昭和53年
年次経済報告
構造転換を進めつつある日本経済
昭和53年8月11日
経済企画庁
52年度の国民生活は,景気回復のテンポが緩やかとなったなかで,所得の伸びの鈍化,雇用情勢の改善の遅れなど引続き厳しい環境下におかれ,個人消費支出も緩やかな伸びにとどまった。個人消費支出の推移を国民所得統計でみると,52年度は名目で前年度比9.6%増と51年度の伸び(13.1%増)をかなり下回ったが,実質では消費者物価が落着いたことから3.7%増と,51年度(4.4%増)をやや下回る伸びとなった( 第12-1表 )。年度中の推移を実質ベースでみると,4~6月期以降低い伸びを続けていたが,53年1~3月期には消費者物価が一段と落着いたこともあって,前期比1.9%増(年率7.8%増)とかなりの増加を示した。
このように,これまで消費マインドを慎重化させていた高い消費者物価上昇率が石油危機前の水準に低下したことから,家計の消費行動にもやや明るさがみえてきている。以下では,こうした家計の動向を世帯類型別に,主として消費面から検討してみよう。
まず,ウエイトの大きい(個人消費支出の約6割を占める)勤労者世帯の消費支出(名目)をみると,52年度は前年度比9.1%増と51年度の伸び(8.4%増)をやや上回り,実質でも消費者物価の落ち着きから51年度の0.9%減のあと,52年度は2.2%増と比較的高い伸びを示した。年度中の推移を四半期別,実質ベースでみると,4~6月期,7~9月期とも前年同期比で2%以上という比較的高い増加を続けていたが,10~12月期には可処分所得の伸びが鈍化したのに加え暖秋,暖冬の影響から被服費,光熱費支出が落込んだため,1.1%の低い伸びにとどまった。しかし53年1~3月期には,消費者物価が一段と落着いたこともあって2.9%増とかなり高い伸びを示した。
以上のような消費支出の動向を性格別にみた場合,次のような特徴が指摘できる( 第12-2表 )。まず第1は,51年度に実質で減少となった生活必需的支出が,52年度には実質2.1%の増加となったことである。これは名目の伸びが前年度並みであったものの,野菜,果物を中心とした食料の価格下落を主因に消費者物価上昇率が大幅に低下したためである。第2は,石油危機後低い伸びを続けていた家具什器支出が実質8.4%増と大きく増加したことである。これは本報告(第2章第3節)でみたように,耐久消費財需要の循環的な現象といえよう。第3は,51年度に続き被服費支出が実質減少となったことである。これは暖秋,暖冬に加え,消費者が衣料の購入にあたってバーゲンを利用するなど安くてよい物を購入するという行動をとったためとみられる。第4としてレジャー関連支出の堅調な増加(実質2.9%増)があげられる。特に自動車等関係費,外食費の伸びが目立っており,このことは自動車の普及率の上昇とあわせて,自動車中心のレジャーへの変化が窺われる( 第12-3図 )。
第12-2表 性格別消費支出の推移(勤労者世帯)(前年度比増減率)
第12-3図 レジャー関連支出の推移(勤労者世帯,実質増減寄与度)
ところで,以上のように勤労者世帯の消費支出が伸びを高めた要因の一つである所得の推移をみてみよう。52年度の実収入(名目)は,前年度比9.8%増と,51年度(前年度比9.5増)を若干上回る伸びにとどまったが,その内訳をみるとかなりの変化がみうけられる。すなわち,企業業績の回復が遅れていることから賞与支給率が下がり( 第12-4図 ),「世帯主の臨時・賞与」が51年度を下回る低い伸び(前年度比5.2%増)にとどまったものの,51年には低い伸びであった「妻の収入」および「他の世帯員収入」がいずれも20%以上の高い増加を示し,実収入全体の増加に寄与したことである。これは世帯主収入の伸びの鈍化を世帯主以外の収入で補なおうという所得水準の確保ないしその維持的行動の現れであろう。このように,実収入がほぼ前年度並みの伸びであったものの,非消費支出が所得税減税の実施などからやや伸び(前年度比17.5%増)を低めたため,可処分所得は前年度比8.9増と51年度(前年度比8.3%増)に比べやや伸びを高めた( 第12-5表 )。
以上のように,勤労者世帯の消費支出と可処分所得がほぼ同程度の伸びを示したことから,52年度度の消費性向は77.5%と,51年度(77.4%)を0.1ポイント上回る水準にとどまった。本報告(第2章第3節)でみたように,消費性向がほとんど上昇しなかったことは,消費性向そのものが容易に上がらないという諸要因が背景にあるのに加え,最近やや明るさを見せている消費者のべヘイビアが,年度全体としてみれば末だ積極化しなかったことを示していよう。
次に,このところ好調を続けていた一般世帯の消費支出(名目)をみると,52年度は前年度比5.8%増と51年度の伸び(15.5%増)を大きく下回り,実質では0.8%減と3年ぶりに減少した。年度中の推移を四半期別,実質ベースでみると,4~6月期には比較的高い増加(前年同期比2.1%増)を示したものの,7~9月期は前年同期比1.9%の減少となり,10~12月期には同4.0%の大幅減少を示した。次いで,53年1~3月期は同0.8%のわずかな増加にとどまっている。
第12-6表 一般世帯の消費支出の推移(実質)(前年度・前年同期比増減率)
以上のように大幅に伸びが低下した一般世帯の消費支出を,その構成世帯別にみると( 第12-6表 ),約7割を占める個人営業世帯は実質で前年度比1.2%増と一般世帯の伸びを上回って小幅増加を示したものの,逆に法人経営者(前年度比4.4%減),自由業者(同6.1%減)が大幅な減少となっているのが目立つ。また個人営業世帯の中でも,商人・職人(同1.2%増)が増加しているのに対し,個人経営者(同1.3%減)が減少しているのが目立っている。これは,景気回復の遅れ,企業経営環境の悪化などを背景に消費マインドが慎重になったためである。
次に,性格別消費支出(実質)の特徴をみると( 第12-7表 ),50,51年度と好調に推移していた被服費支出(前年度比8.4%減),家具什器支出(同2.4%減)がいずれも大きく減少している。これは,全体の消費支出を低めるなかで,最も随意性の高いものとして買控えられたためであろう。また,生活必需的支出は前年度比0.8%減のわずかな減少となったものの,レジャー関連支出は同1.8%増と根強いレジャー志向を示している。
農家世帯の家計収支を農林水産省「農家経済調査」でみると,52年度の農家所得は前年度比9.1%増と51年度の伸び(7.3%増)を大きく上回った。内訳をみると,米をはじめとして農業生産はかなりの増加を示したものの,野菜,果物等農産物価格の下落などから農業所得は前年度を若干上回る伸び(1.0%増)にとどまった。一方,農家所得の約7割を占める農外所得は給料,俸給の伸びから前年度比12.9%増と51年度(前年度比0.5%増)をかなり上回る伸びを示した。
第12-7表 性格別消費支出の推移(一般世帯)(前年度比増減率)
このように農家所得がかなりの伸びを示したため租税公課諸負担額が大幅に増加したものの,可処分所得は前年度比8.3%の増加と51年度(前年度比7.3%増)に比べ伸びを高めた。
以上のような所得の増加を背景に,農家世帯の家計費は前年度比10.3%増と51年度(前年度比9.7%増)に続き堅調な増加を示している。費目別の主な動きをみると,被服費や家財家具費は前年度に引き続き低い伸びであったのに対し,雑費は好調な伸びを続けている( 第12-8表 )。
かって高度成長経済下で急速な増加を続けていた耐久消費財の購入は,49年度に大きく落込んだあと,50,51年度と目立った回復をみせず,いわゆる消費の「モノばなれ」現象を示していたが,52年度には大幅な増加に転じている。
第12-9図 主要耐久消費財支出の推移(全世帯,名目増加寄与度)
そこで「家計調査報告」(全国全世帯)により主要耐久消費財支出(電気製品,自動車,家具)の推移をくわしくみてみよう( 第12-9図 )。52年度は名目で前年度比14.3%増と51年度の低迷(前年度比1.3%増)から大きく回復に転じたが,特に自動車,電気製品の増加が大きかった。これを四半期別にみると,51年度初めから電気製品を中心に伸びを低めていたが,年度後半には自動車も減少を示したことから前年比かなりの減少に転じた。ところが52年4~6月には自動車,電気製品(特にルームクーラー)の購入増から前年同期比31.3%増と非常に高い伸びを示し,7~9月期も比較的高い伸び(同9.4%増)を続けた。その後10~12月期には電気製品を主因にやや伸びを低めたが,53年1~3月には自動車,家具の購入増から再び増勢(同14.7%増)を強めた。
以上のように,耐久消費財需要は昨夏の猛暑によるルーム・クーラーの購入増という特殊要因を考慮しても,かなり強まってきているといえよう。この背景には,第1に本報告(第2章第3節)でみたように耐久消費財の購入サイクルの存在があげられるがこれには耐久消費財の消費者物価の落着きも大いに寄与しているとみられることである。すなわち,耐久消費財の購入サイクルは4~5年と考えられることから,47年度から52年度までの物価上昇率を比較すると,サービス(91%増),商品(78%増)が非常に高い上昇率を示しているのに対し,耐久消費財は34.2%増と半分以下の伸びにとどまっている。このことが消費者に耐久消費財の割安感を与え,買い換え,買増し需要の増大をうながしたものとみられる。
第2は消費環境の好転である。 第12-10図 でみるように,耐久消費財支出と消費者態度指数はかなり高い相関関係を示している。すなわち51年度後半には,消費者心理(消費者態度指数)が50年からの景気回復過程の中で最も低い水準に冷え込んだため耐久消費財支出も減少傾向を示していたが,52年度に入って消費者心理が上昇するにつれ耐久消費財支出も増加に転じており,消費環境の好転が耐久消費財支出の回復をもたらしたといえよう。
勤労者の生活のなかで住宅問題は,老後の生活設計,子弟の教育問題などとならぶ重要な問題の1つとなっており,住居の所有状態によって家計は大きな影響を受けている。すなわち,持家世帯と比べて,非持家世帯においては,かなり高い家賃・地代支出負担,住宅・土地購入のための貯蓄など,家計行動に対する種々の制約を持っている。
第12-10図 消費者心理と主要耐久消費財支出(前年同期比)の推移
以下ではこうした非持家世帯を中心に最近の家計行動の特徴をみてみよう。
まず,住居の形態別に見た場合,消費内容にどのような差異があるかをみてみよう( 第12-11表 )。住居形態別に可処分所得,消費支出をみると,最も高いのは持家世帯で,給与住宅世帯(社宅・官舎等に住んでいる世帯),公営借家世帯,民営借家世帯,借間世帯の順になっている。一方,消費支出に占める家賃・地代の比率はこれとは逆に給与住宅世帯(2.3%),公営借家世帯(3.7%)が低い水準にあるのに対し,民営借家世帯が10.6%,借間世帯が8.0%と高い比率を示し,家計消費の圧迫要因となっている。
すなわち,家賃・地代負担率の高い民営借家世帯,借間世帯においては必然的に生活必需的支出の割合が高くなっており,そのぶんだけレジャー関連支出,被服費,家具什器への支出を抑制している。このような,低所得層である借家,借間世帯にとっては,住宅の質の改善やレジャーなど,より豊かな生活に対する欲求が強く潜在していると思われる。
それでは,このような非持家世帯の貯蓄動向および住宅取得動向をみてみよう。貯蓄増強中央委員会「貯蓄に関する世論調査」により非持家世帯の割合をみると,52年には32.1%となっており,そのうち約8割が住宅取得計画をもっているものの,10年以内に自宅を持つ予定の世帯は27.6%と比較的低い割合になっている。このように,具体的な計画を持っている世帯は少ないものの,住宅取得に対する欲求はかなり強いことから,これら非持家世帯においては住宅資金確保のための貯蓄がかなり高くなっている。
そこで,「今後10年以内に自宅を持つ予定」の世帯の貯蓄動向をみると( 第12-12図 ),住宅貯蓄額は約300万円で貯蓄保有世帯の1世帯当り平均貯蓄額(354万円)と比べてもかなり高い水準に有り,さらに住宅資金目標額は約1,520万円(そのうち自己資金目標額が680万円,借入金が840万円)と非常に高くなっている。このことは,住宅取得のためには現在の貯蓄残高の2倍強の自己資金とそれ以上の借入金が必要であることを示しており,住宅取得までの貯蓄と取得後の借入金返済というかなり長期にわたる高水準の貯蓄をせまられることとなる。
このような持家志向は家計の黒字を大きくする方向にあらわれる。非持家世帯の黒字率(可処分取得と消費支出の差額の可処分所得に対する比率)の推移をみると( 第12-13表 ),45年と比べ黒字率が高くなっており,かつ土地投資率(土地購入純増の可処分所得に対する比率)の高まりが目立っている。住居形態別にみると高所得層である給与住宅世帯は堅調に土地投資率を高めており,他の借家,借間世帯も52年にはかなり土地購入を行っている。なかでも,最も低所得層である借間世帯において,50年以降高水準の購入が続いており.黒字率が大きくなっている。
一方,住宅取得済である持家世帯をみると,土地・家屋借金純減(土地・家屋購入のための借入金返済の可処分所得に対する比率)が高まっており,黒字率を押し上げる要因となっている。