昭和54年
年次経済報告
すぐれた適応力と新たな出発
昭和54年8月10日
経済企画庁
53年度の日本経済は,物価の安定が続くなかで底固い景気回復過程をたどり,雇用情勢も依然厳しい状態にあるものの改善の動きがみられた。こうしたなかで,家計のマインドも徐々に好転し,個人消費支出は堅調な伸びを示した。個人消費支出の推移を国民所得統計でみると,53年度は名目では前年度比9.5%増と,52年度の伸び(同10.8%増)を下回ったが,実質では,消費者物価の落着きから5.5%増と52年度(4.2%増)を上回る伸びを示した( 第12-1表 )。年度中の推移をみても,実質の季節調整済前期比で53年4~6月期1.3%増,7~9月期1.4%増,10~12月期1.9%増,54年1~3月期1.7%増と比較的高い伸びを続け,特に年度後半の伸びが目立っている。このような個人消費の堅調な動きは,物価の落着きと景気回復感の定着を反映した家計のマインドの好転や,買い換えを中心とした耐久消費財の好調などによるものと思われる。以下では,こうした家計の動向を世帯の種類別に検討してみよう。
まず,ウエイトの大きい勤労者世帯の消費支出(名目)をみると,52年度9.1%増のあと,53年度は4.9%増と大きく伸びが鈍化したが,実質では消費者物価の急速な落着きから,52年度2.2%増のあと,53年度は1.5%増と前年度をやや下回ったものの緩やかな増加を示した。年度中の推移を四半期別に実質ベースでみると,4~6月期,7~9月期とも前年同期比で0.7%増と小幅な伸びにとどまっていたが,年度後半に入り消費者物価が一段と落着いたこともあって伸びを高め,10~12月期1.3%増のあと54年1~3月期は3.2%増とかなり高い伸びを示した。これは,後述するように高所得層での消費が,顕著な伸びを示したことによる。
以上のような消費支出の動向を性格別にみると,次のような特徴が指摘できる( 第12-2表 )。第1は,自動車等関係費,外食を中心にレジャー関連支出が高い伸び(実質5.2%増)を示したことである。このことは,自動車の普及率の上昇とともに,レジャー志向が強いことを反映したものといえよう。第2は,生活必需的支出が実質で0.2%増と小幅な伸びにとどまったことである。これは,光熱費は大幅な実質増加を示したものの,食料費(外食を除く),家賃地代,設備修繕,教育などが実質減少となったためである。第3は,被服費が実質1.4%減と引続き減少したことである。これには,猛暑の影響もあって53年7~9月期が実質6.3%減と大きく減少したことが影響している。第4は,52年度に実質8.4%増と大幅に増加した家具什器が,同1.0%増と小幅な伸びにとどまったことである。これには53年4~6月期が家具・敷物の購入減などから,実質3.1%減と減少したことが影響している。
次に,勤労者世帯の所得の推移をみてみよう( 第12-3表 )。実収入(名目)の前年度比伸び率は52年度9.8%増のあと,53年度は6.3%増と前年度をかなり下回る伸びとなった。内訳をみると,「世帯主の定期収入」が残業時間の増加もあって7.4%増となり,前年度の伸びを下回ったものの,比較的堅調な伸びを示したのに対し,「世帯主の臨時・賞与」は支給率(定期収入のうち所定内部分に対する臨時・賞与の比率)が引続き低下したことから,4.1%増とベア率を下回る低い伸びとなった。また,52年度に20%以上の高い伸びを示した「妻の収入」および「他の世帯員収入」の伸び率が大きく鈍化し,特に「他の世帯員収入」が9.5%の大幅な減少を示したことが目立っている。このように,実収入が低い伸びとなったことに加え,税金や社会保障費などの非消費支出が引続き大幅な増加(前年度比15.4%増)を示したため,可処分所得は5.2%増と実収入の伸びを更に下回る伸びとなった。しかし,実質の可処分所得は,消費者物価の落着きを反映して前年度比1.7%増と52年度(同2.1%増)とほぼ同程度の伸びとなった。
以上のように,消費支出と可処分所得がほぼ同程度の伸びを示した結果,53年度の勤労者世帯の平均消費性向は77.3%と,ほぼ52年度(77.5%)と同水準となった。
ところで,平均消費性向とは可処分所得に対する消費支出の割合であり,それは可処分所得に対する貯蓄の割合(「家計調査」ではこれを黒字率と呼んでいる)と逆の動きとなる。そこで最近の黒字率の推移をみると( 第12-4図 ),インフレの進行による先行き不安や金融資産の目減りなどにより49年度にかなり上昇した後,50年度には低下したが,その後53年度までほぼ横這いで推移している。内訳をみると,金融資産(預・貯金,有価証券など)の割合が低下する一方で,契約貯蓄(生命保険料の支払いや借入金の返済など)の割合がかなりのテンポで上昇している。これは,生命保険料の増加もあるが,このところ土地・家屋のための借入金返済(いわゆる住宅ローン)が増加しているためである。
一方,52年度に停滞を示していた個人営業主などの一般世帯の消費支出(名目)は,53年度には前年度比6.9%増と52年度の伸び(5.8%増)を上回り,実質でも,52年度0.8%減のあと,3.4%増と比較的高い伸びを示した。年度中の推移を四半期別に実質ベースでみると,4~6月期には0.5%増と小幅の伸びにとどまっていたが,その後次第に伸びを高め,特に10~12月期には7.6%増と顕著な伸びを示した。次いで54年1~3月期には1.7%増と鈍化したが,引続き増加した。
世帯主の職業別に一般世帯の消費支出をみると( 第12-5表 ),個人営業世帯は実質で前年度比3.2%増,法人経営者同4.5%増,自由業者同5.5%増といずれも伸びを高めており,特に個人営業世帯のうち個人経営者世帯は同12.2%増と顕著な伸びを示している。
次に,性格別消費支出の動向をみると( 第12-6表 ),勤労者世帯と同様に,生活必需的支出が小幅な伸び(実質,前年度比0.1%増)となっているのに対し,レジャー関連支出(同6.4%増)は高い伸びを示している。また,勤労者世帯では低調であった被服費(同6.9%増)が高い伸びを示したほか,前年度伸び悩んだ家具什器支出が同18.0%増と大幅な増加となるなど,随意性の強いものが増加していることが特徴的である。
このように一般世帯の消費支出が比較的好調となったのは,本報告(第1部第1章第3節)でみたように,中小企業の経営環境の好転を反映したものとみられる。
53年度における農家世帯の家計動向を農林水産省「農家経済調査」でみると,農家所得は前年度比6.5%増と52年度の伸び(8.8%増)を下回った。これは,農業所得が前年度の伸びを上回ったものの,農外所得の伸びが鈍化したためである。農業所得は,前年度比3.5%増と小幅な伸びなから,52年度の伸び(1.5%増)を上回った。これは,農業粗収益が稲作収入の減少や鶏卵,豚収入の減少から前年度比3.7%増と小幅な伸びにとどまったものの,農業経営費が輸入原材料の値下りを反映した生産資材価格の低落により,前年度比4.0%増と52年度の伸びをかなり下回ったためである。一方,農家所得の約7割を占める農外所得は,賃金の上昇率が鈍化したことから,前年度比7.7%増と52年度の伸び(12.2%増)をかなり下回った。
このように農家所得の伸びが鈍化したことから,農家所得に「出稼ぎ被贈扶助等の収入」を加えた農家総所得は,前年度比7.4%増,また,農家総所得から租税公課諸負担額を差引いた可処分所得は,同6.6%増といずれも前年度の伸びを下回った。
以上のような所得の伸びの鈍化を背景に,農家世帯の家計費現金支出は前年度比6.7%増と52年度の伸び(10.8%増)をかなり下回った。しかし,物価が一段と落着いたことを反映して,実質ではやや伸びを高めている。農家の生活資材の購入価格をみると,いずれの費目も上昇率が低下し,全体では2.8%の上昇と前年度の上昇率(7.0%)を大きく上回った。この結果,実質家計費現金支出は,前年度比で52年度3.6%増のあと,53年度は3.8%増と引続き堅調な伸びを示した。内訳をみると,前年度減少した被服費,家財家具が持直したほか,各費目とも増加しており,特に光熱水道料は高い伸びを示した( 第12-7表 )。
前述したように53年度の勤労者世帯の収入および消費支出は緩やかな伸びにとどまったが,以下では,所得階層別にみて収入および消費動向にどのような相違があったかをみてみよう。
勤労者世帯の実収入を年間収入5分位階級別にみると( 第12-8図 ),52年度は階層別の伸び率の差はあまりなかったが,53年度はかなりの伸び率格差がみられた。すなわち,低所得層である第I分位が,実質で前年度比0.7%減と伸び悩んだのに対し,所得の高い階層ほど伸びが大きく,なかでも最も高所得層である第V分位は同5.8%増と高い伸びを示し,名目でも52年度の伸びをやや上回った。また,実収入から税金,社会保障費を差引いた可処分所得の伸びも同様な動きがみられるなど階層間所得格差は拡大した。
このように収入の伸びに階層間格差が生じたのは,主として世帯主収入の伸びの違いによるものである。世帯主の定期収入(実質)をみると,第I分位がほぼ横ばいにとどまったのに対し,第II~IV分位は2~4%増,第V分位は6.2%増と高所得層ほど伸びが高く,また,同臨時・賞与(実質)も第I~IV分位が減少したのに対し,第V分位は賞与の大幅増加により高い伸びを示した( 第12-9表 )。
ところで,実収入に占める世帯主収入のウエイトをみると,第I分位の88.8%から第V分位76.8%へと高所得層ほど小さくなり,一方,妻の収入のウエイトはその逆となっている。また,他の世帯員収入のウエイトも概ね高所得層ほど大きい。これは,概して高所得層ほど世帯主の年齢が高く,妻,他の世帯員の就業が多いためである。
所得階層別に消費支出の動向をみると,52年度は低所得層ほど伸びが高かったのに対し,53年度は高所得層である第V分位が比較的高い伸びを示したほかは,各階層とも伸び悩み,特に第II分位は実質減少となるなど,階層間の伸びにバラツキがみられた( 第12-8図 )。なお,第V分位の年度間の推移をみると,年度前半は小幅な伸びであったが,後半に入り伸びを高め,特に54年~1~3月期は前年同期比で実質9.6%増と顕著な増加となったのが目立つ。このように高所得層で消費が伸びたのは,前述したように高所得層の所得の伸びが高かったためである。
次に,所得階層別消費支出の動向を性格別にみると,次のような特徴があげられる。①第V分位をはじめ,各階層ともレジャー関連支出が伸びており,所得水準にかかわらずレジャー志向が強いことがうかがえる。②生活必需的支出が低所得層で減少したのに対し,高所得層(第V分位)で増加した(これには,仕送り金などの増加が寄与しているてと,③彼服費が第I分位以外の各層で減少したこと,④消費支出に占める構成比をみると,高所得層ほど生活必需的支出の占めるウエイトが小さく,レジャー関連支出,被服費など随意的性格の強いもののウエイトが大きいことなどである( 第12-10表 )。
勤労者世帯の消費性向が,所得の伸びの鈍化,物価の落着きにもかかわらず上昇しない一つの要因として土地,家屋購入のための借入金返済の増加があることは本報告(第1部,第1章第3節)で述べたとおりである。そこで,以下では,勤労者世帯のうち,土地,家屋のための借入金を返済している世帯(以下「住宅ローン返済世帯」とよぶ)の53年における家計動向を,住宅ローン返済世帯以外の勤労者世帯(以下「その他世帯」とよぶ)と対比してみよう( 第12-11表 )。
まず,収入をみると,住宅ローン返済世帯は実収入で36.1%,可処分所得で32.5%,その他世帯の水準を上回り,住宅ローン返済世帯の所得水準はその他世帯に比べてかなり高い。これは世帯主収入のほか,妻の収入,他の世帯員収入などいずれもその他世帯よりも高い水準となっているためである。なお,実収入に占める構成比をみると,住宅ローン返済世帯では特に妻の収入の占めるウエイトが大きいことが目立っている。
次に消費支出についてみると,所得水準の高いことを反映して,住宅ローン返済世帯の消費支出の水準は,その他世帯の消費支出の水準を17.1%上回っている。
消費支出の性格別内訳を消費支出に占める構成比でみると,住宅ローン返済世帯では,その他世帯に比べ,生活必需的支出の割合が低く,レジャー関連支出の割合が高くなっている。これは,家賃・地代負担の少ないことや,外食を除く食料費支出の割合が低い一方で,教養娯楽,交際費,自動車等関係費などの割合が高いためである。また,家具什器,被服費の割合も高い。このように住宅ローン返済世済の消費は,その他世帯に比べ,消費水準そのものが高いことと合わせ,その内容も随意性の強いものの割合が高い。
一方,消費性向をみると,住宅ローン返済の負担が大きいことが影響して,70.3%とその他世帯(79.5%)を大きく下回っている。このように,所得,消費支出の水準の高い住宅ローン返済世帯の消費性向の低いことが,勤労者世帯全体の消費性向を引下げる要因となっている。
最近の消費動向の特徴の一つとして,光熱費,ガソリンなどエネルギー関連支出の増大があげられる( 第12-12図 )。
全国・全世帯の光熱費(実質)をみると,石油危機後の49年度はほぼ横ばいとなったが,その後は堅調に増加し,他の生活必需的支出が低い伸びとなっているなかで,53年度は前年度比6.4%増と,大幅な増加を示した。このうち,主要品目をみると,電気代11.1%増,ガス代3.1%増,灯油2.4%増,プロパンガス4.4%増といずれも消費支出全体の伸び(2.1%増)を上回る伸びを示し,特に電気代の増加が著しい。
また,ガソリン(雑費のうちの自動車等関係費に含まれる)も,49年度に落込んだあと,50年度以降は高い伸びを続け,53年度も実質21.1%増と大幅に増加した。
このようなエネルギー関連支出の増大には,53年夏の猛暑といった天候要因やエネルギー価格の安定という要因があるが,人々の快適で便利な生活を求める欲求が強く,自動車やクーラーなどの耐久消費財の普及率が上昇している( 第12-13図 )ことも一つの要因となっていると考えられる。