昭和54年
年次経済報告
すぐれた適応力と新たな出発
昭和54年8月10日
経済企画庁
51年度以降の企業収益の動向をみると,51年度にみられた売上高の伸び率の高まりも,52年度に入ると再び伸び悩みをみせ,収益の回復もはかばかしく進まなかった。しかし,53年度上期には売上げは引続いて伸び悩んだものの,それまでの減量経営への努力の効果があらわれ大幅な増益を示し,さらに下期には輸出は落ち込んだが,内需の盛り上がりから売上げの伸び率は3期ぶりにかなり高まり,収益は著しい改善を示した。
すなわち日本銀行「主要企業短期経済観測」(54年5月調査,以下「短観」と略す)により製造業の売上高の推移をみると,53年度下期0.2%増のあと,下期は4.2%増となった。また,経常利益は53年度上期25.7%の大幅増益となったあと,下期も9.3%増とかなりの増益を続けた。こうした収益回復状況を48年度上期と53年度下期を比較すると,経常利益率は6割強まで回復を示し,経常利益ではほぼ同一水準まで回復している。
業種別に48年度上期水準と対比した53年度下期の回復度合を経常利益及び売上高経常利益率について回復度合をみると( 第3-1図 ),精密機械,電力,医薬品が経常利益及び売上高経常利益率ともに,48年度上期の水準を超える好調ぶりを示している。これに対して,世界的に需要の減少した造船,海運や原油の値上がりした石油精製などでそれぞれ赤字を計上した。総じてみると製造業の回復が非製造業に比べて相対的に遅れた。
53年度の日本経済を特徴づける動向の一つは,52年度まで残っていた業種間の跛行性がかなり縮小したことである。これを製造業主要業種別の売上高及び経常利益シェアの関係でみると( 第3-2図 )。48年度は各業種とも製造業の平均売上高経常利益率付近に位置付けられたが,石油危機後の不況期のボトムであった50年度には鉄鋼,繊維など生産財関連業種で収益の大幅な落ち込みがあったことから,電気機械,自動車などの最終財関連業種の利益のシェアが大幅に上昇している。このように50年度は製造業平均経常利益率からの乖離現象がみられたが,これが53年度になると生産財関連業種を中心に収益の大幅改善を示したことから,業種間の利益率格差は縮小している。ただ,売上高のシェア面からみると自動車,電気機械などの最終財関連業種でのシェアアップが続いているのが目立ち,逆に繊維,鉄鋼など生産財業種ではシェアの低下を続けた。
次に,生産財関連製造業と最終財関連製造業(以下生産財産業及び最終財産業と略す)に分けて収益の特徴を経常利益率の推移でみると( 第3-3図 ),第1は,50年度上期に大幅に開いた両製造業間の格差が,52年度から53年度にかけて急速に縮小しつつあることである。第2に,生産財産業の経常利益率の変動が大きいことである。これは最終需要が生産財需要に影響を与えるまでに,中間段階が多いため在庫等の影響から,最終需要の変動が増幅されるためである。
このように52年度から53年度にかけての経常利益率が向上してきている背景を鉄鋼,化学,自動車,電気機械の主要4業種について要因別にみると( 第3-4表 ),まず価格要因では,鉄鋼を除いて製品価格が弱含みで推移する中で,円高による原材料価格の低下が寄与して利益率を高めている。なかでも鉄鋼は輸出面ではトリガー価格制などにより,国内面では公共投資の効果などにより製品価格は52,53年度を通じて上昇し,逆に,輸入原材料価格は円高により低下を示すなど二重の価格効果が働いた。化学では52年度下期から製品価格が低下したが,それを上回って円高により輸入原材料価格が低下したことが寄与した。これら生産財産業とは対照的に自動車,電気機械では円高により原材料価格面のメリットは小さく,製品価格も弱含みだったために,価格要因は相対的に小さかった。第2に,数量・在庫要因(原単位の変動及び在庫評価損益の前期差)については,4業種とも原単位向上等の努力は行なわれたものの,製品価格,原材料価格とも下落気味に推移したことを主因に在庫評価損の発生により,総じてマイナス効果として働いた。すなわち,鉄鋼,化学で在庫調整が自動車,電気機械に比して遅れていたためマイナス効果が相対的に大きかった。第3に,固定費要因についてみると,4業種とも減量経営による人件費,減価償却費,金融費用などの圧縮努力が実り,収益向上要因として働いた。ただ本報告の第2部でみたように,鉄鋼,化学では売上数量が伸び悩む中で生産性向上のため電気機械,自動車より厳しい減量経営で対処したことから,固定費要因のプラス効果は相対的に高くなっている。
今回の円高過程の推移をみると,為替レートは50年度下期に対して,53年度下期までわずか3年間に約35%の円高となった。これに対して輸出産業としては本報告第II部でみたように各種の対応をした結果,採算レート(輸出の経常利益がゼロとなる為替レート)は 第3-5図 にみるように,50年度上期に対して53年度下期では約30%低下している。しかしこうした採算レートの低下にもかかわらず,52年度から53年度にかけての急激な円高により,53年度下期の輸出採算は50年度下期に対して,約6%悪化している。当初円高が始った51年度は,企業の対応が遅れ,その悪化幅が大きかったが,期を追うことにその幅は縮まり,53年度下期には今回の円高過程ではじめて好転している。こうした採算レートの低下の背景には,製品価格引上げによるところがきわめて大きかったが,企業努力による原単位の向上,省力化・合理化投資の効果も見逃すことができない。
売上高に対する固定費比率の変化を景気のボトムであった50年度上期と52,53年度各期と比較してみると( 第3-6表 ),同比率は各業種ともかなりの低下を示している。なかでも,最終財産業では売上げの伸びが生産財産業に比して好調であったことから,相対的に大きな低下を示した。
ただ,繊維では他産業より減量経営には厳しい取り組みをしてきたにもかかわらず,売上げが減少したことから,固定費比率はむしろ悪化している。
主要項目の動きをやや長期的にふりかえってみると( 第3-6表 , 第3-7図 ),まず人件費比率は30年代後半から45年までは比較的安定して推移していたが,49年から50年にかけて大幅賃上げなどの影響から急速に高まり,その後は減量経営による人員削減,賃上げ抑制の効果から横ばいで推移している。52年度から53年度にかけての業種別の特徴は,売上げが伸び悩んだ生産財産業で人件費比率はほとんど横ばいであったのに対し,最終財産業では着実な低下を示している。第2に,金融費用比率は設備投資や金利の動向に左右される傾向が強く,40年度上期~41年度上期及び,46年度下期にかなりの高まりがみられた。しかし,48年には売上高の急増,金利の低水準などから著しい低下を示したが,その後50年度上期には金利上昇に加え,在庫増加による運転資金の増加などによって再び同比率は急上昇した。しかし,50年度下期以降大幅な金利の低下に加え,減量努力による在庫削減,借入金返済等の効果が進展し,53年度下期に至るまで低下傾向にある。なかでも,最近の鉄鋼における大幅な金融費用比率の低下が目立った。第3に,減価償却費比率は設備投資が盛り上がりをみせた39~40年,設備投資が高水準な中で売上の伸び悩みがあった46~47年は比率の高まりがみられたが,48年以降製品価格の大幅上昇により売上高が急増したことから比率はかなり低下した。その後,特に50年以降は企業の減量経営の一貫として行なわれた設備投資抑制により引続き低下傾向にあるが,最近ではやや上昇気味になっているのが注目される。
次に,減量経営の対象としてかなりのウエイトを持つ人件費の動きについてみてみよう( 第3-8図 )。製造業の従業員数については,46年度上期から49年度上期まではほとんど横ばい気味で推移してきたが,49年度下期以降景気の後退を反映して減少傾向に転じ,しかも景気の回復局面に入ったにもかかわらず53年度下期までほぼ減少を続けた(49年度上期→53年度下期で約15%減)。特に,減少が相対的に大きい生産財産業の中でも,構造的不況に落ち込んだ繊維では49年度上期比で53年度下期には約42%減と大幅なものになっているのが目立っている。一方,最終財産業では従業員数の減少は相対的に緩やかであったが,好調な需要に支えられた自動車では46年度から49年度上期まで増加傾向をたどり,その後も,高水準横ばいで推移した。この結果,人件費は,48年度上期から49年度上期に大幅な賃上げが行なわれたことを主因に大幅な上昇をみたが,その後の不況期入りで従業員数が削減されはじめたため,49年度下期以降53年度下期まで緩やかな伸びにとどまっている。
第3-9図 単位賃金当たりの売上高の推移(前年同期比増減率)
業種別には,自動車での人件費は46年度から53年度下期までほぼ一定の伸び率で上昇しているのに対して,繊維では49年度上期をピークに横ばいないしやや減少気味にあるのが対照的である。
こうした人件費の動きを単位賃金当たりの売上高という観点から,生産性要因と価格要因とに分けてみてみよう( 第3-9図 )。生産性要因については生産財産業では,50年度上期には従業員数を削減したものの,それ以上に売上数量が落ち込んだために生産性はマイナスを記録したがその後はほぼ一貫してプラスとなっており,特に53年度下期には内需の拡大もあって生産性は大幅上昇となっている。一方,最終財産業では人員削減は総じて緩やかであったが,売上数量が著しく増加を示したことから,生産性は終始かなりの向上を示している。これに対して,価格要因をみると,最終財産業の方が生産財産業に比ベて相対的に賃金上昇率が製品価格上昇率を大幅に上回ったためにマイナス要因として働いた。この結果,両要因の総合効果としての単位賃金当り売上高の推移では,最終財産業で50年度下期以降賃金上昇率を生産性の大幅上昇で十分カバーし得ているのに対して,生産財産業では,特に52年度上期以降生産性で価格要因を吸収できない状態が続いたが,53年度下期に至り生産性のかなりの上昇があったためカバーし得るようになった。
変動費比率の推移をみると( 第3-7図 ),30年代後半から48年頃まで比較的安定していたが,石油危機以降原材料価格の大幅上昇から,急速に悪化し,3%ポイント程上昇して51年度下期にピークを記録した。このため経常利益は急速に悪化したが,52年度上期以降円高による原材料価格安を主因に53年度下期までに1.3%ポイント改善している。最近の業種別動向では( 第3-10表 ),円高のメリットをより大きく享受した生産財関連業種での大幅低下が目立っている。こうした比率低下の背景には円高の寄与も大きいが,企業努力としての省力化・合理化投資,さらには原単位向上も見逃がせない。
原単位の向上の推移をみると( 第3-11図 ),製造業平均で49年度から53年度下期までに5.5%の向上をみている。業種別には,円高で厳しいコストダウンをせまられた機械,エネルギー多消費型の化学,鉄鋼において原単位の向上が順調に進んでいる。
こうした変動費,固定費両面での努力などが実り低操業のもとでも収益を出せる体質が定着している。そこで業種別に売上高損益分岐点比率の動きをみると( 第3-10表 ),生産財産業では最終財産業より減量経営面で厳しい対応を行ったため,きわだった好転をみている。中でも製品価格が総じて堅調であった鉄鋼では固定費削減効果もあって20%ポイント以上好転しているのが目立っている。
企業収益が以上のように回復してきた背景には,円高による原材料価格の低下,減量経営による固定費の軽減などに加え,昨年来の公共投資による波及効果や消費の盛り上がりなどから内需に力強さが出てきたことが上げられる。こうしたことから,51~52年度は営業利益が伸び悩んだために資産売却により利益を計上していた企業も,54年度にはあまりこうした努力をしないでも利益が出る環境が整ってきているといえる( 第3-12図 )。また,企業の意識をみても収益好転を背景に,製品の需給判断,業況判断ともに急速に明るさを増してきており,前回のボトム期の水準をかなり上回ってきていることが注目される( 第3-13図 )。ただ,需給ギャップが依然残っており,雇用に対しても基本的に慎重化していることから,生産設備判断,雇用人員判断ともに低下傾向にあるものの過剰感はかなり残っている。
今後の企業経営の環境を展望すると減量経営の結果,抑制されてきた固定費については,金融費用は金利が上昇気配になってきているうえに,減価償却費,人件費についてもきわめて低水準になっていることから総じてそれ自体ではプラス効果にはなりにくい状況になっている。従って,売上げを伸ばしたり製品の高級化などによって,生産性を上げることが重要性を増してきているといえる。つまり,今まで続けられてきた減量経営でいわば体質改善が行なわれてきて,ほぼストック調整が完了したと考えられる現在,経営姿勢自体を前向きに切り替える転換点にきていると考えてよかろう。こうした転換点にさしかかった経営環境下で,今回の石油問題が発生したわけであるが,前回と比較して①原油の値上げ率が小さいこと,②企業体質及び企業意識が安定成長型に変わっていること,③仮需が一部にとどまっていることなどの違いがみられる。従って,企業は前回の経験を生かし冷静かつ適切な対応をすることにより,今回の石油問題を乗り切ることが可能であろう。
一方,中期的な立場からみて,減量経営の結果進行しつつあるいくつかの問題点がある。第1に,設備の老朽化の問題である。日本銀行の「主要企業経営分析」によると減価償却累計率は52年度で55.7%(製造業)にも達しており,このままでは国際競争力,安定供給の立場から問題を生ずる可能性もある。第2に,人員面での活力低下の問題である。長期にわたる雇用に対する慎重な姿勢により,人的活力が失なわれ,ひいては企業全体の活力の低滞を招く恐れもある。第3に,技術革新が低迷していることである。中進国の追い上げ,海外からの技術導入のむずかしさ等を考えると,今後は自己技術なき企業はその存亡を問われることにもなろう。以上のような問題点を考え合せると,今後減量経営から一刻も早く脱却し,攻めの経営姿勢が企業に要望されているといえよう。