昭和58年
年次経済報告
持続的成長への足固め
昭和58年8月19日
経済企画庁
本報告第1章第3節で詳説したように,昭和57年度の雇用・失業情勢は,景気調整が長びく中で悪化の度合いを強めた。すなわち,労働力需給は悪化した状態が続き,労働時間も弱含みで推移した。また,完全失業率も高い水準に達した。しかしその一方で就業者や雇用者の伸びは堅調であった。
本章では,労働力需給,完全失業率,労働力率,雇用・賃金,労働時間の順で57年度の動向を述べた後,雇用調整について検討しよう。
昭和57年度において,労働力需給は悪化した状態で推移した。職業安定所における求人,求職の動き(新規学卒者を除く)をみると, 第11-1図 にみるように,求人は56年度中には一時的に盛り上りをみせた時期もあったが,57年度に入ってからは低水準のまま推移した。これに対して求職者は高水準を維持し,求人の減少とともに求人倍率を引下げる方向に働いた。この結果,有効求人倍率は56年度の0.67に対し,57年度は0.60,新規求人倍率も0.93から0.87とともに低下した。
新規求人の動向は,57年度は前年度比5.7%減となった。これを産業別にみると(以下では学卒,パートタイムを除く)サービス業で1.2%増加したものの,製造業が17.9%と大幅に減少したことをはじめ,建設業も4.9%減となった。
また規模別では,29人以下ではわずかながら増加しているものの,30人以上の規模においては,規模が大きくなる程減少幅も大きくなっている。
しかし製造業では,58年に入ってから輸出の増加により組立加工業・素材型産業が増勢に転じたことから前年比減少幅が縮小し,5月には前年同月比増に転じた。
一方,求職者の動向をみると,新規求職者では44歳以下の前年比増加率の方が45歳以上より高いものの,有効求職者数においては逆に中高年齢層の方が高い。これは,元来中高年者の場合,一旦離職(退職)してしまうと,再就職口がみつけにくく,そのまま求職者として労働力市楊で滞留する傾向が若年層に比べ強いが,57年度においては需要の不振からその期間が長びいていることを示している。
また,労働省「雇用保険統計月報」において,57年度の雇用保険受給者比率が高まったことに示されるように,離職者の増加が求職者の増加,さらには後述するように,失業者の増加へとつながっていたといえよう。
以上に述べた傾向は,後述する常用雇用者の伸びの鈍化に顕著にあらわれている。しかし,その一方で,企業にとって業務量に応じて弾力的な雇用が可能であることや,女子にとって家事との両立が容易であること等から,パートタイムに対する需要・供給はともに高い伸びを示した。パートタイム(全数)において,新規求人は10.3%増(有効求人は7.0%増),新規求職は11.6%増(有効求職は2.1%増),新規求人倍率は1.39%(有効求人倍率は1.20)と求人が求職を上回る状況が57年度もみられた。
57年度における労働力需給の悪化は,完全失業率を56年度2.2%に対して2.5%と高水準に押し上げることになった。マクロ的にみた循環的要因による完全失業率の上昇は,均衡失業率との乖離として,本報告中で詳説されているので,ここでは総理府統計局「労働力調査」により性別・年齢階級別の動きをみていこう。( 第11-2図 )
(なお,「労働力調査」は57年10月から58年1月にかけて新サンプルへの移行が行われており,それに伴う措置が響している可能性も否定できないので,それ以前の数字の接続性については十分注意する必要があると思われる。)
57年度の特徴を一言で述べると,年度前半は男子の,年度後半は女子の失業率の上昇が,全体の失業率を押し上げたことであるといえる。それぞれ年齢階級別にみると,各年齢層とも増勢が強く,53年来の高水準となっている。その中で特に注目されるべきことは,①男子55歳以上で離職者が増加し再就職が困難なことにより失業率が上昇したこと,②15~24歳層で増勢が強いこと,③基幹年齢層たる25~39歳層40~54歳層では,年度後半に女子で増勢が目だったことが指摘できよう。
また,属性別にみると,57年10~12月期には主要な指標の一つである男子世帯主失業率が1.93%(季節調整値,経済企画庁内国調査第一課推計),世帯主の配偶者も1.60%(同)と第一次石油ショック後の最高水準近くまで達したのをはじめ,若年層での失業率上昇に対応して単身世帯,他の世帯員での騰勢が強かった。
第11-2図 男女別・年齢階級別完全失業率の推移(季節調整値)
57年度の労働力率は,63.5%と56年度の63.3%からわずかに上昇した。総理府「労働力調査」により,男女別にみると,女子の労働力率は年度を通じてみれば,48.3%と0.4%の増加であったが,年度後半にはとくに強い増勢を示した。これは最近の女子の職場進出を反映したものである。総理府「就業構造基本調査」によれば,57年10月1日現在の女子の有業率は48.5%と54年に比べて2.9ポイント上昇している。これはすべての年齢層で増加しているが,特に40~44歳で6.0ポイントの上昇となるなど中年層での伸びが比較的高い。また,有配偶者についてみても,50.8%と4.2ポイントの上昇となっている。
一方,男子の労働力率はこのところ減少傾向から横ばいに転じ,79.6%となった。年齢階級別では,55歳以上で減少,25~39歳及び40~54歳層では横ばいという傾向が続いているが,15~24歳層では55年度をボトムに上昇に転じており,57年度も43.7%と前年度を0.5%上回った。
なお,若年層における労働力率の高まりは,57年度に新規学卒者の採用が好調であったことを反映している。
このように57年度は,労働力需給は悪化した状態で推移し,完全失業率も高水準に達した。しかし同時に,雇用は56年度に続いて堅調な伸びを続けた。総理府統計局「労働力調査」によると,非農林業雇用者数は前年度比で56年度1.3%増のあと57年度は1.8%増となった。これは,(1)新規学卒者の採用がなお好調であったこと,(2)特に年度後半からの女子雇用者数の高い伸び,(3)第三次産業での雇用者増が主因になっていると思われる。
各点について詳しく検討してみよう。
(1)57年4月の新規学卒者の採用は,採用決定が実際に行われる56年後半段階の企業の雇用過剰感がまだあまり強くなく,むしろ57年度に入ってからの景気回復を見込んだこともあり,高い水準を保った。これを労働省「毎月勤労統計」の採用率(調査産業計30人以上)でみると4.6%と最近では56年4月に次ぐ高い水準となった。
なお,58年度に入ってからは,このように活発な採用態度にも変化がみられ,4月の採用率は4.3%と前年を下回った。企業規模別にみると,30~99人規模以外では前年度を下回り,特に1,000人以上規模での落ち込みが大きい。また産業別では,サービス業・卸小売業等の第三次産業での落ち込みが大きい。
(2)女子においては,完全失業率が上昇した一方で,雇用者も大幅に増加した。57年度の非農林業女子雇用者は対前年度比2.4%増と56年度に続き,男子を上回る高い伸びとなった。特に,臨時雇用の増加が7.9%増と常用雇用者の伸び(1.8%)を上回っている。
(3)産業別の雇用者の動向をみると( 第11-3図 ),サービス業は高い伸びを続けた一方で,卸小売業は高水準ながら伸びが鈍化した。また建設業でも増加に転じた。製造業においては,7~9月期を底に増加に転じている。
一方,「毎月勤労統計」でみると,常用雇用者の伸びは57年度で対前年度比1.2%増と56年度の1.8%増に比べて伸びが鈍化しており,雇用者の増加は,弾力的な雇用が可能な臨時雇用者においてもたらされているものと考えられる。特に58年度に入ってからは,常用雇用者の水準はほぼ前年並みとなっており,新規採用の不調が裏づけられている。
57年度の賃金の動きを労働省「毎月勤労統計」でみると( 第11-4図 ),所定内給与の伸びが前年度比で5.3%増と56年度ほぼ同水準であったのに対し,現金給与総額の伸びは4.7%増と56年度の5.1%増を下回った。これは特別給与の伸びが,特に年末賞与の不振から,低下したことによる。製造業の賃金を事業所規模別にみると,500人以上規模での大幅な伸びの鈍化をはじめとして,100~499人規模を除いて伸びが56年度を下回った。給与の種類別にみると,特別給与の伸びは,全体的に低下しており,所定外給与の伸びも,所定外労働時間の不振から500人以上規模をはじめとして前年度を下回っている。しかしながら所定内給与では,500人以上規模,30~99人規模で減少しているが100~499人および5~29人規模(きまって支給する給与)ではむしろ増加している。
第11-4図 56年度と57年度の賃金上昇率(現金給与総額の増加率と給与の種類別寄与度)
一方,実質賃金をみると,消費者物価の落ち着きから2.3%増と56年度の1.1%増に比べて逆に増加幅が拡大した。
なお,58年度の民間主要企業春季賃上げ率(労働省調べ)は4.40%増と昭和31年未で最低の伸び率となっており,業種間での賃上げ率のばらつきも大きなものとなっている。
このため,58年度に入ってからは,定期給与,所定内給与の伸びが鈍っている。
57年度の労働時間の動向を「毎月勤労統計」でみると,所定外労働時間は調査産業計で前年度比2.1%減,製造業で5.9%減となった。製造業について規模別にみると,500人以上で9.1%減,100~499人で2.6%減,30~99人で6.0%減となり,主に大企業が所定外労働時間の削減による雇用調整を行ったことがわかる。
なお,総実労働時間は,調査産業計で0.2%減少,製造業で0.6%の減少となった。
本章の最後に,今回の製造業における雇用調整の特徴を,「雇用調整インデックス」( 第11-5図 )により検討しよう。
55年度にはじまる雇用調整は57年度にも引き続いたが,これまで説明してきたようにその動きは労働力需給の悪化と雇用者の増勢維持とが併存する特徴的なものであった。
43年以降に雇用調整期間は3回あったが,前2回(45~46年,48~50年)に比較して今回(55年1~3月期以降)の雇用調整は次の3点で特徴づげられよう。第1に,今回の調整期間がかなり長いことである。前2回が起点から各々5~7四半期後に底に達したのに対し,今回は12四半期経過した58年1~3月期においても明瞭な反転を示していない。第2に,雇用調整のテンポが緩やかなことである。これは,調整期間において,指標の低下の度合いが緩やかであることに現われている。第3に,今回の調整が一本調子なものでないことである。すなわち55年に低下した後,56年には横ばいから一時は回復の動きも見られたが,57年に入り急速に低下傾向を示した。
しかし,58年に入ってから,常用雇用者の増勢は弱くなってるものの,新規求人数,所定外労働時間が増加するなど回復への動きもあらわれつつあることは指摘できよう。
次に「雇用調整インデックス」の変動要因を分解してみると,今回の雇用調整期では,新規求人,所定外労働時間の落ち込みはいずれも前2回に比べ小幅化している。それに加えて,雇用者減の影響は更に小さく,特に57年の4~6月期までではむしろ微増している。これは,企業が中途採用に対しては慎重でありながら,新規学卒者の採用については積極的であったことをあらわしているといえよう。