昭和55年
年次経済報告
先進国日本の試練と課題
昭和55年8月15日
経済企画庁
54年度の労働経済は,①雇用情勢の改善傾向が一層明確になったこと,②所定外労働時間の増勢が続き,所定労働時間短縮の動きは弱いこと,③賃金上昇率は名目,実質とも安定した伸びを続けたこと,ただし消費者物価上昇率の高まりから年度末には実質賃金はマイナスとなった,などの特徴があげられる。
以下では54年度の労働経済を雇用,労働時間,賃金の順にその動きを追っていくこととする。
a 急速に上昇した有効求人倍率
54年度における一般労働市場(学卒を除く)をみると( 第11-1表 ),求人が大幅に増加するとともに求職者が減少に転じたことから,労働需給の改善は急速に進展した。すなわち,新規求人倍率は50年度から53年度まで1倍を下回っていたが,54年度には1.13倍と1倍を上回る上昇を示し,また,有効求人倍率も53年度の0.59倍から0.74倍へと著しく上昇した。有効求人倍率の動きを四半期別にみると,54年4~6月期の0.69倍から10~12月期には0.79倍に高まり,その後やや停滞し55年1~3月期は0.78倍となった。
こうした労働需給の急速な改善には求人の大幅増加が大きく寄与している。求人増加を新規求人でみると前年度に比べて13.7%増加し,また,有効求人でみるとこれを上回る19.9%の大幅な増加となっている。新規求人についてその増加した内容をみてみると,産業別には製造業が前年度比23.7%増と最も大幅な伸びを示したほかは,サービス業,卸売・小売業が高い伸びとなっている。一方,53年度に高い伸びを示した建設業は54年度はほぼ横ばいとなっている。また,規模別にみると1,000人以上の大企業での増加が顕著であり,男女別にみると男子の伸びが高くなっている。更に,雇用形態別にみると常用が大幅に増加している。このように54年度の求人増加は相対的に雇用安定度の高い層が中心となっている。
一方,求職者は新規求職者でみて前年度比3.6%の減少,有効求職者でも4.7%の減少とともに減少した。新規求職者は53年度に続く減少であったが,有効求職者は52,53年度増加のあと54年度で減少に転じている。これは中高年齢層を中心に有効求職者が一定期間労働市場に滞留したことから,52年度の新規求職の減少から有効求職の減少に至るまでラグが生じたためである。
求職者減少の内容をみると,新規求職者では男女別にみて男子が,雇用形態別にみて常用の減少が大きく,53年度と同様の傾向にある。一方,有効求職者を年齢別にみると,45歳以上の中高年齢層で減少に転じており,労働市場における中高年求職者の滞留が徐々に解消しつつあることを示している。
このように54年度における労働需給の改善内容は,きわめて良好なものであったといえよう。他方,50年3月卒者以降需給緩和が続いていた新規学卒者の労働市場においても,55年3月卒者については一転して改善傾向をみせている。
b 6年ぶりに減少した完全失業者
54年度の完全失業者数は114万人,完全失業率は2.0%となり,53年度に比べてそれぞれ8万人の減少,0.2%ポイントの低下となった。完全失業者は第一次石油危機以後大幅に増加し,年度ベースでみて53年度まで増加を続けたが54年度には6年ぶりに減少した。54年度間の動きを四半期別にみると,完全失業率(季節調整値)は54年4~6月期2.08%,7~9月期2.13%,10~12月期2.10%,そして55年1~3月期1.85%と年度末にかけて低下している。
完全失業者が減少したのは,雇用調整による離職者が減少したことに加えて,53年度まで労働市場に滞留していた失業者が,54年度になって労働需要の増大から徐々に就職していったことによるものとみられる。離職した失業者の動きを雇用保険受給者でみると( 第11-2図 ),雇用調整が拡まった52年度には初回受給者は急増し,受給者実人員はそれに約2四半期遅れて増加している。53年度には雇用調整がほぼ終了したことから,初回受給者は減少に向かったものの,受給者実人員はなお高い増加率にある。しかし,54年度になると初回受給者,受給者実人員の両者とも減少している。この間の完全失業者の動きはほぼ受給者実人員の動きに似ており,離職による失業者の動きが完全失業者の動きをかなり左右してきたことを示している。また,54年度の完全失業者減少の内容をみれば,男子が主に減少しており,かつ男子のなかでも世帯主や,年齢別にみて40~54歳層が大きく減少しており(本報告 第I-2-53図 ),雇用調整により増加した失業者層の減少が大きくなっている。45歳以上の有効求職者の減少もこのことと符合している。
ただし,女子や男子55歳以上の完全失業者については,目立った動きをしていない。すなわち,女子は53年度43万人から54年度は42万人に,また,男子55歳以上は53年度19万人から54年度は20万人になっている。このうち男子高年齢層については定年により離職して失業したものが約半数を占めており( 第11-3図 ),かつこの年齢層の求人倍率が著しく低いことから,再就職が容易でないことが原因となっている。
c 堅調な雇用増加
産業別の就業者の動きをみると( 第11-4図 ),卸売業・小売業やサービス業など第三次産業部門は54年度も引続き着実な増加を示している。53年度まで堅調な増加を続けた建設業は公共事業の抑制の影響を受けて54年度は横ばいとなった。また,農林業は50~53年度までのゆるやかな減少から54年度は大きく減少した。一方,54年度の就業動向を待徴づける大きな変化をみせたのは製造業である。製造業の就業者は49~53年度まで減少の一途を辿ってきたが,54年度には増加に転じている。
製造業就業者の増加は失業動向に大きな影響を及ぼす。なぜならばこれまでの失業増加の多くは製造業部門の雇用調整によるものであり,かつ職種別にみると技能工・生産工程作業者,単純作業者の失業増加が大きかったから,職業異動を伴わなくてすむ製造業部門の雇用回復が失業の解消に結びつく可能性が強いからである。
製造業の雇用回復を労働異動の面からみると( 第11-5図 ),離職率が引続き落ち着いた動きをしているのに対し,入職率は53年度後半から上昇に転じ,更に54年度に入っても引続き上昇した。この結果,54年度の後半になって第一次石油危機後はじめて入職超過(雇用増加)に転じている。これは労働市場における求人の増加が雇用の増加に結びつき,それが失業者の減少にも寄与したことを示している。これを規模別にみると,これまで厳しい入職抑制をしてきた大企業(500人以上)での入職率の上昇が目立っているほか,30~99人の規模でも入職率が上昇し,53年度後半以降高い入職超過が続いている。また,製造業雇用の増加を業種別にみると( 第11-6図 ),金属機械工業が大きく増加したほか,化字諸工業でも増加するなど,重化学工業部門での雇用回復が目立った。
次に,54年度に増加した就業者の内容をみてみよう。まず,非農林就業者を男女別にみると,女子は前年度比2.2%増となり,51年度以降2%を超える伸びが続いている。これに対して男子は1.8%増と女子の伸びには及ばないものの,49~53年度まで1%を下回る伸びを続けてきたことに比べればかなり大幅な伸びとなっている。職業別にみると( 第11-7図 ),男子は製造業,特に重化学工業部門の雇用増加を反映して技能工・生産工程・単純作業者の増加が最も大きくなっている。一方,女子は専門的・技術的職業及び事務従事者で増加している。これはパートタイマーの増加及びサービス業の専門サービス部門の発展によるものとみられる。また,非農林雇用者について雇用形態別にみるると( 第11-8図 ),54年度は常雇の増加率が高まってきたのに対し,これまで高い伸びを続けてきた臨時,日雇は伸びを鈍化させ,54年度後半には前年を下回るようになった。この傾向は特に男子で顕著であり,年度間を通して常雇は増加し,臨時,日雇は減少するという対照的な動きをしている。
以上のように,54年度の雇用増加は順調な景気拡大を背景として,第一次石油危機後の長い停滞からはじめて力強いものとなり,雇用回復が本格化した。
54年度の総実労働時間(製造業)は前年度比1.1%増となった。このうち所定内労働時間は横ばいで,所定外労働時間が14.2%の大幅増加となっている。所定内労働時間が横ばいとなったのは,制度面で週所定労働時間の短縮が50年以降とどこうっていることによるものである。一方,所定外労働時間は第一次石油危機直後大幅に減少したが,50年以降の景気回復過程で増加を続け(51年度27.9%増,52年度2.3%増,53年度7.4%増),54年度には更に大幅増加を積み重ねたわけであるが,年度末には48年末を上回るかなり高い水準に達している。この所定外労働時間の増加を業種別にみると( 第11-9図 ),54年度間に高い伸びを示したのは,ゴム,輸送用機器,精密機器,繊維,一般機械であり,48年末との対比でみると繊維,精密機器,電気機器,ゴム,金属製品がかなり上回っており,パルプ・紙,化学,一般機械,輸送用機器では48年末水準にほぼ達している。
こうした所定外労働時間の強い増勢は,企業が雇用の増加に慎重なあらわれであるが,54年度の活発な生産活動は所定外労働時間を増加させつつ,雇用増加をも招いている。
さて高い水準に達した所定外労働時間は今後も同様な増勢が続くであろうか。これをみるために所定外労働時間と稼動率との関係をみると( 第11-10図 ),所定外労働時間の増加,減少期には稼動率はパラレルに上昇,下降している。ただ35年以降景気上昇期における所定外労働時間のピークが低下しているために,左下がりの直線はこれまで下方にシフトしてきた。それが50年以降は一転して上方にシフトし,同じ稼働率に対応する所定外労働時間の水準が高まった。そして現在は45,46年時の稼働率と所定外労働時間の関係に復している。したがって,今後とも稼働率の上昇が続くとすれば所定外労働時間は増加することも考えられる。
54年度の名目賃金上昇率は6.5%と53年度(5.9%)より若干上昇したが,引続き安定した伸びを続けている( 第11-11表 )。この内訳をみると定期給与が6.1%,特別給与が8.2%である。特別給与が比較的高い伸びとなったのは企業収益の好調を反映して,夏季及び年末一時金が高い伸びとなったことによる。また,定期給与の内訳を更に詳しくみると,所定内給与が5.4%であったが,所定外給与は所定外労働時間の大幅増加から13.0%と,第一次石油危機後では51年度(20.1%)に次ぐ高い伸びとなった。定期給与の伸びを産業別にみると電気・ガス・水道・熱供給業が7.2%と最も高く,次いで建設業が7.0%,製造業が6.8%となっている。これに対してサービス業(4.9%),運輸・通信業(5.3%)は相対的に低い伸びにとなっている。また,卸売・小売業は5.7%,金融・保険業は6.0%である。
一方,このような名目賃金の動きに対して,実質賃金はどのように推移したであろうか。54年度の実質賃金は1.7%増と53年度(2.4%増)を下回ったが,引続き実質賃金の増加が確保されている。しかし,54年度の実質賃金は年度間を通して消費者物価の変動大きく左右された。すなわち,消費物価上昇率が54年4~9月期の3.2%高から55年1~3月期に7.5%高と急速に高まったことから,実質賃金は54年4~6月期2.4%増,7~9月期3.8%増,10~12月期1.0%増のあと,55年1~3月期は0.1%減と年度末にはマイナスになった。定期給与の伸びが消費者物価上昇率を下回るかたちで実質賃金がマイナスとなったのは第一次石油危機直後の49年1~3月期以来はじめてのことである。
こうした状況下,55年度の春季賃上げ率の帰趨が注目されるところとなったが,その結果は6.87%(単純平均,労働省労政局調ベ)と54年度をやや上回る結果となった( 第11-12図 )。この55年度の賃上げ率は労働需給,消費者物価上昇率及び企業収益の3つの要因で説明する賃金関数による推計値を下回る。この背景には第一次石油危機直後の実質賃金の減少に対して,労使は大幅賃上げで対処したが,今度の第2次石油危機では,実質賃金の確保には賃上げ率を大幅に引上げるのではなく,消費者物価の安定を第一の重点に置き,物価の高騰を招かずに実質賃金を確保しようとする労使の配慮があったためと考えられる。
他方,夏季,年末一時金については個別企業における企業収益の差を強く反映していくものとみられる。