昭和61年

年次経済報告

国際的調和をめざす日本経済

昭和61年8月15日

経済企画庁


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9. 物  価

(1) 大幅に下落した卸売物価

  (下落を続けた卸売物価)

  56年度以降安定基調で推移した卸売物価は,60年3月に前月比でマイナスとなった後連続して下落し,60年9月のG5(先進5か国蔵相会議,中央銀行総裁会議)以降の円レートの急上昇と,61年に入ってからの原油価格の急落を受けて更に下落を続けた(第9-1図①)

第9-1図 卸売物価及び消費者物価の推移

  こうした動きを反映し,60年度の総合卸売物価は前年度に比べ2.9%下落し,現行基準指数(昭和55年=100)で遡及可能な35年度以降最大の下げ幅となった。これは,第一に輸入物価が為替円高と原油をはじめとする海外一次産品市況の下落を背景に前年度比8.7%の大幅下落となったこと,第二に国内卸売物価が輸入財価格下落の直接,間接の影響を受けたこと等から前年度比1.5%の下落となったこと,第三に輸出物価が為替円高に加え,海外ディスインフレの進行,韓国,台湾等中進国との競合により円高調整値上げ(円ベース手取りの減少を契約価格の引上げで補填すること)が進まなかったこと,などによる。

  60年度の動きを四半期ベースの前期比騰落率でみると(第9-2表),60年4~6月期は国内卸売物価が電気機器,パルプ・紙・同製品,鉄鋼などの下落から0.5%下落し,輸出入物価も円高等から各々1.5%,1.7%下落した。7~9月期は国内卸売物価が石油製品,非鉄金属などの下落から0.2%下落し,輸出物価は円高等から2.8%の下落となり,輸入物価も円高に原油,食料品・飼料などの契約価格の下落も加わり4.4%の下落となった。10~12月期は国内卸売物価が非鉄金属,石油製品などの下落から1.1%下落し,輸出入物価もG5以降の円レートの急騰から各々6.8%,7.1%の大幅下落となった。61年1~3月期は国内卸売物価が石油製品,化学製品,繊維製品などの下落から0.9%下落し,輸出物価は円高調整値上げが輸送用機器,電気機器などでなされたが円高がそれを上回り3.7%の下落となった。また,輸入物価は円高に国際市場における原油スポット価格の急落が加わり10.4%の大幅下落となった。

第9-2表 最近の卸売物価の動き

  (円高,原油価格下落が卸売物価に与えた影響)

  今回の円高,原油価格の下落が卸売物価に与えた影響を整理すると次のとおりである。

  まず円高の影響をみると,第一は直接効果として外貨建て契約の輸出入価格が円ベースで下落したことから輸出入物価を引下げる方向に働いたことである。

  輸出物価については円高調整値上げがなされたが,国際競争の激化から転嫁が進まず円ベース価格の下落を埋めきれなかった。第二は円ベース輸入価格の下落が製品の原材料コストを低下させ,国産品価格を引き下げる波及効果が生じたことである。この点については本文(第1章第3節)で分析したところである。第三は鉄鋼等のように円高により価格競争力を増した海外との競合から輸出が減少し,または輸入が増加し,国内市場の需給が緩んで国産品価格をさらに低下させたことである。

  次に原油価格下落の影響をみると,第一は直接効果として輸入物価の下落に寄与したことである。原油は輸入物価に占めるウェイトが約4割であり影響が大きい。第二は原油価格の下落が原油を原燃料として使用する石油製品,電力・ガス等のコストを引き下げ,さらにそれらの価格低下が他の品目のコスト低下を促す波及効果であるが,これについては本文で分析したとおり,タイムラグの関係等もあり61年4月段階では未だ十分には波及しておらず今後一層の波及が期待される。

  以上のように,円高は卸売物価の下落に対し比較的すみやかに寄与していると考えられるが,原油価格下落の波及効果については今後期待されるところである。

(2) 第二次石油危機前の低水準まで下落した国内商品市況

  国内商品市況の動きを日経商品指数(42種)の月末値でみると,需給緩和,秋以降の急速な円高,最近の原油相場下落等により60年2月以降連続して下落し,最近は第二次石油危機前の低水準にある。四半期別の動きについて,今回の円高局面を前回の円高局面と対比してみると(第9-3図)次のことが特徴的である。第一は,今回は広範な商品で下落していることである。前回は期によっては繊維,鋼材等で上昇していた。第二は,今回は期を追うごとに下落幅が拡大していることである。前回は必らずしも期を追って下落幅が拡大したわけではなかった。

第9-3図 国内商品市況の推移

  このような特徴が生じた主な要因は,第一は,前回は公共投資の積極的な拡大がなされたこと等を背景に鉄鋼,窯業・土石などで市況が堅調に推移したが,今回は公共投資等が前回程の市況下支え効果を発揮していないと思われることである。第二は,我が国市場の国際化が進展し,輸入品との競合が激しくなっていることである。鉄鋼等では円高により価格競争力をつけた輸入品の流入が国内市況下落に拍車をかけている。第三は,国際市場において中進国が競争力をつけて来ており,円高がそれを加速し,鉄鋼,繊維などのように輸出不振を招くことによって国内市場の需給を一層緩める方向に働いていることである。

  こうした状況に対処するため,鉄鋼などの広範な品目で強力な減産,在庫調整等が実施されており,その効果が徐々に現われてくるものと思われるが,需給の急激な改善が見込まれないため,当面は円レート,海外一次産品市況等を反映しながら国内商品市況が低水準で推移するものと考えられる。

(3) 落ち着いた動きを続けた消費者物価

  (低い上昇率にとどまった消費者物価)

  消費者物価(全国)の動きを総合指数の前年度比上昇率でみると,第二次石油危機の影響による55年度の7.8%を境に,56年度は4.0%,57年度は2.4%と年々上昇率が縮小し,58年度には1.9%と34年度の1.8%以来の低い上昇率となった後,59年度は2.2%と上昇率がやや拡大したものの,60年度には1.9%と再び58年度に並ぶ低い上昇率にとどまった。

  60年度の動きを前年同月比上昇率でみると(第9-1図②),60年2月以降1%台で推移したあと,6月から10月までは概ね2%台と上昇率がやや拡大したものの,11月以降は1%台の安定した動きが続いている。このように消費者物価が安定基調で推移したのは,原油価格の引き続く下落や海外一次産品価格の安定等により卸売物価が下落傾向で推移したことのほか,生鮮果物の下落などが主な要因である。

  (商品の上昇率鈍化)

  60年度の動きを特殊分類に組み替えた指数の前年度比騰落率でみると(第9-4表),商品は1.1%の上昇となり,前年度の上昇率1.6%を下回った。これは農水畜産物が2.1%,出版物が1.7%の上昇となり前年度より上昇率は拡大したものの,工業製品が0.9%,電気・都市ガス・水道が0.5%の上昇といずれも前年度の上昇率を下回ったことによる。なお,工業製品のうち大企業性製品は0.3%の下落となったのに対し,中小企業製品は1.9%の上昇となった。一方,サービスは3.3%の上昇となり前年度と等しい上昇率となった。これは,公共サービス料金が3,4%,外食が1.9%と前年度より低い上昇率にとどまったものの,個人サービス料金が4.0%,民営家賃間代が2.7%と前年度の上昇率を上回ったことによる。

第9-4表 最近の消費者物価指数(特殊分類)の動き

  (円高の輸入消費財価格への影響)

  円高が消費者物価に与える直接的な影響は,調査対象品目のほとんどが国産品であることから極めて小さいと言えよう。むしろ,輸入品価格の下落が市場において競合する国産品価格を下落させる効果や,原材料コストの低下が波及して国産品価格の低下を促す等の間接効果を通じて消費者物価を下落させる場合の方が一般的であると思われる。

  しかし,円高の直接的な効果として輸入消費財価格が下落することは,円高メリットを消費者へ還元するという観点とともに,製品輸入を促進するうえでも重要と考えられる。輸入消費財価格の動向について,「輸入消費財価格動向等調査」(61年4月30日公表,大蔵,農林水産,通商産業省調査,経済企画庁とりまとめ)によれば,過半の商品では円高の効果が小売段階に波及しつつあることがうかがわれる。小売価格は国内の需給関係等により変化するものであり,在庫,流通,加工等のコストの存在,企業の販売戦略などから,円高の効果がそのまま小売価格の低下に結びつかない場合もある点に留意する必要はあるが,円高以前に購入した在庫が存在すること等により円高効果の波及が遅れている輸入消費財については,今後次第に効果が現われてくるものと期待される。

  (電力・ガスは料金値下げ等で差益還元実施)

  電力・ガス料金については,物価におけるウェイトが比較的高いうえ,波及効果も大きいと考えられること等から,原価主義と需要者間の公平という原則に即し早急に差益還元を実施することが重要と思われる。こうしたことから,今回の円高局面においても関係審議会等により検討のうえ,電力9社及びガス大手3社の料金については61年6月から62年3月までの10か月間暫定的措置として引下げられることとなった。この措置による61年度の全国消費者物価指数に与える直接的効果は,寄与度で約0.2%引下げる方向に働くと考えられる。

(4) 物価の今後の動向

  卸売物価は,円高,原油価格下落の直接・間接の影響を受けて大幅に下落しているが,今後も原油価格下落の波及効果が期待されることから低下傾向,あるいは低水準横這いで推移するものと思われる。

  一方,消費者物価については,サービス価格が堅調に推移しているものの,商品価格が卸売物価の下落等の波及効果を受けるものと見込まれることから,引き続き落ち着いた動きを続けるものと思われる。

  以上のように物価は安定基調で推移すると思われるが,円高と原油価格の下落に伴う差益の還元と価格の適正化を計ることが内需を中心とした景気の維持・拡大を確実にするうえで極めて重要であることから,今後とも物価の動向を注視してゆくことが必要である。


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