昭和54年

年次経済報告

すぐれた適応力と新たな出発

昭和54年8月10日

経済企画庁


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13. 地域経済

(1) 鉱工業生産の回複状況

全国の鉱工業生産は,53年1~3月期に前回のピーク(48年10~12月期)に達したあとも全体として着実な拡大を続けている。しかし,これを地域別にみると,各地域の業種構成に相違があるため,生産の回復状況にはかなりの跛行性がみられた。

53年度の地域別鉱工業生産をみると,北海道ではウエイトの大きな食料品工業が水産加工の不振から低迷したほか,紙・パルプ工業や木材・木製品工業の生産が52年度に引続いて伸び悩み,さらに造船の減少等もあって52年度水準を下回った。また,四国でも構造的不況業種である造船のウエイトが高く,加えて農業機械の大幅な生産減による一般機械工業の減少等から全体としては52年度並みの生産にとどまった。こうしたことから,北海道,四国の54年1~3月期における生産水準は,前回のピークをそれぞれ4%,7%下回るという状態を続けた( 第13-1図 )。

第13-1図 地域別鉱工業生産の回復状況

一方,東北では,52,52年度の景気を下支えした公共工事関連の窯業・土石製品工業や内需が好調な電気音響機器や電子装置機器を中心に電気機械工業が大幅に増大したことを反映し,52年以降の生産拡大は目覚ましく,54年1~3月期には前回のピークを20%近く上回った。関東では,電子機器,電動機等を中心とした電気機械やボイラー等が好調な一般機械,時計,計測機器等の精密機械,自動車が好調であった輸送用機械等,総じて機械工業の大幅増を主因に生産は着実に拡大を続け54年1~3月期には前回ピークを10%上回った。

また,中部では,代表的地場産業である繊維が不振を示したものの,ウエイトの高い自動車生産が需要の好調から著しく増大した。さらに,輸出関連業種の下請中小企業の合理化投資が活発化し,省力機械を中心とした一般機械工業の生産増大や,医薬品が好調な化学工業の増産等から全体としての生産は,53年7~9月期に前回のピークを上回った。なお,近畿,中国,九州での生産は医薬品,自動車,電気機械などの好調業種がある一方,造船,鉄鋼などの不況業種もあるといったように,好・不況業種が混在しており,生産の回復テンポは弱く54年1~3月期に至ってようやく前回のピークに到達している。

(2) 業況判断は好転

企業の業況判断を日本銀行「全国企業短期経済観測」によってみると,49年度以降長期にわたって悪化していた企業業況は,地域別にかなりの差はあるものの,53年度にはほとんどの地域で「良い」とみる割合が「悪い」とみる割合を上回った。

まず,製造業についてみると,東北,関東,中部では,先にみたように生産回復のテンポの速さを反映して,53年の夏にはいち早く企業の業況判断は好転し,その後も業況が「良い」とみるものの割合は高まっている( 第13-2図 )。これに対して53年秋には,北海道,北陸,近畿で「良い」とみる割合が高まったが,中国,九州,四国での業況判断の回復は遅く,これらの地域では54年に入ってようやく好転をみた。

第13-2図 業況判断の動向

他方,今回の景気上昇で大きな役割を演じた非製造業での業況判断の好転は,製造業に比べ早かった。なかでも,北陸,中部,中国,九州では,53年の5月に業況判断は好転し,その後も期を追って,業況が「良い」とみる企業の割合は高まっている。また,北海道,東北,関東,近畿では53年の夏には好転している。しかし,製造業の生産回復が非常に遅れている四国での業況判断の好転は,54年5月にずれ込んている。

(3) 消費と投資の動向

a. 物価安定に支えられた消費支出

53年度中の個人消費は,物価の落着きと,底固い景気回復のなかで,順調に増加しており,地域別の実質消費(全世帯)をみても,中国を除きすべての地域で52年度に比ベ増加している( 第13-3表 )。特に,東北,北陸では,52年度に引続いて堅調な伸びをみせており,また,52年度に低調だった北海道,九州の53年度の伸びは高いものとなった。さらに年度の前半と後半に分けてみると,総じて年度の後半の実質消費の伸びが目立っている。

第13-3表 実質消費支出の推移

一方,農家世帯の消費をみると,北海道,東海,近畿,中国で高い伸びとなっているが,米作のウエイトが高い東北,北陸では米の生産調整の影響もあっで低い伸びとなった。

次に,消費者物価の推移を地域別にみると,53年度末の対前年同月比上昇率は,すべての地域で2%台にとどまっており,景気回復過程としては稀にみる落着いた動きを示しており,消費支出の堅調な伸びを支える大きな要因となった。

このように,53年度の消費者物価は,極めて安定していたが,これは工業製品価格の円高効果,季節商品や賃金コストの落着き等を反映したためであり,消費者物価の動きには,あまり地域性はみられない。しかし,水準自体についてみると,都市と町村の間には格差がある。総理府統計局「消費者物価地域差指数」によると,人口規模の大きい都市ほど物価水準が高くなっており,大都市と町村の格差は53年で9.3%となっている( 第13-4表 )。もっとも,この格差は40年代に比べれば,かなり縮小している。

第13-4表 都市階級・地方別消費者物価地域差指数

また,地域別にみると,関東,近畿,北海道が全国平均を上回っているが,関東,近畿の物価水準が高いのは,食料,住居,雑費が高いためであり,北海道は光熱,被服が高いためである。

b. 非製造業に支えられた設備投資

53年度の設備投資は,電力を中心として非製造業が大幅に増加したものの,製造業での回復は全体として弱い。

まず,地域別に企業が生産設備についてどう判断しているかについて,日本銀行「全国企業短期経済観測」でみてみると,49年度前半に,「過剰」とみる企業の割合が,「不足」とみる企業の割合を越えて以来,東北を除いていずれの地域においても過剰感は解消されていない( 第13-5図 )。しかし,その水準は地域によって異なっており,生産の回復テンポが比較的遅い北海道,四国,九州等では,まだ高い過剰感がある。これに対して,生産が順調に回復している東北,関東等では,53年度後半以降かなり改善されてきた。

第13-5図 生産設備判断D.I.(過剰―不足)

こうした,生産設備の過剰感を反映して53年度中の地域別にみた製造業の設備投資は,増加している地域でも,その伸びは低い。すなわち,日本開発銀行の「設備投資動向調査」(54年2月調査)でみてみると( 第13-6表 ),東北,東海,中国での伸びは,主として,石油精製,鉄鋼,電気機械等の増加による面が大きい。

他方,北海道,北陸,四国,九州での減少が大きいが,これは,食料品(北海道),紙・パルプ(北海道,四国),化学(四国,九州),鉄鋼(北海道,九州)が大きく減少したことによる面が大きい。なお,非製造業の設備投資は,すべての地域で,電力の大幅な設備投資から,20%以上の伸びを示しているが,なかでも,東北,北陸,中国での伸びが際立っている。

第13-6表 地域別設備投資の動向(前年度比増減率)

54年度計画をみると,全産業では,53年度比0.3%増とほぼ横ばいとなるが,電力の設備投資がほぼ一巡した地域が多く,非製造業では減少となっている。一方,49年度以降,長らく低迷していた製造業では,設備のストッグ調整がほぼ終了したことから,全国平均で4.5%増となっている。

地域別にみると,関東,北陸,四国,九州の伸びが目立っているが,これは,石油(関東,九州),化学(関東,北陸,四国,九州),繊維(四国,九州)等の伸びが著しいことによる。

次に,建築着工の動きを,建設省「建設統計月報」によってみてみると,鉱工業部門では,東海が比較的大きく伸びているものの,その他の地域での回復は弱いものとなっている( 第13-7図 )。

一方,住宅投資は,53年度の景気対策の重要な柱として位置づけられたが,新設住宅着工戸数は,ほぼ前年度並みとなった。地域別にみると,53年は,すべての地域で持家の新設戸数が増加していることが特徴となっている( 第13-8表 )。資金別には,民間資金による住宅建設は,すべての地域で減少している一方,住宅金融公庫の融資枠の拡大等による公的活用が増加しており,53年の住宅投資は公庫融資に支えられた形となっている。

第13-7図 地域別建築着工の推移(前年同期比)

(4) 雇用情勢の変化と地域経済

高度成長期における,労働力の需給関係は景気後退時に求人が減少し,緩和状態がみられるものの,景気の回復とともに,緩和状態は一挙に解消されるという,いわば景気循環的色彩が強いものであった。しかし,今回の労働力の需給関係は,すでにみたように,全国の鉱工業生産が53年1~3月期に,過去のピークをこえて拡大を続けているにもかかわらず,全国の有効求人倍率は,54年に入っても0.6倍台と依然として低水準で推移し,従来の景気拡大期と異なった動きを示している。

こうした動きは,本報告でもみたように,高度成長からの転換という過程で,各企業が減量経営体制を保持しているという構造的要因が大きく影響している。そして,こうした減量経営を含めた雇用調整は,大都市圏地域で厳しく進行している。

日本銀行「全国企業短期経済観測」によって雇用人員の判断をみると,全国でみる限り,52年以降の過剰感は徐々に改善されているものの,まだ完全に解消されるに至っていない。これを地域別にみると,かなりの相違がみられる。すなわち,大都市圏地域である関東,近畿では,54年2月時点においても,また「過剰」とみる企業の割合が高い。一方,東北,北陸,中部では,「過剰」とみる企業と「不足」とみる企業は同数となっており,北海道,中部,四国,九州では,むしろ「不足」とみる企業の方が多くなっている( 第13-9図 )。

第13-8表 地域別新設住宅着工戸数

こうした傾向は,有効求人倍率の動きにも現われている。全国の有効求人倍率(季節調整値)は,ピーク時の48年7~9月の1.87倍から,52年7~9月には0.53倍へと低下した後,若干回復しているものの,そのテンポは極めて弱い。この有効求人倍率(季節調整値)を地域別にみると,当然のことながら,地域特有の産業構造によって,その水準は著しく異っている。すなわち,前回までの鉱工業生産のピーク期である48年10~12月期には,労働需給も最高のひっ迫を示し,有効求人倍率は東海の5.47倍を初めとして,関東(3.00倍),中国(2.32倍),近畿(2.26倍),北陸(2.08倍)で2を越えていた。しかし,そうしたなかでも,四国ではほぼ1であり,農業のウエイトの高い北海道(0.86倍),東北(0.75倍),九州(0.68倍)では,1を下回っていた。従って,地域別の雇用状況が,どの程度回復しているかどうかを,単純に有効求人倍率の水準でみることはあまり意味をもたない。そこでいま,有効求人倍率の過去のピーク期である48年10~12月期から,最近時点(54年1~3月期)にかけて,どの程度回復しているが,その度合をみてみよう。

第13-9図 製造業雇用人員の判断D.I.(過剰―不足)

これによると,大都市圏に属する東海の有効求人倍率は,1.22倍と全地域で最も高いものの,その回復率は,22%で全地域中,最低となっている( 第13-10図 )。また,同じく,大都市圏に属し,有効求人倍率の水準が,過去においてかなり高かった関東,近畿での回復率は,それぞれ28%,24%に過ぎない。これは,これらの地域での,鉱工業生産が,すでに,前回のピークを上回っている状況と比べてみても,極めて低いといえる。

第13-10図 地域別有効求人倍率の回復率

他方,北海道,東北,四国,九州での回復率は,50%を上回り,大都市圏に比べれば,雇用状況の回復度合は進んでいる。このように,今回の景気上昇の過程では,雇用面における大都市圏とその他の地域の間の格差は,縮小の方向にある。こうした雇用情勢の変化は,地域経済の再生にとって望ましい傾向ではある。

雇用市場は,高度成長期を通じて,製造業を主力として,著しく拡大してきた。しかし,石油ショック後の長期不況の過程で,産業間の労働力配置は,従来の高度成長期とは異なる雇用構造が形成されつつある。すなわち,製造業では,石油ショック後の生産減退のなかで,大規模な雇用調整が実施され,大量の離職者を生みだす事態まで迎えた。一方,第三次産業においては,企業や国民のニーズの多様化とともに,情報サービス,専門サービスなどの需要が伸び,また,対個人サービス部門でも,外食産業やスーパーの雇用吸収の拡大がみられた。

このように,石油ショック後は,それまでの第二次産業主導型の就業構造から第三次産業主導型の就業構造へ転換が進んでいる。しかし,こうした転換は,大都市圏を除いた地域においては,一定の限界があろう。大都市以外の地方都市においては,農業だけで地域の経済を支えていくことは不可能であり,これまで以上に地場産業の振興を図るとともに,地域経済に貢献する工業の導入が今後とも必要であろう。その際肝要なことは,これまでのような,農村婦女子労働力の確保を目的としたものではなく,地域経済の大きな担い手となる,男子労働力を雇用する工業導入が必要となろう。さらに,第三次産業部門においても,教育,文化,医療など,今後の需要動向からみて,社会的サービス関連部門の雇用拡大が期待されるが,地域経済が活力ある安定したものであるためには,そうした雇用創出も合わせて必要となろう。


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