昭和48年
年次経済報告
インフレなき福祉をめざして
昭和48年8月10日
経済企画庁
昭和47年度は,大幅緩和の持続から流動性過剰が問題となるに至つた年であつた。
47年度当初の金融政策は,前年度に引続き景気の確実な回復,国際収支の均衡が目標とされ,積極的な緩和がはかられた。金融機関貸出は大幅に増加し,マネー・サプライ(現金通貨および預金通貨の残高)も高い伸びを続けた。この結果,マネー・サプライの国民総生産に対する比率であるマーシャルのkが30%を超える高い水準で推移するなど経済全般の流動性は著しく増大した( 第9-2図 )。
こうした金融緩和政策と積極的な財政政策を背景に景気は46年末を底として回復に向かい,47年秋以降は急速な上昇を示すにいたつたのである。景気が急速に拡大するなかで,流動性が増大していたこともあつて株価や地価の急騰がつづき,秋口からは卸売物価も高騰した。このため,48年1月には預金準備率の引上げと金融機関貸出に対する窓口指導が実施され,金融政策は引締めの方向に転換された。その後,預金準備率の再引上げ(3月)など引締めはしだいに強化されたが,景気は過熱の様相を濃くし,卸売物価の高騰も続いたため,4月には公定歩合が0.75%引上げられるなど本格的引締め措置が実施された。さらに5月には公定歩合の再引上げ(0.5%),預金準備率の第3次引上げが決定され,7月には公定歩合の第3次引上げ(0.5%)と預貯金金利の引上げが行なわれた。
金融政策は以上のように緩和から引締めへと大きく転換したが,こうした変化は金融市場に敏感に反映することとなつた。金融市場は,日銀券の増発や租税収入の増加を中心とした財政の揚超からすでに8月ごろから小締まり感を示していたが,引締め政策開始後はしだいに引締まりの度合を強め,コール・レートや手形割引レートはかなり急速に上昇した。
一方,金融機関の融資態度は,47年夏ごろからは貸出の行き過ぎに対する警戒感が強まつたものの,47年末までは総じて積極的であつた。しかし48年に入り引締め政策が発動されたあとは都市銀行を中心にしだいに融資抑制の動きが広がつてきている。もつとも,多くの金融機関のなかには貸出の伸びが容易には鈍化しない分野があり,また,全体として貸出増加額の伸びは鈍化しても,前年度急増のあとだけに貸出残高はいぜん高い伸びをつづげている。
このように金融市場は引締まりの度合を強め,金融機関の融資態度もしだいに抑制的になつてきたが,企業金融の緩和感には48年5月頃までのところ大きな変化がみられない。これは,企業の手元流動性に余裕がある一方,緩和期における企業間信用の収縮も著しかつたためである。
こうしたなかで,公社債市況は47年秋頃から軟調気味に推移し,48年に入ると流通利回りは再び応募者利回りを上回つている。一方,47年度の株式市況は,金融超緩和,株主安定化工作等による法人の株式大量取得を背景に活況を呈したが,48年に入り引締め政策の発動もあり,低迷を続けている。
以下こうした47年度の金融動向を詳しくみてみよう。
昭和47年度の金融市場は,年度当初から夏頃までは前年度以来の緩和基調が続いたが,その後しだいに緩和感がうすらぎ,48年にはいると引締りに向うこととなつた。
47年夏以降金融市場に変化がみられたのは,①実体経済の拡大にともない日銀券の増勢が高くなつたこと,②税収の伸びも高まつてきたこと,③外為会計散超額が前年にくらべ著しく減少したこと,④日銀が引締め気味の市場調整を行なつたことなどのためである。その後48年にはいると金融政策が本格的な引締め政策に転換されたことにともない,金融市場は小締まりから引締まりへ向うこととなつた。
第9-4図 中小企業金融機関(相互銀行+信用金庫)の資産運用の推移
こうした動きを反映して夏頃にほぼ下げどまつたコール・レートなど市場金利は年度後半から上昇に転じ,また市場資金残高も増加していつた( 第9-3図 )。
以上のような推移のなかで,47年度の金融市場には次のような特徴がみられた。
第1は手形売買市場の役割が大きくなつたことである。46年5月に開設された手形売買市場は急速にその規模を拡大し,47年7月には資金残高がコール市場資金残高とならび47年12月以降は手形売買市場の資金残高がコール市場のそれを上回るようになつている。これは金融緩和期には金融機関相互の資金取引が短期もの(コール市場)中心に行われるのに対し,金融ひつ迫期にはやや長期の取引(手形売買市場)が中心になる傾向にあることを反映していると同時に,やや長期的な資金運用の場である手形売買市場の成長を示している。
第2は中小企業金融機関など余資比率の高い金融機関が,金融市場への資金運用を貸出や債券運用にくらべ著しく減少させたことである( 第9-4図 )。コール・レートなど市場金利は年度後半に上昇したものの,債券の流通利回りまでにはいたらず,また緩和期における経験からこれら金融機関が余資比率を高めるより貸出を積極化した方が有利と判断したためと考えられる。
なお,47年度の資金需給実績は,前年度の2兆1,749億円の資金余剰とは様変りの2兆373億円の資金不足となつた( 第9-5表 )。これは①日銀券が個人消費の増大など国内経済の全面的拡大を反映して1兆5,350億円の大幅な増発となつたこと,②外為会計散超額は1兆7,870億円といぜん大きかつたものの,前年度(4兆3,556億円)にくらべれば半分以下になつたこと,③景気拡大にともない税収が大幅に伸びたこと,④新規長期国債の発行額が多額にのぼつたこと,⑤48年1月と3月の預金準備率引上げにともない,準備預金額が大幅に積み増されたことなどのためである。
47年度の金融機関の預貸金動向をみると,預金,貸出とも外為会計の大幅散超から著しい伸びを示した前年度をかなり上回る増加となつた。
全国銀行の実質預金は47年度中12兆9,474億円の増加となり,前年度の増加額(11兆3,682億円)を13.9%上回つた。これを業態別にみると,前年度巨額の外貨資金流入から著しい伸びを示した都市銀行は前年度比0.6%の減少となつたが,地方銀行は同50.0%増,長期信用銀行は同11.1%増となつた。
一方,中小企業金融機関(相互銀行と信用金庫)の預金増加額は4兆5,391億円となり,前年度の増加額(2兆8,837億円)を57.4%上回る高い伸びとなつた。
前年度後半に流入した巨額の外貨資金は,金融機関のポジションを改善させ資金供給態度を積極化させた。
全国銀行の47年度貸出増加額は12兆7170億円となり前年度の増加額(9兆9271億円)をさらに28.1%上回る大幅な増加となつた。
一方,中小企業金融機関の貸出増加額は4兆1195億円となり前年度の増加額(2兆3863億円)を72.6%上回る高い伸びとなつた( 第9-6表 )。
これは,貸出がやや伸び悩んだ前年度との対比であるために伸びが高めにでている面もあるが,47年度は中小企業の資金需要がいち早く回復したうえ中小企業金融機関も積極的に貸し進んだためである。
こうした金融機関貸出を業種別にみると,不動産,建設,卸・小売,レジャーなど非製造業向け貸出や個人向け貸出の伸びが著しい(本報告 第1-44図 参照)。
本報告第1-44図 全国銀行業種別貸出の推移(増加額の構成比)
まず,非製造業向け貸出が増加した要因をみてみよう。第1は,公共投資を中心とした財政支出の増大や住宅投資,個人消費の増大が非製造業に対する需要を高めた結果,非製造業の借入需要が増大したためである。過去の例をみても,例えば個人消費や財政支出のウエイトが高まつたときには,サービス業の生産,借入もそれに応じて高まつている( 第9-7図 )。第2は,金融緩和がこれら非製造業の投資を喚起し,それが新たな資金需要を引出したことである。非製造業には中小企業が多く,もともと製造業にくらべて資金ひつ迫時の借入が容易でなかつた面があつた。しかし今回の大幅緩和のもとでは金融機関がこれら非製造業向け貸出を積極化させた。また非製造業は製造業に比べて付加価値に占める金融費用のウエイトが大きいなど,金利に敏感であり,金利低下が非製造業の投資に対して大きな誘因になつたと思われる。
一方の製造業は,需給ギャップが大きかつたことにくわえ,輸出環境の悪化などから先行きに対する不安感も強かつたため,投資意欲が高まらなかつたと思われる。
つぎに個人向け貸出をみると,全国銀行では,47年度の個人向け貸出は1兆6,200億円も増加し総貸出に占める比率(47年度末6.2%)も急速に高まつた。とくに住宅ローンは残高ベースでほぼ前年度比倍増(99.4%増)の高い伸びとなり,民間住宅投資を金融面から支えた( 第9-8表 )。
第9-7図 国民総生産の需要項目と産業別の生産額,借入額(構成比の推移)
こうした住宅ローンを中心とした個人向け貸出の増加は,金融緩和を背景に金融機関が貸出態度を積極化させた面が大きい。金融機関は46年末と47年夏に金利の引下げや期間の延長など住宅ローンの条件を大幅に緩和した。こうした条件緩和によつて借り手の側からみたアベイラビリティ(銀行信用利用可能量)は著しく高まつたのである( 第9-9図 )。
引締め政策発表後,金融機関の融資態度はしだいに抑制色を強めている。全国銀行貸出増加額は前年同期比で,47年10~12月の40.0%増のあと,48年1~3月は21.1%増と高水準ながら増勢に落ち着きがみられた。その後の貸出も窓口指導の強化などから増勢鈍化傾向がみられる。しかしこれまでの増加額が非常に大きかつたことから,貸出残高の前年同月比伸び率では4月も25.3%と大きく鈍化傾向を示すまでには至らず,また全国銀行以外の金融機関は貸出の伸びがなお高い。この間,土地関連融資の規制や大商社への融資規制など選択的な信用規制が相次いで打ち出されたことから,これまで高い伸びを続けてきた卸・小売業,不動産業,建設業向けの貸出は鈍化している。
企業金融は47年度中も引続き緩和基調で推移した。手元流動性は高水準に推移し,企業間信用の収縮もいつそう進んだ。
この間の企業の投資活動をみると,非製造業の設備投資は堅調な推移を示したが,製造業とくに大企業製造業の設備投資はかなり出遅れた。日銀「主要企業短期経済観則」でみると製造業・大企業の設備投資は,対前年度比で46年度の10.2%の減少のあと47年度も下期には,増勢に転じたものの年度間では8.5%の減少となつた。非製造業向け貸出が増加したことは前述のとおりであるが,製造業も実物投資は減少したものの,40年緩和のように銀行借入の返済が進むことはあまりなかつた。今回は海外部門からの資金流入を中心として企業流動性が著しく増大したあとも借入れの返済を行なわず,むしろ手元現預金を積み増したり,有価証券投資や土地投資を行なつた点が特微である。
企業金融の緩和が急速に進んだ後も企業がこのように借入を増加させ,高い手元流動性水準を維持した背景を考えてみよう。第1は先行き見通し難に基づく予備的な通貨保有の強まりである。アメリカの新経済政策にはじまる国際通貨情勢の激変や,環境問題の深刻化などは従来の輸出・重化学工業中心のわが国経済の成長パターンが大きな転機にさしかかつたことを示すものであつた。こうしたことから企業が先行きについて大きな不安を抱き,それが企業の流動性温存意欲を強めたといえる。
第2の背景は,銀行との取引関係に対する企業の配慮が強く働いたことである。40年緩和時に銀行借入を返済した企業は,その後の資金ひつ迫時に借入を受けにくいという経験をした。それに対し,今回は,銀行の積極的な貸出態度に応じて銀行との長期的な取引関係を維持しようとする動きが一般的であつた。
第3の背景は通貨保有のコストが低下したことである。実物投資の期待収益率が低い一方,借入金利は低下テンポを速めた結果,企業が借入れた資金を預金におくことの実際の金利負担と機会費用はともに低下した。
以上のような企業の流動性選好の高まりは,やがて土地,株式への投資増や商品市場への資金流入という形で減退した。しかし投資資金の多くは再び金融機関預金に還流したため,金融機関の預貸率はさほど高まらず,企業金融も全体として引締ることはなかつた。
金融引締め政策発動後も,これまでのところ企業金融はいぜん余裕含みに推移している。日銀「短観」によつて企業の資金繰り判断をみると,金融機関の貸出態度をゆるやかであるとみるものの割合は急速に減少してきたが,資金繰りが楽だとするものの割合は42年,44年の引締め時を上回る水準にある( 第9-10図 )。
また主要企業の手元流動性比率は本年3月末で1.22か月と前回の44年の引締め当時の0.95か月に比べかなり高い水準にあり,これが今回引締め時の極めて特徴的な点となつている( 第9-11図 )。このように手元流動性が厚いことは,今後資金需要が増大しても,手元現頂金をとりくずすことによつて資金手当を行なう余地がそれだけ大きいことを示すものである。
つぎに企業間信用をみると,主要企業の売上債権比率,買人債務比率は47年度中急速な低下を続け,46年ピークの3.73か月,2.51か月から本年3月末にはそれぞれ3.14か月,2.18か月にまで低下している。このように,販売条件,支払条件ともに従来になく大きく改善されたのである。しかも48年に入つてからは,製品需給がひつ迫しているために企業間信用がなかなか増加しにくい局面に入つている。日銀「短観」によつて,企業の製品需給判断をみると,需要超過とみるものの割合は過去の景気回復局面よりも高く,製品需給がひつ迫していることをあらわしている(前掲 9-11図 )。このような状態のもとでは,現金決済によつて行なわれる取引きの割合が高く,販売条件や支払条件がなかなか悪化しにくいことを示すものであろう。
以上にみたように,手元流動性や企業間信用が金融引締めのバッファー効果を持つ度合は従来よりも大きく,企業金融に引締め効果が浸透するにはかなりの時間がかかると思われる。もつとも,業種別に資金繰りの状況をみると,鉄鋼,輸送用機械,電気機械などを中心に製造業は比較的余裕含みである一方,建設,不動産,サービス業など非製造業の資金繰りが相対的に苦しくなつている。これら非製造業は今回の緩和局面で銀行借入れが大幅に増大し,借入依存度が急速に高まつた業種である。したがつて今後銀行借入れが抑制されるとともに借入金利が上昇し金融コストが高まつてくるにしたがい,これら非製造業の資金繰りは引締まつてくるであろう。
このように,金融引締めが企業金融に浸透するには従来よりも時間がかかるものの,非製造業からしだいに浸透していくものと思われる。
47年度の流通市場をみると,高騰を続けてきた市況は年度後半頃からしだいに軟化に向かつた。もつとも,金融市場の動向と密接な関係にある公社債市場と株式市場とでは時期的にいくぶん異なつた動きを示している( 第9-12図 )。
まず公社債流通市場をみてみよう。事業債をはじめ各種債券の流通利回りは46年後半から応募者利回りを下回つたが,47年中もこうした動きが続いた。この間,流通利回りが低下する過程でこれまでになく金利体系の正常化が進展した。コール・レートなど金融市場の短期金利と公社債レートとの間で,また公社債レートのなかでも償還までの期間に対応した利回りの差が生じた。しがし47年秋頃になると,先行き金融情勢が引締まりに転じるとの予想から,金融機関の一部に債券売却の動きが出てきたため市況は軟化に向かつた。47年6月頃流通利回り(AA格事業債,残存期間6~7年もの)は応募者利回りを0.6%ほど下回つていたが,47年10月頃にはその差は0.2%ほどに縮小した。さらに48年に入つてからは,流通利回りがふたたび応募者利回りを大きく上回つている。
このような推移を辿つた47年度の公社債市場ではこれまでにない大きな変化がみられた。第1は期間に対応した利回りが生じてくる過程で,売買主体が大きく変わつたことである。従来,市場での買い手の主役であつた中小企業金融機関や農林系統金融機関は運用利回りの低下から47年中は,むしろ売り手に回り,相対的に有利になつた貸出や系統預金,さらにはインターバンク定期預金に資金運用をシフトさせていく動きがみられた。こうした債券売却高の増大に対しては一般企業や投資信託が買い手としてのシェアを高めることとなつた。
第2は売買高がかつてないほど高まり,46年度の12兆2030億円から47年度は17兆7071億円にものぼつたことである。そして第3は,金融機関と一般企業の間で条件付売買が盛行したことや,株価の高騰を反映して転換社債の売買が目立つたことである。
一方株式市場をみると,株価は48年1月頃まで毎月のように高値を更新するなど市況は著しく過熱した。年度当初から48年1月のピーク時までの東証株価指数の上昇率は77.7%にも達した。しかし,その後金融政策が本格的な引締めに転換されたこと,国際通貨不安が再燃してきたことなどから,48年2月頃には株価は急落に向かつた。さらに年度末近くには,時価発行増資にからみ,市場における価格形成が問題化したこと等もあつて,市況は急速に鎮静していつた。こうした動きを1日平均出来高でみると,ピーク時の6億株台から最近では1億株前後と極端に減少している。
このような47年度の株式市場における主な売買主体は,公社債市場と同様金融機関と一般企業であつた。だが株主安定化工作を契機とし,金融超緩和によつて増幅された法人の株式大量取得は,株式需給の逼迫ならびに個人持株比率の低下を招くこととなり,株式市場の今後に問題を投けかけている。
47年度の発行市場は量的にも質的にも大きく前進した年であつた( 第9-13図 )。量的にみると公社債発行高,有償増資払込額はいずれも史上最高となつた。また質的にみても,公社債発行条件の大幅な弾力化,格付基準の見直し,転換社債や時価発行増資の高まりなどこれまでになく進展した。
まず起債市場をみてみよう。47年度の公社債発行総額は8兆6,000億円と前年度の7兆92億円を22.7%も上回つた。これを債券種類別にみると,企業の設備投資意欲が必ずしも大きくなく,また一部には転換社債へシフトしたことなどにより伸び悩んだ事業債のほかは,各債券とも前年度の発行額を上回つている。なかでも財政主導型経済の進展から,国債発行がこれまで最高の1兆9,674億円と多額にのぼつたのが目立つ。また転換社債発行額は2,880億円と,堅調な株式市況や企業の資金調達の高まりを反映して過去にみられないはど盛況となり,転換社債発行額比率(転換社債発行額÷全社債発行額)は30.5%と極めて高水準となりようやくわが国市場に定着しつつある。この間,発行条件の弾力化が大幅に進められ,とくに事業債は47年4月,7月,9月と半年の間に3回も改定が行なわれた。またこれまで硬直的であつた事業債の格付基準を改め,47年10月より発行企業の財務内容など質的側面を重視した新格付基準が採用された。さらに48年1月には無担保転換社債の発行が実現することとなつた。こうした発行市場の質的向上には円建外債発行を中心とするわが国資本市場の国際化の進展が大きく影響している。
次に増資の状況をみると,有償増資払込額は1兆2,982億円と起債同様史上最高を記録した。しかも単に量的に拡大しただけでなく,時価発行増資のウエイトが高まり企業の資金調達の多様化が進展した。増資プレミアム額は8,078億円となり,プレミアム比率(プレミアム額÷有償増資払込額)は62.2%と46年度(21.1%)から飛躍的に上昇した。
このように47年度の発行市場は質的にも量的にもかつてないほど前進したといえる。だがこうしたなかで,同時に①親引け(公募増資の際発行企業の関連法人や役職員に優先配分し,一般公募分を少なくすること)が盛行し,公募増資本来の趣旨からかけ離れたものがかなりみられたこと,②時価発行増資が急増するとともに,市場における公正な株価形成があらためて間われるようになつたこと,③金融引締め期に入ると再び消化環境が悪化していること( 第9-14表 )などいくつかの問題点も生じている。
このため,こうした問題点を漸次解決するため,市場関係者の間でルールづくりが進められているが,今後とも資本市場の健全な発展のため一層の努力が必要であろう。
48年に入つてからのわが国経済をみると,景気は過熱し,物価の高騰が続いている。こうした問題に対処するポリシーミックスの一環として,金融政策は再び大きな役割を担つてきている。48年2月以降金融政策は変動相場制のもとで政策手段としての自由度が高まつたため,預金準備率や公定歩合が数次に亘り引上げられるなど本格的な引締めへ転換されている。
しかし,本格的な引締め政策の影響は金融市場には早めにあらわれ,金融機関の貸出もしだいに増勢が鈍化してきているものの,企業金融の段階ではいぜん緩和状態が続いており大きな変化はみられない。
かえりみれば,47年度の金融政策には,過大な期待が寄せられていたといえよう。年度当初は需給ギャップの縮小と国際収支対策の目的をもつて,また秋以降景気回復後も国際収支対策の面から大きな制約を受け,財政支出の拡大とならんで緩和政策の促進を余儀なくされた。このためわが国は大幅な金融緩和となり,企業や金融機関,個人など各経済主体の流動性を著しく高めることとなつた。こうした流動性の高まりは,本報告(第3章)で詳しくみたように,土地をはじめ有価証券,物価の高騰の一因として働いた。資産価格や物価の高騰はわが国の資源配分を歪めるとともに,分配上の不公正をも引き起こすこととなつた。
このような47年度の経験から,今後わが国の経済運営上考慮すべきいくつかの問題点を挙げてみよう。
第1は,国際収支対策は為替政策の積極的な活用によつて対処し,財政金融政策は主として国内均衡対策として用いることである。30年代,40年代を通じ,わが国の金融政策が総需要管理に大きな力を発揮してきたことは周知の事実であるが,やはり過度な負担をかけることはその副作用も少なくないことを教えてくれた。
第2は政策運営上のタイム・ラグをできるだけ短くすることである。すなわち国際収支対策という制約のために,引締め政策の発動が遅れ,過剰流動性がもたらされることとなつた今回の経験は,第1で指摘した政策手段間の役割分担とともに,政策発動のタイミングの重要性をあらためて示唆するものであつた。
第3は新たな政策手段の開発が必要なことである。一度過大になつた通貨供給量は本格的な引締め政策が行なわれているにも拘わらず容易に収縮せず,その間にも物価上昇は進行していく。また,やや長期的にみても40年代に入り,財政支出の拡大や国際収支の黒字定着などにより金融構造は次第に変化してきており,金融政策の浸透に要する時間は従来に比して長くなつてきている。このことは,金融市場や金融機関の貸出を通ずる現在の金融政策に加え,企業部門や個人部門にも直接あるいは短時日に調整効果の及ぶ政策手段の整備を検討すべき段階にきているといえよう。
第4は住宅金融の問題である。今回の金融緩和下で住宅ローンの条件は再三に亘り緩和され,住宅金融制度はこれまでになく拡充された。しかし,こうした住宅金融制度の拡充に当つては,これと併行して住宅の供給体制を整備していくなど基本的な住宅政策の確立が是非とも必要である。