昭和54年
年次経済報告
すぐれた適応力と新たな出発
昭和54年8月10日
経済企画庁
53年度の日本経済は,国内需要は着実に回復し,大幅な国際収支の黒字が減り,内外均衡が改善した年であった。年度後半には卸売物価の上昇,エネルギー問題などの新しい問題が生したことから,金融政策はそれまでの緩和政策から緩和の行過ぎを是正する方向の運営に転じた( 第9-1表 )。以下この間の動きをやや詳してみてみよう。
53年度の金融政策の主な目標は物価の上昇を抑えなから景気を着実に回復させることにあったが,このため年初以来引き続いて金融緩和が一段と進められた。公定歩合は53年3月16日に3.5%引下げられ,終戦直後の混乱期を除き戦後最低水準で推移した。また,長期貸出最優遇金利も同月末に引下げられた。こうした動きに追随して市中貸出金利も引下げられ,全国銀行貸出約定平均金利は52年4月以降急速に低下し,53年12月には6%台を割り,その後も既往最低水準を更新しつづけ,54年3月末には5.872%となった( 第9-2図 )。このように金利面での緩和が進展する一方,量的側面からも引続き日本銀行は窓口指導において,各行の自主的貸出計画を尊重するよう運営することとした。金融機関の融資態度が弾力的であったのに対し,企業の資金需要が引続き沈静していたことから,金融機関の貸出は総じて低調であった。マネーサプライの伸びも年間を通じて12%前後で推移し,比較的落ち着いた動きを示した。
こうしたなかで,52年度以降円高の影響等から低下を続けていた卸売物価が53年11月以降上昇に転じたことから,日本銀行は54年1~3月以降都市銀行等に対する窓口指導を強めるとともに,54年4月に至りほぼ4年ぶりに公定歩合を引上げた。
一方,公社債市場では長びく金融緩和,国債の大量発行という環境の下で市場の弾力化・自由化の動きが一層進展した。すなわち52年初以降開始された金融機関保有国債の市中売却の自由化に加えて,53年1月以降の資金運用部保有国債の対市中売却および53年6月以降の日本銀行の債券売買オペレーションについて公募入札方式が採用された。また,新中期債の発行についても公募入札方式が採用されるなど,金利の自由化・弾力化も進んでいる。他方,短期金融市場についても,53年6月に日本銀行がコール,手形レートの弾力化方針を発表して以来,54年4月にはコールレートの建値制が廃止され,5月にはCD(自由金利を原則とする譲渡性預金)が発行されるなど,短期金利の弾力化,自由化も一層進展した。こうしたなかで,金利の先高感などから長期国債の流通利回りと応募利回りとの乖離が大きくなったため54年3月に偵券の発行条件が改定された。
53年度の金融市場は52年度を大幅に上回る資金不足となったものの,金融緩和政策が推進されたことから総じて穏やかに推移したが,54年に至り引締まり気味となった。
53年度の資金需給実績( 第9-3表 )をみると,53年度の資金不足幅は14,590億円と前年度を大幅に上回った。これは前年度と比較して銀行券の発行超幅が5,183億円上回ったうえに,財政資金の払超幅が2,592億円縮小したことによる。まず銀行券の動きをみると( 第9-4図 ),年度間の平均発行残高の前年度比伸び率は52年度8.6%増のあと,53年度は10.7%増と高まった。これは個人所得が景気の回復につれて伸びたことから,個人消費支出が好調であったことによるところが大きい。次に財政資金の払超幅が縮小したのは,一般財政が大幅払超となったものの,国債が大量に発行されたこと,および外為資金の払超幅が縮小したことによる。これをやや詳しく見ると一般財政の払超幅が前年度大幅に上回ったのは,地方交付金,資金運用部資金,公共事業等の支出が大きかったことによるが,このように,財政支出は歳入の伸び悩むながで景気の牽引車としてその規模の増大が図られたため,前年度を上回る大量の国債が発行された。53年度中の国債の総発行額は10兆6,740億円と52年度の9兆5,612億円(いずれも収入金ベース)を大きく上回っている。また外為資金は54年に入って経常収支の赤字,円安を背景に揚超に転じたが,年度間を通してみれぼその散超幅は大幅に縮小した。この結果,財政資金は3,503億円の払超となった(52年度同6,095億円)。以上のような金融市場の動きに対して日本銀行は,資金不足月には貸出の増加や債券手形の買入で,また資金余剰月には貸出の回収や買入手形の期日落ちにより調節した。こうした資金の動きの中で,手形転売レートの自由化,コール・レートの自由化等の弾力化措置がとられたことから,短期市場金利は季節的な繁閑に対して弾力的に変動したが,コール・レート(無条件物の出し手レート)は年度内ほぼ低水準横ばいに推移した。54年に入ってからは公定歩合の影響などから上昇傾向となっている。この間,コール手形市場資金残高の合計(月中平残)は拡大基調を続けた( 第9-2図 )。これは国債の大量発行により金融機関の業態間における資金偏在傾向が強まったことも一因とみられる。すなわち,国債引受シェアの高い都市銀行(資金の取り手)はボジションが大幅に悪化したのに対し,相互銀行,信用金庫,農林系金融機関等の余資金融機関(資金の出し手)では相対的に国債引受負担が小さいうえに預金の伸び,財政支払が順調であった一方で貸出しが引続き伸び悩んだことなどから余裕資金を短期金融市場で積極的に運用したからである( 第9-5図 )。
53年度中の企業金融の動向をみると,金融緩和が進展するなかで,企業の資金需要は一層鎮静化の度合を深めた。企業の設備・在庫投資は本報告(第1章第4節2)でみたように,設備投資は低水準なからやや増加したものの,在庫が減少に転じ,さらに利益の回復を背景に内部資金がかなりの増加を示したことから4~6月には貯蓄超過となっている。このため企業の借入需要が停滞しただけでなく,借入金を返済する動きが広まった( 第9-6図 )。大企業では特に長期借入金の返済の動きが目立っているが,これは,設備投資を自己資金でまかなったうえに,長びく金利の低下局面で長期金利が相対的に割高感を増したため,企業の借入金選好が短期資金にシフトしたものと考えられる。このように減量経営の一環として金利負担の軽減を図る態度は,他方で企業の金融資産運用面では,現先市場での資金運用の拡大にみられるように金利選好の強化となって現れている。広義の手元流動性(現預金+短期保有有価証券)の売上高に対する比率をみると,引締め緩和後の50年から51年にかけて上昇したあと,51年々央以降やや低下したが,51年度末を底に再び上昇に転じ,水準を高めている。しかし,その内訳をみると,現預金の売上高に対する比率は全産業では横ばい,製造業ではむしろ低下しており,上昇は主として短期保有有価証券(半分近くは現先市場運用とみられる)の保有増によるものであった。企業が現頂金の増加を抑制し,現先運用を増やしたのは,後者の方が運用利回りの点からみて有利だからであるが現先利回りは過去一貫して預金金利を上回っていたことを見ると,最近,現先運用へのシフトが増大したことには他の理由があると思われる( 第9-7図 )。
そこで,企業にとって現預金の保有がどのような役割を果たしているかをみると,①日々の商取引を決済する,②予期しない事態に備える,③取引金融機関との関係を密にして将来の借入を円滑にする,という機能がある。①と②については,ほぼ売上高の増大に比例して手元資金保有が高まると考えられるため,ここでは③に注目して売上高現預金比率をいくつかの要因に分解してみる( 第9-8図 )。前述したように,製造業の売上高現預金比率は金融緩和直後の50年10~12月期をピークとして低下を続けているが,その内訳をみると,預金の歩留り率と借入依存度がほぼ横ばいであるのに対し,資産の回転期間がこの間一貫して低下している。このことは,金融緩和の長期化により金融機関の貸出態度が積極化したことから企業の借入アベイラビリティが高まる一方,実物投資が低迷し,また急激な増加が見込めないことから,企業は,③の意味での現預金保有をする必要がなくなったことを意味している。
こうして,手元に積み上った余裕資金が有利な運用先を求めて現先市場ヘシフトしたものと考えられる。なお,こういった実物資産の減少に見合った現預金保有の減少という動きが製造業のほとんどの業種でみられたのが,今回の金融緩和局面の特徴であった( 第9-9図 )。
53年度の金融機関の預貸動向をみると,企業金融が緩和傾向を強めるなかで,各金融機関は中小企業及び個人取引の拡大をはかったが,預金は好調であったものの貸出は前年に引続いて低調な推移を示した。まず,預金についてみると,法人預金は企業が手元の圧縮あるいは短期有価証券保有などを行ったことから総じて不振であった。個人預金は,個人所得の増加を背景に伸びを高めた。また,公金預金は公共事業の積極的推進などを背景に堅調に推移した。この結果,全国銀行の実質預金残高(未残)の前年度比伸び率は52年度11.6%増のあと53年度は13.0%増となった。
一方,貸出状況をみると,全国銀行貸出残高(未残)の前年度比伸び率は52年度9.4%増のあと53年度も9.5%増と1桁台の増加にとどまり,年央以降,中堅・中小企業の資金需要を背景に相互銀行・信用金庫等では伸びがやや高まったものの,年間を通じて貸出の伸びは低調であった( 第9-10図 )。これは,第1に企業の資金需要が中堅・中小企業においては底固い動きを示したものの,大企業では鎮静化傾向を強めたこと,第2に減量経営の観点から借人抑制や惜入返済を行ったこと,などによる。このため,各金融機関とも中堅・中小企業に対して積極的な貸出姿勢をとる一方,住宅ローンなど個人向貸出にも注力した。従来大企業向け貸出が中心であった都市銀行でも,中堅・中小企業などの新たな融資先のシェアを高め,個人向けについても根強い住宅需要を背景に住宅ローンは伸びが増加している( 第9-11図 )。都市銀行,相互銀行の業種別貸出の状況を前年同期比増加寄与度でみると,両業態とも製造業向けは著しく低下し,個人,サービス業,不動産業の寄与度は漸次上昇してきている。また相互銀行の卸小売業の増加も目立っている( 第9-12図 )。
53年度の公社債市場はこれまで続いてきた金利の低下が反転し,上昇に向かうという大きな変換点を迎えた。すなわち,前年に引続いて大量の国債が発行されるなかで,年央以降それまで低下を続けてきた長期債流通利回りが金利の底入れ感の抬頭とともに上昇に転じ,年末以降インフレ懸念や金利先高不安,原油供給不安などの先行き不透明感から市況は軟化の一途をたどった。こうして,応募者利回りと流通利回りとの乖離が拡大し,新発債の消化難が目立ち,54年3月に至り発行条件が引上げられることとなった。53年度の公社債市場の特徴をあげると第1は国債を中心として発行規模,売買高ともに拡大したこと,第2は公募入札方式の採用など市場の価格機能を生かした発行方式が定着しつつあること,第3は新しく中期債(2年物・3年物利付国債)が加わり,債券の種類や期間の多様化が進んだこと,第4は円建外債,転換社債の発行が著増したこと,などである。
まず,起債市場をみると,公募公社債の発行額は,事業債が伸び悩んだものの,国債を中心とする公共債の大量発行に加え円建外債が大幅に増加したことから,総額15兆2,887億円と前年度比13.2%増加した( 後記付注 参照)。国債の発行額は,利付債,割引債合計で10兆7,921億円と前年度比11.3%増(額面ベース)となった。このうち3年物利付国債(1兆14億円)は,円滑な市中消化を図るため公募入札方式により発行された。円建外債は,国内金利水準の低下によって市場環境が好転じたことおよび円建債券に対する非居住者の買需要が強まったことなどから発行額が急増した(51年度620億円,52年度4,540億円,53年度6,570億円)。民間債の発行額は,資金需要が依然として低迷を続けたものの,転換社債が金利低下を背景に大幅にふえ,前年度比13.3%増加した。これら債券の消化地合いは,年初好調であったものの,年央以降債券市況の軟化から消化は月を追って困難の度を加えた。一方,金融債の発行は借入需要の低迷状況を反映して,純増額ベースでは3年連続の減少となった。
次に,流通市場をみると,債券売買高は53年度中206兆円と前年比約1.5倍の増加となった。なかでも,国債の売買高は前年比3倍強の伸びとなり,シェアも金融債を抜いて第1位となった( 第9-13図 )。こうした売買高の急拡大の要因として,①資金需要の低迷から余資を抱えた農林系金融機関,事業法人などが債券投資を積極化したこと,②大量の国債を引受けている都銀,地銀などの債券売却が活発化したこと,③事業法人,官庁共済組合,一部金融機関などが資金運用の効率化を狙って現先売買等,短期の債券運用を活発化させたことなどがあげられる。
公社債市場の利回りをみると,長期債利回りは年初堅調に推移したあと,金利下げ止まり感の高まりとともに市況は軟化し,新発債利回りとの乖離現象が生ずるに至った。資金運用部の国債買入れなどにより10月に反発をみたものの,12月以降売り急ぎ買い見送りのなかで市況が暴落を続けたことから,54年に入って発行条件の引上げが2回(3月債,5月債,ただし利付国債については4月債より)行われた。他方,現先市場は,54年3月末の売買残高が前年同月比25.6%増の4兆9,226億円となり,市場規模は一層拡大した。この間レートほぼ堅調に推移し,長期債金利と対照的な動きを示した( 第9-14表 )。これには,資金需要の低迷による事業法人などの余資増大や,金利底入れ感から機関投資家が長期債を敬遠,短期運用に力を入れたことが大きく影響した。機関投資家別の残高をみると,資金運用側では事業法人の買い残高が増加し,資金調達側では証券会社の売り残高が全体の6割強を占めている。
他方株式市場では,53年々初円レートの高騰が懸念されたものの,金融緩和感のなかで余資機関投資家が株式の運用姿勢を強めたため需給は好転し,年度間を通じて上昇基調をたどった。53年々初から4月頃までは活況に推移したが,信用取引規制の実施,円レートの高値更新などからその後見送り気分が強まり一時軟調に推移した。6,7月には信用規制の緩和や外人買いなどから続伸した。8月には円相場の急騰から一時下落したものの,9月以降事業法人,投資信託の買いなどから騰勢を強めた。その後54年に入り,年初は引続いて活況に推移したが(1月31日史上最高値),2月以降金融の量的抑制方針,原油価格引上げ等の懸念材料から急反落に転じた。しかし,4月後半以降は,資源エネルギー関連株を中心に強含みの相場となっている。
51~53年における金融緩和政策は,物価の安定と景気の拡大傾向の定着という二つの目標を要請されたものであった。経済が内需を中心に盛り上りを見せ始める一方で物価が騰勢を強めていることから,通貨供給量などの適正な管理が一層重要となっている。50年度以降,大量の国債発行が続くなかで,マネーサプライにおける対政府信用要因が高まっているが,今後もこうした事態が続くとすれば,従来のような窓口指導等を通する対民間信用のマネーサプライ管理だけでは通貨供給量全体の管理は難しくなる可能性もある。こうしたなかで,民間資金需要が回復してくれば,対政府信用との競合も生じかねない。また,国債を大量に引受けしている金融機関のポジション悪化から,国債の売り圧力が強まっており,新発債の消化にも問題が生じかねない。今後とも財政の再建を進め極力国債の発行額を抑制しつつ,公共部門の資金不足の安定的なファイナンスと適正なマネーサプライ管理を両立させていくためには,①金利の弾力化を推進し,可能な範囲で金利機能の一層の活用を図る一方,②国債管理政策の面でも発行条件の弾力的決定,種類および期間の多様化および流通市場の一層の整備等を図ることが重要であろう。