昭和48年
年次経済報告
インフレなき福祉をめざして
昭和48年8月10日
経済企画庁
1972年の世界経済は70年,71年の停滞から,上昇局面に転じ,とくに後半からは,全体的な景気上昇のなかで,各国とも根強いインフレの進行に悩んだ。さらに73年に入ると,過熱的な需給ひつ迫にまで至る国もみられた。
わが国を含む主要7ヵ国の生産,物価動向をみると,7ヵ国平均の鉱工業生産の伸び率(前年同期比)は72年1~3月2.9%の後,4~6月から5.1%,5.1%,8.5%と期を追つて高まり,73年1~3月には10%を超えた( 第1-1表 )。
一方,7ヵ国平均の卸売物価上昇率(前年同期比)は,72年7~9月まで3%台に推移した後,10~12月6.3%,73年1~3月8.5%となり,生産の急拡大と時を同じくして,後半から急上昇している。
このように主要国の景気上昇局面が一致する例は従来も64年,68年などにみられたが,今回ほど生産の伸びが大きく,物価の上昇が激しいことはなかつた。
こうした世界景気の拡大と併行して,前年やや停滞した世界貿易も再び拡大基調にもどつた( 第1-2図 )。輸出面でみると,世界輸出の伸びは数量ベースで71年の5.5%から72年9.3%と高まつた。さらに,世界的なインフレの進行と多国間通貨調整の影響によつて,ドル価格の上昇が7.6%と大幅上昇したために,名目(ドル)ベースでは17.4%と60年以降,最高の伸びとなつている。
スミソニアン合意後の国際通貨体制はつかの間の小康を取りもどしたにすぎなかつた。スミソニアン合意において各国はレートの多角的調整を行ない固定相場制中心の通貨体制を維持することで一応の決着をみた。しかしその後は世界経済のインフレの激化等によつて,国際収支不均衡は目立つた改善をみせず,73年に入つてからの通貨危機の再燃によつて国際通貨情勢は変動相場制の方向へ傾き,長期化の様相をていしている。
72年度の国際通貨情勢をみると,各国とも金利の引下げ,為替管理の強化などのドルの流入阻止をはかるとともに為替相場の安定に努めた。6月にはポンド危機が発生し,イギリス・ポンドが変動相場制へ移行したが,その他諸国はスミソニアン合意を堅持する姿勢を示し,全体的な通貨危機にはいたらなかつた。
その後の為替市場は多少の波乱はあるにせよ小康を保つて推移した。しかし73年に入つて再び欧州諸国の為替市場は不安定な情勢となつた。
先ず年初におけるイタリア・リラの二重相場制移行,スイス・フランの変動相場制移行である。これらはローカル的な動揺であり,その後は落ち着くものと思われていたが,アメリカの貿易収支赤字(72年で64億ドル)発表をきつかけに欧州外国為替市場は激しい米ドル投機に見舞われ,まず日本が2月10日に為替市場を閉鎖し,続いて2月12日には欧州各国も為替市場を閉鎖した( 第1-3表 )。
そして2月12日にはアメリカのドル平価10%切下げが発表され,これに対処して西ドイツ,フランス等は平価を据えおき,日本,イタリア等は変動相場制へ移行した。
その後再開した欧州為替市場はしばらく小康状態を経た後,再びはげしい投機の波に襲われたため,3月2日には主要国の為替市場は再び閉鎖された。
その後のEC蔵相会議,拡大G-10(Group of ten)蔵相・中央銀行総裁会議等の国際会議をへて19日にはいつせいに為替市場を再開し,その後比較的平穏に推移している。上記の協議の過程で決定された当面の収拾措置は次のとおりである。
(1)EC6ヵ国(西ドイツ,フランス,オランダ,ベルギー,ルクセンブルグ,デンマーク)は通貨相互間の変動幅を2.25%に維持して共同フロートに移行する。
(2)マルクの小幅調整(SDRに対して3%の切上げ)。
(3)イタリア,イギリス,アイルランド,日本,カナダ等は引続き当分の間フロートを採用する。
(4)アメリカを含む各国は為替市場安定化に協力する。
今回の通貨不安の根源は,アメリカの国際収支の改善が進まず,過剰ドルの累積が引続き大幅であり,米ドル不信がいぜんとして根づよく,これが攪乱的な短資移動を誘発したことであつた。
現在,主要国の通貨は変動相場制を続けている。なお,安定的な国際通貨制度を再建することが今後の重要課題であり,そのため通貨改革についての論議はIMFを中心に進められている。
なお,変動相場制移行後の円相場の動きをみると,5月以前は多少の変動はあるもののほぼ1ドル=265円台を推移しており安定している。これは1ドル=308円に比べておよそ16%程度の円切上げに相当する。
47年度の国際収支状況をみると,総合収支の黒字額は,2,962百万ドルで,前年度の8,043百万ドルの黒字額に比べ,大幅な改善をみせた。これは,貿易収支の黒字幅拡大がとまつたことに加え,長期資本収支の赤字幅が大幅に拡大したことによる( 第1-4表 )。
貿易収支は輸出の伸び鈍化,輸入の大幅増によつて8,356百万ドルの黒字と,黒字幅は前年度に比べ若干の縮小となつた。貿易外収支は1,819百万ドルの赤字で,赤字幅はほぼ前年度程度であつた。輸入の急増から運輸収支の赤字幅が拡大し,観光収支も,所得向上に加え円切上げの影響もあつて出超幅を拡げたものの,投資収益が前年度に比べ大幅な受取超過となつたためである。
この結果,経常収支は6,200百万ドルの黒字で,前年度に比べ121百万ドル黒字幅が縮小した。
長期資本収支は5,931百万ドルの大幅赤字となつた。前年度の赤字幅1,647百万ドルに比べ4,288百万ドルの赤字幅拡大である。これは,直接投資,借款,証券投資が主な赤字要因として働いたためであり,これまでは延払信用が主な赤字要因であつた。
経常収支と長期資本収支とを合わせた基礎的収支については,僅か269百万ドルの黒字であつた。前年度に比べ黒字幅が急減したのは,貿易収支の黒字幅が横這いにとどまつたこともあるが,長期資本収支の急激な赤字幅拡大が主因である。
短期資本収支は2,370百万ドルの流入超となつた。為替管理を緩和した時期や通貨不安の生じた時点に短期資金が集中的に流入し,国内に滞留したためである。
外貨準備高は,46年度末の16,663百万ドルから47年度末には18,125百万ドルと,46年度の11,205百万ドル増に比べ,僅か1,462百万ドルの増加にとどまつた。
国際収支の改善傾向は,最近になつて,一層明確化した。貿易収支を季節調整値でみると,48年4,5月にはそれぞれ436百万ドル,278百万ドルと著しく黒字幅を縮小させている。基礎的収支は,47年12月以降赤字に転じ,その赤字幅はかなり大きい。
47年度の貿易収支を四半期別にみると,47年4~6月は,円切り上げの効果に海員ストの影響が加わつたため,輸出入の伸びが低く,貿易収支の黒字幅は,1~3月よりもやや縮小した。7~9月に入ると,反動増に加え,国内景気の拡大から輸入が急増する一方,輸出は世界的な景気拡大や海外インフレの高進から増加に転じたため,貿易収支の黒字幅は再び拡大した。10~12月には,通貨調整を見込んだリーズの動きも見え,貿易収支の黒字幅は一層拡大した。
このように,47年中には,対外不均衡是正への努力がなされたにもかかわらず,貿易収支の黒字幅はほとんど縮小しなかつた。
48年に入ると,国際通貨不安が生じ,わが国は,他の先進諸国に追随して,変動相場制に移行し,実質的な円再切上げとなつた。
48年1~3月の貿易収支黒字幅は,季節調整値で1,763百万ドルとなり,前期に比べ大幅に改善した。4,5月にもこうした傾向がつづいている。
地域別の貿易収支を推計してみると,47年の対米収支は41億ドルの黒字で,前年の黒字幅34億ドルに比べ,若干黒字幅を拡大した( 第1-5図 )。対東南アジアとの収支は29億ドルの黒字で,前年に比べ黒字幅は縮小した。対西欧収支は27億ドルの黒字となり,黒字幅は大幅に拡大した。
48年に入ると,対米収支は改善されはじめ,48年1~3月には,10~12月に比べ黒字幅は縮小した。
47年度の長期資本収支は,5,931百万ドルの大幅な流出超過となり,前年度に比べて,4,288百万ドルも流出超過幅を拡大させた( 第1-6図 )。
四半期別の動きをみると,47年1~3月,4~6月は7億ドル強の流出にすぎなかつたが,7~9月以降,期を追つて流出額が増加した。7~9月1,158百万ドル,10~12月1,832百万ドルのあと,48年1~3月には2,263百万ドルの流出となつた。4,5月にはそれぞれ713百万ドル,960百万ドルの大幅流出がつづいている。これは,外国資本が10~12月以降それまでの流入超から流出超に変化したことと,本邦資本の流出が大幅になつたためである。
長期資本収支が前年度に比べ大幅に赤字額を拡大させた要因としては,円切上げによつて外国資本が流入しにくくなる反面,本邦資本が流出しやすくなるという一般的な環境変化のなかで民間借款,証券投資の急増にみられるように国際化にともなつて企業や金融機関の対外活動が増大したことなどがあげられよう。
つぎに,内訳をみると,最も大きな変化を示したのは,証券投資と借款である。証券投資は,年度間で995百万ドルの流出となつた。外人証券投資が年度前半の買入れ超過から,年度後半には,規制の強化や株価水準の異常な高まりから処分超過に変わつた。邦人の証券投資は,規制緩和や金融機関の対外活動の高まりを反映して,前年度の369百万ドルから47年度には1,471百万ドルの取得超過へと,異常な活況を見せた。
借款は,2,433百万ドルの大幅流出を記録した。これまで借款収支は政府の対外援助活動が主であつたが,47年度は,民間部門の新規供与が中心となり,飛躍的に流出幅を拡大した。
その他の収支項目をみると,直接投資は,本邦資本が863百万ドルの流出と前年度に比べ倍増したが,外国資本の流入は停滞した。延払信用では,機械,船舶の輸出好調から新規供与が活発であつたものの,回収も前年度に引続き高水準であつたため,本邦資本の流出は僅かであり,一方,外国資本は前年並みの流入となつた。
対外資産負債残高は,国際収支統計と並んで一国の対外経済関係を包括的に把握するのに便利で,前者がストック(残高)面,後者がフロー(流れ)面を表わしている。
47年末の対外資産残高の合計は,43,595百万ドルで前年末に比べ10,842百万ドル増加した( 第1-7表 )。うち,長期資産は16,185百万ドル,短期資産は27,410百万ドルである。残高合計に対する割合は,前者が37.1%,後者が62.9%である。長期資産では民間部門のウエートが高く短期資産では政府部門のウエートが高い。民間の長期資産合計は11,404百万ドルで,内訳は輸出延払(45.8%),直接投資(22.6%),証券投資(17.1%),借款(12.9%)となつている。政府部門では,借款のウエートが高い。
短期資産は,政府部門のウエートが高い。その多くは外貨準備高である。
対外負債残高の合計は29,728百万ドルで長期負債13,147百万ドル(44.2%),短期負債16,581百万ドル(55.8%)となつている。長期負債の多くは証券投資で,その他直接投資,借款などがある。短期負債の大部分は,B/Cユーザンス等の貿易信用および金融勘定のものである。
47年末の純資産残高すなわち資産・負債の差額は13,867百万ドルで,うち,民間部門では6,820百万ドルの負債超,政府部門で20,687百万ドルの貸産超である。民間部門では,長期,短期ともに負債超であるが,政府部門は,長期,短期とも資産超である。
時系列でみると純資産残高は43年末に資産超となり,以後資産超過幅は急速に拡大し,47年末には大幅な資産超過となつた。しかしその内容をみると,諸外国に比べて対外資産のうちに占める外貨準備高の割合が著しく高く,民間の直接投資,証券投資の占める割合はなお低水準となつている。
これは,短期間のうちに,外貨準備高が急増した反面,対外投資が始まつたばかりで期間が短いためである。
47年度の通関ベースの輸出入をみると,輸出は総額29,999百万ドルで前年度比19.4%増となり,46年度の伸び(24.1%)増より若干鈍化した。一方,輸入は25,371百万ドルで25.3%増と,46年度(4.6%増)から一転して急増した。
その商品別,地域別内容をみて,47年度の特徴を探つてみよう。
まず,輸出面からみると,商品別では,機械機器の根強い伸びと繊維・同製品の落ち込みが目立つている( 第1-8表 )。
機械機器では,船舶,科学光学機器,ラジオ,テープレコーダーなどがいずれも一段と伸びを高めており,機械機器全体で増加寄与率は70.3%にも及んだ。化学製品は前年度並みの伸びを示したが,金属・同製品は,輸出自主規制を実施している鉄鋼の伸びが大幅に鈍化したために,12.1%の伸びにとどまつた。
軽工業品関係では,非金属鉱物製品が,18.4%の伸びを示したものの,繊維・同製品が合成繊維糸・織物,衣類を中心に5.8%増と大きく落ち込んだ。
このような動向の結果,全体の輸出に対する重化学工業品の増加寄与率は87.9%と40年度~45年度の平均80.7%より一段と高まり,その構成比も46年度の75.4%から,77.4%へと増大した。その反面,軽工業品の増加寄与率は,9.0%と40年度~45年度の平均14.6%より低下し,その構成比も46年度の20.2%から18.3%に減少した。
次に,地域別では,アメリカから西欧への市場転換が明瞭にみられ,アメリカと西欧の増加寄与率は46年度から47年度にかけて逆転している。アメリカ向けが鈍化したのは主として,繊維・同製品,金属・同製品の停滞によるものである。機械機器は,テレビ,自動車等が鈍化したもののラジオ,テープレコーダー等が大きく伸びたために,全体としてはかなりの伸びを示した。一方,西欧向けの伸びが高まつたのは主として,機械機器の伸長によるものである。このような西欧への市場転換は,実効切上げ率の相対的に小さかつた地域へのシフトを意味するものであるが,同時に,対米貿易関係の悪化に対応した積極的な市場多角化努力のあらわれとみることができよう。
上に述べた47年度の輸出入動向は,もちろん,円切上げによる各商品の輸出環境の変化やそれへの対応の結果でもある。各商品は実際どんな対応をしてきたのであろうか。第1回目の変動相場制移行により事実上円の切上げを行なつた46年7~9月期から48年1~3月期までの商品別の数量,価格の動きを四半期毎に追つてみよう( 第1-9図 )。
各商品の数量,価格の伸び率を総合(平均)のそれとのポイント差で分類すると次の4つに分けられよう。1つは,図中の第1象限にあるもので,数量,価格ともに平均より伸びが高いものである。このグループは競争力の強いことを示すものであろう。このグループを仮に「伸長型」と名づけよう。これと反対に図中の第3象限にあるものはいわば「停滞型」である。次に第2象限に入るグループは,数量の伸びを抑えて,価格転嫁を図つたものであり「価格転嫁型」としよう。第4象限のグループは,逆に,価格の上昇を抑えて,数量の伸びを確保しようとしたものであり,「数量ドライブ型」といえよう。
この分類にしたがつて各商品が円切上げ後どんなパターンをとつてきたかをみると次のことがいえる。
①機械機器は,「伸長型」としての性格が最も強かつたが,最近になつて価格の上昇が鈍つており「数量ドライブ型」となつている。
②鉄鋼を中心とする金属は,当初,需給ギャップの大幅ななかで,円切上げを行なつたことから「数量ドライブ型」ないし「停滞型」であつたが,その後,内外景気の上昇とともに,数量の自主規制を行なつていたこともあつて「価格転嫁型」に変わつた。そして48年1~3月期には,内外の需給が一段とひつ迫化するなかで,「伸長型」となつた。
③化学も大幅な需給ギャップが長く残り,「数量ドライブ型」を長く続けたが,48年1~3月期に入り「価格転嫁型」に変わつた。
④繊維は,「停滞型」としての性格が最も強いが48年に入つて「価格転嫁型」となつている。
⑤陶磁器,ガラス,タイル等の非金属鉱物製品は,「停滞型」から出発したが,その後「伸長型」から「価格転嫁型」に変わつている。とくに最近になつて,価格の上昇が他の商品より最も大きく,陶磁器等において,円切上げ後の輸出環境に高級品化によつて対処している姿を示すものといえよう。
⑥食料品は,「価格転嫁型」と「停滞型」の間を往復した。
⑦玩具,はき物,紙製品等の雑品は「価格転嫁型」と「伸長型」の間を往復した。
以上のような円切上げ後の行動パターンの相違はある程度商品別の輸出競争力の差を表わしているものと思われる。今後,46年8月以来35%に及ぶ実質的な円再切上げのなかで,さらにその差は明確化されていくであろう。
輸入面の特徴を財別にみると,生産財(工業用原料)および消費財が大幅に伸びを高めた反面,資本財は設備投資の停滞を反映して46年度に引き続き低い伸びとなつた( 第1-10表 )。生産財の急増は,後にもみられるように国内景気の急上昇を反映したものであるが,とくに世界インフレによる価格上昇の大きかつた繊維原料,木材等の原料品の伸びが目立つている。
一方,消費財では,食料等の直接消費財,繊維製品等の非耐久消費財,さらに家電機器,乗用車,玩具,楽器類の耐久消費財のいずれも大幅に増加している。その内容をより具体的にみてみよう。
輸入規模の比較的大きい主要消費財の47年の伸び(円建て)を43年~46年の伸びと比較してみると,43年~46年では品目数,ウエイトともに40%未満に集中していたが,47年には40%以上のところへ品目数とウエイトが移動している。しかも80%以上の伸びを示すものも全消費財輸入の10%近くのウエイトを占めるようになつている( 第1-11図 )。
47年の伸びの特に大きいグループをみてみると,発展途上国の追い上げの激しいメリヤス織物,合成繊維織物,はき物,綿織物などや輸入自由化効果のあらわれとみられる豚肉,グレープフルーツなどの伸びが注目される。また,ゴルフクラブ,家具,宝石類,書画,こつとう品などの輸入増大は,わが国の所得水準の上昇や消費の高度化を,また,一部には投機的動向を背景としているものと思われる。
なお,輸入地域別には,アメリカ,西欧,東南アジアをはじめとして,石油輸入の鈍化した中近東を除いてほとんどすべての地域で伸びが大幅に高まつた。しかしながら,地域構成の変化は,輸出の場合ほど目立つた形とはならなかつた。
以上のような内容面での特徴をもちながら全体として47年度の輸出は伸びが鈍化し,輸入は急増した。こうした輸出入動向をもたらした背景は何であろうか。
本報告 第2-3図 にもみるように,通貨調整や内外のインフレ進行の影響から,輸出入とも価格上昇分が大きく,名目ベースの伸びと実質ベースの伸びのかい離が大幅であつた。そこで,数量面と価格面を分けて分析してみよう。
まず,数量ベースの輸出入動向を世界輸入とわが国鉱工業生産の動きとの関連でみてみよう( 第1-12図 )。
輸出数量は,多国間通貨調整が行なわれ,わが国景気が底入れした46年10~12月からの伸びが前回,前々回の局面よりも低くなつている。一方で,わが国への輸入需要を表わす世界輸入量は,今回の方が大幅な伸びを示している。その結果,景気の谷から5期目時点までのわが国輸出の世界輸入に対する弾性値は前回,前々回は約2程度であつたが,今回は1程度にとどまつている。このことから,円切上げの輸出鈍化に与えた影響は数量面に明確にあらわれているということができる。
一方,輸入数量の動きを過去の景気回復局面と比べてみると,次のことがいえる。
①いずれ,の局面も輸入数量の動きは,その約7割のウエイトをしめる素原材料の動きに代表されている。②その輸入数量の動きは鉱工業生産との関連が深く,両者の伸びの相対的な関係は,今回も過去のケースと特に変わつていない。③今回の特徴は,鉱工業生産が後半に急拡大したことに対応して,輸入量も後半から急増したことである。
このことから,今回,円切上げ後の輸入の伸びは主として,国内景気の上昇によつてもたらされたものと考えられる。先に述べた消費財輸入増大の傾向も,未だ全体の輸入に大きな影響を及ぼすまでには至つておらず,マクロ的な輸入の動向は国内景気に左右される面が強いといえよう。
次に名目(ドル)ベースの輸出入の変動要因を数量と価格に分解してみよう( 第1-13表 )。輸出価格の上昇については,円価格の上昇と円レート変更によるドル建て価格の上昇とにわけられる。
46年10~12月から48年1~3月までの変動要因を累積すると,輸出では数量の伸びによる分が36.0%,ドル建て価格の上昇による分が64.0%で,円レートの変更による分が69.3%となつている。輸入では数量の伸びによる分が61.6%ドル建て価格の上昇による分が38.4%となつている。
貿易収支が均衡への動きをはつきり示しはじめた48年1~3月をみると,輸出は,前期に対し数量も減少し,円価格も低下したが,円レート上昇によつてドル建て輸出額としては369百万ドル増加している。輸入も世界インフレの高進の影響からドル建て輸入額増加分648百万ドルのうち81.7%が価格上昇によるものである。
このように輸出入とも価格上昇による増加寄与率が非常に大きいことがわかるが,数量の伸びによる増加額をみると,各期とも輸入の方が輸出より大きくなつていることから,最近の貿易収支均衡化の実勢は強いものとみることができよう。
貿易収支均衡化の方向に歩み出した最近の輸出入動向をややくわしくみて,今後の動向を占つてみよう( 第1-14表 )。まず通関ベースの輸出は,48年に入つてから前年同月比,前月比とも,通貸不安による輸出の船積み急ぎやその反動,船舶輸出の集中,昨年5月から7月にかけて海員ストがあつたことなどの特殊事情による影響もあつて,月々のふれが大きくなつている。
しかし,48年1~3月の前年同期比22.9%増の後,4月25.4%増,5月33.3%増とやや伸び率が高まつた形となつている。先行指標である輸出信用状接受額をみても前月比で5月6.6%,6月3.8%増とかなり高い伸びが続いている。
このように輸出額の伸びは変動相場制下においても根強いものとなつているが,これを数量の伸びと価格の伸びに分けてみるとここ2,3ヵ月は数量の伸びは小さくほとんど価格上昇によつて名目額が伸びていることがわかる(本報告 第2-38図 )。こうした輸出の動きとなつたのは数量面では次のような輸出鈍化要因が作用しているものの,内外の物価高騰と変動相場制移行による実質的な円再切上げの影響により価格上昇が大きいためであると考えられる。
①今回の変動相場制移行により,46年8月以来合計35%程度の円高により,相対価格面から輸出環境が一段と厳しくなり,数量の伸びをさらに抑制した。
②国内需給のひつ迫化が最近急速に進んだため,輸出ドライブ要因が極めて弱くなつた。
③昨年末に国際的な通貨不安のなかでみられたリーズ(船積み急ぎ)の反動減が変動相場制移行後あらわれている。
一方,輸入通関額は,47年7~9月頃から増勢に転じてから,期を追つて伸び率を高め,48年1~3月には,前年同期比35.1%増の後,4月50.5%増,5月64.8%増と一段と増勢を強めている。前月比の伸びも同様に加速しており,5月には輸入通関額が輸出のそれを上回ることとなつた。しかも,先行指標である輸入承認額の伸びは通関額の伸びより高いものとなつている。このように輸入の増勢が最近加速化した理由はおよそ次のように考えられる。
①国内景気の上昇が47年10~12月頃から一段と加速し数量面から生産財(工業用原料)を中心とする輸入需要を促進した。
②合計35%の円高により相対価格面の輸入誘因がさらに強く働いた。
③47年度にとられた輸入自由化,関税引下げ,並行輸入許可などの輸入促進策の効果が最近になつて輸入および輸入品流通体制の変化としてあらわれはじめ,それが国内の消費需要増大に合致した。
④以上の数量面の伸びに加え,一次産品価格高騰を中心とした世界的インフレにより価格面での伸びが一段と強く上のせされる形となつた。
以上みたように,輸出もかなり高水準の伸びを示しているものの,輸入がその2倍にも及ぶ伸びとなつていることから,最近貿易収支が均衡化の方向に何かつたわけであるが,その要因としては実質的に二度にわたる大幅な円切上げのあつたことに加え,国内景気の急拡大や海外物価の高騰に支えられた面が強い。
したがつて,今後国内景気や世界的インフレの動向いかんによつては,局面が変化することもありえようが,大勢としては輸出入の均衡化傾向は引き続き維持されるものと思われる。
戦後におけるわが国の対外経済政策に対する基本方針を政府の経済計画でおってみると,その性格には大きな変化がみられる( 第1-15表 )。30年代前半においてはアメリカからの援助,朝鮮事変における特需などに依存した経済から国内自立度の向上を前提とした自主経済の達成が主眼となつており,そのためには輸出の飛躍的伸長を軸とした貿易体制の整備,真の貿易立国の樹立が基本的方針となつていた。
また,30年代後半には重化学工業中心の輸出振興策も軌道にのり,そのための原材料輸入,片貿易の是正,低開発国産品の買付促進,民間海外投資の促進などが方針として打ち出された。
40年代に入ると先進国の一員としての役割をますます増してきたわが国は,本格的開放体制への移行として貿易自由化,資本自由化等に前向きの姿勢で取り組むこととなり,発展途上国に対する経済協力においてもその国の自立促進を目的として援助規模の量的拡大と条件緩和を積極的に進めてきた。
第1-15表 戦後の経済計画における貿易・経済協力の主要方針
40年代後半に入ると国際収支の黒字が定着し,それにつれて輸入促進が対外経済政策の主要な課題となつてきた。
とくに最近では国際通貨不安の源のひとつとして強く意識されていたわが国の国際収支黒字不均衡の是正,国際的要請にこたえた経済協力の推進,自由貿易体制を堅持するための関税改正,貿易自由化,資本自由化の促進などが基本方針となつている。
わが国の47年度における対外経済政策の動向は,ここ数年間つづいている国際通貨不安を背景に,またわが国の国際収支の黒字基調を是正する対策を中心に展開された( 第1-16表 )。
スミソニアン合意以降の国際収支は是正のきざしがみられず,外貨準備高は,47年4月末には165.3億ドルと46年末より13億ドルの拡大となり外貨蓄積のテンポはいつこうに衰えなかつた。
そのため政府は5月に当面の内外均衡達成のために財政金融政策の機動的展開,輸入促進対策,輸出取引秩序の維持,資本輸出対策,外貨活用対策経済協力の推進,緊急立法措置の7項目を主軸とした対外経済緊急対策(第2次円対策)の実施を決定した。これは46年6月に発表した「第1次円対策」と基本的には異なつていないが,多額な外貨蓄積を反映して新たに外貨活用対策が追加された。
この対策によつて政府は,当面の内外経済均衡達成の手段をレート変更,関税引下げ,貿易管理令などによる輸出減少,輸入増大に加えて,有効需要の拡大という国内経済の活発化にその活路を求めた。
そのため,公共事業の繰上げ実施などの財政政策,貸出金利の引下げなどの金融政策等がとられた。しかし,国際収支とくに貿易収支の黒字基調は相変らず続き,そのため10月20日には対策の内容をさらに拡充した対外経済政策の推進(第3次円対策)を図ることを決定した。これは,
(1)輸入の拡大(輸入の自由化,関税一律引下げ,輸入手続の簡素化等)
(2)輸出の適正化(輸出貿易管理令の発動,輸出金利引上げ等)
(3)資本の自由化等(資本自由化,為替管理制度の緩和)
(4)経済協力の拡充(経済協力の質的改善,海外投資金融の拡充等)
(5)福祉対策の充実(社会資本の整備,環境保全の拡充等)
の5項目からなるものであり,政府は直ちにこれらの対策の具体的実施を行なつた。
第1-17表 輸出調整対象20品目(SITC4桁分類)の計画伸び率
この対策の直接的効果が期待できる施策の主軸となるものは,輸出貿易管理令の発動等による輸出調整措置,関税の一律20%引下げ等である。 第1-17表 は輸出調整の措置のとられた20品目の品目名および計画伸び率を示したものである。
以上のように47年における一連の円対策はあくまでも国内景気拡大によつて円再切上げを避けることを基本方針とし,それにそくした財政金融政策,貿易調整措置が主であつた。
その後48年に入ると国際通貨不安が再燃し,わが国の円も変動相場制に移行し,対外経済政策においても新しい局面を迎えた。
47年度中にとられた貿易,資本の自由化は次のとおりである。
48年6月1日現在わが国の残存輸入制限品目は32品目となり,自由化率は97%強に達した。最近の自由化動向をみると
47年2月 電子計算機の周辺機器の部分自由化
4月 ハム・ベーコン,軽油・重油等6品目の自由化
5月 かずのこの自由化
48年4月 電子会計機等の1品目および集積回路の部分自由化
となつており,これによつて主要な残存輸入制限品目は,牛肉,小麦粉等の基幹農水産品,電子計算機等の将来の発展期待産業,皮革等の自由化影響の大きい中小企業産業が中心となつた。
第1-18図 によると最近自由化された品目のうち豚肉(自由化実施46年10月),ハム・ベーコン(同47年4月),かずのこ(同47年5月)などは自由化後の輸入が急増しており,その効果はかなりあつたと思われる。
47年度の関税改正は,47年4月339品目について行なわれ,うち,238品目の税率が引下げられた。さらに,11月には第3次円対策の一環として鉱工業産品,農産加工品について1865品目に及ぶ関税率の一律20%引下げが実施され,また48年度関税改正においてもバナナ,コーヒー,紅茶等の生活関連物質を中心に特恵税率の引下げも含めて合計102品目の税率引下げが実施された。その結果わが国の関税水準は国際水準に近づいた(本報告 第2-25表 )。
経常及び資本取引の自由化は48年度になつて次のような大幅な進展をみせた。
対内投資については昭和46年8月に第4次自由化が行なわれたが,48年5月からは原則100%の画期的自由化が実施された。即ち企業の新設,既存企業への経営参加および証券投資について48年5月からは例外5業種(農林水産業,鉱業,石油業,皮革・同製品業,小売業)及び既存企業の同意のない場合を除きすべて100%自由化されることとなつた(ただし,即時自由化が困難な17業種については3年以内の猶予期間をおく)。
47年6月から対外直接投資は原則としてすべて日銀の自動許可となつた。また,海外不動産の取得についても原則としてすべて日銀の自動許可となつた。
47年9月には海外投資,輸入前払いのための資金を居住者に対して外貨で貸付けを行なう外貨貸し制度が創設され,さらに48年5月にはこの制度の拡充が図られた。
47年5月には居住者に対する外貨集中制度を廃止し,外貨保有を認めた。
また,6月には輸出前受金,証券投資等の投機的資金の流入を防止するために為替管理の規制を強化した。
さらに,11月には,貿易外取引について何ら許可承認を要せず,自由に送金できる少額送金の限度額を1000ドルから3000ドルまで拡大するとともに渡航外貨持出しの為銀承認限度額を撤廃した。