昭和48年
年次経済報告
インフレなき福祉をめざして
昭和48年8月10日
経済企画庁
昭和47年1月を底に上昇に転じた卸売物価は,年度当初にかけては落着いた動きで推移していたが,後半にいたり著しく騰勢を強めた( 第10-1図 )。この結果,47年度の卸売物価は年度平均で3.2%の上昇,年度間では11.0%の上昇となつた。
わが国の卸売物価は,朝鮮動乱をはさんだ経済膨張期に前年度比で20%を越える急騰を続けたことがある。しかしその後は景気変動に伴う騰落はみられたものの,消費者物価や欧米諸国の卸売物価と比較して相対的に低い上昇率にとどまつていた。またスエズ動乱(31年)の頃までは大幅であつた変動幅も,30年代後半以降は小幅化する傾向を示していた。ところが今回の卸売物価の上昇速度は,消費者物価を上回るだけでなく,インフレ激化に対策を摸索している欧米諸国のそれにも匹敵するものであつた。これを年度間の上昇率でみると,44年の景気上昇期や31年のスエズ動乱期をはるかにしのいでおり,まさに朝鮮動乱期以来の著しい高騰であつた( 第10-2図 )。
47年度中の推移を時期別,品目別(基本分類)に追つてみると,つぎのような特微がみられる( 第10-3表 )。
47年4~6月は,綬やかな景気上昇に対応して多くの品目が強含みに転じた時期である。1~3月には前期比でまだ下落した品目の数が多かつたが,この時期には金属素材,電気機器などの4品目が下落したにとどまつた。
鉄鋼やパルプ・紙が不況カルテルによる供給制限を背景に,また非鉄金属,石油製品が海外相場高による素材高を反映して上昇した。さらにこのころから活発な流通在庫投資が行われた繊維製品は,羊毛を中心とした海外相場の上昇もあつてかなりの騰勢を示した。しかし,この時期には景気の先行き見通し難もあつてまだ全体としての需要の盛上りはとぼしく,需給の改善は生産調整による面が大きかつた。
7~9月は,それまでの落着いた動きから一転して騰勢を強めた時期である。総平均は5,6,7月の前月比おのおの0.1%の上昇から,8月0.6%,9月0.7%の上昇となつた。
電気機器が続落し,海外相場の下落から金属素材,非鉄金属,石油製品は反落したものの,全体として需給の改善が進展し,商品市況は上昇を速めた。とくに公共没資,住宅投資関連を中心とした一部商品では,需要の急増に対する供給態勢の遅れから品不足による市況の高騰さえみられた。製材・木製品,原木を主とした非食料農林産物がこの時期から急騰し始めたほか,塩ビなど石油化学系誘導品の需給が大幅に改善したため化学製品が上昇に転じた。また,緊急輸入の要請や棒鋼,形鋼など建設資材の品不足により緊急増産の必要に迫られた鉄鋼や,繊維製品,パルプ・紙も根強い騰勢を続けた。この時期には景気の先行きに対する見方も明るさを増し,流通在庫の積増しが進展するなかで製品在庫率は大きく低下し,全般的な市況対策効果の浸透がみられた。また46年末の円切上げ後ほぼ横ばいに推移していた輸入物価も,7月を底に上昇に転じた。
第10-3表 最近の卸売物価の動き(前月(期,年度)比上昇率)
10~12月は卸売物価が騰勢を一段と加速した時期である。総平均は前月比10月0.7%上昇のあと,11月に1.5%,12月に1.6%と急騰,前期比でも2.9%の上昇となつた。月間上昇率が1.5%をこえたのは31年9月以来のことであつた。この時期は公共投資による需要誘発効果の浸透に加えて,設備投資をはじめとするその他の需要項目もいつせいに急増した。このような局面で年末需要が加わり,電気機器,非鉄金属を除く全ての品目が上昇を示した。また,このころから海外商品市況も騰勢を強め,羊毛,綿花などの繊維原料や飼料原料,つれて繊維製品などがかなりの上昇となつた。
しかし,最も大きな特徴は製材,丸太を中心とした,製材・木製品,非食料農林産物の空前の高騰である。この期の前期比上昇に占る上記2品目の寄与率は56.8%,とくに11月の前月比では実に80.2%に達した。
48年1~3月は景気が過熱的様相を強めるなかで,卸売物価の異常な高騰が続いた時期である。総平均は前月比1月1.5%,2月1.6%,3月1.9%の上昇となつた。この結果,47年11月以降5ケ月連続して1.5%以上の上昇率が続いたことになるが,これは25~26年の朝鮮動乱時以来のことであつた。
国産丸太,製材は次第に鎮静化したがいぜん高水準に推移し,海外相場高の輸入丸太,素材高の木製品が上昇した。非食料農林産物も,綿花が1月まで,羊毛が3月まで急騰を示した。しかし,この時期に主導的な地位を占めたのは繊維製品である。とくに天然繊維の原糸類は定期市場における投機資金の流入もあつて暴騰した。さらに織物や衣料も上昇率を強めたが,これには素材高とともに消費者の先高懸念による買い急ぎも影響していた。また48年初には,わが国における需給のひつ迫および欧米諸国の景気拡大と海外インフレーションの進展を背景に,輸出入物価が騰勢を加速した。このため2月の変動相場制移行に伴う円相場の上昇も前回のような効果を発揮しえず,輸出入物価はともに2月に小幅下落の後,3月には再び上昇に転じた。
このように48年1~3月においても繊維製品,製材・木製品,非食料農林産物の急騰3品目が,全体の上昇に寄与した度合はいぜんとして大きかつた。しかしこの時期に目立つた特徴は,それまで基調としては上昇傾向にありながらも個々に異なつた動きを示していた食料品,パルプ・紙,金属素材,鉄鋼,非鉄金属,一般・精密機器,化学製品,窯業製品などの品目が,いつせいに騰勢を強めたことである。ちなみに急騰3品目を除いた指数の月間平均上昇率をみると,47年1~3月横ばい,4~6月0.1%,7~9月0.3%,10~12月0.4%上昇のあと,48年1~3月には実に0.9%の上昇となつている。
つぎに卸売物価の谷からピーク(今回はピークにかえて48年3月までとした)までの上昇を,特殊分類で過去の動きと比較してみよう( 第10-4表 )。
景気回復局面ではいつの場合も生産財の上昇が大きいが,とくに今回は製品原材料に比べて素原材料と建設材料の上昇が著しい。また従来は物価上昇期にも落着いていた資本財が今回は相当の上昇となつたほか,消費財の上昇も著しい。さらに,円切上げがあつたにもかかわらず輸出入物価はかなり上昇しており,とくに輸入物価の急騰が目立つている。
このように卸売物価はまさに全面的高騰を示したのであるが,次にその要因を探つてみよう。
年度後半の卸売物価の急騰は,基本的には急速な需給関係の引締まりによってもたらされたものである( 第10-5図 )。当庁試算の需給ギャップ率は当初の緩やかな縮小から年度後半には急速な縮小に転じている。これは今回の景気回復が,前半は主として公共投資と住宅投資に主導された緩やかなものであったのに対し,後半はこれらが引続き活発であったのに加えて設備投資,輸出,在庫投資,消費と各需要項目がいつせいに盛り上りをみせ,急速な景気拡大を示したことと対応している。しかし,需給関係の改善は単に需要の増大だけによるものではなかつた。年度後半の需給ひつ迫にはいくつかの供給面の制約も無視できない要因として存在していた。
第1は,需要の拡大か予想以上に急速であつたがために生じた供給態勢の対応の遅れである。今回の景気回復は円切上げ直後からはじまつただけに輸出環境の先行きに対する見通しも厳しく,さらに公害防止や福祉型経済移行への要請もあつて,長期的にも短期的にも急速な経済の拡大を予想するものは少なかった。
このためとくに製造業における設備投資意欲は盛りあがらず,ストック調整が進展したので,生産能力の伸びは過去の局面に比較し低い水準を続けた。このことは需要が急増した場合に需給ギャップの縮小が急速になる条件をもつていたことを意味している。また回復初期における景気の先行きや自社の売上げに対する企業の見通しも今回はかなり低目であつた。従来の回復期にはすぐに売上実績が当初予想を大幅に上回つていたが,今回は4~6月になつても売上実績の回復は十分でなく,企業の製品需給判断や景気の先行き見通しもそれ程好転していなかつた。このため企業の製品や原材料在庫の積増し意欲は弱く,流通在庫投資は増加したものの物価上昇圧力とはならなかつた( 第10-6図 )。
こうした局面から年度後半に一転して需要が急増したため,生産態勢の対応がすぐにはできず,需給ひつ迫へのテンポを速めた。製品・原材料在庫率は急速に低下し,在庫投資態度も急速に強まつたことが,全面的な物価上昇への契機となつた。たとえばセメントは,6月までは梅雨期であることに加え,先行き需要もそれ程強いとは予想していなかつたため,生産を抑制気味にし製品在庫も圧縮していた。しかし梅雨明け後は公共需要が例年になく多いことに対処し稼働率を急速に高めた。その後もさらに需要の拡大がつづき,例年必要となる年末需要のための備蓄もできず,1~3月の極度の需給ひつ迫につながつていつた( 第10-7図 )。
しかし今回の需給キャップ率は過去に比較してきわだつて縮小しているという状況ではない。それにもかかわらず需給のひつ迫感が大きいのは,需要見通しを誤つたがために生産能力に対応するような労働力,原材料の確保や生産態勢の編成ができず,思うように生産拡大ができなかつたことも影響している。とくに中小企業では労働力不足によりフル生産が不可能な部門もでてきた。たとえば鉄鋼のなかでも建設資材の小棒や中小形形鋼は生産に占める中小メーカーの比重が大きいが,秋以降の需要急増に対し労働力の補充ができず,設備余力を残して生産の伸びは頭打ちとなつた。その後は大手メーカーが生産を増加させたが,年末以降は,これもほぼフル生産となつたため小棒や中小形形鋼には生産を向けられず,需給がひつ迫し価格の暴騰をみた( 第10-8図 )。
第10-8図 中小鉄鋼メーカーの建設関連資材の生産と価格の推移
第2は,需要見通しの誤りとは別に意図した供給の抑制があげられる。47年度には鉄鋼をはじめとして13の不況カルテルが実施された( 第10-9表 )ほか多くの業種で生産調整が継続された。これらの生産調整は悪化した需給関係を急速に改善することを目標に始められたが,需給関係の改善が緒についた後も,需給関係をより改善するための生産抑制がみられた。したがつてこのような情勢下で需要が急速に増大したので供給態勢の対応が遅れ,価格は顕著な回復を示した。このことは47年12月末でステンレス鋼など一部を除く不況カルテルが期限切れとなつた後も,値上り傾向を残す原因となつた。
第3に,需要予測がある程度可能であつたとしても,急速には供給を増加することのできない商品の需要が急増したことである。とくに自然条件に制約がある商品でこの影響が大きかつた。たとえば,天然繊維の見直し人気で世界的に需給がひつ迫している羊毛,綿花や,公共投資,住宅投資の急増に対して供給の追いつかない木材,砂利,砂などがあげられる。
以上のように,需要の急速な拡大と供給面での隘路が物価上昇の基本的要因であつたが,さらに海外インフレや流動性過剰などの諸要因が加わり相乗作用を示したことが全面的かつ大幅な物価上昇をもたらしたとみられる。以下ではこれらの要因をみてみよう。
その第1は世界景気の拡大と海外インフレの影響である。需給関係の改善という視点からみれば,世界景気の拡大と海外インフレはわが国商品に対する海外からの需要増加をもたらし結果的に国内需給ひつ迫要因として働いた。欧米諸国の景気がいつせいに上昇を加速した47年夏頃から,それまで弱含みに推移していた実質輸出は増勢に転じ,7~9月,10~12月には内需を上回るほどの伸びを示した。
一方,年度当初は卸売物価にマイナスの要因として作用していた輸人物価が,秋口以降急騰に転じたことの影響も大きい。世界景気がいつせいに拡大を続けるなかで,一次産品を中心とした国際商品の需給がひつ迫し,これら商品の市況高騰が素原材料輸入依存度の高いわが国の卸売物価を押し上げた。とくに繊維原料や穀物など消費関連素原材料の上昇が著しかつたことから,消費者物価への影響も早めにあらわれることとなつた。
しかも,これらは自然条件の制約から急速な需要増加に供給の対応が不可能な商品が多い。とくに今回は世界の素原材料輸入に大きな比重を占めるわが国の急速な景気上昇が,これら商品の騰勢を加速した面も強い( 第10-10図 )。このことはわが国の買付けが減少した48年4月に,羊毛やゴムの海外市況が反落を示したことにもうかがわれる。また,一次産品の代表的輸出国であるアメリカにおいて,48年1月には木材輸出禁止を内容とする法案の上程が検討され,6月にはインフレ対策として飼料や穀物などの輸出規制案が打ち出された。当面,世界的にみた一次産品の需給はひきつづきひつ迫気味に推移するものと予想される。したがつて,これら一次産品を含めて次第に深刻さを増している資源問題は,わが国の物価上昇を促進させる要因となつてきている。
第2は流動性過剰の影響である。46年度からの外為会計の巨額な散超が,金融緩和政策とあいまつて通貨量の急増をもたらし,流動性過剰の状態が現出したことは本論でみたとおりである。異常に高い流動性の影響は,まず土地や株式などの資産価格の上昇としてあらわれたが,景気回復が進展するにつれて卸売物価にも影響を与えた。需給関係の改善という視点からみれば流動性過剰の状態は,いつたん支出活動が上向くと支出の増加速度を加速させ,需給ギャップの縮小を速める効果をもつたとみられる。とくに,金融感応的な中小企業の設備投資や個人を中心とした住宅投資などではこの影響が大きかつた。また流動性過剰は商社等の大幅な流通在庫投資を可能としたことも見逃せない。とくに年末には,投機的な買付けが物価急騰の契機となつた。さらにより直接的には,定期市場における大量の投機資金の流入が異常な投機相場を形成し,一部商品の卸売物価に影響を与えたと考えられる( 第10-11図 )。
第3は物価の急騰がさらに物価上昇をもたらすという,いわゆるインフレ心理の影響である。土地や株式などの資産価格が高騰し,物価上昇が多くの商品に及ぶにつれて,企業や個人にインフレ心理が醸成された。流動性過剰を背景に,人々の物価上昇に対する予想が強まれば,現実の物価をさらに押し上げる要因となろう。
第10-11図 毛糸における定期市場の商品相場と卸売物価の動き
47年度の卸売物価が当初の落着いた動きから短期間に朝鮮動乱期以来という異常な物価高騰へと急転回したのは,以上のような諸要因が重なつて相互に増幅しあつたためである。このような状況に対し,累時の公定歩合引上げを中心とした金融引締め政策の強化や,財政支出の年度内繰延べ,個別商品に対する価格抑制対策などの処置がとられている。しかし,48年度に入つてからの卸売物価は1~3月の異常な騰勢と比べれば,やや伸びは鈍化したものの,いぜん根強い上昇を続けている。
すでにみた物価上昇要因のなかには,今後とも根強い物価上昇への圧力となるような長期的要素が内在されている。変動相場制の継続は必ずしも海外インフレの遮断を意味するものではなく,また通貨供給量が急増したあとだけに,流動性過剰の状態を改めるにもかなりの時間を要する。さらに一度各経済主体の行動に組込まれたインフレ心理を冷却することはとくに困難といえよう。
40年代前半の高度成長期に確立された賃金決定機構は,長期不況をうけた47年においても生産性に比べ大幅な賃金上昇を継続させた。ごのため,景気が回復過程に入つても従来とは異なり,賃金コストはほとんど低下せずに再び上昇に向おうとしている。
本報告にあるように,30年代後半以来,物価上昇の要因として賃金コストの上昇がみられたのは,主として中小企業製品においてであるが,40年代に入つてからは大企業製品においても賃金コスト圧力が強まつてきている。さらに自然資源の制約や公害防除の要請に伴うコスト上昇圧力も一層強まろう。こうした状況は企業の市場支配,価格支持への指向を一段と強める可能性がある。このことは卸売物価がかなりの高水準にまで上昇していた2月時点で行つた当庁「当面の企業行動に関する調査」によつてもうかがうことができる( 第10-12図 )。今後わが国経済は福祉充実のための産業構造へと転換をすすめてゆかねばならないが,企業の価格支持行為が容易な環境下では需要シフトに伴う価格変化が単なる相対価格の変化にとどまらず,物価水準全体を押上げる危険をはらんでいるといえよう。
47年度の消費者物価(全国)の上昇率は前年度比5.2%と43年度から46年度の平均である6.4%を下回つた( 第10-13図 )。
まず47年度の動きを四半期別にみると,対前年同期比で4~6月期4.6%,7~9月期4.5%,10~12月期4.5%の上昇と落着いた推移を示したが,48年1~3月期は7.1%へと急騰した( 第10-14図 )。
これは野菜など季節商品の価格が安定したこともあるが,卸売物価が比較的安定していたことや45年以来の長期にわたる景気後退によつてもたらされた消費需要の弱まりなどが時間の遅れを伴つて消費者物価の上昇を鈍化させたことが主因である。しかし,48年に入ると景気は急上昇を示し,卸売物価の急騰,現金給与総額の増加,消費需要の拡大などから,工業製品消費者物価は騰勢を強め,47年中落ち着いていた野菜の天候不順による価格上昇もあつて,消費者物価の騰勢は前月比で1月1.0%,2月0.8%,3月2.6%と急速に高まつた。
費目別にみると,①食料では10月に米の政府売渡し価格が4年振りに引き上げられたが,野菜,果物など季節商品が大幅に下落したこともあつて,全体としては比較的に安定した推移をみせた。しかし48年に入ると野菜,肉類,加工食品などには上昇がみられた。②住居では,家賃地代が根強い騰勢を示したのに加えて,年度後半には設備修繕(大工手間代,角材,ベニヤ板など)が,輸入丸太などの急騰から上昇に転じた。③被服は,年度前半には4%台の上昇と比較的落ち着いた動きを示していたが,後半羊毛などの騰勢が強まつたことの影響により急騰した。④雑費では教育,保健医療,交通通信など公共料金が大きく上昇したが,全体では過去5年間で最低の上昇となつた。
第10-14図 消費者物価(全国)の推移(前年同期比上昇率)
また特殊分類でみると,①サービスは公共料金が上昇したほかは,総じて上昇率が前年度を下回つた。とくに個人サービスの価格上昇率は年度前半には大幅に鈍化した。しかし年度後半には,民営家賃間代が,土地,建物価格の急騰などから再び騰勢を強めるなど,民間サービスの騰勢も強まつてきている。②工業製品でも,中小企業性製品価格は比較的早くから上昇率を高めていたが,大企業性製品も後半には耐久消費財を除いて上昇テンポを強めるにいたつた。
このように,景気が上昇から過熱的状況へと変化する中で,消費者物価も年度前半の比較的安定した動きから年度末にかけての急騰へと大きな変化をみせたのである。
47年中は季節商品は総じて上昇率を大幅に鈍化させており,これが年末頃まで消費者物価総合の上昇率を鈍化させた大きな要因の一つとなつている。とくに果物は,天候が良好であつたことに加えて結果樹面積の増加もあり,みかんを中心として供給量が大きく増大したことから価格は大幅な下落をみせている。生果物の消費量は,全体としてほぼ安定した増加をみせておりこのような需要の安定のもとでは,物価の動きを左右するのは主として供給量である。東京都における野菜と果物の消費者物価と中央卸売市場の取扱数量および平均価格の動きを追つてみると( 第10-15 , 第10-16図 )卸売市場への入荷量と消費者物価は逆相関の関係にある。
第10-15図 野菜の月別取扱数量と物価の動向(前年同月比上昇率)
47年においては夏期に一時的な取扱い数量の減少から価格が上昇しているが,年間を通じ総じて供給量の増大から価格が大幅に下落している。しかし,48年に入り,野菜は一部地域においては暖冬の影響で例年より早く出回り,それが春の供給不足を生じたため価格は上昇を示した。
野菜,果物などの季節商品価格の安定は,以上の事実が示すように,供給量の安定にかかつている。
一方農産物の供給量は天候や作付面積の増減により大幅に変動する。また一度供給過剰が価格を下落させると,つぎの時期の作付けを減少させ,それが過少供給による価格上昇をもたらすという循環的ともいえる価格変動が生じている。
第10-16図 果物の月別取扱数量と物価の動向(前年同月比上昇率)
価格の大幅な下落は,高騰する場合と同じく健全な農業経営を阻害する要因になる。農業経営を安定させ得るためにも安定した価格の維持が重要なことである。このためにも価格の安定措置,経営規模の拡大による生産性の向上,野莱集団産地の育成などの施策をいつそう推進する必要がある。これらを通じて作付面積の安定維持がはかられるべきであり,また都市近郊産地での作付面積の減少に対処するために新らしい産地の育成など産地間のローテーションに支障をきたさないようにする必要がある。また,同時に卸売市場の整備など流通合理化対策のいつそうの推進が必要となろう。
理髪料,パーマネント代,クリーニング代,洋服仕立代などの個人サービス料金は,46年後半から上昇率を鈍化させ,47年度は前年度比7.8%の上昇と46年度の10.4%上昇に比べれば鈍化している。47年度の鈍化はなぜ生じたのであろうか。
一般に対個人サービスは従業員数名の小規模経営が大半であり,労働生産性も,技術的に上昇の余地が少ないものが多く,かつ原価構成に占める労務費のウエイトはきわめて高い。したがつて一般的な所得水準の上昇のなかで,サービス業の賃金も上昇するが,それは料金の引上げによつて賄なわれるということになりがちである。
個人サービス価格の上昇を消費需要と賃金コストの二つの要因に分解してみると,賃金コストの変動は,価格変動に大きな影響を与える( 第10-17図 , 第10-18図 )。46年後半から47年初めまでサービス業の労働生産性は前年水準を下回つており,一方賃金率は景気の後退下においても多分に下方硬直的である。この結果貸金コストは増大し,サービス価格の上昇要因となつた。もつとも一方で消費支出(実質)が46年中減少を続け,それが,時間の遅れを伴つて47年のサービス価格の上昇率を鈍化させる原因となつている。
第10-17図 個人サービス消費者物価と消費支出,賃金率,労働生産性の推移(前年同期比上昇率)
47年度前半には,消費者物価の上昇が鈍化するなかで,相当数の公共料金改訂が行なわれた。従来から公共料金は物価安定政策の一つの柱として引き上げを極力抑制する方針で運営されてきている。しかし46年には公共料金のストップ措置がとられたこともあつて,47年度には相当数の改訂が行われた。とくに6大都市のタクシー料金(2月),航空運賃(7月),営団地下鉄,6大都市の市電・市バス(8月,11月,48年1月)など,大都市交通運賃の改訂が広く行われた。そのほか医療費(2月),電報(3月),国立大学授業料(10月)なども改訂された。
このような公共料金の改訂は,主にコスト上昇が強まる傾向のなかで,供給機関の経営が悪化していることによる。たとえば46年度のバス事業の収支状況をみると,コストに占める割合が大きい人件費が上昇しそれによるコスト・アップが収支状況を悪化させていることが分る。収入面をみるとバス,タクシー事業などの交通事業は最近になりいわゆる過密過疎による伸び悩みが目立つ。大都市では,路面交通の混雑化などでの定時運行が困難となり,輸送効率が低下している。また地方では人口の過疎化とマイカー増加による公共交通機関による輸送人員の減少がみられる。
公共的なサービスを供給する機関の生産性向上は,一般の製造業に比べ低い水準で推移してきており,ほかの物価や所得が上昇傾向にあるなかで,公共サービスの料金引上げを抑制しつづけることは,公共サービス供給機関の採算を悪化させることを意味する。
このためこれら供給機関の経営努力による生産性向上を求めると同時に,サービス内容の低下や供給の不足を防ぎ得る価格体系の見なおしも必要となろう。また一方では公共財,サービスの供給をどのような負担のもとで充実させるかといつたより広い問題のなかで公共料金体系を再検討する必要があろう。
47年中は比較的落着いていた工業製品価格は,48年に入り景気の急拡大とともに急騰するにいたつた。
これは,第1に消費関連素原材料の急騰を主とする卸売物価の高騰の影響があらわれたためである。第2には,47年度に入つて,景気が回復するとともに年度後半から主として所定外労働時間の増加から勤労者の賃金が上昇し消費需要もその増加テンポを高めたことである。
先に見たような卸売物価の急騰は,消費需要の拡大と賃金上昇率の高まりのなかで,いくぶんの時間の遅れをもつて消費者物価の上昇を加速化させている(本報告 第3-19図 )。
卸売物価のなかで特に急騰を示した羊毛などの繊維について消費者物価との関係をみてみると( 第10-19図 ),両物価の共通品目どうしでは,ほとんど時間の遅れなしに,卸売物価の価格変動が消費者物価に波及している。
しかし繊維総合では2~3四半期の遅れをもつて卸売物価の変動が消費者物価に波及している。そうしたなかで消費者物価の変動は多分に下方硬直的であるのも特微である。
これは原材料中心の卸売物価に比べ,最終製品中心の消費者物価はもともと需要の変化にあまり感応的でないこと,消費需要の変動は投資などに比べて小幅であること,さらには長期的な価格上昇の経験からくる一種の期待価格水準で消費者物価が設定されやすいことなどのためと思われる。
48年に入つてからも卸売物価の騰勢は根強く,その波及効果もあり消費者物価も高い上昇率を持続すると思われる。
このような動きを商品単位でみると,国際商品市況を反映して高騰した木材,大豆,羊毛など一部の原材料卸売物価は比較的短期間で消費者物価に波及している。
たとえば48年1~3月の動きを前年同月比でみると,大豆を原料とする豆腐は1月6.0%,2月48.0%,3月44.4%,その間納豆は5.2%,69.0%,73.3%と急騰している。繊維品も同様に婦人服は22.1%,30.5%,47.0%,ワイシャツは7.9%,9.8%,11.9%,ネクタイでは11.3%,13.9%,17.6%と上昇率を高めている。
設備修繕関係でも角材が2月には前年同月の2倍余となり,そのほか板材,ベニヤ板なども高騰している。
このように原材料から最終消費財までの加工工数が比較的少ない加工期間が短いものにおいては,原料価格の高騰は短期間に,かなりの強さで消費者物価の高騰につながつている。
このような原材料高騰を背景に年度末には工業製品消費者物価はほとんどの品目で騰勢を強めており,農水畜産物価格,サービス価格も上昇率を強めた。
こうしたなかで,48年の春季賃金交渉では,平均20.1%(労働省集計,主要企業)という大幅な賃金上昇が決定されている。
大幅な所得の上昇は消費需要を高めるだけでなく,それを上回る生産性の上昇がない場合には賃金コストを上昇させ,それが価格に転嫁されやすい。現在のインフレ心理の高まりのなかでは,とくにそのような企業行動がとられ易いといえる。
このようにみてくると,消費者物価の騰勢は容易には収まらないとみなければならない。
以上のように47年度の物価動向をみると,年度後半以降卸売物価が急騰し,本年に入つてからは消費者物価も騰勢を強めた。この間,株価や地価もかなりの上昇を示し,わが国経済はインフレーションの脅威に直面した。建設コストの上昇は国民の住宅建設の夢を遠ざけ,年率10%をこえる消費者物価の高騰は所得上昇の多くの部分をたちまち相殺してしまう。このような事態が一度経済体制に組み込まれるとその解決はますます困難となる。異常な物価上昇の持続は資源の適切な配分を阻害し,分配の公正を歪め,国民の福祉充実に重大な影響を及ぼすので,その進展を阻止することは緊急の課題である。そのためには強力な財政・金融政策を中心にあらゆる手段を動員してこうした事態と対決してゆかねばならない。