昭和53年
年次経済報告
構造転換を進めつつある日本経済
昭和53年8月11日
経済企画庁
52年度の鉱工業生産活動は,年度前半には51年後半からの停滞が続き,年度後半に入ってようやく回復に転じたが,生産は前年度比3.2%増,出荷も同じく3.1%増の低い伸びにとどまった。
年度前半には,輸出の伸び悩みや国内民間投資の減少などを反映して出荷が低調に推移し,意図せざる在庫が再び積み上がった。このため,生産財を中心として減産による在庫調整が行われ,生産も低水準で推移することとなった。
年度後半に入ると,景気対策の一環として行われた公共事業の大幅増加や前倒し発注がようやく生産者段階にまで及び,電力の設備投資増加などもあって生産は上昇に転じた。特に53年1~3月期には公共事業の効果が一層浸透したのに加え,輸出が増加したことから生産は大幅に増加した。その結果,53年3月の鉱工業生産(50年=100)は121.9と過去のピーク(49年2月120.8)を上回った。
52年度の生産,出荷の動きを財別にみると,資本財は民間設備投資の鈍い動きや船舶輸出の不振から,年度前半には低調に推移した。
しかし,年度後半に入ると,輸出向出荷が工作機械やプラント類で著しく増加したのをはじめ,トラック輸出も期を追って増加した。国内出荷も,能力増に結びつくような設備投資は依然として振わなかったものの,電力・通信の設備投資が増加し,公共事業の大幅な増加により土木建設機械や普通トラックの需要が増加した。また,電子計算機や静電式複写機などの事務用機器は内外需とも好調であった。こうした高水準の需要に支えられて,出荷は前期比で10~12月期4.3%増,1~3月期5.3%増と大幅に増加し,これを背景として生産も10~12月期2.5%増,1~3月期3.7%増と増加した。
建設財の生産,出荷も年度前半は低調に推移した。しかし年度後半には,公共事業増大の効果の浸透によりセメントや棒鋼などの土木・建設用の建設財の需要が急増し,生産は10~12月期2.4%増,1~3月期3.1%増と順調に増加している。出荷は,建築用の建設財が,10~12月期には回復したものの,民間建築需要の不振から1~3月期には落ち込んだため,全体としては,10~12月期4.0%増のあと,1~3月期は0.8%増にとどまった。
第2-2図 鉱工業出荷前期比伸び率の内需(財別),輸出別寄与度
消費財は耐久消費財と非耐久消費財とで異なった動きがみられる。耐久消費財は,国内では電気冷蔵庫などを中心とした家電製品が根強い売れゆきをみせ,エアコンディショナーや石油温風暖房機といった普及率の低い新商品では大幅な需要増加をみた。輸出は,カラーテレビの対米輸出自主規制といったマイナス要因もあったが,乗用車輸出の急増やVTRなどの新商品の増加などから期を追って増加した。このため,生産は前期比でみると4~6月期2.4%増,7~9月期0.9%増,10~12月期4.8%増,1~3月期3.0%増と年度間を通じて堅調に推移した。この結果,52年度平均でみると生産は前年度比11.1%増,出荷は9.7%増と,財別でみた場合には最も大きな伸びを示した。
一方,非耐久消費財の生産は52年中は低い伸びにとどまった。これは,耐久消費財支出が比較的堅調であった反面,被服費や食料費の支出の伸びが鈍かった影響によるものと思われる。しかし,53年1~3月期には厳冬による灯油などの一時的な需要増といった要因もあって,生産,出荷ともにかなりの増加となった。
他方,生産財の生産回復は最終需要財に比べて大幅に遅れた。これは,①生産財を大量に使用する大型の設備投資が少なく,経済全体の回復ほどには生産財に対する需要が回復しなかったこと,②世界的な不況の中で先進国間において保護貿易的な動きが強まり,一部業種では輸出に活路を見出すことができなかったこと,③装置産業においては機械産業よりも生産調整が相対的に実施しにくく,51年末に積み上がった大量の意図せざる在庫の調整が,なかなかはかどらなかったことなどがあげられる。
52年度の生産財の生産を前期比でみると,4~6月期0.8%減,7~9月期0.7%減,10~12月期0.4%増,1~3月期2.0%増にとどまっている。53年3月の生産指数も118.2とピーク(49年2月123.5)を大幅に下回っており,最終需要財が125.1とピーク(49年1月119.8)を上回っているのとは対照をなしている。
業種別の生産,出荷動向をみると( 第2-3図 ),鉄鋼,繊維,窯業,紙・パルプ,非鉄金属などでは,52年に入ってからの各業種における製品在庫ピーク時から53年1~3月期までの間,生産の伸びが出荷の伸びを下回る程度に抑制されており,この間に減産主導型の在庫調整が行われてきたことをうかがわせる。そこで,これまでの生産を低い水準に押しとどめてきた主因の一つである在庫調整が,現段階でどこまで進展しているのかを検討してみよう。
形態別・財別に在庫の動きをみると,流通在庫は最終需要財が先行的に調整を終え,その後若干の遅れをもって生産財の調整が進んでいる(本報告参照)。すなわち,最終需要財の流通在庫は,総じてみれば51年後半から52年1~3月期に調整局面を迎え,その後はゆるやかな増加に転じている。一方,生産財は,最終需要財メーカーの原材料在庫調整の影響を受けて,52年4~9月期に減少し,その後も最終需要財メーカーの慎重な原材料手当によって在庫は減少している。
生産者製品在庫も最終需要財が調整を完了したあと若干のずれをもって生産財の調整が進展している( 第2-4図の③,④ )。すなわち,生産者製品在庫率をみると,最終需要財は52年4~6月期には1~3月期に行った流通への押し込みの反動もあって上昇しているものの,7~9月期以降は順調に低下している。企業の慎重な態度から,在庫積増しの動きこそないが,出荷が大幅に増加する中で生産も順調に拡大している。他方生産財の在庫率も7~9月期以降は低下しているが,その低下幅は最終需要財をかなり下回っている。
従って,現段階での在庫調整の問題は,生産財産業に集約的に表われているとみることができよう。そこで,生産財の主要な品目について製品在庫のピークからの低下率をみると,鉄鋼をはじめとして,繊維,化学などほとんどの生産品目で,かなりの低下がみられる( 第2-5図 )。ポリエチレン,塩化ビニル樹脂などでは最近では生産増加に転じている。つまり,アルミ地金などの一部品目を除けば,生産財の生産者製品在庫も,ほぼ調整が完了していることがうかがえる。
次に原材料在庫の動きはどうであろうか。製品在庫については最終需要財が先行する型で生産財産業も調整がほぼ終了した。しかし,原材料在庫については,機械産業と素材産業との間で,依然として明暗が残されている。
機械産業の原材料在庫率は,50年7~9月期をピークに,その後急速に低下し,52年1~3月期にはほぼ調整を終了して,その後は横這いに推移している( 第2-6図 )。これに対し,素材産業の製品在庫率は若干のタイムラグをもって低下してきている。しかし,素材産業の原材料在庫率は減産体制強化による原材料消費の伸び悩みに加え,長期契約を中心とした輸入素原材料の増加がみられたため,52年中も大幅な上昇を示し,現段階でも高い水準にある。
このように機械産業と素材産業の原材料段階での在庫率には明暗がみられるが,それには次のような要因も作用している。すなわち,機械産業では自動車産業にみられるいわゆる「看板方式」の導入などにより,自己の原材料在庫をできるだけ圧縮する動きなどもみられる。このことは素材産業にとって,自動車向け製品在庫は常に一定水準を確保しなければならないといった要因がはたらく。こうした要因は,機械産業の原材料在庫の相対的安定化と同時に,生産財産業の製品在庫が機械産業の生産動向によって左右される度合が大きくなることや,水準の高まりをもたらすといった側面をもたらすものとみられる。
52年度の鉱工業生産活動を概観すると,前半停滞,後半回復といったパターンをたどっており,その中で,生産財を中心に減産体制がとられてきたことから,51年末に積み上がっていた意図せざる在庫は概ね調整が終了した。では,積極的な在庫積増しが生産拡大を生むといった高度成長期にみられたパターンが今後生じるのであろうか。
実際の企業行動をみると,機械産業のように需要が比較的に堅調な部門においても積極的な在庫積増しはみられない。また,ようやく在庫調整がほぼ完了した生産財産業においても,在庫の水準には極めて神経質で生産計画も慎重である。これは,50年と51年の二回にわたって,生産増→在庫増→生産調整という苦い経験を積んだ経営者が,需給バランスを重視しているためであろう。事実,53年4~6月期の生産が,前期比1.7%増と,1~3月期の急回復に比べて緩やかなものとなっているのは,そうした動きを反映したものとも言えよう。従って,今後の生産は,最終需要の動向に見合って増加するものとみられる。
民間設備投資は,49年1~3月期以降の景気の下降局面で減少を続け,50年1~3月期の景気の谷の後も約1年という長きにわたって減少を続けた後,51年初めからようやく回復に転じた。しかしながらその回復テンポは鈍く,52年度に入っても1.3%増(国民所得統計速報,実質,51年度1.1%増)と微増にとどまった。民間設備投資が停滞を続け,盛り上がりに欠けていることが,今回の景気回復局面でのひとつの特徴であり,景気回復が力強さを欠く主因のひとつとなっている。
従来の景気回復の局面では,まず非製造業が回復し,景気の谷から2~4四半期遅れて製造業が力強く回復するというパターンを示していた。しかし今回の景気回復局面では,非製造業は緩やかながらも回復しているが,製造業は依然として低迷を続けている( 第2-7図 )。
製造業の設備投資が低迷している第1の理由は大幅な需給ギャップの存在である。稼働率は50年1~3月期に大きく落ち込んだ後回復に転じたが,51年夏以降,最終需要の伸び悩みや在庫調整の影響から生産が停滞したため再び低下した。その後52年秋から稼働率は次第に上昇してきている( 第2-8図 )。
第2の理由は利益率の低さである。企業が投資を行う際に考慮されるのは将来の期待利益率であるが,期待利益率の想定には現在の利益率水準が大きく影響を与えると考えられる。今回の景気回復局面における製造業の総資本営業利益率の動きをみると,49年から50年初めにかけて非常に大きく落ち込んだが,景気が回復に転ずるとかなりのテンポで上昇した。しかし,利益率の改善も51年年央には頭を打ち,その後は再び低迷を続け,52年度下期にはやや改善を示したものの,引き続き低い水準にとどまっている。
これらの要因が重なり合って,52年度中の製造業の設備過剰感はなかなか弱まらなかった。設備過不足感と設備投資の関係は2~3四半期のラグをもって動いているが,現時点では,稼働率が次第に改善されてきていることから,設備過剰感も徐々に緩和する方向に動いているものとみられる。
52年度の設備投資は,前記のような製造業の減少を非製造業の増加が補って,全体としては微増となった。業種別にみると( 第2-9図 ),製造業では,輸出が好調に推移した自動車を中心とする輸送機械が大幅に増加したほか,電気機械や一般機械なども堅調に推移した。一方,51年度に大型高炉の継続工事があった鉄鋼は,ようやくストック調整の緒につき,大幅な減少となった。非製造業では,需要増加が見込まれている電力のほか,公共事業の効果が浸透した建設,着実な需要が見込まれるサービス,卸小売などいずれも堅調に推移した。
第2-8図 設備投資と稼働率,総資本営業利益率,設備過不足感(製造業)
53年度の設備投資の動向をみるために,設備投資の先行指標といわれている機械受注と建設受注の推移をみてみよう( 第2-10図 )。これらの先行指標は,設備投資に対して2四半期程度先行する傾向がみられる。機械受注額と建設受注額の合計の推移をみると,52年10~12月期以降は,それまでの1年間と比較してやや伸びを高めており,53年度の設備投資も増加することが見込まれる。
また53年度の業種別設備投資計画を各種調査でみると( 第2-11表 ),製造業ではやや減少ないし横這い,非製造業では増加が見込まれ,全体としては52年度の増加率を上回る増加となっている。製造業では,石油コンビナート等災害防止法などの保安関係法令の改正や石油備蓄法により,保安防災設備や備蓄設備の充実を義務づけられている石油精製,公共投資によりセメントの需要が増大している窯業・土石を除いて,素材産業は引き続き減少が見込まれている。機械産業や食料品関係は,これまでかなりの設備投資を実施してきただけに,その伸びは鈍化してきている。一方,非製造業では,中期的供給力確保のための大型工事推進により,電力・ガスが大幅に拡大するのをはじめとして,大手スーパーの店舖展開を中心に卸・小売が増加するなど,多くの業種で増加が見込まれている。
以上のような情勢から,今後の設備投資動向について検討してみると,おおむね次のような点が指摘できよう。①48年をピークに減少傾向にあった製造業の設備投資は,ストック調整の進展から,次第に減少テンポは縮小ないし下げどまりとなっていること。②電力を中心とする非製造業の設備投資は,引き続き増加を示していることなどから,53年度の設備投資は,全体としては緩やかな回復基調を続けるものとみられる。
第2-11表 52,53年度業種別設備投資動向(前年度比増減率)