみつつあることを指摘できる。

OECDやEECがそれぞれ加盟国全体としての長期的な経済成長目標をかかげ,とくにEECのばあい,その実現のために経済計画の作成や経済政策の調整などが真剣に考慮されようとしているのは,かかる協力のあらわれとみてよいであろう。

またアメリカとイギリスは,すでにのべたように,通商拡大法を制定して対EECの貿易の拡大をはかることにより,あるいはEECに直接加盟することによって,自国の成長率を一段と高めようとしているが,かかる両国のEEC接近によって展開されんとしている世界貿易体制の再編成過程にも,国際的な協調の動きをみることができる。すなわち,そのような貿易体制の再編成には,関税を含むーさいの貿易上の障壁を取り除くという,いわゆる自由貿易の原則が前提とされており,そこにわれわれは,世界の諸国が貿易を促進するためのルールを協同的に設定しようとする努力を指摘することができるのである。

次に指摘したいことは,低開発国の経済発展のための国際協力である。第4章においてのべたように,低開発国の工業化が促進されないかぎり,低開発国と先進国との所得格差は広がっていくであろう。したがって低開発国自身の開発努力が従来より以上に必要であると同時に,先進国からの援助がますます重要性を増している。世界経済の均衡ある発展は低開発国経済の発展を内包するものであり,この分野における国際協力は,今日の世界経済の歴史的課題といえるであろう。

さらに国際通貨面をみると,そこでもこの1年間に国際協力が大きく進展して,ドル不安の軽減に大きな役割を演じている。ドルやポンドという主要国際通貨の価値維持のために経済成長を犠牲にせざるをえなかったアメリカやイギリスの苦悩を解決する方向がここから示唆されているといえよう。

それでは日本はかかる世界経済の動きに対応して,どのような方向へ進むことが要請されるであろうか。世界の主要国の一員として,日本も日本自体として長期的な安定成長を持続するための努力を払うとともに,上にのべたような世界経済全体の安定的成長のための国際協力に参加することを考慮しなければならないと思われる。最近の日本経済は,このような要請に応えうるまでに大きく成長してきたといえるであろう。

日本の進むべき方向を貿易面について考えると次のようになる。第3章においてわれわれは,現在の世界貿易はEEC委中心として発展しており,しかもそれは重化学工業製品の水平分業にもとづくものであり,かかる貿易の方向がーそう拡大されることが世界経済発展の上から望ましいことを指摘した。日本もかかる形の世界貿易体制に積極的に参加していくことが必要であろう。その際,日本としては当面技術と労働力を生かしうる製品,たとえば軽機械類や精密機器などについて,輸出拡大をはかるべきであり,そのためにはこの種商品に対する彼らの輸入制限の速やかな撤廃がつよく要望される。それと同時に,将来はその他の重化学工業品の輸出をも増大させることができるように,産業構造や貿易構造をーそう高度化するための努力を重ねることが必要となろう。そしてEECを中心とする世界の工業諸国との間で,重化学工業製品の水平分業を行ないうるような体制を固めていかねばならないと思う。このことはもちろん従来からの日本の重要市場であるアメリカ向け貿易についてもいえることであり,かかる形で対工業国貿易の拡大を計るべきである。一方,東南アジアを重要市場として持つ日本としては,長い目でみた低開発国対策を同時に考える必要があろう。

最後に,自由貿易の拡大という観点から注目しなければならないことは,世界貿易体制の再編成が自由化の原則の上に展開されようとしているにもかかわらず,EECの政策にも,アメリカの通商拡大法にも,保護主義がなお強く残されていることである。たとえばEECの共通農業政策や発展段階のおくれた諸国の製品の輸入を制限する政策は,農産物輸出国やこれらの製品の輸出国に大きな打撃を与えている。また,通商拡大法には旧互恵通商拡大法に含まれていた国内産業保護に関する規定がおおむね残されており,法律の運用いかんによっては,この進歩的な法律から保護主義的な政策が打ち出される可能性もある。世界貿易の発展のためには,このような保護政策が世界的な観点から緩和されていくことが要望される。われわれは外に向かって公正な競争を前提とする自由貿易を主張すると同時に,日本自らも今後一そう自由化努力を重ねなければならないであろう。その点,最近大幅な貿易自由化を実施した日本の政策は高く評価されてよいであろう。また西欧諸国がガット35条にもとづく対日貿易の制限の撤回を約束していることは,日本にとって喜ばしいことであるが,その反面,センシティブ・アイテムの存続などにみられるように特定商品に対して依然として差別的輸入制限を行なうことがそのための条件とされていることは,なお問題を残しているといえよう。

これを要するに,今日の世界経済は一方で先進諸国間における貿易自由化と水平分業を推進し,他方で低開発諸国に対する援助を増強することで,世界全体としての成長と繁栄をより一そうはからねばならぬ段階にあるといえる。かかる成長のための国際協力に日本としても積極的に寄与することを惜むべきではないが,反面においてEEC諸国やアメリカがその貿易体制の再編成に際して世界経済全体の成長を考え,いっそう協調的で開放的な成長政策をとることが望ましい。


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