昭和54年
年次経済報告
すぐれた適応力と新たな出発
昭和54年8月10日
経済企画庁
先進国では,1978年に入っても76年中頃から始まった景気拡大の中だるみ状態が続いたが,後半に入ってようやく拡大テンポを高めた。
これは,77年に停滞した西欧諸国や我が国の景気が拡大傾向を強めたことと,石油危機後の低迷から一早く脱して比較的順調な拡大を続けてきたアメリカ経済が鈍化傾向を示しつつも依然として拡大を続けたことによる。
OECD主要6か国の78年の実質経済成長率をみると,アメリカを除き各国とも前年を上回る伸びを示した。また,鉱工業生産動向でみても,OECD諸国全体で78年は前年比4.4%の伸びと前年(3.7%)を上回る伸びを示した( 第1-1表 )。
こうした先進国における景気拡大テンポの高まりを背景に世界貿易も回復傾向をみせ,76年末から停滞を示した世界輸入は,78年に入ってから特に先進国の輸入増大を背景にその伸びを高めた( 第1-2図 )。
しかし,79年に人ってアメリカの景気拡大テンポが鈍化するとともに後述のように主要国の物価は増勢を強め,景気の先行きに不安材料がみえはじめている。
77年から78年にかけては,順調に景気拡大を続けたアメリカとその他先進諸国との間で,景気拡大の格差を反映して国際収支の不均衡が顕著となったが,78年後半以降この不均衡は急速に改善傾向を示した( 第1-3表 )。
これは,先進国間の景気格差が縮小したのに加えて,円高が始まった77年1月からドル高へと反転する直前の78年10月までの間に円をはじめとするドル以外の主要通貨がドルに対して切り上がり,タイムラグを伴いなからもこの変動相場制の国際収支調整効果が強く働いたことによるものとみられる。
ちなみに,この間の主要通貨のドルに対する切上げ率は米国との間の卸売物価上昇率格差でデフレートしたものでみても,円の32.4%を最高に最低のリラでも9.9%となっている。
OECD主要6が国の卸売物価動向をみると,78年はアメリカを除き前年に比べて上昇率は鈍化しているが,四半期別にみると,各国とも10~12月期以降騰勢を強めた( 第1-1表 )。
これは,基本的には78年後半以降の先進国の景気拡大テンポの高まりに伴うものとみられるが,これと並行して昨年後半から一次産品市況が上昇傾向にあることも影響している。一次産品市況(工業用原材料)が先進国の鉱工業生産動向の影響を強く受ける( 第1-4図 )ことから,72,73年にかけてのような先進国の同時的景気拡大が生じればこの面からの影響も加速されよう。また,一次産品の中でも特に重要度の高い原油価格が,イラン問題の発生もあって79年に入って上昇が続いていることの影響が非常に大きい。このほか,我が国の場合は,昨年11月以降円レートが円高から円安に転じたことにより,従来のような物価安定のメリットが受けられなくなってきたことも卸売物価上昇の一つの要因であった。
こうした中で,本年7月以降さらに原油価格が引上げられでおり,これが今後の物価動向ばかりでなく経済成長等に及ぼす影響が懸念される状況となっている。
昭和53年度の総合収支は,前年度の121億ドルの黒字から23億ドルの赤字へと大きく変化した。これは,長期資本収支が空前の流出超過を記録したことに加え,経常収支の黒字幅が年度後半から大きく縮小したためである( 第1-5表 )。
経常収支は前年度の140億ドルの黒字から119億ドルの黒字へと黒字幅は若干の縮小にとどまったが,四半期別にみると,53年7~9月期の46億ドルから54年1~3月期には1.7億ドルへと急速に黒字幅は縮小した。これは主として貿易収支の黒字幅が縮小したことによる。
貿易収支の動向を四半期別にみると,7~9月期68億ドル,10~12月期42億ドル,54年1~3月期26億ドルと黒字幅は縮小していった。これは,いわゆる52年初以降の円高によるJカーブがマイナス局面に入り,輸出は年度初から数量で減少を続け54年1~3月期にはドルベースでも前期比減少となった一方,輸入が高い伸びを続けたためであった。
大幅な流出超過を示した長期資本収支について主要項目別にみると,借款が前年度の18億ドルから73億ドルヘ流出超過幅を拡大したこと及び証券投資が12億ドルの流入超過から74億ドルの流出超過へ転じたことが目立つ。
借款の流出超過幅の拡大は,本邦資本の流出超過幅が拡大したことによるものであるが,これは国内での資金需要が低迷していることや内外金利差などを反映して我が国の金融機関による円建対外貸付が急増したためであった。
証券投資は,外国資本が前年度の大幅な流入超過から流出超過へ転じる一方,本邦資本の流出超過も大きく拡大した。
このうち本邦資本による証券投資を証券種類別にみるとほとんどが債券への投資であった( 第1-6図 )。なお,円建債の取得は急増した52年度をさらに上回ったが債券全体に占めるウエイトは低下した。
本邦資本の証券投資のこのような動きは,基本的には我が国債券市場での利回りが外国に比べて低いことによるが,52年6月の短期債券の取得許可や53年4月の対外証券投資により保有する外貨証券についての先物為替売買予約の許可といった政策変更の影響も大きいとみられる。
長期資本収支は,本報告でみたように今後53年度のような大幅な流出超過は縮小していくものとみられ,すでに3,4月の20億ドル台の流出超過から5月12億ドル,6月4億ドルへと流出超過は急速に縮小している。また,5月には7項目の資本流入規制緩和措置が講じられており,この面からも資本の流出超過幅は縮小していくものとみられる。
長期資本収支のうち直接投資も53年度には大きく増加した。53年度の直接投資額(届出・許可ベース)は前年度比63.9%増の46億ドルと過去のピーク(48年度35億ドル)を大きく上回った。
53年度の特徴は,業種別では製造業(前年度比89.8%増)が鉄・非鉄,化学を中心に大幅増加したのに対して鉱業(同25.2%減)が2年連続して減少したこと,地域別では北米(構成比29.7%)がアジア(同29.1%)を抜いて第1位となったことである。
我が国の直接投資はこれまで資源開発や開発途上国向けが多く,北米及び欧州向けの製造業投資は少なかった(53年度末の届出・許可累計総額に占める製造業のウエイト34.2%に対し,北米及び欧州向けでは同20.7%)。
しかしなから,53年度については,円高による現地生産コストの低下や貿易摩擦の発生等を契機として,整備されたインフラストラクチュアの面で魅力ある北米及び欧州向けの製造業投資が増加している面も指摘される。
このような傾向は我が国ばかりではない。西ドイツでも,製造業のウエイトは元来高いが,地域別には近年北米のウエイトが高まっている(75年の構成比,19.2%,78年同37.9%, 第1-7図 )。
53年度末の直接投資届出・許可累計額(268億ドル)の対GNP比率は2.5%であり,アメリカの7.9%(77年末),西ドイツの4.5%(78年末)に比べて低い。これは我が国の直接投資が本格化したのは70年代に入ってからであり,アメリカはもちろんのこと,60年代後半から活発化した西ドイツに比べても遅れて始まったためとみられる。
もっとも毎年のフローベースで対GNP比率等を比べてみると西ドイツに比べて必ずしも低くはない( 第1-8図 )。
今後も直接投資は増加していくものとみられるが,それに伴い投資先国との摩擦や国内における雇用機会の減少等の諸問題の発生が予想される。
53年度の輸出(通関額)は,総額989.9億ドルで前年度比17.0%増となったが,円ベースでは19兆9,898億円,同8.3%減,数量ベースでも同5.6%減となった。このように円ベースのみならず,数量ベースでも減少となった最大の要因は,円レートの急激な上昇であった。従米我が国の輸出は世界需要の増大に支えられてきたが,53年に入り先進国を中心に世界貿易が順調に拡大するなかで( 第1-2図 ),減少をみたことは,円レートの急騰がいかに日本の輸出競争力を低下させたかを物語っている。
輸出動向( 第1-9表 )をまず地域別にみると,韓国,台湾などの経済成長に支えられて東南アジア向け(2.7%増,円ベース前年度比,以下同じ)が,また中国の近代化進展等により共産圏向け(16.2%増)が増加したが,その他の地域向けは,いずれも減少した。特に,アメリカ向け(6.8%減)は,貿易摩擦の対象となった鉄鋼,テレビを中心に減少し,自動車も後半から減少に転じたためかなりの減少となった。しかし本年2月以降,燃費効率の優位性から日本車(乗用車)の販売が急増しており,今後の輸出船積みが注目される。
次に商品別の動向をみると,鉄鋼(7.1%減,数量では8.1%減)はアメリカのトリガープライス導人などにより先進国向けを中心に減少し,船舶(43.1%減,同37.0%減)は世界的な船腹過剰から引続き減少し,テレビ(21.4%減,同12.8%減)もアメリカ向けの数量規制などにより減少したほか,繊維・同製品(20.7%減),化学製品(5.4%減)なども減少した。さらに前年度著増した自動車(3.9%減,同4.2%減)が,相次ぐ現地販売価格引上げにより価格競争力が低下し,遂に減少となった。一方こうした輸出環境の悪化のなかで,品質面で優位にある一般機械(4.7%増),科学光学機器(1.9%増),テープレコーダー(19.6%増)が増加している。このように,これまで我が国の輸出を支えてきた鉄鋼,テレビなどが減少する一方,事務用機器を中心とする一般機械,テープレコーダーなどが増加していることは貿易摩擦の影響もさることなから,円高による産業別比較優位の変化が次第に我が国の輸出構造を変えていったものと見られる。
53年度の輸出動向の特徴のひとつは,輸出数量の減少であった。その最大の要因は,円レートの急騰による価格競争力の低下である(本報告 第I-2-2図 参照)。52年に上昇を始めた円の対ドルレートは,53年に入りさらに急騰し,10月には月間平均レートでみれば前年同月比39%の大幅上昇となった。いま仮に,円高分をすべて外貨建輸出価格(ドル建て)に転嫁したとすれば,輸出価格が1年間に約4割上昇したことになる。円高が日本の輸出価格競争力に与えた影響を,相対輸出価格で調整した円レートの試算値と実績値の関係によってみると,52年の円高は諸外国の輸出価格上昇もあって日本の競争力への影響はまた大きくないとみられるが,53年4~6月期以降の円レート急騰は,相対輸出価格からみれば日本の輸出競争力にとってかなり不利なものであったとみられる( 第1-10図 )。事実,一般機械,自動車について主要国の輪出価格(ドル建て)と比較すると,53年央以降我が国の価格競争力が急速に低下していることがわかる( 第1-11図 )。
53年度の輸入(通関額)は総額846.2億ドルで前年度比18.1%増となり,前年度(6.5%増)の伸びを大きく上回った。また,数量の伸びが9.9%増(前年度0.7%増)と価格の伸び(7.5%増,前年度5.8%増,金額の伸び率÷数量の伸び率による)を上回ったことも前年度とは対照的であった。商品分類別にみると( 第1-12表 )製品類(ドルベース42.9%増)や食料品(同19.0%増)が大幅に増加したのに対し,原燃料(同7.6%増)は低い伸びにとどまった。しかし,53年度後半には原燃料も増加をみせはじめたため,全体として輸入の伸びはさらに高まっている。
地域別の輸入動向にも,製品類の好調,原燃料の低迷が反映されている。すなわち,アメリカ(31,0%増),EC(44.0%増),東南アジア(22.4%増)など製品類のウエイトの高い地域からの輸入が増加している一方,原燃料のウエイトの高い中近東(2.6%増),オセアニア・南アフリカ(5.6%増)からの輸入は低い伸びにとどまった。
製品類は,52年度後半の増加に続き,53年度はさらに伸びを高め,数量ベースでみても前年度比26.4%増と著増し,輸入全体を押し上げた。これは,主こ52年央からの急激な円高によって輸入品価格が国内品価格に比べて相対的に安くなったことによる。輸入数量と相対価格(輸入物価/卸売物価)の動きを財別にみると( 第1-13図 ),各財とも国内需要の好調さもあって,輸入数量は相対価格の低下に伴い高い伸びを示している。
このような製品類輸入の増加に伴い日本の輸入構造が変化しつつあることも見逃せない。 第1-14表 にみるように,繊維類,雑貨類などかなりの品目で輸出額に対する輸入額の比率は上昇している。このことは,それらの品目においては,輸入品への代替が進んでいることを示している。
実質GNPに対する輸入数量の弾性値をみても,輸入全体では過去の景気回復期と比べて特に大きな変化は認められないが,製品類では特に大きくなっている( 第1-15表 )。
一方,輸入の約6割を占める原燃料の輸入は,53年度は52年度に引続き比較的低い伸びにとどまったが年度後半には金属原料などを中心に増加し,54年1~3月期には原燃料の増加寄与度は製品類の同寄与度を上回った。
これは,原材料消費が52年後半から,原油消費が53年度に入ってからそれぞれ急速に回復したことを反映し,在庫率が53年度後半に至って急速に低下したためである(本報告 第1-2-9図 , 第1-2-10図 参照)。
石油の価格上昇,数量の制約といった不安要因はあるものの,鉱工業生産の上昇と原燃料の在庫率水準がかなり低くなっていることを考えると,今後も原燃料消費の増加に見合って原燃料の輸入は増加していくものとみられる。