昭和53年

年次経済報告

構造転換を進めつつある日本経済

昭和53年8月11日

経済企画庁


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3. 企業経営

(1) 足踏みが続いた企業収益の改善

50年度下期以来3期にわたって増益基調を続けてきた企業収益は,52年度上期に一転して減益となったあと,下期には改善の兆しがみられたものの,その回復度合ははかばかしいものではなかった。

日本銀行「主要企業短期経済観測」(53年5月調査,以下「短観」と略す)により製造業(主要企業)の経常利益の推移をみると,52年度上期は前期比で5.2%減少したあと,下期も4.6%の減少となった。経常利益額の水準を48年度上期と比較すると52年度下期は約7割の水準にすぎない。また経常利益率をみても,52年度下期は2.82%と48年度上期の6.05%の5割にも満たない低い水準である。こように経常利益額,経常利益率ともに低水準のままに再び悪化したことが特徴であった。

一方,非製造業の収益動向を前記「短観」によってみると,経常利益は52年度上期は4.0%の減益のあと下期は5.0%の増益となり減益は一期のみで終った。

(原材料コスト低下と金融費用節減により減益幅は縮小)

52年度の経常利益の変動について,最終財関連製造業と生産財関連製造業とに分けてその要因をみてみよう( 第3-1表 )。ここでは生産性の動きと関連づけてみるために,従業員1人当たりの経常利益の変動要因分析となっている。減量経営の進展により従業員教が減少していることから,1人当たり経常利益の変動は全体の動きよりも過大になっていることと,データとして「法人企業統計季報」を用いているが,52年度においては大企業とは対照的に中小企業の収益回復が進んだことから,前記「短観」でみる主要企業の動向よりも明るくなっていることに注意を要する。

これによると,まず製品価格効果は生産財関連製造業,最終財関連製造業,両業種とも,52年度上期まで期を追って増益寄与度が下がり,下期には減益要因となった。これは,需給のアンバランスに加え,最終財関連製造業においては,円高による円ベース輸出価格の低下などから価格上昇が実現しなかったことによる。

第3-1表 経常利益変動の要因分析(人員1人当り,前期比増減率寄与度)(その1)

一方,生産性効果については,在庫調整局面下,生産が抑制されたことなどを反映して52年度中減益要因となった。

このように製品価格効果,生産性効果がともに減益要因になったにもかかわらず,それを相殺したのが原材料コスト低下の効果と金融費用節減の効果であった。

生産財関連製造業においては円高による輸入原材料価格の低下などを主因に,また最終財関連製造業においては,前にみたように主要原材料である生産財の製品価格の低迷などを反映して,原材料価格効果は52年度は大幅増益要因になっている。

また要素コスト要因のうち金融費用要因は,本報告第2章で詳しく検討したように金利の低下に加え,借入金依存度の低下も進んでいることから増益要因となっている。

一方賃金コスト要因は減益寄与度が期を追って低下している。

最後に営業外収益要因については,生産財関連製造業でかなりの増益要因となっている点が注目される。これは鉄鋼,繊維などでかなりの資産処分益が計上されたほか,石油・石炭製品で円高により多額の輸入ユーザンス為替差益を享受したためである。

(円高にもかかわらず輸出産業の収益は堅調)

52年度中の円高の進展,とりわけ52年秋以降の急騰は企業収益に大きな影響を与えるものとみられていた。すでに本報告第4章で,円レート上昇が企業収益に与える一次的な影響と輸出産業における価格,コスト面での企業の対応,努力について検討したが,ここでは,それらの対応の結果,輸出産業の収益がどうであったのか,また,輸入原材料依存度が高く円高のメリットを享受すると考えられる石油・石炭製品の収益動向などについて,先の利潤変動分析によりさらにその内容をみてみよう( 第3-2表 )。

まず輸出産業についてみると,製品価格効果の増益効果は期を追って低下し,52年度下期には僅かなものとなっている。しかし減益要因とならなかったのは,鉄鋼でのトリガー価格による引上げや,自動車など機械類を中心とする円高調整値上げなど,輸出価格の引上げがかなりなされたことに加え,繊維,鉄鋼では国内市況の上昇もみられたことが寄与しているためと思われる。また原材料価格は,輸入原材料価格の低下や,機械類の原材料である生産財の製品価格の低迷などから増益要因となっている。以上のように価格効果が増益に寄与したことに加え,金融費用の節減,人件費伸び率の低下などもあって輸出産業の収益は円高にもかかわらず堅調に推移した。

他方,石油・石炭製品についてみると,原材料価格効果は,円高により52年度下期には大幅増益要因となっている。しかしながら,製品価格が需要の低迷や円高差益還元などから値下がりしたため,製品価格効果は大幅な減益要因となっており,為替差益についてはかなり還元されたと言えようが,営業外収益に多額のユーザンス為替差益が計上されていることを考えれば,業界全体としてメリットを享受していると言えるであろう。

(依然残る業種間,企業間格差)

企業収益の動向を業種別にみると引続き跛行性が目立ち,企業間格差も残っている。全上場会社について経常利益段階で赤字である会社数は,50年度をピークに減少したとは言え,52年度も1,662社中335社となっており,5社に1社が赤字となっている。また52年度における製造業の経常利益赤字会社を業種別にみると,設備投資に依存する一般機械や,大幅な需給ギャップを抱えている繊維,鉄鋼,化学が多い( 第3-3図 )。さらに債務超過会社数をみても52年度末では一般機械,繊維,砂糖,鉄鋼などを中心に,30社に1社の割合となっている( 第3-4図 )。

(市況関連及び公共投資関連業種では収益好転へ)

在庫調整の進展を背景にした鉄鋼,繊維製品など一部市況関業連種での53年初来の商品市況,卸売物価の上昇はこれらの業種の収益改善に寄与したものとみられる。前記「短観」によると,52年度下期の経常利益率(実績)は上期に比べ好転し,さらに53年度上期も引き続き好転が見込まれている。また,公共投資拡大の影響を受けて窯業・土石の企業収益も堅調である( 第3-5表 )。

第3-2表 経常利益変動の要因分析(人員1人当り,前期比増減率寄与度)(その2)

第3-3図 経常利益赤字会社数と業種別内訳(社数の推移―全産業)

第3-4図 債務超過会社数と業種別内訳(推移)

(2) 減量経営の効果の顕現

(金融費用の節減進む)

52年度の収益状況をみると,売上高営業利益率は前年度に比べて悪化しているにも拘らず,経常利益率は前年度水準にとどまっている点が注目される( 第3-6表 )。営業外収益に利益稔出のため,かなりの資産処分益が計上されていることも考えられるので,これを除いた経常利益率で比べてみても52年度はほぼ前年度並みとなっている。この理由としては金融費用の節減によるところが大きい。金融費用は製造業では48年度上期か49年度下期にかけて大幅に増加したが,その後は減量経営の進展などを背景に増加テンポは緩やかなものとなり,さらに52年度に入ると,数次にわたる公定歩合の引下げにスライドして金利が急速に低下していることから,減少に転じている( 第3-7図 )。その結果,売上高に対する金融費用比率も52年度は急速に改善している。たとえば,東証一部上場会社(製造業)についてみると52年度は売上高経常利益率を0.4ポイント引き上げる結果となっている。業種別にみても鉄鋼を除く各業種で0.2~0.8ポイントの改善を示している。

第3-5表 市況関連業種の売上高経常利益率の推移

(人件費の伸びも低下)

固定費の過半を占める人件費もその増加テンポが弱まってきている。日銀「短観」によれば製造業の人件費の伸び率は50年度以降鈍化し,52年度は前期比で上期7.0%増,下期には逆に1.8%減となった(前掲 第3-7図 )。このように52年度の人件費の伸び率が抑制されたのは,賃上げ率が低い伸びにとどまったことによるところが大きいが,従業者数そのものの減少という要因もかなり働いている。49年度以降,多くの企業は生産の回復過程においても,長期的な人件費負担の軽減から従業者数の削減を続け,むしろ所定外労働時間の増加で対応してきており,52年度もその傾向が続いている。

第3-6表 東証1部上場会社の収益指標

第3-7図 主要固定費の推移(製造業)

しかし,その中で,51年度においてかなり寄与度が縮小して,調整が一段落したと思われた従業者数要因の寄与度が,52年度にはむしろ高まっている点が注目される( 第3-8図 )。これは,企業収益が低迷するなかで,造船,繊維などの構造的不況業種を中心に,希望退職者の募集,退職者の不補充,出向・移籍といった形での調整がかなり進んだためだとみられる。しかし,生産の好調な自動車,精密機械では52年度末従業者数は前年度末に比べ増加をみせており(前掲 第3-6表 ),業種間の跛行性は雇用面にも現われている。

(自己資本比率は向上)

これまでにみてきた借入金依存度の低下と金融費用の節減,人件費増加率の抑制に加え,原単位の向上,設備投資の抑制や,遊休資産の処分,諸経費の節減等による経営効率の向上などは,最終的には企業の財務体質の改善をもたらした。

第3-8図 雇用調整と人件費の動向(製造業,前期比増減率,寄与度,季調済)

たとえば,企業の財務体質を現わす代表的な指標である自己資本比率を東証一部上場会社についてみると(前掲 第3-6表 ,ここでは内部留保も自己資本と見做しているため,特定引当金も加えてある),これまで一貫して低下していた製造業の自己資本比率は52年度末には20.1%となり,前年度末に比べ1.0ポイント上昇した。業種別にみると,鉄鋼,造船では引続き低下しているものの,それ以外の業種ではいずれも上昇しており,とりわけ自動車,精密機械など最終財関連製造業の自己資本比率上昇は,生産財関連製造業のそれを上回っている。

自己資本比率の変化は分子である自己資本の増減と,分母である総資産の増減によって決まるが,52年度の同比率の改善は後者の要因,つまり総資産の伸び率が大幅に鈍化したことによる面が大きい。前掲 第3-6表 によると,製造業の総資産は51年度は前年度末に比べ7.3%増加したのにに対し,52年度は僅かに2.4%の増加にとどまっており,このことが自己資本比率の改善に大きく影響している。業種別にみてもほとんどの業種で総資産の増加率が前年度の増加率を下回っており,繊維,石油精製,電気機械などでは総資産が縮小している。これは,先に述べた企業の減量経営努力が借入金の減少あるいは増加率の縮小や,企業間信用の縮小などを通じて総資産の膨張の抑制に寄与したものと言える。もっとも,鉄鋼,繊維などの生産財関連製造業においては,収益低迷に対処して,資産売却やこれまで蓄積してきた内部留保の取崩しという,いわば後ろ向きの総資産の抑制という面もみられるが,いずれにしろ,企業において総資産の抑制の意識が強まってきていると言えよう。

(3) 安定成長下の企業経営の問題点

(企業の財務体質悪化は一巡)

石油ショック後の企業収益の悪化への対応と企業体質強化のため,企業は減量経営を推進してきたが,直面する企業収益の悪化に対しては経理処理の変更,有価証券などの資産売却,過去に蓄積してきた特定引当金などの内部留保の掃き出しなどにより対処してきた。これらは結果的には企業の財務体質を悪化させることになるが,本報告第2章でみたように,含み益の掃き出し,内部留保の取崩しは50年度を最高に,51年度,52年度と製造業全体では減少を続けている。もちろん業種別にみるとかなりの差がみられる( 第3-9図 )。たとえば自動車では50年度に僅かに取崩しを行ったあと,その後は内部留保を厚くしており,50年度に多額の取り崩しを行なった繊維でも51年度,52年度と取崩しを減少させている。しかしながら収益低下の著しかった鉄鋼では52年度には取崩しを増加させている。

第3-9図 内部留保の積み増し,取り崩しの推移(業種別)

他方,経理処理の変更による利益の稔出をるみと,本報告別表第4表にみるようにその件数は減少傾向にある。とりわけ特定引当金の一括取崩しや設定取やめ,繰入基準の変更等の処理は減少しているし,減価償却方法の変更件数も増加していない。

また,先にみた自己資本比率の改善の動きなどと併せ考えると,企業の財務体質の悪化は52年度には一巡したと言えよう。

(低稼働率で安定した収益確保へ)

減量経営の推進による企業の固定費負担の軽減と,円高による輸入原材料価格の低下を通じての原材料のコスト低下は,これまでよりも低い稼働率のもとで,ある程度の収益をあげていくことが可能な基盤をもたらした。

企業の収益率は稼働率の水準と密接な関係がある( 第3-10図 )。とりわけ鉄鋼,化学といった装置型産業ではその関係が強い。そこで,製造業について資産処分益を除いた経常利益率の動きを稼働率指教との関連でみると,52年度は稼働率の低下程には悪化せずほぼ横這いとなっている。鉄鋼では52年度の稼働率の水準は50年度よりも低いにもかかわらず,利益率の面では赤字にはかわりないものの50年度程悪化していない。また,化学でも52年度の稼働率は前年度より低下したにもかかわらず,利益率はむしろ好転していることが注目されよう。

第3-10図 稼働率と利益率の関係

この点については損益分岐点の動きをみても同様のことが言える。売上高に対する損益分岐点比率は49年度から50年度にかけて著しく上昇したあと,その後は高水準ながらも安定しており,52年度下期にはかなりの低下をみせている( 第3-11図 )。一方,52年度中を通じて稼働率は改善を示さず,むしろ若干の低下となったことから,売上高に対する損益分岐点比率に実際の稼働率を乗じた損益分岐点操業度は,52年度はかなりの低下を示したものと考えられ,低稼働率でも収益があげられる企業体質への改善が進んでいることが窺われる。

(企業収益改善の問題点)

53年度に入ってからも,原材料価格は引き続き低下していることに加え,固定費の面でも53年の春季賃上げ率は,定昇込みの全産業平均で前年の8.8%を下回る5.9%で妥結しており(労働省調べ),また金利も引き続き低下していることから,人件費,金融費用面での負担はそれ程重くはならないと言えよう。

このようなことから,53年度に入ってからも低稼働率で収益をあげ得る体質への改善がさらに進んでいる。しかしながらこれには2つの懸念材料が残されている。その一つは金利の問題である。企業にとって金利は外生的なものであり,現在の低水準が今後とも長期にわたって続くものではないという点である。

第3-11図 損益分岐点売上高比率の推移

もうひとつは,低稼働率のもとでもある程度の収益水準の確保が可能という収益構造自体の評価も,固定資産の償却不足という面を考慮に入れるとある程度割引かざるを得ないという点である。インフレーションが企業会計に与える影響については総合的に判断しなければならないが,ここでは償却不足について考えてみると,インフレーションの進行により,帳簿価格を基礎にした現行の減価償却方法による償却額だけでは,設備の除却時に同等の生産能力を持つ設備を再取得するのに必要な額を積み立て得ないという問題が生じている。償却不足率は最近やや低下してきており,現在では2割程度の水準にある。いま,この償却不足を解消するように償却額の積立てを行なったと仮定して,実質の売上高経常利益率を計算してみると( 第3-12図 ,大蔵省「法人企業統計季報」,製造業),49年度下期に赤字となったあと51年度上期にかけてかなりの回復をみたものの,その後は改善が進まず52年度下期には2.31%(表面利益率は3.13%)にとどまっている。このように実質利益率の低水準が続いている点に留意する必要があろう。

第3-12図 実質売上高経常利益率の推移(製造業)

企業収益改善の方途としては,売上数量の増加(=稼働率の好転),販売価格の上昇,固定費の抑制,売上高変動費比率の引下げの4つの方法が考えられる。

このうち,売上数量の伸びは緩やかなものにとどまると考えられ,また卸売物価がこのところ前年を下回る状態が続いていることからみて販売価格の急回復も期待できない。とすれば残る方法は企業が経営努力で推進できる方法でもある固定費の抑制と変動費比率の引下げである。この二つの点についてはすでにみたようにその条件は整いつつあるが,より一層の改善をめざしての企業努力が望まれさらにそれが企業体質の改善に寄与することが期待される。


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