昭和60年

年次経済報告

新しい成長とその課題

昭和60年8月15日

経済企画庁


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むすび

本年は戦後40年を迎える節目の年である。経済白書も「家計も赤字,企業も赤字,政府も赤字」とその深刻さを国民に訴えた22年の経済実相報告書から,本白書で39回目を迎える。

その間,経済白書も日本経済と共に歩んだ。30年度の経済白書(年次経済報告)は「前進への道」と題して,ようやく日本経済が戦後のインフレ期から脱して高度成長への道を歩み始めたことを指摘している。40年度の白書は,39年度が高度成長の踊り場に当たったこともあって,「安定成長の課題」と題して,景気の回復は引き締めの解除だけでは起こらず,経済の内部にあるゆがみを改め,経済が自己の力で成長と安定を両立できるような条件を作り出していくことが大切であると論じている。

50年度の経済白書は,第一次石油危機後のインフレの経験を踏まえ,「新しい安定軌道をめざして」と題して,資源有限時代という認識を踏まえて,日本経済を作り直して新しい安定軌道に乗せる必要があることを主張している。

こうした各白書の指摘は,それぞれの時代の日本経済の状況に対応している。

特に30年度の白書は,高度成長期の始まりを宣言し,50年度の白書は安定成長への転換が進みつつあることを強調しているという点でも,意義のあるものである。

こうした観点で59年度を振り返ってみると,企業収益の増大,倒産の落ち着きなど,企業部門の改善は目ざましいものがあった。さらに60年1-3月期には家計部門も次第に改善するなど,景気の拡大が続いた。

しかも,こうした景気の拡大が従来のそれとは種々の意味で異った,新しい成長としての特徴を備えていることが注目される。本白書ではその要囚として,技術革新に支えられた情報化の進展,消費のソフト化・都市化の進展,太平洋地域の高成長の三つを指摘した。これらの傾向は最近始まったものではないが,この2,3年間は特に変化が加速していることが指摘できる。このような加速の契機となっているのは,情報化では規制緩和,民営化であり,消費のソフト化では種々の新しいサービス産業などの発生(それはやはり技術革新の進展や規制緩和などに支えられている)であり,太平洋地域ではアメリカ・日本を中心とするハイテク化と,中国の自由化・開放政策であるといえよう。

新しい成長への移行は,人々のニーズの変化に対応しており,必然的なものである。新しい成長がどのような形をとるかについてば,まだ末確定な部分も多いが,少なくとも,(1)人々により多様かつ個性的な自己実現の機会を提供する。(2)資源・エネルギー制約を弱め,全世界的な成長の天井を高める,(3)あわせて物価,景気変動等を安定化する,などの点が期待できよう。また,サービス化が進展するため,原燃料の消費はそれほど高まらず,資源・エネルギー制約を一層緩和するとともに,雇用吸収が図られる可能性がある。また,国際的に一層開かれており,市場指向型で民間活力を重視するのも,新しい成長の特徴といえよう。

こうした中期的な成長の展望が明るいことは,それ自体景気の落ち込みを小さくするように働こう。

もとより,こうした新しい成長への移行はまだ種々の問題を内包している。

変化に直面して不安を感ずるのは人間の本性である。こうした不安が取り除けないと,新しい成長への移行は阻害される可能性がある。

しかし,我々は40年代までのような「古い成長」には戻れないし,成長をやめることもできない。古い成長は資源・エネルギー制約とスタグフレーションに我々を導くものであり,それを続けることができないことは明らかである。

この地球上で増大し続ける人口をかかえ,潜在的にはばくだいな資源・エネルギー需要が存在する以上,我々は成長を続けるためには新しい技術のもたらす省資源・省エネルギー効果に依存していかざるを得ない。

50年度白書は,(1)世界的な景気の上昇と下降の同時化,それによる景気循環の振幅の拡大,(2)主要工業資源の安定供給が困難となったこと。(3)環境保全コストの上昇,(4)効率性と規模の利益を追求してきた技術体系の行き詰まりと新しい技術の選択の必要性,(5)世界的な食料需給の基調変化を指摘し,こうした変化に対応することが我が国経済の長期的課題であるとしている。50年代を終わって,我々は,これらのうちいくつかは解決されたが,同時にいくつかの問題は,当面深刻さを減じてはいるものの,まだ解決されてはいないことを正確に認識しなくてはならないだろう。しかし本白書が説明しているように現在の成長の中にはこうした問題を解決する契機がみられている。

今後の課題は勇気をもってこうした新しい成長への道をたどることであると言えよう。その不安を克服するものは,基本的には民間の自発的な意志であって,政府の介入ではない。自らの意志でこうした新しい道を選ばない限り,国家にも企業にも個人にも未来はない。

こうした新しい成長への移行は,同時に従来型の労働慣行を大きく変化させる可能性がある。消費のサービス化,製造業におけるFA化などの進展は,増加する雇用の大部分はサービス,流通などの分野で発生することを示唆している。こうした変化が労使関係や労働慣行などに与える影響は非常に大きいと考えられ,引き続き対応に努める必要がある。

これと同時に,現在国民生活が大きな転換期にあり,活力とゆとりのある長寿社会を実現していくことが今後の重要問題であることを考えると,青年層,中年層と高齢層との間で時間,仕事,所得の再配分を行うことが重要である。

この意味から,現在国際的にみて長い労働時間を短縮することは,個人生活での余暇活動を通じての自己実現,ワークシェアリング等の見地から必要である。

なお,新しい成長における技術進歩の重要性にかんがみ,創造的技術開発を推進し,民間活力の維持・形成を図る必要がある。

このため,産学官が各々の特色を生かし密接な連携の下に,先進諸外国に比べ我が国において立ち遅れが懸念されている基礎的研究を重視し推進する。また基盤的・先端的分野の技術開発についても推進を図る。これらに関する民間の自主的研究開発を推進するための諸施策を進める必要がある。また,民間部門の新しい技術開発の設備投資への体化を通じて産業構造の高度化を図ることも重要であろう。

日本経済はその生存・発展のために,世界経済の安定的発展を最も必要とする国の一つである。相互依存の網の目が広がり,情報化や金融の自由化・国際化が進展することによって,各国の経済はますます結びつきを強めつつある。

しかも,我が国の経常収支は当分かなりの黒字を生みだしていく可能性が強い。

こうした点から考えて,59年度の最大の政策課題の一つは,対外経済摩擦問題であった。しかも対外経済摩擦は単なる商品貿易の範囲を超えて,先端技術,サービスなど多様な分野に広がっている。このほか,我が国の制度,慣行等が問題とされるようになってきたのも最近の摩擦の特色である。こうした問題を踏まえ,政府は,これまで数次にわたる対外経済対策を実施してきたところであるが,本年4月9日には,民間の有識者からなる対外経済問題諮問委員会から,これまでの対外経済対策の総合的評価及び今後における我が国の経済対策の中期的課題に関する報告を受け,「対外経済対策」を決定した。さらに,7月30日には,「市場アクセス改善のためのアクション・プログラムの骨格」を決定した。

我が国としては,その国際経済社会に占める地位にかんがみ,自由貿易体制の維持・強化,調和ある対外経済関係の形成,及び世界経済の活性化を図るため積極的な努力を行うことが重要な責務であり,できる限り積極的に対応していくことが必要である。それは国内経済に様々な構造調整を迫るものであり,直接,間接の当事者に対し,経済的にも政治的にも痛みをもたらす可能性があるが,国内における円滑な調整に配慮しつつ,前向きかつ計画的に推進していかねばならない。

さらに,ボン・サミットで合意があったガットの新ラウンドの早期開始,国際通貨制度の機能改善などのために,積極的なイニシアティブをとる必要がある。政府開発援助についてもその着実な拡充に努めなければならない。また,資本の供給を通じて,世界経済の拡大と活性化に貢献していかなければならない。

同様のことは第3章で取り上げた人口高齢化に伴う公的部門拡大の問題についても言える。

今後,我が国の人口が急速に高齢化するに伴い,国民の負担がある程度上昇することは避けられない。これは,公的部門が関与するにせよしないにせよ,高齢人口比率の上昇に伴う扶養や医療費の負担は,国民の誰かが負わなくてはならないからである。しかし,現在の制度をより効率化していくことにより,その負担増を抑制していくことは可能であろう。また財政赤字や年金・医療保険制度の財政運営については,特に将来の世代に過大な負担を残さないようにすることが,現在の世代の責任である。

このような状況下で,現在の財政支出から受ける将来世代の便益に必ずしも見合わない巨額の財政赤字を発生させ,後代への負担転嫁を続けることは正当化することができない。また,財政錯覚と財政赤字の存在は政府規模を過大とし,資源配分を歪める面がある。

これらの観点からも,今後とも財政支出全般にわたる徹底した節減合理化を進め,全体としてその規模の抑制を図ることが重要であると考えられる。

また,高齢化に伴う年金,医療の負担増についても,負担が増えて苦しむのは外ならぬ高齢世代の子供たちである。このことを考えれば,必要な制度の改革,医療費・年金の適正化は既に一刻の猶予も許されない。我が国の社会保障制度は,高齢化社会の荒波へゆっくり進む大きな船である。その舵を安全に切れる時間は余り残されていない。

制度の改革は利害関係の対立がからみ,困難なことには違いない。しかし,国民の勇気ある選択で,既に政府の提出した改正法案が国会で成立している。

こうした努力を更に重ねていかなければならない。

幸い,これから2,000年までの期間は生産年齢人口の比率が比較的高い水準にあり,新しい経済・社会システムを準備していくために必要とされる経済的前提が備わった貴重な期間であると考えられる。この間に上のような準備が国民の合意の下に行われるか否かが日本の経済社会の将来を左右することとなろう。

最後に国内景気については,60年夏の時点においてみると景気は拡大を続けており,外需が緩やかな増加を続ける一方,設備投資が着実に増加し,家計部門の需要も次第に改善している。他方,アメリカ経済の拡大速度は鈍化しているものの拡大を続けている。しかし,「双子の赤字」の大きいことがアメリカの景気の先行きをやや不透明なものとしており,その動向には注意する必要がある。また,我が国の経常収支の黒字は依然大きく,輸入の増勢は緩かである。

国内では多くの投資ニーズが残されており,特に住宅投資は質の改善も含めてその増大が望まれている。

このため,財政改革と両立する範囲で,財政の景気調整機能を生かしていくとともに,時代に即応した社会資本の整備を,施設の性格等を勘案して民間活力を活用しつつ,重点的・効率的に進める必要がある。また,内外経済動向及び国際通貨情勢を注視しつつ,金融政策を適切かつ機動的に運営することも要請されている。また,引き続き,物価の安定を維持することも重要であることは言うまでもない。

一方,節度ある財政政策を実施するとともに,行財政改革を一層推進し,65年度特例公債依存体質からの脱却と公債依存度の引下げに努め,財政の対応力の回復を急ぐことが必要である。

我が国が内需中心の持続的成長を遂げることは,国民生活の安定・向上のために重要であるとともに調和ある対外経済関係の形成,世界経済の安定成長にも貢献することとなろう。


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