昭和53年

年次経済報告

構造転換を進めつつある日本経済

昭和53年8月11日

経済企画庁


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9. 金  融

(1) 一層の進展をみた金融援和

52年度の金融動向をみると,景気の拡大をめざした積極的な財政金融政策が展開されるなかで,企業の資金需要の鎮静化傾向がさらに強まり,金融緩和は一層進展した。

物価動向を考慮しつつ,50年度に実施された金融緩和政策の実体経済への浸透を図るという51年度金融政策の態度を受け継いで,52年度は金融緩和政策が一段と進められた( 第9-1表 )。公定歩合は52年3月12日以来,4月19日,9月5日,53年3月16日と4度にわたって通算3.0%引き下げられ(今回緩和期が始まった50年4月16日以降で通算すれば8次,5.5%の引下げ),その水準は3.5%と終戦直後の混乱期を除き戦後最低を記録した。また,長期貸出最優遇金利も年度中で通算5度,2.1%低下した。こうした動きに追随して市中貸出金利も引き下げられ,全国銀行貸出約定平均金利は52年4月以降は急速に低下し,11月末には7%台を割り,53年3月末には6.657%と既往最低水準となった。また,53年度に入っても順調な低下を示している( 第9-2図 )。このように金利面での緩和が進められる一方,量的側面からは日本銀行による窓口指導が52年7~9月期以降各行の自主的貸出計画を尊重する方式に改められたほか,52年10月1日には預金準備率の引き下げが行われた。

しかし,金融機関が融資態度を弾力化させたのに対し,企業の資金需要は一段と鎮静したことから,各金融機関の預金,貸出は不振を続けた。

このように,金利面での緩和が進んだものの,これが従来の回復局面ほど通貨の量的拡大につながらなかったのが,今回緩和期の,また52年度の特徴としてあげられよう( 第9-3図 )。

こうしたなかで,公社債市場では金融緩和,国債の大量発行という環境の下に金利の弾力化の動きが進展した。52年4月以降,金融機関保有国債の市中売却が円滑に行われるようになり,53年1月には日本銀行は債券売買オペレーション価格の弾力化(上場相場の上下2%の範囲内)を決定し,6月の買いオペレーションから市場実勢を尊重した競争入札方式を採用した。同様の方式は資金運用部保有国債の売却時に実施されたが,6月の新中期国債発行の際にも公募入札方式が導入されるに至っている。他方,短期金融市場金利についても,金利の弾力化が図られ,53年6月に日本銀行はコール,手形レートの弾力化方針を発表した。

第9-1表 52年度の金融関係事項

第9-2図 各種金利の推移

第9-3図 金融緩和局面の比較

(2) 緩和基調で推移した金融市場

52年度の金融市場は51年度をやや下回る資金不足の状態となったが,金融緩和政策が推し進められたことから,総じて緩和基調で推移した。

52年度の資金需給実績( 第9-4表 )をみると52年度の資金不足幅は8,173億円と前年度をやや下回った。もっとも,「その他」を除いて銀行券と財政資金の両者でみた場合,52年度は前年度を1.339億円上回る資金不足となっている。これは前年度と比較して銀行券の発行超幅が215億円下回ったものの,財政資金の払超幅が1,554億円縮小したことによる。そこで,こうしたことの背景をまず銀行券の動きからみると( 第9-5図 ),年度間の平均発行残高の前年度比伸び率は51年度11.1%増のあと,52年度は8.6%増と1桁台の伸びに低下した。これは個人所得が全体として伸び悩んだうえに,消費マインドが積極化するに至らず,また天候要因などもあって個人消費支出が緩やかな伸びにとどまったことによるところが大きい。次に,財政資金については,国債発行の規模増大と外為資金の大幅散超とでほぼ説明されよう。すなわち,52年度の財政支出は歳入の伸び悩むなかで景気の牽引車としてその規模の増大が図られ,そのため前年度を上回る大量の国債が発行された。52年度中の国債の総発行額(借換国債および短期国債は含まず)は9兆8,663億円と51年度中の7兆1,480億円を大きく上回っている。これに対して一般財政の払超幅が51年度をやや下回る結果となっているのは,財政投融資面で政府機関や地方公共団体に対する貸付けが低調であった一方,郵便貯金が大幅に増加したことによるところが大きい。また,外為資金は52年度後半に至って総合収支の大幅黒字を背景に資金散布が著しく増大したため,年度を通してみれば大幅な散超となった。以上のような市場の動きに対する日本銀行の金融調節をみると,53年1~3月期の外為資金散超による大幅な資金余剰に対して,貸出の回収や買入手形の期日落ちによって調節し,年度中の時々の資金不足に対しては債券オペレーションによって調節された形となっている。

第9-4表 資金需給実績表

第9-5図 通貨動向(平残,前年同期(月)比伸び率)

こうしたなかで,短期市場金利は公定歩合の引下げを反映して低下したが,その間季節的な繁閑に対しては従来になく弾力的に変動した。コール・レート(無条件物の出し手レート)は年度間で2.25%低下し,その変動回数も24回(51年度9回,50年度13回)を数えた。また,コール・手形市場資金残高の合計(月中平残)は51年度に引き続き拡大基調で推移した( 第9-3図 )。これは国債の大量発行下で金融機関の業態間における資金偏在傾向が強まったことによるところが大きい。すなわち,国債引受け量の比較的大きかった都市銀行(資金の取り手)は預金の伸び悩みもあってポジションが大幅に悪化したのに対し,余資金融機関(資金の出し手)では相対的に国債の引受負担が小さい( 第9-6図 )一方,貸出が伸び悩み,債券運用にも限界があることから短期金融市場での資金運用を積極化させる必要が生じたためである。

第9-6図 ポジションに対する国債保有の影響

(3) 緩和傾向を強めた企業金融

52年度中の企業金融の動向をみると,金融緩和が進展するなかで,企業の資金需要は総じて鎮静化の度合を深めた。企業投資の増加額は本報告(第1章第4節2.)でみたように,実物投資,金融投資とも前年度を下回る水準となった。これは,①民間設備投資が電力等一部非製造業の下支え要因があったものの,依然ストック調整下にあるため,全体としては停滞したこと,②在庫調整が年後半から比較的順調に進展したこと,③さらに,企業が金融面での減量経営を推し進めていることなどが影響している。このため企業の借入需要が停滞しただけでなく,借入金を返済する動きも前年度ほどではないもの,輸出関連業種を中心に引き続きみられた。こうした企業側の行動を,手元流動性の動きでみると( 第9-7図 ),全産業では現預金対売上高比率は50年7~9月期以降緩やかながら低下傾向にあり,手元圧縮が続けられた。しかし,52年4~6月期以降はこの比率はやや上向いており,また,現預金に短期有価証券を加えたものの対売上高比率が,51年中は現預金対売上高比率の低下とは対照的に上昇していたのに対し,52年4~6月期以降はほぼパラレルの状態で推移していることと考え合わせれば,手元の圧縮振りにも多少の変化が窺われる。これには一部業種において景気の先行きを見通した手元の積極的な意味での見直しもあるものの,圧縮余地が乏しくなったという消極的な面もみとめられる。たとえば,後者の例としては50,51年度は大幅な買越しであった事業法人の現先市場での買い残高が52年中は52年4月をピークに減少傾向であったことなどがあげられよう。

次に,手元流動性の動きを業種別にみると,現預金対売上高比率は製造業では51年以降一貫して低下を示しているのに対し,卸・小売業では緩やかながら上昇しているのが特徴的である。

第9-7図 法人企業の手元流動性

同様に規模別にみると,大企業や中小企業では流動性の高まりがみられるのに対し,中堅企業では低下傾向となっている。また,短期有価証券保有にしてもその対売上高比率は大企業で拡大傾向が続いているのに対して,他の企業ではここ1~2年同水準で推移している。

(4) 引き続き伸び悩んだ預金,貸出

52年度の金融機関の預貸動向をみると,企業金融が緩和傾向を強めるなかで,各金融機関は中小企業取引や個人取引の伸展をはかったものの預金,貸出とも51年度に比べ一段と低調な推移を示した。まず,預金についてみると,法人預金は企業が金融面での減量経営から,手元の圧縮,あるいは短期有価証券保有など他の金融資産運用を図ったことを主因に不振となった。また,個人預金も,個人所得の伸び悩みに加えて,個人が金利選好意識の高まりから郵便貯金等金融資産保有を多様化させたことを背景に伸び悩んだ。この結果,全国銀行の実質預金残高(末残)の前年度比伸び率は51年度12.1%増のあと52年度は11.6%増となった。

一方,貸出状況をみると,全国銀行貸出残高(末残)の前年度比伸び率は50年度11.7%増,51年度10.6%増のあと52年度は9.4%増と1桁の増加にとどまった。また,こうした貸出の低調さは業態にかかわらず等しく見受けられる( 第9-8図 )。これは,第1に企業の資金需要が鎮静化傾向を強めたこと,第2に資産の効率的運用を図る目的からむしろ借入返済や借入圧縮を行ったこと,第3に大型倒産をはじめ企業倒産の多発するもとで,債権の保全を重視する立場から金融機関側に単に貸し進むという態度がみられなかったこと,などによる。このため,各金融機関とも優良中堅・中小企業に対して積極的な貸出姿勢をとる一方,住宅ローンなど個人向け貸出にも注力した。中小企業向け貸出についてみると( 第9-9図 ),都市銀行等の中小企業への積極的な進出により信用金庫の伸びが従来より低下しているのをはじめ中小企業向け貸出という「市場」におけるシエアに変動が生じたことがわかる。次に,業種別貸出の推移を前年同期比伸び率の増加寄与度でみると( 第9-10図 ),都市銀行,相互銀行とも製造業向けははっきりと低下傾向となっており,卸・小売業向けは51年度中は上昇したが,52年度中はやや低下している。個人向けについては,前年同期比伸び率でみると,都市銀行,相互銀行とも総貸出の伸び率をはるかに上回る伸びとなっているが,これを伸び率の増加寄与度でみた場合には,都市銀行はほぼ同水準で推移しているのに対し,相互銀行は51年度中に比べ52年度中は僅かながら低下している。また,不動産業,建設業の寄与度が上昇してきているのが目立っている。

第9-8図 業態別貸出残高の推移

第9-9図 中小企業向け貸出残高の推移

第9-10図 貸出残高の伸び率の業種別寄与度(前年同期比)

(5) 相次ぐ条件改定のみられた公社債市場

52年度の公社債市場の特徴をみると,①国債を中心として発行市場では規模の拡大がみられ,流通市場では売買高が急増したこと,②流通利回りが低下傾向を辿り,これを受けて発行条件が相次いで引下げ改定されたこと,③新しく長期もの(12年もの事業債,15年もの転換社債)が加わり,公社債の発行条件の多様化が進んだこと,④円建外債の発行が著増したこと,などがあげられる。まず,起債市場をみると,国債の発行額は利付債,割引債合計で9兆8,663億円と前年度比38.0%増加し,公募公社債発行総額(除く金融債)に占める国債発行額の割合を51年度72.7%から73.1%と0.4ポイント高めた(後記 付注 参照)。

また,円建外債は,国内金利水準の低下にみられるように市場環境が好転したことから発行額が急増した(50年度350億円,51年度620億円,52年度4,540億円。但し,52年度についてはこのほかに私募債が750億円ある)。こうした債券の消化地合いは,新発債利回りが市場利回りを下回った10月債を除けばほぼ順調であった。一方,金融債(資金運用部,簡易保険局消化分を除く)については,前年度比13.7%増の9兆8,407億円の起債実績となったが,現存額の純増額では51年度に引き続き減少となった。

次に,流通市場をみると,債券売買高は52年度中138兆円と初めて100兆円を越えた(51年度中は73兆6,742億円, 第9-11図 )。なかでも,国債の売買高は急増し,52年末頃からは利付金融債に次ぐ売買高となっている。このような売買高の大幅増加の要因として,①効率的な資産運用の場として,機関投資家,金融機関,事業法人など公社債市場への参加者が広範囲にわたり,かつ,その参加度合が高まったこと,②金融機関保有国債の市中売却が円滑に行われるようになり,都市銀行等の国債売却が大量となったこと,③金利低下(債券価格の上昇)傾向からキャピタル・ゲインを狙っての売買も活発であったこと,④こうしたなかで証券会社がランニング・ストックとして,自己現先の方法により手持ち債券の増加をはかったこと,などがあげられる。債券売買の主体別の動きでは,事業法人が売越しに転じたこと(50年度,51年度と大幅買越し),非居住者の買越し幅が円高傾向を見越した為替差益狙いから10月以降急拡大したこと,などが目立った。

第9-11図 公社債市場の動き

次に,公社債市場の利回りの動きをみると( 第9-11図 ),①市場実勢を敏感に反映する利付電々債利回りは52年初より一貫して,しかも52年9月を除けば常にAA格事業債応募者利回りを下回っていること,②応募者利回りの引下げ改定が頻繁であること,③国債の流通利回りが52年に入るとそれまでとは様変りに利付電々債とパラレルに動くようになったことが注目される。すなわち,金融緩和政策の浸透(金利の引下げ),資金需要の鎮静のもとで,債券売買が盛況となったことから,市場利回りは低下し,これを受けて発行条件の引下げ改定が52年は5回(3,5,7,8,10月債),53年は2回(2,4月債)と相次いで行われた(但し,52年3月,53年2月は事業債のみ)。また,国債の大量発行が続くなかで,金融機関保有国債の市中売却が円滑化された一方,日銀の国債オペ価格の弾力化等が行われたことから,国債の流動化が進展し,国債の市場利回りは自由に動く方向ヘ向かうこととなった。

他方,条件付売買市場は,53年3月末残が前年同月末比54.1%増の3兆9,192億円となるなど,市場規模の一層の拡大がみられ( 第9-12表 ),コール市場資金残高( 第9-4図 参照)をやや上回るまでに至っている。これには,証券会社が公社債売買の急増を背景に,ランニング・ストックとして債券手持ち量を増加させたことや,また着地取引が増加したことから,これを自己現先のつなぎ売りの増大でカバーしたことが大きく影響している。このため,大蔵省は52年12月に自己現先残高,53年1月に着地取引について指導を行った。また,投資家別の動きをみると,余資運用をはかる事業法人,官公庁共済組合等を中心に買いが増加した。事業法人の買い残高は52年4月をピークに減少傾向となったものの,52年12月以降は増加した。

第9-12表 投資家別公社債現先売買残高

第9-13図 株式市場の動き

最後に株式市場の動きをみると( 第9-13図 ),52年初から4月頃までの間は52年1月に信用取引買残高が既往ピークとなったことや円高傾向から,東証株価指数は下落傾向となったが,5,6月横ばいのあと,7月末以降信用規制の緩和等を背景に続伸した。その後,10月以降は企業業績の不振,円相場の急騰から続落したが,年明け後は,信用取引買残高の増大や円高傾向が懸念されたものの,投信買いや外為資金散布による金融相場感,株式による余資運用の見直し等からほぼ上昇一方となった。しかし,こうした市場活況を警戒して信用取引規制が3月から4次にわたって行われ,やや情勢は一服した。52年度の株式売買を主体別にみると,投資信託の大幅な買越しが目立ったほかは,金融機関の買越し,事業法人の売越しなどほぼ昨年度と同じ形となり,また,個人の持株比率が戦後最低(全国証券取引所調べ,32.1%)となり注目された。

(6) 今後の金融政策の課題

景気拡大をめざした積極的な財政政策を反映して,公共部門の資金不足は大幅な拡大を示しており,これは国債を中心とした公共債の大量発行という形で賄われている。この発行引受は現在のところ主に金融機関が行っているものの,その業態別の引受シエアと資金量シエアとは必ずしも見合っておらず,このため資金偏在が激化する方向にあり,引受けシエアの高い金融機関のポジションの大幅悪化をもたらしている。また,国債の金融機関引受けはマネー・サプライの増加につながる可能性を有している。このため,①まず,金融機関保有国債の市中売却が円滑化されるなど,国債の流動化を促し,自由な市場利回りの形成が推し進められる一方((5)参照),②新発債については,市場実勢に応じた条件設定と債券期間の多様化をはかる必要が生じた。こうした金利弾力化の要請に沿った動きが徐々に行われてゆき,53年6月には新しく3年もの中期国債が公募入札方式で発行されるに至っている。このように,拡大する公共部門の資金不足をファイナンスするとともに,適正なマネーサプライ管理を同時に達成していくためには,金利機能の一層の活用が必要であり,今後とも金利の弾力化を図らなければならない。また,これと併せて国債種類の多様化をも含めた国債管理政策を進めていくことが重要であろう。これにより,金融資産の多様化という個人のニーズにも応えることとなり,個人消化も促進されていくことになろう。

(付注) 公募公社債と国債発行額の割合


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