昭和59年
年次経済報告
新たな国際化に対応する日本経済
昭和59年8月7日
経済企画庁
最近の企業経営の動向をみると,第二次石油危機後の景気後退から減益基調を続けてきた企業収益は,58年度に入ると原油価格の引き下げ,輸出の増加等の要因から改善に向かい,特に下期には大幅増益となった(第4-1図)。
大蔵省「法人企業統計季報」により経常利益(季調済,前期比,以下同じ)の動きをみると,全産業では58年度上期は7.4%の増益となった後,下期も15.3%の増益となった。業種別にみると,製造業では58年度上期に3.5%の増益に転じた後,下期も26.8%の大幅増益となった。非製造業では57年度下期から電力を中心として増益に転じていたが,58年度上期も11.5%の増益,下期も5.9%の増益と増益基調を続けている。また,製造業を規模別にみると,大企業では58年度上期に3.7%の増益となった後,下期も30.6%の大幅増益となった。一方,中小企業でも58年度上期6.4%の増益の後,下期も10.5%の増益となった。
このように企業収益は57年度下期を底に改善に向かい,58年度下期には過去の名目値のピークであった55年度上期(全産業)の水準をようやく上回らた。
また,56,57年度の局面では,円レートの大幅な変動が企業収益に大きな影響を与えてきたが,58年度は円レートが比較的落ち着いた動きを示したことから為替差損益の発生は小さくおさえられた。
次に売上高の推移を業種別にみると,56年末からの輸出の減少により素材型産業,加工型産業ともに売上高は減少していたが,58年初めにアメリカの景気回復を契機として輸出が増加に転じたことから,まず加工型で電気機械を中心に回復しはじめた。内・外需別の売上高伸び率の寄与度をみると(第4-2①図)。58年度上期には,一般機械,電気機械,精密機械の外需の寄与度が高くなっている。また,下期には内需の寄与度も高まっている。
第4-2図 業種別の内・外需売上高伸び率と売上高経常利益率の推移
一方,素材型においても,繊維などで輸出が増加したことや,化学などで加工型への供給増となったことなどにより,売上高は58年度下期にはどの業種も前期比でみて増加となった。また,内・外需別に売上高伸び率の寄与度をみると,58年度下期では内需の寄与度が高くなっている。
次に業種別の売上高経常利益率の動向をみると (第4-2図②)。素材型では過去のピークであった54年度上期の水準からはまだかなり下回っているものの,58年度の改善幅は1.38ポイントと大きなものであった。これは,売上高の回復に加え,原油価格の低下による原燃料コストの低下や,需給バランスの回復による市況の改善等により交易条件が改善したことによるとみられる。需給バランスの回復は,各業種の生産在庫の調整等の企業努力によりもたらされたほか,アメリカ気景回復による需要増の要因による面も大きく,亜鉛,アルミ,化学品,板紙などで市況の改善がみられた。また,繊維では他業種への多角化が進んでいる企業が多く,樹脂等の非繊維部門が好調であったことも利益率改善に作用した。
加工型についても,売上高の回復等から85年度に売上高経常利益率は0.82ポイントの改善となり,ほぼ54年度上期の水準まで改善した。
こうしたことから55年度からやや拡大していた業種間の格差は縮小に向かいつつある。
次に売上高経常利益率の改善要因を,変動費比率,固定費比率にわけて考えてみよう。
固定費比率は,人件費,金融費用の圧縮などの減量経営努力により,50年度以降は低下傾向を示していたが,55年度以降売上高の伸び悩みからやや上昇して利益悪化要因として作用した。これまでみてきたように,58年度に入り売上高が加工型,・素材型とも回復に向かったことから固定費比率は低下し,利益改善要因として作用した。
一方,変動費比率は,投入原単位の向上等から56年度以降低下し,利益率の下支え要因となっていた。58年度に入ると,素材型では原油価格の低下を主因に企業の交易条件が改善したことから,変動費比率は低下し,利益改善要因となった。但し,加工型では企業の交易条件の改善幅は小さく,さらに販売価格が軟化したこともあって在庫評価損が発生し,変動費比率はむしろ上昇し,利益悪化要因となった。
しかし,全体としてみれば,加工型においても固定費比率の低下による改善が変動費比率の上昇に比べ大きかったため,利益率は改善した。
企業の収益動向を規模別にみると,すでにみたように58年度において,経常利益は大企業が大幅な改善となったのをはじめ,中小企業も大企業に比べその増加率はやや低いものの着実な改善となった。中小企業の収益改善が大企業に比べ小幅にとどまったのは,両者の依存する最終需要の違いにあると考えられる。すなわち,中小企業が消費関連,建設関連の需要により多く依存しているのに対し,大企業は輸出に対する依存度が相対的に高い。こうした特性から,58年度においては,まず輸出の増加を中心とする回復過程をたどったことや,建設関連が停滞気味に推移したことにより,規模別の収益改善幅に差が生じたとみられる。但し,このことは,中小企業の収益改善が小さかったことを意味するのでは必ずしもない。すなわち,収益動向に敏感な動きを示す設備投資については,むしろ中小企業の方がより順調な回復を示しているように,中小企業の改善も極めて着実なものであったといえる。
次に58年度の対売上高比率を企業規模別にみると以下の特徴が指摘される(第4-3表)。
第1に営業損益段階では,中小企業は売上原価比率を低下させたものの,販売費及び一般管理費の比率が上昇し,営業利益率は58年度に0.1ポイントの改善にとどまった。販売費及び一般管理費の比率が上昇したのは,販売競争激化や,事務機器,,情報機器等の導入による経費増があったことによるものとみられる。また大企業では売上原価,販売費及び一般管理費ともほとんど変化なく営業利益率は57年度対比横ばいであった。
第2に営業外損益についてみると,金融費用は大・中小企業ともその対売上高比率を低下させたが,増減率でみると金利が低下しているなかで中小企業が58年度2.0%の増加となった一方,大企業では同5.1%の減少となり,金融面からみた減量経営は大企業を中心に引続き進展しているものとみられる。逆に中小企業では借入金をこの時期に増加させたことがわかる。また,営業外収益は,企業の余裕資金による運用益を含んでいるが,増減率をみると中小企業は58年度7.8%の減少だったのに対し,大企業は同4.0%の増加となり,大企業は余裕資金の運用を効率的に行ったことがわかる。
第3に人件費についてみると,大・中小企業とも対売上高比率を低下させており,58年度の増加率も売上高の増加率を下回っている。
こうした結果,売上高経常利益率は中小企業で58年度は前年度比横ばい,大企業は同0.4ポイントの改善となり,大企業と中小企業との差は0.7ポイントとやや拡大した。
企業倒産の動きをみると,全国銀行協会連合会の調べ(資本金100万円以上の法人企業が対象)によれば,58年度は16,460件で対前年度比10.9%増と前年度を上回った。一方,負債金額については1兆7,164億円で対前年度比28.9%増と大幅に増加した。倒産件数の動きを四半期別に前年同期比でみると,55年10~12月以降前年比で減少を続けてきた後,58年1~3月に増加に転じてからは5期連続して前年を上回っている(第4-4図)。これは金融が緩和基調にあるものの,第二次石油危機後の景気停滞がきわめて長びいたことから企業体力が弱められ,58年度に入りようやく景気回復したにもかかわらず,競争激化もあって息ぎれする企業が増加したことによるとみられる。但し,倒産発生比率は,企業数が増加するなかで52年以降すう勢的に低下傾向にあり,今回の増加局面においても倒産多発が社会問題となった51~52年の局面に比べかなり低い水準であることがわかる。
企業倒産の状況を業種別にみると,どの業種もそれぞれ増加したが,58年度は個人消費の伸びが緩やかだったことや公共工事受注が減少したことなどから小売業,卸売業,建設業の増加寄与度が高いものとなった。また,原因別でみると,販売不振による倒産が増えており,景気停滞の影響を強く受けたといえよう。
企業倒産の今後の動向については,景気は順調に拡大しはじめているが,今後も公共工事受注の増加がみこめないことなどから企業倒産件数は当面高水準で推移することが懸念されており,この動向については十分注視する必要がある。
これまで述べてきたように,第二次石油危機以来停滞を続けてきた企業収益は,原油価格の低下という特殊要因に加え,輸出の増加等の売上高回復の要因や中・長期的な減量経営努力が実ったことなどから58年度に入り順調な改善となった。日本銀行「企業短期経済観測」(59年5月調査)による企業の業況判断(製造業)をみても,55年8月以来久方ぶりに「良い」とみる企業が「悪い」とみる企業を小幅ながら上回ったほか,先行き9月にかけても引続き改善が期待されている。
このように,今後についても企業収益は改善の見通しとなっているが,さらに中・長期的に持続的な成長を図るため,一層活力ある企業活動が期待されよう。