昭和54年
年次経済報告
すぐれた適応力と新たな出発
昭和54年8月10日
経済企画庁
53年度の労働経済をふりかえってみると,次の通り要約できる。まず,就業者数は,前年度比69万人の増加となり,そのうち女子が50万人と引続き大幅な増加を示した。一方,労働力人口は,就業者を上回る増加となったため,完全失業者数は122万人,完全失業率は2.2%と,いずれも30年代後半からの高度成長期以降,最も高い水準となり,非常に厳しい姿となった。しかし,年度中の動きをみると,雇用情勢にも,53年度初来改善のきざしがみられ,それが緩やかながらも次第に拡がり,年度後半になって,ようやく完全失業率も低下しはじめた。
また,賃金の動きをみると,53年の春季賃上げ率は,5.9%と前年より低い伸びにとどまり,賞与の伸びも低いものとなったが,残業時間の増加による所定外給与の増加に加えて,物価の急速な落ち着きにより,実質賃金の伸びは52年度に比べて高まる結果となった。そして,これが53年度末にかけての勤労者世帯の消費堅調の要因として働いた。
以下では,このような53年度の労働経済の動きを49年度以降の雇用調整の流れをも含めてみることとする。
48年末の石油危機による大幅な生産減少により製造業事業所は大規模な雇用調整の実施を余儀なくされ,49年後半から50年前半にかけて離職者が大幅に増加した( 第11-1表 )。一方,生産は50年から増加に転じたが,それまでの生産の減少に対応した人員面での調整の遅れから,引続き製造業における雇用の減少は続いた。
こうした初期における雇用調整は,臨時,日雇,パートタイマーといった縁辺労働的色彩の濃い労働者層が主な対象であったために,大量の離職者発生にもかかわらずその多くは非労働力化した。
その後52年から53年上期にかけて再び雇用調整による離職者が増加した。これは,短期的には52年における生産の停滞によるが,むしろ,本報告でみたように低成長下で適応をめざす企業の減量経営によるものである。
こうした52年度以降の雇用調整の内容をみてみると,比較的高齢で勤続年数の長いものが多く( 第11-2図 ),男女別には男子のウエイトが増している。また,製造業の就業者数の増減を職種別にみると,男子の生産労働者は依然減少しているが,専門的技術的職業や管理的職業でも減少している(「労働力調査」)。また,30人以上の比較的大きな規模の事業所の雇用動向をあらわず「毎月勤労統計」によっても( 第11-3図 ),52年以降の雇用の減少には,男子生産労働者の減少が引続き大きいが,男子管理・事務・技術労働者の減少の寄与が高まっていることがよみとれる。これは,生産労働者の減少によって急速に高まった直間比率(間接部門/直接部門)を是正する動きであり,これによってこのところ直間比率も上げ止まる動きとなっている。
こうした事実は,企業にとって中核的な構成員にも雇用調整が波及したことを示しており,初期の雇用調整とはその対象とする労働者層に大きな違いがみられる。
もっとも,このような雇用調整は一部業種を除き,53年上期にはほぼ終了した。しかし,この52年度における雇用調整が,53年度に入って,多くの雇用関連指標が上向くなかで,失業者が増加する原因となり,かつ,この雇用調整の性格が,以下でみるような失業の内容も厳しいものとした。
以上のように,雇用調整が53年前半に山を越したため,51年度後半以降悪化をだどっていた,一般労働市場における労働需給も,53年度に入り,緩やかに改善傾向を示し続けた。
まず,労働需要の動きをみると( 第11-4表 ),新規求人数は,52年10~12月期に下げ止まった後,増加に転じており,53年度合計では,52年度の前年度比10.0%減から同11.8%増となった。これを産業別にみると,どの産業でも増加となっているが,建設業の求人は公共投資の大幅な伸びにより,52年度に引続き増加しており,53年度前半の求人全体の伸びを支えた。一方,製造業では,前年度は生産の増加が一服したため,求人が減少したが,生産が回復するに伴ない,緩やかな増加から次第に伸びを高めてきている。また,規模別にみると,52年度はすべての規模で減少になったが,年度後半から,小規模事業所で求人の増加がみられ,53年度に入ってからは,この動きがより大規模な事業所へと拡がり,年度後半になると1,000人以上の規模でも,前年度比増加となってきている。さらに,雇用形態別にみると,前年度には,減少幅の大きかった常用雇用が,逆に臨時・季節雇用を上回って増加した。
このように,最近の求人の動向をみると,企業の慎重な雇用態度を反映して,52年度には減少幅の大きかった,製造業,大企業,常用でいずれも求人が増加となっており,求人増加の足取りの確からしさを増している。
次に,供給の側である新規求職者の動きをみると,前述のような雇用調整の一巡により,前年度比2.9%の減少となった。
さらに,年齢別に有効求職老の動きをみると,44歳以下では,前年度比減少となっているが,45歳以上では逆に前年度の増加を上回る増加となっている。これは離職した人々のうち,比較的若い層では,労働需要の回復に伴ない再就職できたものが多かったとみられる一方,中高年齢層にとっては,再就職が容易でなく,失業期間が長期化していることによろう。もっとも,中高年齢者の有効求職も年度中には増加テンポが鈍化してきている。最近の男子の高年齢者の労働力率低下の動きからみて,このような,有効求職の伸びの鈍化の一因には,労働市場からの引退も含まれていよう。
以上のような,求人求職の動きにより,新規求人倍率は0.96倍と前年度の0.83倍を上回ることとなった。また,全般的な労働需給をあらわす有効求人倍率も,年度平均で0.59倍と前年度を若干上まわり,最近(54年4~6月期)では,0.69倍にまで回復してきている。
このように,労働需給の改善が緩やかに進む一方,失業者数は,前年度比9万人の増加(同8.0%増)となった。この内訳をみると,男子失業者では中高年齢者,及び世帯主の増加が目立った。これは,前述の雇用調整が基幹的な労働者に及んでいたためであるが,それらは世帯にとって,中心的な所得稼得者であるという点を考えると,53年度の失業情勢は,厳しい内容であったと言える。
また,女子の失業者は52年度に続きかなり増加したが,これは本報告 第II-3-17図 にみたように,主に,「主にする仕事を希望する」失業者(その2/3は離職者)の増加であることから,女子の失業者の増加も52年度以降の雇用調整の影響を受けているものとみられる。
しかし,年度中の動きをみると,前半は,月を追って,失業率は上昇をたどったが,10~12月期以降は,特に男子を中心として,低下を示している。これは,52年度後半の雇用調整の波が,一巡し,失業者発生の主因である雇用調整による離職者数が減少しはじめたことが大きな要因となっている。雇用保険の初回受給者数をみると( 第11-5図 ),7~9月期には既に前年同期比で減少してきており,これが失業者数を減少させる動きにつながったものといえる。
一方,女子失業者数は「主にする仕事を希望する」老を中心に減少したがその減少テンポが緩やかである。これは主として有配偶者の労働力率の高まりから,「かたわらにする仕事を希望する」いわゆる縁辺労働力の失業者数が減少を示さなかったことによる。
就業者の動向をみると,52年度にみられた特徴とほぼ同様の傾向がみられた。すなわち,自営業主,家族従業者の伸びが雇用者に比べて高く,また,女子は雇用者の伸びも高いという特徴がみられ,女子の就業増が男子のそれを上回っている。
産業別に就業者数の動向の特徴をみると( 第11-6図 ),まず,農林業就業者数がほとんど減少しなかったことがあげられる。これは,全般的に労働需要が鎮静化し,賃金の伸びも低く,農林業から他産業ヘ転する誘因が乏しくなっているためである。また,建設業は,公共事業による求人の増加が,就業増に結びつき,53年度は伸びを高める結果となった。その他,卸・小売業やサービス業でも,需要の増大を反映し,女子を中心として引続き増加している。一方,製造業では,女子は生産の増加に対応して51年度より増加を続けたが,男子は引続き減少している。
次に規模別の雇用者の動きをみると( 第11-7図 )500人以上規模では,減少傾向は,依然続いている。一方,500人未満の規模では規模の小さい企業ほど雇用者の増加が著しくなっている。また,雇用形態別にみると( 第11-8図 ),常用雇用は景気後退期にもほとんど減少しなかったが,臨時,日雇は減少した。その後,景気の回復局面にあっては,常用雇用はあまり伸びず,特に男子の常用雇用は52年度の景気の中だるみ期にむしろ減少となったのに対し,臨時,日雇は女子を中心として非常に高い伸びを示している。
以上の諸特徴は,本報告でも述べたとおり,石油危機以降の期待成長率の低下に伴ない,雇用調整する際のコストの高い男子常用雇用など基幹的な労働者層を減らし,生産(需要)増加に対する,労働面での対応としては残業時間や女子を中心とした臨時,日雇雇用など,コストの低いもので対応する行動様式を企業がとっているものとみられる。
今回の景気回復下では,前述のように残業時間(所定外労働時間)の増加が企業の労働面での対応として大きなウエイトを占めている。そこで,これまでの残業時間(製造業)の推移をふり返ってみると,48年7~9月期以降50年4~6月期まで大幅な減少を続けた後増加に転じ,52年1~3月期まで増加した。その後,4~6月期,7~9月期と生産増加の低迷を反映して2四半期続けて減少したが,以後,生産の回復に伴ない再び増加しはじめ,現在(54年4~6月期)もなお増加が続いている。
第11-9図 は生産と残業時間の増加率の相関をみたものであるが,51年以降この両者は極めて高い相関関係にあり,最近に至ってもこの傾向に変化はみられない。また,残業時間の水準をみても,54年4~6月期には48年のピークの約89%にまで回復している。造船,鉄鋼等残業時間の水準のまた低い業種があることを考慮すれば,この水準はかなり高いものと評価でき,企業の残業時間志向の強さを物語っている。
一方,所定内労働時間は,労働需給の緩和に伴ない50年以降ほとんど変化していない。製造業の週所定労働時間(労働者1人平均)は50年の41.35時間に対し53年も41.32時間とほぼ同水準にある。これは,高度成長下では労働需給の逼迫を背景として週休2日制・時間短縮といった労働条件改善の一環としで週所定労働時間の減少が進行したが,50年以降こうした背景がなくなったことに加え,企業が現有の労働力を有効に活用しようとする行動のあらわれといえる。
53年における民間主要企業の春季賃上げ率は,緩和した労働需給を背景として5.9%と前年よりもさらに低下し,昭和33年以来の低い伸びとなった。しかし,景気が中だるみから脱出するにつれて,所定外労働時間も増加していったため,所定外給与を含めた53年度の定期給与(毎月勤労統計,調査産業計)は6.5%の伸びとなった。
一方,特別給与は,前年度における収益の低迷を反映して4.9%増と前年度(6.9%増)に続き低い伸びにとどまったため,現金給与総額は5.9%という小幅な伸びとなった。しかし,消費者物価が急速に落ち着きはじめたため,賃金の購買力を示す実質賃金は2.4%増と,前年度(同1.3%増)より若干伸びを高めた。
産業別の定期給与の動きをみると( 第11-10表 ),建設業,サービス業,金融・保険業で平均を上回る伸びとなっている一方,運輸・通信業,卸・小売業,製造業では,平均の伸びを下回っており,産業間の定期給与の伸びに格差がみられる。これは,53年春の産業間の賃上げ率の分散が拡大していたためである。なお,建設業において,比較的伸びが高いのは,公共事業等による仕事量の増加から,建設労働者の出勤日数が増加したことも一因として働いた。
また,製造業の規模別の給与の動きをみると,所定外労働時間の伸びが,中小規模で高かったこと,特別給与の伸びが大企業で低かったことから,現金給与総額は,中小規模ほど伸びが高くなり,規模間の格差は前年に比べて縮小する結果となった。
なお,本報告でみたように54年春の主要企業の賃上げ率は6.0%と53年度とほぼ同率となった。
前述のように,企業の雇用調整は,53年前半でほぼ一巡したといえるが,今後は人員面の調整から,賃金体系の変更など,賃金面での調整に重点が移ってゆくものとみられる。そこで,以下では賃金面での最近の動きを追ってみる。
石油危機以来,企業(特に,製造業,大企業)は,厳しい入職抑制を一貫してとり続けている。この結果企業内の労働者構成は一層高年齢化しており,賃金の高い中高年齢層にかかる人件費の抑制が企業にとってひとつの課題となってきている。これを当庁「安定成長への適応を進める企業の行動に関する調査」(54年1月実施)によってみると,このような人件費の調整を「実施」または「検討」している大企業は,約6割にのぼっている。その内容をみると,「すでに実施した」企業では人べらし等の量的な面による調整が主であるのに対して「検討中」の企業では,むしろ,賃金体系の変更,あるいは選択定年制の導入などの質的な調整により対応しようとしている( 第11-11図 )。
では,このような動きがこれまで実際にどのように進行しているかをみると,50年以降,全体としての賃上げ率が鈍化する中で,企業は生計費のかさむ中高年齢層にむしろ厚く賃金の配分を行なってきている( 第11-12表 )。しかし,これまで男子の年齢別の賃金は50~54歳層で最も高くなっていたが,53年には45~49歳層が最も高くなった。また,大企業においては45~49歳層と50~54歳層の賃金がほぼ並んできている。こうしたことからも,年齢別賃金構造の変化の兆しがみられる。